●リプレイ本文
●7:00 オーストリア・プラーター公園
「はい、おっはようございまーす!」
ユーリ・ハネカワが両手を上げてやふー! と空元気の歓声を上げた。本日の天気は晴れ、気温は予想では日中はセ氏16度ほど。湿度は84%。ちょっとお高め。しかしまずまずの気候。ならばなぜ空元気なのか。お察し頂きたい。目の下には隈があった。どれだけ元気でも、彼は一般人なのだ。
「えーと‥‥俺が通りかからなかったら撮影出来なかったみたいですが」
終夜・無月(
ga3084)がやや苦笑をしながら口を挟む。ちなみに彼、前の依頼からの帰りがけにそのまま、寄り道的に参加したそうで、全身に鎧だの剣だの、ものすごいごてごてとした格好でテレビに映っている。いかにも傭兵、といった感じ。
「前回の他の皆さんは?」
「厳しい旅に犠牲は付き物ナノデス」
ふっとユーリが眼を逸らした。バテたのか、精神的な苦痛の賜物か。いずれにせよ、ずっと車に揺られるだけの旅になると思うのでそこのとこはご了承を。
もちろんあなた気をつけてもね、とうすーい笑みを浮かべてちょっと怖い感じなのは内緒だ。
「‥‥誰も来なくて、私、置いていかれたかと思いました‥‥」
誰よりも早く起きてホテルの外で待っていたセラン・カシス(
gb4370)は、もうちょっと涙目で可哀想である。前日の迷子を教訓にしての早起きがまたも仇になる。この子には何かおかしな不運属性がついてやしないだろうか。ユーリが背中をぽむぽむと叩いて慰める。
「前回も参加した者です。宜しく」
一方でゼクス=マキナ(
gc5121)はしれっとカメラに向かっていたりする。前日あれだけ車で走り回ったにも関わらず、あまり疲れと言うものは見えていない。相変わらずのマイペース。
「‥‥貴方ホント元気ですねぇ」
「平常心さ」
ちょっと超人めいている。
「欧州、か。昔はよく旅をしたもの、だよ」
UNKNOWN(
ga4276)が紫煙を吐き出して、昔を懐かしむようにちょっと斜め上を見たりしながら笑う。シニカルな笑み、右手には煙草、左手にはワインボトル。
‥‥ワインボトル?
「あんたそれどこで買ってきた?!」
「ふむ。いや、土産は忘れてはいけないとね」
彼が何時の間にか手にしていたのはゲミッシュター・ザッツと言うウィーンの特産ワイン。一体いつ買ったのだろうか。前回とはまた違った癖のある参加者達に戦々恐々とするユーリである。
「えっと、まずは、サイコロ振りませんか‥‥? あ、でも、私が投げたら、一番遠いところになるんです‥‥きっと。だから、他の人に」
セランがしょんぼりとしながら、ぺん、とフリップを出した。ちなみにクールな見た目に似合わず女の子らしい丸文字だった。
1、イギリス ロンドン塔
2、ドイツ アーヘン大聖堂
3、ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城
4、イタリア サンマルコ広場
5、イタリア バチカン
6、フランス モン・サン・ミシェル
「‥‥また、随分ハードだな」
ドイツ以外はだいぶ時間のかかる行き先である。ゼクスがこめかみを人差し指で叩いて溜息をついた。誰だ、用意をしたのは。
「では、俺が振りましょう。まぁ‥‥狙った目を出すことも出来ますが、ここは純粋に運任せで‥‥」
人差し指の先でダイスをくるくる回しながら、無月が嘯く。そのままそっと空中にリリースされたキャラメルの空き箱製サイコロは風に揺られてふらふら、と地面に落ち、その行き先を一行に告げる。
出た目は、3。
「ふむ、どこに行けばいいのかね?」
UNKNOWNがフリップを覗き込む。行き先はドイツのノイシュヴァンシュタイン城だ。時間は6時間弱。そこそこお手ごろな行き先に満足してふむ、と一息入れると、彼はスタッフにあれこれとレンタカーの種類について注文を入れる。排気量がうんたら四駆がどうたら、恐ろしく余念がない。これも旅慣れているという意味なのだろうか。
「ところで、偽造のナンバープレートなどは」
「きゃーーーっか!!」
ラスホプどうでしょうは、健全なよいこのための番組です。
●12:49 ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城
ノイシュヴァンシュタイン城は、ドイツはバイエルン州フュッセンの南方に位置する城だ。時の王ルートヴィヒ2世が中世騎士道に傾倒し彼自身の作品として作り上げた城であり、その美しさから『白亜の城』とも呼ばれている。
「ではでは、ここで一発サイコロですっ!」
どん、と置かれたフリップには
1、イギリス ロンドン塔
2、ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城で10分休憩
3、ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城で1時間観光
4、イタリア サンマルコ広場
5、イタリア バチカン
6、フランス モン・サン・ミシェル
と書いてある。
「‥‥2におかしなものがありますね」
無月、思わず二度見。ちなみに彼は、依頼の疲れか6時間余りの道中一度も起きることが無く、またその女性っぽい容姿から寄りかかられたユーリは少し複雑な思いだったとか、ではないとか。余談である。
「文句はそこでカメラ構えてるダメディレクターに言ってくださいね。はい、そんじゃサイコロですが」
「おお。では、はい」
「‥‥えっ、私、ですか?」
UNKNOWNがおもむろにキャラメル箱をぽん、と手渡したのはセランだ。手のひらに乗ったサイコロをまじまじと見ると、ダメです絶対私だとろくなことになりません、と拒否するのを、UNKNOWNは鷹揚に笑って勧める。
「うぅ、では‥‥振らせて頂きます」
えいっ、と小さな掛け声と共に振られたサイコロは、てん、てん、てん、と古城の石畳を転げた。
出た目は、またも3。
「えっ、嘘‥‥一時間、観光‥‥!」
「おめでとう。ジンクスは若干なりとも払拭されたな」
セランの顔がぱあぁっと輝き、ゼクスがフリフリの日傘をくるくると回して頷く。‥‥何というか、随分と可愛らしい傘だ。
「ちなみに、その傘はどうして」
「ふっ。これしかなかったのさ」
いや、そんな、ふっとか言われても何の説明にもなってないんですけど‥‥何てユーリは思うのだが、多分深くツッコんだら負けなのだ
「ともあれ、これでここはゆっくりと観光出来ますね」
「ふむ。では私が、史跡の解説などしてみようかね? いや、まずは食事か」
無月が笑顔で頷き、UNKNOWNも煙草に火をつけて軽く笑う。ちなみにその指には既に地ビールの飲み口が挟まれていた。
――ともあれ、そんなこんなで楽しく観光をして、1時間後――
●13:49 ドイツ ノイシュヴァンシュタイン城
「いよぉーし、それじゃあ、もういっちょサイコロ行って見ましょーっ!」
この1時間でだいぶつやつやてかてかしているユーリである。ゼクスや無月も楽しんでくれたようだし、UNKNOWNの解説は面白かったし、何よりずっとどんよりだったセランが(実は最初の6時間も車酔いにうなされていた)元気になってくれたのが良かった。何とか面目躍如と言ったところである。さらに景気づけの為に、どどんと出されたフリップは
1、イギリス ロンドン塔
2、ドイツ アーヘン大聖堂
3、オーストリア プラーター公園逆戻り
4、イタリア サンマルコ広場
5、イタリア バチカン
6、フランス モン・サン・ミシェル
「‥‥何だ、この3番は」
ゼクスが怪訝そうな顔で見つめる。そりゃそうだ、こんなもの誰に得があるんだ。得どころか、間違いなく全員損しかないところではあるが。
「番組デスノデ」
ユーリはギチギチと首を振る。まっとうな旅ではないのだ。
「では、ここで一発、今度はワタクシが振らせていただきます‥‥」
神妙な顔で手を合わせて瞑想、そしてカッと目を見開いてユーリがぶぅん! と大きく手を振る。高く描かれた放物線は、石畳にぶつかり。
出た目は、6だった。
「モン・サン=ミシェル‥‥」
「ここからだと、大体1200kmはあるね?」
無月とUNKNOWNが地図を覗き込んでルートを確認している。
ゼクスは氷の視線でユーリを見つめていた。
セランの目は軽く虚空をさまよっていた。
そしてこの間、ユーリはずっとジャパニーズドゲザだった。
「‥‥まぁ、とりあえず行こうか」
「うぅぅ‥‥たぶん私は疫病神に憑りつかれてて、ソレが『良い事が起こると思うってんなら、まずはその幸運をぶち殺す!』とか言って打ち消すんです‥‥あっ!!」
ゼクスが首を軽く振って一同車に向かおうとすると、後ろからセランの短い悲鳴が聞こえた。
「どうしましたか?」
「‥‥荷物が、ないです」
置き引きだった。
勿論傭兵達から逃げ切れるわけもなく、あえなく御用となったのだが。
●道中 ロマンチック街道
一行は、ほんのちょっと寄り道をしていた。
史跡について詳しいUNKNOWNのちょっとした提案である。真っ直ぐ北西に上がるのではなく、少し北上して旧史跡の並ぶ街道を進んでいた。
「とはいえ、これからは少し考えたくない道程だが、な」
ぴし、とゼクスがトランプを出した。何せ1200km。どうも、到着する頃には夕食どころか日が回っているのではないかという距離である。
「と、とりあえずお部屋は取らせていただきましたが‥‥!」
ユーリ戦々恐々。
「いえいえ。ドイツを走るのもなかなかに楽しいですし‥‥」
無月はハンドルを握りながら、崩れることのない笑顔だ。どうやら本当に楽しんでくれているらしい。少し救われる。
「ふむ。少なくとも、どこかで一度止まって。食事と、土産も仕入れたいしね。おっと、8で切って、これで私は上がりだよ」
UNKNOWNがカードを寄せて、何も無くなった場に手札の最後の一枚を置く。このお2人もまたマイペースで。
そうなると一番割りを食っているのが‥‥
「と、ヴュルツブルクに入ったか。ここはフランケンワインの集積地でね‥‥」
「うえぇぇ‥‥」
「せんせー、セランさんまた酔っちゃいました‥‥」
UNKNOWNの講釈も聞こえない様子で、必死に車酔いという名の悪魔と戦うセランだろう。ユーリは哀しそうな顔でセランの背中をさする。
まだまだ旅は、長いのである。
●22:30 フランス パリ
「休憩‥‥っ!」
「というか、さすがに今日はもう無理な気がしないか?」
ゼクスのややうんざりしたような顔も当然だろう。何せ1日、ほとんど車にしか乗ってないのだ。
一行はさすがに夕食も取れないのはまずいとパリで一旦下車し、遅めの夕食を取っている。ちょっとした下町の隠れ家レストラン。味の方はそれほど値段が高くないながらも満足の出来るものだ。
「このままだと、モン・サン=ミシェルには翌日行くことになるのですか?」
無月が丁寧にナイフとフォークを扱いながら訊く。
「多分そうなるでしょうねぇ‥‥明日は、モン・サン=ミシェル観光からでスタートで!!」
ぐっと拳をユーリが握る。今日はどうせ、到着即ホテルで終わりだろう。
「ふ。しかし、昨日に比べたら実りある旅行だったのではないかね?」
紫煙を燻らせ、UNKNOWNがワイングラスを軽く揺らす。思い返せば、ノイシュヴァンシュタイン城や街道など、それなりに‥‥あくまで前回に比べれば、だが、見るべきところも確かに多かった。
「あぁ‥‥でも、これからまだ、あと何時間、走るんだろう‥‥」
最後にまだ青褪めている顔をさすってセランが言う。彼女の体力は、果たして持つのだろうか。フォークで海老を剥いたら、つるんと滑って下に落ちてしまった。泣きそうな顔だ。
「はい、というわけで‥‥今回はここまででございます。我々はこれから、死の行軍です。生きていたら、またお会いしましょう!」
カメラに向かって、うひゃっほい! てな感じにまたもや空元気で笑って。あと360kmはあるのだ。
この旅、何の為にやってるんだろう。ユーリは真剣にそう思ったと後に語る。
2:21 Relais Saint−Michel チェックイン
二日目 終了
●おまけ
「今日もいろいろ有ったけど、最後に満天の星空でも見て、明日も頑張ろ‥‥」
そんなことを呟きながら、セランはモン・サン=ミシェルの夜空を見上げた。星に希望をたくして、つっと顎を上げて。
「‥‥‥‥‥‥曇り空、です」
いつかきっといいことあるさ。