●リプレイ本文
・嵐の前
静かな夜だった。
高知城の一画で、火渡 鉄次(
gb7981)は武器の手入れをしていた。
「すまない、オイちゃんは時間まで一人にさせてもらってもいいか?」
温和な口調で仲間につげ、一人離れた彼のもとへ、子供が迷い込む。
緊張をすこし和ませ、子供を放っておけない性分に、鉄次は三の丸へ連れて行った。
「私は伊佐美希明。軍が到着するまでの間、仲間と一緒にここを防衛する。よろしく」
ちょうど、伊佐美 希明(
ga0214)が、代表者らしき人たちへ挨拶をしていた。
「キメラの一部に、集光性を持つものがいる。逃げ延び、皆不安に感じているのはわかる。だけど、これだけの人数が一斉に混乱を起こしてしまっては、私達だけでは守り切れない。軍は一時間後に到着する。それまで不自由かけるが、辛抱してくれ」
希明は落ち着いた口調で語りかけ、受け答えを終えると、誓うように言った。
「必ず守る。・・・・必ずな」
話の間、鉄次は三の丸に集まった住民たちへ声をかけたが、親は見当たらない。
仕方なく、二の丸へ探しに行く。途中、本丸のあたり、ポッと明かりが灯った。
「ものすごい数の虫が港から北上して、避難した一般人たちをおいかけてるなんて、早くキメラを撃退しないと大変なことになりますよ・・・・大変な事態にならもうなってるんだけど」
外の準備を終え、城内のかがり火を焚く山崎・恵太郎(
gb1902)は、鉄次と会うと子供へ目をやりながら、そう言い、
「とにかく、これ以上被害を拡大させないためにも高知城前で食い止めないと!」
力強く、語る。
恵太郎は子供を気にし、甘い果実を、たしか夢姫さんが用意していましたよ、と言って、離れたかがり火を指差す。
夢姫(
gb5094)は、かがり火を点けながら、もしもの時の水や消火器、そして、あちこちへバナナやスイカを配置していた。
「効くかどうかわからないけど・・・・やれるだけやってみます」
連れている子供を見ると、スイカの切れ端を渡し、
「不安かと思うけど、絶対に守り抜くから・・・・信じて待っていてね」
ニッコリと笑顔を浮かべ、夢姫は子供の頭を撫でた。
番 朝(
ga7743)とセレスタ・レネンティア(
gb1731)も、作戦に従いかがり火の準備をしていた。
「こちら迎撃班です・・・・お城の様子はどうですか?」
セレスタが無線機で会話をする。どうやら、向こうは向こうで、明かりを消すのに大変なようだ。
内と外で、やることは真逆なのに、大変なのは変わらない。
「援軍が到着するまで防衛線を張りましょう・・・・」
鉄次に気づくと、セレスタは軍人らしい精悍な表情を見せる。
番は、火を焚くと、ぼうっと遠くの空を眺めていた。レーダにも見えないものを捉えるかのように。
「夜の森も駆けていたから」
なにか見えるのか、という質問に、そんな返答をする。
だから、闇夜に蠢くモノも敏感に捉えると、そういうことなのだろう。
番たちと分かれ、三の丸へ着く。かがり火の準備を済ませたケイ・リヒャルト(
ga0598)と共に入る。
明かりを消すことへの不安を訴える住民たちに、ケイは、
「もう少しの辛抱よ、待ってて?」
と、説得していく。子供の親を探すと、その場にいた優(
ga8480)が協力してくれ、親を見つけた。
子供から目を離さないように頼み、キメラの大群が押し寄せるのに不安を感じる住民たちへやさしく語りかける。
「もし怖いのなら手を握って相手の温もりを感じて下さい」
隣の人と、手をつなぐ真似をして、
「私達はその温もりを絶やさせはしません」
決然と、言い切った。
ケイが持ち場に戻りがてら、ジーザリオのライトを点けに行くのに、鉄次は同行して元の場所へ行く。
「蟲の大群・・・・あんまり気持ち良いモノじゃないわね」
帰りがけに、ケイが言った。
静かな夜だった。嵐のような虫の音を聞く、その前の静けさだった。
・防衛戦
ピクリと、番は反応した。
「うわぁ、うじゃうじゃだな」
山林で育った鋭い夜目に、一足早く、遠くバタバタと羽ばたく蛾の群れが映る。
半ば感心するように、番はつぶやき、戦闘へ身体を向かわせた。
覚醒。
髪が深緑に染まり、伸びていく。金の瞳が、じっと空を見つめた。
「来た・・・・」
城のうちから、双眼鏡で敵の動きに目を凝らしていたケイも確認し、つぶやいた。
夢姫は、耳を澄ました。無線機から確認が聞こえ始める。そんな中、
「声?」
蛾の羽ばたきの合奏の中、聞こえる。
――きゅい?
蛾の、鳴き声だった。
「こちらセレスタ・・・・敵を確認しました」
かがり火により、なんとか目視を確認できる距離。セレスタはそのまま駆けた。
「迎撃班セレスタ、接敵しました」
頭を出してきた蛾のキメラへ、サブマシンガンの連射を浴びせる。
閃光、悲鳴。
続々と蛾が飛び掛る。かがり火へ引き寄せられ、食い合うようにバタバタと羽を鳴らし、火を消していく。
ふいに、その背の羽が断ち割られていく。
刹那。目にも留まらない、夢姫のベルセルクの剣閃。
特に密集しているところへ、電磁波の大波が寄せる。恵太郎の超機械1号だった。
たまらず、かがり火からころげ落ちる。
――弱い。
城側へ引き寄せないようサプレッサーをつけたスナイパーライフルを構えながら、希明は思う。
結局のところ、蛾型キメラは物量だ。個々は強くない。もし張り付かれれば問題だが、それは集まる先を用意すればいい。
かがり火の炎が明滅する。蛾が羽で隠し、ついには消し去るのだ。
すべて消えたら。面倒はその後だった。
これは、ただの第一波に過ぎない。
無線から各所の情報が飛び交う。城からは、点々と明かりが見えた。
「・・・・」
かがり火の消えた一画を、淡い赤の線が点いては消える。
番の豪破斬撃の連続使用が、暗い闇夜にそう見せた。なにかと寄ってくる蛾を、【OR】樹の重い一撃が襲う。
初撃と次撃の合間が極めて短い。振り回し、その慣性のままに、また振る。剣風が絶えず、台風のように近づく蛾を潰していく。
その頭上を、数匹の蛾が飛んでいった。
城の近く、待ち受けていた鉄次がラブルパイルを蛾に叩きつける。
びち、びち、と千切れた足と腹部にかまわず、蛾は這いずるように飛んだ。
城内へと、飛ぶ。
ケイの機銃が掃射される。地面に打ち付けられ、蛾は痙攣しながら息絶えた。
交戦、交戦、交戦。
そこかしこで蛾が死んでいく。厚いカーペットを敷いたように、あたりにびっしりとキメラの死骸が横たわる。
「ムカデ型キメラ、来ます!」
セレストが無線機へ叫ぶ。突出していた部隊が終わり、雪崩のようにキメラの波が押し寄せる。
あちこちでキメラの鳴き声と迫る足音が聞こえた。三の丸に集まる住民たちに不安が広がり、泣き出す子供が出てきた。
優が声をかけて回る。落ち着いた声音で、不安を煽ることのないように。
覚醒した冷たい瞳が、夜気を裂いて襲い来る一団を捕えた。次々に落とされていく中、城の近くまで迫る。
しぶとい。
節足をいくつも絶たれながら這い回るムカデを、スコーピオンが散らした。
かがり火の多くは落ちている。視界が狭い。加えて、蛾の死体が積み重なり、ぶよぶよとして足場は最悪だった。
「いやーっ、ムカデ気持ち悪いっ! きゃーっ!」
群れを成すムカデに、夢姫は嫌悪の叫びをあげながら、機械剣「莫邪宝剣」を振り下ろす。
眩いレーザーが舞った。
触手を切り落とし、頭を潰す。しかし、ムカデはビチビチと身体を揺すり、方向を失いながらも前進した。
欠けた頭部が、四分の一ほど再生する。
頑強な牙が、夢姫を襲う。避けたものの、蛾の死体に足を捕られ、続けての二匹目に捕まった。
肩先に食い込む。鋭い痛み。
「予想以上に数が多いですね・・・・」
サブマシンガンの弾丸を撒き続けながら、セレスタがつぶやく。
弱点と思われる頭部を狙っても、撃って撃って撃って、ようやく倒れる。
防御力も回避も高くはないが、しぶといのだ。
ムカデの牙が飛ぶ。かわすが、やはり、数と足場が悪い。
衝撃。身体が浮いた。
スピードを乗せた突進に、数メートル飛ばされる。
さらに、牙が襲いかかった。
引き付けている。痛みは、その証左だった。
突出して城壁を踏破していくムカデの頭部には、過たずライフル弾が突き刺さる。
「伊達に山猫は名乗っていない。森林に闇夜は得意なフィールドさ」
リロードしながら、希明は今の狙撃に満足し、誰にともなく語る。狙撃眼でライフルの射程はさらに延びている。
暗視スコープの映像から、さらに城へ侵入しようとしているムカデへ、鋭角狙撃。頭部を撃ち抜く。
ケイは双眼鏡で城外を見回した。これといった奇襲の気配はない。一定の方向から、 冗談のような数で攻めてきている。
いまでこそこちらが優勢だが、この先は・・・・。
思いながら、突出してきたムカデに、スコーピオンを浴びせかける。
「・・・・ふっ!」
パリッ、と竜の角が発動し、恵太郎のBM‐049「バハムート」の頭部と腕がスパークする。
超機械一号の強力な電磁波が、集団になっていたムカデを襲う。
襲う、襲う、襲う。
妙な臭いの煙をあげて、ムカデがバタバタと倒れていく。
夜闇の向こう側から、また足音が響いた。
増援。
恵太郎は竜の鱗を使用し、城への侵入はさせないとばかりに、立ちはだかった。
バハムートが、淡く光る。
ムカデが一時に飛び掛る、ガリッ、と装甲に噛み付く牙。ガタガタと揺れ、体当たりに吹き飛ぶ。
持ちこたえる。
身体を張り、前進を阻んだ。
城の近く、鉄次は二匹のムカデを相手にしていた。腕は白い光に包まれている。
穿孔。
レイ・バックルを使用した一撃が、ムカデに突き刺さった。しかし、傷口は徐々に再生する。
長い身体を振り回すようにして、二匹は鉄次を攻撃する。
ガンッと、とっさに構えた武器でなんとか受けるが、勢いを殺しきれない。
無数の足が襲い、ザリッと腕と腹部に傷がついた。
剥き出した牙が、食らいつく。
「・・・・」
ゴシャッ、とムカデの頭部が叩き潰された。
そのまま、振りぬく。肉片を飛ばし、もう一体の頭も吹き飛ばす。
番だった。
鉄次は立ち上がり、傷の具合を見て間合いを開ける。
ムカデの体当たりを、番は受け止めた。頭部を失ったことで方向がずれており、軽い傷に収まる。
番と鉄次は視線を交わす。
再生の済まないうちに、同時に攻撃をしかけた。
豪破斬撃と、レイ・バックルの光が、夜闇に赤と白の線を描く。
ひくひくと、節足がかすかに動き、そうして止まる。
二人が、息を吐く。
ふいに、耳障りな音が広がった。鉄次は、時間を見た。あと二十分。
彼方に、偉容が見えた。
「La―La―La―La――」
フルートのような、透き通った響く高音。
優は無線で報告を受け、カブトムシの襲来を知ったところだった。
月詠を握る手に、ぐっと力が入る。
突破してきた手負いのムカデへ、一閃、二閃、三閃。
「La―La―La―La――」
悠然と、傲然と、歌うような泣き声が響き渡る。
カブトムシ型の戦車のようなキメラたちが、飛ぶ。
二匹が、まっすぐに二の丸へ向かった。
優が駆ける。
二の丸の向かう途中にある、背の高い壁。迫るキメラへ構えた。
月詠が奔る。鍛え上げられた一刀に、重厚な装甲を持つカブトムシ型キメラは外皮を閉じる。
――硬い。
鈍い手ごたえに、刃を戻し、関節を狙う。
薄い月光に刀身がきらめいた。緑の血がパッと舞う。
巨大な角が反撃に飛び掛った。
優は受ける。こちらも硬い。しかし、受け流すには足場が悪すぎた。
二匹が執拗に角を押し付ける。
転瞬、月詠を首の付け根へ振り下ろす。
鈍い音に、切るには至らず、外皮を噛んだことを知る。
新たな羽音が近づく。
しかし、背には無数の人の命があり。
引いてはならず。
避けてもならず。
必ず、守り抜かなければならなかった。
「私の眼は何者も逃さない・・・・」
優とは違う方向から城へと飛ぶキメラを、一匹たりと入れさせないとばかりに素早いリロードでライフル弾を送り込む。
「La―La―La―La――」
狙撃眼で射程を伸ばし、高く飛ぶキメラの腹を抉り、低く飛ぶ頭部を撃ちつける。
ケイがエネルギーガンを射出し、這ってでも人を食おうというキメラを撃つ。
「ふふ」
真紅の瞳がサディスティックに揺らめいた。
外皮を通す知覚の攻撃に、カブトムシがもんどりうつ。
興奮した体当たりを、何度か食らった。
「夏の虫の声は風流なもんだが、こいつは耳障りだ」
ぽつりと希明が漏らす。
戦線は下がり、個々での戦いも限界に近くなっていた。
襲う角を二人で耐え、夢姫は機械剣で切りつけた。
内へと響く攻撃には弱い。恵太郎と協力して、手早く倒していく。
「それにしても・・・・この虫たちの狙いは一体・・・・?」
続々と押し寄せるキメラに、恵太郎はつぶやく。
少女の乗る巨大なキメラから、ダリアの『暗い日曜日』が流れた。
どこかで拾い、気に入りでもしたものか。
「La―La―La―La――」
スピーカから流れる歌に合わせるように、少女は鳴き声をあげる。
「なんでそんな悲しい曲を歌うの? どうして絶望(虫)を生みだそうとするの?」
夢姫の問いかけに、答えはない。
少女は歌った。ただそれが、自らの本懐であるかのように。
「・・・・大丈夫ですか・・・・?」
番と鉄次のもとへ駆けつけ、セレスタはサブマシンガンを掃射した。
カブトムシの襲来に、番は手負いの鉄次の盾になるように戦っていた。
満身創痍。ながらも、表情に変化なく。いささかも手は緩めず。
ただ、少女の鳴き声に、ピクリと視線を向ける。
「どんな堅い殻だろうが、ただ貫き通すのみだ、リボルディング・バンカー!」
カブトムシの外皮は、しかし、レイ・バックルをすらはねのける。番から攻撃がそれ、鉄次が攻撃を受ける。
セレスタはそこへ来て、敵を引き受けた。距離をとりつつ、自分へ攻撃を向かわせる。
角の二撃。歯を食いしばった。
連続してもらうには、重すぎる打撃だった。
ふいに、飛行音が轟いた。
――援軍!
軍部のヘリの音も聞こえ、にわかに活気付く。
少女のもとへ爆撃がされる。キメラは慌てる様子もなく、ゆっくりと方向を変えた。
「何とか凌ぎ切りましたか・・・・」
姫君の帰還に、ぞろぞろとついていくキメラの群れを見送り、セレスタはつぶやく。
軍の攻撃に晒されながら、愚直についていく。
「また・・・・あの虫共を見ることになるんだろうな・・・・酒が不味くなる、どれだけ続くのかね」
鉄次は、少女に問おうとして、できなかったのを思う。
あの目は、昆虫の目だった。
(・・・・アレはなんだったんだろうな)
番も、少女のことを、心の中で思った。
視界の端で、スイカやバナナに虫がたかっているのを見る。
なぜだか、少女の声が、耳に蘇った。