タイトル:瓦礫、時々クリスマスマスター:夕陽 紅

シナリオ形態: イベント
難易度: やや易
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/12/27 02:50

●オープニング本文


「お前、クリスマスは帰らないのかよ」
「いや‥‥無理だね実際」
 男二人、真“夏”の空の下。
「どうせ待機命令、解除されないんだから」
「そうは言ってもなあ」
 二人は、同郷の幼馴染だ。
 UPCに所属し、長い戦いを何とか戦い抜き。
 ただ有能な上官が軒並みいなくなったが故の野戦任官というだけでは決してなく、彼らはそれぞれ、善く任務に就いていた。
 片方は、“リンクス”小隊長として。
 片方は、“アンジュ”中隊副官として。
「お前よ、最後にガキにツラ見せたのいつだよ」
「年が変わる頃に一度」
「‥‥あのなあ」
 浅黒い中東系の肌にたかる虫を一払いして肩を竦める絞り込まれた身体の若者に、白人の隆々とした男が食って掛かる。
「言いたいことはわかるよ。君はダディにずいぶん寂しい思いをさせられてたからね」
「そうだ、俺のこと見てたお前なら、なあ。せめてクリスマスくらい帰ってやれよ」
「勿論、そのことも十分承知だよ」
「なら」
「なあ、ハインツ」
 短く名を呼んでそれ以上の追及を一旦区切ると、男は空を見た。
「何だ、ラハブ」
「僕らは親友だな?」
「それこそ何を今更だ。俺もお前も互い色々と、人種だとか生まれだとか宗教だとか、そりゃあ違いもある。俺たちの街は人種のるつぼだ。ゲルマン人、アングロサクソン、アジアン。カトリック、プロテスタント、ムスリム。数え上げればきりがねえ。そんな中で移民との軋轢だって数え切れないほど生まれてる。
 だけどな、そんなのは“そんなこと”なんだ。お前が俺の誇りを誓って汚さないことを俺は知っているし、俺はお前のことをクールだけど情に篤い奴だって知ってる。
 俺達が友人であることにそれ以上の理由がいるのか?」
「いらないね」
「だろう? だって言うのに、お前は一体全体どうしたってんだ」
 要領を得ないという感じで眉根を寄せる。こう見えてマッチョのハインツだってゲルマンらしい勤勉さと、士官として誰にも文句を言わせないくらいの教養は身につけている――でなければ誰も、彼を“サー”と呼んでくれはしない。
 しかし、相変わらず、もの悩みにふける人間の気持ちはいまいち汲めないようだ。鈍いわけではないのだが、彼自身が断固たる決断力の塊であるせいというのが大きい。
 だから、ラハブは慎重に言葉を選ぶ。
「君の言った“そんなこと”で殺し合いを選ぶ人間もいるんだよ」
「んなのは知ってるわ、バカにするんじゃねえ」
「そうじゃなくてだね。その‥‥」
 参った。
 ハインツが回りくどい思考を汲み取れないように、ラハブはいまいち、自分の頭の中で生まれた帰結を人に噛み砕いて説明するのが苦手だ。思考のプロセスを紐解くのは面倒でいて、しかし面白いから良しとする。
「僕らはバグアに勝った」
「ああ」
「だが、依然として状況は変わらない。世界は相変わらず戦いに包まれている。今のこれは、ただ一番の危機が去ったという、それだけのことだ。そんな世界を、そのまま子供たちに渡して良いのか?」
「言いたいことは‥‥判るけどな」
 ただでさえ、地獄の最果てのような土地なのだ。
 今だって、自分達が能力者でなければこうものうのうと街を歩いていることなど出来はしまい。
「こんな街を見せられちゃ、何をか言わんやだ。大尉殿は一体何を考えておいでだ?」
「“現在という言葉を極限まで煮詰めた街だ”‥‥と、そう仰っていた」
「現在‥‥ね。よくわかるっちゃよくわかる。俺たちが何かしたからって、何か変わる街なのか? ここは」
 生きるために、死なぬために、よりよく生きるために、死なせぬために、奪い、犯し、乱し、殺す。未来なんてことは余裕のある人間のゆめまぼろしごとだと言わんばかりに、今日食い繋いで明日を生きて。
 それでどうなる?
 その問いに対し答えを出せないのが、この街だ。
 ヨハネスブルクは、相変わらず最果ての景色を見せている。
「わからない。だけど、何か出来るかも知れないだろ?」
「未来を作れるって?」
「さあね」
 ひとまずは、この街を元通りにしなければ。
 戦闘によってほとんど廃墟になったのは、或いは良かったのかもしれないと他人事ながら思う。
 何もかもゼロにして、始めなおす。それはもっとも難しいことの中のひとつだ。
「ビデオレター」
「ん?」
「‥‥送ってるんだ、子供に」
「そうか」
「学校で、友達が出来たそうだ」
「いいことじゃねえか」
「だから、今は、お父さん。あなたがしたいことをしてって。帰って来るって信じてるからって」
「なるほどな。こりゃ、野暮なおせっかいだったか」
「そんなことないさ。君。親友に心配されて厭な奴がいるものか」
 二人で談笑するという機会も、なかなか得難いものだから。
 煙草を揉み消すと、丁度良いところで、傭兵の連中がやって来た。
「よう諸君、こんな年の瀬に済まないことだが、知ってのとおり今は人類総出で人手不足なんでな」
「ま、任務さえきちっとこなせば非番の時に何をしてても構わないからね。何もないところで済まないが、場所だけはたっぷりある。
せめてもと言うわけではないが、早めのクリスマスなんてのも楽しいんじゃないかな?」
「じゃ、そんなとこで宜しく頼むぜ」
 踵を返して去っていく。
 彼ら傭兵には、原理原則だけ与えておけば思ったより働くものだ、と。何年もの経験で彼らも知っているのだ。
「ところで、そういや大尉殿はどうしたよ。いつもなら」
「ああ。プロトスクエアの玄武を打倒する折に、傭兵を囮に使ったからな。気まずいのと申し訳ないので顔を合わせたくなかったらしい」
「‥‥あの人案外ナイーブだよな」
「そういや、ハインツ」
「何だ?」
「そろそろ、彼女でも作ったらどうだ」
 骨と骨のぶつかる快音が、空に鳴り響いた。
 南半球の12月は、なかなか快適な気温。
 そろそろ、一休みしてもいいころだろう。

●参加者一覧

/ 鯨井昼寝(ga0488) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / クラーク・エアハルト(ga4961) / 百地・悠季(ga8270) / 時枝・悠(ga8810) / キア・ブロッサム(gb1240) / ラナ・ヴェクサー(gc1748

●リプレイ本文


「気になる?」
「いえ、別に」
 怒号と悲鳴が聞こえた。
 十度目あたりから数えるのはやめてたけどね。
 鯨井昼寝(ga0488)が、書類片手に首をこきりと鳴らす。
「そう、いい心がけね」
 落ち着いているのは、そう言って肩を竦めた黒人の女だけだ。溜息を吐く者、無線を手に指示を出す者、まるで無視してはいられないのが義務とばかりに視線が飛び交う。
 ヨハネスブルクはいつもと変わらない。まったくもって平常運転。笑えない冗句より平坦な、鼻を刺すような暴力のかおり。火薬が詰まった戦場とも違う、コールタールのように絶望が窓ににじんでべったりついているような。そういう風に、昼寝は考えた。
「そう云う貴女はお止めなさらない?」
「どうしてそう思うの」
「立ち居振る舞いなど、地元のように思えたので」
 あくまで真面目に、愛想良く。それも場合によりけり。ケースバイケースで、こういう冷淡というか、無味乾燥な相手には相応の相手の仕方というものがある。
 もし世が世なら、いずれアパルトヘイトという政策は人間の手によって失われていたかも知れない。しかしその機会は失われ、そして押し寄せたバグアから西欧社会の資本主義は手を引くことで再び土地は民の下へと戻り。しかし残ったのは金もなく教育の機会すら与えられず、資源は金があってこそ生きる鉱物が主。バグアが失せた今、それが再び狙われるのは時間の問題だろう。
「いいこと教えてあげるわ」
 鼻を鳴らす。
「うちの国の言葉でね。『それが彼の人生だったのだろう』、よ」
「成る程、確かに」
 騒ぎは終息へと向かっているのが音でわかった。面白いような、面白くないような。員数管理のことなど、こんな書類をアルバイトの自分らに任せて良いのか――狙い通りではあるが、と思いながら昼寝は嘯く。
「であれば、それをどうにかするなど埒外の労力ですね」
 ある意味他人の人生を背負うに等しい。
 手の中の書類には、いずれ踊ってもらうべき仲間(やくしゃ)達の写真があった。今どこに居るのだったか。思い返してみる。


「『普通の暮らし』って何だと思います?」
「‥‥何?」
 クラーク・エアハルト(ga4961)の問いに、東洋人らしい軍人が眉を上げた。
「そりゃお前、あれだ、えー‥‥働いて、メシ食って、休日は遊んで‥‥そういうよ」
「どうしても、先立つものは必要だと」
「そりゃよ」
 ガトリング砲を小銃くらいの手軽さで担いでいる男に、そうそう悪漢など寄ってくるはずもない。つまりそれこそ示威の力であり、それだけに自身の価値の在り場というものにクラークは疑問を呈さざるを得ない。そういう質問だった。
「クリスマスプレゼント‥‥どうしよう」
「何だ、女か」
「女と言えば確かに。これくらいの、素敵なね」
「‥‥なーるほど。確かにそりゃあすっぽかすと後が怖い」
 互いに得心のあることらしい。顔を見合わせて小さく笑う。ちょっとした連帯感だ。
「戦わなくて稼げる方法、探した方が良いのですかね」
「さてな。少なくとも」
 押し殺したような怒号と罵声、そして殴打の音。
「やるべきことはここにはあるな」
 厭な街だな、とクラークは思った。

 殴打。肉と肉、骨と骨のぶつかる音。
 怒号。罵声。何かを引き裂く音。悲鳴。別にこの世界の果てでなくても良い、どこにだってある、ありふれていて醜悪な行為。
 形の良い鼻をすんと蠢かせて、つまらないと思いながらも、同時に当然のことだと思った。
「キア君、怪我は」
「あると思います?」
 ちょっと路地に迷い込んだらこれだ。
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)とキア・ブロッサム(gb1240)が埃を払い落とすような感じで巨漢を5人瞬く間に“おしゃか”にしてしまったのを、声を聞き追い付いたクラークは目撃して苦笑の息を漏らした。
「災難でしたね」
「別に。人の本性に、よいも悪いも‥‥所詮は他人ですし」
「それはまあ」
 キアの物言いに、変わらないところは変わってないな、とラナは思う。
「しかし、この街‥‥」
 ひどい有様、と口の中だけで。
「壊すのは簡単、直すのは難しい‥‥と言いますが、壊すしか出来なかった私達に何が出来るのか」
「何も出来ないでは、苦労して世の為に仕事したとしても‥‥虚しいものね」
「貴女の口からにしては随分な冗談ですね」
「もちろん。そう思ったことなんてありませんし」
 二人は手早く手錠で締め上げられていく男達を、何ほどでもないように見る。
「それで」
 とラナが訊く。
「‥‥傷跡はもう、気にならないようですかね」
「さあ‥‥」
 キアの傷跡。自分達の戦いの証。
 顔には残らなかった。しかし、自分たちの戦いで壊れたこの街は、国にとってのどこだったのだろう。
 メタという名の臆病なバグアと共に拭えたのか、それさえわからない。
 少しだけ、胸が疼く。
「‥‥私もあまり、貴女を笑えない」
「変わりましたね」
 本当に。とラナがキアに言う。
「誰のせいだと」
「私だけのせいでもないでしょう?」
 これくらいの自惚れを互いに口に出来る程度にはなったのだ。
「お話は終わりましたか?」
 苦笑気味のクラークの問いかけに、二人の女は頷く。
 まだまだ、確かめなければならないことだらけなのだ。


「傷跡なんて、誰も見てないわよ。そういうもの」
「それは、先任としての助言ですか?」
 女の厭世的な物言いに、昼寝が聞き返す。
「この国の、よ。こんな街、元から瑕疵だらけなのだわ。どいつもこいつも学がないから先のことなんて考えられない。挙句がこれよ。支配の先なんてどこでも同じなんだわ。学ぶ環境がないというのは、それだけで悪なの」
 違う。
「だから、諦めるしかないわ。他人なんて知ったことじゃないと、自分のことだけ考えてればね。道なんていくらでも出来るのよ」
 この女はそうじゃない。
「ところで貴女、さっきから手元にある書類、よーく読んでいるようだけど‥‥興味、あるの?」
 この女は、“賭けても良いのではないか”? 真面目に、愛想よく、仕事はする。
 だが、経験と勘は、大事なものだ。それに逆らっても良いのだろうか。
 だから、昼寝は、訊いた。
「では、このままで良いの?」
 昼寝の唇が我知らず吊り上る。
 これは、空風の吹く燃えカスではない。
「世界はこんなに暴力に満ちているのに。ちいさな塊の欲望を纏め上げれば、何かになるかも知れないのに」
 これは埋み火だ。
 誰より、その肌の色より尚暗い炎が目の中にあるというのに。
「それで良いのですか?」


『よーし、そこはもう良いぞ。後は重機で何とかなる。』
「了解でーす!」
 レーゲン・シュナイダー(ga4458) がコクピット内でふうと一息吐く。モニターでダメージチェックをすると、やはり関節周りが少し熱を持っている。
「後で念入りにメンテしてあげないとですね‥‥ライヒアルト」
 そっと愛おしそうに操縦桿を撫でた。ディアブロは瞬発力に優れてはいてもやはり少し剛性に不足がある。
 それでも、最近乗ってあげていなかったし、これでも相棒なのだ。
「後、何しましょっか?」
『そうだな‥‥』

「あぁ、あっちかな。管制塔は早めにやっつけないと」
 時枝・悠(ga8810)も、そうお喋りな性質ではないとはいえ、話しかけられて邪険にするほど人付き合いの悪い方ではない。
 近くで見知らぬディスタンが梃子摺っているのが見えたので、軽々と手伝ってやる。
 KVの中と言っても、外は暑い。季節感が狂うが、周囲はクリスマスだ何だと騒いでいるのを聞くと、やはり季節が変わるのが早く感じる。
 ああ、年寄り臭い。と、それ自体がわりと年寄りっぽい溜め息を頭の中で零しながら、デアボリカと言う名の怪物が瓦礫を更地に変えた。
『助かった。すげえなソレ』
「あぁ‥‥」
 ツールがか、ともデアボリカがか、とも、訊きそびれた。どちらもか。
『いいなあカスタム機‥‥こちとら品質の安定の方が有難いわけだけど、こういうときばっかはな』
「そうか? ‥‥そういうものか」
 成る程。頷く。
「物騒な名前してる割には、こういう仕事も存外に出来るんだな、相棒」
 戦争が終わっても、どうやらこいつは食い扶持稼ぎに一役買ってくれるらしい。
 少しだけ、目から鱗が落ちた気分だ。
『悠さーん?』

『ん、何?』
「あっち、炊き出しやってるみたいですけど一休み入れます?」
『‥‥ちょうど減り具合だし、そうしよう』
「では、そういう風に連絡入れておきますねっ」
 レーゲンは言うと、最後に一仕事とばかりに大きい廃材をがしゃがしゃと踏み砕いておく。こういうのはわりと得意な機体なのだ。本当に、いい子。
 膝立ちにさせてからするすると、全身の凹凸に手指を引っ掛けて降りる。こう見えてメカは得意だし、装甲板一枚一枚の形状と配置まで覚えてるからこそ出来ることなのだが、彼女の見た目でそういう器用なことをすると周囲の正規軍の方々が目を丸くする。
「あら、来たの?」
 近づいて来る二人を見て、炊事場を監理している百地・悠季(ga8270)が首をかしげた。
 トラックの荷台がちょっとしたお祭り騒ぎになっているので、何とか近づいて骨なしローストチキンや雑炊、ポタージュにカレーのスープ、それにパンを手に取った。集まってくるのは主に女や子供だ。
「あんまり、男の方、居ないですねえ」
「いるにはいるが、粗暴なのや武器を持ってるのは遠巻きにされているんだろ。まともなのは自主的に周りを警戒してるしな」
「まあ‥‥治安がね」
 レーゲンと悠の言葉は実に的を射ていて、悠季が肩を竦める。
「それでも、私ら能力者が分け入っているのだし。それにほら」
 彼女が指し示す。周囲には、控えめでも笑顔が溢れていた。
 だれも彼もが疲れ切って、もううんざりだという顔で、しかしそれなのに、ここには笑顔が確かにある。
「‥‥あ! シュトレン、作ってきたんですよ!」
「あら菓子パン。丁度今スープの追加作ってるのよね」
 クリスマスという習慣も、これだけ祝うのは久しぶりだ。何せこの地は長らく異星人の支配下にあったのだから。
 だからなのか、多少暑いくらいの中、それ以上に温かい食べ物が嬉しそうだ。血肉は温かいものであるべきだと、そう全身で叫んでいるかのようだ。
 生命の息吹が可視化されたような光景。
「先の見通しが立たなくて希望すら持てなくて‥‥その日その日のみを生きるだけなのよね」
 悠季がその光景を、憂いを含んだ瞳で見つめる。
「だからって、どこかの誰かの為に、今出来る事を。なんて、私だってそんなご大層なことを考えているわけじゃないけどな」
 悠の物言いは、この不毛な瓦礫に似合うように見える。
「小銭稼ぎだよ。ここの人らと大して変わるわけでもない」
 今も遠くから聞こえる銃声に、その声が重なるようである。
 ――銃声、というか。鉄の牝馬の嘶きというか。明らかに誰か能力者が使ったであろう武器の音だ。
 その音の主は、四半刻ほど過ぎてからその場に現れた。
「やあ、皆さんも休憩で?」
 にこやかにクラークが挨拶する。
「さっきのはクラークさんが?」
「‥‥まあ。バグアがいなくなっても、こういう事は変わらないですよね」
 レーゲンの問いに直接返さない返事が、逆に明確な答えとなっていた。
「能力者の強盗なんて、ねえ」
「食わなきゃ死ぬのはどこも同じか」
 悠が肩を竦める。
「でも。だったら」
 レーゲンが食い下がる。
「だからこそ、その日生きるための行いを、明日、あさって、その先の未来へと繋げられるようにするのって。私達が考えて、出来ることじゃないでしょうか」
「そうねえ」
 悠季が追随する。
「この日だけでも心を満たして。明日を見つめて進める様にできたら良いわよね」
 今日の行いが、明日の糧へ。明日の糧が明後日の命へ。
「さっきあんたは、自分の仕事だって小銭稼ぎだって言ったけどね」
「ん?」
 悠季の言葉に悠が首を傾げる。
「今日の稼ぎが明日に繋がるってさ。殊勝な想いもなく自分の為だけの行いが他人の為になれるっていうことよね。それって素敵じゃない?」
 きっとそれが、平和への第一歩であるということだ。と悠季が言う。
 そんなに色々と気にも留めたことはないが、と思う悠の裾を小さい子供が引いた。
 言葉はよくわからないが、その持っている笛を吹いて欲しいとか、そんなことを言っているようだ。
「‥‥クリスマスソングとかでいいか?」
 アフリカーンスは判らないので英語で訊くと、取り出して吹き始める。
 ‥‥別にイベントに興味があるわけではないが、これくらいのサービスはいいだろう。
 本人の意思とはまた別に、その光景は、いずれ訪れてほしいと思われるそれそのものに見える。
 混乱はこれからも続くだろうし、人間同士がそう簡単に分かり合えるものでもない。人同士の戦争の可能性だってある。
 先の事は解らないけど‥‥「今」出来る事はしっかりとやろう。それがその先に繋がっていると信じて。
 ひとまずは、自分の大事な人、自分の大事な世界から。そう思いながら、クラークは仲間達に向かって口を開く。
「皆さん。『普通の暮らし』って何だろう。って、考えたことありませんか――」


「何が言いたいの?」
 昼寝の言葉に、女はまるで眉を動かさなかった‥‥ように見える。
「世界中を見てきました。
 言いながらも手は止めない。たまに書類の受け渡しをする為に入ってくる士官が居る間だけ口を噤み、黙々と仕事はこなしていく。
 口と手は別物で動く。まるで彼女が自身の有能さを殊更に示すかのように。
「傭兵っていう立場は、なかなか便利なものです。色々なものを、色々な立場で見てきました。その上で断言します。
 この世界は、どこまで行っても非道と暴力の坩堝だ。誰かの暗い欲望を誰かが利用して、終わらない螺旋はいつまでもいつまでも。
 平和なんて、欲望がいくつもある中で、訪れるはずも無い」
 慎重に言葉をつむぐ。
 自分にとって正道かどうかなどはあまり関係がない。
「だから、訊いたのです。『このままで良いの』? 誰かの優しさとか、善意とか‥‥あとは」
 昼寝が目をすっと上に逸らした。
「愛、とか?」


「大尉」
「‥‥ん?」
 あちこちに指示を出し終わって、汗を拭って一息ついて、コーヒーメーカーに手を伸ばしたところでこちらの姿を認めてぎくっとした顔をして逃げ出そうとした挙句失敗に終わって、結局何でもなかったかのようにこちらを見た。そういう風に見えた。
 ‥‥何ともまあ。とラナは片眉を上げる。大人な男性って時々必要以上に子供っぽいですよね。と。こういうのをギャップとか言うのだろうか。
「お仕事お疲れ様です‥‥。こちらの報告書が上がりましたので、ついでに持ってきたのですが‥‥」
「あぁ、デスクに置いておいてくれ。‥‥外周はどんな感じだった?」
「やはり狩り場のようなものもあるようで‥‥治安は変わらず。根本的な病‥‥でしょうね。この街の」
「そうか。やれやれ、こいつは間違いなく死に至る病の巣だな」
 首を傾けるとこきりと音がする。
「大尉。遅ればせながらですが‥‥戦争終結、おめでとうございます。それに先日のメタとの戦闘の折は‥‥支援に感謝致します」
「何、俺の出来ることなんざたかが知れていたさ」
 ラナが頭を下げると、ミシェル・カルヴァンは鷹揚に手を振った。
「次‥‥お会いする時は、戦いの臭い‥‥無い場所ですと、いいですね‥‥」
「だな‥‥」
「今は戦友ですが‥‥いずれは、ただの友人として、と思っておりますよ」
「その為には山積していることを、一つ一つ片付けにゃならんな。何、一歩ずつ登っていればどんな山だって頂はあるんだ。そう難しい話ではないと、思っているよ」
 それに、誘えばカフェくらい構わんぞ? と軽口を言うのを見て、安心したようにラナが笑った。
「なら‥‥私は一度、このあたりで。今は貴方の懸念を先に解消してしまってはいかがです?」
「なに?」
 くすくすと笑いながらラナが立ち去ると、入れ替わるようにキアが身を現す。明らかにたじろいだのが見て取れて、何か面白くなった。
「お時間は宜しいです?」
「‥‥やれやれ、ずるいな。そんな風に聞かれて“Non”と答える奴はフランス人じゃない。‥‥ラハブ、しばらくここ、頼むよ」
「お任せ下さい」
「少し歩こうか」
 部下に仕事を任せると、ふらりと扉を出たので、キアは後を追った。
 まくった腕と開いた胸元は今この場所が真夏であることを否応なしに納得させられるものだ。
「‥‥傷は大丈夫だったのか?」
「‥‥気になさる事は無い、かな」
 現在の医療は比類なく発達しているのだ。
「それより貴方こそ、御体は?」
「さてな‥‥ライフルを握れるうちに、俺も誰かにこの役目を渡したいんだが」
 気にするな、と言っても、ミシェルが気にしているのは会話のたびに微妙に空く間でわかる。
 それを自覚しているらしい。
「貴方には、大事なものも多い‥‥切らなければならないものも、あると判っています」
「それを、お前さんには言わせたくなかったんだ」
 切るとか切らないとか、そんな価値観で見たくなかった。それとも見られたくなかった?
 キアには、それは判らない。
「だから、これは我が侭。あなたの大事なものでいたかったと、ほんの少し‥‥僅かだけ悲しくはありますけれど、ね」
 そう言った瞬間、肩を押されて壁に押し付けられた。
「綺麗だと思ったんだ」
「‥‥」
 右手で肩を抑えて、左手を壁について。何て余裕のない。だけどそれほど不快な力ではない。
「だから‥‥そんな人間が、そんな人間に、俺とは違う景色、価値観の物差しだけの世界が見えてるなんてことが我慢ならんかった」
 余裕がないと言うのに、あまり違和感はなかった。必死だけど、思っていることをこんなに素直になることは滅多に無い。
「仕方なかった何てことじゃない。何で自分を切ったんだと、泣いて罵ってくれてよかったんだ。困ったことなんだが‥‥或いは俺は、そうして欲しかったのかも知れん」
 何て我が侭。この人の方がよっぽど。キアは、だから、奇妙な話だが、目の前のものが何か“可愛いもの”のように見えた。
 もしかしたら、相手からしたら、今までの自分がこう見えていたのかもしれないと思いながら、それ以上の言葉を紡ごうとする唇を指で塞ぐ。
 それから、胸元から取り出した。
「だいじょうぶ」
 この男から貰ったドッグタグだ。
「これに刻める名前が‥‥私にも出来ました。だから、だいじょうぶ」
 だから、それ以上は言わなかった。
 言わなくても通じると思ったから。
 果たしてミシェルは、一つ息を吐いて肩を竦めると、彼女を解放した。
「‥‥やれやれ。女性にこんな狼藉を働くなんてな。俺も焼きが回ったのか」
「あら。そういうのも‥‥ある意味、貴方らしいかと」
「言ってくれるぜ。‥‥安心したよ」
 だから、と踵を返した。
「少し頭を冷やしてから、また戻ってくるよ。大丈夫だ、戻ってくる頃にはいつもの俺だからな」
 通り過ぎ様にラナとすれ違ったので、ひらりと手を振ってミシェルは去っていく。
「‥‥良かったので?」
 ラナが訊く。
 何がとは言わない。
「だって、同情で‥‥あの人から言葉は貰いたくありませんでしたから」
「意地っ張り」
 ラナが言うが、キアにだって意地はあるのだ。幸を告げる娘の想いと、強がりだ。
 そんな意地の悪い繋がりよりも、今はまず、笑って貰いたいと、そう思ったから。



「人間同士の優しさに期待して、この世界は果たして、あなたの望む形になるのですか?」
「それが言いたいこと?」
 昼寝の吊りあがる唇。それでも、仕事は進んでいく。どうやら想像以上に火種は広がっている。既にこの国に資金は流れているのだ。数多の資源を求める諸外国の思惑は既にこの国に再び根を張り始めているのだ。
「力は力。そういうことです」
 とてもどす黒い資金の流れと思惑の交錯。読んでいて、昼寝はとても楽しくなってきた。
「たとえどんな方向を向いた力でも‥‥その種類や使い方を間違えなければ、それは力になるという話です」
 世界中でどこよりも争いに満ちた国。
 火種にするには、丁度良い。
「世界は、悪に満ちている」
「‥‥あなたの名前、聞いておこうかしら」
「鯨井昼寝大尉です。‥‥少佐」
 個人的に、昼寝にとって大事なのは戦いなのだ。
 今まで自分をひりつかせていたバグアという宝はこの星を去った。
 ならばその次は?
 自分と同じくらい強い相手と闘うにはどうすればいい?
 簡単なことだ。
「覚えておいてあげるわ。クジライ大尉」
 顔を繋ぐ。その先へ。
 その先の闘争へ。楽しみで楽しみでしょうがない。
 このアフリカという世界は、その第一歩目だ。
 ――狂戦士の蕾が、僅かに花開いた。