タイトル:【CO】玄武マスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/12 22:40

●オープニング本文



 国境付近、ナミビア砂漠、国立公園、ケープタウン。
「メタ様‥‥」
「あぁ、わかってるだよぅ」
 きょろきょろと気もそぞろだ。
 そもそも、自分は臆病なのだ。仕様が無い。
 だからこそ死角から忍び寄り、誰にも悟られずに首を掻き切り、闇に消えていくのだ。
 視線をやや斜めの上に外す。
「なぁに考えてんだ、人間ども。ウチらも楽だども、だからこそ怖いべ‥‥」
 怖い。
 恐怖。
 恐れは自分にとってもっとも縁深い感情だ。
 そういう自分の性質が自分のヨリシロに起因するのは、間違いない。
 そもそもから。
 自分達バグアという存在の成長は、歪なのだ。それは理解している。
 自分達が今まで征服し蹂躙し陵辱してきた生き物達と違って、自分達は“まっさら”で生まれてくる。
 生まれた時には、ただ“食う”ことしか知らない。
 遺伝子の記憶を持たない。
 結局、バグアというのは、つまるところ。全てが後天性で出来た生物なのだ。
 そんな益体もないことを考えながら、ぎぎぃと指を鳴らして、落ち着き無くきょろきょろと瞳を揺らす。
「動きを探り、場合によっては直接手を下すよう各地に司令は行き渡ってはいますが‥‥こう数が多いと」
「んだなあ‥‥ん?」
 きょろきょろ。ぐりぐり。
 瞳はせわしなく動き回り這いずり回りずるずると、目がいくつもあるように、ああ、この目は何と使い辛い。人間も複眼なら良かったのに。
 メタという自分のこの臆病な性質は、十中八九がこの躯体(むくろ)に起因するに違いない。
 とある惑星の支配者であった、高度な知性を持つ節足動物の捕食者。捕食者というのは、実は“怯えるイキモノ”だ。
 他の強い生物に打ち負けるかも知れない。直接殺されずとも餌場を奪われて餓死するかも知れない。捕食対象の逆襲に遭うかも知れない。意にそぐわぬ交尾を強要されるかも知れない。
 野生とは、怯えることだ。
 強靭な外骨格と単純で強靭な臓器と優秀な筋肉と、そしてその全てが機能的美意識に集約された昆虫というカテゴリの生物の、おそらく頂点に立つものの一つであろうこのヨリシロは、臆病故に誰よりも獰猛で、臆病故に誰よりも狡猾で、臆病故に誰よりも生き残ってきた。
「‥‥あ」
「ど、どうされました?」
「‥‥ああ。あー。ウチら、多分囲まれてるべよ。UPCに」
 その臆病さが、警鐘を鳴らした。
「そんな、馬鹿な。まさか、我々の居場所は常に変えているんですよ? 人間共に捕捉されるわけが」
「ばっかだなぁ〜おめ。こないだの襲撃が予測されてて、追跡されたんだべ」
「奴らが、仲間をみすみす餌に使ったと?」
「そんぐれぇ追い詰められてたんだべさ。はぁ〜、しまったなぁ〜、追い詰めすぎたんだなぁ」
 うだうだと漏らす。
 いつものが始まった、と側近のバグアが眉根を寄せる。
 ‥‥が
「あれ、メタ様」
「なんだぁ?」
「‥‥いつもだったら、この状況ならもうお逃げになる準備をなさる筈ですが」
 どうしたことだろう。
 彼女は、一向にその様子を見せない。
「‥‥いやぁ」
 側近の言葉に、照れたようにメタが笑った。
「な? これ、ウチも考えたんだども‥‥ウチがな、ここで逃げたら、ピエトロ様が‥‥」
 ここにはいない自分のボスを頭に描いて、首を傾げた。
「いやぁ。勿論、あのお方の為ちゅうのもあるけど、あのお方なら案外平気かも知れねえな。けど、ここで、ウチが逃げたら」
 メタという骸は、臆病だ。
 そしてこの自分という存在に、情というものは元来存在しない。
 しかし、この身体が言っているのだ。
 叫んでいるのだ。
「逃げたらよう‥‥“ともだち”に、顔向けでぎねえよなあ」
 ゲルト。
 ラファエル。
 ヴィクトリア。
 とても奇妙な感覚だ。
 とても奇妙な感覚だが‥‥
 彼等の死を無駄にしたくは、ないのだ。
「うん、ヴィク。ごめんなあ。ウチ、先に逝くかも知れね」
 微かに小さく笑って、眼鏡に手を伸ばす。
 掌に載せると、人のカタチの象徴であった眼鏡を‥‥躊躇なく、握り潰した。
 勿論、死ぬつもりはない。
 死ぬつもりはないが、覚悟はしている。
 野生の臆病さとは、種の保存に起因するものだ。
 だけど。
 これは、そういうのとはちょっと違う気がしたのだ。

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN
クレミア・ストレイカー(gb7450
27歳・♀・JG
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文


「なあ、どう思った?」
「どうって何だよ」
「アレだよ、あの‥‥」
「あぁ、黒い奴」


「何でもいい。言ってみてくれ」
 顎に手を当て、紫煙を燻らせ、UNKNOWN(ga4276)が問う。
 作戦前。ブリーフィングルームで傭兵や軍能力者、そして一般兵の小隊長格が集いミーティングを行っていのだが、彼は唐突に軍の情報部や傭兵の経験知見情報を尋ねてきた。
「すぐ逃げる」
「足音が聞こえたことも‥‥ありませんね」
「滑空もできるんだったか。卑怯者め」
 傭兵なり軍人なり、あちらこちらから、メタという存在に対する知見、と言うより半ば罵詈雑言に近い言葉が漏れて出た。その様子に違和感を覚える。
「つまり‥‥何だね?」
「我々は、メタというバグアのことをほとんど知らないと言うことでは無いでしょうか。戦法・戦力については今までの蓄積がありますが‥‥何というか、そう‥‥彼女はそもそも、真正面から戦うことも、ほとんどなかった」
「つまり」
「そういう場合、コトは単純だな。実際の戦力がどうこうじゃないし、癪だが俺達のことなんざ歯牙にもかけちゃいないだろうが‥‥奴は、常に“恐れ”を抱いて戦っている」
「‥‥臆病、か」
 キア・ブロッサム(gb1240)に追従するように、軍能力者の一員であるミシェル・カルヴァンが結論付けた。UNKNOWNは
「認知心理学に、認知スキーマと言う言葉があってね。平たく言うと概念のカテゴライズだが、人が物事を認識する時や判断する時には、認知スキーマの影響を受ける。これの形成は生育の過程が特に重要でね‥‥つまり、だ」
 クラスタ。主成分。因子。要因を噛み砕いて、探って。
「奴がバグアらしからぬ恐れに取り憑かれているというのは、心の原型たるヨリシロの認知スキーマに忠実であるから、と考えて良いのではないかね」


「まぁー、何言ってんのかよく分からんかったな」
「バカだしなあ、俺達」
「上位能力者ってのはあんなんまで出来るもん何すか。ねえ、大尉ー」
「そんなわけあるか。ありゃ、エレクトロリンカーってのが特別なだけだよ」
「でもですよ、傭兵達もけっこう酷なこと言ってくれますよねえ。3部隊、突入に回せって」
「死ぬわ! マジで!」
「むしろ死ねってことじゃないのか?」
「ひでえ!」
「でもそれっていつもと変わらなくね?」
「なら言われた通りに死んでやる!」
「ったくお前らは‥‥遺書くらい、全員書いて来てるだろうが」
 半笑いで下らない話を振ってきた部下の尻を叩いて苦笑を返しながら、さっさと配置に就け、と促した。
 便宜上独立戦線であり命令系統に含まれない彼ら傭兵は、面白い。実質的に同等の立場と言うのも、面白い。命を賭けさせた代わりに、賭けても良いと思えるほどには。軽く肩をすくめて鼻から息を吐くと、大尉は通信機を手に取った。
『さて、諸君。いよいよここ一番の大勝負と言うわけだが、気分はどうだ? 敵は縦横無尽の魔窟たるこのヨハネスブルクを、おそらくは最大限に活かして襲い掛かってくる』
 チャンネルは全軍へ。もちろん傭兵も含まれている。
『まあ、何だ。死力を尽くして、血反吐吐いても戦って――それでも、生きて帰って来てくれ。突入用意、カウント5』
 奇妙にからっとした声。
 後に任せるような、雲一つない青空のような。
 静寂が沈着し、空気が停滞したような錯覚の中で、ただ、枯れた声が3、2、1‥‥
『GO!!』
 もう、躊躇いなどなかった。



 天井から落ちてきた強化人間の顔面にターミネーターがしこたま穴を空ける。
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)は、焦れていた。さきほどから敵は遅滞戦術を仕掛けてくる。罠があると言うわけでもない、ただただ時間稼ぎ。自分達は平気でも、UPCがいつまで保つか‥‥
「‥‥メタ。本当に、いるのですか?」
 ふと湧き上がった疑問を、UNKNOWNにぶつけた。そも、行き先を決めたのは彼なわけで、
「アカシックレコードとは言わないが、きちんと理論あっての話だよ」
 100%である、と言わない辺りに信憑性はあるが、じりじりと焦燥感が肌を焼く。無線からは損害報告ばかりが聞こえる。四方を取り囲みRPGを一斉に打ち込んで、強化人間に一矢報いて喝采した若者の声が直ちに悲鳴に変わった。
「複数‥‥俺の視点からも、ここを選んだんだ。確度は高い筈だ」
 リヴァル・クロウ(gb2337)は、突入前に基地の配置、通信施設の発達具合、重要性から上位4つに順位付けし、可能性の1番高い箇所を選定した。周囲を見渡す。
 ヨハネスブルク国際空港は、かつてこの場所の他に治安なしと言われた砦だ。通信、兵站、逃走手段。UNKNOWNの心理学や統計、そういった観点からしても、ベストの場所だった。
 死角から、二人の強化人間。挟み込む様に走る。リヴァルが盾で止め、UNKNOWNのカルブンクルスが穿つ。その背に爪を振りかざす強化人間の顔に、黒点が穿たれた。
「‥‥まあ、信じましょう、ね。それも‥‥仲間の言うことですし」
「顔、大丈夫なんですか?」
 拳銃を手にぶら下げて、キアが笑う。その彼女に、ラナが気遣いの言葉をかけた。
 以前では決して‥‥上滑りのする言葉ならともかく、さらりと真実味をある程度は帯びた形では、彼女から生まれることの無かった言葉だ。そして、仲の悪かった彼女達同士からも絶対に生まれることのなかった気遣いすら、ここにはある。
『こちら、第三小隊! 未だメタの気配は無し、されど敵影多数――増援だと?! Damn、奴はどこにいる!』
 そして、そんな僅かな平穏すら、状況は許さない。


「メタ、どこにいるの‥‥?」
 そんな切羽詰まった状況は、別班として動く鷲羽・栗花落(gb4249)にも否応無しに伝わってくる。無線はひっきり無しに押しただの引いただの、その遣り取りは膠着した戦線の情景の絵を描いているのだ。それを聞きながら栗花落は、武器で鏡を叩き壊した。苛立ち紛れも、少しだけ含まれている。
(ようやく借りが返せるな、あの蟲女に)
 湊 獅子鷹(gc0233)も、物を壊して回っているのは同じだ。独白、割って回る。ロッカーを引き倒して、部屋に飛び込んだ。天井からの攻撃を、イレーネ・V・ノイエ(ga4317)の銃弾が弾く。部屋の死角への発砲、続く銃弾はクレミア・ストレイカー(gb7450)の跳弾で、行き場を無くした強化人間の末路は、
「あの蟲女の手駒か。いいぜ、遊んでやるよ」
 振り下ろすブレードを、鎬で打ち払って叩き付けた。手の内の微妙な変化によって刀は無限の分岐を得るが、獅子鷹のそれはただただ力に傾倒したもので、太刀は敵を斬った勢いで地面まで割いた。
「‥‥もう、一通り調べ終わったのではないか?」
「でも、まだ見つかってないわよね。隠れている可能性だって‥‥」
 イレーネとクレミアが、耳打ちを交わす。
 どうする? 退くか? そんな思いが一瞬彼等の頭によぎる。しかし、何か、上手くは言えないが何かが引っかかるのだ。ここにはまだ何かあるような、そんな気持ちが小骨のように喉にひっかかって取れない。


●幕間
「第二小隊、退けるか?」
『‥‥ちら、第二小隊。こちら第二小隊。退けますが、能力者が一人やられました。この編成のまま他の基地へ当たるのは無理です!』
「了解。ああ、クソ。人手が足りんってのは辛いもんだ」
 ライフル弾の薬莢をボルトアクションで取り出すと、再び弾丸を籠める。弾く。無骨な手が子を抱く母親のような動きで引鉄を絞り、弾く。
「第三小隊、第三小隊! 生きてるか!」
『第三小隊、こちら無事で――』
 ザッ、という短いノイズと共に、通信が途絶した。
「おい、第三小隊! 第三小――」
 直後、空気が震えた。
 遠方に煙が上がる。
 狙撃位置に居たミシェルには、今まで言葉を交わしていた小隊の突入していた施設が、僅かに震えて倒壊するのが見えてしまった。
 まあ、あそこに傭兵が行くような事態にならなかったのが不幸中の幸いか。自身のこの限りなく実利的で不愉快な、人を数と質で見るという軍人特有の“悪癖”に、実に大尉は不愉快な思いをしている。そのままに顔を出して、撃たれた。構えたライフルのところに寸分違わない砲撃を喰らい、もんどり打つ。恐らく左肩から先が吹き飛ばされたのだが、まあどうと言うことはないと思い直す。キア・ブロッサムに自分が負わせたと言ってもいい傷を脳裏に浮かべてそう思いつつも、この戦局くらいはどうにかしてから咎を背負いたかった。
「ああ、クソッタレ。神よ、神よ、ほんの少しで良いから力を貸しやがれこのアバズレめ」
 遮蔽物に隠れて一息吐きながら、実にこの男らしくない悪態を吐いて、通信機が再び言葉をつむぐのを待つ。
 状況は悪い。最悪と言っていいかもしれない。何故なら、メタがまだ現れていない。この状況、この期に及んで。
 しかし、だから。そして、だから。この状況はまだ最悪と言い切るには早い。状況が好転するのを待って、待って、そして――
 通信機が、今まで使用していなかった無線帯の電波をキャッチしたのは、その時だった。


 粘って。
 粘って粘って。
 粘って粘って粘った。
 その結果だ。
 乾いた風。文明の足音。空港。ロビーに出迎える足音。一人所在無さげに佇む頼りない影。
「‥‥メタ」
 言ったのは、誰だったのだろうか。
 彼等の持っていた無線機からは、絶え間なく、限りなく、歓喜に満ち溢れた通信が鳴り響いていた。
『こちら、UPC欧州軍アフリカ派遣部隊。ふざけた強化人間共を追い出したついでだ。施設周辺の避難誘導は完了させたぜ、ありがたく思いな!』
『砲戦部隊、引き続き待機だ。布陣が完了し次第、支援砲撃を開始する!』
 小さな、個々としては小さな力だ。
 一般兵、未熟な能力者、統一規格のKV。それでも、UPCは大きな群れである。それらが生きて動いて支援することによって、ただの足し算ではない効果を生み出す。
 思えば、メタもそうだったのだ。彼女は強固に正面から戦わないことを選び、そして頑迷なまでに一人で戦うことを拒んだ。
 昆虫としての本能。
 群生する本能。
 群れる本能。
 連帯感。連携。手を取り合うこと。
 つまるところ、それはかなりのところ、人間に似ていたのだ。
 それに気付いていたか、気付いていなかったか。メタと人間達の差は、ただそれだけだった。
「へん、無線なんで使わせねぇよ〜。ウチの恥はも〜十分塗ったくっただ」
 リヴァルにあかんべをして、ざまあ見ろと言う。
 通信は、次第にこちらの優勢を示していた。とはいえ、それはあくまでバグア兵や強化人間に対する話。目の前にある最強のカードを一枚切れば、少なくともこの状況を五分にひっくり返すことすら可能だ。
 その可能性に気付いた傭兵達が、メタに対する警戒をじりじりと高めていく。その視線に晒されて、尚メタは不敵にその手に無線機を握り、口元に運んだ。
「あー、全軍、ウチの言うごと良く聞くだよ」
 だがそれは、敵が自身の抱える手駒を削り取ることを許容して、初めて行使することの出来る可能性だった。
 一瞬の逡巡。
 メタは、唇の端をにっと吊り上げて、高らかに謳い上げる。
「“逃げれ”!!」
 人ではない。バグアになまなかな情などない。だから、これは、メタという臆病な少女にとって、取り得る最善の策だった。
「ええが、ウチらは人間に‥‥人間なんかにまんまと引っ掛けられで、戦力を散らされただ。だがら、それを逆手に取る。ええが、逃げれ。逃げてピエトロ様やヴィクに仕えれ。奴らはウチを逃がす訳にゃ行がね。だがら、逃げれ! お、お、臆病なウチの、最期の見せ場だ。邪魔したら、殺すかんなぁ!!」
 肩で息をして、びくりと身体を震わせ、そして無線機を足元に叩き付けて、踏み付けて。
 向き直った顔は、やはりいつもの気弱そうな少女のものだった。
「‥‥そんだがら、傭兵共。付き合ってくんろ」
 四肢の擬態を解いて、小さく笑った。


 その言葉を聞いて尚、ラナは周囲の音に警戒するが――首を振った。本当に、丸っきりこっきり、音が存在しない。
「本当に‥‥貴女は」
「な、何がだぁ?」
「‥‥いえ。行きます」
 先端を切ったのは、その声だった。一瞬で20m近い距離を詰めて、イオフィエルを突き出す。スマッシュ気味に斜め下からの攻撃を、メタは足で踏み付けて弾いた。その勢いを利用して自ら中空に飛ぶ、その身に向かう炎の弾丸は栗花落のカルブンクルスで、しかし、その攻撃は宙を滑るように羽ばたいて回避する。
「メタ、お前との因縁もこれで終わらせる」
「んぁ?」
「姉さんが受けた痛み、思い知れ!」
「‥‥あー、あー。おめがツユリとやらかぁ」
 顔は知っていたのだが、やっと合点が行ったという風にスッキリして笑うメタの目の前に、コーヒー牛乳が飛んでくる。
「な、なんだぁ?!」
 直後、飛来する斬撃によって破裂する。状況が掴めず目を白黒させる少女の目の前には、刀を振り切った一人の漢の姿があった。
「‥‥ま、ま、またおめぇかぁぁぁぁ!! どうせあれだべ、ウチをびしょぬれにして透けさせようとかそういう魂胆だぁ!! この変態! 変態! 変態!」
「あ、い、いや‥‥」
 リヴァル・クロウ。思えば長い因縁だと思いながら身体を抱きしめて叫ぶメタの、着衣に密着した豊満な身体に赤面し、ひとつ咳払いをする。
「‥‥どうだ。恨めしいか。ならば、俺を殺しに来い、メタ」
「なぁぁんにもかっこついてねぇべや!!」
 低空を滑るように走ると、宙に跳び、そして斜め前方に飛び、着地して後方からまた跳んだ。鋭い指が腹部に鋭く突き刺さる。その周囲に炎弾、逃げ道を塞ぐような連射を体に何発か喰らう。振り向くと、UNKNOWN。メタの動きを注視していた。じっと見返す。
「‥‥揺れる胸、見事だ」
「変態二号だべ?!」
 がぁん、と衝撃を受ける暇もなく、銃弾が側頭部を穿つ。にも関わらず殴られたような程度でぐるりと首を巡らすと、イレーネが銃を構えていた。
「過日、顔の左半分に中々の傷を付けられた事で思う事が無くも無いが‥‥やはり、貴公の罪は私の栗花落に傷を付けた事。ただ、それだけだ」
「‥‥おめ、つまんねえ奴だなあ。空っぽの奴。機械みてぇにツユリツユリと」
「なら、違うこと聞かせてやるよ!」
 膝を突いていたメタへ、全身を駆動させた一撃。獅子鷹の攻撃、蜻蛉から腰を落として左腕を切り落とし、返す刀を顎へ跳ね上げるが、そちらは回避される。鋭く滑った右腕が空手の腕刀の如く獅子鷹の胴を薙ぎ払うと、内臓が毀れるような一撃に吹き飛ぶ。
「い‥‥痛っ、痛ぁぁっ!」
「‥‥っ、返してもらったぜ、左手」
 その状況でも、不敵に笑った。
「つつ‥‥あぁ? 腕なんて心当たりありすぎて困っけど‥‥」
 と、メタの眼前に、跳弾が襲い掛かった。頭を下げて避ける。クレミアが舌打ちした。ひらりと身を起こすと、無くなった左腕をぺろぺろと舐めて、メタはひとつ、息を吐く。
「もぉ、手加減はナシだべ」
 千切れた断面から腕が生える。全身が漆黒の装甲に包まれ、そして肥大化する。今までに手に入れた全てを生み出して作り出して、そして纏め上げ内包し――現れたのは、甲冑に身を包んだような、複眼の、異形の姿だ。今のこの姿は、擬態という欺瞞の全てを脱ぎ捨てた、メタというバグアの、正真正銘本気の姿だった。
 一瞬で姿を消す。今までの比ではない速度で飛び込むと、クレミアの腹部を硬質の腕が貫いた。
「ぁ‥‥」
『やっぱ‥‥人を殺すのは、気持ち悪ぃべ』
 腕を引き抜いて、次の反応も為せぬままのクレミアに、ざくざくとブレードを、次々と、杵でもつく様に、血が舞う、肉が飛ぶ。噴水のように。
 メタ自身に対する備えが薄かったクレミアは、為す術も無く一瞬でその身体を切り刻まれた。ざく。ざく。ざく。再び腕を突き刺すと、既に意識を手放したクレミアを保持したまま、その腕を振り回す。周囲からの射撃を遮ったのは、クレミア自身の身体だった。そのまま振り落とすと、栗花落に向かってその体を渾身の力で蹴り抜いた。弾丸の速度で飛ぶそれを、イレーネが庇った。絡み合って吹き飛ばされる。
「姉さん!」
「奴やお前に何を言われようとも‥‥何も言わんし、最早止めん。引導を渡して来い」
 人間をそのままぶつけられ、口の端から血を流すイレーネの言葉に背を押され、栗花落はハミングバードを抜き払い、腕を振り切ったままの態勢のメタに向けて横薙ぎに切り付けた。
「メタァァッ!」
『ひ、ギィッ!!』
 寸前で避けきれず、左の複眼が僅かに裂かれる。本来なら当たる筈の無い一撃だったそれを為しえたのは人間であるが故の、心の力、連携とでも言うべき何か。
 それを見た、心の隙を突かれたのだ。
 銃声が響く。雷鳴のような音は、バラキエルの咆哮。
「お株を奪われる気分は‥‥如何?」
 キアが、嫣然と微笑む。今の今まで気配を消していたその姿にどのような感情を抱いたのか、無機質な複眼からは推し量れない。頭部からだらだらと体液のようなものを流し、キアに向かって踏み出す。
「振り向かず舞いなさい‥‥私の分も背負って、ね‥‥」
 その言葉の真意を、メタは理解しない。キアの視線を追って後ろを振り向くと、既に懐には、ラナが飛び込んだ後だった。
「彼女に代わって、貴女を‥‥終わらせる。‥‥今日、此処で!」
 爪と爪が交差する。突き出される攻撃は互いに致命傷に迫るような傷をその身体に、大穴を穿ち、しかし、相討ちにはならない。体力の差で、頭を鷲掴みにし宙に振り上げられたラナを、メタは渾身の力で振り下ろすが、襲い掛かるUNKNOWNの炎弾の猛連射がメタの全身を灼く。
『い、ぎぃ、熱、熱い!!』
 まともに喰らえばただでは済まない。空中でメタは、ラナを手放した。勢いのまだ残ったままの身体だったが、空中で済んでのところで頚椎を折らないよう慎重に、リヴァルが受け止める。
「決着を付けよう、メタ」
『消えろ消えろ消えろ――!!』
 地面にラナを下ろし、向かい合った。ぎちぎちと蟲の啼く声に似た音を撒き散らすメタだったものが、一瞬で近付く。速い。見切ることも出来ず、振り下ろされるブレードがシールドを腕ごと真っ二つにした。
「っ!!」
 退きかける。だが、腕の痛みなど忘れてしまえ。後一回で良いから保ってくれ。痛みを奥歯で食いしばり、月詠を片手で構える。
『消えろ――!!』
 間違いなく死を招く一撃。
 防いだのは、粉微塵に砕けた刀だった。
 それを犠牲に、腕に嵌めた超機械が稲光を走らせる。
『しまっ――』
「‥‥意地があるのだよ、男には!」
 閃光。


 漆黒の甲殻が、ぼろぼろと剥がれる。
 人の姿となり虚脱したような目で佇むメタの姿は、ずっと一人で寂しく、臆病さを武器に戦ってきたにしては、あまりにも傷だらけだった。
「もっと違う出会い方をしていれば‥‥違う未来もあったのかも知れないな」
 彼女にとって、この戦いは何だったのか。それを思った時、リヴァルはそう思わずには居られなかった。
「んなもん‥‥無いに決まってんべ。ウチはバグアだ。んでも、トモダチは居たしなあ‥‥あ、そうだ」
 虚ろな目で中空を眺めて、ふとメタは思いついた、と言う風にリヴァルにしなだれかかった。おもむろに、その裡におぞましい本性を抱える唇を、彼のそれに押し付ける。
「さんざ、ウチのごた馬鹿にしてくれだ仕返しだ。ざまあみろ」
 その目にあった眼鏡は、今は無い。
 既に、ヨリシロの身体は生きていない。
 ほんの少しの奇跡で動いているだけだ。
 そのほんの少しを消費して、メタはリヴァルの胸板を押し返した。
「ゲル、エル、ヴィク‥‥ウチ、ちゃぁんと出来たべ」
 とてもとても良い笑顔、最期に満面の笑みを浮かべて、それきり。
 どさりと倒れる音と共に、蟲のバグアは二度と動かなくなった。
 司令塔を失ったメタ傘下の部隊は、時間こそかかれど、次第に人類の手によって駆逐されていくことだろう。
 彼らによって起きる何某かのことが、これからまたあるかも知れない。そうであっても、誰より臆病であったこのバグアの爪痕は、様々な形で人間達に残る。
 アフリカの大地に、乾いた風が一筋走った。