タイトル:【前線】基地へ撤退せよマスター:遊紙改晴

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/02 10:43

●オープニング本文


●ある日、どこかの前線で‥‥

 空は黒く暑い雲で覆われていた。
 夜に怯える子供たちを安らげる月の灯りも、旅人たちを導く星も、見上げることはできない。
 森と草原の間、大樹の陰にある窪みに、気配を殺した呼吸音が複数。獣のそれではない。
 迷彩ネットと落ち葉で覆われた中、数人の兵士たちが息を潜めていた。
 4人のUPC軍人と、残りは傭兵だ。
「やれやれだな‥‥状況は更に悪化修正、か」
 もみ上げとくっつき、あご全体を覆う髭面の男――ジョージ・マクミラン隊長――は、M4A1から弾倉を抜いて残弾を確認した。
 その体は鋼の糸で編み上げられたような、力強い剛性としなやかな柔性を備えている。
 年からすれば、いまだキメラに対し有効打が発明されていない頃から、軍人として生きていたのだろう。
 遠くから獣の遠吠えが聞こえた。森の木々に反響して正確な距離は判断できない。
 大尉は側にいたやせ細った男――ウォン・ミンテイ――と視線を交わした。
 ウォンは頷くと音もなく迷彩ネットから抜け出し、何か作業を始める。
 彼はこの隊の工兵だ。爆破物の製造、設置から解体、撤去までこなすスペシャリスト。
 仕掛けているのはクレイモア地雷とC4爆弾。
 クレイモアはセンサーが感知すると無数の鉄球が扇状に飛来して敵に傷を負わせるもの。
 C4爆弾は小型軽量だが強力な威力を持つ爆弾だ。
 音も足跡もつけずに設置していくウォンと周囲を警戒しながら、隊長は傍らの樹齢200年はありそうな大木を、3度叩いた。
 太い枝から吊られたロープを伝って、一人の女性――セドナ――が降りてきた。肩から精密射撃用のオプションがついたアサルトライフルを下げていた。
「近く、草原、ゴブリン11。森の中、ワーウルフ8。遠くには、もっと」
「わかった。セドナはそのまま上で狙撃支援を」
「サー」
 片言で話すセドナは再び音も立てず、身軽に木の上へと登っていった。
 彼女がこの隊の狙撃手だ。カナダ人とイヌイットの間に生まれた彼女は、子供の頃から雪山と氷上での狩りを叩き込まれた。
 今は獣の代わりにキメラを狩るため、その技術が役に立っているわけだ。
「さて、ついてなかったな、傭兵諸君。たまたま参加した偵察で、敵に奇襲をかけられるとは」
 そう、兵士と傭兵の混成部隊は、UPC軍と傭兵の連携を円滑にするためのアイデアのひとつ。
 大規模作戦以外ではあまり前線にでる機会のない傭兵たちに、兵士と同じく前線で戦わせることで戦場の動きを掴ませ、臨時の増援要員として利用できるようにする。
 彼らが参加したこの作戦も、その一環。
 しかし、前線基地からパトロール部隊として出発した彼らは、敵の奇襲にあって窮地に追い込まれてしまったわけだ。
 前線基地に戻るには森の中に入らないとならないが、8匹のワーウルフを突破するのは骨が折れる。
 加えて戦闘中に背後をゴブリンたちに突かれる可能性が高い。逆にゴブリンを狙っても同様だ。
 進退窮まってこの狭い安全地帯に身を潜めているが、この程度の偽装ではワーウルフの鼻は誤魔化せまい。
 ここに隠れていても、発見されるのは時間の問題だ。
「そんなことないですよ。隊長じゃなかったら奇襲受けたときに全滅してましたし」
 戦場に似合わない、からかう様な少年の幼い声。
 声相応の童顔と、声から全く想像できない筋骨隆々の巨体を持つ男――マーク・サンダウン――は傭兵たちに干し肉を手渡しながら言った。
 キッドの愛称で呼ばれる彼は、その巨体を生かして汎用機関銃を軽々と扱い、また繊細な手つきで仲間に治療を施すメディックでもある。
 人懐っこい、10歳の少年の笑みを浮かべるキッドから干し肉を受け取ると、傭兵たちは12時間ぶりの食事を摂取した。
 無臭処理された干し肉は、口の中に放り込むとまるでステーキ味のガムでも噛んでいるかのようで、いつもなら吐き出しそうな不味さ。
 それでも空っぽのまま放置されていた胃袋は、貪欲に干し肉を欲していた。旨かった。
「やっぱり『ラッキー・ジョー』の名は伊達じゃないですね」
 ラッキー・ジョーというのはジョージ隊長の部隊の中のあだ名だ。いくつもの困難な任務を生きて帰ってきた彼への敬意が含まれている。
 もちろん、彼を良く思わない者からは『不死身のジョー』やら『死体のジョー』とやら呼ばれているのだが。
「幸運の女神がいるなら、こんな吹き溜まりに入り込むことはなかっただろうな」
「神は試練を与え、乗り越えたものに祝福を与えるとも言いますよ、隊長」
「ならば導きのひとつでも欲しいところだ。‥‥よし、皆食べながら聴いてくれ」
 近くにあった枝を手にとり、地面に図を描く。小型ライトで光が漏れないように照らした。
「俺たちは森と草原の間にいる。森にはワーウルフ、草原にはゴブリンがいる。各個撃破なら可能だが、背後を突かれるのは避けたい。そこでだ」
 ジョー隊長は森と草原の間に2つの点を描き加えた。
「こことここ。この2つが向こうに見える大木と、今いるこの大木だ。この2点の間に、今ウォンがクレイモアを仕掛けている」
 クレイモアの特性を傭兵たちに簡単に説明し、自爆しないように注意を促す。
「まず、俺とキッド、後君たちの中から何人かで、ゴブリンたちに攻撃を仕掛ける。できるだけ派手にな」
 隊長はいいながら、M4A1につけられたグレネードランチャーに弾を込めた。
「戦闘に気づいたワーウルフたちは森から出てくるだろう。奴らは遠吠えを使って群れで行動するから、多分数匹固まってくる」
 棒を動かし、森から草原へ矢印。
「奴らが草原に出ようとしたところで、クレイモアに引っかかる。‥‥もし罠を警戒されても、近くに来たところでウォンがC4を作動させる。傷つけられはしないが、足止め、混乱させ、隙を作るには十分だ」
 さらに、二つの点から回り込むように矢印。
「その隙をついて、木の上に隠れていた君らの残りが奴らを上から撃つ。ゴブリンを相手にしていた俺たちは反転し、ワーウルフを挟撃する」
 ゴブリンは無視できても、ワーウルフはできる限り数を減らさないと、撤退中に足で追いつかれてしまう。
「ワーウルフを無力化できたら、今度は森の中に逃げ込む。はぐれるなよ。ゴブリンがまたこのラインに到達したとき、C4で二本の巨木を倒す」
 数百年生きてきた樹を、俺たちの都合で折るのは心苦しいがな、と付け加えて。
「何か異論は――」
 ないか、と言おうとする前に、大きな遠吠えが静寂を破った。
 近い。確実に近づいてきている。
「悠長に会議している暇はなさそうだ。なるべく早くどちらにするか、決めてくれ」
「何、大丈夫さ。きっとみんな助かるよ」
 ごつい機関銃に弾薬ベルトを装填しながら、傭兵たちを励ますようにキッドは無垢な笑みを浮かべた。
 
 最優先事項――全員生きのびて前線基地まで帰還せよ。

 作戦、開始。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
鷹司 小雛(ga1008
18歳・♀・AA
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
ファルティス(ga3559
30歳・♂・ER
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
水流 薫(ga8626
15歳・♂・SN
神無月 るな(ga9580
16歳・♀・SN
立浪 光佑(gb2422
14歳・♂・DF
美環 響(gb2863
16歳・♂・ST

●リプレイ本文

●作戦――開始。

「用意はいいか? ‥‥よし、行くぞ」
 ジョージは傭兵たちを見回し微笑すると、足音を立てずに動き出した。
 アルファチームになった白鐘剣一郎(ga0184)御山・アキラ(ga0532)立浪 光佑(gb2422)鷹司 小雛(ga1008)緋室 神音(ga3576)美環 響(gb2863)の6人がその後に続き、最後尾にマークがついた。
「こんなのはまだピンチではないですね。必ず全員無事に生還させますよ」
「ま、元々の目的はUPC軍と傭兵との連携を円滑にするのが目的だし、ちょうどいいんじゃないの。それにパトロールなんて地味な任務より楽しそうだしね」
「前門のワーウルフ後門のゴブリン、絶体絶命の状況。ああ‥‥ゾクゾクしますわ」
「3人とも。一番被害が大きくなるのが撤退戦というから油断は禁物よ」
「ええ‥‥私の『眼』でみたところ、ゴブリンたちの中には弓矢で武装しているものもいます。背後から狙われると厄介ですね」
「そうだな‥‥いざとなれば無視して離脱するとしても、数を減らせるだけ減らしておいた方が良いのは確かだ」
 同時にウォンのハンドサインで、ブラボーチームのファルロス(ga3559)赤霧・連(ga0668)翠の肥満(ga2348)クラーク・エアハルト(ga4961)水流 薫(ga8626)神無月 るな(ga9580)も、ロープを使って木の上に登る。
「狼狩りは楽しそうだけど‥‥高いトコ、こわいよぅ」
「落ち着け、翠の肥満。しかし、なかなかハードな依頼だな」
「大丈夫です。皆で力を合わせれば不可能なんてありません」
「そうだな。干し肉も食ったことだし、善処しましょうか、ね」
「能力者が一緒にいる時にこの様な状況‥‥運が無い訳ではなさそうですね? 連携を見せて差し上げましょう!」
「ええ。正規軍と傭兵の共同作戦‥‥無事に完遂させましょう。一人の死傷者もなく、ね?」
「しっ‥‥静かに」
 セドナとウォンは風と呼吸を同調させた。木の上で不安定な体をしっかりと固定し、いつでも射撃ができるように構えた。

 アルファーチームの8名は、草むらを中腰で駆けた。
 幸い、ゴブリンたちには強い風のおかげでまだ気づかれていないようだ。
(「雨の匂い‥‥雲も厚い。これは一雨きそうだな」)
 ジョージのハンドサインで全員がその場に伏せた。銃の安全装置を外しつつ、匍匐で前進する。
 戦闘において先制攻撃ほど重要なものはない。敵が反撃してくるまでの間、どれほどダメージを与えられたかで、その後の戦局が左右されるのだ。
 息を潜め、気配を殺し、銃の射程距離ぎりぎりまで接近する必要がある。
 マークを中心に、ジョージと御山が両翼にした傘型陣形。
 ゴブリンたちは周囲を警戒しながらこちらへ向かってくる。足音が耳に響いた。
(「まだだ‥‥まだ‥‥慌てるな‥‥」)
「‥‥いくぞ!」
 合図と共にジョージのグレネードランチャーから榴弾が放たれた。合わせて立ち上がったマークが、機関銃で掃射。御山は弓を持っているゴブリンに向けてサブマシンガンを狙い撃った。
『ぐぎゃ? ギッギギギ!』
 思わぬ所から攻撃を受けたゴブリンたちは、隊列を乱して鳴き声をあげた。
「GOGOGO!」
 隊長の掛け声と共に、白鐘、鷹司、立浪、緋室の4人が飛び出した。
「まずは、俺がゴブリンの注意を引き付けよう。どうせ目立つ以上は役に立てないとな」
 覚醒した白鐘の全身が黄金の光に包まれ、草原を照らす。前傾姿勢で素早く接敵、月詠を閃かせた。
「‥‥天都神影流・斬鋼閃っ!」
 勢いそのままに、ゴブリンの硬い皮膚を貫く。根元まで肉に食い込んだ刀が抜けなくなる前に、ゴブリンの腹を蹴り引き抜いた。まずは1匹。
「やはり戦場とはこうでなくては‥‥さあ望美。このスリル、たっぷり楽しみましょう♪」
 狂喜乱舞する鷹司に、ゴブリンの棍棒が振り下ろされる。鷹司はクライトガードで攻撃を受け流し、体勢を崩したゴブリンのわき腹を切り抜ける。
「さあ、もっと激しく‥‥、わたくし達を楽しませてくださいまし!」
 断末魔の悲鳴と共に、2匹目が地に伏せる。
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥」
 その隣で眼にも留まらぬ速さで刀を操る緋室。その瞳は金色に変化し、全身には虹色の燐光を纏い、背中に翼を形作っていた。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技・桜花幻影【ミラージュブレイド】 」
 虹の残滓が舞い、2本の月詠が踊る。刻まれたゴブリンの体に光が走ると、体中から血を噴出して倒れた。これで3匹。
「景気づけに、マズハイッパーツ!」
 全身が金属化した立浪は真っ赤な刀身をした壱式を振り下ろす。ゴブリンの腕を切り落とすと、返す刀で足を薙ぎ払った。
 膝を付いたゴブリンに、とどめの一撃を叩き込む。4匹。
「ははっ、日本の傭兵ってのは派手好きなのか? 今回はいいが、隠密作戦じゃ一緒になりたくないな」
 ジョージはM4A1をフルオートで撃ちながら笑い、美環の背後に近づいてきたゴブリンが開けた口に、アーミーナイフを投げつける。
「いや、皆が皆、派手好きってわけじゃないんですが」
 微笑を崩さないまま、ナイフに気を取られたゴブリンの膝へ、フルージアを一発。
 倒れたところにイアリスを突き立てて命を奪う。5匹目だ。
「面白いじゃないですかー。こっちも士気があがってきたー!」
 マークの機関銃が火を吹く。空気を裂く爆音のような銃声が響き、銃弾が混乱するゴブリンたちの体を蜂の巣にする。
 その脇を通って、銃撃で弓を破壊されたゴブリンが怒り狂い、運悪くリロード中の御山に殴りかかった。
 優雅に黒髪をなびかせ、まさに紙一重で一撃をかわす。
「貴様等にくれてやる首は一つも無い」
 ゴブリンを足蹴にし、そのまま宙返りして着地。すると同時に再装填したサブマシンガンを放った。6匹。
『ギギガッ!?』
 瞬く間に仲間を6人失い、劣勢に焦ったゴブリンのリーダー格は腰につけていた角笛を取り出して吹いた。
 見た目とは裏腹に、高い音が周囲にこだまする。
「よし、後は犬どもがうまく引っかかってくれれば‥‥」

 角笛の音に、西側の木から東側の木へ、セドナがウォンに光で合図を送る。
 ウォンは傭兵たちに音を出さぬよう、ハンドサインで伝えると、周囲の気配を探った。
 林の中を無数の影が駆けてくる。金色の瞳と血のように赤い舌を突き出し、2mもの巨体を犬のように四足で走る姿が、スコープ越しに映った。
 傭兵たちはワーウルフの風下にいる。いくら鼻がいいとはいえ、こちらから動かない限り相手に気づかれることはないだろう。
 木の上にウォン、赤霧、クラーク、翠の肥満の4人が待機。
(「お腹減ってきました」)
 空腹をこらえる赤霧の横で、クラークが神経を研ぎ澄ます。
(「こうしていると、米軍時代を思い出しますね。周囲の環境と一体化し適合せよ‥‥か」)
 ふと隣を見ると、まだ翠の肥満が高さのせいでいまだに集中できずにいた。
(「翠の肥満さんとは最近よく依頼で顔を合わせることが多いですね。頼りにしてます」)
 励ますように言うと、翠の肥満も落ち着きを取り戻したようだ。
 もう一本の木の上では、ファルロス、水流、神無月とセドナが陣取っていた。
(「冷たっ‥‥クソっ、雨具持ってくれば良かったよ‥‥」)
 首に水滴を感じた水流。ゴーグルを付けて空を見上げると、黒く分厚い雲から雨が勢いを増して降り注いできた。
 元々こんなこともあろうかとレインコートを着用していたファルロスは、手を冷やさぬようコートの下に入れて敵を待った。
(「でもこれでさらに発見されにくくなりましたね」)
 神無月の言うように、音と匂い、さらに視界を奪う雨は、傭兵たちに恵みの雨となる。
 しかし、良いことばかりではなかったようだ。ウォンが草原へと眼を向けると、アルファチームが数匹撃破したにもかかわらず、ゴブリンの数が増えている。
 角笛を聴きつけた増援が駆けつけてきたのだ。
 早くワーウルフが罠にかからないと、爆破前に白鐘たちはやられてしまうだろう。
 傭兵たちは急く気持ちを抑え、ただただ待った。
 時間が長く感じられた。近づくに連れて大きくなる足音と雨音が重なってもどかしい。
 失敗か? と思われたそのとき、ウォンが手を上げ、セドナへと光で合図を送った。
 ワーウルフが、姿を現す。足元の泥をものともせず、かなりの速度で接近してきた。
さらに1匹、2匹と数を増やしていく。
 罠まで後2メートルといったところで、先頭の1匹が足を止めた。
 鼻をひくつかせ、周囲の匂いを嗅ぎ取ろうとする。雨で流されたとはいえ、地面に残った匂いまで判別できるのだろうか。
 仲間たちに一声吼えると、集団で周りを嗅ぎまわり始めた。
(「後もうちょっとなのに‥‥!」)
 神無月は堪え切れなさそうにトリガーに指を乗せた。だが、ここで撃ってしまっては狙撃手失格だ。
 雨音に包まれた、音のある静寂。緊張が張り詰める。

『ぐぅ〜〜〜〜〜』

 根元にいたワーウルフが、木の上を見上げた。
(「ご、ごめんなさい〜!」)
 静寂を破ったのは、赤霧の腹の音だった。
 すぐさまセドナが反応した。葉を詰め込んで音と発射炎を抑えた銃口から、3発の銃弾が放たれる。
 1発目でワーウルフの眼球を、2発目で仰け反った喉を、3発目で重心を崩した足を。
 ワーウルフはクレイモアの射程の中へと、倒れこんだ。
 雨音を貫く炸裂音。数百、数千の小さな鉄球が、ワーウルフたちを襲った。
「ファイア!」
 ウォンの掛け声と共に射撃が開始された。
「ピンチの後にチャンスありです」
 汚名返上とばかりに赤霧が弓を引いた。しかし、相棒であり信じるべき友である弓が、雨の中では軌道が安定しない。水分を含んだ矢羽や落下してくる水滴が障害となってしまった。的中に影響はでないが、急所へと致命打を放てない。
 クラークは翠の肥満と火力を集中し、敵の各個撃破を狙った。
 クラークがSMGで敵の身動きを止めたところへ、翠の肥満がライフルで仕留める。
「1匹目!」
 ライフルを構えた翠の肥満は、すでに微動だにしなかった。さすが狙撃手、といったところだろうか。
 反対側では、ファルロスの真デヴァステイターが火を噴いていた。
 大ぶりの拳銃から放たれた3発の銃弾が、ワーウルフの銀色の体毛を赤く染めていく。
 さらに水流と神無月のショットガンが雨あられのごとく降り注いだ。2匹目が力尽きる。
 敵に気づいたワーウルフたちが、傭兵たちを落とそうと木に体当たりを始めた。
「これはやばいって!」
 翠の肥満は慌てて落ちないように木にしがみつきつつも、体当たりしてくる敵に一撃を加えるのを忘れない。
「降下して戦うぞ!」
 ウォンが閃光手榴弾の安全ピンを抜いた。
『フラッシュ!』
 傭兵たちは思わず目をつぶる。2秒間、短い間だが小さな太陽が地上に落ちてきたような眩い光が周囲を包んだ。
 その閃光に背を向けて、素早くロープで降下。傭兵たちのつけている暗視ゴーグルは第三世代のもの。赤外線を見ているので、直接光源を見ない限り視力を奪われることはない。
 だが暗闇に眼が慣れていたワーウルフたちには効果覿面だ。突然の光に再び混乱し、降下中に攻撃されずにすんだ。
「余所見してたら頭が吹き飛ぶわよ♪」
 神無月が戸惑うワーウルフに接近、頭部に至近距離からショットガンを放ち、絶命させる。3匹。
「こりゃ、負けてられないね」
 水流は攻撃してきたワーウルフの足目掛け、ショット。リロードしつつ、ストックで横顔をぶん殴り、さらにヘッドショット。4匹目だ。
 泥と血が傭兵たちを汚していく。雨はますます強くなっていった。

 アルファチームの背後で爆音が聞こえると、すぐさまジョージは撤退を指示した。
「マーク! 先頭に立って薙ぎ払え! 仲間を撃つなよ!」
 ラジャと返事をするやいなや、恐るべき速さで駆け出すマーク。
「‥‥お前たちの相手はここまでだ」
 飛び掛ってきたゴブリンを一刀の元に切り捨てると、白鐘はそのまま反転。
「クッソー、アメモドロモキライナンダヨ!」
「鬼さんこちら、手のなるほうへ♪」
 関節部分に泥が混じりこみ、動きが阻害された立浪を、鷹司が支援しながら後退。
「レディーファーストだ、お嬢様。先に行きな。俺はもう少し、数を減らす」
「‥‥」
 お嬢様と呼ばれたのが、腹に立ったのか照れたのかわからない無表情のまま、御山は銃を撃ち続けた。
「‥‥ったく、俺に付き合って逃げ遅れても知らんぞ」
 迫りくるゴブリンたちの足元に榴弾を発射すると共に、二人は撃ちながら後退を始めた。

 アルファ、ブラボーの2チームの挟撃に、ワーウルフたちは次々とその数を減らしていく。
 だが、誤算はゴブリンたちの数だ。うじゃうじゃとどこからか沸いて出てきて、ジョージと御山の背後に迫る。
『ウォン! 俺たちが通った後では間に合わん、先に爆破しろ!』
「ラジャ」
 無線を聞いたウォンはC4のスイッチに手をかけたが、それを赤霧がとめた。
「待ってください、二人を見捨てるっていうんですか!?」
「隊長命令に従うまでだ。2つの命の為に12人の命を捨てるわけにはいかん。お前らも早く撤退しろ。マークとセドナが先導する」
「仲間を見殺しにはできないわ」
 神無月も動こうとはしない。他の傭兵たちも撤退せずに、援護射撃を続けていた。
「馬鹿どもが‥‥状況を冷静に判断することすらできんのか。巻き込まれても知らんぞ」
 二人の制止を無視し、ウォンがスイッチを押す。巨木が轟音を響かせて、ゆっくりと重なるように倒れた。
「そんな‥‥」

「御山!」
 ジョージは先に走る御山に追いつき、目線で合図しつつ追い越した。足場がぬかるんでいない部分を探し、立ち止まって手を組む。
 御山は意図を理解し、速度を上げて全力で走る。タイミングを合わせ、ジョージの手に足を乗せると、大きく跳躍した。
 2本の大木を飛び越えて着地。
 御山を持ち上げ、すぐさまジョージも駆けた。
 手榴弾のピンを抜き、ゴブリン目掛けて投擲。腰に挿した分厚いナイフを、渾身の力で木に目掛けて投げる。
 突き刺さったナイフの腹を足場に跳躍する刹那、背後の爆風に飛ばされて木の上を跳び越した。
 が、着地は失敗し、泥の上に叩き落される。
「くそっ‥‥ボンドみたいには行かないな。お前ら、何やってる!? さっさと走れ! 奴等迂回してくるぞ!」
「流石、『ラッキージョー』の異名は伊達じゃないです、ね」
「急げ、急げ、走れッ! 基地に帰り着いたら多分、美味いメシと牛乳が待ってる!」
 木を乗り越えようとするゴブリンを、赤霧の矢が撃ち落す。
「今度こそ! 曲射は弓の特徴です! これで暖かいスープが美味しく戴けます!」
「そうですね。イザナミのように黄泉の物は口にできませんし、この地獄からおさらばしましょう」
 美環の言葉に皆うなずき、傭兵たちは笑いながら走り出した。

 負傷多数、死者はなし。しかし‥‥。