●リプレイ本文
●0:05
「ヘラジカ‥‥能力者になる前は時々お世話になったなぁ」
探査の目で標的の痕跡を辿りつつ、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は感慨深げに呟く。狩りは慣れたものらしい。相棒たる狼は流石にキメラを相手取らせるには危険で連れて来させるわけには行かなかったが、居れば便利だったろうに、と少し残念そうである。
「鹿ですかぁ‥‥雄かな、雌かな。あの角って凛々しいですよねっ」
ほわー、と未だ見ぬ標的との邂逅を心待ちにする和泉譜琶(
gc1967)。何となくその姿が子犬を思わせるのは気のせいだろうか。
しばし二人は追跡を続ける。ユーリは痕跡を眺めつつ、自分が相手ならどのような経路を辿って偽装するかについて思いを馳せていた。そのうちに、ふとある考えに辿り着く。
「しっかし‥‥」
「はい?」
「いや、鹿の癖に随分と人間くさいなぁと思って」
言われてみれば、と譜琶は周囲を見渡す。
バックトラックや足跡の共有、獣道の使用に留まらず、周辺の自然物を利用しての隠蔽等、標的は実に様々な方法で能力者達を引き離しにかかっている。それが伺えた。
譜琶は事前に警備員に、情報があれば教えて貰えるようにと頼んでいた。しかし、元々の技能がそれ向きではない彼等の情報は精精地形その他の基本的なものでしかない。刻一刻と、時間は過ぎていた。
情報は集まる。しかし受動性の情報こそ集まれど、2人にはそこからの発展に結びつける今ひとつが足りなかった。
しかし、追跡を行っているのは彼等だけではない。足りなければ、持ち寄ればいい。さて有益な情報はないものかと、譜琶は無線機を取り出して仲間に呼びかける。
「そちらの様子はどうですか?」
●0:15
「こちらは今ひとつですね。引き続き、情報を頂きけると有難く」
無線を切ると、終夜・無月(
ga3084)は腰に手をかけた。そこに納められた明鏡止水の感触に触れつつ、未だ見ぬ敵の気配を感じる。
彼は、従者の草薙・樹(
gb7312)と行動している。尤も、忍を自認する樹は影に隠れて行動し、現在その姿は見られない。あくまで無月を立てて行動するようだ。
無月は基本的に、把握した情報からの推察で行動する。能動的に標的の行動を予測しようとしているようだが、狙いが漠然としているが為に有益な情報は今ひとつ、自分では集められないようだ。
もっと情報が欲しい。彼は、無線機によって仲間に問いかける。
「そちらはいかがでしょう。現状を、教えてください」
●0:20
「追跡中、だ」
「やれやれ、追いかけっこはあんまり得意じゃないんだがなぁ」
簡潔に言うと無線を切ったのは、秋月 愁矢(
gc1971)だ。彼の応答に対しやや自虐するように独り言で嘆息するジャック・ジェリア(
gc0672)や彼を始めとする大型狙いの3人は、他の組とは違ったやや拓けた道を追跡している。雑木林内で3mのヘラジカが通れる場所は限定されるだろうという考えの下の行動だが、今のところは順調に追跡出来ていると言えよう。
「しかし、貴重な食料を荒らすなんて‥‥狡猾で汚いやり口だな」
「確かにキメラのあの行動は挑発的ですね」
追跡を継続しつつ、愁矢とソウマ(
gc0505)は、件の標的に関して話す。愁矢はふくろうの目と耳の名を冠する装備によって生命反応を探査しているし、ソウマは高台に、まるで猫か何かのようにするする登ってから双眼鏡で遠くを観察しているようであった。両者共に違ったアプローチから情報を集めつつあるのに、いや、だからこそかもしれない。同じものが見えつつあるようだ。
「知能も高そうですし、何か意図する物があるのかもしれません」
そこまで言った所で、何かを振り払うように首を振るソウマ。感情移入しかけている自分に気付いたかのように、その意図を断ち切る。
「いえ、どの道討伐するのですし‥‥問題ありませんね」
「ん。ともかく、これ以上町民の食料を減らすわけにはいかないしな」
ソウマに合わせて愁矢も頷く。果たして、この見えざる敵はどのように出てくるだろうか。気になる点があるというのも、また厄介なことであろう。
「さ、俺はそろそろ別行動させて貰うぜ」
ジャックは言うなり、整った道を逸れていく。彼の狙いは敵の行動範囲を徐々に狭めつつ、自分が目立つことで標的の誘導と追い込みを行うことのようだ。少しずつ、近づいて行く狩人の足音が、彼だ。3人の狩人は、3通りの遣り方で。少しずつ、少しずつ、トロフィを追い詰めていく。
「さーて、ハンターが接近中だ。反応はどんなもんかな?」
●0:40
ざざざ、と。遠くの茂みがざわめいた。
「‥‥ビンゴ、かも知れないな」
瞬間的に緊張する2人。ユーリはいち早く戦闘態勢を取ると、長弓「万里起雲煙」を静かに番えて弦を引き絞る。譜琶は彼のフォローをするように、そして地形を利用するように立ち位置を変える。
「現れました‥‥っ!」
声を潜めて警告する譜琶。幸いかな、風上であったようだ。ボスである3m級の鹿には及ばないものの、それでも十分巨大で悠々としたヘラジカである。数は2頭。どうやら、ユーリの先回りに加えて、先刻からジャックが経路を段々と塞いでいたのが功を奏したようだ。ここで仕留めれば、纏めて2頭を討伐できる。
「譜琶、援護して貰える?」
「はいっ。足を落とすのは基本ですよね、手早く終わらせたいです」
1頭のみを攻撃して取り逃がさないように。2人のアーチャーは静かに狙いをつけた。それぞれ一頭ずつ、ユーリは急所、譜琶は足を。
呼吸を糸のように撚り合わせ、静かに、静かに‥‥そして、弾けるのは突然だった。放たれ空気を切り裂き、二条の光が迸る。炎と光条。燃える物理の矢と、迸る知覚の矢がそれぞれ、ヘラジカの首と足を深々と貫いた。
ぶおぉぉぉ、と野太い鳴き声が林に木霊する。尚を矢を射掛ける2人に対し、首を貫かれた1頭は頭を振って逃げ――もう1頭は、荒々しく向かってきた。
「ぐっ!?」
「きゃぁっ!!」
咄嗟に転がって避ける二人。足に一撃、それが功を奏し回避自体に危なげは無かったが、そうしている間にも一頭は力を振り絞り逃げていく。
一頭は逃がすか。そう思われた瞬間だった。
「ぎりぎり‥‥間に合いましたね」
茂みを突き破り飛び出してきたのは水銀の如く流れる輝き。無月が迅雷で飛び込み、すれ違いざまに明鏡止水で斬り付けたのだ。首を寸断されかけつつも崩れ落ちない、そこはキメラの生命力か。尚もよろよろと進もうとするヘラジカを雷が遮る。無月と挟み撃つ形で樹が放った雷遁だ。
「御館様っ、今です!」
「心得ました」
更なる一撃。無月の、豪力発現により隆起した体。そこから発揮される膂力が標的の巨躯を刺し貫き、縫いとめる。僅かに痙攣し、心の腑と首の根から命を流しすぎた1頭は、そのまま息絶えた。
「さすが、隊長」
ふっと笑うと、ユーリは振り向く。見ると、第一撃を外した敵は早くも体勢を低くし、次の行動に移ろうとしていた。力を溜めるその姿は引き絞られた弓の如し。
「うっわー‥‥動き回ってますね。これで終わりにしましょう!」
そのまま第二撃、ユーリに突貫しようとするヘラジカの動きは、譜琶の一撃に止められる。脚に更なる一撃を喰らいたたらを踏むキメラの額に、炎の矢が突き立った。跳ね上がるように首をもたげ、力尽きた標的はどっと地に崩れ落ちる。
●0:45
ここにもある。俺の邪魔をするナニカが。
そう言いたげに鼻を鳴らすと、最後の標的――リーダーとも言うべき大きなヘラジカは、再び行く道を変える。これで何度目だろうか、数える知能はキメラには無い。ただ野生の本能で、自分が無駄足を踏まされていることだけは漠然と理解していた。そして‥‥
「――見つけたよ」
きっと、自分は狙われているのだということも。
飛び出したのは、隠密潜行から瞬天速によって一瞬で間合いに入ったソウマだ。黒猫のようにしなやかな動きで接近すると、電磁波の奔流を叩きつける。痺れ、のたうつ大鹿。しかし軽く頭を振ると体勢を立て直す。そこに更に横からの打撃、愁矢が放った散弾の一撃だ。
「逃がさん。姿は見えなくても、熱源は誤魔化せない‥‥音も、な」
ブラッディローズで足を抉り、その後に疾風と迅雷を使い飛び出す愁矢。一撃を食らわせたが、大きく首を振ったヘラジカの角に足を掬われ地面に転がされてしまう。踏みつけて追い討ちをかけようとする鹿の行動を、銃弾の嵐が遮った。
「狩人のお出まし、っと。討たせて貰うぜ」
制圧射撃。追いついたジャックの嵐に、ヘラジカは行動を制限される。その間に愁矢が脱出すると、その間をカバーするようにソウマが再び電撃の一撃を浴びせる。三次元的な行動を目指すも、離れる前に角の一撃を喰らい、その動きを絡め取られてしまう。もがくソウマを助けに入ったのは、愁矢の二連撃。莫邪宝剣の軌跡が光を描き、ヘラジカの象徴とも言える角を叩き折った。
まるで船の汽笛のような野太い鳴き声が森に響き渡る。己の象徴を失った慟哭か。
3人は互いが互いをカバーする為に動き、一方のヘラジカは己の一番の武器である角を失い、それでもその隆々とした足や頭で反撃する。そうするうちに弾痕が増え、切り傷が増え、火傷が増え――そうして、最後に一つ震えると、それきり動けなくなった。
「‥‥満足行く結果だったかい?」
ソウマはそう小さく呟くと、様々な感情の篭った無表情で目を背けた。
狩人のトロフィーは角と命を失い、それでも尚、堂々としているようだった。
●After
回収したキメラを前に、一同は考えた。食糧難の街のこと、奪われたものを返して貰う、その方法。
「ところで、これ、食料にしたらダメなのか?」
ユーリが唸った。
「鹿って食べられるんですよね‥‥まぁ、私はキメラは食べないのですけれど、食料に困っているなら食べてしまってはいかがですか?」
譜琶が手を上げて提案した。
「鹿‥‥か。鍋だな」
愁矢が同調した。
「なるほど‥‥それで、こういうことになったのですか」
町長が頭を一撫でし、呆れたような感心したような溜息を吐く。
傭兵の中の何人かが提案したのは、ヘラジカの肉を食料とし当座、少なくとも一晩は暖かく過ごして貰おうということである。捌いて鍋にして炊き出し。少なくともこの町では、敵方の兵器であるキメラを食べてしまうという発想は無かったのだろう。後日談ではあるが、角も良い値段になったらしい。
「しかし、これだけ立派な鹿‥‥バグアは、何を考えて作ったのでしょうね」
人を積極的に襲うでもなしに。町長が、解せないといった風情に首を傾げる。
傭兵の誰かはこう言った。意図は判らない。しかし、少なくとも自分達は彼等と対等に戦い競い合い、そして勝ったのだと。
「‥‥そうですね。少なくとも、この戦いにおいて、それだけは紛れも無いリアルだったのでしょう」
町長は、何かを悟ったかのように呟くと、ひとつ頷き宴席の輪に加わった。
狩猟と言う名の人と動物の知恵比べ。本日この時この勝負、今回は人間の勝利にて幕引きとなったのだった。