タイトル:遅れすぎたバレンタインマスター:ジンベイ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/03 22:46

●オープニング本文


●夜の学校
 大規模な作戦が始まり、夜中まで学校の一部施設を用いて、カンパネラ学園の学生であるアリーシャは作業に集中していた。
「え……?」
 それを見つけたのは、AUKVの調整を終え、帰ろうと廊下を歩いていたときである。
 黒っぽい身体をゆさゆさと揺らし、宙を浮遊する物体。ぷんと、妙に良い香りがする。アリーシャが何だろうと思って、すこし近づくと、それはこちらを向き、恐るべき速度で襲い掛かってきた。
「き、きゃああああ!!」
 目に映るのは、巨大なチョコレートケーキ。叫びを最後に、学校は静まり返った。
 ――翌日、アリーシャは体重計の上で、再び叫びを上げることになる。


●数日前
「先輩、あれ、どうしたんですか?」
 研究室に入るなり、カンパネラの研究者、エリィ・ファブレスは質問した。
 そこは自らが使っているものではなく、懇意な研究者であるメリィ・ナブラの研究室である。入り口付近に、大きな包みがあった。最近、新たに機器が開発されただろうか、とエリィは思う。
「ああ……表のあれね。なんというか……語るも涙、聞くも涙……」
「たぶん、私は泣きません」
「うん、それは、そう思うけど、ほんとさ、どうしたものかと悩んでいるの……」
 はああ、と溜息をついて、メリィは話しはじめる。
 きっかけは、バレンタインのチョコレートだったという。職場用のものを注文しようとしたところ、うっかりゼロを多く打ってしまったらしく、予想だにしない数が届いてしまった。届いてから、いまさら取り消すということも出来ず、そのままとのことだ。
「金額だけで、もう、目が飛び出そうなくらいだったわ」
「飛び出るんですか?」
「出ませんけどね。ああもう、なんとか有効活用できないかと、いま、実験してるの。犬型キメラへの毒とかにならないかしら」
「皆に配ったほうが現実的だと思いますけど」
 エリィが言うのと、ほとんど同じく、試験管の中でボコボコとした泡立ちが起こった。湯気のようなものが立ち昇り、あたりへ甘い芳香を放つ。
「ちょ、ちょっと先輩、これなんですか、なにしたんですか」
「依頼で回収されたキメラの細胞を、ちょっといじくって、チョコを肉体に出来たらなあ、とか……前にさ、似たようなのを考えてくれた学生がいたから、やってみようかなって。カロリーを多くしたら、レーションとしても使えるかもしれない。寒冷地での作戦や依頼もあるわけだし」
 容器を移してチョコレートをまくと、その試験体は、もぞもぞと動き、周囲にあったチョコレートを取り込んで、徐々に身体を大きくしていく。
「うーん、いけそうかな。でも、外のチョコレートだけじゃ足りなそうだから、ちょっと業者にも相談してみようかしら。チョコだけだと面白みもないし」
「目的を見失っていませんか?」
「あ、そうそう、エリィ、今度、授業やってみない? 私の1コマ使って」
「いえ、その、私はちょっと……」
 しばらく、授業についての話をして、ふと気づくと、キメラがそこからいなくなっていた。失敗して自然消滅したとメリィは思い、このときは、報告を入れずにいたのだった。

●参加者一覧

森ヶ岡 誡流(gb3975
34歳・♂・BM
最上 空(gb3976
10歳・♀・EP
マルセル・ライスター(gb4909
15歳・♂・HD
モルツ(gc0684
15歳・♀・HG
各務 百合(gc0690
16歳・♀・GD
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA

●リプレイ本文

●それぞれの目的
 最上 空(gb3976)は既視感を覚えていた。依頼にあるキメラは、確かに見覚えがある。
「と言うか、以前の依頼で空が創造したキメラにそっくりな感じです」
 キメラを考えてもらう。そんな依頼もあった。「ええ、多分きっと全力で気のせいでしょうが」と一人頷きつつ、
「仮にあのキメラなら」
 空は、ぽつりとつぶやき、誰にともなく決然と叫んだ。
「女性にとっては最大最凶の敵となりうるので、例え空の体重がとんでも無い事になろうと、全力で倒します! 胃に収めます! ええ、乙女にとって甘い物は別腹だと言う事を身を持って証明しましょう!」
 ビッと依頼を指差し、「はい、空の生き様見ていて下さい!!」と宣言した。その口元には涎が光っていた。
 そんな空の横、大柄な森ヶ岡 誡流(gb3975)は「ふむ、チョコレートのキメラな・・・・」と精悍な顎をなでる。
(かつて頻発したと言う【普通に食べれるキメラ】。俺はまだそのとき能力者じゃなかったから、非常に悔しかった)
 念願、と言っていいか。(しかし、今回はすっかり手に入りにくくなったチョコレート!)と誡流は気を入れる。
「さて、どんなになっても絶対食い尽くしてやる」
 その口元にも、涎があった。ふっふっふ、と期待に腹を空かせる二人の猛獣の唸り声が響いていく。
 その頃、マルセル・ライスター(gb4909)は別のところにいた。講師メリィの研究室である。彼は泣きそうに言う。
「メリィ先生・・・・貴女だけはと信じていたのに・・・・」
 涙目の由縁は、件の依頼にあった。例のキメラは、このメリィが作ったという。事情を聞いているうち、ふと、
(そういえば、俺が貰ったチョコは根こそぎ朝見先輩に食べられてしまった。そして今頃、体重が増えたアリーシャ先輩を笑いものにしているんだろうなぁ・・・・)
 バレンタインという言葉から苦い思い出を連想する。ケラケラと笑う、朝見胡々の顔を思い浮かべると、なにやら、どす黒い気がマルセルの中を渦巻いてきた。
「よし! 朝見先輩を丸々と肥え太らせ、アリーシャ先輩と一緒に笑い者にして日頃の鬱憤を晴らそう!」
 決意をして、メリィに捕縛の方法を聞くと、「気合」と返って来た。マルセルの責めるような視線に、メリィは微笑みながら一通の封筒を寄越す。白地にハートマークのシールを持つそれは、紛れもなくラブレターの封筒であった。
 ――囮。
 メリィの目が、すべてを語っていた。マルセルは、それを受け取り、頷く。ターゲットは決まっていた。胸の底には暗い色合いの原動力があった。ゆえに、それをしない理由は、どこにもなかった。

●バレンタインの押し売り
「これが俺の初陣だ。親父から習った戦術がどこまで通用するか試してやる」
 バスタードソードを手に、守剣 京助(gc0920)は張り切っていた。学園の構造も把握している。仲間からの話では、囮があるということだった。真面目に作戦を考えているのだろう。食欲や復讐にかられているなどあるはずもない。
 同じく初参加らしいモルツ(gc0684)は「逃げないための準備だよ〜」となにやらネットを方々からかき集めてきている。逃げ道を塞ぐため、防火シャッターを下ろせるよう、センターにも連絡しているようであった。京介が改めて構造を確認していると、ふっ、と金色の髪の少女、各務 百合(gc0690)が現れた。
「私はムノー、貴族ムノーだ。・・・・正確には子爵だよ」
 などと、本人は自称している。血統妄想の気があるらしい。さらには多重人格のような節もある。傭兵になってからのストレスによるものと聞く。しかし、それはそれとして、「バレンタインの・・・・生き残りが、いたようだね。
是非、試食せね・・・・なに? やめろ? なにを言うんだ、貴族の私に」と誰も居ない空間を見つめて話しているような様子は、若干の不安を抱かせた。なにか声をかけようかと迷ううち、
「ルイちゃんや空ちゃんから連絡がきたよ〜」
 と、準備が終わったことをモルツが知らせる。京介は校内の見回りに向かおうとした。百合が片隅で呟いている。
「味方が食べる事を考えたら、機械剣の方が有用、かな? さすがにチョコスキーとはいえ、鉛玉とセットでは嫌だろう」
 まともな内容だった。見えない誰かに語りかけていることを除けばであるが。京介は剣を手にして見回りを始めた。事前に誡流が徹底的に掃除をしたらしく、チリ一つ見当たらない。一片を拭き切って「よっし、ウォーミングアップは十分だ! 腹もいい具合に空いてきた、どっからでもかかってこい・・・・」という食べる気に溢れた誡流の声が聞こえる。また、甘い匂いがしたため、キメラかと思い緊張すると、チョコを筆頭とした甘味を大量に抱える空であった。
「代金はもちろん必要経費で落ちますよね?」
 と、どこかへ連絡している。この二人はタダで食べようとしか考えていないのではと、一瞬だけ思った。
 少し行くと、囮として立候補したらしい少女がいた。自己犠牲かと、かすかに京介は顔をしかめる。マルセルの提案によると言うが、果たして、どのような経緯があったのか。彼女が手に握る、一枚の手紙からは、読み取れない。ただ、かすかに、その頬を染め、そわそわとしながら、「ひやかし、ひやかしだから」とボソボソと喋る声が聞こえた。
 モルツから再び連絡があった。百合が誰かと喋っているという様子も報告された。京介は、また校内を巡った。彼が離れて後、ごそりと、廊下の角をうごめく影があった。黒々とした身体を揺すり、甘い芳香を撒き散らす。
 ――キメラ。
 たたずむ少女、朝見胡々へ、狙いを定めている。そのチョコの飛礫を、カロリーの塊を、女性の精神を破壊する凶悪な兵器を、いまにも吐き出そうとしていた。胡々は動かない。その手紙が、ラブレターが彼女の足を止めていた。
 ヒュッと影からキメラが飛び出す。胡々はハッとして振り返った。既に弾丸は放たれていた。避けるには、気づくのが遅すぎた。防ぐことが出来たか。装備もないまま、手は手紙で塞がっていると言うのに。胡々は目を閉じた。
 錯覚があった。それはチョコの甘味が、いつまで経っても口に来ないという錯覚である。目を開けば、そこには深い藍色の機体が広がっていた。――パイドロス。販売されたばかりの、最新のAUKVであった。双剣「パイモン」を手にし、飛礫を叩き落とす姿は、たとえ装甲に覆われようと、マルセルに紛れもない。
「キメラ、発見しました!」
 身体ごとぶつかろうとするキメラへ、竜の瞳と竜の咆哮を併用し、弾き飛ばす。辺りへチョコを飛ばし、逃げようとするキメラに、マルセルは装輪走行の形態へ移し、竜の翼で追おうとする――が、肩を掴まれた。振り向けば、ニッコリと微笑む胡々の姿がある。ラブレターに書かれたマルセルという差出人の名前が、指でぐしゃりと曲げられた。この瞬間から、マルセルの姿は依頼から消え去った。
「・・・・エクセレント!」
 キメラがぐらりと傾き、百合は叫びを上げる。キメラは逃げた先で、百合の機械剣βによる一撃を食らっていた。グッドラックと探査の目を発動していた甲斐もあり、キメラの進行を阻むことに成功する。しかし、飛礫の反撃をその口へ受けた。百合は下らぬとばかりにボリボリと噛み砕き、
「ふむ、・・・・うまいじゃ・・・・あ、あま・・・・ぐ・・・・うま・・・・ぐぐ・・・・」
 泣き笑いのような複雑な表情を浮かべる。舌と喉と胃が論争を巻き起こし、結論として苦しいという答えに至ったようだった。高慢な表情から一転し、百合はキメラが自分へ狙いを済ませるのを見ると、「ひぃっ?!」と身体を震わせ、報告を受けてこちらへ来た京介の陰に隠れた。京介が怪訝な目を向けると、
「・・・・ふ、ふふふっ! きっ、君も食べたいだろう?!」
 と、京介を盾にしながら「私は、貴族だからな!」と京介が前に出ることの正当性をビクビクしながら訴える。飛んでくるチョコケーキを、しかし京介は平然と食べ、飛び込んでくるところを剣で切りつけた。
「・・・・ふぅ。ふは、ふはははははっ! チョコごときが、この魔王ムノーに勝てるとおもうなよっ!」
 京介の陰から百合は番天印を乱射し、キメラへ声高々と叫ぶ。さきほどの京介の様子から、攻撃が効かぬと見たか、キメラは逃げ出した。その逃げる先から、防火シャッターが下ろされていき、退路が断っていく。モルツが無線機を片手に、次々と指示を出していった。それに合わせてシャッターが下りていく。
「たぶん、これで、大丈夫ですよ」
 漁でもするかのように、ネットを両手に持ってモルツが青い瞳を向ける。その頃にはもう、瞬速縮地によって駆け抜ける巨体と、甘味を抱えて襲い掛かろうとする、二つの獰猛な影がキメラへと迫っていた。袋の中のネズミ、まな板の上の鯉、誡流と空の前にチョコレートケーキ。緑色の髪が揺れ、キメラは、その少女へと飛礫を放った。
 少女は、空は止まらない。池へ小石を投げ込むように、埋め尽くすには圧倒的に足りないのである。逃げようと後退した瞬間、誡流の大きな手がキメラを掴み、その場に押さえ込んだ。空と誡流の間で視線が交わされる。
 言葉に換言すれば、「食べるのは自分だ」ということになるか。しかし、そのようなことに口を使うのは躊躇われた。言葉など、行動の前では無力だった。二人は噛み付いた。貪った。貪欲に、キメラの身体を食らった。
 誡流は半獣化状態となり、空よりも一欠けらでも多く食らおうと、大きな手でチョコレートケーキを口に詰め込んでいく。対する空も、自分以外のものにやるものかとばかりに食べ続けている。
「空は自身の身を犠牲にしてでもキメラを葬りたいと強く純粋に思っています」
 と、戦闘の前に言った曇りない金色の瞳は、もはやそこにはない。 食べて核を探しやすくする。二人は行動を始める前に、仲間たちにそう言った。あるいは、そのときから、こうなる運命であったろうか。空は、このことを、自身の体重を賭した美しい自己犠牲のように語った。そして、
「ええ、決して戦闘が面倒だとか、チョコを他の方には渡しませんよっと言った、浅ましく本能に忠実な自己中心的な理由では無いですよ?」
 きっぱりと言い切った。しかし唇にケーキのくずをつけ、また、頬にチョコレートをべったりとつけ、ギラギラとした視線で他に食べるものを追い出すような、まるで得物を地面に横たえさせ、近づく同胞へ威嚇する虎のような有様は、浅ましく本能に忠実な自己中心的な姿としか思われなかった。しかし、それは否定されるべきものだろうか。人とは、獣とは……。どこか哲学的な命題さえ感じさせる、それは、ある種、美しささえある自身を透徹する人間の姿であった。
「よいしょ」
 モルツは、そこへネットを投げかけた。キメラが逃げ出さないためのものであったが、これを人目にさらすことへの危機感が、それを起こさせたようにも見えた。ネットに覆われると、それはそれでモゾモゾとした動きと咀嚼音が、なんともいえない雰囲気を漂わせる。モルツは京介へ目を向けた。京介は百合へ目を向けた。
「ふぅ、丁度いい運動になったよ、コレも貴族の嗜み、さ」
 サラリと金色の長髪を揺らし、早くも依頼を完遂したかのように、百合は高慢に、自らに酔うように言った。さきほどの錯乱は、まるで無かったかのような振る舞いである。自分以外が見えていないかのような言葉でもあった。
 しばしして、モルツが動かなくなったのを確認し、ネットを取ると、後にはピクピクと動くキメラの細胞だけが残されていた。いや、あるいは、それは残っていただけであろうか。これから二人のうち、どちらかが食べるのだろうか。
 京介は、そこへ剣を振り下ろした。キメラが飛び散る。空は指についたチョコを、猫のように舐め取っていた。その頬が、心なしか膨らんでいる。細い身を包む衣装が、なぜだか、かすかにきつそうに見える。誡流もまた、その巨漢に、すこしばかり肉が付いているように見えた。座高が下がっている。床が沈んではいないか。京介は目をそらした。モルツはネットを片付けた。百合は倒れたキメラを前に、高らかに笑っていた。
 剣についていたチョコを、京介は指ですくって舐めた。――甘い。それだけで、体重が増えたような気がする。モルツは、目の前の悪魔の食べ物から逃げ去るように、ネットを持って駆け去った。百合の貴族的な笑いに混じって、無線機からマルセルの叫び声が聞こえたような気がした。おそらくは、気のせいだ。そう決定して、この依頼を終えることとした。きっと、それが、この混沌の中で、たった一つの冴えたやり方だった。

●翌日
「ほら、その格好で新宿二丁目行って、『僕、そういうの、興味あるんです・・・・』って言って来る!」
 学園の片隅で、胡々の怒声とマルセルの泣き声が聞こえる。体操服を着せられ、マルセルは既に数枚の写真を撮られていた。「後で売る」という絶望的な台詞を浴びせられ、止めてくれと懇願すれば、さきほどの台詞である。また、上着を外へ出そうとするたびに、中へ入れろと怒られる。
 最終的に逆さづりにされ半ズボンがめくれるのをいつまで押さえていられるかビデオで撮るという合意がされたらしいが、二人のほかに結末を知るものはいない。その日には、学園の各所から叫び声が聞こえたため、多くはそちらへ気を取られていた。巨漢の男によって学園の床が抜け、地下施設にも被害が出たなどという噂も囁かれていた。
 かつて、キメラを食べながら、「ソレはソレです! 空は今を全力全開で駆け抜けます!」と、豪気に語った空は、寮を揺らすほどの叫びをあげ、後に幽鬼のようになったと言われる。真実は定かではない。いや、真実を語ることにどれほどの意味があるのか。すべては一時の夢、些細な出来事。歴史は、このような出来事を記すことは無い。
 京介は、顎についた肉を弄りながら、そう思った。まさかあの程度の量で? そのようにも思った。鬱々とした百合の、すこしばかり肉つきのよくなった姿が、視界を横切ったような気がした。モルツは、食べなかったモルツはどうなのだろう。雰囲気だけで太るはずもあるまいが、あるいは、どこかで、一口くらい舐めていただろうか。しかし、それだけで、太るなら、あの二人は、どうなったのか。
 考えても、それは仕方の無いことだった。京介は背伸びをして、広場の時計を見た。午後三時。日本のおやつの時間とされる。京介は遠くの自販機を眺めた。
「う〜ん、ケーキもいいけどやっぱコーラだな。帰りに買ってくか」
 剣を手にして、運動へ向かう。それ以上に、なにかあるだろうか。途中、誰かが口ずさむのを聞いた。「the only neat thing to do・・・・」。運動場には、見慣れた人たちの姿があった。