タイトル:【虫姫】ブレードランナマスター:ジンベイ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/09/02 09:46

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


●刃の主
 ――喰え! 喰え! 喰え!
 キメラの進攻により濃厚な血の臭いが漂う、高知県の港町。崩れた瓦が無残に散らかり、家や道に刺さる。
 肌を舐める火を振り払い、キメラの脳天を叩き割る。
 硬質な鱗をまとった、人間のような外見。鋭利な刃が、次々とキメラを食らっていく。
 右目がうずいた。
 風景に、赤が入っていた。自分の目がそうなのか、実際に、血で染まっているのか。
 キメラを倒した我が手を見ながら、一人生き残った人間へ振り返る。
「ひっ……」
 目を向けると、少女は怯えた。
 周囲には、大量の蛾やムカデのキメラの死体。腕から生えた刃が、その血で刀身を汚している。
 燃える家並み。崩れるビルディング。襲ってくる無数の化け物ども。
 その中で少女が生きているというのは、奇跡という表現で済ますには、すこし足りない。
 助けたものがいるからだ。
 そうだ、俺は、彼女を助けたのだ。俺は、正しかったのだ。
「いやぁっ……」
 少女は、刃の主から後ずさりした。キメラの一匹を見つめるように、自らを殺すものに脅えるように。
 なぜ逃げる。同じ人間ではないか。
 思うも、言葉は、届かない。刃の主は、首を振った。なにかを否定するように。
 俺は、人間ではないのか?
 あの虫を手に入れた、瞬間から。
 ――現実が理不尽だとは感じないか。
 あいつは、虫を見せながらそう言った。

「現実が理不尽だとは感じないか。能力者に選ばれなかったのが不服ではないか。
 目の前で親しい人がキメラに襲われても、FFさえ貫けないことを不条理だと思わないか。
 なんの意味もなく、ただ食われることを、悔しいとは思わないか。
 ……なにも、答える必要はない。キミがそれらを許さないのなら、これを受け取るといい」
 ムカデとナメクジのあいの子のような、気色悪い虫を、あいつは渡してきた。
 考える余地もなかった。畜生風情がのさばり、それに怯えて暮らすのは、嫌だった。
 家族がいて、友人がいて、好きな女がいた。
 だから、考える余地は、なかった。
 ずしゃっ、ぐちっ、ぐちゅっ……と、右目を虫に喰われ、寄生され、俺は変わった。
 並のキメラなど、相手にもならない力を手に入れた。
 皮膚は硬く変質し、鱗のように身体を覆う。腕から刃が生え、FFを容易く切り裂く。
 強くなった。強くなったのだ。

「キメラ……」
 少女は、目に涙をためて、俺を見つめて言った。
 すりむけた膝から、じわりと血が浮かんでいた。恐怖に、やわらかそうな肉が震える。
 ――喰え! 喰え! 喰え!
 右目が叫ぶ。足を踏み出せば、少女は失神しそうなほどに目を見開き、固まる。
 衝動的な、滾りを覚えた。
 薄い皮膚に、歯をつきたて、その肉と血潮を飲み下す夢想に、いいようのない恍惚を感じた。
 指が、伸びる。
 ――違う!
 理性が吼えた。
 ――違う!
 刃を自らに突き立てる。鮮血が飛び散り、少女に降りかかった。
「違う! 違う! 俺は、キメラなんかじゃない!」
 叫び、駆け出した。その声は、獣の雄叫びによく似ていた。

●切り裂きキメラ?
 キメラの進攻を許した地域へ、軍部の小隊が偵察に来ていた。
 未確認ではあったが、生き残りの少女の言葉から、強化人間か人型のキメラがいるという。
 ――たまらねえなぁ。
 ぐちゃぐちゃに潰れ、不快な臭いに満ちている町を見ながら、兵は心のなかでつぶやいた。
 キメラにしろ強化人間にしろ、FF持ちの敵など、相手にしたくはない。
 瓦礫を踏み、キメラがいないのを確認しながら、進んでいく。言われた地点まで観察したら、とっとと帰ってしまいたい。
 ――んん? 人影?
 ふいに、何十メートルかというあたりで、人間がいるという報告を受ける。
 直後、悲鳴が響いた。
 雷鳴のような絶叫とともに飛んできたのは、報告をした男の腕だった。宙をふわりと、羽でも生えているかのように飛んでいく。
 銃撃音が響いた。ばらけずに火力をまとめ、高速移動する何者かが、どこから来ようと必ず当てていく。
 ――弾くのかよ!?
 撃った弾は、あちこちへ跳弾する。
 硬いというだけではない。FF持ちだ。キメラか強化人間。その証拠のように、十分な距離を、文字通り瞬く間につめてくる。
 血が、飛んだ。
 同僚が切られていく。人相は、マスクで分からない。装甲だらけの身体で、右の腕に九十センチほどの刃があった。
 浮遊するように、崩れた町の足場の悪さをもろともせず、目前に現れた。
 拳銃を抜く。あっさりと、断ち切られる。
 ばら撒かれる拳銃の部品。硬質なマスクの顔の部分、薄く透明なそこに、人の顔があった。
 ――違う。
 その口が、そのようにつぶやいている気がした。
 左腕につかまれ、投げ飛ばされる。コンクリートにぶち当たり、肺から息が漏れた。
 キメラか強化人間か、どちらか知れないものは、そのままどこかへ駆け去っていった。
 本部に報告する。たしかにいたということと、とっとと医療班を回せという内容だった。
 ――たまらねえなぁ。
 煙草に火をつける。肺が傷ついているのか、咳と共に血が出た。

●依頼通達
「こんにちは、オペレータのメリィです。状況をお伝えします。
 愛媛城以南の町で、キメラの小規模な攻撃がありました。生き残りの少女から、新種のキメラか強化人間らしき生体の情報が出ています。高速で動き、刃物を扱うらしく、現地へ赴いた軍部の小隊の兵は、重傷、または死亡しております。そのため、手に負えず、こちらへ依頼が回ってきたようです。
 ただでさえキメラが居座っている地域です。どこにキメラが残っているかわかりませんから、挟撃や包囲などにも注意して探索してください。
 それでは、幸運を」 

●参加者一覧

伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
優(ga8480
23歳・♀・DF
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
火渡 鉄次(gb7981
36歳・♂・EL

●リプレイ本文

●C班
 違うって、言ってた。

 優(ga8480)は、焦げ臭さと潮のにおいの混じった風に、結んだ黒髪をはたはたと揺らし、町の生き残りという、少女の言葉を思い出していた。
 違うと、そう叫びながら、自らを傷つけた。その外観はキメラのようであったという。考えるだけで憂鬱なことではあったが、それはつまり、
「少女の話を聞く限り、キメラに寄生された人間の可能性が高いですね」
 黒い瞳を、山崎・恵太郎(gb1902)へ向けた。恵太郎は頷くと、イヤリングを指先で軽くいじり、
「高知での一件が終わったと思ったら・・・・」
 高知城での防衛線を思い出しながら、難儀そうに言った。
「四国でのバグアの活動が活発になりつつあるんだろうか」
 そうかもしれない、と優は思う。そもそも、まだ、あの虫姫は、この地に居座り巣を繕っているようでもあった。
「ともかく、今回は強化人間と思われる敵が相手だ。注意を怠らないようにしなければ」
 自分に言い聞かせるような恵太郎の言葉に、優もコクリと首を動かす。
「全力で排除します」
 砕けた道路を踏みながら、優は続け、
「仮に人であったとして「彼」の自我が残っているとしても、「奴」が敵であることに変わりありません」
 決然と、遠くを見つめた。風が吹き上がる。どこかから、血の凝ったような生臭いにおいがした。
 優も恵太郎も、黒髪を風になびかせた。潮のにおいが微かに混じっている。ぽつりと、恵太郎は言う。
「バグア相手に話は通じないだろうけれど、前回の高知での一件と今回の件、何かかかわりがあるかもしれない。もし意思疎通が図れるなら、何か話を聞いてみたいものだけれど」
 区切って、崩れた町並みを見渡す。
「・・・・あまりあてにはならないかな」
 つぶやいて、無線機を取り出した。他の班と情報を交換する。まだ、どこも見つけていないようだった。
 優は、チラとプロミスリングへ目を向けた。補修を重ねたボロボロのそれを見つめる、その瞳には、穏やかならざる光が宿っていた。

●幕間
「いつまで、そうしているんのかな?」
 崩れかけた工場。錆びた鉄骨に囲まれたところに、一人の紳士の影と、うずくまる異形の姿があった。
「・・・・チ、が・・・・オレ・・・・チ・・・・」
 くぐもった、ひどく聞きづらい声が、わんわんと工場の中に響く。
「そうとも、キミはそこいらのキメラとは違う。身体能力も、なにより思考力がまったく違う。人間がもとである強みだな、これは」
「チガ・・・・ウ・・・・」
 ガクガクと、寒さに震えるように、巨体を揺らす。その様を、紳士は片眉をあげて、つまらなそうに見つめた。
 そこへ、ブブブブと、一匹のハエが飛んできた。紳士の周囲を飛びまわる。その回転に、「ほう」と声を漏らした。
「また、敵が来たようだ。もしかしたら能力者かもしれないね。この町が壊れるのを、ただ見守っていたものたちだ。あの軍人たちと同じかな。どう思う?」
「・・・・ッ」
「人がたくさん死んだのにね、キミの家も、学校も、友達も家族も、あの火に焼かれ、キメラに食われたというのに」
「ウ・・・・ア・・・・」
「ただ一人、少女を救ったのはキミだ。彼らは何をしたかな。町を焼かれるのをただ眺め、そして、キミを殺しに来た」
「・・・・ッッッ!」
「可哀想だ、涙が出る」
 気味が悪いほど、やさしく、紳士は語りかけた。
「いまのキミの力ならば、きっと、彼らに復讐することなど、容易いだろうが・・・・どうする?」
 言葉に、異形は立ち上がった。ゆったりとした立ち上がりからは、想像もできぬ速さで、疾風のように工場から飛び出す。
 町を破壊したのは、キメラだというのに。
 少女を保護したのは、軍だというのに。
 この紳士によって、復讐の対象が擦りかえられていることに、気づけないようにされているのだった。
 自分の思惑通り行動する人型キメラを、見送る紳士の顔からは、表情が消えていた。
「もっと好戦的な人間を選ぶべきだったかな。毎回、煽るのも面倒だ」
 パチン、と指を鳴らす。どこから入り込んだか、巨大なカブトムシが紳士の前に頭をたれる。あちこちからムカデがざわざわと這ってきた。
「データ収集には、この程度の加勢がちょうど良いかな。まあ、死んでしまっても、次の実験体を探せばよいだけだ」
 カブトムシの背に紳士が立つと、工場の中から飛び立つ。ムカデたちが町のあちこちへと四散していった。
 紳士は、宙へと上がり、仕立てのよいスーツに似合わぬ、下卑た目で町を眺めた。

●D班
「これは酷い。嫌な景色です」
 フェイス(gb2501)は、崩れた家の石垣に背を預け、つぶやいた。いつかの戦災を思い起こさせるような光景だった。それでも、目は閉じずに、往来を注意している。
「これは潜伏する場所も多そうです」
 出発する前に確認した地図と、セレスタ・レネンティア(gb1731)は現在の地形を頭の中で照らし合わせる。
 無線で位置を確認しあい、二人一組で四つにわけた班同士、フォローできる距離を保っていく。
「それにしても、軍の小隊が全滅とは・・・・厄介そうな相手ですね」
 唇を無線から離し、セレスタはチラと紫の瞳をフェイスに向ける。ふわりと撫でる潮風に、銀の髪がひたっと頬に張り付いた。
「・・・・」
 フェイスは後ろへ流した髪を、においのきつい風にさらし、遠くを見るように町の様子を見つめる。
(「強化人間? それとも」)
 軽く頭を振って、瞳をセレスタへ返し、
「どう転んでも、手加減などする余裕はないですよねぇ」
 虫型キメラ用にサプレッサーをつけた小銃「バロック」を構え、おだやかに言った。
 無線から声が響く。セレスタは指でフェイスに合図をして、もう数ブロック進むことにした。
 銀と黒の髪が、壁伝いに揺れる。青白い燐光と、赤い線が、それぞれの腕に浮かんでいた。
 ふいに、ムカデ型キメラが瓦礫の影から顔を見せる。
 相手が動くより早く、玩具のような軽い発射音と、排莢音のかん高い響きが連続する。
「いきましょう」
 動かなくなったのを確認し、ククリナイフへ指をやっていたセレスタへ、フェイスは声をかけた。
 射線から外れつつ、敵の攻撃に割り込める位置取りを心がけながら、セレスタは頷き、先行して通りを進んでいった。 

●A班
「・・・・人型か、厄介だな。強化人間やヨリシロの類なら、1〜2人じゃ遊び相手にもなれねぇ」
 長弓を手に、伊佐美 希明(ga0214)は窓ガラスの割れた郵便局の影で、ぽつりとつぶやいた。緋色の髪が覆う左の頬は、歪に骨格が突き出し、鬼の形相を表している。
 前衛を努める火渡 鉄次(gb7981)は、大剣「Roar Firedrake」を携え、瓦礫に埋もれる通路を眺めた。ショットガンとしても使える大剣の銃口が、風景を撫でていく。
(「人型・・・・人間型、か」)
 自らと同じような形をした敵のことを思いながら、赤い瞳は敵の潜んでいそうなあたりへ銃口を向ける。
 カサリ、と葉が音を立てた。希明は隠密潜行で気配を隠し、鉄次は虚闇黒衣を使用し、闇をまとって、建物の影へ入った。
 人型か?
 その疑問には、のそりと顔をだしたムカデのキバが応える。ヒュッという風切音とともに、瞬時に矢と弾丸がその身体に突き刺さった。
 無線から聞こえる声へ、希明は、ムカデは見えたものの、目標は発見できていないことを伝える。更なる返事に、どうやら、別の班でもムカデを見たらしいことを知った。
 妙な感じだ。高知城では、あれほど整然と撤退したというのに。
 紅の瞳が、一瞬、蒼穹を見る。なぜだか、誰かがそこにいるような気がした。

●B班
「朝?」
 ケイ・リヒャルト(ga0598)は、空を見上げる番 朝(ga7743)に声をかけた。一点をじぃっと見つめる青い瞳は、その内容をうかがい知れない。
「どうして、少女を生かしたんだろう」
 ぽつりと、朝は漏らした。独り言のようにも、質問のようにも聞こえた。
(「普通なら放っておかないよな」)
 朝は思う。少女一人とて、見逃すはずがない。いつかキメラに襲われたことを、かすかに思って、そう考えた。
 ぼんやりとしているように、ケイには見えた。何が見えるのか、空を見たままの朝の言葉を、考える。
 どうして、生かしたのか。
 良心でも、残っていたのだろうか。
 人だったころの。
(「強化人間・・・・それともキメラ? どちらにせよ、可哀相な存在ね」)
 透き通った白い頬の上へ浮かぶ、一際輝きの強いエメラルドが、思案の曇りを湛えた。
 無線が各地の情報を伝える。ケイがそちらへ注意をやるうちに、朝は、少年とも取れる中性的な面立ちを、ゆっくりと山へと続く砂利道へ向けた。
そちらには、工場が一つ、あるだけだ。
この世の果てまで見通すように、朝は工場の方向をじっと睨み、【OR】樹を構える。
髪が深緑へと変じて伸び、瞳が黄金色を灯らせた。
 覚醒。戦闘準備。
 その意味をケイが問う前に、
「・・・・来る」
 転瞬、烈風が走った。
 薄緑に輝く装甲。構えたままの【OR】樹が相手の刃と噛みあう。
 刹那、装甲の奥の目と、無表情な黄金の朝の瞳が合う。
 ――チガ、ウ
 装甲の中、人の名残のような唇が、つぶやいていた。
 直後、身体が宙を飛び、一瞬遅れて壁へ叩きつけられた。
 ハッ、と、肺の息が漏れる。
人型の化け物は、細身の刃が、巨大な朝の大剣を軽々と弾いて見せた。
膂力の違いだろう。土を掴む手が、じぃん、と、しびれているのを感じる。
「・・・・っ」
 無線を終えたケイはアラスカ454を構える。エメラルドの瞳がルビーに変わっていき、左の肩口に蝶の模様が現れる。
 45口径の弾丸が、FFを突き破って硬い装甲へ突き刺さる。装甲の流線型が凹み、歪みを持ち始めた。
 なにもなかったかのように、化け物は右腕の刃を掲げ、スプリンターのように足をたわませる。
 その足が、地を蹴る。
 振りかぶられる刃、しかし、風を切る矢羽の音が、一刻早く響いていた。
 化け物の顔を覆う透明な装甲が、刺さる鏃にヒビが入る。
 矢の放たれた方角、長弓を構える希明の姿があった。
「・・・・左顔が酷く疼く。似たような奴が居やがるな・・・・?」
 ヒビに、はらりと小さく割れた部分から、装甲に隠された顔がのぞく。キチキチと蠢く細かい触手が見えた。顔の右半分は、吐き気さえ催す奇怪さを湛えている。
「外敵なんて無い。戦う相手は常に、自分自身のイメージ・・・・」
 異形に、しかし手を緩めず、次の矢をつがえる。そこへ、朝へ向かっていた刃が、ひるがえって希明へと向けられる。
 闇が駆けた。
 キメラの移動を妨げるように、闇をまとったままの鉄次が前衛に出て、大剣「Roar Firedrake」を振りかざす。
 紅の刃が唸った。
 ショットガンの咆哮が轟き、その反発のまま化け物へ振り下ろす。
 頭部の装甲に刺さった。硬質な手ごたえが指を震わせる。
 だが、化け物は怯みもせず、大剣の柄ごと鉄次の腕をつかむと、横の林へ投げつけた。
 その隙を、ケイの弾丸が突く。一、二発を刃が捉え、囲いの外へと走り跳ぶ。
「ちっ、思ったより、よく動きやがるな」
 外から、希明のもとへと跳んだ。それと気づいて正眼に構えたイアリスと噛みあい、刃がチリリと火花を上げる。
 膂力の違いが出た。
 跳ね飛ばされる希明。ぶつかるもののないまま後方へと飛ぶうちに、靴底が地面を噛む。追撃を、鶺鴒の尾が如く剣先を揺らして相手の機を探る。
 再び囲いが出来始めていた。四人、さらに、この場へ向かっているものも加えれば八人。
「貴方は・・・・一体何者?」
 周囲を警戒する化け物へ、ケイは聞いた。
 強化人間ならば、もしかしたら、言葉で答えようもあったかもしれない。だが、その化け物は、ただ首を振ったように見えた。
 なにかを否定したのかもしれない。けれど、それは答えにはなっていなかった。
チガウ、と、さきほど唇の動きを捉えた朝が、重ねて問う。
「じゃあ君は何?」
 朝の髪は、茶色に戻っていた。感情の失せた顔は、再び表情を取り戻す。
 化け物は、次の行動にとたわめた足を、出せないまま、その場で固まる。
 答えはない。答えられないのかもしれない。それだけの知性が消えているのかも。
 ただ、止まった。それが返答ならばと、朝は重ねて聞いた。
「その姿も力も人間が持てるものじゃない」
 ――チガウ
 それでも、自分は人間なのだ。
 そう言ったのだろうか。たわんだ足は瞬時に伸び、瞬き一つの間に朝との距離を詰めていた。
 ケイの弾丸が装甲を叩く。鉄次が大剣をとって前に出る。
 瞬間、朝は横の林の中へと身を躍らせた。
「・・・・何でそんな力が欲しかったんだ?」
 朝の傍らを旋風が走った。夏草の群れが一撫でで飛び散り、木の数本が倒れていく。
 人型キメラは吼えた。
 獣のように、あるいは、泣き叫ぶ子供のように。
 慟哭にも似ていた。
 どうしてなのか、もはや分からないのかもしれないし、分かっていても、それを言葉にできないのかもしれない。
 目前を滑る刃をやり過ごし、朝はさらに淡々と問う。
「今やってるのも、したかったことなのか?」
 傍らの木が爆ぜた。土のにおいがムッと広がる。飛び散る土砂が、顔や服にかかった。
 化け物が、朝を見下ろしている。
 ――チガウ。
「もし、お前が本当に人間というのなら自分の意思をはっきり持て、そして自分を見失うな。お前が本当に人間であるなら斬りたくない」
 鉄次が言葉をかける。
 人間のつもりだったかもしれない。そうでなくても、人を食らうキメラなどとは、信じたくなかったはずだった。
 それでも、右目にはキメラがおり。
 彼の身体は、もはやキメラだった。
 ふいに、朝は、自分が捕食されようとしているのを感じた。化け物の目は、狼が兎を、鷹が魚を、キメラが人を見る目だった。
 唇を噛んだ。悔しかったのかもしれない。
「君の目撃者は子供だって聞いた。助けてくれたんだろ? ありがとな」
 言いながら、朝の顔から表情が消えていく。再び、瞳が黄金を帯び、【OR】樹を構える。
 キメラの瞳が揺れた。
 脅えたように後ずさりし、頭を左右に振る。
 少女のことを、思い出したのかもしれない。
「貴方は何が・・・・したいの?」
 ケイの問いに、キメラは叫んだ。
 ――違う!
 空を飛ぶように跳ね上がる。体当たりに、ケイの身体が後方に飛ばされる。瞬く間に、化け物はどこかへと走り去っていった。
 少しのためらいの後、ケイは無線機で、近くまで来ている他の仲間へ、連絡を入れた。するうち、なにかが這うざわざわという音を捉える。
 周囲を、ムカデのキメラが這いずっていた。各自武器を構える。
 目だけが、人型キメラの姿を追った。方角を知るためが第一だろう。他の理由があったとしても、それは個々に違うものだった。

●幕間2
「・・・・残念だ。ああ、まったくもって、残念だよ」
 駆け去る人型キメラへ、紳士は語りかける。その表情は冷め切っている。
「・・・・うあ、あ、ちが、ちがう・・・・おれ、は・・・・うぉ、れ」
「私の言葉だけを聞いておればよいものを。なぜ、あんな言葉に惑わされる。彼らは敵だというのに。キミはもはや、キメラだというのに」
 忌々しげに舌打ちし、自らの乗るカブトムシの頭を、ステッキで打った。
 キィィィン、と波紋のように音波が周囲へ広がる。
 途端、人型キメラが倒れこんだ。
 脳の奥へと、右目の虫が侵食していく。
「が、うぁ、あ、あ、はがあああああ・・・・・・!!」
 のたうつ姿を、冷然と見下ろす。
「残念だよ。次回に活かすため、寄生型のデータを、もう少し取りたかった。けれど、仕方ないな。少々、予定を早めよう」

●ブレードランナー
「こちらセレスタ、対象を発見しました・・・・ポイントは・・・・」
 家並みを、烈風が駆ける。
 道をふさぐように沸いていたムカデ型に慣れた目が、数瞬遅れて姿を見た。
 視認するには早すぎる。それでも瞳が追いながら、無線機で情報を伝達する。トランシーバへ、チラと意識をそらした。
 刹那、烈風が、頬を打つ。
 品定めをするような瞳と、目が合った。
「くッ・・・・」
 風を巻いて刃が飛来する。接近と同時、反射的に抜き去ったククリナイフが刃を受ける。
 受ける、というには、刃の膂力は強力すぎた。
 後方へ跳ね飛ばされる。そうしなければ、ナイフごと押し切られていたであろう。
「フェイスさん、援護を・・・・!」
 隠密潜行でうかがっていたフェイスの小銃「バロック」が火を噴く。
 攻撃後の隙を、影撃ちによって貫いた。
 連続して弾丸の突き刺さる装甲。硝煙が香り、キメラはかすかに態勢を崩し、フェイスへ目をやる。
「こちらセレスタ、対象と交戦中・・・・! ポイントは・・・・」
 セレスタが無線へ叫んだ。クソメタルP38を抜く。フェイスは牽制程度の射撃を行う。
 フェイスへと、キメラが迫った。
 弾丸の痛みも振り払い、猪のように突き進む。まぶたを一つ動かす合間に、左腕がフェイスをつかみ、地面に投げ倒す。
 一連の行動が、早すぎた。
 額へ刃が伸びる。
 転瞬、衝撃波が駆けた。
 横合いから伸びるソニックブームの一撃に、人型キメラは態勢を崩し、受身を取るように地面を転がる。
 優が、片刃の直刀、月詠を手に、漆黒の瞳をキメラへ向けていた。
 振り下ろしの動きゆえか、浮いた長い髪が、ふわりと背に戻っていく。
 その髪が降りきらぬうちに、ひらりと刃が返る。
 ステップを踏むように足が動いた。正面からずれ、側面より刃が走る。
 流し切りの一手。刃持つ右腕の間接へと、容赦のない刀刃の一撃が流れ込む。
 切っ先が、肉を噛んだ。
 血が舞う。よりも速く右の腕はくるりと返り、腱を切るには至ってないことを示す。
 月詠が跳ね上がった。
 キメラの右腕の刃が、勢いよく打ち上げたのだ。
 優は刀だけでなく、腕もそれに引きずられて頭上へと向かう。
 そのまま振り下ろし・・・・などができたらよいが、先の一撃に使った体重は、いまだしっかりと足に残っている。
 上半身の力だけで刀を振れば、威力は劣り、態勢はさらに崩れる。そも、頭上へ向かう力は消えていない。一瞬では、振るどころか下ろすことさえ難しい。
 だから、優はキメラに対して、そのまま身体をさらすことになった。
 左の拳が腹へ伸びる。装甲の硬さが筋肉を突きぬけ、臓腑まで響いた。
 上に払った刃を、次の一手でキメラは振り下ろすだろう。優とて、そのまま食らいなどしない。
 痛みはあった。しかし、それは痛みがあるというだけだった。
 苦しみを表情に上らせず、冷静に月詠で受ける位置と威力を殺す受け方を割り出す。
 構える。打撃による体幹のずれから、数瞬の遅れを取ると判断。衝撃を覚悟する。
 瞬間、AU‐KVの駆動音が響いた。
 恵太郎のAL‐011「ミカエル」が脚部をスパークさせ、竜の翼を使って猛スピードで突っ込む。前面にエンジェルシールドを出し、そのまま体当たりを決めた。
「天使突っ!」
 横合いからぶち当たると、そのままゲイルナイフを突き出す。恵太郎のAU‐KVの全身が、バチッとスパークした。
 ネーミングはさんざんであったが、優に刺さる刃は逸れ、逆に恵太郎のナイフがキメラに突き立ち、ガキッと硬い音が響くと同時、錬力が流れ込む。
 キメラが吹き飛んだ。
 竜の咆哮による一撃である。跳ね飛んだキメラは、左腕を地面につきたて、土煙をあげながら止まった。
 しゅうっ、と、キメラの砕けた装甲から、呼気が漏れる。うかがえる右の顔は、もはや見るに耐えなかった。千の蛆が、皮膚の下も上も這い回った跡とでも言えばよいか。
 瞳のある場所には、小さな複眼のようなものがいくつも突き出ていた。視界を広くでもするのか、そのどれもが、それぞれに違った方角へキョロキョロと目を向ける。
「あれは・・・・バグアの手が入ってますか。意識はあるんですかね」
 フェイスはバロックからエネルギーガンに持ち替えながら、キメラを眺めてつぶやく。
 背を曲げ、肩が荒く上下していた。息を整えるという意識がない。いまにも飛び掛らんというばかりの風情は、獣のそれだった。
「攻撃をそらします。そこを狙ってください」
 優が言った。
 セレスタもナイフからライフルへと持ち直し、フェイスと共に火力を集中させようと狙う。
 一歩前に出た優へ、キメラは刃をかかげる。
 足がたわんだ。
 転瞬、目前に迫る。耳が地を蹴る音を聞くよりも、目が捉えるほうが早いとさえ思えた。
 刃と刃が噛みあう。
 移動の衝撃が、そのまま月詠の刀身へ、斬撃の重みとなって加わる。たちまち足が地面を滑った。摩擦に、もうもうと砂ぼこりが舞い上がる。
 弾き飛ばされながら、それでも、刃を流す。直進へ向かっていたエネルギーが、薄れながら横へそれた。
 セレスタのライフルが射撃音を放つ。よどみない動作で、装弾数を撃ちつくしていく。
 合間を、フェイスのエネルギーガンが放たれる。鋭角狙撃で、特に脆そうな部分を狙い、こちらも撃ち続ける。
 装甲が跳ね、非物理攻撃にキメラが苦悶の雄たけびをあげる。もうもうと煙が立った。無論、視認できないほどの火力ではない。
 セレスタの紫の瞳が、砕けた装甲の中、人の名残を見せる、無気味な肉体を見た。左の顔が、恐怖に引きつっているかのようだった。
 それは死を恐れるというよりは、キメラに成り果てる自分を恐れるようだった。
「あなたは、その力で、何をしたかったんですか・・・・?」
 フェイスは問うた。そうせずには居られない、有様だった。
 答えの代わりに咆哮が轟いた。セレスタたちへ向かうよりも早く、恵太郎がさきほどと同じようにしてキメラを弾く。
 だが、隙をついたさきほどとは違う。受けた衝撃に、しかしキメラは態勢を崩さず、そのまま恵太郎へ刃を振り下ろした。
 AL‐011「ミカエル」は、前にかざしたエンジェルシールドで受けきることはできず、今度は逆に後方へ弾き飛ばされた。
 人の体重と機械の体重は違う。それをなお吹き飛ばす膂力は、いかほどか。
 追撃の刃光が、昼の日にキラリと瞬いた。
「おイタが過ぎるわね・・・・坊や?」
 横合いから、アラスカ454と拳銃「黒猫」の弾丸がキメラへ飛んだ。
 二連射、加えて影撃ち。立て続けに装甲の剥がれてきた身体へ突き刺さる。二挺を構える弾丸の主、ケイは真紅の瞳を向けながら、加虐的な笑みを浮かべた。
 まといつくムカデを倒しきり、別班が到着したのだ。
「・・・・」
 勢いの衰えた刃を、恵太郎へ向かうよりも早く、朝が大剣で受ける。
 弾き飛ばされない。振り切ることのない刃に、そこまでの力はなかった。衝撃に身体が沈む。じくりと手首が痛んだ。
 朝はまったくの無表情で、急所突きの一撃をキメラへ放つ。
 装甲の砕けた顔面に叩き込む。鼻骨がへこみ、キメラはたたらを踏んだ。めちゃくちゃに刃を振り回す。
 矢が、その右腕に突き刺さった。長弓を構えて、希明がじっ、と赤の瞳で弱っている点を見つめる。
 再び、矢が飛んだ。同時に振るわれる、鉄次の大剣。
 突き刺さった。キメラが叫ぶ。
 八人の囲みの中、吼え声が轟く。右目が蠢いた。顔の全面が歪み、両の目が炯炯とした赤い複眼と成り果てる。
 バッタのように屈んだ足を跳ね上げた。
 高く、人の背など軽く越えられるほど飛び上がった。セレスタのライフルがそれを撃ち落そうと狙う。
 目が、セレスタを見た。
 転瞬。キメラは猛然とセレスタへ刃を振り下ろす。太陽を背にした上空からの一撃。
「鉛の飴玉でも食らってなさい」
あまりにも、無謀すぎる攻撃だった。
 ケイ、フェイスの弾丸や希明の矢が、宙で交差した。キメラの身体に刺さる。落ちてくるところを、優が二連のソニックブームで狙い、さらにまた、流し切りを重ねて翻弄する。
 キメラの間接が、血に濡れていく。
 セレスタはひるんだキメラに、持ち替えたククリナイフで流し切りを放った。射線を意識して身体を動かす。
「・・・・」
 朝が、大剣を振り上げた。
 豪破斬撃に、形見の大剣『樹』が淡い赤を帯びる。うぞうぞと動く右目へ、質量をそのままに振り下ろした。
 ひくり、と腕が動く。
 それだけだった。
 手に一撃の余韻が残っていた。なんとも言えない感触。
 ふと顔を見る。人の名残もない顔なのに、それでも、壊れた表情の中、つぶられた目を見ると、なぜだか、安らかに見えた。


●開発者
 ケイが鎮魂歌を歌っていた。肩ほどの、艶やかな黒い髪が、潮風にはらりと揺れる。
 安息がありますように、救いの光が照らされますように。
 鎮魂歌の主意は、そのようなものだった。喉が震える。ケイは声を張った。
「Kyrie eleison・・・・・・・・Kyrie eleison・・・・」
 憐れみたまえ、憐れみたまえ。
 宗教を越えた思いだった。死者を悼む詩だった。
 ケイの目が、キメラに成り果てた人間の姿を捉える。透明感のある声が、あたりへ響き渡った。
「この方はやはり強化人間なのでしょうか・・・・?」
 同じく死体をながめて、セレスタが独り言のようにつぶやいた。歌の中、銀色の髪が落ち始めた陽にキラキラと輝いた。
 望んでなったようには、あまり思える行動ではなかった。それでも、仲間の話を聞くに、人がベースになっていなければ、起こらなそうなことばかりだ。
 かたわらで、紫煙がくゆる。セレスタの紫の瞳を、フェイスはちらりと横目で受け、 煙草の煙を一度吸い、
「彼は想いが強すぎたんでしょうか。人のままでも、出来る事はあった筈なのに」
 そう言いながら、煙を吐いた。死体の元の人間は、キメラにならなければ、力がなければ、できないことがあると、思い込んだのかもしれない。
「力の在り方は心に宿る。・・・・だから人は人でいられる。単に暴力に頼って倒しても、それはバグアと何も変わらない・・・・。倒す為に戦うんじゃない。人としての在り方を守る為に戦っている」
 希明は、同じく死体を見ながら、そうつぶやいた。過去のなにかを思い起こしたのか、眉根が寄り、渋面となっていた。
「・・・・こんな忌まわしい力を背負うのは、私達だけでいいんだ」
 まるで、キメラへ、語りかけるようだった。無論のこと、返答はない。当然のこと、それを期待した言葉ではなかった。それでも、伝えてやりたかったのだ。
 粛々と歌が進んでいく。
 それを、AU‐KVを脱いだ恵太郎は見つめていた。聞こうとして、聞けなかったことを思う。
 分かっていたことではあった。あてにもしていない。あの虫姫と、なにか関連があるのか、結局、それがわからないままだ。
 スタイリッシュグラスをかけなおす。それを通しても、目の前の光景はなにも変わらなかった。
 一人たたずむ鉄次は、すこしばかり物思いに耽っていた。
 撃破して、楽にしてやることしかできなかった。せめて、研究所にいくしろ、撃破するにしろ、自分で決めさせてやりたかった。それを応援したかった。
 茶褐色の肌へ、陽がさんさんと注いだ。潮風のにおいが、鼻をくすぐる。そんな情緒が、おそらくは、この町の人間であろうキメラとなった者の過去を偲ばせた。
(俺も適性なかったら受け入れた・・・・かな)
 キメラに憑かれた人間の姿に、朝はいつかの自分を見た。
 親友の動物たちと祖母を殺され、復讐に身を焦がし、力を欲したころ。力が手に入らなかったら、もしかしたら、この人間と同じことをしたかもしれない。
 歌が終わり、優がキメラの死体を、弔いのために軍へと運ぼうとする。運搬の車は呼んでいた。持ち上げ、キメラの姿を見て、
「人に寄生する虫型キメラ・・・・胸糞悪いですね」
 心底から嫌悪するように、優は言った。歌を終えたケイが、死体の運ばれるのを見守る。
 そのときだった。
 パチ、パチ、パチ、パチ・・・・。
 ゆったりとした、乾いた拍手が響いた。
 能力者たちの目が、いっせいにそちらへ注がれた。道の向こう、逆光に伸びる無気味な影が一つ、ある。
「歌など、どれほどぶりか。悲鳴や怒号ばかりの生活だったからね。よいものが聞けた、ありがとう」
 ソフト帽を傾け、男は礼を示す。紳士然とした態度に、身だしなみも整っている。
 それなのに、無気味だった。なにか、ボタンを掛け違っているような違和感を与える男だった。
「申し遅れた。私は、キミたちが戦った、そこの寄生型キメラや、高知城を襲った、キメラ『虫姫』の開発者、サイレンスだ。よろしく頼む」
 ステッキを大地に突きたて、男は言った。
 ひどくあっさりと、敵である能力者たちへ、バグア側であると明かした。
 それも、今回の騒動の、大本でさえあると。
 そこまで来て、反応の鈍いものなどいない。各々瞬時に武器を構え、サイレンスを狙った。
「まあ、待ちたまえ。私はただ、それさえ回収できればよいのだ。ほら、来い」
 ステッキが地面を打つ。妙な音が響いて、人型キメラの右目がボコリと盛り上がる。次の瞬間、なにかが飛び出し、サイレンスの手に渡った。
 能力者を、死者を、舐めきった行動だった。
 攻撃が放たれる。しかし、どこからか何匹もカブトムシが現れ、サイレンスを守るように、その外皮を見せ付けた。
「それでは失礼するよ。忙しい身なのでね」
 再びソフト帽をあげて礼をし、カブトムシに乗り、いくつもの虫型キメラに守られて、飛んでいった。
 それを見送る。後には、キメラの抜けた、人間の死体が残った。
 サイレンスは、死体となったこの人へしたのと同じように、虫姫を使って町を襲い、いくつもの人体実験を重ねるのだろう。
 運搬車が、町を駆けていく。ケイが、また歌を歌った。ただ実験に使われ、操られ、そして捨てられた、死体の人間へ捧げる。
「Kyrie eleison・・・・・・・・Kyrie eleison・・・・」
 彼を憐れむのと同じだけ、サイレンスへの憎悪が、増していくような気がした。
 憐れみたまえ、憐れみたまえ・・・・。