タイトル:猫型キメラと強化人間マスター:ジンベイ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/23 11:57

●オープニング本文


●軍人殺し
「とんかん」
 老人が呟いた。漢字にすれば、頓閑、となるか。兵法上の言葉であり、いわゆる緩急に当たる。
 まだ寒さの残る四国の平野、刃がキラリと陽の光を返す。その刀身からポタリと垂れるのは、足元に並ぶUPCの軍人、そのカーキ色の軍服を汚す、赤黒い血のりに紛れもない。
 寒山・オブ・オリエンス。そのように名乗った老人は、二尺ほどの脇差を血ぶるいし、脂と血を飛ばした。周囲を覆う死体から漂う、鼻を刺すような猛烈な臭いの中、煙管を取り出し、マッチで火をつける。着物が風に煽られて、バタバタとはためく。波の飛沫のように、あちこちへ飛び散った白髪の下、頬から胸にかけて、赤い竜の刺青がある。
「にゃあ」
 足元に、猫が擦り寄ってきた。寒山は煙管を咥えたまま、その頭をなでてやった。大柄なこの三毛猫は、キメラである。マインドイリュージョナーの亜種、と寒山は聞いている。敵へ、足にまとわり付く子猫の幻影を見せ、行動を制限する、という。猫好きならばもとよりだが、抵抗力を持たない者は、一歩も動けないと聞く。
 だから、戦闘は、巻き藁を切るのに等しかった。一人、能力者であったのか、突破したものもいたが、寒山の刃の前に倒れた。「とんかん、とんかん……」と、煙を吐きながら、寒山はつぶやく。
 ――兵法中条流に、「頓虎(とんこ)の気、閑虎(かんこ)の気」という。
 合わせて「とんかん」である。技と言うよりは、心構えに近い。分かりやすい言葉にすれば、拍子、となるか。遅い拍子と早い拍子を、相手の状態に合わせて使い分ける。この大事を言っている。寒山という、いまは強化人間として生きる老人が、かつて習っていた剣術を思い出しながら、つぶやいているのであった。
 今回の目的は、しかし、むしろ、この猫型キメラにある。寒山は、このキメラの性能を試すために、UPCの軍人を襲ったのであった。まだデータ不足ではあるものの、そこそこは使えるのではないか、と、寒山は思う。しているうち、仲間から連絡が入った。
「ほう……能力者が……」
 話によれば、今回の騒ぎが、カンパネラ学園へ依頼として提出されたらしい。
「会ったら、適当にあしらい、撤退しておこうか」
 人質でも取って、と思いながら、ぼんやりと言って、煙管を吸う。かたわらから猫が顔を出し、
「にゃあ」
 不服そうに、鳴いた。
「腹が空いたか」
 寒山は、煙管から口を離し、死体を打ち捨てたまま、その場を離れた。しわがれた声で、楽しげに歌う。「しあはあいてわいたい……」猫がそれに合わせて、不満げに鳴き声をあげた。「下手くそ」と言っているかのようで、寒山は、「ふん」と、鼻を鳴らした。

●依頼
「猫ですか?」
 エリィ・ファブレスは、UPC四国方面軍からの依頼を見て、聞き返した。
 強化人間の被害と聞いたが、かろうじて逃げたものの話を聞くと、どうも、猫型のキメラと一緒らしい。
「幻覚……足に子猫がくっついてくる、と……蹴ればいいのでは?」
 質問すると、蹴ることなどできなくなる、という答えが来た。精神攻撃の一種だろうか、とエリィは思う。
 UPCからの話をしばらく聞き、おおむねの事情を把握する。動きを封じる精神攻撃、と捉えれば良さそうだった。子猫を振りほどくのは、幻覚だと分かっていても辛いだろう。キメラの攻撃であるからには、抵抗力が関わってきそうでもある。子猫の数や抵抗力の程度に応じて、行動が制限されそうだった。
「では、そのキメラと、強化人間を倒せばよいのでしょうか」
 それで、合っているらしい。が、キメラだけでも良いとのことだった。とにかく、キメラに動きを封じられることが、UPCにとっては困りごとのようだった。戦うこともできずに殺されるというのは、確かに辛そうである。
「ええ、では、目標はキメラということで……場所は、四国の……街中? そんなところにいるのですか?」
 それは危険だろうと思って詳しく聞けば、食堂で食事をとっている所が目撃されたという。間の抜けたというべきか、暢気なキメラと強化人間であった。しかし、人質を取られていると考えれば、悠長な話ではない。エリィは溜息をついて電話を切り、依頼として提示する準備にかかった。キメラの話を聞いてから、眉間に皺が寄っている。
 前に、どこかで聞いたような気がする、と、彼女は思った。どこであったかは、思い出せないままだった。

●参加者一覧

真田 音夢(ga8265
16歳・♀・ER
シヴァー・JS(gb1398
29歳・♂・FT
御門 砕斗(gb1876
18歳・♂・DG
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER
アローン(gc0432
16歳・♂・HG

●リプレイ本文

●尾行
 黒瀬 レオ(gb9668)とアレックス(gb3735)の、退避を呼びかける声が繰り返し聞かれた。強化人間、寒山・オブ・オリエンスと猫型キメラは、食堂を出て後、港の方向へ足を向けている。先回りして、二人は住民の避難を行った。
「寒山・オブ・・・・なんだっけ?」
 ジョイトイ、ではないよね。と、レオは軽く笑う。黒刀「炎舞」を使う自身と同じく、刀を使うという強化人間へ、シンパシーと興味を感じていた。退避の声をかけながら、手合わせ願いたい、と、ぽつりと思う。
 共に声をかけるアレックスは、地図を広げて、先の地形を見た。港には、既に人を遠ざけている。戦うとすればそこだろうと考えた。無線機から、仲間の報告を受ける。真田 音夢(ga8265)の様子を聞き、首を傾げた。
「やれやれ、爺さんも大変だあねえ」
 御門 砕斗(gb1876)の視線の先では、猫型キメラが脇差の鞘でコツンと頭を叩かれていた。音夢がパタパタと送る、七輪で焼いた魚の匂いに鼻をひくつかせていたからである。
「・・・・何の因果もないことなのかもしれません。しかし、キメラが人間の感情や心の闇を素材に作られるのならば・・・・。私はきっとあのとき、そう願いを込めていた・・・・」
 音夢が作戦前に、ポツポツと言った言葉を、思い出す。(まあやりたいならいいんじゃね?)と、砕斗は特に意見もせずに、パイドロスにまたがり尾行をしながら、その行動を眺めていた。なにか、事情はあるのだろう。聞くに堪えぬような背景も、あるのかもしれない。しかし、事情も背景も、砕斗は知らなかった。
 UPC軍へ、放送の頼みごとをしに行ったらしいシヴァー・JS(gb1398)の帰ってくるのを確認し、視線で首尾をやり取りし、敵の位置を目で伝えた。シヴァーは隠しようのない「巨塊」のために、尾行を行わず、港の方へ先に向かう。
 チラと、シヴァーは強化人間へ目をやった。すこし先から、音夢がマタタビの香りを送っている。猫型キメラは陶然として、ふらふらと匂いのほうへ向かったが、強化人間、寒山の鞘が、再び、その頭をコツリと叩いた。
 シヴァーが目を移せば、カンタレラ(gb9927)と霧島 和哉(gb1893)の尾行しているところが見えた。向こうはAUKVバハムートである分、パイドロスよりも気を使っているのが見て取れる。「今度はどんな強化人間かしら・・・・楽しみね」と、移動時にカンタレラがもらしていたのを、シヴァーはふいに思い出した。
「ふざけた能力のキメラだなぁ・・・・ま、厄介なのには変わりはないが」
 再び、音夢の送る匂いに方向を変えようとしたキメラが叩かれ、「ふーっ!」と怒りの声をあげる。同時に、近くにいた住民が、はたと動きを止めた。それはすぐに止んだが、眺めていたアローン(gc0432)はつぶやいた。
 寒山は、左手で煙管を咥え、煙を吐いた。右手に脇差を持ち、鞘で、何度も方向を変えようとする猫を、コツリと叩いた。どこか滑稽な光景に、しかしアローンは目を細め、小銃「S−01」の銃把を握った。

●戦闘
 潮の香りが、鼻をくすぐる。広い港で、強化人間とキメラが立ち止まる。認めたシヴァーは無線でUPC軍へ連絡をし、それを終えると、仲間へ合図を送る。それぞれに身を伏せる中、ピンと、空気が一瞬、張り詰めた。
 同時、二機のAUKVが飛び出す。片方は砕斗の機体であり、もう一方は「・・・・こうすれば平気ね!」と目を瞑ったカンタレラが後部座席に乗る、和哉の機体であった。一散に駆ける二機に対し、猫型キメラがピクリと反応する。たちまち、二人の周囲に子猫が現れた。車輪が轢く音、感触、それらは全て幻覚と分かりながらも、気を滅入らせ、視界を血で覆う。
 その頃合に、シヴァーやレオが頼んだとおり、スピーカから放送が流れた。
『港でバグアと能力者が戦闘中。付近の住民は再度の放送があるまで屋内で待機、出歩かないように・・・・』
 人の出入りは完全に絶たれ、それまで身を潜めていたアレックスやレオも飛び出す。炎のようなオーラをまとい、アレックスのミカエルが駆け、超機械「マジシャンズロッド」に持ち直したレオが続く。
「お休み猫ちゃん、悪いな、見掛けがいいものほど、ずたずたにしたくなっちゃうのよ、俺」
 狙っていたアローンの小銃「S−01」による強弾撃が、その小さな額を抉らんと猫型キメラへ飛んだ。
 遠距離から、アレックスの拳銃「ジャッジメント」による射撃も放たれる。「竜の爪」や「竜の瞳」によって、その効果を増させた弾丸は、過たずキメラへと放たれ・・・・しかし、抉ったのは、音夢の身体であった。
「動けなくなるのならば、動かない。それもまた、一つの答え・・・・」
 超機械「マジシャンズロッド」に持ち直したレオの攻撃も、キメラを庇った音夢の身体を主に傷つけた。強化人間を押さえにいったシヴァーや砕斗もバッと目を向ける。ぐったりと地に伏せながら、音夢は、すぅっとキメラと視線を合わせると、普通の猫にそうするように手を差し出した。キメラは手を噛んだ。じわりと、血が滲む。それでも音夢は、手を伸ばした。
「・・・・姐御さん。そろそろ、大丈夫・・・・だよ」
 和哉の言葉に、カンタレラはカッと目を開くと、「虚実空間」を使用した。青白い電波が猫型キメラへと飛び、「ふぎゃっ」と声をあげさせる。瞬間、周囲を覆う子猫の幻影が、夜の夢のように消え去った。バハムートから降りると、超機械「雷光鞭」をキメラへと振り下ろす。
「あは、やっぱり裏切るんだ・・・・?」
 その一撃は、やはり、音夢を打つに終わる。カンタレラは、むしろ妖艶に微笑み、チロリと赤い下を覗かせた。戦いに酔うような目に、しかし音夢は瞳も返さず、ただ、キメラへかかる攻撃を、その身で受けるだけであった。
 そこへ、和哉のバハムートが「竜の咆哮」で飛び掛り、音夢をキメラから引き剥がす。吹き飛び、起き上がることさえ困難そうな音夢を、双剣「ピルツ」で和哉は地面へ縫い付けた。不満そうに、「・・・・むー・・・・和哉」と頬を膨らませるカンタレラへ、和也は困ったように苦笑をする。
「・・・・ごめん、ね? またの機会に・・・・て、事で」
 軍に批判を受けるかもしれないから、と心の中で言って、再びバハムートのハンドルを握った。 
 和哉と同時に駆けながら、しかし、和哉とは違い、寒山のみへ駆けた砕斗は、「竜の翼」と「竜の咆哮」を使用し、寒山を車体で組み敷こうと襲い掛かった。ウォンと前輪をウィリーでもするように振り上げ、押しつぶすように叩きつけると、寒山は横へ身体をずらしたが掠り、後ろへ飛ばされた。
「能力者か」
 ぽつりとつぶやくと、寒山は脇差を鞘から抜いた。砕斗へ向かうところを、駆けてきたシヴァーが間に入り、巨大な鞘、「巨塊」で受ける。シュッ、と軽やかに走る斬撃は重く、受けたというのに、シヴァーの眉間に皺が寄った。寒山は「ほう」と唸ると、猫型キメラへチラリと目をやり、トン、と後方へと跳んだ。
「・・・・逝く先で、お腹いっぱいご飯たべるんだよ・・・・?」
 再び、レオの超機械「マジシャンズロッド」の電磁波がキメラを襲う。強化人間が邪魔をしなうちにと、アローンの弾丸やアレックスの弾丸も飛ぶ。キメラは逃げるように体を捻ったが、弾丸の速度に敵うはずもない。
「・・・・ぁ・・・っ・・・・」
 音夢は、手を伸ばした。起き上がることもできず、息をしようにも血を吐いた。痛みに顔を歪めず、苦しさに顔をしかめず、けれど、目の前で消えようとしたキメラの命に、はらりと、涙を流した。なぜであろうか。キメラ、キメラだ。猫の形をしていようと、それは人を襲い味方を殺す敵である。
 不条理だろうか、キメラが殺されるのは。どうして、どうして、手を伸ばしたのか。一瞬が千丈に伸び、音夢は幻覚を見た。そのキメラは少女の形をしていた。その弾丸は父親の太い腕だった。崩れ落ちる命は、少女の心であり人生だった。
「・・・・ああ」
 何事かを理解し、音夢は目を閉じる。電磁波と弾丸が、猫型キメラを食った。音夢の意識が途切れるのと同じく、キメラの姿は消え去った。しかし、これでは終わらぬと、和哉のバハムートがウォンと響きを挙げた。
「やれやれ、爺さん見てると俺の祖父さん見てるようだよ」
 キメラにかまう間、砕斗は夕凪を取り出し、夜刀神と共に用いて寒山を攻め立てていた。疾風のような連撃を、しかし寒山は脇差で受ける。脇からはシヴァーが巨塊によって事毎に打撃を放つが、この二人をしてなお、持ち余していた。
「・・・・むっ」
 脇差が振られ、二人は受けながらも、後方へ飛ばされた。じん、と腕が痺れるのを感じる。寒山はキメラがやられたのを遠目に見ると、そのまま後方へ跳んだ。その先は海である。寒山は一艘のボートへ足場を移し、そこで脇差を構えた。キメラが消えたからか、追い込まれようとしているからか、若干、様子が違う。寒山は、彼方の空を一度眺めた。 
「・・・・狙いは、オジサマ。死にたくなるまで、いじめてあげますね?」
 足並みを揃えると、先ほど戦いを止められた鬱憤を晴らすようにカンタレラの超機械「雷光鞭」 が放たれる。続くように、ヒュッ、とソニックブームが飛び、後を追うようにレオが駆けた。
「ねぇ。その脇差・・・・いっぱいヒトの血、吸ってるの? 僕に教えて?」
 寒山は応えず、脇差で直撃を防いだ。アローンの頭部や足に分散させた射撃にもまた、守りに徹し、ふいに手に飛んだ一撃にも、武器を取り落とすことはなかった。攻撃の気配とてなく、なにか不気味さがあったものの、攻撃できる機を逃さずに、カンタレラは練成超強化をレオへとかけた。
「とっておきの、神の御加護・・・・なんかちがうなぁ。超強化ザマス!・・・・ザマスって・・・・うーん」
 決め台詞の懊悩に、レオは「かんちゃん、ありがとザマスっ」と付き合うと、先手必勝を用いてから、寒山の裏へと回り込み、アレックスへ高揚感からか、変化した語調で告げる。
「なンか・・・・滾ってクる。アレックス、いくよ・・・・?」
 受けたアレックスは、即座に「応よッ!」と答え、
「――天を。即ち万象を破らんと欲す。奥義、「破天万象」!」
 竜の爪と竜の瞳を用い、AUKVをスパークさせる。轟、と天槍「ガブリエル」が唸りをあげ、寒山へと放たれた。逆側からはレオの黒刀「炎舞」による斬撃が向けられる。砕斗がそこへ竜の翼でシュッ、と飛び込み、機巧居合刀「真達」による居合いの一刀を重ねた。嵐のような攻撃に、寒山は膝を折りかけ、ガッ、と血を吐く。
 ボートにビシャリと、寒山の血がかかる。ぐらりと倒れそうになるも、寒山はギンッと目を見開いてアレックスたちを睨んだ。ぐっ、膝が曲がり、これまでとは違った構えを見せる。瞬間、咄嗟に和哉が間に入り、攻撃を受けようとした。
 ふいに、寒山は空へ目をやる。すると、機械剣「サザンクロス」を構える和哉へ攻撃を放たずに、ふわりと寒山は一丈も跳び上がると、和哉を飛び越えて陸地へ降り立った。着地ど同時、傷口が開いたのか、ガクリと膝を折り、あたりへ血を撒く。
 陸地の側にいたアローンが小銃「S−01」 を向け、シヴァーが巨塊を構えた。
「逃げちゃ、だめ。・・・・続けましょう?」
 楽しげに、カンタレラは超機械を向ける。武器を向ける三人に、寒山は、ふっ、と笑う。アローンは、視線の先を追う。
 空にヘルメットワームが浮いていた。
 軽い舌打ち。長い時間、食堂で待ち、港に向かった理由は、この迎えを待っていたのであろう。
 ヘルメットワームを操縦するものもいるはずだった。アローンは状況を理解すると、すぐに軽やかな口調で言う。
「おー、こええ、伊達にとしくってねぇなぁ爺さん、ま、こっちとしちゃやりてーことはやったし、この辺にしないかい? あんたも命は惜しいだろ? 俺も惜しい、悪い話しじゃねーとは思うが?」
 銃口は外さないままであった。巨塊を構えるシヴァーもそれに合わせて、
「こちらの消耗も大きいですからね・・・・深追いは出来ませんよ」
 と、つぶやいた。微かに、地に伏せたままの音夢へ目を向ける。寒山は、再び足をかがめると、ヒュッ、と跳び上がり、ヘルメットワームへ飛び乗った。そのまま、港から彼方へと飛び去る。後にはキメラの肉片と、倒れた音夢と、寒山の血が残る。あの傷であれば、強化人間とはいえ、しばらくは戦線に出ることは出来ないだろう。
「色々と、面倒だ・・・・」
 頭を振る砕斗のぼやきが、潮風に呑まれていった。
 
●戦闘後
 担架に乗せられ、音夢は運ばれていく。微かに地面に残ったキメラの残骸を示し、放送を頼んだ分、いささか面識のあるシヴァーがUPC軍へ報告した。港の損害は軽微であるものの、戦闘の爪痕があちこちで見受けられる。とはいえ、UPC軍は依頼内容の達成には満足している様子であった。身内の仇をとった一同に、感謝の言葉が送られる。
 ふとシヴァーが目を向けると、仕事にケチをつけられず、報酬の心配の消えたアローンの姿が見えた。海の向こうから吹く風に、その黒髪がなびいている。あまり、今回のことを気にした様子はない。目を移せば、アレックスが少し顔をしかめて、
「きちんと相談を持ちかけられたのなら、応えられたかも知れない」
 独り言のように、運ばれる音夢を眺め、小さく漏らすのを聞いた。後悔、というほどのものではないだろう。憤り、とも、すこし違うように感じる。後に、病院に運び込まれた音夢は、語ったという。ベッドの上で、彼女はポツポツと告げる。
「私は・・・・自分を重ねていたのかもしれません・・・・。望まれず愛されず・・・・。都合が悪いからと憎まれ疎まれ・・・・。私は私を救いたかった・・・・。ずっと・・・・」
 目を瞑り、キメラの内に見たものを、思い起こす。音夢の表情は、いつもどおり、感情がうかがえない。
 そのとき、猫の鳴き声が聞こえた。でっぷりとした、大柄な猫であった。実験動物として作られた猫である。
「私の恐れていたのは、人の闇・・・・弱さ・・・・。死と暴力の輪廻に呑まれ、人らしくあることに、麻痺してしまうこと。戦いの本質は常に内側にある・・・・。外敵なんてどこにもいないのだから・・・・」
 じくりと、傷が痛んだ。猫が「みゃあ」と、泣き声をあげる。その耳の裏を優しく撫で、次いで喉を撫で、頭を撫でた。ごろごろと喉を鳴らして懐く猫に、あのキメラが重なり、音夢は、なぜだか、涙が出そうになるのを感じた。
 ベッドサイドの本がめくれ、ひとつの詩があらわになった。「誰か知らん。未来に捧げし青春の贄のうちに、生い出ずるは・・・・」。窓から入る風にはKVの音が乗り、爽やかに駆け巡る。それは青春の歓声であり、怒号だった。