●リプレイ本文
●ラストホープ・兵舎前
重い雲が空を覆う。昨日から降り始めた雪は止んだが、陽が当たらないため、まだ地面に残っている。
多くの傭兵が五大湖解放戦へ出撃している今、いつもは喧騒激しい兵舎前も、酷く静謐としていた。
「はぁぁ‥‥」
ミリー・チェルトは1人、雪の花が咲く花壇の縁に腰掛けて、ため息をついていた。
そう簡単に人は集まらないだろうとは覚悟していたが、やはり実際に誰も集まってこないと、心にも雪が降り積もるようだった。
「は‥‥」
もう一度、ため息がでそうになるのを、ミリーは慌てて堪えた。
『ため息をつくと一つ幸せが消えていく』という言葉を思い出したからだ。
傭兵たちに元気を出してもらおうと、歌を作ろうというのに、自分がため息をついていてどうするの!
心の中でそう叫ぶと、顔を両手でパチンと叩いて、気合を入れなおした。
寒さと合わさって、ミリーの頬は花が咲いたように、真っ赤に染まった。
「あ、あの娘かな? ほら、熊さん、こっちこっち!」
そんなことをしていたミリーの耳に、雪を踏みしめる音とソプラノの声が聞こえてきた。
目を向けると、ミリーと同じように背の低い女の子と、山のような巨体の男が彼女へ向かって近づいてくる。
「あなた、ミリーさん? 初めまして、私、アナスタシア。こっちは熊さん。私たち二人でAKTVっていう番組を作っているんだけど、知り合いからあなたのことを聞いて取材してみたいなと思って」
「え? え?」
アナスタシアのマシンガントークに、挨拶さえ返すこともできずに目を白黒させるミリー。
どうやらビーストマンの女性が、アナスタシアにミリーのことを話したらしい。
好奇心の塊であるアナスタシアがこの機会を逃すはずはない。すぐさま熊さんと二人でミリーを探しはじめた、というわけだ。
「そうだったんですか。でも、残念ながら人が集まらなくて‥‥」
「え? でもあの人たち、そうじゃない?」
アナスタシアが指差した方向から、3人の傭兵が近づいてきた。
3人とも同じ兵舎、喫茶『ルーアン』の仲間。一緒に依頼を受けてきたのだろう。
「集合場所はここで‥‥いいのかな?」
長身の傭兵が背をまげて、座っているミリーの顔を覗きこんだ。
「初めまして、ミリー。俺はクーヴィル・ラウド(
ga6293)。よろしく。君の前向きな姿勢はいいと思う。拙いかもしれないが、できる限り協力させて貰おう」
「は、はい! ありがとうございます」
「俺も歌作りを手伝ってもよろしいでしょうか?」
ステイト(
ga6484)はイギリス紳士のようにお辞儀をしてみせた。彼もラウドと同じく、ミリーの行動に共感して依頼を受けてきたようだ。
「私は近藤勇美(
ga6548)よ。よろしく、ミリー。‥‥それにしても、初仕事が歌とはね〜」
自己紹介を終えると、兵舎の仲間が焼いてくれたのであろうクッキーを口に一つ頬張った。
3人とも同じ兵舎、喫茶『ルーアン』の仲間だそうだ。
「皆さん‥‥集まってくださって、本当にありがとうございます!」
先ほどの表情と一転し、情熱で頬を赤く染め、瞳をウルウルさせて傭兵たち一人一人に挨拶をした。
だが、集合時間を過ぎても3人以外の傭兵たちは集まらなかった。
「寒かったろう? 少しくらい休んだらどうだ?」
「いえ、これくらいどうってことないですよ!」
ミリーは自分の落胆を皆にみせないよう、明るく振舞って見せたが、ラウドはそれに気づいていたのだろう。
「仕方ないわよ。皆五大湖解放作戦にでていて、今兵舎にいるのは怪我を治すために療養している人か、私と熊さんみたいにKVも買えない貧乏傭兵くらいのものだもの」
アナスタシアはそう言ってミリーを励ました。
「それにしても、寒いわね。そろそろ場所を変えない? 流石に辛くなってきたんだけど」
ブレザーの上から身体を手でこすって暖めながら、近藤は白い息を吐いた。
「それだったら、私の兵舎を使えばいいわ。狭いけど防音されてるから、作った歌を歌ってみても大丈夫よ!」
アナスタシアは小さな胸をどんと叩き、4人を案内していった。
熊さんは遅れて来る人がいるかもしれないということで、その場に残ることにした。
「彼は大丈夫なのか?」
「大丈夫、熊さんはイヌイットと一緒に生活してたこともあるって言ってたから。寒さにはむちゃ強いわ」
案内された兵舎はこじんまりとしていたが、外より断然暖かかった。
ゆったりとしたソファーに座って、静かな部屋でじっくりと相談するにはちょうどいい。
さっそく4人は傭兵部隊の隊歌作成に取り掛かった。
「やっぱり、歌っていて希望が生まれるような歌詞がいいと思うんです。戦場での悲壮感を払拭できるような」
「士気が高まる歌であることが、やはり中心となるテーマですね」
「傭兵隊の部隊歌っていったら軍歌でしょ!」
「でも、軍歌は暗い内容のものが多いですから」
「んー、かっこよくて私はいいと思うけどな」
テーブルにアナスタシアが淹れた紅茶と、近藤が持ってきたクッキーが並べられる。
皆議論に白熱し、紅茶で口を潤わせながら曲のイメージを創り上げていく。
「仲間、希望、未来‥‥と言った明るさと結束をイメージさせる言葉は必要だろう」
「サビは盛り上がるものがいいですね」
「‥‥そういえば、んー、今回私たちは歌うのかしら? 歌うんだったら、メインボーカルは私よね!」
過ぎていく時間とともに、雪が積もっていくように少しずつ曲のイメージが固まっていく。
ついに4人の合作が完成した。
「あー、あー‥‥よしっ!問題ないわ」
「少し、恥ずかしいですね‥‥」
「力になるとは言ったが、テレビにでることになるとは‥‥」
3人が思い思いのことを口にしながら、マイクの前に立った。
アナスタシアの提案で、完成した曲を4人で歌っているところを、AKTVで放送することになったのだ。
「みみ、皆さん、大丈夫です。ききっとうまくいきまっす!」
一番緊張しているミリーは、声まで震えるほどだ。
「大丈夫よ皆。私も最初は緊張したけど、失敗したっていいんだから」
熊さんと一緒にカメラを設定しながら、アナスタシアは皆を勇気付けるように言った。
熊さんがOKのサインをだすと、すぐさまカメラが回された。
「皆さんこんにちは! AKTVのアナスタシアです。今日は傭兵部隊の隊歌を作ってくれた皆さんに来ていただいています。こちらの方々です!」
カメラがマイクの前の4人へと移る。四人は少々強張った表情だ。
「傭兵部隊の隊歌を作ろうと思ったのはなぜですか?」
「え? 質問もあるんですか? えっと、傭兵の皆さんに歌を歌うことで少しでも元気になってもらいたくて‥‥」
しどろもどろになりながらも、何とか答えを返すミリー。一生懸命な姿が視聴者にも伝わるだろう。
「なるほど。それではラウドさんはなぜこの依頼に?」
「俺は彼女の前向きな姿勢に心打たれて今回参加した。皆で相談して、よい歌ができたと思う」
ミリーとは打って変わって、カメラを向けられても冷静に対処するラウド。
「はい、ありがとうございます。ステイトさんはいかがですか?」
「歌はいいですね、言語の壁をつきやぶります。この歌にはちょっとごろが悪いところもありますが、皆に気持ちが伝わればいいなと思います」
ステイトもさすが紳士を目指しているだけあり、焦りながらもすらすらと答えた。
「最後にメインボーカルの近藤勇美さんです。歌はお上手なんでしょうか?」
「歌は得意よ? カラオケレベルだけどね。適性が無かったら歌手になっても良かったんだけどね〜。今日はちょっと、傭兵じゃなくて歌手になった気分だわ」
「では、早速歌っていただきましょう! 傭兵部隊隊歌です。どうぞ!」
「戦場に行く仲間達と共に
決して譲れぬ想いを胸に
私達は行く私達が守る者たちのために
希望の光をいざ灯そう
例え自らは傷付いても
けして諦めることなく
荒野に血が流れても
きっと守り抜いて見せる
(Take off!)空を翔け (Go on!)戦うさ
争う痛みを胸に秘めて敵を討て
空を守れ、陸を守れ、地球を守れ
勝利の他には選ぶ道は何も無い
明日の我らの未来のため
敵を蹴散らし 明日へ進むため」
カメラを通じて、歌が傭兵たちの兵舎へと届けられる。
作戦中に撃墜され傷つき倒れているもの。出撃した友の無事を祈りつつ待つもの。
怪我は負わずにすんだが、機体が大破してしまい、出撃できずに悶々として待機しているもの。
たまたまAKTVを見ていた傭兵たちの中に、4人の声が染み渡っていく。
言葉がわからないものもいたであろう。だが、4人の歌に込められた、今戦っている傭兵の仲間たちへの思いは、言葉の壁を越えて伝わっていったはずだ。
「‥‥ありがとうございました。視聴者の皆さんも、歌に込められた思いを感じてくれたと思います。今、五大湖解放戦で戦う人々への無事を祈って、放送を終了させていただきます」
「はい、OK! 皆、お疲れ様! 凄くよかったよ〜!」
アナスタシアが小さい身体でぴょんぴょん跳ねながら、4人にそれぞれ抱きついた。
「ミリー、少しでも力になれただろうか‥‥?」
「はい、とっても。本当に皆さん、ありがとうございました!」
ミリーは嬉しくて今にも泣きそうな顔だ。ステイトと近藤も、瞳に涙をためていた。
こうして、新しい歌が地上にまた一つ誕生した。それはほんの小さな希望かもしれない。
だが、人間は自分の手で、それを生み出すことができるのだ。
例えバグアが地球を支配したとしても、歌は地上から消えないだろう。
なぜなら、人間は歌う生き物だから‥‥。