●リプレイ本文
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「――やれやれ」
少年は肩を竦めた。うん、やっぱり、ねえ? 僕としては、もうちょっと後ろの方でどんと構えていてくれたら嬉しかったんだよね。そうすれば僕もさ、わざわざ‥‥君らを撃たずに済んだのに。
そんな風に呟いている。誰かさんがこちらを警戒しているようだけど、スナイパーたる自分は、隠れ続ける限りそうそうのことじゃあ感知はされない。屋上を見て少し笑った。
金色の毛糸が風に巻かれて柔らかい陽光に照らされる。はらりと解ける。光が広がってさざめく。鬱陶しげにそれを掻き抱いた。
問題なく『軍団』がフロア上方に来られたのならば問題はなかったのだが、やはり自分というのは何かをしようとすればとことん上手く行かない性質らしい。と彼は思う。
だとすれば
「やっぱり、僕も出張るしか、ないんだよねえ‥‥」
これは、傭兵達には知れないほんの一幕。
苦笑しながら、彼は隣のビルから一歩離れた。
弾丸の嵐が地上を食い破り、私兵が数人悲鳴と共に倒れた。たった2つのチームでありながら、敵は実に粘り強い。崩れた一角に殺到しかけた蟻の群れを、押し止めたのは赤い男だ。
「最上階に行かせるわけには行かない‥‥!」
夜十字・信人(
ga8235)が言葉にブラフを混ぜつつ、盾を掲げる。雀の囀りのような音がエレベーターホールを啄ばみ、その合間を食って芹架・セロリ(
ga8801)が紅色の小銃から弾丸をばら撒く。兄を完全に壁にし、動く要塞のような信人の盾の陰からのセロリの掃射によって、隊列が乱れ、間を置かない十字砲火が無表情の少年達を襲った。1人か2人、弾丸を喰らうことはあるが行動不能には足りない。
血を流しすぎたと思しき2人の強化人間、少年と少女が一人ずつ、腰から刃渡り60cm程のダガーを取り出した。それは異様な高音を吐き出しながら音を引き、乱舞する。ばね仕掛けのように飛び出した彼らは、弾丸を喰らうことに寸毫の注意も払わなかった。蝋燭が最期の火を一際燃え上がらせるように、2人の子供は遮二無二暴れる。壁や武器が溶かしたバターのようにするりと切れ落ち、それは
「うひぁ‥‥!」
「こ、こいつら、イカれ――」
二人の筋骨逞しい男が、乙女のように甲高い声を、そしてその声ごと、自分の武器と同じ運命を辿った。血の帯を空中に引きながら、子供達は残った生命を炉にくべて疾駆する。
傭兵達の尽力により、最低限よりも尚マシな程度の連携は保持出来た。それですらこの有様だ。その小さな暴風を、蒼い稲妻が止めた。次の標的に狙いを定めた獣にラナ・ヴェクサー(
gc1748)が小銃を撃ち放つ。突き出されるナイフに髪を切らせるまま、足を薙ぐもう一人の腕を踏みつけ、足下のそれを滑らかに切り落とす。そのまま返す刀で、攻撃を回避され身体が流れた少年の喉を刺し貫いた。
瞬間、カチリ、という音がする。
刺し貫いた残骸を蹴り飛ばし、後方に飛び下がる。轟音が建物に鳴り響いた。爆裂したのは腕を切り落とされた子供の身体で、早々に警戒していた通りになったラナは小さく舌を打った。
「‥‥戦闘不能は、即。ですか。自爆させたくなければ、即死させるしかないようですよ」
事実だけを仲間に伝える。彼女は仲間のうちの少なからずが感じる因縁を知らない。語られることもない。情はいらないと思うし、実際傭兵としてはそれが無駄のない姿でもある。
ただ、薄気味悪さだけを感じていた。何の発展性もない強化人間。戦力としても強力ではあるが資源を無駄遣いするお粗末な、言ってみれば“後に続かない”存在。ただ、気持ちが悪いとだけ感じていた。
その事実を聞き、信人が顔を顰める。最早前のようにすら行かないのだと。或いはそれは、“軍団”を統制する技術が確実に進歩している証でもあるのか。
(また、子供を殺すのか‥‥)
手が鈍ることはない。それがプロであり、そしてそんな自分が今は厭だ。信人の掃射の隙を突いて接近する少女を、背中から飛び出したセロリが菫で切り倒す。以前より手応えはない。一方で、連携は格段に強力になっている。
「盾に倒れられたら困るんだから、無理はするなよ」
「‥‥生意気な緑色の金食い虫め」
ふん、と垂れた憎まれ口に赤い男は苦笑して、盾を構え前進する。再びその背中に張り付きながら
(‥‥よっちー、ごめん)
心の中で謝罪していた。子供を殺したくないという心に応えられない。互いの気遣いが理解出来るからこそ、二人は辛かった。
別所にて。
そうした想いを断ち切るように、シャッターが落ちる。進入経路を限定するように落ちたそれは、天野 天魔(
gc4365)の策だ。そしてその策は、現在のところ有用性を見出していた。
如何に強化人間といえど、破壊工作にはそれなりの手間を要する。現在残されたルートを突破するにも、私兵と傭兵がずらりと手勢を揃えている。無理に工作を優先するとすれば、そこには死が待っていた。
1つの小隊が階段へ続くシャッターを抉じ開けようと腰から刃を取り出す。彼らが共通して持つダガーというより蛮刀のようなそれを突き立てた所で、私兵の掃射に遭い身を翻す。戦闘態勢を取ったところで、そのうちの一人が頭を溶解させて後ろに吹き飛んだ。狙い済ました一撃は、天魔のエネルギーキャノンだ。扉を盾代わりに地に伏せ、ラナの確認した情報通りに、戦闘不能を待たず一撃で仕留める。油断ならぬ敵の動きを警戒しながら、少しだけ溜め息を吐いた。
「仕事の為に殺す俺と願いの為に殺すソール。どちらの業が深いのか、な」
感慨に過ぎないそれを心から手放さないように慎重に、彼は射撃を繰り返す。その射撃に後押しされるように、ショートヘアに髪を直した海星梨(
gc5567)が疾駆する。現状、敵の配置は割れている。直接上階に繋がるルートは確保してある以上、味方に加勢するのが得策だ。上階から壁を伝って降下して来た春夏秋冬 立花(
gc3009)も同様だ。紺色の髪を靡かせ、立花が少女の攻撃を躱す。微塵も迷いがない。機械のような攻撃に隙を見つけ、その手を断ち切ろうとする、その瞬間に声が飛んだ。
「テメェも死ぬぞ!」
その声に剣を引き、逡巡する。腕を絶った瞬間の自爆、その報を思い出す。横から飛び込んできた海星梨が敵の手を打ち払い、飛び上がりながら顎に膝を叩き込む。返す刀で肘を脳天に叩き込んでかち割り、返り血に塗れた。それを見て、立花はぐっと唇を噛む。
殺したくない。でも殺さなければ死ぬ。自分だけではなく、誰かが。横に回り込み鉛球をばら撒こうとする少女の懐に、瞬天速で飛び込んだ。その顔は、まだ年端も行かないあどけない少女。その瞳は、永久に表情を取り戻すことはない。ほんの一瞬の間に、彼女はそれをぐっと目に焼き付けた。
「‥‥ごめんね」
焼き付けて、断った。
連携においては敵に分があるものの、傭兵達の場数はそれを補ってあまりあるものだ。加えて、上階に配する戦力も加算した私兵達は、質としては劣れども数で勝っている。次第に戦線は膠着し、そして押し返しつつあった。
これではいけないな、と誰かが思った。
さて、誰からにしようか。そう思った。
まずは、あの危ない子からかな。
あのままじゃあ、すぐに死んでしまうし、ね。
光ではなかった。
閃光ですらなかった。
例えるなら、光の洪水とでも言うべきなのだろうか。
姿を現したのは一瞬だった。信人とセロリ、それにラナが戦うその場からみえる建物の外に、金色の少年が居た。彼は少し驚いた顔をした後、嬉しそうに笑って、そして、ソレを放った。光は奔り、彼らとは見当違いの方向に進み、一瞬の静寂の後に遠くで悲鳴が上がった。
『春夏秋冬 立花がやられた。何だ、今のは。まさか‥‥』
天魔の通信が入る。ことも無げに、展開された砲身を畳む金色の少年。天使の翼のようなフィンが、廃熱を行う。そのまま身を翻すと、再び姿を消した。
「‥‥放熱、すぐ逃げた‥‥? 時間が必要、なのかしら‥‥」
ラナがその様子を見て呟くも、個人用としては破格を通り越して逆に無駄としか思えない兵器を目の前に流石に呆気に取られている。
「ヘイ、あんたら!」
呆然と見ていた彼らに、私兵の声が飛ぶ。傭兵達の作戦と尽力の結果、状況に変化が生じたことを伝えに来たらしい。今のまま、傭兵が居なくなったとしても最初の見立てよりはもたせることは出来る、と。
「とは言っても、さっきみてぇなのを繰り返されたら流石に死ぬ。死んじまう。で、だ。頭をさっさと潰してきてくれねえか? あんたらなら、任せても大丈夫だろ」
これもまた、ひとつの結果。
傭兵全員の屋内戦における作戦で、確かに死傷者が減っていると実感出来たからこその提案である。
少年との相対を望まないものはおらず。傭兵達は、外へと駆け出した。
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弾けるように、二人の子供が飛び出す。一人は爪を、一人は大剣を。纏めて盾で受け止め、弾き返したのは信人だ。足が止まる。残った二人の強化人間は少年を囲むように陣取る。
「やれやれ‥‥僕の星は、何かとんでもない凶兆でも指しているのかな」
肩をすくめた少年は、漆黒の鎧を身に纏っていた。生物的な骨格をそのまま着込んだようなそれは、直接武器に繋がっている。その鎧自体が、武器であるかのようだった。
「ねぇ。どう思う? ええと‥‥」
「セロリだよ」
ぶっきらぼうに後ろについていた緑髪の少女が応える。
「そう。僕の名前は知ってる?」
「ソール・パックス」
正解、と小さく呟いて笑う。
ソールは、左耳をこつこつ、と叩いた。その耳に、声が飛ぶ。
「まずは、君の在り方に賛辞を」
天魔が、柔らかい拍手を3つ4つ打つと、エネルギーキャノンを構える。肯定だけには留まらない。
「ただ一つの願いの為に自らの命も、人としての倫理も、妹の心すら捨てた君の生き方は美しい。故に世界の全てが君を否定しようと俺は肯定しよう、ソール」
だが。そう言う。高出力の知覚攻撃は、盾を持った少女によって打ち消された。
「あいにくと俺はルーナのトモダチでね。悪いが、阻ませてもらおう」
「お構いなく。それで、リッカはどう?」
声をかけたのは、海星梨へ。その髪型と、髪の色と、武器に恐らく立ち振る舞いまでも。その姿は少年の妹に良く似せてあった。
「さァな。マイブラザー、大事じゃああるが死にゃしねェよ、マイブラザー」
にやにやと笑い、嘲るかのように声をかける。柳のように、ソールの顔には痛痒も浮かんではいなかった。その程度の挑発には乗らない、と言った様子に。
「そう、もう少しきちんと狙っておいた方が良かったかな? そうすれば‥‥」
「そうすれば、憎まれたのにって?」
少し、少年が眉を上げた。ぽかんとした様子で、セロリに顔を向ける。
「何を」
言って、と続けようとした。
続かなかった。小銃の弾丸がバラ撒かれる。俊敏にその場を飛び退った少年に弾丸を放ったのは、ラナだ。会話に惚けた彼は、その手に少しの弾痕を見て取る。女の目は、冷たくなかった。熱を帯びてもいなかった。戦うだけの目であった。
「‥‥少し目が覚めたかも、ね」
火蓋が切って落とされる。少年の側に控えていた少年が両手に持った自動拳銃の弾丸を烈火の如くばら撒く。ラナが飛び下がった。下がっていた爪の少年が追う。重く早い攻撃が腹を抉った。大剣を担いだ少女がその横を駆け抜け、セロリと打ち合う。そちらを任せる間に、盾を持つ少女を側に控えさせたまま、ソールが駆ける。腕から2本、強化人間達が持っていたのと同じ刃を生やして異音を放った。
「僕を怒らせたいなら、足りないね。けど、付き合ってあげるよ」
こんなものの何が楽しい、と少年は思っていた。海星梨の拳も蹴りも肘も、正直怖いものでしかない。命の遣り取りが、生来好きではないのだ。だから、と呟きながら、天魔の射撃を少女に防がせ、そしてざくり、ざくりと海星梨の腕や足を寸刻みにした。感慨もない。やはり怖い。厭だなぁ、と思いながら、それでもそれなりに打たれて身体に軋みを残しつつ戦闘不能にした彼を置き去りに走る。
彼方の戦闘は、爪を持った少年と銃を持った少年が自爆を行わないまま戦闘不能にされて転がっていた。それを確認したソールの懐に、何かが飛び込んだ。ラナが細身の剣をアポロンに突き立てている。一撃で壊れるはずもないが、
「やっぱり、君は怖いや」
思い出していた。一番躊躇いがないのは、彼女だ。渾身の力で蹴り付けて、アポロンを展開する。
「させるか!!」
信人が雄叫びを上げる。一瞬、少年は顔を向けかけた。しかし、振り切る。僅かに、ソールの意志が勝った。白い煙と共に光が迸り、左の脇腹から右の肩にかけて、えぐるように傷が穿たれる。これ以上の戦闘を行うことは出来ない。
が、その時間で十分だった。
天魔の知覚砲が再びアポロンを灼く。思わず庇うように振り向いた。その隙に、緑色の陰が飛び込む。
コンソールは、奪えない。破壊ならまだしも、鎧と一体化している。ならばと2度の攻撃で装甲が剥がれたプロトン砲に刀を突きこんだ。そのまま、セロリはぐりぐりと菫で抉る。
「無理、するなよ」
一瞬。
足を銃にかけた、そんな不恰好な体勢だが。目が合った瞬間、少女はそう呟いていた。
「お前、馬鹿だよ。ルーナさんを捨てて、強化人間をモノみたいに扱って、そしたら憎めるって思ってるの?」
優しすぎ。その言葉と共に、プロトン砲が火花を盛大に撒き散らした。少しだけその光景を眺め、少年は少女の耳にそっと口を寄せると何か囁き、それから振り払うように飛び下がった。
「ソール、ルーナが言うには、俺たちは似た者同士らしい」
「‥‥へぇ?」
少年を護るように、二人の少女が下がってくる。追撃の姿勢を見せながら、信人が言う。
「確かにな、馬鹿なところとかそっくりだ」
「‥‥ぷ、ふふっ。まさか。一緒にしないでよ。ノブト」
笑みを交わしながら、耳元の何かに、少年は何かを囁いた。そして、言う。
「僕は、君よりずっと馬鹿だぜ」
轟音が鳴り響いた。
転がっていた戦闘不能の強化人間が、爆風を辺りに撒き散らす。その煙に紛れて彼は、いつの間にか消えうせていた。恐らくは、追い縋ったところで残りの二人も使い捨てるのだろう。
少年が消え去った方を、セロリが何とはなしにぼんやりと眺める。
『そういう僕を、覚えていてね』
誰にも聞かれないように呟いた少年のその声は、少しだけ掠れていた。