タイトル:思いを打ち上げ花火マスター:ジンベイ

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/16 23:30

●オープニング本文


8月8日
火薬材研究チーム
「秘めた思いを打ち上げ花火大会のお知らせ」

文字や絵を美しく空に描く花火の開発に成功しました。
この喜び、この技術を広めるために、カンパネラ学園にて花火大会を開催いたします。
普段伝えられないあの人への感謝の言葉、かの人への熱い思い、花火にして打ち上げてみませんか?
宙に咲かせる、あなたの思いのつまった文字や絵を募集します。
入場無料。屋台もあります。AU―KVやKVは定められた場所に止めましょう。
見物だけでも大歓迎ですので、気軽にご参加ください。
                                      以上。

 ……なんだろう、これ。
 カンパネラ学園。掲示板の張り紙を見て、オペレータのメリィは口をぽかんと開けた。
 火薬材研究チーム? このところ連日徹夜をしていたようだったけれど、花火?
「あ、メリィさん。見た? 花火参加するでしょ?」
 陽気な声に目を向けると、くだんの研究チームの男がいた。
「いえ……これ、なんですか?」
「だから花火。凄いでしょう、なんでも描けるマシンなんだ。前に見せたあれだよ」
「ああ、あのロボピッ……」
「ロボ・ファイアワーカーだよ!」
 消防士? いや、花火師と言いたいのだろう。それならパイロテクニストのはずだが。
 変な頭痛にこめかみを押さえると、ドン、と音がして、空にパッと文字が咲いた。

 We love メリィ

「なんです、あれ?」
「僕たちの総意だよ」
 やめてくれないかなぁ、と思いながら、微笑んだ。
 しかし、よくできてはいる。ただ一つ問題を言うなら、
 開発者がオールドセンスだ、ということだった。

●参加者一覧

/ 真田 音夢(ga8265) / 最上 憐 (gb0002) / 美環 響(gb2863) / 最上 空(gb3976

●リプレイ本文

●最上空の受難
「・・・・ん。空。部屋に。篭もってばかり。居ると。頭に。キノコとか生えるよ?」
 最上 憐(gb0002)は、姉の部屋の扉を開けると、そう言い放った。
 外ではミンミンと忙しく鳴くセミの声が、太鼓や笛の音にかすんでいる。お腹に響く拍子、鈴の透き通る音。むやみに心の騒ぐ、祭囃子だった。
 冷え切った部屋でだらけていた最上 空(gb3976)は、妹の言葉に顔を上げた。そのまま固まる。
 口に含んでいたカップアイスの木製スプーンが、ぽとりと落ちた。
 浴衣である。
 妹が浴衣を着ている。
 あの憐が浴衣を着ている!
 外見は非常にかわいらしくとも、「カレーは飲み物」という乙女としてどうなのかという信条を抱く、あの憐が浴衣を着ている!
 空のように服に気を使わないわけではないのだから、それほど驚くことでもないのだが。
 浴衣は桃色の地に黄色とピンクの花が描かれている。いつも頭にあるリボンは髪留めに代わり、帯に小粋にもイエローのリボンがつけられていた。
 おめかししているのである。
 似合っている。かわいい。それはいい。
「・・・・ん。屋台が。私を。呼んでいる」
 やはりそうですか、と空は思う。
 なぜだか、屋台の食べ歩きは浴衣を着るものだという確固たる思想が憐にはあった。
 言うなれば戦闘着である。
 勝負服とも言える。
 フードファイトだ。
 屋台を食べつくすまでは止まらない、銀色の悪魔。駿天足の胃袋、無限駆動の唇とさえ憐は陰で呼ばれている。
 呼んでいるのは空であるという話もあったが。
 ともあれ、そんな彼女が浴衣を着たからには、阿鼻叫喚の地獄絵図となるに決まっている。
 おそろしい。
 いや、いつものこと。
 ふっ、と空は苦笑を漏らす。この空としたことが、このていどのことで脅えるとは。 そんなことを思った気がしないでもない。
 それよりも、祭りの誘いだった。
 正直な話をすれば、自室でクーラをきかせてアイスを舐めているのが幸せである。
 そうは言っても。
 そうは言ってもである。
 空は姉であって、たとえアイスのカップが手元にあろうと、二つ返事で「いいですよ、一緒に行きましょう」と、にこやかに返すくらいの寛大さがある。
 その心の広さは母親のようだ。
 仏といってもいい。
 いっそ、神でもいい。
 そうか、空は神だったのですか・・・・。
 そう思ったかどうかは定かでないが。
 妹の浴衣姿に、珍しく鏡へ空は顔を映す。なにもしていないのに肌はツルツルで、金色の目はくりくりと愛らしい。
 その顔のまま、にこりと笑って、うなずき、慈愛あふれる一言で受け入れる。
「空は優雅に、冷房のキンキンに入った氷河期の様な部屋で、アイスクリームを食べて居たかったのですが、妹である憐が、強引に空を引きずってでも行くというので、仕方なく参加します、ええ、憐が暴飲暴食をしない様に、監視したり、突っ込み役ですねって、憐! 引きずり過ぎですよ!! 摩擦熱で空のお肌がぁあああああ!?」
 空のセリフが終わらないうちに、憐が手をつかんで無理やりに引きずった。ザリザリザリという擦過音が尾を引き、空の叫びが囃子に乗って辺りへ散った。
 このときの叫びが、後に『黄昏の悲鳴』というカンパネラ七不思議のひとつになったというのは、また別なお話である。

●真田音夢と猫妖精
「文字や絵を空に描く・・・・。・・・・描くという字は猫に似ている・・・・」
 暮れどきの、いささか涼しくなった大気の中、夕闇に、ふわりと茶色い髪が浮かんでいる。
 真田 音夢(ga8265)は、無表情に色素の薄い瞳へ張り紙を映す。ぼうっとしているようにも、思案しているようにも見えた。
 縁起のよい矢絣模様の着物に、袴を合わせ、足元は編み上げのブーツで固めている。
 描く、猫、描く、猫・・・・。
 似ている。
「そういえば・・・・。この前の猫妖精さんは・・・・どうしているでしょうか・・・・」
 ふらりと、音夢は広場のほうへ足をむける。囃子の音が耳へ届いた。花火大会の会場へ向かう人並みがあった。
 駆け抜ける銀髪の少女と、その少女に腕を引かれ、ザリザリと地面を擦る緑の髪の少女を見かけた。
 おそらくは、目の錯覚だろう。
 ――や、いつぞやの美少女。学園生活はどう?
 声をかけられたので振り向くと、キメラについての授業をした講師がいた。長い髪に眼鏡をかけており、スーツ姿だ。
 目立つ和装とブーツの組み合わせ。まして地道に勉学に取り組んでいるのだから、講師の覚えが悪いわけがなかった。
 音夢はしずしずと頭を下げ、丁寧に挨拶をして答える。
「学園に来るのも、すっかり慣れました」
 顔は無表情であったが、それは本心だった。
 講師はうなずく。なにをしているのか聞くので、音夢は猫妖精を探していることを伝えた。
 ――猫妖精? えっと……たしか、噴水のあたりでヒゲを震わせてたよ。そのうち屋台のあたりに行くんじゃないかな。
 思いがけず行方を聞いて、音夢はまた、丁寧に礼をする。
 ――いや、それほどでも。……そういえば、まともに挨拶してなかったかな。私はメリィ。オペレータもやってるから、よろしくね。
 明るい性格なのか、笑顔を振りまいて手を握り、去っていく。眺めていると、他の講師たちに挨拶しているときは、別人のようにおとなしい。
 人格が二つあるのかもしれない。三つ以上あっても、別におかしくはないだろう。仏神のように顔が三つあるよりはまともだ。
 メリィの話のとおり、広場の噴水のあたりへ行くと、大柄な、いっそ小さめの虎のような猫が、顔を洗っていた。
 音夢に気づくと、「みゃあ」と声をあげ、のそのそと歩いてくる。
 赤いちゃんちゃんこが似合いそう、と音夢は思う。
「ブー……テト、おいで」
 ブータと言いかけて止める。
 なぜだか、それはいけないような気がした。世界の抑止力というものかもしれない。
 それが世界の選択であった。
 テトと名づけられた猫妖精は、音夢の前まで来ると、ペコリと頭を下げた。いつかの依頼から、テトは音夢に恩義を感じているのか、礼儀正しい。
 しかし、会場の方から流れてくる屋台のにおいや、響いてくる祭囃子に、そわそわとしていた。耳や鼻がヒクヒクと動いている。
 すこし微笑ましい。
「……行きますか?」
 足を屋台のほうへ向けると、テトはうなずいた。
 テトと名づけられたというのに、むしろ音夢のほうが、てとてとと緩やかに歩き、テトはのしのしとずっしりと歩を進めた。

●美環 響のレインボーローズ
 ――教授!
 花火の打ち上げ場。何台もの、打ち上げ機「ロボ・ファイアワーカ」が用意されている。
 白衣を着た男たちの中、一番年かさの、白ヒゲを顎に蓄えた老人へ、叫び声が飛ぶ。
 ――んバカ野郎! 親方と呼べぃ!
 拳骨が飛んだ。
 ――す、すみません。しかし、これ、見てくださいよ。
 応募した花火の打ち上げ題材の中、ひときわ難しそうなものがある。ふぅむ、と老人はうなった。
 レインボーローズ。
 花弁の一枚一枚が、違う色を輝かせるという、虹色のバラ。非常に希少価値が高い。
 老人も他のものも、研究者として長かったが、それは植物ではなく火器であった。つまりは、見たことがない。
 ――探せ。
 老人が言うと、白衣の男は涙声で叫んだ。
 ――無理です、無理無理。もうすぐ打ち上げですよ!? データの打ち込みも考えたら、もう間に合いません!
 拳骨が飛んだ。
 ――んバカ野郎! 無理じゃねえ、探すんだよ!
 そんなあ、と白衣の男が嘆く。老人はいきまいて、そのまま血管が切れてしまいそうだ。
 見送るか、という考えが研究者の大多数であった。しかし、そんなことを言えば、鉄拳が飛ぶのは見えている。
 ――それで、集まってくださった参加者の皆様に申し訳が立つか! ああん!? 気合入れて探して来い!!
 怒号が飛び、しぶしぶ歩いていく。バラの虹色の輝きは、それだけでも描くのは難しい。実物を見たいものだが、そう都合よくは行かないだろう。
 老人が叫びすぎて、咳をした。まわりの研究者たちがギョッとする。年齢で言えばいつ死んでも不思議はない。
 そんな中、
「お困りのようですね」
 夕闇の、かすかな夜気に、まるで舞台衣装のような豪奢な服が浮かび上がった。
 少女、ではない。そう見まごうほどの美少年であった。黒檀のような深い色の長い髪に、黒曜石の瞳。
 いつからそこにいたのか、まるで初めからそこにいたかのように、美環 響(gb2863)はスラリとした身体を現し、丁寧にお辞儀をした。
 役者のような大仰な身振りでありながら、鼻につくいやらしさがない。
 名門としての、生まれのせいであろう。
 老人は方目をすがめて、響を睨むようにして見た。悠然と、響は微笑んで返す。
 ――ここは祭りの会場じゃありやせん。危ねえですから、入っちゃいけませんよ。
 プイと横を向こうとした老人の眼前へ、響はスッと手を伸ばす。その指には一輪の赤いバラがあった。
「これでいかがでしょうか」
 怪訝そうに眉をしかめ、怒鳴りつけようと口を開いた瞬間、フッと指が振られる。
 瞬間、その色合いが変わった。
 花弁の一枚一枚が、薄暮の闇に、鮮やかに輝く。レッド、イエロー、ブルー……色違いの花びらは、違うがゆえに調和し、一つの名画のような深みを持つ。
 レインボーローズ。それは思わず溜息が出るほどの、美しいバラだった。
 ――こいつをどこで……! いや、いい、貸してくれ! 頼む!
 響はうなずく。老人は感謝の言葉を述べ、さっそく他の研究者たちへ檄を飛ばす。
 その様子を見つつ、ロボ・ファイアワーカの横で、響はひとりごちるように、つぶやいた。
「それにしても、自由に花火にメッセージを残せるイベントですか。おもしろそうですね。文字だけではなく絵でもいいようですし、どんな花火が見られるか楽しみです」
 期待に優雅な微笑を浮かべ、レインボーローズを掲げるようにした。そんな仕草が、絵画のように様になる。
「虹色に輝く薔薇。タダでさえ綺麗なのに花火になるとどう見えるんですかね」
 準備を終えた老人へ、レインボーローズを渡しながら、
「ふふっ、期待大です」
 そう言って、また微笑んだ。魅了するような、麗しい微笑だった。
 ちなみに。
 レインボーローズ。その応募書に書かれた応募者の名は、美環 響である。

●屋台にて
「・・・・ん。カレーは飲み物。飲む物。飲料」
 たまたま屋台に出ていたカレー屋は、すさまじい勢いで皿を積み上げていく憐の姿に、口をポカンと開けて見入った。
「・・・・ん。おかわり。大盛りで。沢山欲しいかも」
 気を取り直して、急いで器に盛って渡す。熱いよ、などと声をかけるのも、もうバカらしい。
 ごっくん。
 飲んだ。バカな。できたてのカレーを飲むだと。そんなことをしては食道が傷つき、胃とて無事ではすまない。
 こいつ、なにものっっ!
「・・・・ん。空。変なアテレコ。しなくていい」
 辛いものの苦手な空は、憐の積み上げていく皿を見ながら、口を食べる以外の行為に使っていた。
 引きずられたせいか、髪に若干、砂がついている。擦れた頬を撫でながら、ふむ、とつぶやく。
「そうですね、折角なので、花火が始まるまでに、林檎飴とかチョコバナナとかの甘い物でも食べましょうかね」
 言ううちに、皿が積み上げられ、カレー屋が音を上げた。
「・・・・ん。私は。いつも通り。屋台の。完全制覇をしてくる。食い倒れの旅」
 憐は立ち上がると、次の標的へと視線を向ける。それは戦へ挑む真剣な瞳。
 その瞳が、揺らぐ。
「・・・・って、憐ちょっとまって下さい! 食べる気満々で瞬天速まで使って、屋台に特攻しないで下さい!! せめて、甘い物は残して置いて下さいよぉおお!?」
 姉の言葉を三十メートル後方に残して、憐は次なる屋台へと疾走した。追いかける空の横で、金魚すくいの屋台の水槽を、一匹の大きな猫がのぞいている。
 狩人の目だ。
 のほほんと泳いでいくデメキンへ狙いをすまし、右足を高々と掲げた。
「・・・・いけませんよ」
 音夢の注意に、テトは前足をピタリと止めた。
 ――みゃあ。
 友よ、良いではないか。あやつめ、このわしの鼻面をスイスイと泳ぎよって、誘ってくるのだ。
 そんな風に、見上げる目が訴えていた。
「・・・・いけません」
 重ねて言うと、しぶしぶといった様子で足を引っ込める。
 ふいに、そのデメキンがぴょんと跳ねた。スッ、と透明な袋が目の前に来る。
 ぴちゃん、と音がした。
 袋の中に、デメキンが泳いでいる。
「お探しのものは、これでしょうか?」
 ささやかな袋の水を泳ぐ金魚を示しながら、響が微笑んだ。
 音夢は数度、その顔と金魚を無表情に見比べた。そして無表情のまま、立ち尽くす。
 ――みゃあ。
 もらっておいたがよい。邪魔ならわしが食う。
 テトの声が聞こえたような気がした。
 金魚を受け取ると、音夢は礼を言う。響は大仰な身振りで、
「かまいません。女性や子供を放っておけないもので。こちらこそ、不躾をしました。お許しを」
 と言って、完璧な仕草で頭を下げた。
「猫がお好きなようですね。こちらの猫もあなたを大好きなようです」
「・・・・わかるのですか?」
 音夢が問うと、
「もちろん。ほら、袖からハートが飛んでいますよ」
 そんなことを言うので、袖を振ると、そこからさらさらとトランプのハートの1〜10が降り、テトにかかった。
 ぶんぶんとテトが身体を振ってトランプを除けると、その身体から飛んだジャックとクイーンが音夢に軽く当たった。
「ふふ、両思いですね」
 響は微笑む。音夢は、トランプを見つめ、ふと気になった。
「キングは……ないのですね」
 その一枚だけ見当たらない。響は自分の胸へ指をあて、
「ハートのキングは、僕から飛んだのですが、残念ながら片思いでした」
 音夢は首をかしげる。そのとき、離れた屋台から悲鳴があがった。
「それでは、これで」
 一礼すると、響は去っていく。テトが音夢の裾を引き、金魚に目を輝かせるので、なにか食べ物を買うことにした。
 この金魚が、屋台で泳いでいた金魚と違うことは、よく見ればすぐに気づけた。きっと、本物は屋台の中でまだ泳いでいるだろう。
 それでも、一瞬、袋の中へ移ったように見えた。そのときは、確かに、魔法のように思えたのだ。
 猫がまたせがむ。屋台へと向かい、ブーツの足が離れる。はらりと、なにかが舞った。
 いつからそこにあったのか。風に吹かれて屋台の影に隠れたのは。
気づかれないハートのキングだった。

●続・屋台にて
「この林檎飴と、そっちの林檎飴どちらが大きいでしょうかね? むっ! そちらの方が大きい感じも!」
 空は林檎飴の屋台の前で、真剣になって見比べていた。やや、そう、数字にすれば一ミリそこらの違い。しかし、憐ではないが屋台はフードバトル。
 勝ち負けがあるのだ。
 林檎飴一つ。たかだか一つである。しかし、勝負。負けるわけには行かない。ことに甘いものと言えば、なおさら。
 飴の塗り具合、その厚さ、林檎の大きさ、手にもつ部分は汚れてないか。
 ただの一部分たりともおろそかにしてはならず。
 見抜いた末に、勝利の一つを手に取らなくてはならない。
 決して。
 決して、買った後に「あっちのほうがよかったかもしれません」などと思わないように。
 空は、選んだ――。
「・・・・ん。無くなった。次の。屋台を。食べに行く」
 最上の一つを選び、それを空が舐めるうちに、憐が隣のドネルケバブ屋を食べ切り、別の屋台へ向かっていく。
 大きな林檎飴を舐め、空はそれを見送った。すぐ横にシフトするだけだったからだ。
 空の唇が赤くなっていく。林檎飴のべったりとした赤い蜜が、口の周りについて口紅をつけたかのようだった。
「やれやれ、屋台の人達の慟哭や驚愕の声が、そこら中からしますね・・・・」
 二つ隣のタコスの屋台からも妙なざわめきが聞こえてくる。隣の屋台はまだ呆然としているし、前の屋台では店主が驚きすぎて病院に運ばれた。
 しゃりしゃりとした林檎を口に含み、飴の味と絡めて味わう。どうしても、大きな林檎飴は食べづらく、顔の小さな空は頬のあたりまで、べったりと赤くなった。
 チョコバナナもいい。冷やしパインも、けっこういけるかもしれない。
 まだ見ぬ甘味に、胸が躍った。ふと見ると、射的のところに純日本製三百メートルキャラメルの妙に大きくチープな箱があった。
 無意味にそそられる。
 見ていると、長い黒髪の少年が、次々と落としていくうちに、そのキャラメルにも当たった。
(まあ、こんなものですか。ちょっと欲しかっただけですが……)
 林檎飴を食べきろうとしていると、その少年が歩み寄り、キャラメルを示す。
「な、なんですか? 空はいま、林檎飴の処理とチョコバナナの選別で忙しいのです。べ、べつにそんなキャラメルなんて、欲しくないのですよ? ないのですよ?」
 言うが、少年、響は「どうぞ」とにこやかに渡してきた。
 まあ。
 まあ、欲しくなくても、礼儀として、もらうのは当然であって、むしろいらないというのは失礼に当たるため、しようがないからもらってあげます。
 そんなことを思ったのか、空は受け取って、頬をほころばせた。
 花火のアナウンスが流れ、もうすぐ打ち上げが始まるようだった。
「花火観戦ですか、態々暑くて人の多い所に出向いて、空を見上げて、首を痛めるイベントですね、まぁ、たまには童心に返って夜空に散って行く、花達を観戦するのも悪くはありませんね」
 ふと気づくと、いつの間にか、憐がそばに来ている。しかし空ではなく、どこか別の一点へ目をやっていた。
 なにを見ているのかと思えば、じっと、屋台のヒヨコを眺めている。赤や青の原色に塗られたカラーヒヨコである。
 じゅるり。
 聞き間違いであろう。唾を飲むような音がどこかで鳴ったような気がした。
「・・・・憐。一応。釘を刺しますが、このヒヨコは食用ではないですからね?」
 念のために言う空に、憐はコクンとうなずいて、
「・・・・ん。ヒヨコ売り。・・・・大丈夫。ヒヨコは。食べない。・・・・多分」
 多分という言葉を聞かなかったことにしつつ、空はヒヨコの代わりとなりそうな近くの屋台を探した。
 焼鳥の屋台の前では、猫妖精テトが、音夢にネギ抜きのネギマを食べさせてもらい、ほくほくとした表情になっている。
 さきほどまで、金魚を我慢していたご褒美に、食べ終わった頭を撫でてやる。くすぐったそうに喉を鳴らした。
 ――みゃあ。
 それなりに腹が膨れたのか、テトは顔を洗う。
 花火の放送は、さきほどあった。
 ですから、行きましょう。
 ――みゃあ。
 のしのしとテトが歩く。よくわかってなさそうなのに、頼もしい歩行だった。

●打ち上げ花火
 ひゅるるるるるるる・・・・
 空に花火が、次々とうちあがった。本物の花火師のそれと、さして遜色がない、見事な花が咲く。
「これは面白いですね」
 響は、輪投げの手を止めて、空を見上げる。
 花に混じって、うさぎが描かれる。花の群がる草原の中を、うさぎが跳ねていくようだ。
 続けていくつも打ちあげるものだから、アニメーションみたいに動いているようにも見えた。
 パラパラと散っていくなごりの火花が、駆け抜ける疾走感を線で描写しているかのようだ。
 ひゅっ・・・・
 白い花火が、打ちあがる。
 鳩が描かれた。飛び立つ一群の白い鳩が、夜空を舞う。
「世界の平和を願って、あの空で共に戦った戦友よ、君もこの空の下で笑っているかい?」
 何羽も、何羽も、飛び立つ夜空の鳩を見上げながら、詩を吟ずるように、語りかけた。
「願わくば、君の魂に幸いあれ」
 レインボーローズを片手に、微笑んだ。響の瞳に、パッと花火の明かりが映った。
 次の瞬間、
 ひゅっっるるるるる・・・・
 一際大きな、花火の音が響いた。
 その手にある花を映したような、様々な色に輝く、バラの花火。
 レインボーローズ。
 夜空に、その花が咲く。
「ああ・・・・」
 言葉が、でなかった。
 それは美麗な、舌で語るには壮大すぎる、一個の花火であった。
 しばらく、響は感じ入った。
 そのように興趣を感じている響の横を、小さな浴衣の影が通り抜けて行く。
「・・・・ん。皆が。花火に。夢中な内に。一気に。食べまくる。一網打尽」
 銀色の疾風だった。
 真珠を溶かし込んだような、白い肌のまぶしい頬に、ソースのきつい焼きそばが吸い込まれていく。
 人呼んで歩く掃除機。
 別名、ウォーキング・バキューム。
 その二つは意味が同じであるという噂もあるが。
 ともあれ、特に、その可憐な姿と食べる量の見合わなさから、駆け抜ける詐欺師とさえ言われるとか。
 最上憐。神速のフードファイター。
「・・・・ん。空。変なナレーション。入れなくていい」
 青海苔を唇につけながら、憐は言う。空はチョコバナナをかじった。チョコがパキッと小さく音を立てた。
 ひゅるるるる・・・・
 花火があがった夜空に、『メロンパン』という文字が、パッとともる。サービスなのか、メロンパンの形の花火も打ちあがった。
「はい、特に意味はありません、ただ心にふと浮かんだ文字を、選択しました」
 憐に問われる前に、空は答えた。
「ええ、決して、空がメロンパンを食べたくなったとか、適当に考えたとかではありませんよ? ありませんよ?」
 金色の大きな瞳をまたたかせ、空は訴える。
 明らかに嘘だった。
 憐は思いながらも、しかし、それよりも、
 じゅるり。
 メロンパンの花火に、そんな音が聞こえたような気がしたことを、どうしたものか思考する。その末、憐は無視してよいと結論付けた。
 空がまたチョコバナナに戻りはじめる。
 そうしているうちに、べつの花火が上がった。
 ひゅるるるる・・・・
 パッと描かれた文字は、『カレーは飲み物』。常日頃から持っている、憐の信条である。
「・・・・ん。私の。思い。打ち上がった。満足。満足」
 本当に満足げだった。
 かわいい浴衣姿に、巾着を手首にかけ、花火を見上げる。その姿は、さきほどの大食が嘘のように、女の子らしい。
「・・・・ん。地獄極楽スターマイン。意外と。結構。微妙に。気になる。名前」
「どれですか」
 近くにあった予定表の張り紙へ軽く目をやり、つぶやく憐に、空はツッコミを入れる。
 カレーの花火も消えると、憐は再び屋台へ身体を移し、
「・・・・ん。露店。食べ放題は。速さが。命」
 すべてを食らわんとばかりに、駆け出した。
「ですから、瞬天・・・・わ、綿菓子はまだ食べてないんですよお!」
 空は叫びながら、綿菓子の屋台を襲う憐の後を追った。
 そんな会場の外れ、人気のないところを、音夢は歩いていた。隣を、のしのしと猫妖精テトが歩く。
 ――みゃあ。
 打ち上げられる花火を見ながら、歩を進める。
 見晴らしのよく、人気のない場所はないかと探してみたが、なかなか見つからない。
 そのうちに、始まってしまった。
 ――あら? えっと、音夢さん?
 名前を呼ばれたので振り向くと、さきほどもあった講師兼オペレータ、メリィが立っていた。
 ほんのりと、お酒のにおいがする。酔い覚ましに歩いていたようだ。
 音夢が歩いている経緯を説明すると、メリィは、そういえばと思い出しようにポケットから鍵を取り出した。
 ――学校の屋上は、どう?
 そんなことをしてもいいものか。しかし、講師の勧めでもある。無下に断るものでもないだろう。
 しかし、ただ好意を受けるというのも。
 ――あ、それじゃあ、代わりにその金魚、もらえないかしら。
 メリィが言うので、音夢はテトへ目をやる。
 ――みゃあ。
 テトも同意した。ような気がした。
 ひゅるるるる・・・・
 花火に、ふと目を上げると、猫が一匹、描かれた。
 続けざまに打ちあがり、二匹三匹と描かれていく。丸まっているものや伸びをしているもの。歩くものなど、猫好きのアルバムのようだ。
 ――もしかして、あなたの?
 音夢は頷いた。やっぱり、と講師は言う。授業のときでも猫好きみたいだったから、と。
 猫の花火は、もはやいたるところに猫がおり、空が猫で溢れているかのようだった。
 しばらくながめ、猫が終わると、鍵を受け取り、金魚を渡した。礼を言い、学校へ行ってみると、割とすんなり入ることができた。
 すこし前にも、入ったことがある。あのときは依頼であったが、いまよりもずっと遅い時間だ。
「あ・・・・」
 屋上へ出ると、誰もいない中、夜空いっぱいに花火が咲き誇っていた。
 身体へ通っていく独特の音。キラキラとした輝きは、明かりの消えた学校から、とてもよく見えた。
 ――みゃあ。
 テトが腰を下ろして、花火を見つめる。その髭がさやさやと風に揺れた。

●スターマイン・打ち上げ場
 ――教授、準備が整いました!
 白衣を着た男が、老人へ伝える。
 老人は額にびっしょりと汗を浮かべ、肩で息をしながらも叫んだ。
 ――んバカ、野郎! 親方と呼べって、いただろうが!
 弱弱しい拳骨を放ち、老人はロボ・ファイアワーカへ向かう。
 クライマックスだった。老人はふらふらと歩き、一瞬、気を失ったように膝を折った。
 ――教授!
 白衣の男が抱きとめる。老人は悪態をつきながら、地面にあぐらをかいた。
 ――ここまで、きたんだ。抜かりなく、楽しんでもらわにゃあ。
 震える手足で、立ち上がろうとする。しかし、体力的に、もう限界なのは明らかだった。
 こんな様子では、終わった頃には死んでいるかもしれない。
 不安がよぎる中、澄んだ声が響く。
「僕に手伝わせてもらえませんか?」
 老人が渋面を浮かべ、いいさす前に、
「人々に幻想を魅せる奇術師として、夏の夜に幻想的な華を咲かせる花火には興味があります」
 そう言って、片目を閉じ、
「何より見るよりも参加した方がより楽しめそうですからね」
 悪戯っぽく、微笑んだ。
 老人は、自分の手の震えているのを眺め、ギロリと響を睨み、
 ――そこの機械についてくれ。使い方を教える。
 そう言って、かすかに頬を緩めた。
 スターマインのアナウンスが流れる。説明を理解し、ロボ・ファイアワーカの操作を始めた。
 夜空へ、花火があがる。何百、何千と、花が咲き乱れる。
「この幻想的で楽しい夜が、いつか思い返したとき、人々を勇気付けるものでありますように」
 花火に思いをこめながら、響は打ち上げていく。

●スターマイン・屋台
「・・・・ん。完全制覇。完了。皆。花火に。夢中だったので。集中して食べられた」
 飲食系の屋台が壊滅していた。
 焼きそばの焼けているはずの鉄板は冷え、焼き鳥は串だけが寂しく残っている。
「これは、なかなかですね。ふむ、これも。おおっと、これもいけます」
 空は、被害を受ける前に甘いものを買占め、賞味している。
 ポッポ焼きなどという、聞きなれない菓子もあった。茶色い棒状で、そのくせ柔らかく、なかなか気が抜けない。
 アナウンスが流れ、地獄極楽スターマインが始まるようだった。
 空と憐も、顔を上へ向ける。会場の皆が、いっせいに上を向いていた。
 いくつもいくつも続いて発射音がして、夜空へうちあげられていく。
 赤、青、黄色の花火は下に。
 白い花火は上に。
 曼荼羅を描くように。
 調和するように。
 打ちあがった花火は、夜空へ色をつけていく。
 中心には、カンパネラの校章が描かれた。
 各国の国旗が、横に広がっていく。
 失われた国の旗があった。
 国土のほとんどをキメラに蹂躙された国の旗があった。
 それらは象徴である。
 国の象徴であり、人の象徴であり、文化の象徴だった。
 三原色の混じり合った花火と、白い花火。地獄と天国に挟まれて、一際強く、象徴たちは輝いた。
 空は甘味を食べる手を一瞬だけ止めた。そうさせたのは思想ではないだろう。美しさかもしれない。
 憐は花火を見た。輝く閃光が、頬に熱を感じさせるような気がした。
「・・・・ん。空」
 黒い瞳を、憐は向けた。なにも続けない。聞いてよいか、ためらっているのかもしれない。
 空は頷く。聞いてもよい、と。
 憐は尋ねた。内容は、
 その謎の食べ物をもらってもよいか、といった旨のことだった。

●スターマイン・屋上
 地獄極楽スターマインを、音夢はテトと見ていた。
 熱を感じた。それは火の熱ではなく、作り手の熱だった。
 空にあがりつづける花火。ざあざあと、天から光の雨が降りでもしたかのように、空が輝いている。
 音夢はテトを撫でた。目を細めてテトは受け入れる。
 誰にともなく、つぶやく。もしかしたら、自分に確認するために、言っていたのかもしれない。
「私は思います・・・・。学園で行われている研究は好きではありませんが・・・・。ですが、そのお陰で彼らに巡り合えたと・・・・」
 テトを見つめると、テトも音夢を見つめた。
 ――みゃあ。
 うなずくように、テトは鳴いた。
 風が吹いた。涼しい夜風だった。静かだった。花火の音ばかりが響く。心地よい騒がしさとなって、耳朶を打った。
 花火は綺麗だった。とても、綺麗だった。
「人は戦うばかりじゃない・・・・」
 すべるように、言葉が流れ落ちる。それをそのまま、口に出した。
「刃物で命を救うこともできれば、火薬で人を楽しませる事ができる・・・・。この戦士を育てる学園で、それを見出す人が居る・・・・。この光は・・・・きっと、希望の一つ・・・・」
 呟くと、音夢は、そのいつもの無表情を、すこし、ほんのすこしだけ緩めて、小さく微笑んだ。
 ほんのささやかな、けれど綺麗な。
 花が咲いたような、微笑だった。


〈了〉