●リプレイ本文
●Maschera
開かれた扉。永遠のような静寂と薄明りに包まれた迷宮。
それを前にした彼らは、しかし、取り乱すことは少なかった。それは歴戦の戦士の心なのか。
とはいえ、それは表面上の話。確かに抜け落ちた記憶への違和感は存在するようだ。
「ちぇ、なんかイライラするっしょー。なんだ、これ‥‥ま、いーや。悩んでも仕方ねーし」
ロリポップをがじがじ、原因不明の焦燥感を抱きつつも、葵・乙姫(
gc3755)はけろっと笑う。
「夢にしてはやけにリアルな‥‥乙姫もいるし」
劉斗・ウィンチェスター(
gb2556)は眼鏡を押さえると、ふむ、と一息ついた。知り合い同士であるという記憶は残っている様子。
「乙姫。あのさ、組んでもいい?」
瑞姫・イェーガー(
ga9347)がおずおずと切り出す。ひどく幼い喋り方だ。その精神が幼児退行を起こしているということは、余人に窺い知ることは出来ない。
「んー。ま、取り敢えず記憶を取り戻さない事には始まらないね!」
場を切り替える為に発したデッサ・ヴィクシム(
gc6359)の一言に、面々は頷く。そう、何を為すにしろ、まずは記憶がなくては始まらない。
全員が見た不可思議な夢、老人の言っていた言葉。
決意を、取り戻す。そう決めた6人の傭兵達は、静かに扉の外に出た。
●Mass D−est
最初の部屋。その中心に、それは居た。
ぶよぶよとしたスライムのようなナニカ。仮面の虚ろな瞳が、こちらを見つめるようで気分が悪くなる。
数は3体。不安定な形の、それはまさに『影』。そんな敵が、一行を見るやいなや、一斉に襲い掛かってきた。
「敵‥‥がっ?!」
ヘイル(
gc4085)は咄嗟に対応しようとするも、動きが鈍い。失った記憶の影響か。鞭のような一撃を喰らい転倒。追い討ちをかける敵を遮ったのは、滝沢タキトゥス(
gc4659)。拳銃で敵を牽制するが、思うように体が動かない。
「く、やはり覚醒は出来ないか‥‥!」
独白し、毒づく。間を詰める影共。やられる、そう思った彼らの間に入ったのは、チームの中でも特に猛々しく『戦意』を持つ者だった。
「させねーって!」
「ボクも、前に‥‥!」
乙姫と瑞姫。共に前衛の彼女等の手は、自然とエミタの埋まる部分に伸びていた。
そう、思えばそれは、最初から知っていたのだ。この場の全員が、呼吸をするように持つ力。
人格の仮面。
心を守る為のチカラ。
即ち――
「「マスケラ‥‥ッ!!」」
彼女達の眼前に、不鮮明なタロットが現れ、そして砕けた。変わってそこに現れたのは、それぞれの異形。
全身甲冑の青騎士が両肘のブレードで影の攻撃を受け止め、そのまま体を切り裂く。猫耳と白黒のシンメトリーの顔持つ獣人は、金属の球体関節を唸らせて刀を振るい影を遠ざけた。
「うっひゃー、なんか出たっしょこれ!」
「皆、これなら、戦えるよ‥‥!」
「よし、りょーかい! じゃ、僕もっ」
二人のマスケラが消える。それに呼応するように飛び出したのは、デッサだ。エミタを抱え込むような姿で手を当て、弾ける。
「出て来い、ヴェンガンザ!!」
長い銀髪、金の仮面。貴族服に黒マント。二本の刀を持ったマスケラが、2人の攻撃を逃れた1体の影の触手を切り落とした。
ヘイルは時折頭痛を押さえるように頭を振る、マスケラの出し方が今一つかめないといった様子だ。
「さあ、俺は死ねるのか‥‥来い、スクラップ!」
タキトゥスのマスケラ。骸骨の頭部を持ち、フートを目深に被った人型がボディガードを発動、間に割って入り攻撃を受けるとそのまま篭手に仕込んだダガーを払って牽制、敵が大きく後ろに下がる。
その流れを切ってなるものかとばかりに劉斗がマスケラを召喚するが‥‥
「これは‥‥なるほど、そうか」
彼の力は、他と違って特殊なものだったらしい。紅い服に銀の鎧の女性型の騎士が、彼の肩に手を置く。
「こいつら、炎属性が弱点らしい。積極的に狙うんだ!」
「あははっ、おっけー! ――出ろ、サファイア!!」
弱点属性の魔法を乙姫が撃つ度にダウンとワンモアを繰り返し、ほどなく全ての敵がぐったりと動かなくなった。だが、起き上がるのも時間の問題だ。
「エクセレント! 今だ、総攻撃行けるぞ!」
その僅かな隙を見極めた劉斗が叫ぶ。畳み掛ける全員の攻撃――全ての敵が僅かな余韻と共に消滅した。
「こんなところで‥‥死んでたまるか」
ため息を吐くヘイル。何かを思い出せない。そんな彼のマスケラは依然、不鮮明な姿のままだ。
(死にたくないから戦う。それだけだったか?)
そんな悩み。
それだけだったか?
全員に共通するだろうその想いは、これからの長い道程の、最初の一歩である。
●Reach out to your Mind
探索開始から既に10時間程が経過。肉体的な疲労はともかく、精神的にはそろそろ皆限界といった様子だ。
「‥‥帰りたいな」
ぼそっと呟いた少女、瑞姫のその言葉をタキトゥスは聞き逃さなかった。
「‥‥どうしましたか?」
ふるる、と慌てて首を振る。寂しさを悟られたくなかった。
「何か、大事なモノを忘れてる気がするの」
「あぁ‥‥それは自分もですよ。とはいえ、自分のような者にそんな大事なモノがあったのなら、の話ですが」
タキトゥスが肩をすくめ、やや自暴気味の投げ遣りな態度を取る。どちらともにやや気まずい空気が流れかけたその時、劉斗の声が頭に響く。
『そちらに影だ。反応が大きい‥‥これは!!』
刹那、轟音と共に影が現れる。ただの影ではない、強力な個体であることが見て取れた。
「‥‥何だ、頭が、痛い」
「危ない!!」
刹那、頭痛に動きが止まるタキトゥス。敵の槌のような攻撃を受け流し、瑞姫が走ろうとする。しかし、10本近い触手の乱舞に攻めあぐねていた。足を取られ転倒する。タキトゥスは崩れ落ちそうな頭痛の中、それでも
「痛い‥‥頭、恋人、友を棄て‥‥護る」
少しずつ、大切な何かを。
「そうだ、護る!」
迷いを振り払うように一歩大きく前へ。
マスケラを召喚しようとしたその手に、一枚のタロットが忽然と現れた。
――汝の名、法王のアルカナ。真の心より呼ばれし我が名は――
「ここで逃げる訳には行かないんだ。力を貸せ、スクラップ!!」
10本近い触手を、マスケラが仕込み篭手で全て払い落とす。今までとは桁違いのスピードと力だ。即ちそれは、記憶を取り戻した証。
「護る‥‥? そうだ、護る、護るんだよ」
呆然としていた瑞姫も、自らの足で立ち上がった。
「思い出した。ボクには、護るべき家族と大切な人が待ってるんだ」
情けなくなんて、しちゃいられない! その決意、大切な人間のことをはっきりと思い出した彼女に、もはや迷いは無かった。
――汝の名、皇帝のアルカナ。真の心より呼ばれし我が名は――
「突撃するよ、冥夜!」
『そいつの弱点は、雷系だ!』
劉斗の指摘による、雷属性の魔法。その電撃の威力に影は硬直し動けなくなる。タキトゥスの拳銃の掃射により触手は全て払われ、その胴を瑞姫が2本の刀で貫く。消滅する影。2人は、手の中のタロットを見る。
これが鍵なのだろうか。
「ん‥‥なーんか、違うんだよなぁ」
一方のこちらでは、乙姫が首を捻っている。仲間が悪いわけではないが、連携やフォローのタイミングが噛み合わない。きっとそれは、彼女のスタイル故でもあり。
『おい、1人で突っ込みすぎだ!』
同時にそれは劉斗の悩みの種にもなっていた。調子に乗っていると、いずれ‥‥劉斗がそう考えていた、まさにその時だ。瑞姫達に襲い掛かったのと同種の個体が、攻撃を終えた瞬間の乙姫に襲い掛かる。腕を切り裂かれ、思わず刀を取り落とす。
仲間が傷つく。その傷ついた少女が、いつか見た少女の姿に重なる。それは劉斗の原体験。そう、あんな光景を見なくていいような世界のために、自分は戦うと決めたのだった。
そして、傷を負った乙姫もまた。
先刻の食い違い、傷を負う戦い。それでも自分が戦ってきたのは、そんな自分と常に一緒に戦い、互いにフォローし合った仲間がいたからだ。それを自覚する。絆の力が今、本当の強さになる。
――汝の名、魔術師のアルカナ。真の心より呼ばれし我が名は――
――汝の名、女帝のアルカナ。真の心より呼ばれし我が名は――
「あはは。なーんか、ドキドキしてきた‥‥行こーぜ、サファイアッ!!」
「もう、誰も傷つかせない‥‥そうだった。皆で帰らなきゃ意味がないんだ。力を貸せ、リューココネ!!」
サファイアの背から蜻蛉に似た羽が現れる。炎を纏う灼熱の刃が敵の影を寸刻みにして行く。先程以上の攻撃的な行動だが、劉斗はその行動の全てをカバーできる完璧な連携の指示を出す。
「今だ、援護に入れ、ヘイル!」
(ああ、戦う誰かを助ける。その為に戦う‥‥そうだ、その為に、俺は)
力を取り戻していく仲間達。その姿に、その決意に、それを護ろうと心に決めていたヘイルの決意が自然と浮かび上がるのが感じられる。
「俺は‥‥傭兵のヘイルだ」
――汝の名、戦車のアルカナ。真の心より呼ばれし我が名は――
「出ろ、セリア!!」
ノイズが晴れる。不明瞭だった彼のマスケラは今や、蒼髪蒼眼の戦乙女としてその姿を顕現させていた。その槍が一点を貫き、絶叫する影。苦し紛れのひと突きが劉斗に襲い掛かるが‥‥
「っと、危なかったね‥‥?」
デッサの二刀に阻まれ、最後の力を使い果たし消滅した。そのデッサはといえば、いつの間にかその手に皆と同じタロットを手にしていた。
何時記憶を取り戻したのか。その皮肉げな笑みにひっかかるものを覚える一行だが、ともかく。
老人の言っていた、戦いの決意。その証。そのタロットが一同に会したその瞬間、眩い光が辺り一面を包んだ――
●Burn your Dread
傭兵達は、対面した。
それは、ただただ巨大なヒトガタ。皮のベルトと鎖で何重にも拘束された、黒くてのっぺりした異形の天使。
「唖亜阿吾‥‥」
それは、ただ不気味に唸った。それだけの行動で全員が感じる。単純なおぞましさではなく、その影が、人の心の影そのものの具現化であることを。
「怨嗟、渇望、羨望、嫉妬‥‥人の想い、強い光、必ず影、生まれる。それが、ワタシ」
「人、護りたいか。家族、護りたいか。傷つかない世界、欲しいか。助け合う仲間、欲しいか。仲間、助けたいか」
訥々、訥々、と。見透かしたようなことを言うそこに感情はない。
「応えよう。叶えよう。その願いに、必要だ。闘争、傷つけあう世界が」
「勝手なことを言ってくれますね」
タキトゥスが苦笑する。死にたがりの顔は、既にそこにはない。
「恐らく、こいつに何を言っても無駄だろう。が、言わせて貰う‥‥手段と目的を履き違えて貰っては困るな」
劉斗が眼鏡につと手を当てた。皆が生きて戻らねば、意味はないとその眼は語っていた。しかし、突然、天使が顔を上げて戸惑うような仕草を見せる。
「‥‥違う。お前達の願い、中、雑音。これは」
何のことだ、と5人は思った。1人は違った。
この存在は、正に自分の願いに応えてくれる存在なのではないのかと、1人はそう思った。
「僕、だよね。そうだ、絶対的な力、これを唯一無二のモノにしたい。僕だけの力が欲しい。それをひょっとして君は、かなえてくれるのかい?」
薄笑いを浮かべて進み出たのは、デッサだ。
裏切りだよ、と呟いた彼は両手を広げた。その笑みには、様々な思いが籠められている。大量生産の自分、弱い自分、他人を力でねじ伏せる快感。
「応えよう。ワタシは、影。汝、真の名、塔のアルカナ」
影たる想いの権現が、影たる想いを持つ者と同調する。天使がその身から鎖を伸ばすと、デッサを縛り上げ、一体となる。天使の背から蜘蛛の様な触手が這い出て、のっぺらぼうだった顔には6対と中心に1つの目。全身に青黒く光る模様を表し、デッサだったものは真に異形と成り果てた。
「すごい力だ‥‥これで僕は!」
「‥‥だから何だって言うんだよ。そんなん、何もすごくねーっしょ」
その言葉を遮るように、乙姫が飴をがじり、にやり。青い火の様な戦いの意思。
「乙姫の言うとおりだよ。ボクらの力って、そういうものじゃない」
瑞姫の強い視線。戦う瞳。逃避との決別を果たした眼。
「そうだ。貴様のそれは、意志とも言えない、ただの欲望。仲間を手にかけるのは厭なものだが‥‥貴様が障害であるのなら、排除させて貰う」
ヘイルが穂先を払う。仲間を助けたい、磐石の絆の証が言葉となった。
「そうかい、じゃあ‥‥試してごらんよ!」
デッサ=天使が哄笑し、13の眼から圧倒的なエネルギー弾の奔流を撃ち出す。
為す術も無く立ちすくむかに見えた傭兵、しかしタキトゥスが使う防御陣形に最適な状態での防御に成功していた。返す刀で反撃するのはヘイル。陣形から飛び出すと遊撃に入る、狙いを絞らせない動きにデッサは苛立ったように二本の剣を振る。
「よく動くね‥‥なら、こういうのはどうだい!」
デッサが翼を広げると、羽の一つ一つが天井に向かって舞い上がった。その数は凡そ把握出来ない程。それがデッサの合図で一斉に地に降り注ぐ。全員の腕に、足に、致命傷は回避しているが、着実に行動に障る傷を増やした。
「はは、これで当て放題だね」
「そうはさせない‥‥リューココネ!」
劉斗が叫び、そのマスケラの最後の力を解放する。柔らかい光が弾けると、全員の体力と練力を回復させた。
「ボクが釘付けにする、一気に攻め込んで仕留めて!」
絶対に倒す。その意志を込めた突撃。瑞姫は己のマスケラに天魔を手渡す。雷を纏わせた剣劇は、正に敵に向かって降り注ぐ雷の様だ。その連劇でデッサから天使が剥がれつつある。
「今だ。あの心臓部‥‥あそこに見える宝石が、核だ!」
劉斗が叫ぶ。
「あははっ、ドキドキするぅー!」
乙姫が笑いながら瑞姫と入れ替わるように鋭角的な、蜻蛉のような軌道で突撃。自らの攻撃力を上げると、マスケラの両肘と両膝のブレードを駆使して傷口を開き、手にした刀で宝石を貫く。
絶叫と共に崩れ落ちるデッサ=天使。動く気配は――最早、無い。
「勝ったのか。これで、この迷宮は‥‥」
呟くタキトゥス。全員の手にあるタロットが光を放つと、それらが集まって扉を創り出す。その扉に触れると、こう書いてあるのが見えた。
『この世界は虚に過ぎぬ。しかし、努々忘れるな。影はいつでも貴方達の傍にいる』
全員が、顔を見合わせる。デッサも‥‥生きているから、とりあえず連れ帰ってやろうと考えた。
この扉に言われたからではないが、こう思ったからだ。
己の願いに向き合った時、そこに生まれる影。それから眼を逸らしてはいけないと。
美しい願いも醜い願いも、貴方は私、私は貴方。それに気付かせる為の世界だったのではないかと、そう考えた傭兵達は、扉をくぐった。
願わくば、夢から覚めた自分が、前よりちょっとだけ強く優しくなっているように――