●リプレイ本文
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砂塵が吹き荒れる。
乾燥した風は、住む者のいなくなった街を容赦無く削り取っていた。ざらついた大気がKVの装甲を掻き毟り、搭乗する傭兵達自身の感覚に直接訴えかけているような錯覚すら覚えるほどだった。アスファルトに轍を刻みながら、鉄騎兵が進む。
ビーコンは絶え間なく負傷した味方の位置を知らせ続けている。大通りを進む一団の足が、不意に乱れた。横合いからの掃射を受けて、しかしその行軍は乱れたのみに留まる。同時に、地上から重粒子線の赤黒い迸りが空中にある機体の翼を灼く。追儺(
gc5241)が『鬼切』と名づけたシコンが、中央の大通りへと不時着を行った。
「対空砲撃‥‥プロトン砲ならば、可能か。迂闊だった」
着陸し、変形するシコンを射撃が追い撃つ。ぐらつきながらも変形を終えビルを遮蔽物代わりに、傭兵達の足を止めた射撃の先を見る。2体のゴーレムが路地の横合いから銃口と半身のみを覗かせていた。
「ここは任せてちょうだい。みんなはまず、保護をね」
雪野 氷冥(
ga0216)の『オサキ』が突撃槍をマニピュレータに保持する。山下・美千子(
gb7775)の竜牙『マックス』が盾に銃撃を弾き、3機を置き去りにKVがひた走った。
そして、2度目の散開。
理由は、流 星之丞(
ga1928)の「派手に動くことで敵の注意を引き付けたい」という一言だった。3機のKVが市街を走る。戦闘の爪痕は、生々しい。今しがたついたものもあれば既に景色と同化するような古いものもあった。全てがこの街の死体の歴史である。そんな傷跡が、不意にぱらりと崩れた。ブレイブソードの素振りに合わせて「わん、わん、わん!」とスピーカーから音をばら撒いていたわんこ(
ga5343)の頭上に陰が落ち、咄嗟に飛び退いた正にその直後、人型が落ちてきた。アスファルトが赤熱する。地面に突き立てられた剣を引き抜くと、砲撃をひらりとかわして狭い路地に飛び込んだ。追撃は、全く別方向からの射撃が抑える。おそらくもう一機、どこかにいるのだ。
「ヒュー。何、今の動き」
射程外からの援護をあっさりかわされてクローカ・ルイシコフ(
gc7747)が薄笑いと一緒に顔に張り付いた冷や汗を拭う。落ち武者狩りとはいえ、流石にたった5機で戦闘を続行しようというだけのものはあるらしい。早く離脱して欲しいな。コクピットの中で、こっそりとそう思った。
路地裏で、巨体は膝を着いていた。少しでも負担を減らし、冷却が済んでから再び動き出す心積りだったのか。濃緑の機体のターレットがこちらを向いた。
「おーじさん♪ 助けに来たよっ! ‥‥あれ、お兄さんだっけ?」
リコリス・ベイヤール(
gc7049)の声にしばし固まり、やがて無線から枯れた声が聞こえた。
『お兄さんだよ。さて、おたくは天国からのお迎えか、それとも救いの女神かい』
苦笑と一緒に安堵の声が漏れた。見知ったものとはいえ、振り向いた所に異形の無貌があるというのは心臓に悪かったらしい。純白のフェンリルに続いて、赤いオーガが辿り着いた。損害報告を端的に続けていた男に、聖・真琴(
ga1622)がこれも短く質疑を飛ばす。
「飛べる?」
『無理だ』
「故障?」
『敵さんの親玉、狙いが正確すぎる。VTOLでちんたら高度上げてる間に撃ち落とされるのがオチだ』
「そ。じゃ、陸路だね〜♪」
『‥‥やっぱ、戦わしちゃくれねえやな』
やや響く、軍人として最適の乾いた判断。それを僅かにちろりと炎が舐めた。敏感に感じ取って、真琴はルートを設定する手を止める。
「気持ちは解るけど‥‥今は生きて帰るのがアンタの仕事、良い?」
硬いと言うのでも無い、冷たいと言うのでも無い。命を賭けるということの本当の意味。恐らく、彼を助けに来た全員が抱いていた思い。そして、彼も本当に正しい選択は何か、諦め混じりにだが理解していた。器用なことに肩を竦める仕草までしてから、鈍重に機体を立ち上がらせる。その手にTaichiro(
gc3464)が盾を渡した。スマートなロビンが持てば無骨に見えるそれも、ロジーナに持たれるとやや頼りなく見える。
「良かったら使ってください。無いよりはマシな筈です」
『借り1、だな』
少しだけ、楽しげな空気が戦場にしばし流れる。その間を引きちぎるように、鋭い声が上がった。
「砲撃、来ます!」
少し離れて周辺の哨戒を行っていた星月 歩(
gb9056)だ。彼女の声に咄嗟に機体を動かし、ロジーナが盾を構える。赤熱し膨張するそれを咄嗟に投げ捨てると、空中で爆発した。
『早速来なすったぜ。‥‥そんで、早速盾が役に立っちまった』
敵に対する忌々しさ半分にTaichiroに礼を言う声をスピーカーに苦笑してから、少女は顔をきっと引き締める。合流を果たした今、成すべきは迅速な退却だ。優しくコンソールを撫でると、歩はひとつ深呼吸をした。久しぶりの依頼。足手纏いの不安よりも、今はただやるべきことが頭を占めている。
「久しぶりにあなたの力を借りるけど‥‥お願いね。アンジェリカ」
駆動音はどこか、主の命に応えるかのように澄んだ軋みだった。
ぐわん、と建物の間に駆動音が響く。生体兵器特有の撓む様な音が、ビルの間に間に反射した。星之丞のスフィーダが首を巡らし、わんこと背を預けあう。
市街地戦への絶大な自信。それが見て取れた。しかし、戦闘に自信を持つのは彼らだけではない。直上からの射撃をハヤテがシールドスピアで受け、物陰から現れたヒートソードの一撃をスフィーダが槍で捌き、前へ一歩踏み込む。誘うように引きながら弾幕を張って物陰に飛び込むそれを追うことなく、星之丞とわんこはあるものを味方に送信する。
「こちらクローカ。座標D−5了解。サポート開始するよ」
直後、ビルが砕け散った。長距離砲「三昧眞火」が大味に砕くのは、先刻射撃があった場所からは程離れたビル。クローカの乗る『スプートニク』の火力支援が、ゴーレムが乗るのも登るにも足る中規模のビルを粉々に砕いた。赤熱を切った剣をブレーキに壁面を滑り落ちたそれを援護しようともう1体が飛び出してくるが、クローカの狙撃により足が止まる。好機が生まれた。わんこが飛び出す。ハヤテに積まれたプロペラントを一気に消費して突撃する。アサルトライフルのばら撒きはシールドランスに弾かれ、それと交差するようにスフィーダが奔った。
「メテオブースト、オン!」
かち、と自己暗示のように奥歯を噛み締める。瞬間、轟音と共に加速した。回り込んだスフィーダの更なる加速に目を取られたゴーレムは、
「これは町の人達の分! これは壊れたビルの分!」
ハヤテの突き出したランスが右腕を抉り、ドリルに変形した腕が頭部をもぎ取る。カウンターのようにヒートソードを突き出そうとするが、
「星の煌めきと共に、ただ刺し貫くのみ!」
スフィーダが加速と共に胸部を刺し貫き
「そしてこれはノーヴィ君の分だー!!」
わんこブレイブソードから立ち上がるオーラが犬の姿になり、真っ二つに断ち切るのに合わせて噛み砕かれる。厭な音を立てながら、ゴーレムが動きを止めた。武器から敵を剥がしていると、クローカの舌打ちが聞こえる。
「あー。逃げられた」
建物の陰から現れたのは、ノーヴィ・ロジーナだ。2人が戦闘する間に逃げようとする一機に追撃を行ったが、スコップに引っ掛けてぶちりと頂いて放り投げた片腕が戦果のようだ。
「ま、いいさ。逃げ場なんてない。僕らも追撃しようよ。それにしても‥‥」
その時丁度、轟音が街のどこかから聞こえた。折りしもそれはプロトン砲の砲撃により盾を融かされた音だったのだが、それを知る由は無い。肩を竦めると、己と同じ想いをした男に想いを馳せる。
「どんなザマか、この町並みを見ただけで軽く想像はつくよ。機体、壊したらシベリアへ招待してやるから」
少年が、空に声をかける。悪態のようでありながら、それはどこか親しみの籠もった声だった。
開けた場所で行われた戦闘は、先刻のそれとは対照的に派手だった。追儺の鬼切がビルからビルへ奔りながらスラスターライフルをばら撒き、追随するように氷冥のオサキもまたスラスターライフルとフィロソフィーによって敵の移動を制限する。大火力の展開によって敵の動きを完全に指向付けていた。大通りに出たゴーレムの正面に、恐竜型のKVが現れる。アサルトライフルの弾幕を、低い姿勢とシールドでやり過ごしてブーストする。通り過ぎ様にフィロソフィーが遠心力と共に叩きつけられ、たたらを踏む。隙になるか、と思われたその時死角からのヒートソード。もう一機のゴーレムが追いついた。頭を下げて避けるが、横から蹴りつけられて横転しそうになる。
その様子を目にしながら、追いついた追儺が軽く視線を巡らせる。敵の移動範囲を限定させられるようなビルは切り倒すにはサイズが大きく、そうでないものは障害には足りない。
「ならば‥‥こうだ。逃がさんぞ!」
鬼切が奔る。マックスを蹴りつけたばかりのゴーレムへ新月を振り翳し、二閃。一撃は剣で捌かれつつも崩し、引きながらスラスターライフルで遠くのもう1体の動きを抑えた。シコンのパワーで体を大きく崩されたゴーレムは、更に竜牙が迫るのを見る。
「力こそパワー! そして、突撃こそ戦の華だよ!!」
振り上げられた蒼い刃を防ごうとシールドを掲げたところで、閃光が弾けた。雪村の刃が腹を焼き切る。身体がくの字に折れる。
「これで止めっ!!」
更にファーマメントダメ押しで頭からカチ割った。そうして動きを止めた僚機を目に、敵を背中から撃とうとしたゴーレムの命もまた、数合の後に絶えることとなる。横合いから飛び出したオサキが、ロンゴミニアトと共に突進したのだ。9つのスラスターを全て一方向に向けた、圧倒的な速度の暴力が音を置き去りにした。連続する爆音がゴーレムの内部で鳴り響き、手足から力が消える。ビルに敵を張り付けにして、ようやくその凱旋は止まった。
「私の『槍』とこの機体。ほーんと、私向きだわ」
轟音の余韻を手に感じながら、ちらと氷冥は遠くを見る。そろそろ、離脱は叶っただろうか。願わくば、無傷で還ってくれると良いのだが。
白いフェンリルの先導で、一行は駆ける。速度では同等、しかし敵の砲撃を避ける為に度々角を折れることで位置をたくみに隠しながら。それは同時に速度の低下も意味するが。ナイトシルバーとアンジェリカが後方へ牽制射を放ちながら、次第に道を遡る。
この辺かな、と呟いた。後は1本道に駆け抜けるのみである。
だから、もういいのだ。
唐突に、真琴の凰呀が暗灰色の煙を吐き出した。無論故障ではない。スモークディスチャージャーの煙幕を駆け抜け、事故を恐れた指揮官型と隻腕の2体のゴーレムが一瞬止まる。
中から、紅の機体が現れた。ツインブーストの甲高い吸気と排気の音を背に受けて、弾丸のように爪を付き込む。それを二本の剣でいなし、返す。連撃の中に体当たりを混ぜて突き放し、それに隻腕の機体が弾丸をばら撒くが、歩のアンジェリカが放ったレーザーガンの光に腕を撃ち抜かれる。
「撤退の邪魔は‥‥させません!」
そのまま手持ちの武装を順繰りに撃つ。ダメ押しのようにSESエンハンサーも発動させていた。どろどろに溶けて爆砕する、その爆炎を盾に一際動きの鋭い指揮官型が飛び出す。高出力のプロトン砲がTaichiroを襲い、ナイトシルバーの片腕を飛ばす。
「行かせない!」
その威力の前に、しかしビームカノンにより牽制を行う。片手のヒートソードを弾き飛ばされ、止めをさすべく接近しようとする。それを阻んだのは、獣の顎だった。
「離脱、終わりーっ♪」
斜め後ろからゴーレムの喉元に喰らい付いたのは、リコリスのフェンリルだった。私のブランシュは足自慢♪ と少女が嘯いていたのを誰かが思い出す。戦闘域外に送り届け、そのまま戻ってきたのだ。致命的な隙が生まれる。苦し紛れのヒートソードの一撃を装甲で受け、生まれたエネルギーを最後の推進力にした。
「よくもまぁココまで壊してくれたな‥‥街も、彼の機体も。覚悟ぐれぇ出来てンだろぉな?」
凰呀が吼える。爪は狙い違わず胴の中心を突き破り、反対に抜けた。その手の中にある致命的な動力を、握り潰す。
静寂が、荒野に舞い戻った。
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「シベリアへようこそ。多分いいとこだよ」
「勘弁してくれよ‥‥」
クローカ少年の軽口に、男が苦笑する。基地に戻った彼らに、助けられた青年が礼を言いに来たのだ。
「でもね、それくらいしたい気持ちは本当だもの。ボロボロの友軍機とか死に掛けの同志とか、そういうのはもうまっぴらだ」
「それについちゃ、同じ想いだな」
青年が肩を竦める。ただ今は、美味いもんでも食いたい。そう呟いた。
「俺のお袋が、アップルパイを焼くのが得意だったんでな――」
「へぇ、アップルパイですか…さぞかし美味しいんでしょうね」
人好きのする笑みを浮かべながら黄色いマフラーを靡かせて星之丞が笑う。きっと戦場に出ている誰かの中で一番多いのは、こんな風に美味いものを食べるのが好きな、強くも弱くもない、ただ一人の人間なのだ。傭兵達は彼の会話を聞きながらそう感じた。
砂塵が野を吹き荒ぶ。
どのような営みがあろうと、こうして笑う場所がある限り、人は戦い続けることが出来るだろうと、そんな想いを胸に。
日は、既に沈んでいた。