タイトル:【CO】黒の迅影マスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/03 00:11

●オープニング本文



 ――そうしてまた一つ、ざくろがはじけた。

 ある街にて。
「っ、クソ。ひどい臭いだ。肥溜めでもこうは行かない」
「何がだよ、お前。今更下らん差別意識か?」
「違えよバカ」
 UPC欧州軍。
 今や次第に版図を塗り替えつつあるこの暗黒大陸に於いて、かつての統治者に代わり治安の維持や公共の義務を担い、やがてその地域が独立し、いつかは国と呼ばれるようになった時にその役目を譲り渡すまで土地を護るのは、占領軍の役目だ。今やその線引きも曖昧なものとは言えど、その質は引いては国の品格を問い、民族の資質を問う。故に、市街地を巡回警邏する上で、隣の友人が馬鹿な言い訳で阿呆な真似をするのならば戒めるのも役目と思ったが、どうやら違ったらしい。
「で、それなら何だって」
「ああ、その前に少し訂正する。俺は肌の色だの何某がどこそこの神を信じているだの、もしくは隣の部屋に住んでる男前が実はぶち込まれるのがお好きだと言ったとして、そんなたわけた理由で差別はしない。が、これだけは間違いなく言える。環境は人を悪にし得るってな」
「ここがソドムかゴモラだってのか?」
「その方がなんぼかマシだね。もし“そう”なら、少なくとも連中は手前の意志で堕落してるってことになる。他人の言うなりに、恐怖と安堵を極上のエサにするのは人間としては下の下だ」
「仕様がねえ。それは言いっこなしだ。だれかがこうしたら、じゃない。なるべくしてなったんだ」
「だから余計に腹が立つんだよ」
 吐き捨てて、それきり、黙り込んだ。まあ、友人の言わんとすることはわかる。要するに、飼われて、生産されて、出荷されて、家畜同然にここの人間は飼いならされてしまっている。それが気に入らないんだろう。
 人間なら牙を持て。それもまた、意志にしろ暴力にしろ、力を持った人間の言うことだろう。大多数の人間は、たとえ心優しくとも、より強いモノに頭を垂れることを知っている。
 それと言うのも
「クソ。それってのも、あの女のせいだ」
「ああ、あの乳のでかい」
「てめえはそこしか見てねえのか、色情魔。ありゃ尻の方が良いに決まってんだろ――ああクソ、脱線したら戻って来れなくなる議題だ、これは。後にすんぞ。あの女、あの女のせいだよ。折角取り戻した場所なんかもイマイチ祝勝ムードにならねえのは」
「こないだは‥‥どっかの少佐が殺されたんだっけか」
「あー。アフリカじゃ古参の前線指揮官で、エースだったってのによ‥‥運がねえ。これであの戦線はまた押し戻されんぜ」
「殺したのは、誰だ。あの女か」
「あの女だよ」
「‥‥メタ」
 バグア。
 プロトスクエアの玄武。
 神出鬼没の捕食者(プレデター)。
 ナミビアやジンバブエに南アフリカなど奴の統括下にあるこの地域だが、メタ率いる直属戦隊の行動原理は徹底した隠密斥候と現地勢力との連携による、大軍との戦闘を避け少数の手勢による暗殺・破壊工作・情報操作にある。とにかく、奴らはどこにでも現れて、どこへでも消えて行く。隠密性も索敵能力もとことん高く、かつて恐怖で蹂躙した現地民に時に更なる鞭を、時に思わぬ飴を与えて駒にする。斥候としての能力では正直、勝ちようもない相手だ。徹底して強力な個は回避され、代わりに制圧力の要たる数の力を封じ込められている。奴の攻撃は、遅効性の毒だ。じわじわと蝕んで、軍と言う巨大な体は免疫力を失い、以前はどうってこともなかった病にも苦しめられるようになる。そんなどこかで聞いたような毒がこの地で蔓延すると言うのは、性質の悪いブラックジョークにしか思えない。
「軍人だろうが傭兵だろうが、いくら能力者ったって、然るべきところに然るべき形でぶつけなきゃあちっと強い兵隊程度のもんだしな」
「全くだ。まあ、そこんとこの責任取るのは誰だっつったら‥‥俺たちの力不足なんだけどな」
 そう、如何にバグアの連中が強いと言えど、こちとらにだって引けを取らない戦力はいるのだ。とはいえ、その絶対数は少ない。本当に少ない。つまり、こちらが対抗するには敵の主戦力の現れる場所に合わせて、そうした切り札を配置するしかない。が、このメタというバグアとその配下共は、隠密性故に出現位置が特定できない。数の少ない傭兵や軍の能力者をピンポイントで要撃に回すことも出来ず、手をこまねいているのが現状だ。
 要するに、出しても無駄になるので、今まで俺たちは傭兵を呼ぶことが出来なかったのだ。
「あぁ、けど‥‥それももしかしたら、もうじき終わるかもだ。ことと次第の塩梅によっちゃあ、だけどな」
「‥‥って言うと?」
「かいつまんで話すけどよ‥‥あ、耳こっちよこせ」
 回りに現地人の目があるのに気付いて、慌てて同僚を引き寄せた。小声で、顛末を話す。さる情報筋からの話だが、こういうコネはこういう時に役立つ。即ち、どうにもならないことに腹を括る程度の覚悟をくれるって意味でだ。
 要するに上は、地域の奪還という以上に、これ以上のゲリラ戦による混乱と消耗を避け、来るべきピエトロ・バリウスとの決戦において最大戦力を発揮したいのだと言う。メタというのは突き詰めればアサッシンなのだ。狙いは必然的に巨大な構造体の要に限定される。ならば、その的自体を一気に増やしてやる。統括する地域に、継戦など度外視し一斉に強襲をかけることで敵の標的自体を増やし、逆に敵本隊を手薄にし、連携を丸裸にしてやる。敵の襲撃情報を統括して、本懐たるメタを短期間のうちに発見・討伐すると言うのだ。メタの首級を上げる為のこのベットには当然ながらチップがいる。
「ここから最悪のドン底に陥るとすれば――」
「メタを取り逃がし、要人を軒並み暗殺され、悠々と凱旋されるってとこか。ま、むざむざやられるほど、うちも馬鹿じゃないだろう。傭兵も雇うだろうしな」
「マジか。マカロニウエスタンかよ」
「クリント・イーストウッドばりにな」
「お互い三歩離れて、ホルスターにはリボルバーだ」
「“どっちが素早いか試してみようぜ”ってな」
「クリント・イーストウッドがんなこと言ったか?」
「知らねえな。でも、奴なら言ったってことにしてもいいと俺は思う」
「ま、それくらい正気じゃない方が奴さんも度肝を抜かれるだろ」
 そうやって、二人してげらげら笑ってやった。そうそう、これくらいカラっとしている方がいい。兵隊ってのはかくあるべき、だ。さっきよりも少しいい気分になった俺は、その時、自分の通信機が何か音を吐き出しているのを見て取った。取り出す。その声を聞いた瞬間、俺は注射器に液体窒素を詰めて血管に流されたような感覚に陥った。
『クソ! 畜生! やられた、中隊長だ! 現場には足跡がない、能力者は気をつけろ、奴だ、奴だ!』
 ああ、忌々しいことに‥‥トリガーを引くのはともかく、銃を抜くのはあっちが少しだけ速かったらしい。
『メタだ! 奴が出た!』

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文


「これも旨いよ」
 UNKNOWN(ga4276)が皿を押し出したのは、クスクスという小麦のそぼろを肉やスープに絡めて食べる料理だ。
「うん、男の軍人より美人と居た方がよっぽどいい。どうだろう、このついでにバニーなど‥‥」
「それは‥‥ちょっと」
「そう? 似合いそうです、けどね」
 オープンカフェに身を晒し、アフリカの風は乾いている。ビールを傾けるUNKNOWNの変わらない様相に、キア・ブロッサム(gb1240)とラナ・ヴェクサー(gc1748)が軽く笑みをこぼした。苦笑に近いけれど、彼女達の間柄には間違いなく、ちょっとした変容が生まれている。何があったか、余人に知れることはない。決して望んだこととは限らないが、穏やかな時間が誰にも等しく訪れている。
 破られるのは、唐突だった。
 ひん、と空気が凍りつくような音。その正体に気付くより先に、ラナの腕が反射的に持ち上がった。同時に椅子ごと後ろに倒れこむが、腕の肉が削がれる。衆人環視の目の中での攻撃に、周囲から悲鳴と怒号が巻き上がる。倒れていくラナの陰から――カルブンクルスの銃口が覗いた。
「食べる時間はお預けだ、な」
 炎弾が、襲撃者の身体を喰らう。正確に三発、腹と心臓を貫き脳天を灼き、互いに不意討ちとなった一瞬を椅子に座ったままこなす。そのやりとりを見ていたキアが、不意にその場から姿を消した。直前まで彼女が座っていた椅子に大振りのダガーが突き立つと、バターのように貫いてしまった。雷鳴のような銃声が鳴り響くのと、男が椅子を掲げるのは同時だ。直接の盾にはならないが、視界を隠した一瞬のうちに弾道を避けようとする。
 その足が、不意に何かに躓いたように倒れかける。
 正体は、倒れたままのラナが薙ぎ払った足だ。避けきれないキアの銃弾が肩と足に突き刺さり、つんのめる。止まった男が苦し紛れに手のダガーを振り回すのを、蹴りの勢いのままに立ち上がったキアは丁寧に捌いて、爪に刃を引っ掛けたまま心臓に突き込む。蹴り倒す。
 噴水のような肉塊は知ったことではない。
 彼女達のトランシーバーから、周囲から、悲鳴と怒号が吹き荒れていた。
 何はともあれ、闘いとなれば即座に切り替えが出来るのが戦闘者である。既に、彼らの頭のスイッチは切り替わっている。
「‥‥折角の時間‥‥台無しです、ね」
 その只中で、キアがぽつりと一つ呟く。
 色々な諸々と割り切りに塗れながら、ただただその声は、素直に残念そうだった。

 赤崎羽矢子(gb2140)の目の前の壁が、爆ぜる。
 背中の扉の向こう側に無線の声を聞きつつ。先ず刃が襲い掛かったのは、羽矢子だ。すぐ其処にあった桶を爪先で跳ね上げてから影に投げつけるが、ジャマハダルが貫く。刃を鼻先に掠めながら、突っ込んでくる勢いのままに絡み合って、路地裏を転がった。揉み合って上下を取り合う影、その片方を一瞬で接近した鷲羽・栗花落(gb4249)の蹴りが吹き飛ばした。くの字になって土壁に張り付く影をエネルギーガンで打ち抜きながら、館山 西土朗(gb8573)が素早く辺りを見渡した。
「一仕事終わったところを狙う、か。奇襲のタイミングを良く知ってやがる」
 乾いた風。
 鼻の傷が疼く。
 砂埃に塗れて、ぺっぺと口から吐き出し、羽矢子が起き上がって武器を抜いた。 
 大丈夫? あんまり。と、栗花落と簡素に言葉を交わしながら羽矢子の後ろに西土朗が付く。
「暗殺者‥‥か。バリウス中将の時といい、ここは気の抜けない所だね」
 状況把握は驚くほど早かった。
 それでも、その騒動の渦中にあって切り替えが直ぐ済むのは、命令系統に含まれて居ない傭兵だけだ。
「メタの性格からすると、やつはほぼ間違いなく頭を狙ってくるはず」
 栗花落が、唇を噛む。
「なら、姉さんたちとかち合ってる可能性が高いね‥‥!」
 恐らくは、誰もが思っていたであろうその予測。
 それにかかずらわる暇もなく、傭兵達は急速に行動を展開する。

 ぴちゃり、と滴の落ちる音がした。
「メタの傾向からして、指揮官級の人員は格好の獲物だ」
「ああ」
 イレーネ・V・ノイエ(ga4317)の独白に、リヴァル・クロウ(gb2337)が生半かな返事を返す。手で軽く促すと、大隊長は頷いて部屋の上隅にある換気扇から離れた。そこに引っかかっていた動かない赤身の肉が、内側から膨張して破片を撒き散らし吹き飛ぶ。煙に紛れて、飛び込む影が2つ。
「‥‥くそ、タイミングの悪い」
 煙を突っ切って振り下ろされるショーテル、構えるユニバースフィールドを避けて頬に一文字の裂傷を付けるが、決定的な致命打となる前に盾ごとぶつかって後ろに押し出す。下がった男は後方で大隊長の構えた銃声に食い破られた。崩れ落ちかけた死体が、やにわがくりと落下を止める。手足をぶらぶらと力なく垂れ下げたまま、走ってきた。否。とっさに受け止めた後続の一人が、死体を盾に突進してきた。リヴァルの刀は死体を縫い止め、イレーネの銃弾は死体から射線を外し、銃撃――しかし、虚空に消える。天井に“着地”した男は、水泳のターンさながらに足元を蹴って空を飛び、大隊長の目前へ立ったところで、ぐらりと体が傾ぐ。
 金属のスタンドから、天井の電灯の枠を弾き、先刻外したはずの弾丸三発は軌道を変えてたたたん。オルタナティブMが命を喰らう。
 戦闘を終え、風通しのよくなってしまった自室に壮年の男が溜息を吐いたところで、イレーネが近寄ってきた。
「ところで先刻の話ですが‥‥メタの傾向からして、一番の標的は貴方となるはずですね」
「だろうな」
「ならば‥‥」
 リヴァルが、床に転がった男の頭を軽く蹴り転がした。
 男、である。見間違いようの欠片もない。
「これは、誰だ」
 メタではない。

 静かに。
     隠密に。

 玄武の女は、大きな首よりも大きな戦果を狙った。

 それだけの話である。


「ぎ‥‥ぐっ、ぐぅぅぅ‥‥!」
 ぱたぱた、と血が落ちた。
 閉じた瞼に縦一文字に走った裂傷が瞳を傷付けているかは、わからない。
「あんなぁ、うちはな。よーぐ思い知ったんだよ」
 こきこき、と手首を鳴らす。
 女の影はただ、邪魔なものを切ったと、そういう意識すら感じられなかった。
「あんだら、せっがぐうちが苦労すて乱した指令系統、手綱握って回復さそうとするんだぁ‥‥これ以上、勝手ぇやられちゃ困るべや。なら」
 淡々と喋る割りに、女の表情は沈んでいた。
 この期に及んで、肉を絶つ感触が気持ち悪いとでも言うように。
「なら、手綱握ろうとすんのを待ってりゃええべな。勝手に網にかかっでくれんべ」
 そうして、ここにいる。
 彼等傭兵達は、通信施設を利用するべく走っていた。利用の許可は取り付け、後は辿り着くだけ――
 そこに、いた。
 上空からの、地理的心理的条件においてイニシアチブを取られた一撃。
 探査の目と先手必勝の使用があったからこそ、この傷で済んだのだ。
「だぁがら、行がせねって。おめさんには見せしめになっで貰うんだよ。う〜、でも気持ち悪ぃし本当は殺したくねえべ〜ごめんな〜」
 ぱたぱた、と。
 深く深く切りつけられた左目と胸元、それに抉り取られた脇腹から血を流しながら、首を掴まれたキアに向かって、腕のブレードを振るう。それが左腕の半ばまで食い込み骨を絶ち始めたところで、後方から炎弾がブレードを焼き尽くして飲み込む。
「邪魔するんけ」
「うむ、傷を残すには忍びない」
 翻るUNKNOWNのコートを目隠し代わりに、ラナが身を低くして突撃。銃撃を首を振るだけで避けられ、イオフィエルの爪を再生したブレードで弾かれ
「あぁも、うちにあんま仕事させんじゃねえべ!」
 閃いたブレードは、普通の人間なら100回は殺されていても可笑しくない。一撃一撃が冗談抜きに速く、重い。しかしラナは、紙一重の間合いで全て避けた。
「ひぇ?!」
 一瞬動揺。
 その隙を突いて、ハミングバードの刃がメタの腕に食い込む。羽矢子の一撃に確かに力は緩み、その隙にキアが思い切りその胸を蹴り付け。「んひぃー!?」と悲鳴を上げながら倒れ込み、バク転で立ち上がるのを見る余裕もなく、後ろに下がると荒い呼吸を繰り返す。気道も潰れていたのかも知れない。
「お礼、ひ、を‥‥、言うべき、で、しょうか」
「何、俺達も少しヤバい‥‥お互い様だ」
 後ろから追いすがるバグア×ことの2、強化人間が3。メタも含めると、少し洒落にならない。次第に包囲されつつある。
 と、その時
『あー、あー。傭兵諸君に告ぐ。
 こちらは、リヴァル・クロウである。恐らく侵入しているであろうメタの情報として、ABA48の映像から取り出したメタの際どいプロマイド100枚を進呈しよう。早い者勝ちだ』
 今まさに目指していた通信施設から
『さて‥‥早く来ないと、本当にばら撒くぞ?』
「へ‥‥」
 解放された仕込みに呆然と自分の体を抱きしめ、その身を慄かせ
「変態だぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
 アフリカの青空に、甲高い絶叫が響いた。


 一瞬で踵を返してどこかに消え去ってしまったメタはともあれ、と。戸惑いながらも、バグア達は一旦引いていった。とは言っても姿を隠しただけで、臨戦状態には変わらないだろう。
「兵士諸君の混乱は、一応道すがら鎮めて来たからね」
 栗花落、羽矢子、そして西土朗。三人の行いに礼を述べながら、傭兵達は咳き込んで動くこともままならないキアを背中に庇う。UNKNOWNの練成治療にも、重すぎる傷は治せない。止血は済ませたが、一刻も早く本格的な治療を施さなければならないのだ。
「あんたら、市民の誘導を――」
 西土朗の声が聞こえる。
 ざわめきが、街の中を駆け巡る。
 未だその戦場は、殺意の圏内にあり

「なぁに考えてんだぁこの変態! 変態! バーカバーカ!」
 涙ながらに窓枠に足を引っ掛けているメタに対し、リヴァル・クロウは何処吹く風だった。
「公私、共に戦う理由をやろうと思っただけだ」
「そんなら、今やってやるべ‥‥!」
 飛び込む。
 一瞬で解放された昆虫の四肢と羽で低空をすべり、首を狩るように足を振り回す。盾、盾、しかし変化に富んだ攻撃は容易く隙間を縫い、刀を持った腕を断ち切る。正対しても、強い。
「させん!」
 とどめに一撃を見舞おうとしたメタの腕を止めたのは、イレーネの制圧射撃だ。今の今まで息を潜め、逆襲に転じた。
「自分の可愛い可愛い栗花落に怪我を負わせた害蟲め、可及的速やかに駆除してやる」
「あ、あ、あ〜も〜あんた毎度毎度うっさいべ! ツユリだか何だか知らんけども、そんなに傷が許せねえなら‥‥」
 業を煮やしたメタが飛び込んだのは、制圧射撃に行く先を潰されつつ、銃弾の届かない懐に――
「ほれ、これでお揃いだべ!」
 ばしゅ、と水風船が弾けるような音がした。
 隻眼の女の、開いた左目から血が吹き出る。
「うう、感触が気持ち悪いべ‥‥ん、これ、さっぎの女と似た傷だべな。うん、見せしめにしては良い傷だぁ」
 ほんの少しの油断。
 それでも、一瞬で対応した。
 後ろに居たリヴァルの、鞘に収められたままの剣を腕で防ぎ、
「いつまでも同じ結末だとは思わない事だ‥‥!」
「にゃあ?!」
 すぐさま、剣を手放し、防御に使った腕を引き寄せ、膝に靴裏を叩き込んだ。ばり、と生々しい音と共に崩れ落ちる。
「な、何を‥‥」
「まだだっ!!」
 起き上がる。
 腕に嵌めた装着型超機械が、電磁波を放った。
 小規模な衝撃波は、小爆発を繰り返しながらしゃがみ込み、そして跳ね上がる力を利用した渾身のリヴァルのアッパーとなる。
 慌てて仰け反るメタの眼前を、腕が通り抜けていった。
「ふ、ふっ。び、びびってなんかねえべ〜。残念だなぁ、折角の機会を――」
 復習。
 腕は衝撃波を放っていた。
 だから、紙一重で回避したメタの衣服が、びぃぃぃ!! と絹を裂くような音と共に破断されたとしても、おかしいことはない。
「‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥すまない」
「‥‥‥‥き、きゃああああああああああああ!?」
 ごうん、と壮絶な音がした。
 一瞬でレバーと顎に突き刺さった拳は、肋骨と顎を砕いて内臓をぐしゃぐしゃにしていたことだろう。
「こ、こ、こいっ、殺っ、ころ‥‥!!!」
 しかし。
 世の中に、無駄なことというのは驚くほど少ない。
 だから、怒りに震えるメタの懐の通信機が鳴り響き
「‥‥UPCの、一斉攻撃‥‥? 何、何の話だべ。‥‥ええ、もう。らちが開かね。今から帰っから!!」
 突然の報が入ったとして。
 それが、この茶番と言う名の時間稼ぎのおかげであったとしても、おかしくはないのである。
 一瞬、部屋の二人にとどめを刺すべきか迷う。しかし、階下の靴音に気付いて断念した。ここで一戦交えているほど時間はない。
 立てる者のいない中で、勝者無き勝利が、静かに。


「カルヴァン大尉。被害は――」
「この分なら、ギリギリ――」
 事後。
 ミシェル・カルヴァン大尉は傷だらけの傭兵達を見舞い、眉を曇らせた。しかし、彼等に対しては何も口を開かない。
「――よし、直ぐメタを追跡するぞ」
 その瞬間、傭兵達は理解した。
 彼等は、この襲撃を知っていたのだと。
 知っていて、ならば、助かる命も、しなくていい怪我もあったのだと。
 だというのに。
「――言い訳も弁明もせんよ。俺達は君らを、撒き餌にした。恨みたければ恨んでくれて構わん」
 そうして踵を翻す。
 今はただ、何としてもあの玄武を殺すのだと。
 その為の覚悟だと、言わんばかりに。