タイトル:【AG】人であるためにマスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/11 17:24

●オープニング本文



 アクリル越しの瞳は、凪いでいた。
 私が見てきたことに対してあまりにも静かなそれは、私の神経を逆撫でして余りある。
「‥‥で?」
 イラつく。噛み付く。不愉快になる。
 わかる。
 この拒絶は世界に対するものであることがわかる。
 アクリルの強固な壁に阻まれて感情の行方に決着が付けられないまま、私は聞く。
 きっと私は、認めることすら出来ないのだ。
「あそこには、何があったの」
『全てが』
 老人の瞳は静かだった。
 全てを見て来たのだと、わかる。
「わかるわ」
 わかって尚、言う。
 激しい感情ではあるが、一時しのぎの激情ではない。
 この気持ちは、何だろう、私にとってはそれがひたすら不思議だ。
 そして、不思議でありながらも私を突き動かしてやまないこれを扱いかねている。
「‥‥私にとって、あそこは何だったの?」
『始まりの場所ですよ』
 老人は言う。私には決して手が伸ばせない場所である、アクリル板の向こうにその身をゆだねて。
 許されない。私は思う。
 しかし同時に、これでよかったのかも知れない、と思う。
 私は見たのだ。功も罪も、人の持ちうる全てを、あそこで。
 私に、あれは裁けない。
 感情には瞬間的な熱量と持続する熱の二つが存在する。私にとって到底埋め得ない後者を、理解するなどおこがましい。
 だが、だからと言って許すことなど出来ない。
 だから、これでよかったのだ。
 逃げ、なのだろうか。
『私がここに入ったことで』
 老人の顔には、復讐の牙から逃げ切った安堵感も、歯軋りを鳴らす優越感も無かった。
 焦り。だろうか。
『連鎖が起きる。巨大な集合体は例え一部を切り崩した所で存続しますが、私という楔はそれを支える柱の一つでした。ですが』
 焦りは、人間らしさに起因する。
 この老人のそれを、私は知っている。だからだろうか。
 人間であるが故に、この老人はどこまでも人間になれないのだということも、知っている。
「メアリ・アダムス」
 私の唇から出たのは、ひとつの真理だ。
 こころの問題。
 傭兵の皆が集めてくれた情報によって、私はそれを学んだ。
「ファラージャという集合体には、演算機構が必要なのね?」
『‥‥何の為に?』
「しらばっくれないで。いえ、試しているのかしら。ええ、あの施設。奥の奥まで見てきたわ。あれは、あの水槽は、巣なのね?」
 あの生物は、超個体であることを前提として生きる生物だ。
 集合であるならば滅びることはない。が、その群れからひとたび離れればひとつひとつの個体は脆弱極まりない。
 それは、多分に個体間のネットワークが完全に相互性を持つが故の利点と欠点なのだ。
「‥‥けど、マスタースレーブの個体関係が出来れば、集団から離れた個体を統御出来る。あとは、その個体を脳にでも寄生させれば‥‥」
 無限に繁殖する下僕の集団が生まれる。
 ‥‥きっと、その為の研究だったのだ。
 あの子供たちも。エリザとメアリも。そして、私達も。
「‥‥メアリの脳は、それを成し得る。そういうことなのね」
『‥‥だからこそ、お願いします』
 老人の顔は、焦りが見えた。
 しかし、その焦りは、人間だからこそ、人間ではない。
『私が言えた義理ではない。しかし、私の手を離れたメアリの保護を‥‥UPCの施設へ。そして、それが叶わぬなら』
「‥‥お言葉だけど」
 彼の言葉は、人間として最善を尽くす答えだ。
 だが、それが故に、人間ではないのだ。
 彼は、きっと、孫娘の命を天秤にかけて。
 きっとそこには百の葛藤と千の苦渋があったのだろう。
 それを責めない。
 だから。
「それは、私が決めるのではない。私とあなたを見てきた、皆が決めるの」
 私は、人間の答えを返す。
 人なのだから。

●参加者一覧

不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
鳳 勇(gc4096
24歳・♂・GD
綾河 疾音(gc6835
18歳・♂・FC

●リプレイ本文


 やるべきことはわかってる。
 ここまで来たのだ。メアリは必ずラストホープへと移送する。
 とはいえ。
 “ここまで来た”の言にふさわしく、考えることもあるものだ。
「アムステルダムか‥‥」
 信号で止まる。ハンドルから手を放した不破 梓(ga3236)が開いた窓に手をかけ、空を見上げる。古から連綿と続く歴史のある街に、医療機器も詰め込めるワゴン仕様のこの車両は無骨すぎた。
「何か、思い入れでも‥‥?」
 隣の座席のラナ・ヴェクサー(gc1748)の問いに、あぁ。と梓が返した。
「ルーナと初めて会ったのもここだったんだ」
「あぁ‥‥以前の彼の、妹の」
「出会い方は、最悪だったけどな」
 苦笑する梓に目を向けるラナ。梓とルーナの関係性については、彼女も承知していた。
 肩入れするほど知っているわけではないし、仕事として割り切る程度ではあるが。関わるか関わらないかは別として、錯綜した人間関係がそこに構成されていることは知っている。
「可愛かったなぁ、あのお嬢ちゃん。それに、メアリだっけ?」
 そこに後部から綾河 疾音(gc6835)が割ってはいる。
「イイねェ。兄サン気合い入っちまうわ」
 肩を揺らして笑うと長髪を弄んだ。再び車両が揺れだすと、景色が流れるように溶けて行く。その景色の中に、ふと、こちらを指差して囁き合う人影が紛れた。傭兵達はリラックスして談笑している。その目は一切笑っていなくとも。
 ここは商業の街であり、自由の街だ。それはアムステルダムが世界で最も豊かな街と呼ばれた頃からの慣習であり伝統であり誇りだ。
 風車とチューリップ。商業と金融。セックスとドラッグ。
 自由には付き物のデューティとレスポンシビリティ。
 暴力と欺瞞の香り。


「‥‥で。こんなにのんびりしてていいわけ?」
 若干イライラした声は、銀色の少女。エーゲ海色の瞳が時化ていた。ルーナ・パックスは足踏みして、黒い男を見上げる。煙草は今四本目に火がついた。足踏みだんだん。UNKNOWN(ga4276)はどこ吹く風だ。
「休憩も大事だよ、うん」
「そうだけど‥‥」
「どうして、そんなに焦ってるの‥‥?」
 御沙霧 茉静(gb4448)が地面を蹴りつけるルーナに尋ねた。少女が元来激情型であるというだけではないだろう。
「‥‥だって。万一にも、死なれたら」
 そう言いながら、少女は車の方をちらと見る。ワゴンの後部座席に収まっているのは、恐らく年の頃は15の少女だ。その姿は、この中の何人かがよく見知った蝶の羽を持つバグアに良く似ている。
「折角、何かがわかりそうなのに」
「していません。私は、明言」
 金色の少女は機械に繋がれたままで言う。その少女には、手がなかった。足がなかった。他にも不調はあるのだろう。立派な義肢を身に付けていながらその動きはぎこちなく、体は痩せ細り、息は不揃いだ。
「協力すると。あなた方に」
 だというのに、顎をつんと上げると傲然と言い放つ。不自由な身でありながら帝王のように君臨していた。
 嗜虐的なその視線からルーナを庇うように、鳳 勇(gc4096)が立ちはだかる。
「始めましてだ、メアリ氏。色々聞きたいこともあるが‥‥」
 ちらりと見やる。この小さな女王に、何をか言うべきか。碌な言葉も持たないまま、結局は事務的な言葉に終始した。
「先ずは安全な場所までエスコートさせていただく」
「しています。期待を」
「では‥‥車を出しましょうか」
 茉静が応える。憎しみを超えようとしているルーナ。同じような境遇に陥ったメアリ。そんなことを考えていたのだが、
「いや‥‥一足遅かったようだよ」
 帽子の黒い男の惚けた声に、は? とルーナが周りを見渡す。ディスカウントストアの奥から出てきた男達は、手に手にショットガンだの小銃だのを携えているのが見える。
「だから言わんこっちゃない!」
「いや。折角だからコーヒーなんてどうだね? カウボーイ流の淹れ方というのを‥‥」
「いいから出して!」
 シートをルーナに蹴たぐられてようやく、UNKNOWNがアクセルを踏み込む。ドアミラーを散弾で吹き飛ばされ、立ち塞がる敵を炎弾で散らし、車は弾けるように発進した。


「踏むぞ! 舌噛まないように気をつけろ!」
 梓が踏み込むアクセルがエンジンを通してタイヤに過剰な力を与える。白煙を噴きながら急発進、後を追うように弾痕が地面に空いた。疾音がうぉっと呻いて頭を打つのを後ろに感じながら、街道を爆走する。トラックがバリケードを作ろうとするが、助手席から身を乗り出したラナの銃弾がタイヤを喰らい、空いた隙間に鼻先を捻じ込んで強引に突破した。
「よ、よぉ! 100m先、右折するぜ!」
 ひっくり返った体を強引に建て直しながら、疾音が喚く。銃弾が飛んでくるのを頭を低くしてやりすごすと、ラナが地図を広げた。
「直線距離では、遠ざかるように見えますが‥‥」
「ヤツらを引き寄せンのが俺らの仕事、じゃん?」
 軋みと共に封鎖された道を迂回。再設定。疾音のナビゲーションに抜かりはない。予め用意された複数のルートを用いている。だが、どうも誘導されているのを感じる。方針修正。強行突破。寄せてきた車を路肩に寄せてクラッシュさせて、そのまま強引に後輪を滑らせてUターンする。
「この際手間は省いちゃマズいっしょ?」
 へらっと笑って前列席の間から顔を出した疾音の顔を追い払って、なるほど、と梓が頷く。勢い余ってスリップ、止まった瞬間を狙うように銃を構えた花屋の脳天を、ラナが弾いた。再び爆走を始めながら考える。
 彼らは囮だ。囮であるならば、最短距離で向かうのは逆にまずい。本命であるように見せるには、彼ら自身が逃げ切る努力をしなければいけないのだ。
「一理あるな。それじゃ、もう一暴れと行くか」
 三人の悪い笑い。どちらにせよ、鉄火は街道を駆け巡る。


「うむ、狙いにくい、な」
 窓から身を乗り出す。UNKNOWNがハンドルから手を放してしまったのを見て、慌てて勇が運転を代わる。
「危ないだろう!」
「何、出来る人が出来ることを、ね」
 抗議の声が下から飛んでくるのも聞き流して、黒い影はルーフに出てしまった。その間に茉静がエアスマッシュで後方の車を吹き飛ばし、バキュームハンドルで吸い付いたUNKNOWNは固定砲台代わりに正面のバリケードを破る。
 敵は失うものがない、ということだろう。この攻勢は、そういう怖さがあった。
「呆れます。この賑やかさに」
「少しは感謝したらどうなの?」
 相変わらずつんと澄ますメアリ。それを見てイライラしているらしいルーナが足踏みをしている。茉静が、ルーナの肩を叩いた。
「‥‥貴女も、随分‥‥強くなった。我慢できるようになりましたね」
「‥‥私が?」
 イライラして青筋を立てているのは、とてもそうは見えない。が、これでもだいぶ丸くなった。そして、それは
「だとしたら、それはあなた達のおかげよ」
 優しさとか、そういうものだけではなく。
「あなた達が、話を聞いてくれたから」
 そうつぶやく姿をバックミラーで見て、勇がふと唇を緩めた。優しい、そして多分それだけではない目。
「ルーナ。メアリ氏は君が見ててやってくれ。戦闘になれば、我が必ず護る」
「信じてる」
 間髪入れることなく、返された。その間にUNKNOWNはというと、縄でするすると体を固定して盾を構え、追っ手を撃ち落し続けていた。
 黒いコートが、はためく。


 白いワゴンがろくにブレーキもかけず港に滑り込んだのは、既にそこが銃火の飛び交う戦場と化していたからだ。滑らかに連動する少年達のうち、一人を跳ね飛ばすなり車は止まった。コンテナにぎりぎりまで寄せて停止した車から飛び出た三人が見たのは、穴だらけのワゴン。三人の傭兵。
 ‥‥二人の護衛対象は、無事だ。
「三体増えたか。思っていたより早い。あぁ、想定の範囲の内ではあるが」
 それを見て、スーツ姿の若い男がつぶやく。
 異質だった。声の抑揚とか、倫理観とか、そんな枝葉末節の違いなどものの数にはならない異物感が拭いきれない。
 バグアに相違なかった。傍らには四人の強化人間が控え、弾き飛ばされた一人も外れた肩を無造作に嵌めながら戻ってくる。
「以前の‥‥? あちらの男共々、また面倒くさそうな‥‥」
 ラナが厭な顔をする。護りきれば勝ちとはいえ、己の身の安全を毛ほども考えない相手に対するには、面白くない状況だった。
「慨然。やりなさい。嫌いです。泣き言は」
 嘲るように、後ろからメアリが言う。ぴくりと目の端を動かしたラナだが、子供の言う事だし仕事に感情的になるのも疲れる。そんな風に無視をしている。そのせいで、メアリが少しにやにやと笑っていたのを見逃したのだが。
 どちらにしろ、事態は動く。戯れをよそに、勇が進み出る。
「‥‥ソムニウム」
「然り。私を表す記号だ、それは」
 勇の歯軋りに対し、男は眉一つ動かさなかった。彼にとって、それは事実でありそれ以外の何者でもなく、またそれ以上の意味など持っていない。それが伝わって来るような声色だった。
「貴様らの理想や信念なぞ、消し去ってやる」
「理念、信念。あぁ、知的生命体が固有の欲望や願望の為に他の個体を使役する際の共通符号のことかね」
 勇の唸りに淡白に返す。彼にとって、それは事実だった。面白みのない男だった。それが事実であろうとも、事実が真実でないということを解さないモノだった。
 そんなモノが、兄妹を縛っていた楔のひとつだった。
「ああ、お前は許される存在ではない‥‥この場で殺す」
 静かに、静かに、梓が大太刀を抜いた。足を踏み出す。一歩目は深く、如々に軽く。正面に回ろうとした少年の一人を、UNKNOWNが放った高熱の弾丸が食い破る。穿ち、たたらを踏み、その隙に二人の少女を自らの影に隠す。
「さて。人生というのが長い道程だとすればだ」
 銃撃を放ちつつ、黒い男は嘯いた。それはルーナに囁いているようでありながら、もう一人の少女にも向けられているようだ。少年の横を梓がすり抜けて、足を踏み込む。
「進んだら受け入れなくてはいかん。蔦のように絡む運命を切り拓いてでもな」
 溜めた足が弾ける。肩に担ぐような八相に構えて飛び込む。病的なまでにきっちりと着込んだスーツの男は、小蠅でも払うかのように腕を構えたが
「そう、丁度あのようにね」
 UNKNOWNの指摘。
 軽い音と共に背後から、CEOの腕を茉静の天照が貫いていた。
「‥‥ふむ」
 きり、と一度腕が止まった。スーツの男は大きく腕を、再び振るう。黒い砂のような何かが巨腕を形成し、その腕に追随して茉静を吹き飛ばした。ぼろ屑のように地面に投げ出されるが、その隙に。梓の斬撃が袈裟懸けにCEOの身を襲った。
 手ごたえは、腐った肉を指で崩すような、そんな感触に似ていた。
 ぼろり、と切断面から黒い砂が毀れる。以前己の腹を抉ったモノを思い出し梓が顔をしかめるが、そのまま振り上げ、また振り下ろす。胸に太刀を突き立てると、蹴り込みながら刀身を捻った。傷口を傷つけながら太刀が抜き放たれ、そのまま一歩二歩と下がる。
 一瞬の後に、左右から挟みこむように腕が振るわれた。弾ける様に飛び退る。辛うじて武器を握ってはいるが、両腕の外側がぱっくりと裂け、白い骨が僅かに覗いた。
「成程。確かに、あの方が楽しまれる存在の基準は満たしている。強い感情と滑稽さが」
 しかし、仕事はさせて貰う。
 治って行く身体を一撫でしてから、CEOはこめかみに指をやって思考する。
 直後、5人の少年が動いた。動き終わった梓が立ちはだかるのに対しては1人がタックルを仕掛け足を止めさせ、残りが左右に広がる。銃器を持たないのは、誤射を恐れてか。何も見ない瞳が腰からダガーを引き抜くと、大振りの刃は高周波の咽び泣きを吐き出した。
「護るのは苦手‥‥でして。任せますよ?」
「心得た」
 勇が下がる。人数は四人。開けた場所ならばそう易々とやられる相手ではないが、その状況を作り出せたのも行動の結果。
 ラナの目の先数cmのところを、刃が通過する。僅かに上体を逸らして避け、戻される刃が間髪入れず突き出される。片足を引くと、腹の辺りの服が断ち切られた。皮一枚と引き換えに、彼女の爪は既に首元に伸びている。すれ違い様に、引っ掛けるように。湾曲した爪は少年の首元にある血管を引っ掛け、断った。ラナに返り血を噴水のように浴びせる少年に代わるように、二人の少年が入れ替わって突撃する。ひらり、とラナが背を向けるかのように体を入れ替えると、既に刀を深く構えた疾音がいた。
「出し惜しみなンざしてられっかヨォ、ッン畜生ォが!」
 振り抜かれた刀は真空の刃となり、休む間もなく片手の銃を連射する。喰らう者、避ける者、その影から一人が飛び込む。勇が割り込み、盾で身体を受け止めた。つんのめるように止まり、それでも異音を発するダガーは勇の腕に熱したバターのようにするりと突き立つ。血に塗れながらも、刃を斜め下から突き立てる。ごきゅ、と音を立てて肋骨を粉砕しながら臓器を傷つけた。それでも止まらない。何故なら、
「まだ‥‥!」
 ラナの声が、勇に響いた。咄嗟に刀から手を離すと強化人間を蹴り飛ばした。CEOの黒く巨大な、例えるなら螻のような両腕を、盾で受け止める。ざらざらと、先刻付けられた傷から何かが毀れるのが判る。
「何故止める。別に殺そうと言うのではないのに」
「例えそうだとしても‥‥」
 重い一撃に全身の骨が軋み、筋を違えている。先程の傷口からは血がとめどなく流れている。
「これからが大事な時なんだ。邪魔を、するな!」
 だとしても、勇にとって下がる理由にはならなかった。
「来たぜ! あとちょいだ鳳氏、耐えンぞ!」
「不愉快ですね。こうも易々と身体に」
 睨み合う均衡が、疾音の叫びによって弾けた。疾音が悪態をつく少女を小脇に抱えると、各々が船に向かって走る。炎の弾丸がバグアの目を灼き、力が緩んだ。
 その視力が回復する頃には、船は既に沖合い遠くへとその身を浮かべていた。


 逃がしたことを認識した彼は、生き残った『軍団』に死体を片付けさせながら、思考する。
 機は逸した。この身分にも限界が近い。おそらくは人類の査問機関によって拘束されるのだろう。その程度で拘束されはしないが、最早この皮を被っている意味も無くなるということか。
「問題はあるまい。あの方にとって至高は唯一ではなくなっている。メアリ・アダムスを使えぬとなれば代替‥‥否、今やこちらが主案か」
 スーツの汚れを神経質に叩き落とす。大体からして、この身体は経済力には長けたが戦闘には向かない。いずれ新しい身体を用意しよう。
「彼を使うか。期待には沿うだろうな」
 傭兵達が護った結果は、一つの未来を救い、一つの決意を作り出した。
 それがどのような結末をもたらすのか。
 今の時点で、伺うことは出来ない。