●リプレイ本文
●闇の中の白い雪
夏の気配を漂わせる風が、傭兵達の頬を撫でる。山の中腹、日の当たらぬ北側に、その洞窟の入り口はあった。
「氷室の節句か。夏越しの祓みたいなものか?」
「せんせい、日本の行事に詳しいですね〜。僕はよく知らないですけど」
宵藍(
gb4961)は戦闘前のウォームアップをしながら、懐中電灯を取り出すオルカ・スパイホップ(
gc1882)に問いかけた。
「きっと伝統があるんだろうし、キメラの所為で出来ないのは困るよな」
「どんなものにしろ、ちゃっちゃと終わらせてカキ氷だー!!」
やる気高まる二人の後ろで、白い煙の龍が空へと飛んだ。
「夏越しの祓は大祓の一つ、除災行事だ。氷室の節句とは少し意味合いが違うな」
UNKNOWN(
ga4276)は煙をゆっくりと吐き出しながら答えた。既に銃にサプレッサーを装着し、準備は万端、ニコチン貯蓄中。
そのUNKNOWNとコンビを組むのが、ダークファイターの絶斗(
ga9337)だ。無言で、しかし丁寧迅速に互いの装備を確認する。
「宵藍さんもUNKNOWNさんも博識なんですね。ボクこんな風習があったなんて知らなかったです」
柊 理(
ga8731)は青白い顔を地図から上げてにこやかに言った。頭のヘヴィラー・ヘルムには依頼主から借りてきたライトが付けられている。点灯も確認済みだ。
彼とペアを組むのは、雪女に間違えられそうな白い肌と冷たい気配を発する水無月・氷刃(
gb8992)だ。氷雨を抜き、SESが起動するか確認すると、周囲の温度まで下がったように感じられた。
「年中行事ですか。うん、なんとかしないとね!」
巫女装束の獅堂 梓(
gc2346)はなんともこの依頼に相応しい格好だ。‥‥手に持ったガトリング砲を除けば、だが。
「落ち着いて、冷静に、そして決定的な射撃を心がけよう。全てはカキ氷のために‥‥」
獅堂とペアを組む青柳 砕騎(
gc3523)は、火の点いていない煙草を咥えながら、穏やかに言った。
「貰った地図によると、多少の凹凸はあるようですが、特に横道はないみたいですね」
柊の地図にはミドリムシのような形をした、洞窟の内部が描かれていた。洞窟は入り口が狭く、縦長の形に膨らんでいる。
斥候となる青柳と獅堂はライトを点け、洞窟入り口前へと慎重に足を進める。
入り口付近の地面には、何種類かの動物のものと思われる糞が落ちていた。
「――鼠か」
UNKNOWNが名残惜しそうに、最後の一本を吸い終え、吸殻を携帯灰皿に入れた。
「‥‥皆、ネズミには気を付けたまえ」
傭兵達の顔が仕事のそれへと変わる。全身の感覚を研ぎ澄まし、敵を倒すことだけに集中されていく。
陽の下から暗闇へ、洞窟に進入する一瞬。眼が暗闇に慣れるまでの隙が生まれる。
狭い入り口が最も待ち伏せに適した、危険な地形であるわけだ。
青柳と獅堂は呼吸を整え、そして合わせ、戦場への一歩を踏み出した。
『キィィィ』
可愛らしいアニメの鼠の鳴き声とは雲泥の差の、耳障りなかなきり声。
赤い瞳を光らせた獣が、闇から飛び出してきた。
マズルファイアで照らされた敵の姿を、四つの瞳が素早く捉え、銃口を動かす。
「エンゲージ!」
「さぁ、狩りをはじめますか」
二人の銃声が、洞窟内に反響する。残りの傭兵達も次々に洞窟内へ突入、戦線に加わった。
鼠たちは壁を、柱を、床を、天井を、縦横無尽に走り回る。銃声と共に彼らの奇声も反響し、気配が分散してしまう。
「全弾くれてやる。【ありがたく】もらって【逝け】!」
獅堂のガトリング砲が火を噴くと、鼠の肉と洞窟の岩壁を削り取っていく。
銃弾の雨を突破し、片腕、片脚を奪われた状態で、尚も襲ってくる鼠。
小気味よい3点バースト。
青柳のアサルトライフルから、正確無比な銃撃が生き残った鼠に叩きこまれた。
「残りは2匹無傷だ、頼む」
「判った」
壁を駆け上り洞窟奥へと逃げ込もうとする鼠に、UNKNOWNの強化スコーピオンから放たれた銃弾がめり込んだ。
腹に風穴を開けられた鼠は、それでも暫く手足を動かしていたが、やがて力尽きて血と共に滑り落ちた。
(「今回は、私の勝ちだな」)
仲間はやられ、逃走も無駄と理解したのか、最後の一匹は決死の突撃を試みてきた。
「破ッ!」
淡い光の帯が、鼠の行く手を阻む。宵藍の月詠の斬撃だ。二の足を踏んだ鼠に、オルカの機械剣が突き刺さった。
「もういっちょー!」
さらに片手で剣首めがけて七首を突き出す。
地面に貼り付けになった鼠は、臓物をぶちまけてぴくりとも動かなくなった。
「あ‥‥」
「オルカ、えんがちょー」
「ちょ、せんせい酷い!」
威力には問題なかったが、使用方法と相手に問題があったようだ。
地を駆ける気配がなくなったのを感じた傭兵達は、洞窟の奥へと歩を進めた。
所々に天井から滴る水で、水溜りができていた。少し肌寒い。
天井から地面へ繋がり柱となった鍾乳石や、何度も人が歩いた部分が削れた足跡を見ると、昔からの歴史を感じることができた。
だが、傭兵にとって優先することは、その場の歴史よりも、戦いやすさ、だ。
「水で地面が滑りますから、皆さん気を‥‥」
仲間への柊の言葉が終わるより早く、奴等は動いた。
『!!』
水溜りが不自然に歪んだと思うと、上を歩いていた水無月と絶斗を覆うように膨らんだ。
「スライムが水溜りに擬態していた!?」
あっという間に2匹のスライムが2人をすっぽりと包み込んでしまう。
このままでは溶解液で溶かされるか、窒息するかのどちらかだ。
さらに、洞窟の奥から好機とばかりに、蝙蝠たちが羽を広げて襲い掛かってきた。
「蝙蝠風情が‥‥おとなしく墜ちろ!」
獅堂の発砲が引き金となり、乱戦が始まった。
「邪魔しないで下さい!」
柊は飛び掛ってきた蝙蝠をバックラーで地面に叩きつけ、酒涙雨で羽を切り落とし、トドメを差す。
「水無月さん、大丈夫ですか!?」
すぐさま水無月を助けようと駆け寄るが、超機械では中にいる水無月まで傷つけてしまって、手が出せない。
しかし、囚われた水無月は全く冷静だった。顔色一つ変えず、覚醒を極めていく。
彼女が纏った氷の煌羅が、スライムの攻撃を防いでいた。そのまま内側からアイスエッジを薙ぎ払い、氷雨を抜刀した。
氷化した部分は砕け、再生することなく粉々になる。そこから抜け出した水無月は、超機械でスライムに止めを刺した。ほっと安堵の息が柊から漏れる。
残るはもう1匹。
「絶斗、助けがいるか?」
鬱陶しく宙を舞う蝙蝠を狙い撃ちながら、UNKNOWNが声をかける。
「ウオオオオオオオオオオオ!」
スライムの内側から、それに答えるように絶斗の雄叫びが響き渡った。
絶斗の身体が白銀に輝き、スライムを突き破り、一瞬の内に宙へと跳んだ。
そのまま天井を蹴り、さらに加速をつけて落下。アリエルを装備した手刀を振り下ろす。
激震。
スライムを切断した手刀は、洞窟内部を揺らし、地面まで叩き割っていた。
余りの高エネルギーを叩き込まれたスライムは、原型を保てずそのまま液化。
「これが俺の新しい技‥‥手刀 暁だ!」
「いらん心配だったようだな」
2人が奇襲から脱すると、傭兵達の反撃が始まった。
冷静に対処すれば、爪と牙による攻撃は怖いものではない。
「糞に当たったらって‥‥ゲームネタ、だよな?」
「せんせいもえんがちょー!」
「当たってない!」
宵藍とオルカは会話する余裕を見せながら、向かってくる蝙蝠を叩き落とし、切り伏せた。
「こういうのをおちゃのこさいさい? っていうんだっけ??」
「油断するな」
2人の目の前を鋭角に飛び込んできた蝙蝠が通過する。攻撃力は高くないが、首や動脈、眼をやられてば致命傷にもなる。油断できない相手だ。
「クールに、クレバーに、そしてクリティカルに‥‥!」
煙草を咥えた青柳の銃撃が、的確に蝙蝠の翼を貫いていく。
しかし、銃撃を潜り抜けた一匹が、天井から獅堂の首筋へと、鋭い牙をむき出しに飛び込んできた。
(「くっ‥‥!」)
死角からの攻撃に、獅堂の反応が遅れた。気づいた時には、既に撃ち落せない距離に迫っていた。
刹那、冷ややかな風が一陣。
蝙蝠は、空中で停止した。腹部を氷の爪が貫き、滴る血が結晶となる。
瞬く間にアイスエッジが引き抜かれたと同時に、宙に舞った蝙蝠へ氷雨の斬撃が走った。
「あ、ありがとうございます。水無月さん」
獅堂の礼に眼で答え、水無月はすぐさま周囲の警戒へと戻った。
「敵は‥‥もういないか‥‥」
警戒を解かずに絶斗が呟く。
落ちてきた水滴が獅堂のガトリング砲に辺り、じゅっと音を立てた。
洞窟に響くのは、傭兵達の呼吸音。
「‥‥これで全部みたい、ですね」
「暴れたりないな」
「それなら、アレを片付ける仕事を頼もうか?」
UNKNOWNが指差したのは、キメラの死体と、あちこちに飛び散った薬莢。
「あー、確かに神聖な洞窟で、ちょっと撃ちすぎちゃいましたかね、えへへ」
120発全弾撃ちきっていた獅堂は、笑いながら頭をかいた。
掃除を兼ねて2人一組で周辺を調査したが、洞窟内のキメラはこれで全てだったようだ。
洞窟はやっと元の神聖さと静寂を取り戻そうとしていた。
最深部へと進むと、巨大な雪の塊が保管されていた。
一年の間光から遮られた雪は、ライトを向けると、美しく輝いた。
「綺麗ですね。なんというか、ただの雪とは思えません」
柊の言葉に、水無月は無言で頷いた。
「よし、皆で運び出そう! 多めの方がいいよね♪」
オルカにとっては花より団子だったらしい。
慎重に氷の塊となった雪を運び出すと、係員たちがすぐさま手伝いに来てくれた。
「ありがとうございます。これで今年も氷室の節句を行なえます」
係りの人が運び出した雪を削りだし、綺麗な部分だけを使って昔ながらの機械でカキ氷を作りだす。
「さて、かき氷を頂こう」
「どうぞ、皆さん召し上がってください」
UNKNOWNは器を受け取ると、どこから持ってきたのか、フルーツや白玉、粒餡子を取り出し、皆に薦める。
「甘い物はあまり食べないが‥‥振舞われるのならば馳走になろう‥‥」
絶斗はメロン味のシロップをかけると、無表情のまま口に運んでいく。
青柳はイチゴ練乳にアイスを乗せた。
「うむ、美味いな」
子供っぽいトッピングのカキ氷を、むっつり顔で食べていく。ギャップがなんともおかしかった。
「ありがたくご馳走になりますね」
ブルーハワイをチョイスした柊は、覚醒が解けて青白くなった唇と舌がさらに真っ青になった。
同じくブルーハワイを食した水無月は、今日一番の感情豊かな至福の表情。
「ん〜! 甘くて美味しい! 皆のも一口頂戴♪」
練乳のたっぷりかかったカキ氷を口いっぱい頬張りながら、いろんな味を楽しむオルカ。
「オルカ、あんまり食べ過ぎると‥‥くっ、来た」
宇治金時を味わっていた宵藍は、お約束の頭痛に襲われる。
「キーーーンって、イタタ‥‥でも、カキ氷はこうだよねぇ」
イチゴ味で舌を赤くした獅堂も、同じように頭を抱えた。
確かに、これもまた夏の醍醐味だろう。
こうして人間が続けてきた歴史ある行事は、キメラの侵略から護られたのであった。