タイトル:低温域の支配者マスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/05 22:27

●オープニング本文


「――なんだ、小熊か」
 自警団の青年はそう呟くと、呆れたように小銃を降ろした。
 北半球の中でも特に北に位置する国の小さな町。冬にさしかかるこの時期は、気温が氷点下になることも珍しくない。そんな場所で長時間の見張りともなれば、地元の人間とは言えさすがに辛いようだ。顔に張り付くような冷気にうんざりしながら遠くを眺めていた彼は、だからこそ、その小さな来訪者に思わず相好を崩して寄って行った。

「おぉい、何をやっているんだ!持ち場を離れんな!」
「熊だよ、こ・ぐ・ま!エサでもやったら適当に送り返すさ!」

「なっ‥‥」
 あの馬鹿、と青年に声を掛けた同僚は呻いた。
「おい、やめておけ!!」
 無駄と知りつつ、彼は青年を止めるべく叫ぶ。
 只でさえ熊は子供に人が寄っていくのを嫌うのだ。いわんや冬眠の準備の最中であろうこの時期、もし近くに親がいたらどうするのだ。そうやって肝を冷やしながらも、自分まで持ち場を離れる訳には行かず。彼に出来るのは、叫んで制止することだけだった。

 そんな同僚の心配をよそにずいずいと進んでいく青年は、熊の鼻先数メートルまで近づくと膝を付いて観察する。
「大丈夫だって!いざとなりゃ銃もある‥‥おぉっ、こいつぁ珍しい。形はヒグマなのに毛が真っ白だ」
 珍種の可能性に僅か胸をときめかせ、青年は手を出すとビーフジャーキーを足元に置いて後ずさった。
 余計な味を覚えさせればいずれまた人里に下りてきてしまう、と忠告出来る同僚は遠く。小熊はビーフジャーキーに気付くと近づき鼻を寄せ、しばらく匂いを嗅ぐとぱくりと口に入れた。
「おぉっ!こいつ、なかなか可愛いなぁ」
 ビーフジャーキーを咀嚼する小熊の姿に一時の癒しを青年が得ていると、さらに小さな影が2匹寄って来るのが見えた。
「な、増えた‥‥?」
 呻く青年。

「おいおい、こいつぁいよいよ親熊が近くに居るんじゃないか‥‥?おぉい、危ないぞ!そろそろ戻って来い!」
 危惧した同僚は手を挙げて振り、身振りも合わせて戻って来いと叫ぶ。その声に応じて戻ろうとする青年の動きは、しかし非常に緩慢だった。
「おい、何をやってるんだ!!」

「――ごけ、ない」
 既に声は届かない。
「ふごけないんだひょ‥‥さむくて」
 必死に助けを求めるが、届かない。
 何故ならば、同僚から見れば、青年の周囲にだけ何故か吹雪のようなものが巻き上がっていたからだ。極低温の息吹が生まれる先は、小熊の口。ただの野生の熊と思って居たそれは、紛う事なく。

「キ、キメラ?!」
 慌てて銃を向け青年を助けようとする同僚。恐怖によって砕かれかけた仲間意識と倫理観を掻き集めて足を向けようとした彼は、しかし今度こそ絶句した。止みつつある吹雪。その後ろに立ち上がる、巨大な影。その影はゆっくりと腕を振り上げると、立ち尽くす青年に向かって――
「う、うあぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 同僚の理性が保ったのはそこまでだった。
 あとは涙を流し、悲鳴を上げ、ただひたすらに、つんのめりながら。車に飛びつきエンジンをかけ、一目散に町に向かう。

 しかし、取り残された青年は決して文句を言わない。熊の腕に貫かれ氷結し、もの言えぬまま四肢を小熊達に貪られる彼は、その悲運を嘆くことも最早なかった。

●参加者一覧

木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
野良 希雪(ga4401
23歳・♀・ER
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
M2(ga8024
20歳・♂・AA
神宮寺 真理亜(gb1962
17歳・♀・DG
フローラ・シュトリエ(gb6204
18歳・♀・PN
獅堂 梓(gc2346
18歳・♀・PN
ホープ(gc5231
15歳・♀・FC

●リプレイ本文


「ぬいぐるみのクマとかは、可愛いんですけどね〜」
 白い雪をさくさく踏み、白い息を吐きながら進むのは、同じく白い女の子。
 野良 希雪(ga4401)は残念そうに呟きながら雪を掻き分けていた。同じ白いもの同士の親近感を感じつつも、そこはやはりキメラ。情けをかける心算は無いようである。
「そーだよね、可愛いよねー‥‥キメラでなければ」
 同じくM2(ga8024)が嘆息する。大人の熊などは恐ろしいものだが、小熊というのはつぶらな目に愛らしい表情、ほどよく柔らかそうな体を抱きしめたくなるというのは人として当然の感情だろう。
「とはいえ」
 何時までも続くかにも思えるほど何も無い白銀の行軍は、しかし木場 純平(ga3277)の言葉によって遮られた。
「あれを放置は、さすがに出来ないな」
 視線の先には純白の小熊。距離はあるものの、その後ろの黒い影もはっきりと見える。小熊が傭兵達を囲むように走り、大きな影はゆっくりと立ち上がった。
「珍しくー、土地にー似合ったキメラ、ですねー」
 弓を取り出し弦をぴんと張り。敵をほんやりと見据えつつも、ルーンを額に浮かべたラルス・フェルセン(ga5133)の心は揺らがない。覚醒の余韻を残しつつ、やにわ変わった声色で、彼は呟く。
「まぁ、キメラが似合う土地なんてものは無いのですが‥‥ね」
 その敵意に呼応するかのように、巨大な影は轟音で大気を揺らした。


 絵面としては人間対獣でありながら、どちらもいきなり激突することはしなかった。むしろ初手は淡々と。お互いがお互いにとって有利な位置を取ろうと動く。希雪はこのうちにと、練成強化を前衛に出る味方にかけた。
「わー、あれって親子なのかなぁ? 母はキヨシって言うし、大きいのはお母さんっ?」
「つ、強しじゃないの? ‥‥うぅ、火炎の次は吹雪かぁ。暑いのも寒いのも、ボク嫌いだよ」
 元気な笑顔でややズレたことを言うホープ(gc5231)に、苦笑しながら獅堂 梓(gc2346)が返す。後半はただのぼやきになりつつあったが。
「逃げるわけにはいかんだろう。行くぞ」
 そのぼやきに対し答えたのは神宮寺 真理亜(gb1962)だった。騎士然とした雰囲気を漂わせるその姿に、場の雰囲気が締まる。
 しかし、梓が嘆くような特殊な能力を持っていると言えど、装備の対応力という面では傭兵に分があったようだ。高速戦闘において喰らってしまえば致命的であろう小熊の吐息を封じる為に、多数の傭兵が銃器、それも面制圧が出来る物を用いて来た。
「まずは‥‥足を止めます」
 射程限界の位置に展開したラルスが、練力を武器に流し込みながらSMGを掃射する。的確な集弾で2匹の小熊を牽制した後に、効力射を1匹に集中。大熊は僅かに射程の外である。出鼻を挫かれた小熊達は戸惑いらしき表情を見せ、接近し口を開こうとする。が‥‥
「あっちが連携なら、こっちも連携ーっ」
「ブレスに当たるのは、極力さけたいわよねー」
 前に飛び出せる構えを取るM2と支援主体のフローラ・シュトリエ(gb6204)が、それぞれラグエルとエネルギーガンを構える。
「っははは! ‥‥ボーッとしてるとぉ、ハチの巣になっちゃうよん♪」
 次いでM−121ガトリング砲を構える梓は、狂気を孕んだ顔で嗤った。
 3人の集中掃射に小熊が足を止める。そのまま釘付けに出来るかと言うような弾丸の嵐はしかし、大熊が体で弾丸を止めて防ぐ。その間に散開して再び接近を始める小熊達。ブレスの間合いまであと僅かである。
「っとっと、やっぱり連中、連携してるようね」
「私が前に出て、盾になろう。切り込む者は一緒に」
 練成強化を味方にかけつつ嘆息するフローラに呼応するように、真理亜がバイザーを下ろす。足元の車輪をフルスロットルで回し前衛に出る彼女は、バハムートの頑健さを利用する心積もりのようだ。
 それを迎え撃つのは、正面からのブレス。小熊が口を開き、極低温の吹雪が真理亜を襲う。白雪を蹴立ててブレーキを踏む彼女は、防寒装備をしている為に動きこそ止まらなかったものの、流石に無傷とはいかずにたたらを踏む。
「そこまでしてくれれば十分ーっ!」
 壁になり息吹を受ける真理亜の後ろから飛び出す影が一つ。ホープだ。迅雷を使い接近し、そのままオルカを抜き打つ。紺碧の刀身が弧を描き、冷たい空気ごと小熊の一体を切り裂いた。
 どう、と音を立てて1匹が声もなく崩れ落ちる。残り3体。小熊は2体。その有様を見て怒ったかのように大熊が二本足で立ち上がり咆哮する。果たしてそれは、同胞を討たれた怒りなのか、現状に対する危機感なのかは判らない。その咆哮に合わせて、残った2匹の小熊が突進して来る。どうやら敵も同じく集中攻撃で各個撃破を狙っているようだ。
 狙うのは前衛として一番に近間まで切り込んだホープ。2匹のブレスが同時に彼女を襲う。吐息をかわすも、近づいてきた大熊の一撃がかすりよろめく。追撃しようとする3匹だが、真理亜と梓の掃射に一旦足を止める。
「さて、俺も足止めさせてもらおうかね」
 ダメージを追ったホープに代わり前に出るのは純平である。SESを仕込んだグローブ、クラッチャーを嵌めた両手を構えて接近すると、疾風脚で小熊の1匹を翻弄する。急所を狙った痛打でダメージを蓄積させるその姿に、もう1匹が纏めて仲間ごと傭兵に氷のブレスを吐きかけようと口を開く。しかし、飛んだのはブレスではなく一条の光線。フローラのエネルギーガンである。腹を貫かれた小熊は大きくよろめく。
「はーい、治療しましょう。大丈夫、痛くないですよー♪」
 その隙に、攻撃を食らった真理亜とホープを希雪が突貫で治療する。痛みに顔を顰める2人を見て、真っ白な彼女が若干嬉しそうだったのは気のせいだろうか。
 勿論、大熊も手をこまねいて見てはいない。何度も小熊の援護に入ろうとするが、その度に誰かの牽制が入り思うように動けないのだ。M2が槍をくるりと回転させ、石突で横合いから熊の腕を突く。攻撃を受け流され、大熊は戦法を切り替える。腕による攻撃ではなく突進。しかし、その鼻先に鋭く矢が突き立ち進路を遮る。
「そうはさせませんよ!」
 ラルスの援護射撃により唸る大熊を尻目に、純平は希雪とフローラの練成弱体を受けて弱体化した小熊を捕らえ持ち上げる。身体能力については普通の小熊程度である敵キメラは、自分を武器に仲間ごと地面に叩き落され体勢を崩しもがく。その好機逃さじと、梓と前線に復帰した真理亜が一斉に小熊の1匹に集中砲火を行った。
「まだだ。ここで倒されるほど私は脆くないぞ!」
「あははぁ、バイバイ熊さん。ハチの巣確定、残念だったねぇ♪」
 重火器による圧倒的な弾幕の雨。激しく痙攣する小熊は、しかしやがて血溜りに臥せり動かなくなった。残り2体。
 やっと起き上がりブレスを吐こうとする小熊の視界が、しかし突然遮られる。ホープがステュムの爪で目を引っかき視界を潰したのだ。激痛に暴れる小熊をM2の槍が大地に縫いとめ、希雪の放つ電磁波とフローラの光線を受け、最後の小熊が中枢を破壊され動きを止めた。
 残り1体。形勢の不利を悟り、しかしそれでも大熊は止まらない。範囲こそ小熊より狭いものの、氷結能力のある爪を振りかざし剛力を以って襲い掛かる。それに対し、純平が応戦する。限界突破を使い手数で上回り、真正面から殴りあう。結果、大熊と互角以上の勝負こそ広げたものの、真正面からがっぷり四つだったことが災いし、腕に氷結の一撃を喰らい下がった。
「能力者の拳は痛いってこと、思い知らせてやったかな?」
「無茶するね、ほんとにもう」
 ふっと笑う純平に更に攻撃を加えようとする大熊の一撃をM2が逸らしながら唇を尖らせて答える。これから彼には希雪のイタイ治療というお仕置きが待っているだろう。純平による容赦のない打撃で足元が覚束なくなった大熊は、しかししぶとく動こうとする。その動きが何かに干渉され、唐突に鈍った。
「これ以上寒くされるのは堪らない、ってね。そろそろさよならよ」
 フローラの練成弱体。そこに瞬天速で飛び込んでくるのは、先程まで弓を取っていたラルスである。その唐突な転換に戸惑う大熊を置き去りに背後まで回り、瞬速撃を使う。
 大熊の左胸から、淡く光る刃が飛び出た。体を預けるような刺突。そのままラルスは呟く。
「そろそろ、倒れなさい」
 ごう、と雪が死体を覆い隠すように舞い上がった。

 残り0体。


「信じられないな‥‥」
 あんぐりと口を開けるのは、自警団の青年だ。これが能力者か、と嘆息すると、改めて彼は頭を傭兵達に下げた。
「あはは、気にしないで。これで、何とかできたかな?」
 お仕事なのだから当たり前とばかりに苦笑する梓。戦闘中とのギャップが甚だしい。
「うー、こう寒いと、暖かいとこが恋しくなるねぇ‥‥」
「それなら、こーゆーものがありますが〜〜〜」
 自分の体を抱きしめて震えるホープに、ふにゃーひっくとばかりに瓶を差し出すのは希雪。どうやら暖を取る為にコスケンコルヴァを飲んでいるようだが、どう見ても飲みすぎである。ヨッテナイデスヨーと言うが、ホープは年齢を理由に後ずさって逃げている。他の面子も、めいめいに自分の時間を過ごしているようだ。
 そんな傭兵達を見て、青年は僅かの羨望と嫉妬を抱く。俺にもあの力があれば、友人を助けられたのではないかと。そして、ならば何故彼らは‥‥とも。
 只人の思いに僅かなしこりを残し、支配者は地に臥した。極寒の地が再び侵略者の手に渡らぬことを、今はただ願うばかりである。