●オープニング本文
前回のリプレイを見る1、
「こんにちは、ニンフェットたち」
香川県、住宅地に近い公園に、その男は現れた。
体格の良い長身を、上等なスーツに押し込め、顎と口元に髭を生やしている。金色の髪は後ろへ回され、ほんの数条だけ、前髪として額に垂れていた。年の頃は三十前後というところの、外国人男性である。
話しかけられた子供たちは困惑した。少年二人と少女が一人であったが、ぽかんと口を開けた顔は、
「だれ?」
と、異口同音に問いたがっているようであった。
「私は、ハンバート。ハンバート・オブ・アマイモン」
自らの名前に酔う様に、両手を横に広げて男、ハンバートは唱える。不審げに眉を寄せ、脅えたように身を寄せ合う子供たちの前で、何を思ったかハンバートは懐から、ちょっと大きな携帯電話のような、板状のものを取り出す。
――ハープ(ハーモニカ)であった。
口に当てると、プゥ〜と音が出る。公園に似合わない、ムーディーな数音が続く。風景に合わない、子供たちの耳にも合わない、しかも、時々、音を外していた。あまり上手くはない。が、不思議なことに、子供たちは小さく手や足を動かした。
知らずのうちに、リズムを刻んでいる。軽快になるにつれて、もっと激しくなっていった。それは、ジャズで言う、
〈スウィング〉
のようであった。人を乗せる吹き方というのに近いかもしれない。が、とにかくそれは、スウィングしていると言う他なく、ただの公園が、地下のライブハウスのようになり、子供たちが何も知らないまま楽しげに飛び跳ねた。
いつの間にか、男は歩き出していた。子供もそれにつられて歩いた。通りがかった警察官が、奇妙に思ったか、
「おい、キミ」
と声をかけると、ハーモニカが一音高く、
〈ピ〉
と、鳴った。転瞬、その警察官の頭が、ざくろの実のように弾ける。
パタパタと、血と内容物が、飛沫になって散らばった。むっとする臭気の中、男はハーモニカを吹く。子供たちがそれに乗って、やはり、ついていった。そして、いつしかハンバートと子供たちの周りを、人の形が崩れたような、不気味なキメラが跳ね回っていたという。止めようとしたUPCの軍人が、数人、無残な死骸となって、梅雨の雨に打たれた。
2、
「私の出番はいつかね!?」
扉を開けて大仰な仕草をするのは、ハンバートであった。
丁寧に整えた髭を撫で、野生的な目で室内を眺め渡す。研究室の主の姿はなく、強化人間、玉麗の姿があった。
「おや、メリィ女史はどこかな」
「トイレよ」
口元に手をあて開いたり閉じたりした。嘔吐を意味している。
「前のマスターの残した強化人間の出来損ないとか、寄生型の作例とか、色々あるから」
「ふむ、新しい方は繊細な神経をしているようだ」
哀れむように、目を閉じて額に指を当てた。
普通の神経、と言わないのが、この男の良いところであり悪いところだった。彼の基準は常に自分である。玉麗は、彼が自ら強化人間に志願したと聞いている。その理由というのがふざけており、
「戦地にある不幸な子供たちを救いたい」
というのである。言葉は綺麗だが、この男、重度の変態であって、救いたいというのはつまり、
「自分の手元に置いて愛でたい」
であった。子供をさらって着せ替え人形にすることもしばしばだが、その後、どのように始末しているか知れない。
噂では、人肉の料理に凝っているとか、そんな話も聞こえる男だ。彼の愛読書とその性癖から、
〈ハンバート・オブ・アマイモン〉
と呼ばれている。ほとんど皮肉なのだが、本人は気に入っている様子である。
「出番とか言ってたけど、あんたに出番は永遠に来ないわよ」
「ほう、なぜかね。メリィ女史は理解ある女性だ。子供を愛する私の心を、きっと理解し、戦地に送ってくれるはずだが」
「子供と戦地に何の関係が」
「これはしたり。戦災孤児と言うものもある。戦地と子供は切っても切り離せないだろう」
お前がその戦災ではないか、と玉麗は口にしかけたが、止めた。言っても聞かないからである。
「アフリカや北アメリカの少年少女も良いが、私は日本にも興味がある。タニザキも日本女性の美しさを語っていたからね」
「タニザキ?」
「我がニンフェット(妖精)コレクションに、是非、加えたい!」
個人で作っている写真集のことである。一度見せられたが、玉麗にとって反吐が出るものであった。
「ま、理解ある女性なら、あんたを日本にやるわけがないけどね」
「どうしてかね」
質問には答えない。「変態だから。ロリコンのショタコンのドSのドMだから」と言う台詞は飽きるほど吐いてきたからだ。
が、予想外にも、この危険人物が日本へ向かうことになった。一つには彼の本性を、メリィがよく理解していなかったということがあり、もう一つは、連日、嘔吐を続ける生活で、精神が疲れていたからであろう。
しかし、そもそも、ハンバートが、
「物資の調達をしたいのだよ。なに、前からやっていたことだ」
などと言ったのが、一番、悪かったのではなかろうか。物資とはほとんどが子供であり、前からとは、指示が出ていたわけではなく、強化人間や寄生型の実験に使用する『動物』の調達を、勝手にやっていただけなのだが。
帰ってきたハンバートの収穫を見て、また吐かなければ良いが、と、玉麗は思った。
●リプレイ本文
1
「得物がハーモニカな上に子供を攫った・・・・まるでハーメルンの笛吹き男ですね」
ランドクラウンの車内で、シャーリィ・アッシュ(
gb1884)はつぶやく。
遠く、強化人間が潜むという廃工場が窺える。既に、先行してスナイパーの三人が周辺を探っていた。
行動にあたって班は二つであり、車内で報告を待つA班は、
〈シャーリィ、ウラキ(
gb4922)、六堂源治(
ga8154)、緑川 安則(
ga0157)〉
という面々である。内、ウラキと安則は周辺の偵察に出ていた。
「もし本当にそれを気取っているなら・・・キメラはネズミ型ですかね」
気晴らしに話をする。そうするうち、隠密潜行で調査をしていたウラキと安則も戻った。
「・・・・「元人間」か」
ウラキの呟きが、妙に響く。
自身、人間という言葉に、微かに顔をしかめる。
(でも・・・・今はキメラ。引き金を引く事を躊躇うのは愚かだ)
思うものの、顔は、依然強張ったままであった。安則が独り言のように、
「バグア側はかなりヤバい人材ばかり揃えているな。まあ、クレイジーな奴だからこそバグアなのか、バグアだからこそクレイジーな奴なのか」
言いながら、武装の確認をする。それまで、ただ話を聞いていた源治が言う。
「筋が通ってない奴が居るってんなら、ぶっ飛ばすまでッスよ
「ああ・・・・。それに救出対象を・・・・同じ目に合わせる訳には行かないだろう」
ウラキが返すと、コクコクと頷き、
「絶対に子供を犠牲にさせる訳にはいかねーッスから
意気込んで、そう続けた。チラリと後方へ目をやると、離れた位置にUPC軍の車両が止まっているのが見えた。助けた子供を保護してもらうために、源治が申請しておいたものである。
まとめるように、安則は言った。
「作戦目標は子供たちの救出、可能であれば強化人間の撃破。それでいいかな?」
頷き、源治がつぶやいた。
「・・・・さって。心は熱く頭は冷やして、行くとしますか」
2
B班の面々も、作戦を前に顔を突き合わせている。
メンバーは、
〈伊佐美 希明(
ga0214)、番 朝(
ga7743)、紅月・焔(
gb1386)、犬彦・ハルトゼーカー(
gc3817)〉
である。内、スナイパーは希明だけであった。
A班との情報交換も済んでいる。偵察では工場内からハープの音を聞くことができ、おおよそ、強化人間の位置は知れた。
ピリリとした緊張の中、どこか暢気に、
「子供をさらうとは、卑劣な奴だなー」
犬彦が言った。さらに、
「く・・・・この手口は・・・・やはり奴か・・・・暁の七変人の1人・・・・アモイマンか!」
作戦を確認していたらしい焔が、呟き始める。
そんな焔へチラリと朝が目をやった。同じ隊であり、彼が自分を「番長」と呼ぶのを、少し、嬉しく思っている。が、それはそれとして、彼の発言には理解できない部分が多々あった。
朝は、自身、
「なんか目に留まった」
という理由で参加したが、事件の重大性を、理解しているのか、いないのか。
ただ、ぼんやりと、
(・・・・人を崩したようなっていうのが気になる・・・・まさかな)
キメラの情報を思い出し、朝はポツリと考えた。
希明は銃を携えて、さきほど隠密潜行で進んだ道を眺めた。足跡などを調べていたが、キメラだけでも、最低四体はいるだろうと予測している。
「さて、いっちょ気合入れていきますか」
犬彦がぐっと顔に力を込める。それでもやはり、声はどこか暢気であった。
3
広々とした工場内に、ハープの音色が響いていく。
強化人間の位置は、事前の調べ通りであった。が、子供はと言うと、姿が見えない。
奥に一つ、扉がある。そこに捕らわれているのかも知れない。強化人間、ハンバート・オブ・アマイモンの姿を見て、
(・・・・なんか・・・・怖い?)
朝は、皮膚が粟立つような拒否感を覚えた。焔が少し、そんな朝へ目をやる。
A班でも姿は確認しており、
「敵影は・・・・どうかな?」
他に、キメラの姿を、安則は探す。ざっと見たところ三体居る。控えめにしてはいたが、注意さえすれば、エンジン音にくらい気づいているだろう。演奏に集中して気づいていないのだろうか。
(音でキメラ達の行動を統制している?)
ウラキが班とは別に、隠密潜行で工場内の物陰を進んでいた。柱や機器の陰。注意すれば、いくつかの影に、キメラの姿がかすかに窺える。
ウラキも影に身を潜め、ハーモニカを取り出す。仲間たちへと、ささやかな合図を送った。
(・・・・あまり上手く無いんだけどな・・・・)
ハーモニカに唇を当てる。一音、ハンバートのものとは、違う音色が、屋内に響いていった。
ヒクリ、と、ハンバートの瞼が動く。が、ハープを咥えたままだった。キメラがウラキの隠れる場所へと飛び掛る。
「突入!」
各班が一斉に動き出す。安則は掛け声とともに閃光手榴弾のスイッチを入れた。
「周りは任せろ・・・・子供の確保を頼む」
真っ直ぐに子供のいるであろう、奥の部屋へと走る源治たちを、焔がエナジーガンで援護する。キメラはA班へと近寄る。が、そこへ、犬彦の背後の守りが発動すると同時に、伊佐美の制圧射撃が放たれた。
「ウラキ、三時方向!」
死角を補うため、声をかける。それに応えるように、ウェポンライトとサプレッサを付けたドローム製SMGが即座に火を噴く。 どこに隠れていたものか、シャーリィに襲い掛かろうとしたキメラの呻き声がした。
「足止めのための支援をする。頼むぞ」
安則もまた、制圧射撃を行いキメラたちを留まらせる。
その中で、尚も、ハンバートはハープを吹いた。むしろ、興が乗ったかのように、さきほどよりも一層、激しい演奏である。上手くはない。が、なぜだか、思わずそちらへ目をやってしまうような、不思議な音だった。
AL−011「ミカエル」を操るシャーリィが、竜の尾を発動させ、
「笛吹き男・・・と呼ばせてもらおうか。子供を攫って何をするつもりだったのかは今更問う必要も無い。この場で切り捨てる」
聖剣「ワルキューレ」を構えた。が、ハンバートの不思議な効果は、別段、不思議なものではなく、
〈スウィング〉
にあるらしい。もとより、竜の尾は念のために使っただけである。邪魔はさせじと、源治を守るように立った。
奥の部屋へとたどり着き、源治は三人の子供を発見する。どこか眼が虚ろである。
ハープを吹いていたハンバートが、
「ネオテニー、というものがある」
ポツリと、言った。
「この国の言葉では、幼形成熟だ。オランダのL・ボルクは、ヒトは類人猿のネオテニーが固定化したものだと言う」
源治が子供たちを抱えて部屋から出た。同A班の安則やシャーリィが近距離のフォローに周り、ウラキが源治から一人、子供を預かって抱える。三人を一人で抱えて突破するのは、流石に厳しそうであった。
「子供は子供という種だ。猿の子供がヒトというネオテニーであるように、ヒトの子供もニンフェットというネオテニーなのだ。私は、愚かな私の娘ローラと、その恋人を殺したときに、そう思った」
濁った瞳の輝きに、朝がビクリと身体を震わせる。
「だが、その進化はまだ途上だ。私は完璧なニンフェットを見てみたい。子供たちは、その雛形だ。さあ、戻してくれるね」
ハンバートは、そのように言えば通じないはずはないと思っているかのように、にこやかに笑った。無論、源治たちは応えない。構わずに子供を連れ出した。安則とシャーリィが武器を向ける。
「・・・・耳障りなんだよ、サンピン」
影撃ちによる拳銃「ジャッジメント」の弾丸が、ハンバートの手元で弾けた。
「テメェのような奴にも見飽きたんでね。さっさとご退場願おうじゃねぇか」
ハープを壊すには至らず、しかし、続けて影撃ちが放たれ、ハープを庇ったハンバートの右手の三指がはじけ飛ぶ。ハンバートは目を丸くする。なぜ理解してもらえないのか、分らない、といった様子であった。
「能力者とて、所詮は、俗人か」
左手と二指で、ハープを咥える。
〈プッ!!〉
と高く大きい音を出すと同時に、比較的近くに居たシャーリィと安則が吹き飛ばされた。
「番、前出すぎや!」
犬彦が言いつつ、防御陣形を張る。朝が前へ出ていた。金色の瞳がハンバートを睨み、
「この、キメラ・・・・虫姫・・・・も・・・・」
苦しげに、言った。虫姫や、このキメラも、そうやって、強化人間にしたものか、という問いである。
ハンバートは、
「さて、能力者は貴重だからね。虫姫は私より前のマスターが手塩にかけていた・・・・もっとも、協力はしたがね。それと、ああ、キメラか。残念なことに、彼らはニンフェットになれなかったものや、成長して『しまった』ものたちなのだ」
そこで区切って、
「そう、元は人間さ。私やキミと同じね」
狂的に、笑った。朝の頭の中で、いつかの記憶の笑みと、その笑みが重なった。
いつか。それは祖母に拾われるより前の、ほんの子供だった頃。この男と同じ笑みの男に、監禁を受けていた頃。
頭の中が白くなる。
髪が伸び続け、毛をまとった緑の獣のようになる。
ギシリ、と、歯をかみ鳴らす音が、妙に高く、ハレーションを起こす頭の中に響いた。
――飛び出そうという、刹那。
「番長、突っ込むのは子供を確保してからっす・・・・今は堪えて下せぇ」
焔が、身を乗り出して、止めた。
既に、子供は運び出されようとしている。ここで少人数で無理に攻めかけて、深手を負う理由は無い。そういう理屈はあったが、朝はそれとは関わりなく、目の前に立ちはだかった焔の瞳をしばらく見つめると、こっくりと頷いた。
「投擲するぞ!」
安則が閃光手榴弾を投げ込む。事前に聞いていた仲間たちは声と共に目を塞ぐが、キメラやハンバートは猛烈な光を受け、くらりとよろめいた。
「今だ! 撃ちまくれ!」
再び制圧射撃を行い、動きを制限する。希明もそれにあわせて、再び射撃を行った。
合間に、源治とウラキが子供たちを運び出し、UPC軍の車へと運ぶ。しかし、どこに潜んでいたものか、二匹のキメラが後を追いかけてきた。源治は両手が塞がっており、その刃を無抵抗のまま受けてしまう。
アーミーナイフを抜き、ウラキはキメラへ切りつける。注意がそれたのを幸いに、源治は先に子供を預けに向かい、ウラキは片腕で二匹のキメラを足止めしつつ走った。が、やはり辛い。
――転瞬、走行音が響き渡り、
「キメラは私が抑えます! 今のうちに!!」
バイク形態にしたAUKVで追いついたシャーリィがキメラに切りかかる。
これ幸いと、ウラキはUPC軍の車へと向かい、子供を預けた。
一人で立ち回るシャーリィの所へは、子供を預け終えた源治が戻り、
〈バンッ〉
と、襲い掛かるキメラの腕を、小銃「ルナ」による紅蓮衝撃を用いた弾丸で弾いた。
ウラキもすぐに戻り、ドローム製SMGを構え、キメラを掃討する。
ふと思い出し、ウラキは自身のランドクラウンへ戻ると、
「・・・・空腹だろう、分けて食べると良い」
板チョコと水を、ヒョイと、子供たちへ放った。無愛想なのは、慣れないことをした照れのせいであろう。
UPC軍の車は発進し、この現場から離れていく。依頼の目標が達成された。
工場内では、依然、強化人間との戦闘が続いている。ハ−プが鳴るたびに衝撃波のようなものが放たれ、銃で射程をとって攻撃するものさえ弾き飛ばされていた
「メーデーメーデー、変態馬鹿野郎と交戦中、増援求む」
防御陣を張りながら、犬彦が無線で源治たちに報せる。向こうからは、子供を軍に預けたことが知らされた。
「ふ・・・・今こそ貴様との因縁の鎖を断ち切る! 真の変態は二人も要らん! 覚悟しろ! アモイマン!!」
救出成功と聞き、遠慮が無くなった為か、焔は口上を挙げる。
「貴様の敗因は・・・・俺を女性の多い班に配置した事だ! ヒャッホウ!」
煩悩の力により女性が居ると戦闘力が三倍に・・・・なったような気がするらしい。
が、攻撃を仕掛け、当然のように衝撃波に弾き飛ばされた。追い討ちのように襲い掛かるキメラを、朝の『樹』による豪破斬撃が押しつぶし、攻撃を止める。同時に、なにか言いたげな目を焔へ向けた。
言葉にするなら、
「さきほど自分を止めたのはなんだったのか」
となろうか。が、これについては深く問わない。なんとなく、気が軽くなったような気もした。
希明が拳銃「マモン」を取り出し、執拗にハープを狙うと、うちの一発が、その表面を傷つけた。少しばかり音が変わる。
「悪いな。ここで死んでもらうぞ!貴様のような奴がいること自体が害悪なのだよ!」
安則が影撃ちを使用し、ハンバートへ攻撃する。
「ここはうちにまかして、みんなで奴を倒してくれ! ・・・こんなカッコイイ台詞言ってみたかった」
防御に努めていた犬彦の叫びに呼応するように、焔と朝が再び前に出て、希明がそれを援護するように、近づくキメラを弾丸で抉った。ハープが吹き荒れる。が、さきほどまでの吹き飛ぶほどの衝撃波ではなくなっていた。
そこへ、シャーリィら、子供の引渡しを行っていた者たちが戻ってくる。源治が銃を撃ちつつ近寄った。
「腕を切り飛ばせば、ハーモニカは吹けないだろう」
一斉にキメラを始末し、ハンバートへ切りかかる。
朝が持てる力の全てを出し切り、『樹』を振り下ろした。
「ぬっ!」
避けようとしたところを、脇から焔や希明の弾丸が飛び、踏みとどまった左足を、『樹』の切っ先が潰す。
源治が切り上げた。ポーンと、右腕が飛んでいく。シャーリィや安則も、一撃を食らわせた。
――転瞬。
ハンバートが左手でハープを拾い上げて鳴らすのと、源治の返す刀が、その喉を貫くのは、どちらが早かったか。
なんにしろ、鮮烈な一音が鳴り響き、近くにいたものは弾き飛ばされ、ハンバートは喉から血を撒き散らした。
「ローラ・・・・」
酷く湿った声で、朦朧とした瞳で、ハンバートが呟いた。
残した言葉は、それだけであった。どう、と倒れ、静寂が、工場内を包んでいった。
4
「こんな変態が後6人も居るのか・・・・くそ! バグアめ!」
大仰な仕草で、焔が憤る。傍らで朝が不思議そうな視線を送っていた。
言っている意味は分からない。が、塞ぎこむ気持ちが、微かに薄れるような気がした。
「変態・・・・ね」
ウラキのランドクラウンで一息ついている希明が、つぶやいた。
「人間を余計なものから純粋に切り抜いたら、皆そうなるだろ。・・・・思うのさ、時々。私らには建前があるだけで、本質は自分達と何も変わらねぇ。些細な切欠で、『ああなる』こともある」
どこか遠くを眺める。皆、身を休ませる中、犬彦が工場内を歩いていた。
「忘れ物はなんですか〜♪」
足元に、血に濡れた本がある。ハンバートの死体から、落ちたものだろうか。
それはロシア語の聖書と、ウラジミールナボコフの『ロリータ』であった。