●リプレイ本文
●C班
違うって、言ってた。
優(
ga8480)は、焦げ臭さと潮のにおいの混じった風に、結んだ黒髪をはたはたと揺らし、町の生き残りという、少女の言葉を思い出していた。
違うと、そう叫びながら、自らを傷つけた。その外観はキメラのようであったという。考えるだけで憂鬱なことではあったが、それはつまり、
「少女の話を聞く限り、キメラに寄生された人間の可能性が高いですね」
黒い瞳を、山崎・恵太郎(
gb1902)へ向けた。恵太郎は頷くと、イヤリングを指先で軽くいじり、
「高知での一件が終わったと思ったら・・・・」
高知城での防衛線を思い出しながら、難儀そうに言った。
「四国でのバグアの活動が活発になりつつあるんだろうか」
そうかもしれない、と優は思う。そもそも、まだ、あの虫姫は、この地に居座り巣を繕っているようでもあった。
「ともかく、今回は強化人間と思われる敵が相手だ。注意を怠らないようにしなければ」
自分に言い聞かせるような恵太郎の言葉に、優もコクリと首を動かす。
「全力で排除します」
砕けた道路を踏みながら、優は続け、
「仮に人であったとして「彼」の自我が残っているとしても、「奴」が敵であることに変わりありません」
決然と、遠くを見つめた。風が吹き上がる。どこかから、血の凝ったような生臭いにおいがした。
優も恵太郎も、黒髪を風になびかせた。潮のにおいが微かに混じっている。ぽつりと、恵太郎は言う。
「バグア相手に話は通じないだろうけれど、前回の高知での一件と今回の件、何かかかわりがあるかもしれない。もし意思疎通が図れるなら、何か話を聞いてみたいものだけれど」
区切って、崩れた町並みを見渡す。
「・・・・あまりあてにはならないかな」
つぶやいて、無線機を取り出した。他の班と情報を交換する。まだ、どこも見つけていないようだった。
優は、チラとプロミスリングへ目を向けた。補修を重ねたボロボロのそれを見つめる、その瞳には、穏やかならざる光が宿っていた。
●幕間
「いつまで、そうしているんのかな?」
崩れかけた工場。錆びた鉄骨に囲まれたところに、一人の紳士の影と、うずくまる異形の姿があった。
「・・・・チ、が・・・・オレ・・・・チ・・・・」
くぐもった、ひどく聞きづらい声が、わんわんと工場の中に響く。
「そうとも、キミはそこいらのキメラとは違う。身体能力も、なにより思考力がまったく違う。人間がもとである強みだな、これは」
「チガ・・・・ウ・・・・」
ガクガクと、寒さに震えるように、巨体を揺らす。その様を、紳士は片眉をあげて、つまらなそうに見つめた。
そこへ、ブブブブと、一匹のハエが飛んできた。紳士の周囲を飛びまわる。その回転に、「ほう」と声を漏らした。
「また、敵が来たようだ。もしかしたら能力者かもしれないね。この町が壊れるのを、ただ見守っていたものたちだ。あの軍人たちと同じかな。どう思う?」
「・・・・ッ」
「人がたくさん死んだのにね、キミの家も、学校も、友達も家族も、あの火に焼かれ、キメラに食われたというのに」
「ウ・・・・ア・・・・」
「ただ一人、少女を救ったのはキミだ。彼らは何をしたかな。町を焼かれるのをただ眺め、そして、キミを殺しに来た」
「・・・・ッッッ!」
「可哀想だ、涙が出る」
気味が悪いほど、やさしく、紳士は語りかけた。
「いまのキミの力ならば、きっと、彼らに復讐することなど、容易いだろうが・・・・どうする?」
言葉に、異形は立ち上がった。ゆったりとした立ち上がりからは、想像もできぬ速さで、疾風のように工場から飛び出す。
町を破壊したのは、キメラだというのに。
少女を保護したのは、軍だというのに。
この紳士によって、復讐の対象が擦りかえられていることに、気づけないようにされているのだった。
自分の思惑通り行動する人型キメラを、見送る紳士の顔からは、表情が消えていた。
「もっと好戦的な人間を選ぶべきだったかな。毎回、煽るのも面倒だ」
パチン、と指を鳴らす。どこから入り込んだか、巨大なカブトムシが紳士の前に頭をたれる。あちこちからムカデがざわざわと這ってきた。
「データ収集には、この程度の加勢がちょうど良いかな。まあ、死んでしまっても、次の実験体を探せばよいだけだ」
カブトムシの背に紳士が立つと、工場の中から飛び立つ。ムカデたちが町のあちこちへと四散していった。
紳士は、宙へと上がり、仕立てのよいスーツに似合わぬ、下卑た目で町を眺めた。
●D班
「これは酷い。嫌な景色です」
フェイス(
gb2501)は、崩れた家の石垣に背を預け、つぶやいた。いつかの戦災を思い起こさせるような光景だった。それでも、目は閉じずに、往来を注意している。
「これは潜伏する場所も多そうです」
出発する前に確認した地図と、セレスタ・レネンティア(
gb1731)は現在の地形を頭の中で照らし合わせる。
無線で位置を確認しあい、二人一組で四つにわけた班同士、フォローできる距離を保っていく。
「それにしても、軍の小隊が全滅とは・・・・厄介そうな相手ですね」
唇を無線から離し、セレスタはチラと紫の瞳をフェイスに向ける。ふわりと撫でる潮風に、銀の髪がひたっと頬に張り付いた。
「・・・・」
フェイスは後ろへ流した髪を、においのきつい風にさらし、遠くを見るように町の様子を見つめる。
(「強化人間? それとも」)
軽く頭を振って、瞳をセレスタへ返し、
「どう転んでも、手加減などする余裕はないですよねぇ」
虫型キメラ用にサプレッサーをつけた小銃「バロック」を構え、おだやかに言った。
無線から声が響く。セレスタは指でフェイスに合図をして、もう数ブロック進むことにした。
銀と黒の髪が、壁伝いに揺れる。青白い燐光と、赤い線が、それぞれの腕に浮かんでいた。
ふいに、ムカデ型キメラが瓦礫の影から顔を見せる。
相手が動くより早く、玩具のような軽い発射音と、排莢音のかん高い響きが連続する。
「いきましょう」
動かなくなったのを確認し、ククリナイフへ指をやっていたセレスタへ、フェイスは声をかけた。
射線から外れつつ、敵の攻撃に割り込める位置取りを心がけながら、セレスタは頷き、先行して通りを進んでいった。
●A班
「・・・・人型か、厄介だな。強化人間やヨリシロの類なら、1〜2人じゃ遊び相手にもなれねぇ」
長弓を手に、伊佐美 希明(
ga0214)は窓ガラスの割れた郵便局の影で、ぽつりとつぶやいた。緋色の髪が覆う左の頬は、歪に骨格が突き出し、鬼の形相を表している。
前衛を努める火渡 鉄次(
gb7981)は、大剣「Roar Firedrake」を携え、瓦礫に埋もれる通路を眺めた。ショットガンとしても使える大剣の銃口が、風景を撫でていく。
(「人型・・・・人間型、か」)
自らと同じような形をした敵のことを思いながら、赤い瞳は敵の潜んでいそうなあたりへ銃口を向ける。
カサリ、と葉が音を立てた。希明は隠密潜行で気配を隠し、鉄次は虚闇黒衣を使用し、闇をまとって、建物の影へ入った。
人型か?
その疑問には、のそりと顔をだしたムカデのキバが応える。ヒュッという風切音とともに、瞬時に矢と弾丸がその身体に突き刺さった。
無線から聞こえる声へ、希明は、ムカデは見えたものの、目標は発見できていないことを伝える。更なる返事に、どうやら、別の班でもムカデを見たらしいことを知った。
妙な感じだ。高知城では、あれほど整然と撤退したというのに。
紅の瞳が、一瞬、蒼穹を見る。なぜだか、誰かがそこにいるような気がした。
●B班
「朝?」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)は、空を見上げる番 朝(
ga7743)に声をかけた。一点をじぃっと見つめる青い瞳は、その内容をうかがい知れない。
「どうして、少女を生かしたんだろう」
ぽつりと、朝は漏らした。独り言のようにも、質問のようにも聞こえた。
(「普通なら放っておかないよな」)
朝は思う。少女一人とて、見逃すはずがない。いつかキメラに襲われたことを、かすかに思って、そう考えた。
ぼんやりとしているように、ケイには見えた。何が見えるのか、空を見たままの朝の言葉を、考える。
どうして、生かしたのか。
良心でも、残っていたのだろうか。
人だったころの。
(「強化人間・・・・それともキメラ? どちらにせよ、可哀相な存在ね」)
透き通った白い頬の上へ浮かぶ、一際輝きの強いエメラルドが、思案の曇りを湛えた。
無線が各地の情報を伝える。ケイがそちらへ注意をやるうちに、朝は、少年とも取れる中性的な面立ちを、ゆっくりと山へと続く砂利道へ向けた。
そちらには、工場が一つ、あるだけだ。
この世の果てまで見通すように、朝は工場の方向をじっと睨み、【OR】樹を構える。
髪が深緑へと変じて伸び、瞳が黄金色を灯らせた。
覚醒。戦闘準備。
その意味をケイが問う前に、
「・・・・来る」
転瞬、烈風が走った。
薄緑に輝く装甲。構えたままの【OR】樹が相手の刃と噛みあう。
刹那、装甲の奥の目と、無表情な黄金の朝の瞳が合う。
――チガ、ウ
装甲の中、人の名残のような唇が、つぶやいていた。
直後、身体が宙を飛び、一瞬遅れて壁へ叩きつけられた。
ハッ、と、肺の息が漏れる。
人型の化け物は、細身の刃が、巨大な朝の大剣を軽々と弾いて見せた。
膂力の違いだろう。土を掴む手が、じぃん、と、しびれているのを感じる。
「・・・・っ」
無線を終えたケイはアラスカ454を構える。エメラルドの瞳がルビーに変わっていき、左の肩口に蝶の模様が現れる。
45口径の弾丸が、FFを突き破って硬い装甲へ突き刺さる。装甲の流線型が凹み、歪みを持ち始めた。
なにもなかったかのように、化け物は右腕の刃を掲げ、スプリンターのように足をたわませる。
その足が、地を蹴る。
振りかぶられる刃、しかし、風を切る矢羽の音が、一刻早く響いていた。
化け物の顔を覆う透明な装甲が、刺さる鏃にヒビが入る。
矢の放たれた方角、長弓を構える希明の姿があった。
「・・・・左顔が酷く疼く。似たような奴が居やがるな・・・・?」
ヒビに、はらりと小さく割れた部分から、装甲に隠された顔がのぞく。キチキチと蠢く細かい触手が見えた。顔の右半分は、吐き気さえ催す奇怪さを湛えている。
「外敵なんて無い。戦う相手は常に、自分自身のイメージ・・・・」
異形に、しかし手を緩めず、次の矢をつがえる。そこへ、朝へ向かっていた刃が、ひるがえって希明へと向けられる。
闇が駆けた。
キメラの移動を妨げるように、闇をまとったままの鉄次が前衛に出て、大剣「Roar Firedrake」を振りかざす。
紅の刃が唸った。
ショットガンの咆哮が轟き、その反発のまま化け物へ振り下ろす。
頭部の装甲に刺さった。硬質な手ごたえが指を震わせる。
だが、化け物は怯みもせず、大剣の柄ごと鉄次の腕をつかむと、横の林へ投げつけた。
その隙を、ケイの弾丸が突く。一、二発を刃が捉え、囲いの外へと走り跳ぶ。
「ちっ、思ったより、よく動きやがるな」
外から、希明のもとへと跳んだ。それと気づいて正眼に構えたイアリスと噛みあい、刃がチリリと火花を上げる。
膂力の違いが出た。
跳ね飛ばされる希明。ぶつかるもののないまま後方へと飛ぶうちに、靴底が地面を噛む。追撃を、鶺鴒の尾が如く剣先を揺らして相手の機を探る。
再び囲いが出来始めていた。四人、さらに、この場へ向かっているものも加えれば八人。
「貴方は・・・・一体何者?」
周囲を警戒する化け物へ、ケイは聞いた。
強化人間ならば、もしかしたら、言葉で答えようもあったかもしれない。だが、その化け物は、ただ首を振ったように見えた。
なにかを否定したのかもしれない。けれど、それは答えにはなっていなかった。
チガウ、と、さきほど唇の動きを捉えた朝が、重ねて問う。
「じゃあ君は何?」
朝の髪は、茶色に戻っていた。感情の失せた顔は、再び表情を取り戻す。
化け物は、次の行動にとたわめた足を、出せないまま、その場で固まる。
答えはない。答えられないのかもしれない。それだけの知性が消えているのかも。
ただ、止まった。それが返答ならばと、朝は重ねて聞いた。
「その姿も力も人間が持てるものじゃない」
――チガウ
それでも、自分は人間なのだ。
そう言ったのだろうか。たわんだ足は瞬時に伸び、瞬き一つの間に朝との距離を詰めていた。
ケイの弾丸が装甲を叩く。鉄次が大剣をとって前に出る。
瞬間、朝は横の林の中へと身を躍らせた。
「・・・・何でそんな力が欲しかったんだ?」
朝の傍らを旋風が走った。夏草の群れが一撫でで飛び散り、木の数本が倒れていく。
人型キメラは吼えた。
獣のように、あるいは、泣き叫ぶ子供のように。
慟哭にも似ていた。
どうしてなのか、もはや分からないのかもしれないし、分かっていても、それを言葉にできないのかもしれない。
目前を滑る刃をやり過ごし、朝はさらに淡々と問う。
「今やってるのも、したかったことなのか?」
傍らの木が爆ぜた。土のにおいがムッと広がる。飛び散る土砂が、顔や服にかかった。
化け物が、朝を見下ろしている。
――チガウ。
「もし、お前が本当に人間というのなら自分の意思をはっきり持て、そして自分を見失うな。お前が本当に人間であるなら斬りたくない」
鉄次が言葉をかける。
人間のつもりだったかもしれない。そうでなくても、人を食らうキメラなどとは、信じたくなかったはずだった。
それでも、右目にはキメラがおり。
彼の身体は、もはやキメラだった。
ふいに、朝は、自分が捕食されようとしているのを感じた。化け物の目は、狼が兎を、鷹が魚を、キメラが人を見る目だった。
唇を噛んだ。悔しかったのかもしれない。
「君の目撃者は子供だって聞いた。助けてくれたんだろ? ありがとな」
言いながら、朝の顔から表情が消えていく。再び、瞳が黄金を帯び、【OR】樹を構える。
キメラの瞳が揺れた。
脅えたように後ずさりし、頭を左右に振る。
少女のことを、思い出したのかもしれない。
「貴方は何が・・・・したいの?」
ケイの問いに、キメラは叫んだ。
――違う!
空を飛ぶように跳ね上がる。体当たりに、ケイの身体が後方に飛ばされる。瞬く間に、化け物はどこかへと走り去っていった。
少しのためらいの後、ケイは無線機で、近くまで来ている他の仲間へ、連絡を入れた。するうち、なにかが這うざわざわという音を捉える。
周囲を、ムカデのキメラが這いずっていた。各自武器を構える。
目だけが、人型キメラの姿を追った。方角を知るためが第一だろう。他の理由があったとしても、それは個々に違うものだった。
●幕間2
「・・・・残念だ。ああ、まったくもって、残念だよ」
駆け去る人型キメラへ、紳士は語りかける。その表情は冷め切っている。
「・・・・うあ、あ、ちが、ちがう・・・・おれ、は・・・・うぉ、れ」
「私の言葉だけを聞いておればよいものを。なぜ、あんな言葉に惑わされる。彼らは敵だというのに。キミはもはや、キメラだというのに」
忌々しげに舌打ちし、自らの乗るカブトムシの頭を、ステッキで打った。
キィィィン、と波紋のように音波が周囲へ広がる。
途端、人型キメラが倒れこんだ。
脳の奥へと、右目の虫が侵食していく。
「が、うぁ、あ、あ、はがあああああ・・・・・・!!」
のたうつ姿を、冷然と見下ろす。
「残念だよ。次回に活かすため、寄生型のデータを、もう少し取りたかった。けれど、仕方ないな。少々、予定を早めよう」
●ブレードランナー
「こちらセレスタ、対象を発見しました・・・・ポイントは・・・・」
家並みを、烈風が駆ける。
道をふさぐように沸いていたムカデ型に慣れた目が、数瞬遅れて姿を見た。
視認するには早すぎる。それでも瞳が追いながら、無線機で情報を伝達する。トランシーバへ、チラと意識をそらした。
刹那、烈風が、頬を打つ。
品定めをするような瞳と、目が合った。
「くッ・・・・」
風を巻いて刃が飛来する。接近と同時、反射的に抜き去ったククリナイフが刃を受ける。
受ける、というには、刃の膂力は強力すぎた。
後方へ跳ね飛ばされる。そうしなければ、ナイフごと押し切られていたであろう。
「フェイスさん、援護を・・・・!」
隠密潜行でうかがっていたフェイスの小銃「バロック」が火を噴く。
攻撃後の隙を、影撃ちによって貫いた。
連続して弾丸の突き刺さる装甲。硝煙が香り、キメラはかすかに態勢を崩し、フェイスへ目をやる。
「こちらセレスタ、対象と交戦中・・・・! ポイントは・・・・」
セレスタが無線へ叫んだ。クソメタルP38を抜く。フェイスは牽制程度の射撃を行う。
フェイスへと、キメラが迫った。
弾丸の痛みも振り払い、猪のように突き進む。まぶたを一つ動かす合間に、左腕がフェイスをつかみ、地面に投げ倒す。
一連の行動が、早すぎた。
額へ刃が伸びる。
転瞬、衝撃波が駆けた。
横合いから伸びるソニックブームの一撃に、人型キメラは態勢を崩し、受身を取るように地面を転がる。
優が、片刃の直刀、月詠を手に、漆黒の瞳をキメラへ向けていた。
振り下ろしの動きゆえか、浮いた長い髪が、ふわりと背に戻っていく。
その髪が降りきらぬうちに、ひらりと刃が返る。
ステップを踏むように足が動いた。正面からずれ、側面より刃が走る。
流し切りの一手。刃持つ右腕の間接へと、容赦のない刀刃の一撃が流れ込む。
切っ先が、肉を噛んだ。
血が舞う。よりも速く右の腕はくるりと返り、腱を切るには至ってないことを示す。
月詠が跳ね上がった。
キメラの右腕の刃が、勢いよく打ち上げたのだ。
優は刀だけでなく、腕もそれに引きずられて頭上へと向かう。
そのまま振り下ろし・・・・などができたらよいが、先の一撃に使った体重は、いまだしっかりと足に残っている。
上半身の力だけで刀を振れば、威力は劣り、態勢はさらに崩れる。そも、頭上へ向かう力は消えていない。一瞬では、振るどころか下ろすことさえ難しい。
だから、優はキメラに対して、そのまま身体をさらすことになった。
左の拳が腹へ伸びる。装甲の硬さが筋肉を突きぬけ、臓腑まで響いた。
上に払った刃を、次の一手でキメラは振り下ろすだろう。優とて、そのまま食らいなどしない。
痛みはあった。しかし、それは痛みがあるというだけだった。
苦しみを表情に上らせず、冷静に月詠で受ける位置と威力を殺す受け方を割り出す。
構える。打撃による体幹のずれから、数瞬の遅れを取ると判断。衝撃を覚悟する。
瞬間、AU‐KVの駆動音が響いた。
恵太郎のAL‐011「ミカエル」が脚部をスパークさせ、竜の翼を使って猛スピードで突っ込む。前面にエンジェルシールドを出し、そのまま体当たりを決めた。
「天使突っ!」
横合いからぶち当たると、そのままゲイルナイフを突き出す。恵太郎のAU‐KVの全身が、バチッとスパークした。
ネーミングはさんざんであったが、優に刺さる刃は逸れ、逆に恵太郎のナイフがキメラに突き立ち、ガキッと硬い音が響くと同時、錬力が流れ込む。
キメラが吹き飛んだ。
竜の咆哮による一撃である。跳ね飛んだキメラは、左腕を地面につきたて、土煙をあげながら止まった。
しゅうっ、と、キメラの砕けた装甲から、呼気が漏れる。うかがえる右の顔は、もはや見るに耐えなかった。千の蛆が、皮膚の下も上も這い回った跡とでも言えばよいか。
瞳のある場所には、小さな複眼のようなものがいくつも突き出ていた。視界を広くでもするのか、そのどれもが、それぞれに違った方角へキョロキョロと目を向ける。
「あれは・・・・バグアの手が入ってますか。意識はあるんですかね」
フェイスはバロックからエネルギーガンに持ち替えながら、キメラを眺めてつぶやく。
背を曲げ、肩が荒く上下していた。息を整えるという意識がない。いまにも飛び掛らんというばかりの風情は、獣のそれだった。
「攻撃をそらします。そこを狙ってください」
優が言った。
セレスタもナイフからライフルへと持ち直し、フェイスと共に火力を集中させようと狙う。
一歩前に出た優へ、キメラは刃をかかげる。
足がたわんだ。
転瞬、目前に迫る。耳が地を蹴る音を聞くよりも、目が捉えるほうが早いとさえ思えた。
刃と刃が噛みあう。
移動の衝撃が、そのまま月詠の刀身へ、斬撃の重みとなって加わる。たちまち足が地面を滑った。摩擦に、もうもうと砂ぼこりが舞い上がる。
弾き飛ばされながら、それでも、刃を流す。直進へ向かっていたエネルギーが、薄れながら横へそれた。
セレスタのライフルが射撃音を放つ。よどみない動作で、装弾数を撃ちつくしていく。
合間を、フェイスのエネルギーガンが放たれる。鋭角狙撃で、特に脆そうな部分を狙い、こちらも撃ち続ける。
装甲が跳ね、非物理攻撃にキメラが苦悶の雄たけびをあげる。もうもうと煙が立った。無論、視認できないほどの火力ではない。
セレスタの紫の瞳が、砕けた装甲の中、人の名残を見せる、無気味な肉体を見た。左の顔が、恐怖に引きつっているかのようだった。
それは死を恐れるというよりは、キメラに成り果てる自分を恐れるようだった。
「あなたは、その力で、何をしたかったんですか・・・・?」
フェイスは問うた。そうせずには居られない、有様だった。
答えの代わりに咆哮が轟いた。セレスタたちへ向かうよりも早く、恵太郎がさきほどと同じようにしてキメラを弾く。
だが、隙をついたさきほどとは違う。受けた衝撃に、しかしキメラは態勢を崩さず、そのまま恵太郎へ刃を振り下ろした。
AL‐011「ミカエル」は、前にかざしたエンジェルシールドで受けきることはできず、今度は逆に後方へ弾き飛ばされた。
人の体重と機械の体重は違う。それをなお吹き飛ばす膂力は、いかほどか。
追撃の刃光が、昼の日にキラリと瞬いた。
「おイタが過ぎるわね・・・・坊や?」
横合いから、アラスカ454と拳銃「黒猫」の弾丸がキメラへ飛んだ。
二連射、加えて影撃ち。立て続けに装甲の剥がれてきた身体へ突き刺さる。二挺を構える弾丸の主、ケイは真紅の瞳を向けながら、加虐的な笑みを浮かべた。
まといつくムカデを倒しきり、別班が到着したのだ。
「・・・・」
勢いの衰えた刃を、恵太郎へ向かうよりも早く、朝が大剣で受ける。
弾き飛ばされない。振り切ることのない刃に、そこまでの力はなかった。衝撃に身体が沈む。じくりと手首が痛んだ。
朝はまったくの無表情で、急所突きの一撃をキメラへ放つ。
装甲の砕けた顔面に叩き込む。鼻骨がへこみ、キメラはたたらを踏んだ。めちゃくちゃに刃を振り回す。
矢が、その右腕に突き刺さった。長弓を構えて、希明がじっ、と赤の瞳で弱っている点を見つめる。
再び、矢が飛んだ。同時に振るわれる、鉄次の大剣。
突き刺さった。キメラが叫ぶ。
八人の囲みの中、吼え声が轟く。右目が蠢いた。顔の全面が歪み、両の目が炯炯とした赤い複眼と成り果てる。
バッタのように屈んだ足を跳ね上げた。
高く、人の背など軽く越えられるほど飛び上がった。セレスタのライフルがそれを撃ち落そうと狙う。
目が、セレスタを見た。
転瞬。キメラは猛然とセレスタへ刃を振り下ろす。太陽を背にした上空からの一撃。
「鉛の飴玉でも食らってなさい」
あまりにも、無謀すぎる攻撃だった。
ケイ、フェイスの弾丸や希明の矢が、宙で交差した。キメラの身体に刺さる。落ちてくるところを、優が二連のソニックブームで狙い、さらにまた、流し切りを重ねて翻弄する。
キメラの間接が、血に濡れていく。
セレスタはひるんだキメラに、持ち替えたククリナイフで流し切りを放った。射線を意識して身体を動かす。
「・・・・」
朝が、大剣を振り上げた。
豪破斬撃に、形見の大剣『樹』が淡い赤を帯びる。うぞうぞと動く右目へ、質量をそのままに振り下ろした。
ひくり、と腕が動く。
それだけだった。
手に一撃の余韻が残っていた。なんとも言えない感触。
ふと顔を見る。人の名残もない顔なのに、それでも、壊れた表情の中、つぶられた目を見ると、なぜだか、安らかに見えた。
●開発者
ケイが鎮魂歌を歌っていた。肩ほどの、艶やかな黒い髪が、潮風にはらりと揺れる。
安息がありますように、救いの光が照らされますように。
鎮魂歌の主意は、そのようなものだった。喉が震える。ケイは声を張った。
「Kyrie eleison・・・・・・・・Kyrie eleison・・・・」
憐れみたまえ、憐れみたまえ。
宗教を越えた思いだった。死者を悼む詩だった。
ケイの目が、キメラに成り果てた人間の姿を捉える。透明感のある声が、あたりへ響き渡った。
「この方はやはり強化人間なのでしょうか・・・・?」
同じく死体をながめて、セレスタが独り言のようにつぶやいた。歌の中、銀色の髪が落ち始めた陽にキラキラと輝いた。
望んでなったようには、あまり思える行動ではなかった。それでも、仲間の話を聞くに、人がベースになっていなければ、起こらなそうなことばかりだ。
かたわらで、紫煙がくゆる。セレスタの紫の瞳を、フェイスはちらりと横目で受け、 煙草の煙を一度吸い、
「彼は想いが強すぎたんでしょうか。人のままでも、出来る事はあった筈なのに」
そう言いながら、煙を吐いた。死体の元の人間は、キメラにならなければ、力がなければ、できないことがあると、思い込んだのかもしれない。
「力の在り方は心に宿る。・・・・だから人は人でいられる。単に暴力に頼って倒しても、それはバグアと何も変わらない・・・・。倒す為に戦うんじゃない。人としての在り方を守る為に戦っている」
希明は、同じく死体を見ながら、そうつぶやいた。過去のなにかを思い起こしたのか、眉根が寄り、渋面となっていた。
「・・・・こんな忌まわしい力を背負うのは、私達だけでいいんだ」
まるで、キメラへ、語りかけるようだった。無論のこと、返答はない。当然のこと、それを期待した言葉ではなかった。それでも、伝えてやりたかったのだ。
粛々と歌が進んでいく。
それを、AU‐KVを脱いだ恵太郎は見つめていた。聞こうとして、聞けなかったことを思う。
分かっていたことではあった。あてにもしていない。あの虫姫と、なにか関連があるのか、結局、それがわからないままだ。
スタイリッシュグラスをかけなおす。それを通しても、目の前の光景はなにも変わらなかった。
一人たたずむ鉄次は、すこしばかり物思いに耽っていた。
撃破して、楽にしてやることしかできなかった。せめて、研究所にいくしろ、撃破するにしろ、自分で決めさせてやりたかった。それを応援したかった。
茶褐色の肌へ、陽がさんさんと注いだ。潮風のにおいが、鼻をくすぐる。そんな情緒が、おそらくは、この町の人間であろうキメラとなった者の過去を偲ばせた。
(俺も適性なかったら受け入れた・・・・かな)
キメラに憑かれた人間の姿に、朝はいつかの自分を見た。
親友の動物たちと祖母を殺され、復讐に身を焦がし、力を欲したころ。力が手に入らなかったら、もしかしたら、この人間と同じことをしたかもしれない。
歌が終わり、優がキメラの死体を、弔いのために軍へと運ぼうとする。運搬の車は呼んでいた。持ち上げ、キメラの姿を見て、
「人に寄生する虫型キメラ・・・・胸糞悪いですね」
心底から嫌悪するように、優は言った。歌を終えたケイが、死体の運ばれるのを見守る。
そのときだった。
パチ、パチ、パチ、パチ・・・・。
ゆったりとした、乾いた拍手が響いた。
能力者たちの目が、いっせいにそちらへ注がれた。道の向こう、逆光に伸びる無気味な影が一つ、ある。
「歌など、どれほどぶりか。悲鳴や怒号ばかりの生活だったからね。よいものが聞けた、ありがとう」
ソフト帽を傾け、男は礼を示す。紳士然とした態度に、身だしなみも整っている。
それなのに、無気味だった。なにか、ボタンを掛け違っているような違和感を与える男だった。
「申し遅れた。私は、キミたちが戦った、そこの寄生型キメラや、高知城を襲った、キメラ『虫姫』の開発者、サイレンスだ。よろしく頼む」
ステッキを大地に突きたて、男は言った。
ひどくあっさりと、敵である能力者たちへ、バグア側であると明かした。
それも、今回の騒動の、大本でさえあると。
そこまで来て、反応の鈍いものなどいない。各々瞬時に武器を構え、サイレンスを狙った。
「まあ、待ちたまえ。私はただ、それさえ回収できればよいのだ。ほら、来い」
ステッキが地面を打つ。妙な音が響いて、人型キメラの右目がボコリと盛り上がる。次の瞬間、なにかが飛び出し、サイレンスの手に渡った。
能力者を、死者を、舐めきった行動だった。
攻撃が放たれる。しかし、どこからか何匹もカブトムシが現れ、サイレンスを守るように、その外皮を見せ付けた。
「それでは失礼するよ。忙しい身なのでね」
再びソフト帽をあげて礼をし、カブトムシに乗り、いくつもの虫型キメラに守られて、飛んでいった。
それを見送る。後には、キメラの抜けた、人間の死体が残った。
サイレンスは、死体となったこの人へしたのと同じように、虫姫を使って町を襲い、いくつもの人体実験を重ねるのだろう。
運搬車が、町を駆けていく。ケイが、また歌を歌った。ただ実験に使われ、操られ、そして捨てられた、死体の人間へ捧げる。
「Kyrie eleison・・・・・・・・Kyrie eleison・・・・」
彼を憐れむのと同じだけ、サイレンスへの憎悪が、増していくような気がした。
憐れみたまえ、憐れみたまえ・・・・。