タイトル:【AG】その光は優しくマスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/31 00:45

●オープニング本文


 あなたはその言葉を聴いた。
 直接に、或いは映像を通して。
 あなたは、その事件に縁があったかも知れない。無かったかも知れない。
 助けたいと思ったかも知れない。許せないと思ったかもしれない。
 或いは知ったことではないと肩を竦めたかも知れないし、見え隠れする傷口をじゅぐじゅぐにしたいと嗜虐の笑みを浮かべたかも知れない。
 過程は切欠に過ぎない。
 人は思考する生物である。
 その思考が志向となる時、その決断は初めて意味を成す。
 そしてそれこそが、人が人である証なのだ。
 人が人である証を以って、あなたは選択したのだ。


 →ルーナを支えたい


●Route LUNA:Truth

「超個体、というものをご存知でしょうか」
 窓際に立った老人は、静かに語る。
 その老人は、罪を犯した。数え切れないほどに。
 罪は山積する。
 積み上げた罪は、しかし積み重ねるほどに軽くなる。
 価値がなくなるのだ。
「地球上では蟻や蜂などに散見される、云わば群体をひとつの生物として生きる生物のことですな」
 それを認めるほどに、其人にとっての罪とは、それとしての価値が無くなる。
 罪を認めるとは、己を悪と許容することだからである。
 それは、裁かれれば赦されてしまうものと容易に堕ちてしまう。
 悪を知ることと、罪を認めることは別である。
 老人は、そう考えていた。
「それらが何を以ってその驚異的な群生を維持するのかは未だに謎に包まれていますが‥‥」
 そこで、老人はひとつ俯く。これを語ることは、きっと己の総ての悪を罪に堕とすことであると。
 己は裁かれるべきですらない。
 だが、ここに真実を求める者がいる。
 ただ一人、最期に作った友‥‥否、共犯者と言うべきか。彼の為にもその総てを語るわけには未だ行かないが、その一端を彼女に渡すことの重要さに比べれば、彼にとって彼が己に課した業罰を無に帰す恥知らずすら、甘んじて受けると決めた。
「結論だけを言いましょう。あのバグア‥‥ファラージャは、私の孫です」
 今となっては孫ですらない。ただの抜け殻なのかも知れない。そう思おうとしたことは何度もあった。
 しかし、どうしようもなく、彼女は彼女のままだった。
「彼女は、己の身に怪物を飼っていた。バグアとなった今などその怪物の副産物でしかない。彼女の持ちえたそれは、破滅的なまでの征服欲。侵し、冒し、犯すこと。そればかりを考える彼女は自らをバグアに差し出しました」
 その本性は、ただひたすらにおぞましかった。しかし、老人は孫を憎むことなど出来なかった。ほかならぬ少女自身が、己のことを最も憎んでいたから。
 そして、ついに己自身を憎むことにすら倦んだ。そして己自身を征服することに決めた。弄び、玩弄し、汚すことに決めた。
「あの娘を止めることが、私には出来なかった」
 老人の声に、覇気は無かった。枯れ果てていた。
 敗北者がそこに居た。
「彼女の意思を果てなく陵辱してくれる最良の相手として彼女が選んだのは、とある星の生物でした。それはバグアの依り代に足る知能を持ち、しかしひどく矮小だった。‥‥彼らは彼らにのみ通ずる何らかの力場によって、群体で1の意思を成す、それだけの生物だった。彼女は、ソレらのひとつになりました」
 結果として、少女の意思は望みどおりに消え失せた。
 そして、その異星の生物の本能である合一の意思と、少女の欲望だけが残った。
「知能が高く、しかし矮小だった生物は、彼女と共にあることで己等の力の使い方を知った。次に求めたのは、その力をより効率的に遣う為の道具‥‥」
 彼は、傍らに目を落とした。そこにいたのは、傭兵達が守り通した少女。
 すぅすぅと寝息を立てるそれは、ごく普通の少女だった。
 手足がないことを除けば。
 そしてその容貌は、傭兵達を蹂躙した蝶の少女に酷似していた。
「メアリ‥‥この娘の脳を、エリザ、いや、ファラージャは望んでいます。双子でありながら、姉を超える卓越した知能を持った娘。そしてその代わりに、何もかもを持たない娘。ファラージャは、完成を望んでいる」
 本音を言えば、この期に及んで、彼は迷っていた。
 彼にとって最後に残った大事な人物であることを明かせば、復讐を望む心を持つ者に対しては急所を晒すのと同義だからだ。
 だが、言わなければならない。
「メアリのその認識能力は、稀有としか言い様がありません。恐らく、代わりを探すことも難しく‥‥ファラージャは、再びこの娘を狙うことでしょう」
 言葉は収束し、拡散する。
 まだ、黙っていることはある。
 しかし今は、ただひとつだけの真実を。
「我々人間を使って彼女が何をしたかったのか。完成すら過程に過ぎないのですよ。それを知るには、彼女を知るしかない」
 そう言って、彼が取り出したのはひとつの地図だ。
「そして、彼女を知る権利があるのは君だけです」
 恐らく、と老人は思う。
 恐らく、この邂逅にもきっと意味があったのだと。
「私がこんなことを言うと、君は怒るかも知れない。だが、言わせて欲しい」
「私を殺すのが、君で良かった」
 銀髪の少女は、黙って俯いていた。
 恐らく、彼女の決断は老人を殺すことになるのだろう。
 しかし、きっとこれは、誰かがやらなければならないことだ。
 ならば、これは彼女の役目なのだ。
「‥‥アダムスさん。私は、まだ、あなたを許すことは出来ない」
「‥‥でも、行くわ。この場所に」
「全てを見る為に」
 少女が受け取ったいくつものデータ。それが指し示すのは、とある実験施設。
 とてもとても見覚えのあるものだった。
 目を瞑っても情景は思い描ける。
 薄暗い。すえた臭いの。血の香り。どろりとした空気が。
 なつかしい、やみのにおい。
 彼女の闇の匂い。

●参加者一覧

不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
鳳 勇(gc4096
24歳・♂・GD
カズキ・S・玖珂(gc5095
23歳・♂・EL

●リプレイ本文



――リラックスはしているかね?
「‥‥どうかしら。少なくとも、いつも通りではあるけど」
――今、何を思っている?
「不思議なことだけど‥‥希望は感じてないわ。だからといって、絶望もしていない。何かがあったとして、それがありのままなんだって気がする」
――真実を受け止める勇気はあるかね?
「‥‥わからない。ただ、見なければいけないって思う」


「‥‥ふむ」
 UNKNOWN(ga4276)は呟くと、紫煙を燻らせる。非常灯の不気味な灯りしかない施設であっても、いやだからこそ空調はきっちり働いているようで、その煙はどこかに吸い込まれていった。
 少女、ルーナ・パックスを見据える瞳はどこか安堵しているようにも見えた。以前に見えた不安定さが、その激しさを喪わないまま形を得ようとしている。そんな様にも見えた。
「あくまでも、ルーナ。自分を見失うな。何を見るにしても、考えるのは後にしなさい」
 黒衣の男の言葉に、小さくこくりと頷いた。その少女の肩を、不破 梓(ga3236)が軽く叩く。見上げた目と見下ろす目が一瞬絡み合い、言葉のないままに離れる。もう、何も言わなくても通じる。そんな風に。
「ルーナさん‥‥。前回、私の力不足のせいでソールさんを救う事が出来なかった‥‥」
 ルーナの目の前に、御沙霧 茉静(gb4448)が片膝を付いて手を握り、訴える。
「‥‥ごめんなさい」
「そ、そんなの、違うわ。あなたのせいじゃない」
 取り戻すために、盾となり、剣となる。少女が頑なに否定しようとも、彼女はそれを決意していた。その横に、夢守 ルキア(gb9436)が目をきらきらさせて立つ。
「ルーナ君、月、キレイなナマエ」
「‥‥えっと」
「私はルキア、ヒカリ」
 あぁ、と手を差し出す。同じラテン語を源にする名前に、少し共感を覚えたのか。互いに握手を交わし、ルキアはにこりと微笑んだ。聞けば、付けられた名を捨てて同じ意味の名を自ら名乗っているのだと言う。
 名は体を縛るとも言う。
 彼女の過去は知らないが、それを思えば、彼女の言葉にある重みが、何とはなしに理解出来るような気がした。
 私は月である。彼女は、そう思っている。



 B1:Original SIN

『某月某日
 度重なる攻勢は、哀れな子を贄に進化する。ナイトフォーゲルなる人型兵器の急速な発展は、皮肉にもその戦闘による傷痍と障害を補う技術へと確実にフィードバックされているのだ。
 だが、まだ足りない。肉体の補填は出来ても、それを普及させるには圧倒的にコストがかかる。そして、如何にハードの代わりはあれども、破損したソフトは、復旧出来ないのだ。
 人類とは、何と繊細で取り返しの付かないものをその身に抱えているのか』

 難航すると思われた電子錠の開閉は、対する電子の魔術師の手によってスムーズに行われた。施設自体は人間の手によるものであったことが幸いしたのだが‥‥
「ルーナ、お宝がどこにあるか心当たりは」
 カズキ・S・玖珂(gc5095)が声をかける。UNKNOWNとルキアが錠を上げて周るのを見ながら、少女は周囲の光景を観察した。緑色の光は彼女の髪を通って青白い燐光に変わる。
「‥‥この辺りは、私は知らない。きっと、ここは‥‥」
 はじまりの場所。そう呟いた。
 情報の精査は後回し。今はまず掻き集めようと傭兵達に伝えながら。

 B2:Forbidden FRUIT

『某月某日
 狙いは判っている。断じて金袋などにさせてたまるものか。
 ソムニウム。あの若造に、我々の魂を売ることは断じてならない。
 しかし、我々には最早どうしようもなく、資金が足りない。魂を売り渡すことは出来ないが、しかしならば、我々があえてそれを分け与える事で、暴走し兼ねない彼らの手綱を掴むことが出来るのではないだろうか』

「結局、すべてを知るには始まりの場所からと言うわけか」
 鳳 勇(gc4096)は、眉を寄せていた。彼の求める情報が見つけられたものの、それには想像だにしなかったことが書かれていたからだ。

『超人たる能力者への適性、その扉への門戸はごく限られている。
 人を超える道を子等に与える為ならば、我々はあえて四肢を絶ち蛇となる所存である。
 原罪計画。
 古なる神の時代を終わらせ、聖書の時代を再び齎す為に。
 私の決意を、ここに記す。
                     エリザ・アダムス』

 次第に、活動は違法性を帯びていく。企業の違法な資金運用や脱税、敵対企業を非合法に叩き潰すなど。
 実験の記録には、不安と猜疑と機械のような正確さだけがあった。

 B3:Adam and Eve

『研究主任エリザ・アダムス(age.15)に関しての所見

 その若さにしては驚異的な知性と感性を、全て“如何に壊すか”に特化出来るという才覚を持っている。
 こういう言い方も不思議だが、“ただの天才”である彼女はその一点に関しては随一の“鬼才”となる。
 そして何より不幸なのは、彼女には素晴らしい人格が“備わってしまっている”ことだ。
 破壊を憎む彼女が、何より破壊を望むという自己矛盾は興味深い』

『特別顧問メアリ・アダムス(age.15)に関しての所見

 主任とは双子の姉妹である。彼女には、世にも稀なことに‥‥
 ここでは記すことを控えよう。ともかく、彼女は“不完全”であるが故に“完全”だった。人間が通常使うであろう脳の領域に生まれつき余白がある彼女は、姉とは違った知能を持つ。
 姉が特化した鬼才であるならば、彼女は万能の天才だ。ただ物を掴めず、歩くことが出来ないというだけである。
 あえて比べるならば、姉が今ある道具を有効に使うことに執心するとすれば、妹の彼女は新しい道具を生み出すことが出来る。
 しかし悲しいかな、神は彼女に更なる試練を与えるらしい。最も、私に神という概念は存在しないが。筋肉が次第に萎縮している。
‥‥しかし、私の見立てが正しければ、これは病ではなく‥‥私の主は何を考えているのか。私には判らない。わかる必要もないが』

 茉静が、静かに周りを見渡す。施設は、至って綺麗なものであった。そこには血の痕も死体も見当たらない。まるで何事も無かったかのようなリノリウムの床が、逆に不気味だった。
 電子機器に詰められていた膨大なカルテには、ただ二つの結果だけが残されている。
『病死』
 もしくは
『関連施設での保護』

 B4:Paradise Lost

『某月某日
 ソムニウムから派遣されて来た新しい男が研究主任の座に就いた。
 聞いていない。エリザはどこに行ったと言うのだ。そういえば、ソムニウムの若造は私が居ない時も頻繁にこの施設に出入りしていたらしい。どういうことか。ソムニウムが“主”と呼び恭しく扱っていた、そういえばあの黒衣の人間は何者か』

 ここまでの道程は、驚くほど順調であった。恐らくそれは役割分担と扉を開閉する2人の手柄に加えて、加えて具体的な目標を持って情報を集めていたからだろう。途中に何度かの罠の作動と戦闘はあったものの、順調よりもなお早いペースで進めていた。

『某月某日
 エリザが顔を見せた。どこに行っていたと言うのか。無事ならばいい。あの子はここ数日、思いつめた顔をしていたのだが。それも今は晴れているようで何よりだ。
 そして、更に喜ばしい報告もある。彼女が、能力者に臨床の協力を取りつけたと言うのだ。男女の双子らしい。世にも珍しい一卵性の異性児だ。双子が大事なのだ、とエリザは言っていた。
 不思議なことがある。ソムニウムの若造が、エリザに恭しく接するようになった。この態度の変化は何か。私は何か、重大な取り違えをしているのではないか』

 ざわめきが聞こえた。UNKNOWNが開閉を担当した部屋だ。部屋に入って目の当たりにするのは左右計8本の培養槽と、そこに収められていた男女の姿だ。いずれも十代半ば以下にしか見えず、目を開ける様子はない。いずれにしても、情報を吸出し持ち帰らなければいけないと傭兵達が動く。
 不意に、無線を砂嵐が支配した。
 ただ、以前と違うことがある。耳を劈くようなけたたましい笑い声。甲高く鈴のように可憐でおぞましい少女の声。
「ジャミング‥‥! 来たかッ!」
 カズキの声と共に、狭い通路を嵐が吹き荒れた。


「もう少し保つと思ったのに‥‥それまで見られちゃったかぁ」
 くふふ、と享楽的に、少女、否、バグアであるファラージャは笑う。何のつもりか、漆黒のドレスの上には白衣を纏っていた。その暴風に引き寄せられるように、傭兵達は集結しつつある。
「まぁ、いずれバレちゃうものよねぇ?」
 金色の二つ結びの髪を風で弄ぶ少女は、尚も口を開こうとする。その軽口を、黒衣の男が遮った。
「おぉぉぉぉ!!」
 カルブンクルスから放たれる炎の弾丸が、ステップを踏むように下がる少女の体を撃ち、蝶のような黒い羽を穿つ。ばぁ、と風で吹き飛ばしでもしたかのように羽が吹き飛ぶが、その現象は経験済みだ。UNKNOWNは、銃を構えたまま油断なく後を追う。
「ひどいなぁ」
「手加減する暇はないのだよ」
 視界の先にあるハットの鍔に敵を捉えながら、紫煙を燻らせる。前回の問いに対する、明確な答えがその目に映っていた。
 さらさらと砂のように崩れる羽が、今度は腕に纏わりつく。それは次第に形を成して、小さな体に不釣合いなまでの前腕と放射状に開く4本の爪の形を取った。
「あれは‥‥!」
 後ろから近付いた茉静が目を見張る。以前、まさに彼女はそれで背中を切り開かれた。
「貴女は、何故ここにいるの? ここで何を‥‥」
「何って、バレるとちょっと厄介だなってものを回収しにきたんだよぅ。無駄だったケドさ」
「なぜ、私達がここにいると‥‥」
「ナゼだと思う?」
 巨大な前腕を持ち上げると、少女は壁に打ち付ける。掌と思しい場所から鉄杭にも似た一撃が壁に打ち込まれると、爪がその穴に引っ掛けられ、べろりと果実の皮でも剥くように剥がされた。それを何に見立てたのか。小さく、うすく笑う。
「つまらないおもちゃは、いらないの」
 視線が逸れる。
「おもしろいおもちゃは、ほしいけど」
 銀色の少女の方へと。
 黒い腕が、再び砂のように変わる。さらさらと、砂が再び蝶のように変わると、腕を振るう。
 最初に変化が起こったのは、左上のモニターだった。そこには、寝台に縛り付けられた少女が映っている。未だ体は幼さの域を出ず、その髪は銀色で。
「な、にを‥‥」
『もう、いや‥‥もう、やぁ』
 画面の中の少女は、弱弱しく身を捩る。瞳孔がすぼまる。
 みないで、と唇が動いた。
『やだ、もう、くすりはやだぁ‥‥こっちにこないで! いや、いや! ソール! お兄ちゃん! 助けて! いや!』
「見ないで!」
 バグアが腕を振るう。画面が変わる。赤黒い映像。裡まで晒された己の身を見ないで。辱められた姿なんて見ないで。
『いや、何するの、そんなの無理よ! やめてよぉ!』
「いや、いやァァァああ!!」
 身を捩って泣き叫ぶ。向こうの彼女も、こちらの彼女も。うずくまって頭を抱えて、それを見て、とてもとても、ファラージャは楽しそうだった。
「ッハハハハ!!」
 大きく笑う。腕を異形に変えながらバグアの少女が奔る。その腕は、しかし、女の体に阻まれた。
「ハァ‥‥?」
「奪わせるわけにはいかん‥‥」
 掻っ攫おうとしたその腕の前に立ちはだかったのは、梓だ。
「この子にはするべきこと、知ってもらいたいことが山ほどあるんだ‥‥!」
 頭を抱えて蹲る少女の前に立って、埃でも払うような攻撃を受け止める。敵の小柄さ故に腹に突き刺さった傷口が、花のように弾ける。
「何をするのさ」
 蹴り付けて、更に腕を振りかぶる。避けるとルーナに当たる。梓は、甘んじて喰らった。黒い杭が腹に突き刺さったままずるりと腕から抜け、突き刺さったまま崩れていく。同時に傷口に激しい痛みを感じて、吐血して気絶した。更に追い撃とうとする黒い影を、柱の裏から小柄な金のヒカリが迎え撃った。
 ミスティックTを嵌めた拳を不意討ちで叩き込み、皮膚を焼き焦がしながらルキアは周囲を見る。これほど力を持ったバグアにも関わらず、その破壊は小規模である。
(派手に暴れない‥‥)
 壊さないモノ、ならばそれは大切なモノ。ならば。
「愛は、一方通行なモノ――きみは、ジブンを愛してる?」
「そんな生き物に、愛なんてあるわけない‥‥!」
 涙に塗れた声が上がった。血を吐く梓の傷を見ていたルーナが、傷口から何かを抉り出した。黒い砂だと思われていたそれは、とても小さく、羽を持つ、黒くて硬い虫。既に死んでいるそれを、振り落として踏み潰す。けらけらと笑うソレが足を踏み出すも、その攻撃は勇がボディガードにより庇う。
「それが、貴様の正体か‥‥!」
 その防御は、同時に激昂のあまり後ろで武器を抜いていたルーナの行く道も防いでいた。背中にぶつかり、眉を逆立てる。
「どきなさい!」
「ならば倒して通れ!」
 ぐっと唇を噛み締める、その隙を突いて弾丸がばら撒かれる。UNKNOWNとカズキの面の攻撃がファラージャを押し返した。
「潮時だ! ‥‥今回は働き蟻を連れてきてないようだな、女王様」
 銃を構えながら、サングラスを指で押さえてカズキが揶揄する。ふん、と鼻を鳴らすのは少女には実に不釣合いだ。
「あんなものはね、ただのおまけよ」
「何‥‥?」
 引っかかったものの、まずは脱出を優先する。殿に立つべく茉静も刀を抜き、薄皮一枚の見切りで間合いに飛び込む。
「遅い遅い遅いよー?」
「確かに‥‥貴女と比べて、確かに私は弱いかもしれない」
 腕に攻撃を喰らって、それでも残った片手で剣を振るう。
「だけど、何度打ち倒されようと、大切な人達を救うまで、私は何度でも立ち上がる‥‥!」
 一撃を踏み台に、大きく後ろに跳んだ。
「命の尊さ、解って‥‥!」
「命ねぇ‥‥」
 首を傾げると、ファラージャは己の羽を掴み取った。思い切り握り込むと、ぷちぷちと音がする。
「命って、こんなものでしょう?」
 茉静は唇を噛んだ。これ以上は、話の無駄だ。射撃武器を持つ味方が撃ちながら退くと、バグアもここでこれ以上暴れる気はないのか、黙って見送った。


『某月某日
 やはり、悪魔の所業だったのか。
 我々は間違っていたのか?
 エデンに住まい神に逆らってでも蛇となろうとした我々は。
 蛇は、我々以上に狡猾だった。まさか、私の‥‥嗚呼、エリザよ。彼女の魂は最早死によってしか安息を得られないと言うのか。
 これこそが、私の罪なのか』
 後日。
 回収した情報を目に、ルキアは少し考え込んだ。
 罪とは、何だろう。生きること、やりたいことをやること、それは罪なのか?
 ヒトはヒトを縛る。彼女と、そして彼らにとって、罪とは何だろう。少しだけ、考えてみるべきだと。そう思ったのだった。