●リプレイ本文
●Attack Of the Killer Poteto!
「私がこの研究所所長のスメラギです‥‥」
日本的なお辞儀による挨拶で、スメラギ所長は傭兵たちを迎えたが、心中では激しく動揺していた。
エミタを埋め込まれた能力者は彼も知っていたが、地下農場勤めの彼は直接能力者と接する機会がなかった。
ゆえに、目の前にいる8人が能力者と信じられなかった。
鋼を編みこんだような美しい筋肉をしたエクセレント秋那(
ga0027)は、まだいい。筋肉が見せ掛けでないことが、彼にもわかった。
しかし、凡そ防御という観念からかけ離れた、露出の高い格好をしたエスター(
ga0149)や、セーラー服を着込んだ幼いリリィ(
ga0486)とグラビアアイドルのハルカ(
ga0640)、体操服にブルマ姿の三島玲奈(
ga3848)が能力者とは誰も信じないだろう。
男性のほうも、まだ経験が浅いと見える風戸 悠(
ga2922)、女性陣の格好に赤面している吾妻 大和(
ga0175)や、一見女の子かと見間違える月宮 瑠希(
ga3573)の3人だ。スメラギが一抹の不安を抱くのも無理はないだろう。
「こいつらで大丈夫か? って顔してるッスね〜。あたしらこれでもプロッスから。どーんと任せてくださいッスよ!」
エスターが元気に胸をドンと叩いて見せた。スメラギは、はぁと気のない返事を返す。
「こんなところまでバグアの手が入ってるなんてね。まぁ傭兵は傭兵の仕事をするだけさ。中の状況はどうなっているんだい」
「内部の状況は依然掴めていません。通信も途絶えたままです」
「通信機とカードキーは? 連絡が取れないと見動き取れないですから。じゃがいもと一緒に焼かれるなんて勘弁してもらいたい」
「用意しておきました。カードキーは人数分、通信機は3つ。こちらはファーム内の通信機器を直すための道具です」
スメラギは各々にキーと道具を渡すと、使い方をざっと説明する。通信機は秋那、風戸、月宮の3人が受け取った。
傭兵たちは管理室の机に広げられた第四ファームの地図で、改めて作戦を確認することにした。
「ファームへの入り口はちょうど北になります。管理室はここ、北東にあります」
「最初は皆で管理室へ向かって、私と秋那さんが残って防衛します。通信機で連絡できない場合はシグナルミラーを使いますね」
「僕と大和さん、玲奈さんの3人で、管理室から西側へ探索します」
「僕とリリィさん、エスターさんの3人は南東側から南西側へ探索するんですね」
生存者と接触した場合は管理室へ送り届けるか、緊急の場合はそのまま入り口を開いて隔壁の中へ避難してもらうことにした。
スメラギも隔壁に逃げ込んだ生存者はすぐさま救助するように手はずを整える。
「隔壁開けたときに敵が侵入しないように、注意しないとですね」
「事件が発生したとき、第四ファームに勤務していたものは全部で7名です。その内1人は敵に襲われた可能性が高い」
「非戦闘員を襲うなんて‥‥。早く助け出さないと」
早急な行動が必要だった。作戦会議もそこそこに切り上げ、8人は第四ファームへ続く廊下へと案内される。
スメラギが壁にあるカードキーリーダーにキーを通すと、厚さ10センチほどある隔壁が開いた。
次の隔壁は5メートルほど先にあり、壁には防護服が掛けられている。
「第四ファームの空気を調べましたが、特に異常は見られませんでした。防護服は必要ないと思われます」
「こんなセンスのない服を着ないですんで良かったわ」
愛くるしい笑顔とともに少し毒の混ざった言葉を吐くリリィに、
「まるで遠足に行くみたいやな。不謹慎かもしれへんけどな」
と、うきうきした表情の玲奈は緊張も見せずに次の隔壁をくぐっていく。
「救護班はここで待機してもらいます。‥‥皆さんには申し訳ないですが、もし24時間以内に連絡がなかった場合、生存が絶望と判断し、被害の拡大を防ぐためファームを焼却処分することになります」
スメラギは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。自分のミスでこの事態を引き起こしてしまったという罪悪感が彼の心を押しつぶそうとしていた。
「大丈夫、誰も死なないし、誰も死なせないさ」
秋那がスメラギの肩をぽんと叩き、開かれた3枚目の隔壁を通過した。
8人の姿が隔壁で閉ざされ見えなくなるまで、スメラギは頭をあげなかった。
●第四ファーム
3枚目隔壁と4枚目、ファームへと続く隔壁の間に、8人は立った。
敵の情報が不確かなため、すでに各々武器をとり臨戦態勢を取る。その姿はまさしくバグアと戦う能力者のものだった。
「開けるよ」
大和が片手でカードキーを機械に読み取らせる。3枚目と同じ構造の隔壁であるが、ゆっくりと開いていく様子はどこか異世界へ続く扉を連想させた。
第四ファームの様子が、8人の視界に飛び込んできた。
が、そこにあったのは、地上にあるものと大して変わらない、豊かな土と整然と植えられたじゃがいもの苗。
敵が襲ってくる気配はない。
「敵の姿はないな。普通のじゃがいも畑みたいだ‥‥」
風戸が安全装置の外れたスコーピオンを構え、上下左右を警戒する。
「お気に入りの靴が土で汚れてしまいそうね」
リリィが口元を歪めながら農場の土を踏みしめたときだった。地中から一本の根が、彼女の足に纏わりつく。
重心を崩されたリリィの身体は、そのまま後ろへ倒れることになった。幸い、土の上だったため衝撃が吸収され傷はなかったが‥‥。
「これが通信で言ってたじゃがいも?」
月宮が動揺を隠し切れない声をあげた。土の中から根と、丸々と大きく育ったじゃがいもが、次々に顔をだしてきた。
『うじゅじゅゆぅう』
「イモだーーーーーッ!」
普通よりも一回り大きいじゃがいもは、微妙に振動してどこからか奇妙な音を発し、傭兵たちを威嚇しているようだった。
日常的に目にしていた、昨日の昼にも自分たちの腹の中に入ったであろう、じゃがいもが、襲ってくるという奇妙な事態に、流石の傭兵たちも恐怖を覚えた。
だが、
「‥‥‥‥この野郎」
肩を震わせ、手に持ったバトルアクスを力いっぱい握り締め、怒気を発するリリィには、そんなことは全く関係なかった。
「薄切りにしてポテトチップにしてやるぜ!」
小さく幼い体の、どこにそんな力があるのかと疑うほど、力強く素早い一撃が地表のじゃがいも共を薙ぎ払った。
その一撃に続き、他の皆も応戦し始める。冷静に考察すると、じゃがいもは身体の中心から裂けた口で噛み付いてくるだけだ。
言葉を持つようだか、知識は高くないらしい。飛び掛ってくるだけで、単調で本能的な動きだ。
「もー、うっとおしーーっ!」
ハルカが大声で叫びながら、地表にドリルスピアを突き刺すと、周囲のじゃがいもたちに繋がった根っこを巻き取り、ねじきり、粉砕した。
続いていたじゃがいもの攻撃が、この一瞬ひるんだ。8人は好機を逃さず、管理室へと駆け出した。
傭兵たちが進んでいく先々で、土から次々とじゃがいもが這い出てきた。背後からは根からちぎれたじゃがいもたちが転がって追いかけてくる。
「えぐる様にして、撃つべし撃つべし!」
玲奈、エスター、風戸の銃が火を噴き、追いすがってくるじゃがいもたちを打ち抜いていく。
リリィ、大和、月宮の剣撃が、前進を拒もうとするじゃがいもの根を両断する。
次第に周囲のじゃがいもの数が減っていった。
「あそこに車があるッスよ! ダッシュッス!」
エスターが指差した先には、収穫したじゃがいもを乗せるためのトラックが置かれていた。幸いなことに、荷台にはじゃがいもはいない。
「すぐに乗り込んで! 出します」
風戸が運転席に乗り込み、エンジンをかけた。エスターは荷台の後方に位置取り、じゃがいもをトラックに近づけぬよう打ち続ける。
助手席に玲奈が乗り込んできた。ドアを閉めると、間一髪でじゃがいもが窓に激突してきた。
「風戸さん、あなた運転できるんですか?」
「孤児院で少し」
最近は少なくなってきたマニュアル車を、エンストさせずに発進させる。
じゃがいもたちは車に追いつけず、見る見るうちに見えないほど離れていった。
どうやら、全てのじゃがいもが襲ってくるわけではないようだ。傭兵たちは一息つき、銃のマガジンを取り替えた。
「本当にじゃがいもが襲ってくるなんて‥‥」
「正直、信じられなかったですが。こうして目の前で見せられるどころか襲われると」
「信じるしかないッスね」
5分も車を走らせると、無事管理室までたどり着いた。管理室の回りは土がなく、金属の床が露出している。
トラックが他に2台止められていて、生存者の探索に利用できそうだ。
「早速、通信機器を修理して連絡しましょう」
中に入ると、一人の男性が傷を負って倒れていた。おそらく、最後の通信を送ってきた人だろう。
「大丈夫ですか? 助けにきました! もう安心ですよ♪」
リリィが先ほどの怒りの形相とは打って変わった、天使の微笑とともに助け起こすと、男は苦痛に顔を歪めつつ目を覚ました。
「あ、あなたたちは‥‥?」
「UPCから派遣されてきた傭兵です。皆さんの保護に来ました。一体、ここで何が?」
男性は初めは混乱していたが、状況を理解すると、何が起きたのか説明しだした。
最初、管理室には彼ともう1人の男がいた。ここのモニターで異常が発見されたとき、彼はそのもう1人の男、今井に後ろから殴られて気絶してしまったのだ。
一旦目が覚めたときには通信回路は破壊され、すでに今井はいなくなっていた。
すぐさま非常用の回線を繋いで、中央管理室へ連絡を取ろうとしたとき、じゃがいもに襲われて、回線を切断されてしまったという。
「こんなの、ちょちょいの‥‥ちょい、や!」
話を聞きながら一番器用な玲奈が修理を試みると、中央管理室と繋がった。
「こちら第四ファーム管理室。スメラギ局長、応答願います」
『こちら中央管理室。無事管理室へたどり着けたようですね』
「どうやら今井研究員が首謀者と思われます。バグアに寄生されていたか、操られていたかは定かではないですが、
キメラ化したじゃがいもをこの中に紛れ込ませたのだと思います」
『そうか‥‥。神崎、お前は傭兵の皆さんの指示に従え。傭兵の皆さん、引き続き残り5人の生存者の保護をお願いします』
「わかった。すぐに探索に出発しよう」
初めに決めたとおりの班わけで、車にそれぞれ乗り込み、エンジンを掛けた。
管理室では、再起動させたモニターで生存者を確認し、スピーカーで呼びかけることにした。
『農場にいる皆さん、こちらは救助にきた能力者です。今から皆さんを保護しに向かいますので、声や笛の音が聞こえたら応答してくださいー』
ハルカの声がスピーカーから農場中に響きわたった。その音に反応して、じゃがいもの根が外で見張りをしていた秋那を襲ってきた。
秋那の腕ほどもある根っこが何本も彼女の身体を締め付けてきたが、
「ふん、トレーニングが甘いよ!」
秋那が丸太のように太い腕に力を込めて、根っこを引っ張ると引きちぎってしまった。
「ふわ〜、すごい筋肉ですね」
ハルカの驚嘆の声に、秋那はガッツポーズで答えた。
『生存者の皆さん〜UPCに雇われた能力者一行ッス〜。救助に来たので笛の音が近くで聞こえたら出てきて欲しいッス〜〜』
トラックの荷台に乗ったエスターが、管理室にあった拡声器を使って生存者たちに呼びかけた。
しかし、しばらくしても生存者は見当たらない。月宮からも連絡が入ったが、生存者は発見できていないそうだ。
「おかしいですね、これだけ呼びかけていますのに‥‥」
「身動き取れないのかもしれないな」
そのとき、風戸の運転する車がちょうど、部屋の中心付近へとやってきた。
初めに気がついたのは、助手席にいたリリィだった。
「風戸さん、あれ‥‥」
リリィが指差した先には、平坦な畑の中、小さい山ができていた。
いや、よく見ると、山ではなかった。
「おいおい、何だよ、これは‥‥」
部屋の中央にあったのは、巨大なじゃがいもだった。おそらく、これが大本になった一匹のキメラなのだろう。
何本もの根っこがその下から地中へ張り巡らされている。その根の側根に、5人の生存者が縛られていた。
『生存者5名を中心付近で発見。でかいボスも一緒です。応援を頼みます』
『もう来てるよ』
反対側から、トラックのクラクションが聞こえた。月宮たちだ。
『こんなの相手にしてたら埒があかない。生存者だけ救出しよう』
大和の提案に従い、できる限り生存者にトラック2台を近づけた。荷台にはスナイパーの3人が残り、他の3人が直接救助しにいくのを援護する。
「よっ、はっ、ほっ、それ、芋さんこちらっと」
大和が囮となり、
「じゃがいもは大人しく喰われてろってんだ!」
「夢霧幻(ゆむげん)流・氷霧!」
リリィと月宮が根っこを切り刻む。飛び掛ってくるじゃがいもたちは、スナイパーたちに打ち落とされた。
五人を縛った根を、リリィの斧が断ち切る。幸いなことに、呼びかけにより目を覚ましていた彼らは、自分の足で走ってトラックへと向かった。
「フォローがタイヘンなので急ぐ時は慌てずに急いでくれッス」
エスターが手を貸し、生存者たちをトラックの荷台に引き上げる。そのとき、巨大じゃがいもの根が大きく暴れだした。
『うじゅうじゅうゆうじゅううじゅじゅうじゅ!!』
言葉はわからなかったが、意思が伝わった。『食べ物』を取られて怒っているのだ。
「非戦闘員の皆さんは伏せていてください!」
銃を持っているものは銃に持ち替え、遠距離から中心にいる巨大じゃがいもへと逃げながらも集中砲火を浴びせる。
しかし、一向にひるむ気配がない。怒りに任せて根っこを地面に叩きつけると、一瞬トラックが浮き上がるほどの衝撃が地面を伝った。
管理室の秋那から通信が入る。
『あいつを倒すのは無理だ。合流して、中央管理室へ退避しよう』
「了解!」
攻撃を避けながら隔壁にたどり着き、まずは生存者たちを隔壁の中に逃がした。
その後、狙撃陣と運転手の風戸が囮となり、月宮たちは管理室へ向かい秋那とハルカ、神崎研究員の3人を回収した。
「こんな巨大な芋を食べたら、じゃがいもだけにぽてっと太ってしまうなぁ〜」
「でも、食料難問題は確かに解決ッスよ」
「そうやねー‥‥って、これじゃあ逆に食べられてしまうわ〜!」
エスターと玲奈は冗談を言い合いながら、巨大じゃがいもに銃弾を打ち込んだ。
ゆっくりと、隔壁が再び開く。生存者たちは4枚の隔壁を通り抜け、保護されたのであろう。
能力者たちはすぐさま、トラックを降りて隔壁の中へと転がり込んだ。
巨大なじゃがいもが暴れる姿が、10センチの隔壁で少しずつ見えなくなっていく。
それはまるで、奇妙な幻想への幕引きのように思われた。