タイトル:【AG】汝、罪なりやマスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/12 01:05

●オープニング本文


●After:Revenge and Justice
「“神に救われぬ者を救う”」
 こつ、こつ、とテーブルを指で叩いて、黒い肌の男は静かに呟いた。
「それが俺達の最初の理念だった。いや、もしかしたら、あの人だって今でも、そうなのかも知れねぇや‥‥」
 道を違えたのだと言う、その言葉ですら不十分なのかも知れない。
 同じであるようで、それはどこまで行っても交わらない平行線だったのかも知れない。
「例えば、循環器に生まれつきの欠陥を抱えた子供がいるとしよう。足に不具を抱える子供がいるとしよう。目の見えぬ子供がいるとしよう」
 少し、溜息を吐く。まるで、身の内に溜まった澱を掻き出すかのように。そしてその澱は瓶の底に溜まってこびり付いているらしい。遠い目で瓶の底を覗き込んでいる。男は大事に抱えていた瓶を、今まさにこそぎ落としていた。
「人工の義肢、臓器、そういうものはな。未だにえらく金がかかる。それでも、幸せな家庭に生きる子供なら、爪に火を灯しゃあ手に入るってもんだ。何より、お前さん方能力者――あぁ、先に断っとくが、僻みじゃあないぜ。お前さん方能力者の中には、時としてその不自由すら超越してのける奴がいるじゃないか。だが‥‥」
 彼自身、迷っているのだ。こんな話をして、要らぬ負担を強いるのではないかと。
 しかし、語る。自らの義務と責任を果たすために。
「金すら出せない貧しい、いやそれを本来義務として果たすべき親すらいない子供は、どうしたらいい。能力者になって、自らの不具を無償で癒せねぇ子供は、どうしたらいい」
 もっと、もっと、そう、その目は語っていた。
「より安価な機械の身体を、より安全な人の器を、そしていつかは、誰もが超人となれる道を‥‥そう願って、ツィメルマンカンパニー‥‥いや、アダムスさんが立ち上げた組織、それに俺達は乗った。そういうことだ」
 こり、とこめかみを掻いて、男はしばし迷う。
 その言葉は、遠い日に交し合った互いの心の臓だ。これからこれを話すということは、決別した友を裏切ることになる。
 しかし、止めるわけには行かなかった。
「最初はな。ゆるやかで穏やかな、しかしそれだけに成果の先も見えねぇ事業だった。俺達は焦っていた。そんな中、ある時、アダムスさんが言ったんだ。
 臨床に、協力してくれる人が現れたんだと。それは能力者だ、と。俺達は喜んだ。喜び勇んで、彼が提供してくれるデータを元に様々な実験を行った。未来があると、思ってたんだよ。だが‥‥」
 そこで言葉を切った。そこから先は、言わずとも判るだろう、と。
 協力者ではなく、拉致した少年少女をモルモットにした。
 そしてその技術で、さらに多くの少年少女を強化人間として被験体にした。
 知らなかったでは、済まされない。そう男は思っていた。
「孤児院はな、俺達がその初志を忘れねぇ為にと、そう思って作ったんだ。仲間達の中には、今でもそう思っている奴は沢山居るだろう。だが、そうじゃねぇ奴も、きっと沢山いる。そいつらの肥えた腹にこれ以上子供達の血肉を詰め込むなんて、俺ぁ我慢出来ねぇ。ましてやあんなのは、バグアの手先じゃねえか」
 持参した資料を、いくつも広げた。それらは単独では意味を為さないものだった。だが、それらに、傭兵達がこれまで集めてきた情報を合わせると、俄かに見えてくるものがあった。これがあれば、追い詰められるかも知れない。
「‥‥俺ぁな、生まれつき心臓に持病を抱えてたんだ。孤児の俺が必死こいて集めた紙切れで悪魔を追い出すのに、三十年かかった。それが俺の動機だよ。‥‥アダムスさんの理由か? あの人には‥‥」
 訥々と、裏切りの言葉を吐いて行く。そして、薄ぼんやりと彼はこう思った。
 あぁ、だからか。
 だからか、あんたにとってはそれが大事だったんだな。
 やっぱあんたは、変わってなかったんだな。
「あの人には、孫がいるのさ。つまりは、そういうこった」


●CRY
 泣いた。
 泣いたのだ。
 ひとしきり泣いた。
 塩辛い水が零れて溢れて部屋に満ちるかと思った。
 悔しかった。
 それ以上に憤った。
 私の苦痛に、私の絶望に、今更意味を与えてどうする。
 復讐は。
 殺意は。
 この黒々と濁った獄炎は、どうすればいいのだ。
 懐から、護身の為に携帯が許可されているダガーを抜いた。枕をずたずたに引き裂いて、中の綿も引き裂いて、ベッドをがりがりと裂いて、部屋の壁を蹴って、二段ベッドの上に上った。そこの枕にも凶刃を突き立てようとした。
 出来なかった。
 肩で息をしながら、またぼろぼろと涙が流れた。
「‥‥そぉる‥‥」
 ぼろぼろぼろぼろと、まだ涙が止まらなかった。
「何で、いないのよ‥‥!!」
 また泣いた。泣いて泣いて泣き尽くして、少しだけ寝て、からからに乾いた瞳でソールのパソコンを立ち上げた。
 特に意味は無かったのだ。ただ、兄が自分から去ったのを認めたくなかったのかも知れない。顔にスクリーンの明かりを受けながら、茫洋とした目で資料を漁る。改めて知ったのは、やはり兄は裏切ったのだという判りきった事実だけだった。証拠がばかみたいに出てくる。その中の一つに目を留めた銀色の少女の目が、やおら生気を取り戻して見開かれた。
「‥‥これは‥‥」
 ただ一つだけ。
 これは光明ではない。絶望へ加速する道かも知れない。
 しかし、それを手放してはいけない。そう思った。しかし、無力な自分がもどかしい。
「皆‥‥助けて」
 ルーナは、未だに自分が変われたとは思えない。黒々とした奈落の感情は、ぽっかりと口を開けて彼女を誘う。
 ただ、ひとつだけ、覚えた言葉がある。
 赤子のように、それだけを呟いていた。


●GUILTY
「どう?」
 蝶の羽を持つ少女が舌足らずに問いかける。身体の各所を伸ばして引いて、動きの確かさを改めていった。
「流石バグア、とだけ言っておこうかな。随分動きやすいよ」
 肩を竦めて金髪の少年が笑った。その目は笑っていなかった。
「それで、最初に僕は何をすればいいんだっけ?」
「引率だよー、えんそくの」
 気味が悪いなぁ、と内心で少年は思った。もっとも、おくびにも出さないが。
「整理、せいり。面白くない玩具に、意味はないのよ」
 ふと、気付いた。少年の目に映る少女は、いつの間にか少年をじっと見ていた。見て、観察していた。舌足らずはそのままに、その言動に次第に理性が含まれて行く。
「お前はどう? 楽しい玩具でいてくれるよね?」
 無邪気な愛らしい笑みのまま、観察する。本当に気持ち悪いなぁ、ソールは心の中だけで思った。そう簡単に見られてやるものか、とも思う。
 前髪を掻き上げて苦笑すると、少年は右手を上げて進みだした。その後ろに、機械のような少年少女が着き従う。
 彼は、変わらない。

●参加者一覧

不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
鳳 勇(gc4096
24歳・♂・GD
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
カズキ・S・玖珂(gc5095
23歳・♂・EL

●リプレイ本文


「ん‥‥今のところは異常ないかな」
 そう呟いて周囲を双眼鏡で見渡す。芹架・セロリ(ga8801)の視界にはただただ、閑静な別荘地が広がるだけだった。彼女は若草色の髪を風に揺らせながら、屋根の上で哨戒を行う。
「あーあー、こちらセロリですよ。今のところ異常、は‥‥」
『どうした、ロリ』
「‥‥ううん、異常なし。あとロリいうんじゃねーよ」
『――変わった兄を持つと、妹は苦労するわね』
「俺もそう思いますよ」
 無線に割り込んだ少女の声に、セロリは苦笑する。ソールとルーナ。初対面の自分が言うのも何だけれど、目的が何であれ、大切な人を不幸にするのはよくないと思う。
「やっぱり月が輝くには太陽が必要、だと思いますしね」
 ともあれ、やることに変わりは無い。自分は屋根でじっと警戒するのみ、だ。
『どうしたロリ。居眠りは罰金だぞ』
 ささやかなシンパシーに目を細めていたセロリの耳を、ぶっきらぼうな声が叩く。むっと眉をしかめた。

『そんなことしねーよ! オーバー!』
 屋根の上の妹の言葉に肩を竦めると、夜十字・信人(ga8235)は改めてその部屋、ベッドに向き直った。隣にある窓際に立って外を眺める老人に向かって言葉を投げる。
「護衛に就かせていただきます。有事の際は直ぐに伏せて下さい。それと、窓には近づかないで下さい」
 老人は窓から離れた。声は続く。
「それとルーナ、お前は仇と同じ部屋で過ごすことにもなる。辛いだろうが、頑張れ」
 その言葉に、握り締めすぎて白い手を一度開いて、閉じて、こくりと頷いた。銀髪の少女の目は爛々と光り、老人を睨みつけている。だというのに飛び掛らないのには、使命感と、それから傭兵達との約束が確かにある。が、それだけが理由ではない。だが、鳳 勇(gc4096)にとっては、それよりも。
「アダムス氏。あんたにどんな理由や信念があろうと‥‥我は決して認めない。これまでの罪、その命が尽きるまで償いをして貰うぞ」
 怒りを篭めた視線で呟いた。
「だがその前に、ここへ来る連中‥‥とある復讐者からあんたを守るのが今の使命だ」
 言うなり、部屋を出る。持ち場につくためだ。断固たる口調に比するかのように、不破 梓(ga3236)は静かに老人に語りかけた。
「‥‥真実を知ったら、どういう顔をして、どういう言葉をかけるだろうな」
「是非も無い言葉ですね」
 しゃがれた声。こちらを見ることのないその目を見ながら、躊躇いつつ梓は話す。
「何人もの犠牲を知って尚、笑顔を見せることが出来る子なのか。代価は、己が支払うもののはず‥‥」
 その視線を、ついに外した。彼女にも、どう言っていいのか判らなかった。
「“その子”に、聞いてくれ」
 声が漏れると、周囲を見回るべく踵を返す。頭を撫でて、他の誰にも易々と見せることの無い笑顔で銀髪の少女に笑いかけた梓に、ルーナが少し眉を下げて頷くと、安心させるようにゆっくりと部屋を出た。手の力が少し、抜ける。
「貴女の苦しみ、そして、ソールさんの心の闇は必ず私達が打ち払って見せる‥‥。だから、今は私達を信じて‥‥」
 膝を突き、それを優しく包むように握って、御沙霧 茉静(gb4448)が語りかけた。おねがい、と呟くように囁いて、部屋には老人とルーナ、信人とカズキ・S・玖珂(gc5095)、そして4人の護衛と、ベッドに横たわったモノが1人、残った。各人が持ち場についたことを確認し、カズキは問う。
「ミスタ・アダムス。貴方は死ぬ気か? ‥‥と、初めは思っていた」
 襲撃を受ける可能性は高かったにも関わらず警備が薄かったこと、彼はソールの復讐を受け入れようとしているのではないか。そう考えたのだ。
「だが、“その少女”がいる。それならば‥‥」
「あなたが彼女を護るべくここに来たのなら、辻褄は合う」
 その後を引き継いだのは、信人だ。ベッドに横たわった少女は、全身に管を通され機械の心臓で脳を生かしている。ただ目を閉じ、寝息ばかりは安らかに。
「狙われていたのは、この子‥‥」
 小さい声で、ルーナが呟く。その声を背中に受けながら、信人は尚も訊く。
「自分も戦争の中で子供を手にかけました。貴方を非難出来る立場ではありません。何時か誰かに裁かれる時まで、自分に出来る方法で償い続けます」
 救いなど無いけれど、俺はまだ生きているから。けれど、しかし、そして。
「あいつらを少しでも救うためには、貴方の力も必要なのです」
「‥‥‥‥」
 沈黙を護る老人。その顔を見る信人の耳に、その時通信が入った。
『屋根ですよ。今、向こうに人か‥‥が』
「おい、どうした」
『電‥‥悪‥‥気をつ‥‥』
「おい!」
 それきり、砂嵐が無線に吹き荒れた。唐突にガタンと窓が開かれる。屋根から顔を出したのは緑髪の少女だ。
「敵!」
 叫ぶなり猫のように身体を丸めて室内に飛び入り、扉を開けて皆と合流するセロリ。電波障害だ。例のバグアを、信人は“横たわった少女の顔”を見て、思い出していた。


「ぎゃ!」
 部屋を飛び出し廊下を走り、階段を降りて外へ飛び出そうとした瞬間、セロリは猛烈な掃射に悲鳴を上げて、そのまま反対側の遮蔽物へ隠れた。機動の出端を押さえたのは、黒髪の少年だ。両手でないと持てないような軽機関銃を手に、ドアの前に陣取っている。
「いやー、ははっ。すごいねぇ」
 弾丸の驟雨を壁でやり過ごして笑う黒木 敬介(gc5024)は、向かいにいる茉静に呑気に手を振った。
「これが終わったらデート、忘れないでね」
 為すことに決意を篭めた彼女が一つ頷くと、如何にも嬉しそうに彼は笑う。
 いいね。やる気がわくよ。そんな風に軽口をそこに残し、掃射が終わった瞬間を狙って迅雷の速度で飛び出した。如来荒神の着地様一閃は弾ける様に飛び下がってかわされる。茉静は動かない。ただひたすらソールを探す。しかし、姿は見えない。一体どこで指示を出しているのか、そう考えているうちに2人の強化人間、どちらもSMGを持っているそれらが敬介に詰めてくる。させじとUNKNOWN(ga4276)がコートを翻して扉から顔を出し、カルブンクルスの炎の弾丸を撃ち放った。
 初めに彼がランドクラウンで飛ばしてきた為に、布陣に幾許か余裕が出来た、その功労者は尚も撃つ。一撃当たれば強化人間程度では大ダメージは免れないそれは赤髪の少女の左肩を消し飛ばし、その間に敬介が射線を空ける。もう1人、SMGを持っていた金髪の少年が銃口をそちらに向けようとする、その視線の先には、黒髪の女が飛び込んでいた。梓だ。速攻を心がけ突撃した彼女の刃が少年に届く、その前に少年は下がる。思わず足を止め、横に飛ぶ。先刻まで梓の居た地点を、光条が貫いていた。顔を向けると、軽機を持っていた少年のやや後ろから、腰溜めにエネルギーキャノンを構えた少女が居る。
 その様子に、梓は唾を飲む。明らかに以前と違う。ただ連携すると言うでもなく、それ自体が生き物のように群れが連動する。赤髪の少女の掃射は、勇が身体で止めた。その隙に今度こそ、緑色の閃光が扉から飛び出す。セロリの軽い動きに対し、だが敵は絶対に踏み込まず弾丸をばら撒く。ならば、と鼻を地面で擦らんばかりにぐんと足を踏み込み、弾丸の下を潜った。そのまま跳ね上げるように峰で金髪の少年の腕を狙う。肘で迎撃するが、鈍い音と共に彼は後ずさった。その一連の攻防に、
「駄目よ」
 可憐な声と共に突如、爆風が割り込んだ。その煽りを受けて後ろに飛ばされる少年とセロリ。
 現れたのは、羽持つバグア。
「おまえ達、出し物はちゃんと見ないと駄目」
 ファラージャ。
 その姿を見て、敬介は軽く舌打ちを漏らす。彼女がここに居て、あの少年がここにいない理由。
「あっち、危ないんじゃないのかな」
 護衛班に指示を請いたい。が、無線が使えない。
「ソールさん、いないの‥‥?!」
 返って来る声はない。茉静は、ソールを捜すべく駆け出した。手伝うと約束した敬介も、あーもう、と呟きながら追いかける。それには敢えてなのか、目もくれず薄く笑うバグアに梓が低い声で語りかけた。
「あいつは、ソールの目的は何だ。よもや、妹を泣かせることではあるまい」
「私に訊かないで頂戴よ。知らないんだから」
「何‥‥? ‥‥いや、いい」
 その言葉に、眉を顰める。梓は、しかし首を振った。
 あの子は寝ているときすら苦しんで‥‥あの晩、しがみ着いてきた感触がまだその腕には残ってる。
 彼女には、それだけで良かった。
「ただ‥‥助けると約束した! 私が動くにはそれで充分だ!」
 踏み込む、それを阻害しようという強化人間の弾丸を体を張って止める勇。その動きに後を押され、飛び込む梓。片手で小銃を操る少女に切り込む。接近されたと見るや銃を手放しダガーを細かく突く、それを右手の刀で捌くや梓が左手で残った腕を掴み、逆手に捻り砕いた。その隙に獣のように姿勢低く間を詰めたセロリの峰打ちが膝をまとめて刈り取る。逆に曲がった関節に何の痛痒も顔に表さず崩れ落ちる強化人間――それごと、梓は後ろに吹き飛んだ。同じ間に居たセロリは、刀を地に突き刺して免れた。ファラージャが腕を振り切った、その瞬間に生まれたのは突風と言うよりも爆風が相応しい。更に追い討とうとするその動きは、UNKNOWNの射撃によって阻まれた。
「一つ、問おうか」
 更に撃たれる炎の弾丸。ファラージャの羽根が弾け飛ぶ。
「――君は、誰かね?」
 少女の唇が、朱色の弧を描いた。
「‥‥教えてあげなぁい」
 そのまま腕を繰ると、弾けたと思われた少女の羽がさらさらと砂のように崩れ落ちる。黒い砂が再び意思を持って少女の手に纏わりついた。
 更なる禍を呼ぶかのように。


 人影は、猫のように屋根に降り立った。能力者の身ならば、壁を登るのは容易いことだった。ワイヤーを伝い、足で窓ガラスを蹴破る。窓枠につっかえ棒の足を置いて身を半分部屋に入れ、構えたライフルが鉛玉を吐き出す。
 明らかに殺意に満ちた弾丸は、本来ならベッドの命を絶っていたはずだ。信人が居なければ。
「やぁ。やっぱりいい加減、こういう手は通じなくなってるかな?」
 ファラージャも、強化人間も、遅滞の戦術で戦場を固定する為の布石。ただそれも、少年が標的を殺さぬと信用すれば通じる程度の話。己の策を読まれて、しかし少年は嬉しそうだった。
「やめろ、ソール。ここにはルーナもいる」
 カズキは言う。密かに武器を持ち変えるが、下手に動けばどこに凶弾が向かうか判らない。
「ソール、ちゃんと飯は食っているか?」
 唐突に、信人が語りかけた。少年の笑顔は崩れない。
「気になっていた。試金石という言葉、それにルーナに残した情報。お前がそんなミスをすることはない。ならば‥‥」
 それは。
「お前の復讐は、黒幕であるバグアにも向いているのだな。その為に、自分を」
「必要なんだ」
 言葉を、金色の少年が遮った。それは拒絶と言うよりも、悦びにも似た笑みだ。
「山羊が、必要なんだ」
「山羊‥‥?」
 これに反応したのは、ルーナだった。呆然とした顔をにわかに険しくする。
「また、そうやって煙に巻くように‥‥!」
 無謀にも掴みかかろうとする、それを慌てたカズキが制した。その隙を突いてソールは窓枠を蹴る。ワイヤーを伸ばして一気に下まで降り、駆け出そうとする。その目の前に現れた敬介の影に思わず立ち止まった。
「初めに聞くけど、止まる気はある?」
「何、邪魔するの? ええと、誰?」
「ひで。まぁどうでもいいけどね」
 軽薄な応酬に肩を竦めて、敬介は言葉を紡ぐ。
「信頼出来なかったのか、信頼する気がないのか。まぁ、僕はどうでもいいんだけど、デートの為にさ」
 その一言と同時に、一つの影がソールの行方を遮る。
 彼は最早止まらぬと、その言葉を聴いたから。
「友の苦しみを払う為、そして、貴方の闇を払う為‥‥」
 女はただ、友の為に剣を抜いた。
「御沙霧茉静、参る‥‥!」
 鞘を打ち払いながら、刀を振るう。袈裟懸けに振り下ろし、斜め上にかち上げる、胴の横に構えた腕でそれを受けるソールは、無傷とはいかないが笑ったままだ。
「峰打ちで一体どうするの?」
 薄笑みのまま、銃剣術のように銃身を翻すと刀を巻き落とし、撃つ。弾丸が腕を食ったが、避ける素振りすら見えない。
「これは人を傷つける事に対する戒め。自分だけ無傷でいようなどとは思っていない‥‥。貴方の苦しみ、私も受ける‥‥!」
「そんなので‥‥」
「貴方に私を殺める事は出来ない!」
 自分を押さえるべく黒木が後ろで身構えるのを見ていたソールは、その声に視線を引き戻される。
「貴方は、本当は心の優しい人なのだから‥‥」
 沈黙が帳を下ろした。ソールがこつこつ、と人差し指でヘッドセットを叩くと、何かを呟く。それから
「相変わらず、優しいね」
 その目が、初めて茉静を見た。狙っていた好機に敬介が飛び出そうとする。
 瞬間、轟音が玄関方面から響いた。同時に、高速で迫る何かがある。
『バグアが消えた!』
 叫ぶ声は誰の声だったか。それはついぞ判らなかった。
 確かなのは、背から血を巻き上げ、茉静が倒れる。花のように開いた4つ筋の深い傷口を飛び越え、金髪の少女は黒いゴシックドレスを翻してソールの隣に立つ。
「無線が復旧した‥‥?」
 呟く敬介の目の前で、少女の腕に纏わり付く黒い砂が再び蝶の羽根の形を取る。その瞬間、無線は再びノイズを吐き出し始めた。この場にいる傭兵達に、少女のバグアは小さく笑って宣言する。
「遊びはおしまい。私のおもちゃ、とっちゃだめよ。お前たち」
 羽根を翻すように、腕を振る。爆風が周囲を薙ぎ払い、視界が開ける頃には2人の姿は何処にも無かった。
「ソール‥‥」
 窓から身を乗り出して遠くを凝視するルーナ。それを背に、改めてカズキは宣言する。
「さあ、話していただきたい。ミスタ・アダムス。償いは、為すべきだ」


 重傷を負った茉静の治療の為に急ぎ走ったUNKNOWNを背に、迎撃を行っていた能力者達は、改めて検証する。
 ここから逃走したのがバグアの少女だけである事実。そして、それを許してしまった理由に。
「自爆、か。警戒が甘かった」
 勇が煙草に火を点け、煙を吐く。ただ子等への狼藉を死して償えと思い望んだバグアとの戦いに対し、彼方はこれを戦いとすら捉えて居なかった。何の未練もなく人間を使い捨てて身を翻す、馬鹿にされたのか。そう感じて静かな怒りが胸に沸いた。
「――しかし」
 梓が片膝を突いた。犠牲に心が折れたのではない。そこに残ったただひとつの亡骸だ。既に戦闘により血と片腕を喪い地に転がった赤髪の少女の、ただそれは抜け殻である。
「なぜ、この少女だけが‥‥」
 他の強化人間が自爆する時、確かにこの子は生きていた。そして、自爆はバグアからの指示ではなかった。ならば、
「お前は、私達に何を伝えたいんだ」
 ソール。
 呟きは風に溶けて消えた。