タイトル:【AG】復讐と正義とマスター:夕陽 紅

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/10 02:13

●オープニング本文



「もう限界だ。アダムスさん、あんたには付いていけない」
 男は唸るように言葉を吐き出した。応接用の革張りのソファに背を向け、老人が困惑したように声を出す。
「それは、私に限った話ですか。それとも‥‥」
「両方だ。ソムニウムは信用出来ない。前回の総会を見て俺は確信したよ。あの子供達、あの私兵はなんだいアダムスさん。え? おたくらを信じていた俺やリーさんら皆が馬鹿だったってことか?」
 柔らかな口調に対し、中年の男はあくまで硬質な声で話す。黒い肌を掌で擦り、痩せぎすの身体を揺らしながら話すその姿は荒々しく、怒りが湯気のように身体から立ち上るのが見えるようだった。
 そして、その怒りで抑えるように、何かもうひとつの感情が見え隠れする。
「それにな、アダムスさん。俺は聞いたぜ、あんた、いや、あんたらツィメルマンがどんな行いをしているのか。え? 孤児院を作ろうって俺達に呼びかけた時のあんたの言葉、あれは嘘だったのかい?」
「ミスタ。ミスタ・エヴァンズ‥‥」
 老紳士は首を振った。経た年月に相応しい皺と白髪が深まる。何処かの国の訛りが微かに首をもたげたのは、古傷に触れられたかのような痛みを伴っていたからだろうか。
 知っているのはソファに座る黒人の男だけだ。
「目的は方便に過ぎない。手段が大事なのですよ。手段を糧に私達は得るべきものがある。その為には、犠牲を出さざるを得ないのです」
「あんたの孫はどう思うかね」
「きっと私を軽蔑するし悪罵もするでしょう。きっと私は、地獄に落ちるべきなのです」
「それがあの子を不幸にさせるとしてもか」
「‥‥‥‥」
「‥‥残念だよ、アダムスさん。俺はそろそろ、下ろさせて貰うぜ」
 首を振ると立ち上がる。そのまま扉に手をかけると、首だけ振り返り、少しだけ隠していた感情を覗かせながら呟いた。
「連中に‥‥俺を襲わせても無駄だぜ。俺が帰らなかったら、そのまま全部おじゃんにする準備は整えてきた」
 扉を乱暴に開き、出て行く。隠された感情は――恐怖。だがん、と閉じられた扉に溜息を吐いて、老人は首を振った。
 心底疲れきったような、隅々まで覇気がない溜息だった。頭を軽くひと撫ですると、自分だけに許された椅子に座ろうとする。そこに、影があった。
「で、おまえはどう思うの?」
「‥‥どうとは?」
「にぶいなー。だめだなー」
 けたけたと笑うのは金色の髪の少女。ただの可憐な子供に見えるが、そうでないことはすぐに判る。
 先程まで男性の居たこの部屋に、物音なくいつ現れたのか。
 その背中には薄く、そして美しい、蝶のような羽が生えていた。
「やー。気付いててしらんぷりか。ずるいなぁ。なぁ、親友にみすてられたのってどんなきもち? ねえどんなきもち?」
 けたけたと笑う。舌足らずなのは、頭の中身の故か。それとも、根本的に構造が違うのか。
 きんきんと甲高い声のせいではなく、その言葉の内容に顔を顰めたかったであろう老人は、しかしそんなことはおくびにも出さなかった。
「どの道、私の咎です。彼を責める謂れはありませんよ」
「で? ころさなくていいの?」
「‥‥彼とて情報を握っていることが生命の保証になっていると、理解はしているはずですよ。漏らすならともかく、今は‥‥」
「おまえはあまいね」
「これが優しさであれば、私も貴女のような存在の手を借りることもなかったでしょう」
「まったくだね。おまえはあまいし、わがままだ。とても、ずるい」
「貴女程では」
「そのあまさは、でも、つかえるよ。おまえ」
 きししし、と笑う少女。能面のように黙りこくる老人。
 顔に刻まれた皺だけが、何より彼の胸中を語っていた。


 ルーナ・パックスは、部屋で1人黙って座っている。
 手にした紙片は、何の変哲もない名刺。そこには、会社の住所と電話番号、取締役の名前と、手書きの電話番号が書かれていた。その電話番号は恐らく個人的なホットラインなのだろう、と当たりを付けつつ、もう一つの手書きの文言に思いを馳せていた。

『もう限界だ。私を止めてくれ』

(‥‥止めてくれ?)
 何を言っているのだ、とルーナは思った。
 傭兵達の見たもの、感じたことを聞いた彼女は、それを思い出す。ゆっくりと、味のなくなったガムを執拗に噛むように、じっくりと。
(‥‥機械の様な目の私兵、孤児院。ソムニウム・コンサルティング、ツィメルマン・カンパニー‥‥)
 朧げに、見えているのだ。
 止めてくれなど、何を今更。
 止めてやるとも、と思った。否、止めないでいられるものか、と思った。
 貴様らの命ごと止めてやると思った。
 あれはきっと、命を侮辱する行いだ。何より、私と兄の身体と心に残った傷はきっと一生消えない。
 まだ、暗いところは怖い。
 死んでしまえ、と思った。そうだ、死んでしまえ。悉く貴様らは死んでしまうべきなのだ。殺してやる。手の中で、くしゃりと名刺が歪んだ。蓋をした瓶の中で爆竹を弾き続ける、それが彼女の本質だ。烈火のような感情は月のかんばせに覆われる。
 ‥‥そこでふと、頭の中に顔がいくつか浮かんだ。
 色々な人達が、私の為に動いてくれた。なぜだか、その顔が、頭に浮かんだ。
 白くなるまで握り締められていた手からふっと力が抜ける。
 代わって手にしたのは、とある資料だ。以前、傭兵達が決死の思いで集めてくれた資料。それに目を通す。
 何度も斟酌する。ひんやりした青い瞳が紙を撫でる。何か、もしかして、何か‥‥
(‥‥人員の流出は、全ての孤児院からあるわけではない)
 はっとする。名刺の名が記された企業からは、出先不明の流出は無い。すべての里親に連絡も取れた。どれも、本人の在宅もしくは本人自身が確認出来た。
(‥‥まだ、何か裏がある? この先に、何か)
 葛藤する。己の実験に携わった全てに対する身を焦がすような憎悪と、真実を追究しなければならないという使命感の狭間に囚われる。
 逡巡した。そして‥‥
「‥‥もしもし」
 ルーナは、何処かに電話をかけた。
 その声を、後ろのベッドに寝転がる少年は、聞いている。
 何時の間に寝たのか、そして何時の間に起きたのか。金色の髪がベッドにばらりと広がり、太陽のように蛍光灯の光を弾く。
 その笑顔は、穏やかだ。可笑しそうで、愉しそうで、悲しそうで、しかしそのどれでもない。
 皆は、太陽を暖かいと言う。
 それは違うと、彼は思っていた。
 太陽は、ほかのどの天体よりも苛烈で激しい。何もかも焼き尽くしてしまうからだ。そんな太陽は、だから、間の取り方が上手いのだと彼は思う。それなのに、太陽の努力など知らぬ顔で、皆は太陽を暖かいものだと思うのだ。
 触れれば焼き尽くす、孤高の存在だというのに。
 彼は、懐を少し探った。
(‥‥君は甘いね)
 眉根を寄せて笑いながら、ソールは思う。妹に対する慈愛は、変わらない。彼は、変わらない。
(その甘さは、でも、いつか身を滅ぼすよ)
 変わらない。

●参加者一覧

不破 梓(ga3236
28歳・♀・PN
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
カズキ・S・玖珂(gc5095
23歳・♂・EL
海星梨(gc5567
25歳・♂・FC
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD

●リプレイ本文


 けたたましいブザー音。無線から聞こえる切迫した声。襲撃は、硝子の割れる音と共に。
 咄嗟に依頼主と、そして銀髪の少女を庇う布陣を取り、傭兵達は隠し持っていた武器を構えた。銃弾とレーザーの雨を煙幕に、飛び込んできたのは二本のダガーを逆手に構えた小柄なフード姿と、すらっとした手足にガードを付けた人影。突然の騒ぎに色めき立つ客の頭を踏み台にしてたんたん、と接近する小柄な影――体格からして少女――の行く先を、唐突にもう一つの影が遮った。その影は、会談場とは別の席で外の様子を見張っていたのだ。咄嗟に突き出すダガーを空中で捌くと、勢いのまま背後に回って崩し、腕を取って絡めると背中合わせのまま背負い投げる。来た道をそのまま返され外に飛ぶ少女を見る間に、不破 梓(ga3236)は上着から小太刀を抜く。
「中では迷惑だ。外に出よう」
「了解だ。しかし‥‥」
 摺り抜けようとする細身の、恐らく少年の突き、追い突き、そして蹴りを全て苦無で捌いて思い切り外に蹴り出した夜十字・信人(ga8235)は、その横でたたん、と拳銃を撃つ金髪の少年を悲しげに見て笑った。
「このタイミングで襲撃か。こりゃ、罠というより漏れていたか。迷惑な話だな‥‥ソール?」
「全くだね。厄介極まりないよ」
 肩を竦めて、拳銃をたんたん、そのリズムに合わせて飛び出す。赤い髪のガーディアンが吼える。その声に脅威を感じたのか、突撃したばかりの2人の強化人間の視線がそちらに逸れた。その瞬間を狙って春夏秋冬 立花(gc3009)がダンタリオンによる電磁波を浴びせた。
「なるべく殺さないで!」
 立花が叫ぶ。今回はこちらに被害が出ない範囲で死者を出したくない。その理由は‥‥ちら、と立花が横を見る。金の光を撒き散らしながら銃を構えるソールが、依頼人を殺さないか。それに、この双子に、同じ境遇だったかも知れない子供の死に様を見せるのは。そうも思っての叫びだ。ぴくり、と梓の眉が動く。
「ルーナ、感情を抑えろ。流されすぎるんじゃないぞ」
 厳しい、しかし現実の一面を見据えた一言に、ルーナは小さく頷く。
「私の‥‥ううん、私達の心配ならしないで。皆に教えられたこと、独りじゃないって。助けてくれるって。それを無駄にはしない。覚悟もしてる。だから」
 彼女は、ルーナは震える手を押さえた。そして、ぐっと依頼人の肩を抑えてテーブルを引き倒し、その影に隠れる。その一つ一つに、確かな感情が見えた。護る、と。その場限りの感情ではなく、真実を解き明かす為に。
「‥‥覚醒は、絶対するな。生きて全て見届けるためにな」
 月野 現(gc7488)が念を押す。こくり、と少女は僅かに頷いた。覚悟を問うまでもなかったか、と少し肩を竦めてから、ガトリングの掃射で銃を持った強化人間達の弾幕を塞ぐ。
「‥‥そんな風に言える貴女に会えて、私は嬉しい」
 ふ、と口元を緩めて御沙霧 茉静(gb4448)が笑った。彼女の優しさも、そんなルーナを作った、否、思い出させた一因だ。するりと刀剣袋の紐を解くと、迅雷の速度でダガーを持った少年に近付き、抜きつけ様に一閃、次いで疾風の如く足を捌いて死角に入り込みながら、二閃。やや非人間的な腕の動きでどちらも受け止め、後ろも見ないまま放つ蹴りをかわして茉静は軽く下がる。と、カフェから蜘蛛の子を散らすように客が逃げて行く。どうやらただ襲撃があったから、というだけでは無いようだ。ドレッドヘアの男が、しかし普段のコートにサングラスではなくスーツと眼鏡のまま懐から拳銃を取り出した様子で窓を乗り越えて出てくる。カズキ・S・玖珂(gc5095)がやれやれ、と言った風に肩を竦めた。
「‥‥それで脅したのかい?」
「一々説明している暇が無かったからな」
 苦笑するソールに返しながら、尚もS−01の射撃を強化人間に。その時、逃げ惑う客の流れに二つの黒い影が飛び込んだ。
「2人、店内に入ったぞ!」
 探査の目を発動したままだった現がそれを目ざとく見つける。人の流れを逆流し、現れたのは拳銃を持った少女と、アサルトライフルを構えた少年。どちらをカバーする。どちらも銃器。僅かのタイムラグも許されない。迷う間もない。ままよとばかりにアサルトライフルを身体を張って防ぐ、反対側には何時の間にか現れていた望月 美汐(gb6693)が同じくがっちりと固めていた。
「このまま裏口へ。逃走します」
 じりじりと、制圧射撃で退がりたい4人は、しかし相手も壮絶な弾幕にて対抗して来る為に動きがたい。その時、一瞬射線が途切れた。海星梨(gc5567)が駆け寄り様にアサルトライフルを持つ少年の首に、打ち下ろすような蹴りを叩き込んだのだ。バイクから回収した信人の盾を投げ渡し、素早く体勢を立て直した少年を見下ろした。
「どうやらあのオッサン、ツケられたみてェだな。普通なら面白くなるとこだが‥‥」
 蹴りの衝撃で落ちたフード。その下から現れたのは、浅黒い肌の少年だ。その目の焦点は、間違いなく定まっている。定まりすぎている。きゅう、と瞳孔が縮んだ。それはまるで、機械のように。
「前回の警備ン時に居たガキ共と同じか? チッ、つまんねェな」
 舌を打つ。海星梨は面倒そうに頭をがしがしと掻いた。きゅいきゅい、カメラのレンズでも合わせるかのような目でじっと見ると、素早く突撃銃を拾い上げて距離を取る。人々の絶叫は遠ざかりつつあるが、未だこの状況ではどこに射線が向けられるか判らない。信人が投げ渡されたユニバースフィールドを担ぐように構えると、ぐんと前に出る。その動きに呼応するように打ち込まれる物陰からの光条と眼前の弾幕を、丁寧に偏向させながら盾で受ける、膠着を打破するべく無手の少年が素早く駆け寄ろうとする、その動きに茉静が追随した。殺害を避けるべく手足を狙う茉静、袈裟懸けの一撃を放った瞬間、天地が逆転した。地を這うような足払い。転がって起き上がり、勢いも利用して少年が奔る。裏口まで近い。美汐が半ば引きずるように情報提供者を動かすのだが、信人が大方を引き受けているとはいえそれでも時折飛来するアサルトライフルの弾に動きを取り辛い。ぐん、と姿勢を低くして加速する襲撃者の、予測される移動先に弾丸を射線を置くように撃つ美汐。制圧射撃。
「撃つぞ、逃げろ!」
 叫びながらのカズキの援護射撃に更に大きく後退する。少年もフロントマンの不足に流石に手を焼いていた。更に立花の電磁波が飛来する。フードを焼かれながらも後退。その目の前に更に海星梨が立ちふさがる。詰めようとする、拳と拳、蹴りと蹴り。虚実を交えた海星梨の、機械的であるだろうと予測した相手の動きはしかし、予想以上に変化に富み、駆け引きに満ちていた。殴ると見せかけて掴みからの膝蹴りに入ろうとした海星梨の手が、寸前で下からこするように打ち上げられ、肘を叩かれる。鋭い痛みに顔を顰めながらも腹に入れた横蹴りで店外にまで押し出された少年を追いかける立花。入れ替わるようにダガーを構えた少年が突撃しようとするが、二刀の小太刀に阻まれる。無表情のまま、首を狙い、手足を狙い、リズムを刻むように攻める少年に対し、刃を返して峰打ちの用意をしたまま、梓は捌く。鎬で流し、手元を打ち払い、たんたんたんたん、ダガーのリズムが、不意に終わりを向かえた。
 終わらせたのは、小太刀の刃だった。
 その切っ先は、少年の喉笛を深々と貫いていた。
 リズムの間に割り込む雑音のように、一瞬の間隙を突いたその一撃に、追いかけていた立花が目を剥く。
「ちょっと‥‥!」
「過程で流れる血から眼を逸らすな。ルーナもだ、お前たちには見届ける義務がある」
「それでも、この子達は」
 2人が、僅かに視線をぶつけ合った。が、すぐに逸らした。そもそも正しい答えなどないのだ。あるのは、ただ選択と、そして結果。食い違う思いも、また必然だったのかも知れない。そのどちらにも、護るべき何かがあるのだ。それをルーナは、少しだけ目を伏せた後、食い入るように見つめた。
 それも、己の罪と言うかのように。
 停滞した戦いの時間が、流動性を取り戻そうとする。その時、強化人間達が一斉に後ろに跳んだ。1人の屍を傭兵達の下に残したまま。ざっと集結する、そこには少女が1人、佇んでいた。
 美汐のバハムートが、けたたましく鳴いている。先の襲撃の際にも反応したソレが、再び鳴る。その事実は一つ。
「‥‥強化人間か。いや、違う」
 現が僅か、歯噛みしてガトリングを構える。いざとなれば自身を投げ打ってでも、という覚悟が見えた。何故ならば、その少女には、羽が生えていたからだ。単なる強化人間では在り得ざるその立ち居振る舞いに、余裕の笑み。
「ま、きょうはこんなとこ、だね。実験、ひとつおわりだ」
 薄く、ひどく薄く、笑った。金の髪を揺らす少女に銃を突きつけたまま、カズキが問う。
「バグアか」
「あったりー。性能試験だったんだけど、やっぱりおまえらほどじゃないな、出来はまだ」
 それきり、押し黙る。人の命を弄んだ異形の怪物に、武器を向けて警戒しながらも動けない。代わって信人が前に進み出て、話を継いだ。
「夜十字 信人だ。名前は?」
「ファラージャ」
 名乗って、くすくすと笑う。1人手下が殺されたというのに成果も掴まずあっさり引かせるそのやり口に、傭兵達の脳裏に疑問がよぎる。思い返せば、この密会は誰の手も通さない、本来予測されるべきものではなかったのだ。それが何故襲われたのか。
(内通者‥‥)
 梓が視線を廻らせる。
 内通者。で、あれば。この不意の状況で不自然に落ち着いている者がいるはずだ。ルーナ、密告者、そして‥‥
「いけない!」
 その声に咄嗟に反応した。依頼人の前に咄嗟に立ち塞がった美汐の胸に、鉛の弾丸が吸い込まれる。血を吐きながらも、凶弾を放った相手に牽制の射撃を行う。滑るように下がった襲撃者は、軽く息を吐くと肩を竦めた。
「‥‥あぁ、やっぱり上手く行かないね」
「ソール、なんで‥‥!」
 金髪の少年は、笑っていた。いつもどおりに。変わらない。彼は、変わらない。
「‥‥復讐の果てには何もありません、行って来た私が言うんだから確かです‥‥」
 ごぷり、と内臓をやられて口に血の泡を吹きながらも、美汐が諭そうとする。その声に、首を振った。
「かもしれない。でも、いいんだよ。僕は、終わりさえあればそれでいい」
「衝動で殺人を犯すな。人命を軽んじれば奴等と同じだ」
 現が、弾丸に倒れた美汐に代わって依頼人の盾となった。復讐だけが生き方ではないと伝えたくて。
「衝動じゃないよ。なんでかって、わからないかい?」
「こんなことをしてまで彼らを許せない?」
 答えたのは、立花だ。初めから予測をしていた彼女の顔は、冷静だ。それを見て、ソールは肩を竦める。
「そうだよ。でも、それだけじゃない」
「‥‥戻っておいでよ」
 近付く立花。双子の為にと。
「試してたんだ。試金石だったんだよ。君達でいいのかって。でも」
 少し悲しそうに、ソールは笑う。
 笑ったまま、とん、と近付いて、ざくり。警戒も覚悟も、その時間を与えず、隠し持ったナイフで立花の脇腹を刺した。
「ごめんね。さよなら。‥‥気付いてくれて、ありがとう」
 少年に抱かれるように、少女が倒れる。直後、暴風が辺りを薙いだ。荒れ狂う風に薙ぎ倒される傭兵達。目を開いた時には、強化人間とバグア、それから少年の影は何処にも無かった。


「止めて欲しいとは?」
 嵐が去った。知らず懐に呑んでいた毒の刃に未だ心は静まらぬとて、果たすべき義務がある。信人が静かに聴いた。会話に参加しないと決めた面子は周辺の哨戒と避難救助に当たり、混乱を収めている。
「あ、あぁ‥‥」
「ひとつ、聞かせろ」
 苦しそうな顔で答える男に、現が訊いた。
「今、お前の罪悪感はどの方向を向いてる?」
「‥‥どういう意味だい?」
 ただ贖罪を望んでいるだけなら、それは間違っている。そう現は言った。それに続くように、茉静がより具体的に踏み込む。
「貴方は償いをする覚悟があるの‥‥? ルーナさん達に、そして、犠牲になった子供達に‥‥」
「当たり前だ。知らぬこととは言え、俺は加担しちまったんだ。なら、これ以上の犠牲を出させないことが、俺に出来る唯一の罪滅ぼしだ」
「では‥‥聞かせてください」
 話が始まった。
 長く重い、話が。

 男の懺悔を訊きながら、少し離れた席でルーナが身じろぎする。兄の裏切りの直後過呼吸で倒れた少女は、まだ立ち上がることが出来ずに梓の膝に頭を乗せていた。
「アズサ‥‥言ったわよね、感情を抑えろって」
 力の入らない声で、呟く。声が震える。息が詰る。
「‥‥無理よ‥‥」
 すがるものの無くなった子供のように弱弱しく、梓の服の裾を掴む。ぎりぎりと。
「助けてよ‥‥」
 この手を振り払ったらどうなるか、想像したくはなかった。しばし、残骸のような喫茶店に、大人と子供の震える声が響く。行き場を失った悲しみが、渦巻いていた。