●リプレイ本文
●下調べ
史書『日本書紀』には、
〈陸奥国に狢有り。人となりて歌をうたう〉
とある。この狢というのが狸である。古くから、妖しい獣とされていたらしい。
四国には、この狸を祀る御堂や祠が多い。その一つ、隠神刑部の神社の周辺を、銀色の髪の少年が歩いていた。昼の陽光を返す、首もとに巻かれた白いマフラーは、よく見ると古い血痕が残っている。
「隠神刑部か・・・・大層な愛称付けられてるなぁ」
晩秋の空気に、これまた白い息がふわりと立ち上った。声の主は、吹雪 蒼牙(
gc0781)である。
蒼牙は依頼のあった菓子店から入手した地図に、人気が無く、樹木等も無いような、戦闘に向く場所をポツポツと記入していった。いまは単独で調べているものの、後で見に来る仲間もいよう。その時に役に立つ。
それにしても、と遠く社を見ながら思う。
(化け狸の神社に化け狸型のキメラ、ねぇ。・・・・狙ってんのかが気になるな)
例えば、住民に単なる化け物ではなく、恐ろしい妖怪と思わせる、あるいは神と思わせる、とか。
狸という姿を、最大限に活かしているのか、何者かに活かされているのか。
(狸より狐の方が好きだから、如何でも良いっちゃどうでも良いんだけどさ)
蒼牙はまた、ポツリと地図に候補を書き込んでいった。
●避難、食料確保、戦闘準備
「火を吹く狸? それ・・・・狸って言うの? まぁ、キメラじゃそんな事気にしてないか」
依頼の解説を手に、笑いながらつぶやく、獅堂 梓(
gc2346)は、巫女服を揺らしながら、呼ぶ声に応じた。
狸のキメラというのは割りと気にかかるもののようで、二挺の銃を携えた黒髪の青年、煉威(
ga7589)は、「久々の仕事の相手がタヌキか」と少しばかり嘆息に似た息を吐き、
「ま、この2丁銃スタイルの練習には丁度いいかもなっ♪」
と、思いなおすのであった。
神社の周辺地区では、住民の避難が始まっている。「あんまり不安を煽らないよにしねーと」とは煉威の心がけだが、全体、この調子で警告が行われ、説明が行われ、そして今、避難が行われている。
墨色の長髪の中に浮かぶ紫の瞳は、進行に故障がないか、注意深く眺めていた。この、御鑑 藍(
gc1485) の目と同じように、傍らの赤い髪の持ち主の緋色の瞳も、定期的に周囲へ巡らされる。
奇襲の警戒である。この女性、レイミア(
gb4209)は、キメラ『コブン』が住民を襲うのを危ぶんでいる。藍も同じであろう。
昼日中から狙うものかも不明だが、
「大狸キメラの隠神刑部は少しは知恵が働かせるようだから」
油断できないわね、とレイミアはつぶやく。
「隠神形部・・・・ですか。食料も大事ですが、悪知恵も働く・・・・というよりも狡猾ですね
藍も、ポツリと言う。
「これ以上被害が出ない様に確実に討伐したいですね」
「ええ、住民や味方に負傷者が出ないでほしいわ。・・・・避難、そろそろ終わりそうね」
「あとは……」
キメラを誘き寄せるための食料を借りて行きましょう、と藍が言おうとすると、
「あと、誘い出すための食料の調達かな?」
梓がいつの間にか横へ来て、言った。藍は頷いて、首を巡らせる。その餌とする食料であるが、
〈ダンプフクネーデル〉
という耳慣れない菓子が、加えられていた。マルセル・ライスター(
gb4909)の手製である。銀髪の可愛らしい少年は、料理全般が得意であるらしい。
神社にお供えするつもりで作ったようだったが、使えそうであったために足された。「ドイツのでっかい蒸し団子」とはマルセルの弁だが、周囲を調べたりしていた、
知世(
gb9614)が、唇の端に欠片をつけながら、
「この和菓子おいしいですねー♪」
と他の菓子類とともにつまんだりした。眼帯とのアンバランスゆえか、どこかあどけない。
健啖ぶりを比べるのも失礼であるが、茶色い髪をした、この少女に、
(そういえば)
カンパネラ学園の知り合いを、思い出す。だいたい、このダンプフクネーデルにしても、
「お菓子と聞くと、朝見先輩を連想するようになってるなぁ・・・・。何かお土産持っていってあげなきゃ」
といった発想から来ている。
朝見も学園の生徒であり、マルセルとは、
〈格別の仲〉
であった。捕食者と被捕食者という関係である。ところで、知世のほかに、
「いいじゃないですか、こっちは命懸けなんですよ〜? 少しくらい見逃して下さいよ♪」
と、つまむものもあった。ジョシュア・キルストン(
gc4215)である。
飄々とした物の言いようと人を食った態度が胡散臭さを感じさせる。一見、遊んでいただけのようだが、そうでもない。「正直働くのは面倒ですが・・・・」と漏らしていたものの、
「まあ女性と一緒であれば話は別ですよ」
らしく、趣味のナンパを地域住民に発揮しつつ、避難を進めた。
「力仕事は出来れば女性にはやらせたくありませんが」
自分より力がありそうなら見てます。意味ないですからね、と呟くものの、結局、これも手助けしたようであった。
依頼先から餌とする食料を借り受け、蒼牙と合流する。「周囲に燃えるものが無く、なるべく広い場所で」とはマルセルの言、「あまり障害物のない見晴らしのいいポイント」とは煉威の言、この季節、枯れ草が広がり、火の気を考えると、選定は難しい。神社の近くへ向かい、蒼牙の地図と見合わせて考え、
〈ここ〉
と、場所を定めた。道路のほど近く。避難は済み、通るものはいない。
藍が神社の様子を窺うと、がさごそと音がする。気づかれる危険から、詳しいことはわからないが、どうやらキメラがいるらしい。隠神刑部かどうかは知れない。食料の貯蔵も、よくわからなかった。ただ、社の周囲で、恐らくは奪ったのであろうリンゴを齧る、大きい狸がいた。牙が鋭利である。キメラであろう。
餌を仕掛け、一同は頷きあった。
マルセル、梓、煉威、レイミア、蒼牙がコブンの掃討を担当し、ジョシュア、知世、藍が隠神刑部の足止めを担当する作戦である。持ち場に分かれて、戦闘準備をする。夕日が沈み、暗くなる中、
「おおん……」
キメラの雄たけびが、高く響いた。
●戦闘
知世の髪が、夜気を呑んだように黒くなる。
覚醒したのである。遠く、刑部狸の姿が見られた。その前方をコブンたちが行く。餌を探しに、というのではない。餌を取りに、である。事前にコブンたちが周囲を捜索し、餌の在り処を探し出しているのであった。
「きたきた・・・・やんちゃなタヌキ共」
煉威はキメラを眺め、しかし、まだ動かないでいた。
分断、と言えるほどコブンと刑部狸の距離は離れていない。キメラを前にして梓とジョシュアは、
「ところで、狸って食べれたっけ? ・・・・まぁ、食べやしないけどね。キメラだし。美味しそうに見えないし」
「狸ですか。まぁ、食えるんじゃないですかねぇ?」
などと話す余裕もあった。言いつつ、
「掃討作戦・・・フフフ、ガト砲の出番だぁ♪」
と、銃器を撫でる梓は、少々、平時と様子が違う。
刑部狸の歩みは悠然としており、コブンは忙しない。先立って餌へ向かう数だけで、二十を超える。刑部狸が「おん」と吼えると、他のコブンたちも餌へと駆け出した。自分は動かずに運搬をさせようということであろう。
「・・・・とりあえず倒せばいいんですよね?」
直刀『雲隠』を手にポツリと知世が言う。同じく刑部狸を担当する藍が、
「まずは隠神形部の足止ですが・・・・」
倒せるなら、倒してしまいましょう、と応える。もう一人の担当、ジョシュアは双槍『連翹』を手に、様子を見た。
(すこし、微妙な距離、ですかねぇ)
離れてはいるが、一緒に移動しているのが、面倒なところである。
やるか、と心を決める。コブンの班に連絡をし、藍、知世に目配せをする。
――そして、飛び出す。
「ほらほら、こっちですよ〜。月夜の追いかけっことは中々洒落てますねぇ」
刑部狸が振り向き、ジョシュアを見つける。挑発に、チリチリと口元に焔が燃えた。数匹のコブンが気づくが、大半は餌へ向かったままだった。ジョシュアは迅雷で距離を取り、目的の位置まで移動させた。
〈轟〉
と、焔が飛び散る。しかし、燃えるものがないために、アスファルトを溶かすのみに終わった。
藍が迅雷で一挙に近づき、疾風を使用しつつ、機械脚甲『スコル』を振り上げる。
〈円閃〉
の遠心力を利用した一撃が、刑部狸の足を襲う。太い足が、ぐらついた。
知世も『雲霞』をきらりと閃かせる。藍の蹴りで足を止めた刑部狸は、それを間近に食らう。知世の黒髪に、ピュッと飛んだ血が散った。が、油断無く、反撃を警戒して防御へ移った。
ずしん、と足の調子を確かめるように大地を踏み鳴らし、刑部狸は突進を行う。
「おおん!」
知世は突進を受けるが、
「……ぅ!」
吹き飛ばされてしまう。疾風の甲斐もあってか、藍は回避に成功した。
刑部狸の周りに、追いついた三匹ほどのコブンが集まる。
――この間。
「さてと・・・・皆さんのお手並み拝見だぜ」
コブン掃討班では、弾丸が飛んでいた。
隠密潜行で密やかに移動した煉威の、小銃『フリージア』『S−01』の二挺が、群れから突出して襲ってくる敵を狙い打つ。主たる群れには、『M−121ガトリング砲』が突き刺さっていた。
「あはははは!この弾幕抜けられるものなら抜けてみなぁ!」
と、戦闘前「神社にこの格好、違和感ないでしょ?」とヒラリと舞わせていた巫女服に硝煙の臭いを染みさせながら、狐の耳と九つの尻尾を生やした梓は叫んでいた。影撃ちを使用した弾丸が、コブンたちを抉る。
その攻撃自体、
「強化します!頑張って!」
と、さきほどレイミアによって練成強化が施されている。
赤く光る手を、レイミアは向けて仲間たちの援護に徹していた。エナジーガンが握られ、目は仲間の死角へと注がれている。そこへ敵が来たら撃つのであろう。変わらぬ赤い髪が風に揺れ、赤い瞳が敵の動きに揺れていた。
近距離の相手には、忍刀『颯颯』と、もう一刀を携えた蒼牙の攻撃によって仕留められていた。ふわりとマフラーが動きに合わせて踊り、切り裂かれたコブンから飛ぶ血が、そこへ落ちそうになる。
マルセルはPR893『パイドロス』の作動音を抑えて身を潜め、閃光手榴弾のピンを抜いていた。発動に時間がかかる。
二種類の弾丸が飛ぶ。刃が閃く。数に物を言わせて飛び込んだキメラが、牙を突き立てる。
「閃光手榴弾、行きます!」
ヒュッ、とマルセルが迫ってきていた敵の群れへ投げ込む。
蒼牙やレイミアはもとより、それまで撃ち続けていたものたちも手を止めて目と耳を覆う。コブンは対処できずに、膨大な光と音を直に受けた。隙を逃さず、『竜の爪』『竜の鱗』で強化し、マルセルは敵へ切り込む。
「あれから一年。俺ももう、先輩って呼ばれる立場なんだ・・・・」
双刀『パイモン』を振り上げ、ふらふらとしながら牙を向けるコブンへ振り下ろし、
「このくらいッ・・・・! 朝見先輩の喰い維持に比べればなんてことはないっ!!」
叫んだ。同時刻、カンパネラ学園で一人の少女がくしゃみをした。
改めて銃撃音が響く。コブンたちは攻撃も緩く、避けるにも足がふらついている。ただの的と化し、それが切れても梓の制圧射撃が動きを封じ、レイミアの練成強化で再び威力を増した攻撃にコブンたちは次々と倒れていった。
「エーステ! ツヴァイテ! ドリッテ! フィアテ! フュンフテ・・・・次ッ、むっつめッ!!」
母国語でカウントしながら、双刀をきらめかせる。
大きな被害も無く、コブンの掃討を終えた。レイミアが無線機で足止め班へ連絡すると、まだ戦っているようである。レイミアたちは足止め班の方向へと向かう。
――その足止め班であるが。
「そう嫌そうな顔をしないで下さい。僕だって、どうせ踊るなら女性相手の方がいいですからね」
ジョシュアは迅雷を使用し、近づいては攻撃し、また離れていった。仲間に声をかけ、囲むように位置を取る。
数匹のコブンが、噛み付こうと口を開く。藍の『翠閃』が飛び、ざくりと口へ刃が刺さった。蒼い雪の様な光が、さあっ、と駆ける。チリチリと焔の飛ぶ刑部狸の口元へも、刃を向けた。
少数ながら、刑部狸の雄たけびに呼応して、コブンが沸く。
ダメージから、知世は小銃『S−01』へ切り替え、距離をとって刑部狸やコブンを射撃した。藍色の霧がふわりと舞うところへ、刑部狸の焔が飛ぼうとするが、藍の翠閃が妨げ、自身とその周囲を焼いた。
「……っ」
チリ、と藍の肌を滑り、火傷を負わせる。二匹残っていたコブンが、そこへ襲い掛かった。
転瞬。
「援護する! ・・・・けど、当てちゃったらごめん!」
ガトリング砲の弾丸がコブンを抉る。梓の姿とともに、掃討班の仲間も現れた。ガトリングの影から、
「ハーレムはオシマイだぜ! って、ふざけてる場合じゃねーか」
煉威による影撃ちも行われた。
「すぐに治療しますね」
知世と藍に、レイミアは言うと、赤く光る手を向けて練成治療を施す。
ジョシュアは『連翹』を一つにし、刑部狸へ向かう。再度、このキメラの口に焔が灯った。蒼牙の二刀が光り、藍とともに口を目掛けて切りつけ、焔は口中で爆発した。
「ごめん。次はきっと、愛される優しい命に生まれてこれますように・・・・おやすみ」
マルセルはつぶやき、『パイモン』で切りつける。
「おおん」
声は、虚しく。
ジョシュアの『二連撃』のもとに、知世の『S−01』の弾丸に、藍の『翠閃』の閃光のもとに。
能力者たちの攻撃のもとに、倒れ、秋の夜空へ響いていった・・・・。
●戦闘後
「ぷはぁ〜、掃射気もちよかったぁ♪」
覚醒を解き、梓は火照った頬を風にさらす。倒れたキメラの巨体を見て、
「えっと・・・・本当に食べる・・・・のですか?」
藍が不安そうに尋ねた。梓やジョシュアの会話を聞いていたのである。レイミアや知世と目線で会話をする。
(まさか)
という思いが通じ合ったような、いないような。蒼牙は「僕は遠慮しておく」と言って神社へ向かい、
「狐と違って狸は不味いからね・・・・」
ポツリとつぶやいた。
神社には、煉威とマルセルの姿があった。三人で調べたものの、目立ったものは見つからない。強いて言うなら、食べきれないような量の食料が、押し込められていた程度か。煉威は化け狸を祀ってある神社に、
(なんとなく、興味がある)
のだったが、実際に見てみると、簡素で拍子抜けするほどのものであった。
マルセルはそこへ、自前の菓子を、お供えした。彼らの様子を、ジョシュアは離れて見つめる。
(終了後はナンパと行きたい所ですが、今日は気分じゃないですね)
ジョシュアは空へ目を移す。少しばかり、いつもと違う笑みが浮かんだかもしれない。
(月が綺麗な夜は一人になりたい物です)