●リプレイ本文
●精鋭
講師会は紛糾していた。サボリの常習犯、ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)や、〈教団〉からの留学生である皇 流叶(
gb6275)、「大魔法を使える天才」を自称するウェイケル・クスペリア(
gb9006)に、母国のためカンパネラ見学中の天宮(
gb4665)、さらに『剣客』六堂源治(
ga8154)、空間操作者、柳凪 蓮夢(
gb8883)、近接戦をこそ好む、格闘スモーカー、剣城 咲良(
gc1298)と、非常に個性の強い面々が集まったためである。
誰がまとめるのだという話であった。講師の一人もつかなければ、内外に示しというものがつかない。
「では、シュッツ先生に」
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)。特技はフォローと後処理と目されている苦労性の新任教師である。穏やかで、優秀な先生ならばと、皆が頷いた。シンは、仕方なく、それを請け負う。
かくして、鋼鉄の竜討伐の部隊は作り上げられた。アクの強い面々を引き連れて、シン一行は封じられた洞穴を降りていく。鋼鉄の竜の暴れる音が地下に響き渡る。荒ぶる竜の異形を前に、魔術師たちは怯まずに立ち向かう。
●竜狩り
「ここが魔術の殿堂、カンパネラ学園かぁ・・・・でっかい学校ッスねー」
討伐の一行は集まっていた。噂を聞きつけて素早くやってきた源治は、薄っすらとした陽光を浴びる、学園の全景に、ため息を漏らした。その横では、まだ眠そうに欠伸をするヴァレスを、流叶が上目遣いに睨んでいる。
「私が居るからって無理しないでよ?」
ヴァレスが龍に挑むのを止めに行ったはずが、「じゃあ手伝ってよ」と言われ、済し崩し的に流叶は参加することとなった。なにか上手く乗せられたようで、不満に頬が膨らむ。
「そんなに怒ってたらハゲちまうぞ?」
柔和な笑顔を浮かべるヴァレスに、流叶は赤い目をギラリと輝かせた。そんな様を見ても、「ま、なんとかなるさ♪」と、軽い口調で微笑む。
「さて参りましょうか・・・・」
ぽつりとした天宮の言葉に、封じられた洞穴の中へと、一歩を踏み出した。錬金の類か、滑らかな壁が続いている。降りていくに連れて、竜であろうか、不可思議な音が聞こえる。
轟、と、炎が前面を舐めた。
竜は、すぐそこにいるらしい。まとめ役であるシンがスッ、と手で合図を送った。が、すでに数人が飛び出しており、シンが後を追う形となった。鋼鉄の竜は、その顎をグパリと開いて討伐隊を迎え、首の付け根のあたりから伸びる、小さな口のような部分から、猛烈な火力が放たれる。
「歪曲・・・・」
呟きと共に、蓮夢がゆらりと手を向けると、前衛陣の前方の空間が粘性を持ち始め、湿った泥がそうなるように、ぐにゃりと歪みはじめる。そこへ竜の息吹が突き刺さると、何が起きたか、鉄のつぶてを持つ炎は、魔術師たちの身体を反れ、洞穴のそこかしこに飛び散った。
蓮夢の魔術の一つ、空間歪曲の一面であった。術に守られ、咲良は横っ飛びをすると、ググッ、と拳に力をこめた。煙草の先が赤熱する。肉体強化の術式を身体にまとわせ、届かないはずの距離から拳を振るった。
「疾ッ!」
拳から、衝撃波が飛ぶ。それは進むと共に威力を減じ、竜の鋼鉄の肌を傷つけるには至らない。しかし、鎌首をもたげ、竜は、その細長い単眼を咲良へと向けた。転瞬、
「支配せよ。祖は蹂躙しせり者。吹き荒ぶは身を抉る風。魂奪う死霊の木枯らし――」
歌声のような、詠唱の声が聞こえる。ウェイケルの『雷神の面』が怪しく光った。手に持つ扇をヒラリと揺らし、ピッ、と竜を指し示す。面の光がいっそう激しくなり、
「亡舞――生者必滅!」
言葉とともに、どこかから風が吹き上げ、瞬く間に竜巻が起こる。鋼鉄の皮膚に無数の切り傷が走った。だが、血が垂れることも翼が千切れることもなく、猛々しく竜は彷徨をあげ、炎を吐き散らす。
「一式、二式!」
迫る火の飛礫に、足をたわめた源治は一散に駆け出した。彼の操る『六式強化魔術』のうち、脚部強化の一式と、表面へ魔力を流し、防御力を強化する二式を発動させる。目前に迫ろうとする火に、
「四式・・・・!」
目を剥き、かすかに顔を傾かせる。頭骨を砕く飛礫は、頬を覆う魔力の壁を撫でるに留まった。竜の咆哮が轟く中、その頭上をふわりと飛ぶ影がある。重力を魔術によって調重(コントロール)し、源治へ向いた竜の背後を取る。
「超重力弾(ブラックホールブレット)」
ヴァレスは竜の後頭部へと、兄弟な重力を弾丸のようにして撃ち放つ。ベキリと鱗はへしゃげ、首があらぬ方向を向く。――仕留めたか。思うのもつかの間、竜の身体がフワリと浮いたかと思うと、そのまま突進してきた。
頭部が擦れただけだが、地に着かぬままのヴァレスの身体が壁へと叩きつけられる。減重(ゼロ)によって衝撃を緩和する刹那、再び火の飛礫が飛ぶ。超重力壁(ゲート)、あるいは逆重斬断(カット)で防ぐ――には、遅い。
重力以外の魔術も習得しておくべきであったか、と、臍を噛む刹那、
「基礎は大事ですよ」
障壁が、ヴァレスの前に展開された。レザーグローブをはめたシンが印を結んでいる。飛礫は、その障壁に弾かれて、背後の壁へと突き刺さる。ゆっくりとヴァレスは地面に着地し、流叶の傍らに降り立った。
そこへ、再び飛礫が飛ぶ。流叶はヴァレスを掴む。竜の攻撃が突き刺さるも、そこに二人の姿はなかった。
「ん、危ないな」
テレポートによる緊急回避で数十メートルも瞬時に移動し、流叶は竜を見た。駆ける速度は人では追いつくまい。
竜の足元に、不意に、無数の物体がまとわりついた。跳ね飛ばされ踏み潰され、それでもなおひしめく。あるものはシンの姿をとって誘導し、あるものは、天宮の姿をとった。竜は苛立たしげに、腹部から何か撃ち出す。
轟炎が辺りを舐めた。弾け飛ぶ地面と壁の欠片を、シンは障壁で防ぐ。そんな中、消え去ったシンや天宮の姿をとったものの背後から、ゆらりと巨大な影が現れる。巨人。竜に比するほどの巨体は腕を振り上げる。
「どこを見ているのですか? 私はこちらです」
天宮の声と共に、新たに一騎の影が竜へと躍った。漆黒の鎌で背後から切りつける。そちらを向こうとした竜を、巨人が、その腕でがっしりと押しとどめた。
シンや天宮の姿をとった、定型を持たないものは、天宮の陰陽道における『式神』である。巨人、騎士は、カバラによるものだという。東西を問わぬ魔術に、竜は絡め取られ、その翼を鎌で刈り取られた。
動きを止めた竜の足元で、ゆらりと空間が歪む。飛び散る竜の鱗を空間歪曲で弾き、蓮夢は、その脚の鱗に手を触れた。『解析』の魔術によって、蓮夢には相手の情報を知ることが出来るのだった。
(……これは)
ゴーレム、に似るが、違う。涼しげな額を、微かに蓮夢はしかめた。生命体ではない。が、無機物と言い切れるほど、見知った構造でもなかった。ズシン、と、巨人の押さえに、竜が抗い始めたのを感じ、蓮夢は身体能力を活性化させ、素早く後方へ飛んだ。傍らを過ぎる影へ、「目、膝・・・・」と、ポツリと弱点を告げる。
影は二つ、ある。「承知」と、言ったかどうか、片方の青髪がふわりと風に舞った。
「師匠直伝! ・・・・なんとかの極み!!」
左側から迫る咲良が腕を振り上げ、膝の関節らしき部分へ、魔術によって強化した拳を叩き付ける。
破砕。『く』の字型に膝が折れる。拳による純粋な打撃と共に、魔術による衝撃波が、一点を突き抜けた。咥えた煙草を吸い込みながら、咲良は体勢を崩す竜を足蹴にして後ろへ跳んだ。
逆側から飛んだ影は、グッ、と腕に魔力を集中させる。強化魔術における五式であった。源治は四式によって飛び上がると、バタバタと音を立てる着流しの腰に佩いた刀の柄を握る。ほんの無銘の刀が、魔力を帯びた。
しかし、抜かない。もはや竜の単眼はすぐそこにあった。刃は名刀の切れ味を宿し、手は十分な力で柄を握りながら、抜かない。間合いに入った瞬間、源治は、ピンと鍔を弾いた。
「奥義・・・・六式一閃!!」
風を切る、ヒュッ、という音と共に、その長い目が二つに割れた。硝子の割れたような音が響く。
二点、破壊した。源治が、そのまま様子を見ていると、どこに仕舞われていたのか、前足に鋭い刃が握られ、天宮の巨人を切り裂く。巨人の腕は飛び、源治の横を過ぎて、猛烈な音と土煙を立てて落ちた。
さきほど、ヴァレスに飛んだ攻撃が、再び放たれようとしていた。源治は頬を引きつらせ、
「見た事ねー攻撃ッスけど、危ない事は分かるッス〜!」
ヒュッ、とその場から離れる。転瞬、轟音と爆炎が辺りを舐め尽す。破片と衝撃波が撒き散らされ、素早く離れた源治でさえ、爆風にきりもみするように弾き飛ばされた。
その身体を、シンが片手で受け止める。見れば、蓮夢や咲良もそこに居た。その場には風も炎も飛礫も来ていない。結界――片手を源治にやりながら、前方で、シンは杖をかざし、呪文を唱え続けている。
その杖は、さきほどレザーグローブであった。シンの魔術の根幹となる不定型の核は、『リチュアルフォーム』と呼ばれる、杖の形を取ったのである。源治、蓮夢、咲良の空間を踏まえても、防御陣にしては、少々大仰であった。
自由になった竜が、あたり構わず、炎の飛礫を撒き散らす。目を潰され、狙いを定められなくなったせいか、あるいは、予想外の痛手に、怒り狂っているのかもしれない。
シンの詠唱は止まない。続く暴走に、天宮が竜を檻のように結界を張り巡らせる。だが、どれほど保つのか、再び、あの轟炎が迫る。瓦礫が飛び散り、天井がガラガラと落ちていく。
竜の動きが、次第に緩慢になっていった。疲れが来たのか。――違う。動かなくなるのではなく、まるでスローモーションのように、動きそのものが遅くなっている。ニッ、とシンが頬を歪ませた。
「やっと気付いたみたいですが、もう遅いですよ」
敵の速度を時間とともに遅くしていく儀式魔術。もはや、あの轟炎さえ、吐き出すには遅すぎる。シンの詠唱は、ようやく止まった。同時に、後方では勝機とばかりに、流叶がエンハンスをかけていた。
「さぁ、とっとと片付けてティータイムだ♪」
広げ続けていた超重力壁(ゲート)を閉じ、ヴァレスはふわりと竜に踊りかかる。動きの遅い竜の懐へ入ると、手をかざし、シュッ、と空を裂いた。それに合わせるように、竜の鱗が切り裂かれる。
「逆重斬断(カット)」
特定空間に真逆の重力を発生させ、相手を切り裂くというこの技は、エンハンスの力で増幅されている。苦悶の響きのようなものをあげ、竜の首もとにある小さな口から、ゆっくりと弾丸が放たれようとした。
「我流! 猛龍拳!!」
突き上げる拳が、その口を粉砕する。咲良はサングラスから覗ける黒い瞳で、ヴァレスに笑いかけた。上昇中は無敵のアッパー。咲良の格闘魔術は、食らった相手が台を殴ることや灰皿を投げることがよくあるとか。
「面倒なのでさっさと倒してしまいましょう」
残りの口へ、シンの光の矢が飛ぶ。不定形の核は、古代武器とされる『エネルギーガン』の形をとり、狙い過たず射抜いていった。その光線の援護を受け、咲良とヴァレスは距離を離す。ウェイケルの魔力が感じられたからだ。
あの強烈な炎を吐こうと、竜は咆哮めいた叫びを上げる。
「流叶、結界で奴を囲め!」
ウェイケルの叫びに、流叶は応えた。『ガードナー』、それは強力な結界と言うだけでなく、珍しい特性を持つ。
「これが私の剣、己が牙に刻まれよ!
竜の炎は――。
結界に当たった瞬間、グルリと反転して、その身を焼いた。反射。爆炎も爆風も、全て、その鱗に呑まれて行く。
「さぁ、炉に火を灯せ。地を飲み海を示し、高らかに詠うは幻想。森羅を照らし万象を見つめ、那由他の果てすら暴き明かす」
昂ぶった様子でウェイケルは唱え、いっそう高く歌い上げた。
「天の星々でさえ焦がれるような。真っ赤な真っ赤な火を炉に灯せ――!」
面が光る。広げた扇が舞うと共に、チラチラと放電の火花が飛び交う。その詠唱は、鮮やかに地下に輝いた。
「幽曲――神霊!!」
扇が止まる。動きが止まる。火花が止まる――。
そして、雷撃が竜を襲った。結界の中で雷撃は荒れ狂い、外へ漏れ出ようとした威力さえ、結界の特性で再び竜へと向けられる。火花が散り続け、目も開けられないほどの光が地下を埋めていく。
それでも、倒れていない。雷を浴び続ける竜の威容が、結界越しに眺められた。流叶は残った魔力を計算し、一人、頷く。法術とともに、得意とする、もうひとつの系統を唱えあげる。
「魔術理論最適化・・・・さぁ、暴れてきなさい!」
前方に、濃い影が映る。それは天宮のものと同じ召還の術式であった。しかし、カバラという理論に基づくものと、『教団』において研鑽した流叶のものは別である。命令は聞くが、何が出るかさえ分からない。
影は形を作った。それに合わせて、流叶の頭に、その名が浮かんだ。
「風流」
銀色の輝きが、目に入る。二足歩行のそれは、人の形を模したようでもあった。長大な筒を構えると、『風流』と呼ばれた召還獣は結界の消えた瞬間、竜めがけて、その口を向けた。
炎が弾ける。竜はグラリと傾き、そのまま、倒れた。討伐は終わった。誰もが忘れていたかもしれないが、学園生のアリーシャが、瓦礫の下から、救いの手を伸ばしていた。
●その後
ヴァレスは言葉通り、ティータイムに入った。コートから一式取り出す。流叶は何か言いたそうに見つめ、他のものたちは驚いたものと、あまり表情を変えないものがいた。
「なんか、似てたッスねー」
源治が、最後の召還を思い出してつぶやく。蓮夢はチラリと、流叶へ目をやり、それから源治を見た。その視線で伝わったのか、源治は、弁解のような言葉を言って、「それに」と、剣術でもそうだが、と続ける。
「剣術は殺人術って言うヤツも居るが・・・・やっぱ力は使いようだと思うんスよね」
竜を召還する力も同じだと、言外に源治は語っていた。そうして、蓮夢にチラリと目を向ける。小さく、蓮夢も頷いた。どこか、しんみりとした空気が流れる。
「あ、これ美味しい!」
そんな空気を、咲良が壊す。スコーンの屑を頬に付けたさまは、ちょっと可笑しく、皆して笑った。
シンと天宮は、いない。シンは、講師会で、今回の騒ぎについて報告していた。竜の残骸を天宮が受け取り、調べているようであったが、どうにも、不可思議な点が多く、遥か昔、この地には、なにか尋常ならざる技術があったのでは、と話した。しかし、講師陣からは、失笑を買う。御伽噺ではないのだからと。
シンは天宮から借りた本の一節を思い出した。『然り、一つの強力な科学がかつて実際に存在し、そして現在もなお存在している』。シンは時計を見て、ティータイムを逃したと、そんなことを思った。