●リプレイ本文
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「物事には全て、時機というものがあるんだ。ルーナ」
「それは、今じゃないって言いたいの?」
ソムニウム・コンサルティング。医療機器の開発分野で目覚しい活躍を果たすその会社の株主総会の会場、現在は社内の人間による下準備が行われており、傭兵達は暫く壁際で待機していた。そんな中、不破 梓(
ga3236)は、唇を真一文字に引き結ぶルーナの肩を軽く叩く。月のような短い銀色の髪が、逡巡を表すように揺れる。ソールに事を託された傭兵達は、迷わずそれを伝えることを選んだのだ。それを聞いた時のルーナの暴れようは相当なもので、直に伝えた梓の腕や首に残った引っかき傷の多さが、その激しさを表していた。が、少なくともそれを納得はせずとも、堪えることを選べる時間が出来ただけ良かったのだろう。未だ仏頂面ではあるものの、少なくとも今の彼女は、傭兵達に従っていた。
「しかし。お前みたいな跳ねっ返りがオペレーターたァ、予想外だぜ」
腕組みをして壁に寄りかかっていた海星梨(
gc5567)がくつくつ笑う。そのからかうような笑いの中で、油断なく監視カメラの動きに目を馳せていた。何よ、文句あるの? と睨みつけるルーナに、追い討ちをかけるかのように鳳 勇(
gc4096)が、「そっちの服の方が似合っているんじゃないか?」などと声をかける。
「馬鹿。心にも無いことを言わないで。ね、マシズ」
「えっと、私は‥‥」
「私も、似合うと思うけど」
とげとげしいと言うよりは、心底似合っていないはずだという調子で訊くルーナの問いに、御沙霧 茉静(
gb4448)は苦笑を返し、春夏秋冬 立花(
gc3009)は笑ってやんわり否定する。ふん、と少女が鼻を鳴らす。その様子に、2人は少しの安堵ともどかしさを感じていた。真実に迫り、禍根を断ち、彼女の心を安らかにする。どれ一つとして易いことではなく、急いて行動出来る状況でもないことに歯噛みしながらも、ほんの少し、以前より心を開いた少女の姿が垣間見えた。そんな妹の姿を見ながら、隅でにこにこと笑いながら兄のソールが座っている。拳銃を懐にこそ収めている彼の横で咥え煙草に火をつけ、勇がそっと呟く。
「ソール。お前も一応犯罪者扱いされているのだから、我の隣で大人しくしていろ」
「そのつもりだよ」
応えるその横顔の真意は、依然として知れない。ただ、時折目を出入り口に走らせていた。その目が夜十字・信人(
ga8235)に留まると、首を傾げて笑う。表情が見えることが、逆に感情を読みづらくするという何とも器用な真似をする。
「兄君とは初めましてかな。夜十字だ」
対する信人も、あくまで冷静に初対面の挨拶をする。年経た大人として、被害者が加害者となる法の不条理を説き、だからこそ焦るなと諭した。まだまだ、時間はある。同じことを追儺(
gc5241)も、懇々と説いた。無茶はするな、復讐には回り道も大事だと。
「少年。此度の件、気になるならば全孤児院の出入りを調べるといい」
そんな、どこか落ち着かない様子のソールを見て天野 天魔(
gc4365)は言葉を投げかける。人数の推移、それを調べれば何かが判るはずであると、そんな言葉にも曖昧な笑顔で頷く金髪の少年。ルーナよりも、余程やり辛い相手だ。そんな彼とルーナに、改めて初対面の面々が挨拶を交わす。どの相手にもソールは如才なく、そしてルーナは毛を逆立てる子猫のように、返事をした。
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会場は、人の坩堝だ。
若者から年寄りまで、男も女も、共通するのは人間であるということだけのように見えるほどに雑多だ。そのうちの殆どが成人であるのは、この会の趣旨を考えれば当然であるが、逆に言えば、僅かながら成人していない者がやけに異彩を放っていた。
『――で、ありまして。昨年度の総会で頂いたご意見に対し、わが社は――』
現在は、答弁の最中だ。そこで話される内容に比べて、社長は驚くほど若く見える。20代の半ば程、その口ぶりには驚くほど熱がない。やる気が無いという意味ではなく、どこまでも冷静に自社を見定め他社を見つめ、必要なことを追求する、そんな風に見えた。
梓はぴりっと背筋を伸ばし、ルーナの傍に控える。様子を注意深く見守るが、今のところは激昂した様子もなく静かに直立不動だ。海星梨は壁に寄りかかって軍服の襟を鬱陶しそうに緩めている。やる気のなさそうな態度ではあるが、こちらもまたさり気なくルーナの様子を気にかけていた。事前に申請し、配られた見取り図を懐に収めると、会場を見回す。やはり、この場にそぐわぬ、自分達以外の者も居ることは確かだ。自分達とは別口なのか、揃いの制服を着た少年少女の警備兵。不自然な挙動を取ることはないが、逆にそれが気にかかった。まるで、機械のように動かない視線。
「薄気味悪ィな‥‥」
海星梨は、軽く舌打ちをする。
ルーナ達の対面には、勇とソールが共に立っていた。懐を撫でたソールは、「お客さんの前で煙草はやめといたら?」と勇に軽口を叩く。勇が苦虫を噛み潰したような顔をするのは、煙草をたしなめられたせいではないだろう。
「中々有名な企業も来ているのだな。こいつらが裏で同じ実験をしていると思うだけでゾッとする」
「さぁ、どうだろう。そもそも確証のない僕の推論だもの」
肩を竦める。ソール・パックスの心は測れない。
「それよりさ、よく僕をここに立たせたね」
「少年、それはどういう意味だ」
「さぁ」
ほんの少しだけ、ソールの目が伏せられる。この日初めて見せた、僅かだがその表情は何かしらの感情の発露に見えた。再び顔を上げると、唇を少しだけ上げ、皮肉気に微笑む。再び、その表情は帳に覆い隠された。
その瞳は、三日月を描かない。
一方、同じ時間の別の場所。立花は、歩いていた。「見回りに行って来ます」と嘯き、社内を練り歩く。警備室で警備員とそれらしいことを話しながら、情報を入手し、目当ての場所を探り出す。慎重に歩き、警備カメラや巡回の目を潜り抜け、進む。
ふと、壁にぶつかった。直接的な意味の壁ではない。警備室から別館に向かう階段や通路には、例外なく警備員が配置されていたのだ。それも、一般の人間にはとても見えない、それは総会の会場に配置されていたのと同じ少年少女だ。揃いの制服に、揃いの無機質な目。どうしてもそこを突破しなければならない構造であることから、立花は一度だけ、声をかけた。
「あの。警備の関係で、この先の施設も把握しておきたいのですが」
「関係者以外は立ち入り禁止となっております。申し訳ありませんが、お引取り下さい」
「いえ、こちらも仕事ですし‥‥」
「申し訳ありません。お引取り願います」
「あの‥‥」
「お引き取りください」
気味が悪くなって、引き返した。機械的なのは目だけではない。
何なのだろう、あれは。立花の背筋に怖気が走った。
最初に想定していたような、具体的な情報は入手が出来なかった。
だが、彼女が彼らと接触したことは、或いは大きな情報の一つかもしれない。
その機械的な少年少女には、2種類の存在が居た。
ひとつは、エミタを持つもの。もうひとつは、そうでないもの。
立花は、急に自分の立っている場所が何処なのか判らなくなるような錯覚に囚われた。
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立食パーティー自体は、恙無く進行していた。
勇の提案による参加者全員の名簿の入手は叶わなかったが、代わりに主要な提携企業の情報は手に入った。それを元に、茉静が目を走らせる。あれはあの会社の、この会社の、見れば見るほど上役ばかりだ。その中に、特に脳裏に焼き付けていた2人が目に留まる。
白髪を撫で付けた壮年の紳士と、長々と伸ばした黒髪を後ろに流し、白衣を着た男。ひどく猫背で上背があるように見える。
(あれは‥‥ツィメルマン・カンパニーの)
茉静が注意深く見つめていると、二人の元に、ソムニウム・コンサルティングの社長が向かって来た。3人は顔を突き合わせて、談笑を始める。
(前情報では、会社規模や提携の形は明らかにソムニウム・コンサルティングの方が立場が上だったはず)
だというのに、互いの立場は逆に見える。特に気になったのは、2人の社長が研究主任に対し恭しく接しているという点。
「‥‥」
ソールがその様子を冷たい目で見つめている。にやにや笑いはそのままに、目だけは冷たい。すっと足を踏み出そうとした瞬間、追儺がその肩を掴んだ。
「どうした」
「‥‥何でもないよ?」
ソールの動向に注意していた彼は、真っ先に反応した。捕まれた肩を軽く振って解くと、にこりと笑う。赤ペンで問題用紙に丸をつける時のように、少し嬉しそうな笑い顔だった。軽く肩を竦めると、追儺は再び周囲を注視し始める。しながら、ソールの耳元に口を寄せて囁いた。
「情報を確実にする為に‥‥慎重に行くぞ」
「はいはい」
わかってるよ、と言いたげに首を竦めた。その時、2人の目が軽く見開かれる。会場に居た他の面子も同様だった。
ツィメルマン・カンパニー。
この一連の事件に深く関わる2人。社長と主任が、ルーナ・パックスの前を通ったのだ。思わず飛び出しかけるルーナ。梓が制して踏みとどまるが、僅かに飛び出した勢いのままに、軽く老人にぶつかる。手に持っていたワインがシャツに飛んだ。おぉ、と戸惑う声を上げる老人に梓が頭を下げると、鷹揚に手を振る。
「君は‥‥そうか、ソムニウムさんが呼んだ傭兵ですね」
「ええ、初めまして」
心の奥はともかく、その表情は丁寧なまま。彼女は雑談を始める。当たり障りのない会話の中で、自然と孤児院に話が及んだ。
「おや、興味がお有りですかな?」
「ええ。慰問を中心に依頼を受けている傭兵も居ますから‥‥ちょっとした売込み、です」
「それはそれは」
軽く笑うと、孤児院孤児院、あぁ。と研究主任が一つ頷く。社長の肩を叩くと、ぴんぴんと梓の隣を指差した。そちらに目をやった老人が、少し目を剥く。
「ほら、やっぱり生きてたネェ‥‥言っただろう、ああいうものなんだよ、エェミタの力って」
軋むように笑う。きしきし。指を曲げて、手の中の何かを打ち合わせるような仕草をしながら、笑う。ルーナが目を見開いた。口を開いて何か叫ぼうとするが、梓が肩に手を置き、海星梨が近づく。その目つきの険悪さに、主任が肩を竦めて後ずさった。ひとつ咳払いをすると、「では、私はこれで‥‥」と、老人が男を従えて去って行った。
一つ溜息を吐き、梓と海星梨が同時にルーナの頭を平手で叩いた。熱くなった頭に冷や水をかけられて、ばつが悪そうに唇を尖らせ、だって、と上目遣いで銀髪の少女はささやかな抵抗をした。
宴は、たけなわに近づきつつある。
「ヤレヤレ、困ったものだなぁぁァ‥‥」
1人溜息を吐く研究主任。
彼に、近づく影があった。
「お久しぶりですね」
天魔が声をかける。僅かに目を細める主任。天魔の語りかける内容は、恐ろしい。
「今日は貴方にお話があります」
「‥‥ハテ?」
「実はUPCにも、貴方達と同様の研究を行う集団があるのです」
ブラフである。
彼らの共犯であるかのような振りをして、一通り天魔が語り終わった後に、研究主任が耳元に口を寄せ何か呟く。
後から天魔に訊いた話となるが、彼はこう言ったそうだ。
「Nnn、ではボク達はキミを告発しなければならなくなるネェ。何せ善意の第三者としては、UPCに協力しなくちゃ」
「ボク達の研究? 何のことだね? 証拠は確かにあるのかい?」
「大体、キミのことを信用する理由が、ドコニモナイ。そんなんじゃ、釣られてあげナァァイ」
今回は黙っててあげるから帰りなヨ、と、最後に耳元でねっとりと呟いたそうだ。天魔のブラフに対し、それはそれは不愉快になる返答をしたのを最後に、興味を失ったように眼を逸らした。手をひらひらと振ると、立ち去って行く。
一方別の場所。
軍服を身につけ、警備の腕章を付け、如何にも傭兵然とした姿で警備を行っていた信人は、宴が終わろうとするその中に、奇妙な人物を発見した。
青褪めた顔で、ふらふらと歩く中年の男性。やせぎすに髭を生やしたその男性は、気分が悪そうにテーブルに手を着いていた。
「御気分が優れないようですが?」
信人が近づき、手を差し出す。ひ、と息を詰らせるように呻きながら男性が顔を上げた。信人の冷静な顔を見て、やや急いたように話す。
「あ、あんた、ULTの傭兵か」
「‥‥えぇ、その通りですが」
それを聞き、それきり黙りこむ。不審な様子に、信人が首をかしげた。
「‥‥もしもし?」
「‥‥いや、何でもない。失礼した」
どん、と信人を突き飛ばすと、ふらふらと会場を後にする。もしや、本当にただ気分の悪いだけの人間だったのか。
(殆ど博打だな。直感での探索なんざ素人のやることか)
肩を竦めて腰に手を当てると、そこに何かが挟まっていた。先程突き飛ばされた時に手が当たったところだ。抜き取って見ると、それは名刺。連絡先と電話番号と、荒々しい走り書きで、一言こう書き記されていた。
『もう限界だ。私を止めてくれ』
株主総会が終わり、日も暮れる。
上手く行った行動もあれば、空振りに終わった推測もある。しかし、それらひとつひとつの行動がピースとなりつつ、現時点では組みなおすことが出来ない。
後にそれら傭兵が手に入れた情報はルーナの元に回され、再編纂される。
そして後日、それらの情報と共に、ルーナ・パックスはとある一つの依頼を出すことになる。
一歩ずつだが、道は前に拓けつつあった。