●リプレイ本文
●わんこそば
「‥‥ん。こんな依頼を。ずっと。待っていた。食べ放題。楽しみ」
アワノニクの巨大な門が、能力者たちの目の前にある。
最上 憐(
gb0002)は、その愛らしい顔に、どこか炯炯とした瞳を浮かべていた。
「・・・・ん。この日の為に。一食。抜いて来たから。凄く。餓死寸前かも」
もとより日に七食という大食漢である。依頼のためというでのはない。より多く食べたいという純粋な意思であった。早く出せとばかりに目はギラギラと輝く。
「500杯・・・・とにかく気合と根性ですね!」
逆に、獅子河馬(
gb5095)は目標を前に息をまく。白地に扇状の青い波が描かれた浴衣が、いくぶん涼しくなってきた風に揺れた。
しかし、獅子の瞳は熱い。黒の瞳はいっそ熾火のようだった。やる気に爛々と輝いている。
「わんこそば500杯か・・・・。日本記録は確か600杯近くだったな。普通の人間にできたこと、能力者ならたやs・・・・」
門を前に、軍人を見やりつつ、伊佐美 希明(
ga0214)は言いかけて、
「って、この依頼、別に能力者がやらなくてもいい気がする」
そう呟いた。軍人は目をそらした。誤魔化すように、門へと大きな声で呼びかける。希明はそれを呆れたように見やりつつ、
「しかしやるからにゃぁ、全力で行くぜ・・・・。性分かもしれねぇが、勝負とか挑戦とか聞くと、ガツリと気合が入るからな! ・・・・さぁ、どこからでもかかってきやがれ!」
言うと、どこかに別の入り口でもあるものか、ヤツフサが現れ、すぐに座の用意を始めた。
「うーん、五百杯か・・・・」
香り始めた種々の匂いをかぎながら、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は声をもらす。
「大食いにさして自信がある訳ではないが・・・・美味しいお蕎麦が食べられるなら、ちょっとは頑張ってみてもいいかな」
胃腸薬を取り出して、始まる前に飲もうとする。同じく胃薬を取り出すものがおり、はたと、兎のような赤い瞳と目があった。
「全部食べる気は最初からありません・・・・。すみません・・・・」
上月 白亜(
gb8300)はホアキンの視線に、問われる前に答えた。線の細い淡雪のような容姿を見れば、それは知れる。
「というか、全部食べれるなんて思ってません。五百杯なんて、私なんかが食べれるわけないじゃないですか」
自虐的なことを言い、
「・・・・わんこそばを食べてみたかったんです。それだけ、です。わんこそばなら、自分に合わせて食べる事が出来そうですから・・・・」
なにかに謝るようにつぶやく白亜に、ホアキンは、自分も美味しく食べることが目的であることを告げ、励ます。
「ナチュラル・ボーンな食欲魔神には勝てそうにないが、せいぜい粘ってみるとしましょう」
二人して、胃薬を服用した。周囲には、いつの間にか日よけの傘が立てられ畳が敷かれ、蕎麦や薬味の用意が着々と進んでいる。
ふと、ヤツフサが近くに来たのを見て、ホアキンは質問をした。
「・・・・門の中にはどんな人が住んでいるのかな? わんこ蕎麦屋組合の力が強そうだけど・・・・わん?」
はて、と何か思い当たったように首をかしげるホアキンに、ヤツフサは「見てのお楽しみでございます」と、この親バグア派は微笑んで答えた。
「ばぐばぐばぐあっ・・・・と、とにかく食べればいいんだね」
誤魔化すように、そう言う横、猫の声が響く。
――みゃあ。
薬味を運ぶ女性の裾が、くいくいと引かれる。見れば、甚平を羽織った巨大な猫が鳴いていた。
真田 音夢(
ga8265)は、用意された座につきつつ、ヤツフサへ言う。
「『わんこそばを五百杯食べる』のがルールであるのならば、『一人で』『制限時間内に』食べきる必要は無いわけですね。・・・・よって、私は助っ人を呼ばせていただきます」
大食いに自信があるもの。・・・・といったら、あの子しかない。音夢はそう思い、ヤツフサに向けて猫を示そうとひょいと持ち上げ――るには重すぎたので指で示した。
猫妖精テト。大食で名を馳せる、もと実験体である。音夢は無表情に言い放った。
「わんこそばならぬ、にゃんこそばで勝負します」
笑ってなどいない。猫妖精を見ると、なぜか誇らしげですらある。ヤツフサは、猫一匹ていど、なにすることもあるまいと承知した。
(「現実的に考えて、普通の猫ならお蕎麦食べ難い気がしますが・・・・」)
音夢は思うが、猫妖精は自信ありげに「みゃあ」と鳴いた。
「・・・・食べ切る云々はさておき、折角の美味しいものですからね。食べ過ぎはよくないのですが、今日は特別です」
言って、音夢は猫用の底の浅く広い椀と、特別に多くの刺身の薬味をヤツフサに頼んだ。
わんこそばの薬味もずらりと並べられ、机の上に置かれる。劉黄 柚威(
ga0294)は、染め具合のよい着物に身を包み、ヤツフサの合図を待った。
法螺貝の独特の響きが轟き、ヤツフサが「始め」と叫ぶ。
椀に小さく盛られた蕎麦を、柚威は薬味もなしにすすった。まず、順当である。量を競う競技においては、薬味もつゆも、取らないのが基本となる。
が、至極ゆっくりと、柚威は味わうように食べた。二杯目は、なめこおろしをとり、また、じっくりと賞味する。
「噂通りだ・・・・味わい深い」
削り節、梅、と続けて同様に口にする。香りよい蕎麦とともに、さわやかな酸味が舌を通り、これが実に旨い。
もう一杯、薬味なしに蕎麦をすすると、柚威は自ら用意した緑茶を、これまた自前の急須と湯のみで飲む。
「うむ・・・・そばには茶が合う、しかし・・・・そば茶の方がよかったか・・・・」
しばし逡巡し、そば茶をもらう。味わい深げに飲み、ゆるりとリタイヤを申し出た。
優雅な柚威の隣、同じくゆっくりと、白亜は蕎麦をすすっていた。一杯を終え、葱や海苔、削り節、まぐろ、なめこおろしと一杯ずつ薬味を変える。
「・・・・あ、美味しい・・・・。これは、どんどんいけますね」
海苔は香ばしい磯の匂いと、炙ったものか、パリッとした舌触りがよい。まぐろなどは、舌の上でとろりと溶けて、旨味が蕎麦と絡み合う。
チュルチュルと、ほんの少しずつ口に入れる。とろろ、鮪のヅケ、そぼろ、イクラと、豊富な薬味で杯を重ねた。これらの薬味がまた、たまらなく旨い。
「ん、薬味の種類が豊富で飽きませんね」
その傍ら、共に胃薬を飲んだホアキンの左掌が赤く光り、そうと感じられるほど熱くなった。
「覚醒するとお腹が減るんだ!」
ホアキンは、身体のエネルギー代謝量を上げて胃袋を活性化しようとした。
葱やなめこおろしといった軽めの薬味を味付けに、とりあえず五百杯を目指してわんこそばを胃に送り込む。
「おいしー!」
ホアキンは舌鼓を打った。三十杯ほど重ねたか。いまだ胃にも舌にも余裕がある。
「根性ぉー!」
獅子が叫ぶ。掛け声に合わせ、次々に食べていく。
希明もテンポよく、つるつると蕎麦を飲み、喉越しを味わう。つゆも薬味もまだ使いはしない。たちまち百杯を数え、一区切りを入れる。
「ふっ、貧乏を舐めちゃいけねぇ。おいちゃんは、自分ちで食べる量は極少だが、他人んちで食べる量はヒトの10倍なんだぜ・・・・」
豪快に食べ、にやりと笑う様には、どこか男らしささえ滲んでいる。
「・・・・ん。おいしい。一万杯位。食べられそうな。感じ」
黙々と、憐は椀につがれる蕎麦を食べていく。百を越えても、全くペースが落ちていない。
掛け声とともに椀に入る蕎麦を、ごっとそのまま口に入れ、くん、と喉を動かして飲む。小さな唇には想像もつかない速さだった。
「・・・・ん。カレーは。飲む物。蕎麦も飲む物。うん。カレーより。飲みやすい」
一日一杯、カレーを飲むという日課を持つ憐である。加えて、彼女の覚醒状態はひどくお腹が空くという特性を持つ。外見上わからないが、覚醒しているようだ。
「・・・・ん。おかわり。おかわり。どんどん。おかわり」
止まらない。憐の小さな身体の前に、うずたかく椀が積み上げられていった。
猫妖精は、毛むくじゃらの口を、つゆや薬味で汚しながら食べる。近くで、音夢はつるつるっと上品に蕎麦を食べていた。喉をすっと通る感触が、また心地よい。
「・・・・時期が合えば松茸を添えるのも良さそうですね。お刺身もよく合いますが、私は山菜が好みです」
蕎麦ごとまぐろを頬張っていたテトが、みゃあと鳴いた。自分はどちらも好きだ、と言っているように見えた。
のんびりと、音夢は三十ほど椀を重ね、お腹の具合を見て味わいながら、四十で打ち止めにする。敷かれた畳に涼をとると、柚威が緑茶を渡してくれた。
「温かいお茶でも飲みながら、皆の健闘を見守ろう」
一口飲み、ほっ、と息を吐く。猫妖精はいまだに顔をぐちゃぐちゃにして食べている。後で拭いてやらなければと思う。
旨そうに食べていた能力者たちを、蕎麦アレルギーのUPCの軍人が見やる。柚威がにこやかに、
「まぁ、そばが食べられなくても、世の中には美味しい食べ物はたくさんある・・・・」
こちらにも緑茶を渡した。軍人はそれをぐっとあおる。そばで休んでいた白亜にも、柚威は緑茶を渡した。受け取り、白亜は、いまだ食べ続ける仲間へ、
「がんばってくださいー・・・・」
と、弱弱しく励ましの言葉を送る。送られた側は、もはや二百を迎えており、必死の形相である。
「まだまだ、いけるっ!」
応援に、自己暗示をかけるかのように、ホアキンは叫んだ。覚醒で胃の膨らみを誤魔化しながら食べているが、さすがにそろそろ辛い。
「行けるとこまで行ってしまえっ!」
ガッと椀をつかみ、流し込む。即座に次が運ばれる。
「うおおおおおお!!」
隣では、獅子がスピードをあげて食べまくっていた。もはや気合と根性だけである。普通の胃袋では限界がある。
それでも、手は止まらない。脳は思考などとうに捨てている。食べきるという一念だけが支配している。喉がひっきりなしに動いた。胃袋の悲鳴など無視をする。
蕎麦は旨い。旨いはずだが、もはやそれが蕎麦粉でできていようが粘土だろうが関係がない。
食える食えないの問題ではないのだ。
喰らうという行為しかここにはない。
「外敵なんて無い・・・・。戦う相手は常に、自分自身のイメー・・・・げふぅ」
三百を重ねた。目がうつろになり始める。希明は苦しそうに息をした。巻いたさらしがきつそうだった。
限界など、まだ遠い。憑かれたような瞳が、そう言っている。
「・・・・ん。薬味に。カレーないの? カレーわんこそば。今度。試してみよう」
片や、憐はまだまだ余裕の表情である。ようやく薬味を食べ始め、それでもなお早い。四百を迎えている。これが生まれついての才能と、覚醒効果の差なのか。
「・・・・ん。あの門も。そばで出来ているとか。無いのかな。お菓子の家みたいに。蕎麦の門」
言いながらも、椀は勢い欲積み上げられていく。
「すごい、ですね・・・・」
白亜はつぶやく。皆、数百を食べ続けている。
限界を迎えたホアキンが座を離れ、畳の上にごろっと寝転がる。天を仰いで、満足の息を吐いた。
「ふふ、食べた食べた」
そのまま気分よく休み、起き上がるところへ柚威が緑茶を差し出した。受け取って、ともに観戦する。
「さて、と。こうなった以上、友軍の奮闘に期待せねば」
祭と書かれたうちわで、希明や獅子、憐をあおぐ。「この門を開ける希望は、あなたがたに託されたのだ」と、元気付けた。
「五百杯食べきってもらいたいが、無理はするな」
柚威がフォローも入れる。憐はまだしも、獅子などはまさに気力で持っている様子だ。ふと見ると、ヤツフサが声を上げて数えている。
「・・・・今、なんどきだい?」
ホアキンの声に、九つですかな、と答えると、そのまま椀を十と数えてしまった。幾度か繰り返すと、けっこうな量になる。
音夢がテトの顔をぬぐってやり、再び汚し始めるかたわら、ざわ、と座に動揺が走った。重々しい音が辺りへ響く。
「・・・・ん。門開いたの? ・・・・そう。今度は。味わって。食べようかな。おかわり」
なおも、悠々と数を重ねていく。かたわら、希明と獅子は決死の表情だ。勢いをあげ、希明が先んじて五百を数え、さらに限界へと積み上げる。
「もう・・・・ゴールしても・・・・いいよね・・・・」
海が見えた。歌が聞こえた。頑張ったから、もういいと、そんな声が聞こえた。おそらくはすべて気のせいだろう。
ゴール・・・・。
カポッ、と椀に蓋が閉じられた。そのまま希明は倒れ付す。限界に挑戦した表情は、満足げだった。
「ぐぅっ・・・・」
獅子は、椀を持ったまま苦しげにうめいた。すでに何度も気を失いかけている。
蕎麦が、喉を通らない。胃が拒否している。脳がやめろと叫んでいる。手が震えた。意識を手放しかける。
だからどうした、と心の中で叫んだ。
五百を、あと一杯で迎える。
椀を持ち上げる。喉を通らせる。吐き気がする。しかし、無視した。ぷつり、となにかが切れたような音がする。
机に、獅子は倒れる。椀だけは、誇らしげに掲げていた。
・・・・そして、猫妖精テトは、刺身ばかり食べ、椀を三百重ねた辺りから、眠たげに顔を洗っていた。
「あ・・・・。お土産とかいただけたら・・・・。学園の先生方に持ち帰りたいのですが・・・・」
もはや重いだけのぬいぐるみと化したテトの顔を拭い、ヤツフサに言うと、茹でればできる蕎麦を、包んで渡してくれた。
「・・・・その、ちょっと中に興味がありますから、のぞかせてください」
白亜が門を示して言うと、他のものも反応した。音夢は、
「中には美味しいものが沢山あるかもしれません・・・・。いえ・・・・もしかすると、猫が沢山・・・・・。ふにふにのもっふもふ・・・・」
無表情に言うと、テトとともに中へ向かう。
「‥‥ん。門の中。アワノクニ。蕎麦の国。ちょっと。覗いてみようかな」
いまだに食べ続けていた憐も、足をそちらへ向ける。すると、柚威は、
「多少興味はあるが・・・・少しだけ見学してみようか」
と、共についていった。他のものは畳の上で休んでいる。希明は寝転がりながら、ぽつりとつぶやいた。
「まぁたまには・・・・。こういう馬鹿をするのも悪くねぇ。そうだろ、兄さん、父さん・・・・。まったく、毎回馬鹿食いして、止めるのは私だったんだけどなぁ・・・・」
顔へ腕をあてる。腕に伝わる頬の熱が、いやに熱く感じられた。
一行が門の中をのぞくと、八人ほどの若者が立っていた。ヤツフサが説明をする。
「この者たちは、今日、蕎麦を打ったもので、八犬士と呼ばれております。向こうから犬塚・・・・」
彼らの名には皆、犬の字が入っていた。UPCの軍人が、まさか、と聞く。
「はい、犬(わんこ)の名を持つ若者が打つから、わんこそばでございます」