タイトル:陽族の村―風土病マスター:遊紙改晴

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/31 22:32

●オープニング本文


●生水となま物には気をつけろ!

「あー、生き返る〜。暖かいシャワーがこんなにも素晴らしいものだったなんてな」
 兵舎近くにあるシャワー室で、アメリカ人のアーノルド・ワシントンが歓喜の声を上げた。
「俺は断然風呂派だな。シャワー室なんか作らずに銭湯を作るべきだ。シャワーなんて水浴びと変わらん」
 もう一つの個室に入っているのは、日本人の佐々木竜太郎。二人とも今依頼から帰ってきたばかりの傭兵だ。
「あんな誰が小便漏らしたかわからない、汚れだらけのお湯に入るなんて、考えられないね」
「てめえ覚えとけよ、後で日本の温泉に浸からせて、その言葉を撤回させてやるからな」
「そいつは楽しみだな。‥‥しかし、今回の依頼、報酬がいいから引き受けたけど、一ヶ月もあんな山奥で暮らすなんてもう二度とゴメンだね」
 二人が依頼で訪れたのは、中国の山奥にある陽族の村。
 死火山の火口にできたくぼ地に湖と森ができ、そこに陽族の先祖が移り住んだのだ。
 周囲を絶壁に囲まれたこの地は、外界から隔絶されていたが、バグアの侵攻によりこの村もキメラの脅威にさらされることになった。
 定期的にどこからかキメラが沸いてでてくるため、キメラの排除と原因の究明に、傭兵が一ヶ月という単位で交代で派遣されていた。
 二人は一ヶ月の任期を終え、ラストホープに帰ってきたのだ。
「可愛い世間知らずの女の子が一杯いるって、尻追っかけて喜んでたじゃないか」
「いやー、やっぱり女はボン・キュ・バンって感じのパツ金美女に限る。どうもアジア系の女の子は俺の好みじゃないんだ」
「下品な奴め」
「うるせぇな。そういうお前だって、あの子といい感じだったじゃないか」
「別に。イーファとはそんなんじゃない」
「いやいや。あの子のお前を見る目は普通じゃなかった。村を救いに外の世界からやってきた、愛しの騎士様かっこはぁとかっことじって感じだった」
「キモッ、こいつキモッ」
「はぐらかすなよ。お前だってまんざらでもなかったんじゃないか? 残りたかったら残ってもよかったんだぜ」
「‥‥」
 佐々木は黙って冷たい水に打たれていた。帰り際に泣きそうな顔で自分を見つめていたイーファの顔を思い出す。
 ガツン、とタイルの壁に頭をぶつけた。
(「幸せになんてなってはいけないんだ、俺は‥‥」)
 もう一度、強く。しかし、痛みは彼を罰することも、癒してくれることもなかった。
「それとも、まだあのことを気にしているのか? ‥‥お前や俺が責任を感じることじゃない。どうすることもできなかったし、生き残れただけ俺たちは運がよかったんだ」
「‥‥」
 だけど、と口に出そうとしたが、言葉にならなかった。額の傷のせいではない。身体中が燃えるように熱い。
 立っていることもままならず、壁に手を付こうと一歩踏み出した。
 水に濡れた床に足がすべり、そのまま頭全体を壁にぶつけ、身体ごと床に倒れる。
「生きてるってことは素晴らしい。それだけであらゆる死者よりもツいてるってことだからな。生きてる限り、人生楽しまなきゃ損だぜ。‥‥おい? 寝てるのか?」
 返事がないのを不思議に思ったアーノルドが、佐々木のいる個室を覗き込む。
 そこには頭から血を流して倒れている佐々木の姿があった。
「おい! 竜! 竜太郎! しっかりしろ! 待ってろ、今すぐ医務室に連れて行ってやるからな!」
 アーノルドは肩に佐々木の手を回し助け起こすと、全裸のままシャワールームを飛び出した。

「風土病だな」
「はぁ?」
 黒眼鏡をかけた艶かしい肢体の持ち主、黒川女医の言葉に、アーノルドは思わず母国語を発してしまった。
 ここは兵舎の一角に設けられた医務室の中の一部屋だ。
 前線から送られてきた負傷兵や、依頼帰りの傷ついた傭兵たちご用達。可愛い白衣の天使から美男子の医者まで、話の種は尽きない場所だ。
 もちろん、素っ裸のアメリカ人美男子が日本人偉丈夫を連れて駆け込んできたことは、看護婦たちにいろんな叫び声を上げさせ、しばらくの話の種を与えたことだろう。
「中国奥地に依頼で行ってきたのだろう? その土地にしかいない病原菌か寄生虫にでもやられているんだろう。ここで治療することはできない」
「ここは医務室じゃないのか? 治せないってどういうことだよ! 竜太郎の命を燃え尽きさせるつもりか!」
「やかましい奴だ。ここは医務室だ。だから静かにしろ。‥‥治せないとは言っていない。ここで治療することができない、と言ったんだ」
「つまりどういうことだよ」
「風土病の原因を調べてくればいい。現地民は風土病に対する耐性か、対処法を知っているはずだ。それがわかればここでも治療をほどこすことができる」
 アーノルドはすぐさま立ち上がって、出て行こうとしたが、その手を黒川に掴まれた。
「どこにいくつもりだ?」
「もちろん、治療法を見つけに」
「だめだ。お前も感染している可能性がある。医者として、検査が終わるまでお前にも入院してもらう」
「俺は大丈夫だ、戦友が死に掛かってるっていうのに、病院のベッドでぐっすりおねんねしてろってか? ふざけるな!」
 黒川は手を振り払おうとしたアーノルドを、合気道を使ってそのまま床に投げ倒した。
「何しやがる、離せ!」
 暴れるアーノルドを無視して、いつの間にか現れた看護婦たちに鎮静剤の注射を指示する黒川。
「私の医務室に来た限り、奴も貴様も私の患者だ。勝手に死なれては困る」
「じゃあ誰があそこにいくって言うんだ!?」
「傭兵にでも頼めばいいだろう? お前たちと同じ、な。それくらいは私がやってやる。おとなしく寝ているんだな」

 UPC本部のモニターに、新たな依頼が表示された。

●依頼 治療法を探せ
 中国奥地にある陽族の村に行き、風土病の治療法を探してくること。

●参加者一覧

鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
サーシャ・ヴァレンシア(ga6139
20歳・♀・ST
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
M2(ga8024
20歳・♂・AA
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN

●リプレイ本文

●遠方より傭兵来る。

 気象によって数千年かけて削りだされた岩場が、傭兵たちの目の前にあった。
「今回は山登り‥‥なんて生易しいものじゃなさそうですねぇ」
 フェイス(gb2501)が苦笑いして煙草を咥えた。この断崖絶壁を超えなくてはならないと思うと、ぎっしりと荷物の詰まったバックパックがさらに重く感じられた。
 鳴神 伊織(ga0421)は枝毛一本ない艶やかな黒髪を、邪魔にならないように簪で後ろに纏めた。
「アーノルドさんから話を聴いておいて正解でしたね。水を多めに持ってきてよかった」

『本当なら俺が付いていきたいが、あの○○○がここから出しやがらねぇ』
 傭兵たちはまず、隔離病棟の中で眠る佐々木とアーノルドに情報を聞きにいった。
 完全気密の部屋の中で、アーノルドが口惜しそうな顔で電話に出た。
「現地で何を飲んだり食べたりしましたか? 後は接触した人や、行動で感染の経路になるような覚えはありますか?」
 治療法の発見に熱意を注ぐサーシャ・ヴァレンシア(ga6139)は、出来る限り詳細な行動記録を要求する。
『いや、持ち込んだ物以外は、水も食糧も加熱殺菌してから摂取していた。佐々木とは常に一緒に行動していたから、人からの感染もないと思う』
「‥‥風土病か、やっかいだよな。竜太郎さんの体力がどれぐらい持つかわからないからなるべく早めに行かないとな」
 病弱な弟を持つカルマ・シュタット(ga6302)は、病院にいい思いがわかない。閉鎖された白い病室に、嫌悪感を覚えて目を逸らした。あそこに寝ているのが弟でないことに、ほっとする反面、恐怖を抱く。
「症状と感染経路次第では対処法見つけないと私達もアウトだな」
 そう呟く御山・アキラ(ga0532)は、無意識に口元へ手が動いていた。自分の拳でどうにかなる相手ならば、どんなに強い者とも怯まず戦える自信があるが、正体不明の病が相手ではどうにもできない。
「原因が分からないもの程怖いものはないわね」
 太腿まである長い髪に触れながら、緋室 神音(ga3576)は感染経路について考える。佐々木だけ摂取し、アーノルドが免れた何かがあるのではないだろうか?
「佐々木さんだけ接触していたものや人、何か思い当たりませんか?」
 M2(ga8024)は原因がわかるように、病院から抗菌の手袋と密封できる袋を貰い、サンプルを採取しようと考えていた。
『気になることもあるけど、竜じゃなくて俺のほうだしな。あいつは女の子に手を出しちゃいないだろうし‥‥っと、失礼、レディ』
 女性陣の表情に怒りと軽蔑を素早く察知。
「現地に傭兵以外で情報を得ることのできる相手は?」
 南雲 莞爾(ga4272)は現地での聞き取り調査を中心に動くつもりだ。
『ああ、村の長老は公用語が話せる。彼に通訳を頼むといい。あ、イーファもそうだな』
「イーファ?」
『長老の孫で、村に来た傭兵の世話係だ。竜の奴と仲良くしてたから、何か知ってるかもしれない』
「わかった、話を聞いてみる」
『行くまでの道がかなり険しい。準備しておけよ』

「険しい道って‥‥道もクソもないじゃないか」
「これはまた‥‥絶景なんですが、眺めてられないですね」
 南雲とフェイスの言葉は正しかった。山を登っていくための通路は、岩肌に作られた木と竹で作った足場だけだ。しかもかなり年季が入っている。
 傭兵たちが打ち付けていったと思われる鎖もあった。悪路、というより辛うじて通行が可能、といったレベルだ。
「この荷物で通ったら崩れそうな気が‥‥」
「かといって置いていくこともできませんしね」
 糧食を破棄すれば移動速度も向上する。村へは片道三日、糧食を切り詰めることもできるだろう。だが、今回は風土病のために村での補給は望めない。
「急いては事を仕損じる。慎重にいこう。急いで谷底に落ちたんじゃ、元も子もない」
 M2の言葉に皆頷いた。命綱を互いの体に結びつける。4:4の2チームにわかれて結ぶことで、全滅の危険も回避する。どこかで足場が落下しても、仲間が助けてくれると信じて。
「この足場だと、流石に刀は使えませんね」
「ああ。悔しいがキメラが現れたら銃に頼るしかないな」
「スコーピオン持って着ておいて正解ね。慣れない武器だけど頼むわ、アイテール」
 鳴神と御山、緋室の三人は愛用の獲物の代わりに銃を取り出し、動作を確認する。他のものもそれに習った。
「今回は私のスパー君も大活躍の予感ですね」
 サーシャも自分と同じ赤いリボンをつけたスパークマシンを取り出して整備する。
 全員気を引き締め、人の侵入を拒むかのように作られた天然の要塞へ、一歩を踏み出した。

 傭兵たちを襲ったのは、キメラではなく、中国の自然だった。
 肉食の猛禽類が、傭兵たちを獲物と認識して襲ってくるわ、落石がすぐ側を通過していったり、谷に吹く強風で煽られ、あわや落下という危機もあった。
 幸い、天候が崩れて雨が降ってくることはなかったので、一日中変化する美しい景色を眺めることができ、傭兵たちの心を和ませた。
「中国の自然は凄いな‥‥中華四千年ってやつかな?」
「日本の山や木は古代から手を加えられてきたといいますが、中国の山は本当に自然によって作られたという気がしますね」
「確かに。この人間を拒むつくりは、人間には考えられませんね。陽族の人はよくこんなところに住めますね‥‥」
「村のある死火山は、まだましなのかもしれませんね」
 先頭を行くカルマの懸念は、夜になることだ。ある程度の広さがないことには、こんなところで一晩明かすことなぞ考えられない。プロのフリークライマーは岩壁に釣った寝袋で眠ることができるそうだが、あえてそんな危険な経験を味わおうとは思えない。
「もうすぐ夕方だ。どこか休める場所があれば、そこを動かないようにしよう」
「動くな!」
 話の脈絡を無視したフェイスの言葉に、全員がわけもわからず静止する。
 フェイスがベストのホルスターに固定したアーミーナイフを握り、投擲した。
 三回転して岩肌に突き刺さったナイフは、鳴神を狙っていた毒蛇の体も共に貫いていた。
「夕飯のおかずが一品増えたな」
 御山が手を伸ばし、ナイフを取ってフェイスに返すと、毒蛇の首を絞めた。料理の腕も確かな彼女のことだ。上手く調理してくれるだろう。
 
 カルマが運良く岩穴を見つけたのは、その一時間後だった。日没前にキャンプできる場所に到達できたことは幸いだ。
「UPCから貰った地図だと、ここが岩壁寺院みたいだな‥‥」
 岩穴は傭兵たちが背を伸ばしたまま入れるほど広かった。奥にいくと南雲の言葉通り、岩肌に掘られたいくつもの像があった。何世紀も前にここを訪れた陽族たちが、ここを塒にしてあちこちの岩壁に神々の姿を刻んだのだ。
 今となってはそのための竹の通路も岩壁の神々の凹凸も、傭兵たちのいい足場に使われることになった。

 太陽が沈み、ランプの光が闇とせめぎ合う頃。洞窟内に文明の薫りが漂いだした。
「皆、珈琲が入った。飲んでくれ」
 サーシャは塩珈琲だったな、とカルマが淹れた珈琲を傭兵たちに配っていった。
「ありがたいです‥‥。ふぅ‥‥。煙草と一緒に、任務を終えてからもう一度戴きたいですね」
 珈琲好きなフェイスは心底嬉しそうな顔で、珈琲を飲み干した。
「こっちもできましたよ」
「量は少ないが、味には自信がある」
 夕食を任されていた御山とM2が、ガスコンロで作ったシチューを器によそる。
 湯を入れれば作れるインスタントのものだが、調味料を加えて一工夫することで、味がぐっとよくなる。蛇の蒲焼も見た目とは裏腹に、味は絶妙だった。
 胃袋を満たしたら、寝る。身動きが取れない今、体力回復に努めるのが最善だ。
 二人一組、1時間半ごとに交代して6時間の睡眠をとった。

 翌日は最悪だった。強風と豪雨が、傭兵たちを襲ったのだ。
 足場と岩肌は水で滑りやすくなるし、縦横無尽に吹き荒れる風は、傭兵たちを壁から引き剥がそうとしたと思ったら、岩壁に押し付け身動きを取れなくする。
 特に体の軽い女性陣は、全員が一度は風に飛ばされ、仲間に命綱で引き上げられる恐怖を経験することになった。
 亀の歩みでそれでも辛うじて前進する。気まぐれな空模様も一日で傭兵たちをいじめるのに飽きてくれたらしい。三日目は順調に進むことが出来た。
「村についたら、髪の毛を洗いたいな」
「全くもって同感です。お風呂にも入りたい‥‥」
 御山と鳴神が愚痴を零した。文明社会が懐かしい。自分たちは音速で飛行し変形してバグアを倒す最新兵器KVに乗る傭兵なのに、何故こんなところでお風呂にも入れずに死線すれすれの道を歩いているのだろう?
「自慢の髪が泥と埃だらけだ」
「私なんて、電撃のせいでちょっとこげちゃってますよ」
 二人の不満に、緋室とサーシャも全面的に同意した。
「女の子は強いなぁ。こんなところに来て死にそうな目にもあったってのに、髪の毛の心配だなんて」
 吸殻を口に咥えて苦笑するフェイス。彼の表情にも疲労が見て取れた。
(今度は無香性の香水も持っておこうか‥‥)
 片思いの相手が側にいる南雲は汗臭さが気になっていたが、全員同じようなものだった。バックパックに当たる背中には塩が噴出し、日に焼けて顔は赤黒くなり、髪はがちがちだ。
「みんな。あれ」
 カルマの指差した先に煙があがっていた。陽族の村だ。
 秘境の地にある寒村でも、今では極楽浄土に見えた。
 道も太くなり、足取りも軽く、皆村へと走る。
 だが、聞こえてきたのは銃声と悲鳴、香るのは硝煙。
「敵だ!」
 数分前までの疲労に満ちた表情から一転し、戦士の顔へ。
 銃を撃っていたのは、現地に留まっている傭兵だった。
「掩護する!」
「思わぬ助けがきたな、ありがてぇ! 敵は一匹、ドラゴンタイプだ、吐く炎に気をつけろ!」
 もう一人の傭兵は村人たちを湖へと避難させていた。サーシャとM2、カルマと鳴神が手伝う。
「皆さん、こっちです!」
「慌てず騒がず避難してくださいー!」
 サーシャは村人の中で、皆を誘導する女の子を見つけた。直感だが、彼女がイーファだろう。
 カルマがショットガンで牽制しつつ、彼女の周りに集まった。
「佐々木さんのことで来たのですが、‥‥今はそれどころじゃなさそうですね」
「ササキ? ササキなにかあったですか?」
「避難するのが先。案内してくれ。俺たちはそっちを護る」
「わかりました」
 村の中央へドラゴンが舞い降りた。紅い鱗に覆われた体は、なかなか貫きにくそうだ。
 南雲が瞬天速で一気に間合いを縮めた。飛行能力を奪おうと翼へ一刀振るったが、羽ばたいて回避される。
「こいつ、なかなか素早いな」
「アイテール‥‥限定解除、戦闘モードに移行‥‥!」
 緋室がエミタ:アイテールに優しく口付けし、月詠を握った。覚醒し、背中に虹色の翼を背負う。
「皆、掩護して!」
「了解」
 フェイスのフォルトゥナが火を噴いた。が、空を飛ぶドラゴンはかなりのスピードで当たらない。第二射目も外した。
 ドラゴンがリロード中のフェイス目掛けて急降下してくる。間に入る南雲。
 襲い掛かる爪をかいくぐり、一撃。
「後の先をも等しく断つ‥‥これが、天剱――――絶刀」
 ドラゴンの足元に深く傷をつける。怒りに狂ったドラゴンは、火球を吐き出しながら再び急降下してきた。
「アキラ、頼む」
「わかった‥‥!」
 御山が覚醒し、緋室を空へと放り投げた。カタパルトから射出されたように空高く舞い上がった緋室と、ドラゴンが交差した。
「――剣技・桜花幻影【ミラージュブレイド】」
 二本の刀が閃いた。ドラゴンの背を蹴って、一回転して地面に着地する。
 緋室の一撃は、ドラゴンの片翼の根元を切り裂いていた。元々想像上の生き物に過ぎず、空を飛ぶには難儀な体だ。そのまま谷底へと落ちていった。
「夢幻の如く、血桜と散れ」
 刀を振って鞘に収める。宙に待った血油が、地に美しく咲いた。

「まずは礼を言おう。村を救ってくれて感謝する」
 傭兵たちは村にいた者も含めて、全員長老の家に集められた。長老は白髪白髭の老人だったが、眼光鋭く耄碌する気配も見せていない。
「あんな大物、今まで襲われたことはなかったんだが。どうなっているのやら」
「それも気になりますが、私たちは実は佐々木さんのことでこちらに来たのです」
 サーシャが塩珈琲を啜りながら、用件をかいつまんで説明した。
 この前村にきた傭兵の佐々木が、なんらかの病に倒れたこと。この村独自の風土病に感染した疑いが高いこと。治療法を見つけないと佐々木だけでなくこれから来る者にも感染する恐れがあること。
「何が感染源か、心当たりがあるなら教えて欲しいんです。サンプルを採取して、治療法を見つけないと」
「皆まで言うな。恐らく、わしの孫が原因だ。‥‥イーファ! こっちへこい!」
 老人が呼ぶと、奥からイーファがお茶を持ってやってきた。
『イーファ。佐々木に黒薙の実を食べさせたな』
 老人の言葉は現地の言葉で、何を言っているかわからなかったが、イーファを攻めていることは語気でわかった。
『‥‥‥‥』
『お前の気持ち、わからぬわしだと思うたか? アレは村人が成人の儀式に使うものだ。余所からきた者に食べさせてはいけないと、あれほど』
『でも‥‥私、竜にこの村にいてほしかった! 私は竜のことが好き! 私と結婚して、この村をずっと護ってもらいたかった』
『お前が決めることではない! それにこの村は我々が護らなくてはならない』
「あー、取り込み中すまないんだが、こっちにもわかるように言ってもらえるか?」
 地元語のわけのわからぬ会話に、業を煮やしたM2が口を挟んだ。
「すまない。佐々木の病は孫が原因だ。村の男が成人の儀で食する黒薙の実を、孫が佐々木に与えてしまったようだ。あれには寄生虫がいてな。このユユカササクサの茶を飲めばすぐに治る。持っていってくれ」
「このお茶の成分が寄生虫に効くんですね?」
「ああ。七日七晩高熱が続くが、茶を飲ませば命に別状はないはずだ」
 水筒にユユカササクサ茶を入れてもらい、念のためユユカササクサも一袋包んでもらった。
「帰りの道を案内しよう。イーファ、お前がついていってやれ」
『お爺様?』
『元々この村から能力者になれるものを送り出すつもりだった。お前には適性がある。彼らについていって、外の世界を見てくるのだ』
『お爺様‥‥はい!』
「‥‥やっぱり、何がなんだかさっぱりですね」

 無事治療法を手に入れた傭兵たちは、一日で街へと帰ってきた。
 村の湖から流れる地下水脈を通って、川にでたのだ。帰りにしか使えない上、村の者以外には危険きわまりない。
 物を輸送業者に手渡すと、傭兵たちは風呂に入って体中の垢と汚れを洗い落とし、清潔な服に着替えて白いシーツの布団に倒れこむと、泥のように眠ったのだった。
 一人の少女の決意も知らずに‥‥。