●オープニング本文
前回のリプレイを見る 虫の巣であった。
高知の南端の都市が、まるで一個の白い繭であるかのように、無数の蜘蛛の糸で覆われていた。かつての町並みはとうになく、あちこちにキメラが這う。
「壮観だな」
サイレンスは、一匹のキメラの背に乗って、都市の全貌を見ていた。その中心は幾重にも糸が重ねられ、奇怪なオブジェを作っている。
そこに、虫姫がいた。
――La‐La‐La―――
飽きもせずに、歌っている。褐色の喉を震わせ、金色の髪を日に透かす。その容貌だけは、あどけない少女のようだった。
サイレンスにとって、虫姫は、失敗作である。彼の求めるものは、宿主の思考能力を残した寄生型キメラであった。従順なだけでなく、賢いキメラだ。
能力は、そのまま戦力にはならない。どれほど力があっても、脳が阿呆では苦もなく敗れる。
(畜生ではダメだ。人間がベースでなくては……)
最終的には、自立型の寄生キメラを作りたい。寄生した後は、自らの判断で動き、作戦を立て、仲間を集め、戦闘を行う。
それには、従順さもなければならないが、キメラゆえの強制力というものがある。それでは十分ではない場合も多々あるが……
(理想は遠いか)
サイレンスは自らの研究所へと戻り、三つの水槽を見つめた。
うちの二つは、人間が入っている。とはいえ、いつかの人間型キメラのように、装甲をまとっているかのような姿だ。
もう一つには、小さな、動物の胚のようなものが浮かんでいる。サイレンスは、他の二つよりも、この胚を長く見つめていた。
ひくり、と胚が動く。
目などないはずなのに、その小さな怪物は、サイレンスを見つめたような気がした。
「ここが、あの港町か……?」
UPC軍の偵察機が、空を飛んでいた。眼下には、蜘蛛の糸で覆われた白い町並みが広がっている。
幻想的でさえあった。しかし、おぞましくもあった。
辺りの様子を見回すと、糸は円状に広がっており、範囲が遠くなるにつれて、白さがかすれていっている。
逆に中心は、まるで城ででもあるかのように、こんもりと高くなっている。かつてあった巨大な県立病院は、白い居城と成り果てていた。
KVで直接攻撃できるか、という調査も兼ねているのだが、なんと報告したものか。
奇襲爆撃を仕掛けたら、効果はあるだろうか。糸の奥まで届いたものか。
「……む?」
考えるうちに、キラッ、と、街に輝くものが見えた。
それがなにか確認する暇が、あったかどうか。
転瞬、偵察機は爆散した。
蜘蛛の糸の合間に、ぶつぶつと穴のあいた塊がある。そこから、キチキチと蜂を模したキメラが頭をのぞかせる。
生物ミサイル。敵の接近を知り、おのずから飛び出し爆発する。サイレンスの研究成果の一つであった。
砕けた機体の破片が、空中でとまる。キラキラと日の光に輝くそれは、街よりも高く張り巡らされた細い蜘蛛の糸であった。
蛾の群れが、残骸を集める。それを巣の中へと運んで行った。白く巨大な虫姫の城は、微動だにせず立ち続ける。
――La―La―La――
県立病院の最上層、いまは天守のようになっているそこで、虫姫は鳴いていた。
その白いワンピースから伸びる、いくつもの管が壁を這い、フロア自体が一個の心臓のように、どくんどくんと拍動している。
褐色の肌を玉座に横たえ、鳴き声を震わせ続ける。無垢な少女の容貌が、どこか、泣いているような表情を湛えていた。
か細い肢体を委ねる玉座への入り口には、二匹の金色のカブトムシが護衛のように控えていた。
「やあ、ごきげんはいかがかな」
不意に、虫姫のもとへ人影が射す。伸びた姿に、ビクリと肩を震わせた。
サイレンスである。上等なスーツにソフト帽を合わせ、ステッキをついた姿は、醜悪なこのフロアに、なぜだか似合った。
「習い事の時間だ」
虫姫のあごを掴んで開かせると、サイレンスは、そこへ一匹の小虫を落とした。
――La―LaLa―Gr――rroo―WAaa――!!
叫び、虫姫はのたうち回る。その、なめらかな頬から頭部へかけて、ムカデが這い回るような痕が現れた。
「Ma―s―ter」
涙を浮かべ、虫姫はサイレンスを見つめる。主人を認め、それを口に出したことを、サイレンスは成果と見てうなずく。
キメラの強化。数単語を話す程度の知能を持たせるのでは、大した戦闘力の増強にはならないだろうが、研究には重要だった。
「賢くなりたまえ。そうでなければ、邪魔だから死んでしまえ」
薄く笑って、きびすを返すサイレンスを、虫姫は見つめる。
控えるカブトムシは身じろぎもせず、サイレンスが帰って行くのを見送った。
「二箇所か」
UPCの中年の軍人が、資料を眺めてつぶやいた。
「はい、中央に位置する元県立病院の『虫姫』。そして町外れの工場を改造した研究所にいる『サイレンス』の二つです」
若い軍人が、それに応える。つづけて、
「サイレンスが行き来するところを記録できたのが大きかったですね」
「奴は、馬鹿なのか?」
「余裕なのでしょう。我々は偵察機を飛ばすだけでしたので脅威と捉えられていないのです」
「黙りたまえ」
「失礼いたしました」
素直に頭を下げる若い軍人に、中年のほうは問う。
「それで、ルートは?」
「アリ型のキメラが物資を運ぶ、小さな穴があります。KVはともかく、車くらいなら通れるでしょう」
「危険ではないのか?」
「我が軍の非能力者でチームを組むならば、間違いなく全滅するでしょう。能力者は現在、ここにはいませんが」
「黙りたまえ」
「失礼しました」
中年の軍人は、しばし黙考し、
「……カンパネラか」
「先と同じく、ですね。事情をしっている者もおりますし、ちょうど良いかと。ルートの選択も任せてはいかがでしょう」
「なぜだ?」
「どちらも同等に危険度が高いですし、彼らの中には虫姫やサイレンスと接触したものもあります」
「ふむ、より撃破すべきなのはどちらか、判断を任せようと言うことか」
「はい、我が上官殿は判断能力に欠けたところがありますので」
「黙りたまえ」
「失礼いたしました」
頭を下げる軍人に、中年の男は指示した。
「カンパネラに依頼したまえ。さきほどキミが言った通りの内容でだ」
●リプレイ本文
●車内にて
「危険なキメラの一群が四国に現れたと聞いてやってきたのだが・・・・聞きしに勝る状況のようだ」
ジーザリオに揺られながら、木場・純平(
ga3277)は遠く見え始めた町を眺め、つぶやいた。その異様な光景に、渋みのある強面が苦く歪む。
「話を聞く限り黒幕と思われるのはサイレンスと言われる人物のようだが」
純平が言うや、天原大地(
gb5927)の赤い瞳が、フロントガラスに映る町を見たままギラリと輝いた。その一直線な性格から、サイレンスへの怒りを剥き出しにしそうなものであったが、むしろ静かであった。火山が噴火の時を待つように、その胸に煮え立つ怒りを留めたまま、黙って瞳を一点へ向け続ける。
「ま、自ずと時機は来るもんだ。あの変態親父をぶっ倒すのも、まずは情報を集めてからだな」
言いながら、伊佐美 希明(
ga0214)は町へ向けていた双眼鏡を外し、同乗している仲間へ目を向けた。紅の視線を受け、純平は頷き、
「虫キメラたちに指令を出しているような虫姫の方を先に何とかして、後顧の憂いを断っておきますか」
既に何度か、敵方に遭遇している希明へ、そう返した。バグア側の実力者を思えば、蠍座のエヴァなどが記憶に新しい。虫を操る虫姫はともかく、漠としてその能力の知れないサイレンスと戦うには、あまりに情報が少ないと判断したのだった。
彼ら、A班のジーザリオに後ろにつく、B班のジーザリオでも、町の風景に、声が漏れていた。
「街ひとつがこんなに・・・・」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)は、開け放たれた窓から吹く風へ銀の髪をなびかせ、瞳を見開いた。
「・・・・真っ白。でも・・・・まるで雪が降り積もった・・・・なんて言える状況じゃないわね」
白雪(
gb2228)もまた窓の外へ目を向け、そう言った。平常の白雪とは、様子が違っていた。白銀の髪の揺れる様は、心中にあるもう一つの人格、姉の真白の証拠であり、言葉は白雪のものではなく、真白のものだった。
「街が・・・・ここまで変わるものなのか・・・・平和な街並みを・・・・取り戻してみせる!」
運転手をかって出たファブニール(
gb4785)は、ハンドルを握りながら、窓の外の光景を見て義憤に燃えた。落ち着いた風貌に、熱いものが宿る。がたん、と、あちこちに飛び散った町の残骸や、伸びたキメラの糸による悪路に、車が跳ねた。ファブニールはハンドルをぎゅっと握りなおす。
揺られながら、ケイ・リヒャルト(
ga0598)は緑の瞳を町や病院の見取り図へ向け、いつかのことを思い出すようにポツリと、
「サイレンスも気になるけれど、敵の情報詳細が不確定な以上、今回は虫姫を片付けることになるわね」
独り言のようにして、言った。艶やかな黒髪が、吹き込む風を受けふわりと頬をなでた。同じ風を受ける、一つ後ろのC班のジーザリオでは、番 朝(
ga7743)が鼻歌を歌っていた。
「ラ―ラ―ラ・・・・」
虫姫の口ずさむメロディであった。朝はそのメロディが、嫌いではなかった。
(あの子もあの人みたいなものなのか)
リズムをとりながら、しかし、その顔は無表情である。思い浮かぶのは、先回の依頼で戦った敵。キメラに寄生され、サイレンスに操られていた青年。
同じくサイレンスが作ったと言う虫姫も、もしや・・・・。
穏やかならざる心が、覚醒もしていないのに、その顔を無表情にしていた。
「・・・・姫君も、元は人だったんでしょうかねぇ」
フェイス(
gb2501)が、マーカーで彩られた町の地図と病院の地図から目を上げ、ぽつりとつぶやいた。朝のメロディに耳を貸しながら、後ろへ流した黒髪を風にさらす。続ける自分の言葉に、眉間に皺がよる。
「戻れはしないでしょうけれど。それは、仕方がない。・・・・何度、仕方がないと溜息を吐くことになるんでしょう。
溜息を、一つ。やるせなさの満ちた、複雑な、長い溜息だった。優(
ga8480)はそちらへ軽く目をやり、それから町へ目を戻した。その黒の瞳には近づく白い町の風景が映りこみ、しかし、目の奥では、先の依頼で見た不気味な紳士の姿が思い浮かんでいた。
(「サイレンスを無視したくはありませんが・・・・」)
一人、思う。虫姫の排除を、いまは優先する。しかし、とサイレンスとあったときのことを思い出して、
(「奴のことですから近くまで来るかもしれませんが」)
考えて、月詠を握った。もし、現れたら。そのときはどうするか。虫姫と戦った後であったら、続けての戦いに耐えられるか。
撤退するだろう、と思った。そんなことを考えるうちに、件の蟻型キメラの運搬口が見え始めていた。無線機で各班と連絡をとる。優たちは意を決して、それぞれに得物を構えた。ジーザリオが、巣にぽっかりと見える、その穴、黄泉戸のような暗い運搬口へ向けて駆けていった。
虫姫へと、一直線に、突き進む。
●虫の知らせ
虫姫は、何かが来た、と感じた。
その何かが何であるかはわからない。虫の知らせ、というやつであろうか。
キメラに犯された脳からは消えていたが、かつて、彼女がヨーロッパにおり、人の名前を持っていたころ、同じ感覚を味わったことがあった。
キメラが村を襲った日。そのときの感覚と同じであった。それはわが身が滅ぶ予感であった。
死を敏感に察知した彼女は、あるいは、能力者の素養があったのかもしれない。それは、しかし能力者ではなく、研究材料として活用されてしまったが。
「不条理とは思わないかね。あっけなくも、家族が、友人が、自分自身が死んでしまうのを」
サイレンスはそう言って、彼女を誘った。もとより、すべてを失った彼女は、行くあてがなかった。
知能のレベルが下がり、無数のキメラに寄生され、実験され尽くされた彼女に、サイレンスの興味は失われていき、そうして、戯れに、新たな実験台にされる日々が続いた。
歌を歌うようになったのは、そんなころだったか。同時、キメラを産むような能力を、偶然にも得たことから、サイレンスは今回の騒ぎを計画した。
言い知れぬ予感に、彼女は褐色の頬を歪ませて、口を大きく開いた。しっとりとしたシャンソンのメロディが、そこから漏れ出す。
「La―La―La―」
美しく響き渡る、その歌は、『自殺の聖歌』と呼ばれる、それであった。
●潜入
隠密潜行で内部の偵察を行う希明は、刃を手にあたりを見回した。
あまりにも障害物が多ければ、車では通れない。歩いていくかとも考えられたが、見た限り、
(「この程度なら」)
通れると思えた。天井近くでは蛾型のキメラが羽音を立てており、地上にはムカデや蟻型のキメラが這っていたものの、同乗者の援護で城までは車で移動できそうであった。
キメラたちの蠢く様から、ふと、虫姫を思い出す。サイレンスが作ったと言うキメラ。
「侵食・・・・いや、寄生型か。感染するタイプじゃねぇのが救いだが、人をキメラ化するってのはよくあることだが、ムカつくやり方だぜ」
ぽつりと、憎げにつぶやいた。赤い瞳が、城とは別の方角、サイレンスの研究所を睨む。
心を落ち着かせ、A班の車内に戻り、メモと地図を片手に希明は純平や大地に外の様子を話した。虫の巣に入るまで運転をしていた軍人は既になく、代わって、カンパネラで今回の依頼を受けた一人である純平がハンドルを握っていた。キメラで溢れる巣内では、さすがに非能力者が入れたものではなく、あたら人員を失わないようにというUPCの頼みを受けてのものである。
大地は無線機で、聞いた内容を他班へ伝えていた。もう片方の手には車内からキメラを攻撃しやすいように、特殊銃『真デヴァステイター』が握られている。出して大丈夫かと言う純平の目配せに、頷いて答えた。無線を終え、車が走り出す。あちこちからキメラが集まりだした。大地は銃を窓の外へと向けた。瞬くマズルフラッシュに、キメラたちが叩き落される。道なき道を、純平は偵察した希明の地図へちらちらと目をやりながら、邪魔なキメラや糸を避けるため、ハンドルを左右と止める暇もなく動かし続けた。
最前列を走るA班のジーザリオ。その車体の死角から一匹のキメラが顔を覗かせた。――アリジゴク型。アスファルトが砂のようにザアッと溶け始める。
ライフル弾が、その頭を抉った。B班から放たれた銃撃が、アリジゴク型キメラの頭部を吹き飛ばしたのだ。セレスタは、当たったのを確認すると、打ち切ったライフルの弾丸を入れ替えるため、一度車内へと身体を戻す。
「随分と数が多いようです・・・・次から次へと」
苦く言いつつも機械的に手は動き、リロードを終えると、改めて窓から身を乗り出した。射程に優れる小銃が、寄り付くキメラへの牽制として銃口を向けていた。
「道は開けて貰うわよ・・・・ッ!」
ケイのアラスカ454が周囲を飛ぶ蛾型キメラへと火を噴く。マグナム弾の炸裂音が響き渡った。轟く銃撃音には、真白のそれも混じっている。同じくリボルバーの音を鳴らせ、その朱の瞳に踊りかかるキメラたちを映していく。ファブニールはひどい悪路に何度もキメラや建物へ激突しかけながらも、ジーザリオを運転していった。
殿を務めるC班では、ハンドルを握るフェイスが眉間に皺を寄せながら、黒い瞳を絶えず動かしていた。純平と同じく、巣の内部から運転を代わり、フロントガラスが映す惨憺たる町の光景を見続けてきた。たまらぬその景色に、思わず、つぶやいた。
「もう街は、見る影も無いですね」
市街戦とは思えぬ風景の中を、ジーザリオが激しく揺れながら走る。朝は、サイドアームでへばりついてくるキメラを振り払う。逆側に座る優もまた、窓から顔を突き入れるキメラの醜悪な顔を突き刺して、ジーザリオの縁から追い払った。
無表情にこなす二人の顔が、ふいに、歪んだ。窓の外、前方に、巨大な建物があった。Vの字を逆に描いたような外観はそのままに、全体が白いものに覆われている。
――蟲城。そう思ったのは、どちらか。睨む瞳は、どちらもただ冷えていた。
●寄生種
小さな蝿型キメラが、サイレンスの周りを飛んでいた。
虫の巣と成り果てた町へ、なにものかが侵入を果たした。その報を伝えているのだ。
「この期に及んで、か」
研究所の地下、開発中のキメラ専用に作った、大型の水槽を、見つめる。
数日前、ほんの小さな胚であったが、アリ型キメラが外から養分と部品を運び続け、いまや、一部屋を埋め尽くすほどの水槽にたゆたうほどの巨体となった。
それでもまだ、完成には遠い。サイレンスは、ふいに、知り合いの言葉を思い出した。
――蟲という漢字は、そもそも生物を表していたんです。人間だって、古く中国では土蟲と呼ばれてました。人間は五行でいう土気の生き物だからです。
大きく育つ姿に、なるほど、生き物だと感じる。同時に、なにか可笑しさを感じた。
(生き物、か)
研究を始めたころ、その生命の神秘とやらに魅せられた。幼生からの虫の変態を、夜通し学生と語り合ったこともある。
「カンパネラ学園・・・・」
思い立ち、二体の人型キメラを呼んだ。水槽の中の成長を見守りながら、虫姫のもとへ向かう準備を始める。
●金色甲虫
「私はコイツを信じるだけ・・・・。射法八節・・・・正射必中・・・・」
黄金のカブト虫型キメラ。その目が、炸裂する。弾頭矢の一射。鋭角狙撃によって高められた視界。そこへもって強弾撃によって発せられるその一撃に、黄金カブトは暴れ、その外皮を開いた。
蟲の城。分かれた三班は、それぞれに道を変えて上へと向かった。内部は、あちこちに糸のようなものが張られ、開かない扉がいくつもできていた。A班は受付のロビーで別れて後、左側から上へ向かった。大地は銃から機械剣に持ち替え、直刀『蛍火』との二刀流にした。壁に擬態したキメラなどがときおり見られ、注意深くこれらを排除していく。
用心しながら、階段を上がっていった。最上層のフロアへ向かう階段までたどり着くと、大地が無線機で他班へ連絡する。C班はほぼ同じ程度、B班は、予想外に面倒が多く、時間がかかっているようだ。
「まずは遠距離攻撃で牽制して様子を見てみましょう。攻撃に煽られて向かってくるなら好都合です」
純平の提案に、希明が矢をつがえる。黄金のカブト虫を見つめ、その身体へ矢を放つ。ヒュッと飛んだ矢は、その外皮の上を滑り、カンッという甲高い音を立てた。
のそり、と、動いた。二射、三射と続くうち、苛立たしげに羽を羽ばたかせた。もう一方は、C班の小銃バロックによる射撃で、そちらへ向かった。黄金カブトは低空で飛行し、一瞬で間合いを詰めてくる。大地の発案から通路へと誘い込む。最上階のフロアよりはよほど狭いそこで、希明が弾頭矢を使った一撃を放ったのであった。
暴れる黄金カブトへ、間髪をいれずに純平は疾風客で強化した足で近づき、ヒステリックベールによる攻撃を放つ。高圧電流に感電し、キメラは羽を広げたまま、しばらくその動きを止めた。そこへ、大地の剣が襲い掛かる。重く速い蛍火の一撃を振り下ろす。開いた外皮の内へ浴びせかけると、ズシャッと肉を断つ手ごたえがあった。さらに続く機械剣aの圧縮されたレーザーが深々と入りこんだ。非物理の耐性の低さから、その一撃にキメラは苦悶の声をあげた。
「Gyyyyyyyy!!」
黄金カブトがブブブブブと羽を動かし、節足が地面を強く噛んだ。次の瞬間、その巨体を近距離にいた純平と大地に浴びせかける。自動車に跳ね飛ばされるように、二人は廊下を転がった。受身をとりつつ、武器を構えなおす。なおも突進を行おうというのか、羽音を響かせ、二人をその突き出た目で捉えた。その角からレーザーが放たれる。青い光が廊下を包みこんでいった・・・・。
同刻。C班もまた、黄金のカブト虫の相手をしていた。
「・・・・」
覚醒により、無言無表情となった朝が、大剣『樹』を振り上げる。細身の朝では体重の分、剣に重さがなくなりがちだが、『樹』の重量と大振りのモーションでそれを克服している。ムカデやアリのキメラであれば、易々と叩き伏せる一撃。それをしてなお、黄金カブトの外皮は受けきった。
C班は、元病院である虫の城に入って後、右側から上階へ向かった。診察室なのか、いくつもの扉がある場所だった。ギチ、ギチ、という音がしたかと思うと、扉のうちの一つが、吹き飛ぶようにして投げ出され、そこから何匹ものイナゴ型のキメラが溢れてきた。大振りの朝の大剣がバッサバッサと弾き飛ばし、フェイスの小銃バロックが射抜き、漏れるところを優が切っていった。フェイスが有利を取れそうな地形を頭に入れていたお陰もあり、これといった被害もなく、相手の数が尽きる頃には、なんなく最上階へついてしまっていた。
フェイスのバロックによって誘導され、朝の攻撃を受けた黄金カブト。その角が、朝の方を向く。と同時に、優の月詠が奔った。閉じられた外皮の隙間、そこへ、封筒にペーパーナイフを入れるように、スッと刃を引いた。厚い外皮に覆われる中、切っ先が、その内部を傷つけた感触があった。
二人を相手に翻弄されている合間に、離れたところからフェイスが、持ち替えたエネルギーガンを鋭角射撃と影撃ちにて撃ち放った。知覚力によるダメージがそのまま通り、若干の怯みを見せる。そこを狙い、朝は先ほどの一撃から、そのまま大剣を何度か回転させ、その勢いのままに『樹』を振り下ろした。しかし、黄金カブトの目がギロリと光り、朝へ体当たりをした。体重の軽さから、朝は吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
なおも追撃に走る黄金カブトを、優がソニックブームで阻む。流し切りで硬い外皮の隙間を狙い、また浅く切りつけた。二人が気を引く間に、ダメージ源となるフェイスの銃撃が繰り返し放たれていく。キメラもそれと気づいたか、フェイスへと向かう。しかし、優がその進路を阻んだ。正面に立ち、月詠を構える。黄金カブトの巨体を相手に、受け切るというのは難しいが、さりとてただ向かわせるというわけにもいかない。盾となるようにして立ちはだかった。無論、キメラは無慈悲にそこへ突進していく――。
B班。中央の道は茨の道であった。扉を覆う糸はしつこく、キメラはうっとうしかった。
「君の初陣ね。・・・・行くわよ、天雷の剣。その力、期待してるから!」
真白の機械剣「ジュピター」が閃き、糸に閉じられた扉を開く。普通に開けるのではもういけなく、蹴りつけなくては、とても開くものではなかった。その上、ふと気づくと、天井を蜘蛛型のキメラが這っていたりする。四方、気の抜けない面倒な道中であった。びっしりと張り巡らされた糸に視界も悪く、ファブニールがランタンを灯して先へ進む。ライフルを持って殿を務めるセレスタが、背景に同化するような色の蜘蛛をなんとか見抜いて撃っていた。
ケイが、耳をひくり、と動かす。最後尾から、どうかしたのかと反応するセレスタに、唇に人差し指を当てて応えた。かすかに、なにかが聞こえる。
――La―La―La・・・・
歌。いつか聞いた、あの虫姫の旋律。
その声をたどって、上へと向かった。四人、気を配るのを忘れずに、じりじりと上っていく。途上、無線機で連絡が入る。他班は最上階へついたようだった。
最後の扉を開き、階段を上る。歌は変わらぬ旋律をもって、しかし確かに近くで響いていた。そこかしこで戦闘の音が聞こえる。そちらへ援護に回ってからのほうがよいか。
ずずっ、と。妙な音が響いた。
援護、と言える余裕が、消え去る。ずっ、ずっ、と引きずるような、無気味な音。
階段の先。褐色の足が見える。純白のワンピース、流れる金色の髪に、青の瞳。そして、服の裾から漏れる、触手の束。
「La・・・・」
かつて、依頼で現れたときの姿と変わらずに、そこに立っていた。
「高知城で見かけた時と変わりませんね・・・・」
セレスタがつぶやく。その言葉に、虫姫は人のように、微笑んだ。親密の情でもあるかのように、穏やかに。・・・・自殺の聖歌を歌いながら。
――違う?
そのような疑問が浮かぶ。何かが違う。そんな感覚があった。
虫姫との接敵を、無線に告げる。せっかく護衛をつったというのに、そちらへ行ってしまっては元の木阿弥だ。
B班の緊張など知らぬ気に、虫姫は一度ペコリと西洋の淑女がそうするようにお辞儀をし、
次の瞬間、触手が舞った。
前衛へ出ていた真白とファブニールが、それを受ける。先に鉤爪のついた何本もの触手がうねり、切り裂く。
「おイタが過ぎたようね・・・・」
ケイは加虐的に言うと、先手必勝とばかり、影撃ちにより死角から、さらに急所突きで弱点を狙ってエネルギーガンを放った。強化を重ねたその一撃に、額が弾かれ、ぐらりと首が後ろへ傾ぐ。しかし、虫姫は、これといった苦悶の声も上げずに、いまだ笑みを浮かべたまま、ゆらりと立った。セレスタのライフルがそこを狙い・・・・けれど、ひらりとワンピースがひるがえったかと思うと、ライフル弾は虫姫の脇を通り過ぎていく。「La―La―La」と、いつものように歌い始める。無聊を弄ぶように、悠然と。嘲るように、傲然と。
「・・・・綺麗な歌声ね。・・・・その声、貴女が人に害を為す存在でなければもっと聞いていたかったけど・・・・」
言葉が終わるよりも早く、真白の身体が踊った。同時、
「容赦はしない・・・・今はただ目の前の敵を打ち破るのみ!」
ファブニールも飛び掛る。細身の剣『グラジオラス』で突きかかった。シュッと、ワンピースと皮膚を浅く切る。その攻撃の影、そちらへ虫姫が注意をやった死角から真白が二段撃を力の限り放つ。機械剣「ジュピター」の金色の光がまばゆく輝き、血桜の薄い朱色が血しぶきのように舞った。雪が舞うように、蝶が舞うように、踊るような連撃が虫姫を襲った。一撃、二撃、三撃を食らい、しかしそこから先は二回に一回は避けていった。近距離、隙の無いかに見える連撃の、かすかな隙を、笑みを浮かべたまま虫姫は縫った。
とん、と虫姫は後方へ飛ぶ。右手を上へ掲げた。そうして、パチン、と指を弾く。触手の先、鉤爪の下あたりから、なにか小虫が飛び出しているようだった。ぼんやりと薄い明かりが辺りを照らす。周囲を飛びまわる、光を放つ虫の群れ。・・・・蛍? それに気づいたのは、誰が最初であったか。
「・・・・firefly」
虫姫は片手を広げた。カウント5の知らせであった。
●血戦
A班の足元で、黄金のカブトムシが倒れていた。
遠距離攻撃を受けた後、黄金カブトの裏にいたため被害を免れた希明の、初手と同じ弾頭矢と強化による攻撃で飛ぶところを落とし、純平が痺れさせたところで大地が機械剣aで節足を執拗に狙い、二本ほどを切り落とした時点で、趨勢が決まった。
戦闘を終え、大地は活性化を行い、いくらかの生命力を回復する。そんな中、B班の報告があった。虫姫と接敵したと。その報告に、そちらへとA班は向かう。途中、C班と合流した。まだ息が荒く、戦闘を終えてすぐだと察せられた。
C班もまた、黄金のカブトムシを下していた。優が声をかけあって連携を重視し、前衛の朝と優の二人が急所突きや流し切りを交えて牽制と陽動に徹し、フェイスのスキルで強化したエネルギーガンで的確に倒しにかかった。疲労はあったが、連携のお陰か生命力の減りはさほど多くは無かった。
「来てはいけません!」
B班が見えたかと思ったとき、ファブニールが叫んだ。なんのことかわからず、A、C班ともに立ち止まる。が、それだけではいけなかった。
「離れ・・・・!」
ふわりと、光る虫が周囲を包んだ。
「・・・・0」
爆炎が、フロアを呑みこむ。一匹の蛍の爆発に連鎖して、飛び回る蛍のすべてが小爆発を起こした。一匹一匹は小さくとも、一フロアを埋め尽くすほどの数である。全班、爆発に吹き飛ばされた。強烈な光と轟音により、感覚も麻痺し、立ち上がるのにも時間がかかった。その間、虫姫は追撃をかけることもなく、微笑を浮かべて十人を見つめていた。
(・・・・歌って・・・・ない?)
朝は掠れた視界、キィィンと響く聴覚の中、歌うことしかしていなかった以前の虫姫と、現在との様子の違いに疑問を抱いた。今の攻撃とともに、警戒心を強める。
「直接は遭遇していませんが、聞いていたのとは印象が違いますね。以前のように何かを寄生させたのでしょうか?」
復帰するなり、優は冷静に言った。態勢を立て直しながら、続きを心の中でつぶやく。
(けれどサイレンス、奴はアレをキメラと言っていた。キメラにキメラを寄生させるメリットは思考でしょうか、仮に違っても頭部は完全に破壊した方が良さそうですね)
間近で受けたファブニールや真白も回復していく中、ようやく、虫姫は、とっ、と地を踏んだ。一歩近づいてくる。ワンピースの裾から伸びる触手がうねった。
「創られたおまえに罪はない。・・・・だがおまえは血も涙も流させ過ぎた。――ここで終らせる」
宣言とともに、大地が駆ける。同時、前衛陣が虫姫へ刃を向ける。踊りかかる触手を、大地は銃で撃ち落すことで避けた。だが、落とし切れるものではない。鉤爪が引き裂こうと襲い掛かり、
「これで・・・・どう? 気持ち良過ぎて困るかしら?」
攻撃までの隙を突かせないよう、ケイのエネルギーガンが火を噴いた。急所突きで虫姫の動きを制限する。フェイスもこれに加わり、希明の矢も触手を撃ち落すなど援護に回る。
勢いづき、大地は虫姫が剣の間合いに入ると知ると、振りかぶってすれ違い様にスマッシュを打ち込んだ。どう避けたものか、かする程度となったが、そのまま駆け抜けて距離を離す。その一撃から繋いで、純平が強化手袋『クラッチャー』による打撃を放つ。が、これも避ける。しかし、その先で、ライフルからククリナイフに持ち替えたセレスタが、流し切りを放っていた。それでもなお、虫姫は薄皮一枚を裂かれるだけに留めた。その虫姫の両側から、優のソニックブームで伸びた刃と真白の機械剣「ジュピター」が飛ぶ。ゆったりとした優の動きに、回避行動を終え、真白の剣を虫姫は捌こうとした。
――錯覚を知る。
真横から、優の剣が伸びた。優のとったのは振り降ろしでは無く、セレスタと同じく流し切りの一手であった。当たったことを好機と、優は重ねて同じ攻撃を放った。真白と優の攻撃を、虫姫は直に浴び、お返しとばかりに、周囲を囲むものたちへ触手を伸ばした。無数のそれは、逃げることもあたわず、前に出ていたものたちを裂いていく。そうして、ひゅっ、と虫姫は後退した。
「・・・・firefly」
飛びのくように大きく後ろへ飛んだ。触手から、ぶわりと蛍型のキメラがあふれ出す。右の手を前へ差し出す。示すカウントは再び5。
十分な防御とて、間に合わない。
爆発。相も変らぬ威力であったが、それと知っていた分、さきほどよりは復帰が早い。・・・・が、
「・・・・firefly」
さらに、触手が震えて蛍を吐く。前に差し出すのは、両手。カウント10。
希明の弾頭矢が二射、放たれる。どちらも、鋭角狙撃で狙いを定め、強弾撃で強化している。手を前に出した格好のまま、虫姫の頭と胸が炸裂した。
再び、攻撃を行う。正面から大地がスマッシュを放ち、優が側面へ回って先ほどと同じくソニックブームと共に流し切りを放つ。
「・・・・さようなら。せめて黄泉路での幸を祈らせてもらうわ」
真白が刃を落とす。ファブニールやセレスタが続いた。目が利かないのか、もはや虫姫は避けない。
鋭角射撃と影撃ちを合わせたフェイスの弾丸が刺さり、純平のクラッチャーが肉を打つ。
朝の身体が赤いオーラに包まれた紅蓮衝撃。振り上げる『樹』を、そのまま急所突きで打ち込む。ふいに、虫姫の口元が見えた。
「Dreaming・・・・I・・・・dreaming・・・・」
ケイの最大限に強化されたエネルギーガンが、額を撃ち抜いた。虫姫の、少女の身体が、ふわっ、と宙を舞い、床へと横たわった。
●虫を孕む姫君
「・・・・死んで骸に還りな。ここはアンタの居場所じゃない」
息を引き取ったのを、希明が見取る。呼吸は無く、活動を停止しているようだった。
「人間がベースなら、彼女も元々は普通の・・・・」
セレスタが、ぽつりと言った。その先の句を、自身も、他の誰も継ぐことはしなかった。
「・・・・もういい。もう、歌わなくていいんだ・・・・」
大地が、動かない少女へ声をかける。真摯な彼ゆえ、悲哀をわがことのように感じているのかもしれない。
「この元凶・・・・許せるわけない・・・・」
ファブニールが、義憤に燃える。勝利を得たというのに、怒りばかりがあった。優は静かに、キメラが再び活動しないよう、その頭へ剣を向ける。
「待ちたまえ」
ふいに、低くかすれた、男の声がした。目を向ければ、いつ来たものか、サイレンスが立っている。傍らに人型のキメラを二体、控えさせて。
その姿に、希明が睨みながら、吼えた。
「・・・・今まで色んなヨリシロや強化人間を見てきたが、ここまで品もなければ芸もない奴はいなかったぞ?」
ギシリと歯をきしませ、左の顔を歪ませる。
「『出来損ない』のクソ爺が、てめぇの名前通り、一生沈黙させてやるよ」
冷えた怒りが、周囲に漂った。前回、寄生キメラが飛び出したことを知るものは、それに注意を払って、虫姫の骸のそばへ寄る。
「できれば、回収したいのだがね」
サイレンスは、杖をトン、と床へ響かせる。一匹、虫姫からキメラが飛び出す。間髪入れず朝が手を出し、それを捕えた。
寄生型キメラが、かまわず朝の手へともぐりこむ。しかし、朝はかまわずにナイフをそこへ突き刺した。「ぴっ」という音がして、キメラは動きを止める。
「その虫姫の体内に、寄生型だけで何体いるかわかっているのかね? キミらの身体がもたんよ」
呆れたように言うサイレンスへ、大地が赤いオーラを一際強く輝かせ、一言一言を静かに吐いた。
「・・・・てめえが求めるものは・・・・全て俺達が奪う」
サイレンスは目をつむり、しばし黙考した。そうして、笑いながら言う。
「わかった、それは差し上げよう。ふふ、カンパネラの研究所では、どのように扱うか、研究材料か、生命か、はたまた・・・・。なんにしろ、今の私には、虫姫など、どうでもよいのだ」
ずしん、と、地震のように大地が揺れた。「り・り・り・り・・・・」と、地の底から響くように、いや、実際に、地の底から無気味な声が響いていた。断続的な揺れに、キメラの改造を受けた元病院、虫城が崩れ始める。虫姫を回収し、建物からの脱出をはかる。サイレンスと傍らの人型キメラは、いつの間にか、そこから消えていた。
崩壊から逃れ、ジーザリオに乗り込んで町を突っ切った。町の出口を抜け、振り返ると、町を覆う繭のような糸たちが、ぶるぶると震えているのが分かった。もう、歌の聞こえない町から、目を離す。ジーザリオに乗せた虫姫の小さな唇が、車の揺れに、まるで、歌をつむぐかのように動いた。朝は、その唇に、最後に聞いた言葉を思い出す。来る前に、同じ車内でメロディを口にしたように、その言葉を訳して、言ってみた。
「夢を見ていた、ただ、夢を見ていただけ・・・・」
視界から、白い町が消えていく。そこにはもう、虫姫はいない。きっと、もう、どこにもいなかった。虫姫という長い悪夢は、この日、世界から消えた。