●リプレイ本文
●『新入生オリエンテーションに関する報告書』 担当者:メリ・S・ナブラ。
KV訓練も兼ねた飛行を問題なく終了させ、担当者はカンパネラ近郊の現地においてサバイバル実習を行った。
その最中、東洋からやってきた新入生が、「この島は地獄だ、餓鬼や極卒がいる」と言ったとか、アイドルを見たとか制服を着た上級生を見たなどという話が出ているそうだが。
幻覚である。
そのような事実は全くないので、担当者を減俸処分とすることは絶対に止めるべき。
●実習用の島
「・・・・新入生教、か」
いかにも阿呆な名目を打ち立てた朝見胡々の演説を聞きながら、ポツリと言うのは、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)であった。
緩い巻き毛を潮風と土の臭いにさらしながら、
(新入生の歓迎方法は、色々あった方が良いのかもしれない。退屈しない学園生活を印象付けたくはある)
などと思いながら、「上手い具合に、面白そうな連中もいるようだ・・・・」と、胡々や、その趣旨に悪乗りするものたちに聞こえぬ程度の声でつぶやく。「先輩の力を後輩に見せつける主旨なら、俺も協力しよう」と参加したホアキンであったが、その服には無線機が付けられている。周波数を知るのは、ここにいるものたちではない。
「彼等が行き過ぎないよう、俺も見ておくよ」
と、事前、メリィに言ったものである。胡々の語る計画を、講師に報告するための無線機だった。
「んと、つまり飲んで食べてれば良い教団ですか?」
内通者の存在をよそに、ヨグ=ニグラス(
gb1949)はプリンを片手に、冗長な演説をそうまとめた。
胡々は「否、」と続けたが、ヨグは小首をかしげ、
「えと、何だかよくわかんないですけども、変な事になっても胡々ニャスさんが先頭に立ってくれそうなので参加♪」
と言った。「いやそれは、つか、胡々ニャスって誰じゃい」と聞くところへ、
「たまには芸能界のお仕事を忘れてリラックスしないとね」
アイドルにして闇の生徒会長、鬼道・麗那(
gb1939)がヨグと語らう。二人の談笑に、自分の話が届かず頬を膨らませた胡々へ、マルセル・ライスター(
gb4909)が無垢な瞳を向けた。
「折角の行事なんですから、意地悪ばかりしないで、もっと皆楽しくやりましょう? ね、朝見先輩? 俺、先輩の懐の深いところがみたいなぁ〜」
精一杯のおだてに、しかし胡々は、気分良く二度三度頷きつつも、その幼げな顔へ「ならん!」と浴びせかけた。
「ものども、これは聖戦である! 繰り返す、これは聖戦である!」
涙目になるマルセルを気にもせず、また、胡々の話も聞かず、「‥‥ん。味覚狩り。新入生を狩って。食材狩り」とつぶやくのは、西洋人形のような最上 憐(
gb0002)であった。
ぎらりと貪欲に光る瞳へ、胡々が訝しげに尋ねれば、「・・・・ん。演習の。恐ろしさを。伝授してくる。・・・・ついでに。食べ物も。強奪」と溢れる意欲を見せたものである。
みゃあ。
憐に合意するような猫の鳴き声に目を向ければ、真田 音夢(
ga8265)と甚平を羽織った巨大な猫の和装が浮かんでいる。
「・・・・今日は私がオマケです」
音夢が言うと、猫は「みゃあ」と鳴いた。実験動物は学園外に持ち出せないものであるが、島の管理は学園でありカンパネラの敷地内ともとれる。
などと苦しいことを、内偵を条件として講師のメリィは音夢に言っていたとか。猫の『味覚狩り』に人間が付き添うというのも妙な絵であった。
「まあいい、敵は島内にあり! ものども行くニャス!」
拳を振り上げ、先陣を切るように森へ駆けて行く胡々。背を見送る巨躯が一つ。
「・・・・楽しませて貰おうか」
大木に背を預け、鋭い眼光を胡々の小さな背中に送りながら、ORT=ヴェアデュリス(
gb2988)は怪しく微笑みを浮かべるのだった。
●いたずら天国、また来て地獄
・アイドル讃歌
「引率係をやらせて頂きます鬼道麗那ですヨロシク!」
オリエンテーションに参加したら、アイドルに出会った。
三文小説もかくやというご都合主義に、麗那に声をかけられた新入生の男子たちは興奮に顔を赤くさせて我先にと麗那に話しかけてくる。相手をしながら進むと果物が目に入り、
「麗那、アウトドアって余り得意じゃないのよねぇ・・・・何方か手伝って頂けないかしらぁ?」
うるうると瞳をうるませて、麗那は言う。あたかも、不器用で可愛い乙女であるかのように。
そこには、かつて暴走したキメラロボを素手によって討滅せしめた女傑の姿がまるでない。
なにも知らぬ新入生は、果物へと群がる。
「えー! 本当に頂いていいの? 麗那感激ぃぃ」
渡された果物に、大げさな感謝の言葉を述べる麗那。アイドルの言葉に、運んできた新入生が頬を染め、採り損ねたものたちが顔を苦くする。
転瞬。土煙があがった。
新入生たちは、各々、奉納する物を求めて野山を駆け巡った。食べ物が運ばれる中、不意に、一人が姿を消した。探してみると、深い落とし穴にはまっている。
「はっはっはっ! 愚昧なる新入生諸君! これは我ら新入生教による報復である!」
犯人は、勝手に現れる。胡々であった。折角の気分が崩れ、麗那のこめかみに青筋が浮かぶ。
「ふ〜ん新入生教ねぇ」
台無しにしてくれた胡々を、腕組みしながら思案顔で見つめると、
「私は闇の生徒会会長、鬼道麗那。これ以上学園の平和を乱すと・・・・本気で噛み殺しますよ」
宣言した。胡々が笑って、闇の生徒会なにするものぞと言い切る刹那、
ゆらり、と麗那の身体が揺れた気がした。
胡々は猫じみた動きで瞬時に横っ飛びをする。
転瞬。
「ど、同士マルセル・ライスター!」
その腹に、拳を埋め込まれたマルセルがいた。完全にとばっちりである。
「闇の生徒会はいつでも傍にいるわ、忘れないようにね」
ぐったりとしたマルセルを連れて逃げる胡々の背に、麗那はつぶやく。身を翻す瞬間、ヨグの姿が見えた。ナイト・ゴールドマスクをつけており怪しさ極まりない。
「麗那姉様は何やらストレスが貯まってそうなので自然の空気をたくさん吸って癒されて欲しいですねー」
子供らしい微笑みを浮かべるヨグに、踏み出す足が違和感を覚える。
――落とし穴。
二段構えの悪戯に、再び目を向けたときには、彼らの姿は消え去っていた。
・憐が通った後は・・・・
「先輩っ、お腹空いていませんか? えへへ、早起きして作ったんです。良かったら、どうぞ」
気絶から回復すると、マルセルはあどけない少女のような微笑を浮かべて、ライ麦パンで挟んだサンドウィッチを差し出す。
身代わりにされながらも、健気な仕草をとるマルセルに、胡々は素直にパンを受け取る。しかしながら、「次の作戦は・・・・」と、まるで懲りていない。
「ニャスさん次は果物狙いましょ」
サンドウィッチではなく、ここまで胡々が採集、奪取してきた物品をおもむろに口へと運びながらヨグは言う。
ついに『ニャス』と呼ばれることになった胡々は、名前の名残がないことを突っ込むことを捨て去り、「果物か」とつぶやいた。
胡々はヨグから貰った水筒でパンを流し込み、事前に情報を得ていた果物の方角へと三人で足を向ける。
「・・・・ん。果物。発見。毒味。毒味。味見」
人形のような美少女が、果実をむさぼっていた。シュールさに言葉を失う。
「・・・・ん。獲物。発見。鴨が葱を背負って来た」
憐は、同じ採集場へやってきた新入生を瞬天速で駆け抜ける風となって襲い、食べ物を奪う。採集と略取で山のように重なる果物や食べ物。
ヨグが声をかけ、すっとプリンを差し出しつつ、
「どうかペンペン草くらいは残してあげてくださいまし」
言うと、ひとまずプリンだけは受け取り、「・・・・ん。あっちから。食べ物の気配。行ってみる」と、そのまま山ほどの果物を抱えたまま胡々たちへ示した。
転瞬。森の方から新入生のものらしき叫び声が響く。胡々はそちらへ急行した。無論、悲鳴を上げる新入生を見るためである。
・外道集
「選べ、身包み置くか、くたばるか」
ズシンと重々しい音を響かせ、周囲の木々をメキメキと押し倒しながら現れたのは、真紅の瞳が炯炯と輝く巨躯である。
逃げ出す新入生たちを追いかけ、捕まえるや邪悪な微笑みを浮かべる。
「さあ、生を謳歌しろ」
ORT=ヴェアデュリスは、いうや新入生の口へ丸まるとした梨を押し込んだ。清流で洗っており、土臭さのなく、ほどよく冷たい果実は絶品である。
果汁が、ほとばしった。
その舌触り、甘やかな芳香は、採りたての秋でしか味わえない。自ら味見をし、「フム・・・なかなか良い味だ」と認めたほどである。新入生は未知の旨さにガクガクと腰が砕けた。
だというのに、あろうことか、ヴェアデュリスは瑞々しい葡萄を指に挟み、口の隙間へ押し込もうとさえする。
「・・・・かかった、か」
ふいに、罠を仕掛けた方角に叫び声を聞き、そちらへ向かう。
「・・・・さて、どうやって料理してやろうか」
ロープに足をとられ、宙吊りとなっている新入生へ、ヴェアデュリスは刀を手に思案する。刃がギラリギラリと数度輝き、袋から何かを取り出した。
鮭、である。
釣ったばかりの新鮮な身へ刃を入れる。その腹から出てくるのは、鮭の卵、スジコある。
おもむろにそれを塩水で洗い出す。新入生は驚愕した。まさか、イクラにして食べさせるとでも言うのか。
恐ろしい思い付きであった。そんな新鮮なものを食べたら寿司屋の冷凍イクラなど食べられなくなってしまう。秋のたびに北海道や新潟へ行けと言うのか。
再び、叫び声が聞こえた。ひとまず、スジコを置き、見に行く。
「ただ一緒に味覚狩りを楽しみたいだけなのに・・・・」
ぶらん、と逆さに吊られたマルセルの姿があった。胡々とヨグ、憐も居たというのに、運悪く、彼だけが引っかかっている。
「む、丁度いい・・・・魚を食べるか?」
新入生教の面々へ、ヴェアデュリスは鮭を向ける。ヨグが頷いて、
「焼けば美味しく食べれるです」
と言うと、ヴェアデュリスが、その場で火を焚いて焼き魚とした。マルセルは吊られたままである。
「味はどうだ、美味いか?」
ヨグは微笑んで頷いた。甘い。塩鮭とは違う、たまらない秋鮭の旨味が舌に広がった。憐は無心に食べていた。マルセルは吊られたままである。
「運が悪かったな、諦めろ」
ニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、その口へまた鮭の身をほぐしたものを入れる。脂の乗った時季の鮭ほど旨い魚は、なかなかいない。
これでは、冷凍などの魚が食べられなくなる。
「・・・・む?」
近く、似たようなことをしているのか、香りが漂っていた。賞味の後、胡々はそちらへ向かった。マルセルは吊られたままであったが、下ろされた。
・そのスープを食ひなどする者はかくぞある
「その茸はそのままでは猛毒ですが、塩に漬けて毒を抜けば食べられます・・・・。そっちの野草は天ぷらにすると大変美味ですが、毒草に似ているので注意が要ります」
表情も崩さずに、音夢は丁寧に新入生へ野生植物の解説をしていた。
「戦場は非情です・・・・。いつ何時兵糧を断たれるとも分かりません。こういう知識も、いつかは必要になるかもしれませんね・・・・」
礼を言う彼らへ、そう言ったものである。
猫妖精テトは川で、その爪を振るっていた。「運動にもなるでしょうし、抜刀を許可します」と音夢は言ったもので、肉球で弾き飛ばした魚が川辺にビチビチと跳ねている。
「・・・・熊みたい」
実に然り。火の点け方の解説とともに起こした焚き火へ、その魚をあてがう。香ばしい匂いが辺りへ漂っていた。
「そら、早い者勝ちだ」
共に新入生たちと行動していたホアキンが、ヒュッとソニックブームを放つ。高いところの果物が落ち葉へと落ち、新入生たちが喜んで拾い集めた。
ホアキンは出来上がりかけた茸のスープを盛り始める。メリィには、「新入生の気が緩み過ぎてもまずい・・・・危険なもの以外は、訓練に役立てたら?」と報告し、自身、なにやら土を弄っていた様子はあるが、いまや調理師である。
そのとき。
「はーっはっはっはっ!」
高笑いと共に、銀色の風が駆け抜けた。
「・・・・ん。隙あり。食材は。頂いて行く」
憐の手に、音夢たちが集めた果物や魚がある。胡々が頭の悪そうな叫びとともに勝利を宣言した。
「・・・・テト、襲え」
川に居た猫が、胡々へ飛び掛る。
しかし、食らったのはなぜかマルセルだった。肉球で顔をテシテシと叩かれる。ホアキンは興味のないそぶりで、
「おや、あんな所に松茸が?」
と何気なく言ったのを胡々が聞き逃さず、そちらへ駆けた。
落ちた。
「・・・・頭上だけでなく、足元にも注意だ」
無様にも引き上げられるところへ、音夢が、
「・・・・皆さん。もういい年なんですから、節度を持って行動してください」
正論をぐさりと刺す。幼稚な捨て台詞と共に胡々は逃げ去った。食べ物は持ち去られたのが不服ではあったが、ホアキンの耳打ちによしとした。
スープには、ワライダケが入っている、と。
向こうから、おかしな笑い声が轟いてきた。
●昼食天国
「先輩は寂しかったんじゃないかと思います。皆が幸せそうにしていて、羨ましかったんですよ」
昼食時、当然のように新入生教の面々はそこに混じっていた。あれほど悲惨な目にあいながら、マルセルが講師メリィを説得する。
しかし、その裏で、
「・・・・ん。昼食。油断している。新入生に。絶望を。ご馳走してくる」
憐が、駆け回っていた。
「・・・・ん。完成の。瞬間が。一番。隙が出来る。油断大敵。全部。いただく」
言葉にたがわず、あちこちから悲鳴があがる。風を捉えるものとてない。ただただ蹂躙されるのみであった。
「楽しい事は大勢でやった方が楽しいですし・・・・それに、少しくらいイレギュラーがあった方が、思い出には残ります。俺も出来る限り、彼女のフォローするつもりです。・・・・ですから、多少は目を瞑ってくださいね?」
マルセルがフォローを重ねるものの、
「・・・・ん。この感じ。カレーの。気配。あっちだ」
憐は止まらず、いつの間にか胡々も混じっていた。
「・・・・ん。カレー。頂く。全部。飲み干す」
阿鼻叫喚の地獄絵図に、テトと共に海から帰ってきた音夢やホアキンがたしなめ始める中、
「新入生の皆さーん! 今日はとっても楽しかったです有難うございました」
麗那コールが湧き上がっていた。いつの間にかファンが膨れ、コンサートの挨拶のようになっている。
この報告をどうしたものかと考えあぐねるメリィへ、
「ヨグです。監督頑張ってくださいっ」
プリンを差し出し、ヨグが微笑む。メリィも微笑み返して受け取り、面倒になってきたので、とりあえずそれを食べた。甘い。
この甘さで脳がとろけた、ということになりはしまいか。
無論、後に減俸処分が下った。