●リプレイ本文
●今日も今日とて訓練は続く
太平洋上にある島を改造した、UPC軍訓練場。通称鬼が島。
今日も水平線から日が昇る前から、島はざわめき始める。
夜間演習から戻ってきた訓練生が寝室へ向うのと入れ替わるように、傭兵たちがミーティングを終えて食堂へ向う。
「皆さん朝食の準備できていますよ! しっかり食べてきつい訓練を乗り越えるんです!」
エプロンドレスを着た愛らしい姿のフェリア(
ga9011)がちょこちょこと出てきて、皆をテーブルへと導く。
「フェリア、私より早く起きてたと思ったら、料理作ってたの?」
同じ部屋だったハルトマン(
ga6603)は小さな努力家に驚きながら席に着いた。
テーブルの上にはご飯・焼き魚・お味噌汁・納豆・卵といった和食が用意されていた。
「う‥‥納豆‥‥納豆は苦手なのです‥‥」
自称:よく訓練された猫のシーク・パロット(
ga6306)は、テーブルの上にある大豆発酵食品に強い拒否感を覚えた。ネギも傍に置いてあったが、猫を自称するシークにはネギの入った納豆ほど苦手なものはない。が、折角フェリアが用意してくれたものを食べないわけにもいけない。ネギを入れずに我慢して食べるしかないようだ。
「‥‥‥‥いただきます」
大して同じ猫でも虎の印象を与える西島 百白(
ga2123)は、出された物を黙々と口に運ぶ。
「兵士たるもの何時でも何処でもどんな物でも食して体調を整えるのもサバイバル能力です」
「神無月さん、その言い方だとフェリアちゃんの料理がレーション並の味だと言ってるみたいですよ」
神無月 るな(
ga9580)とみづほ(
ga6115)は隣あって席に着いた。その後ろから化粧し治してきたナレイン・フェルド(
ga0506)が現れた。
「うう、スタンのせいでメイク直すのに時間がかかったわ‥‥お腹すいたぁ」
1時間以上かけたメイクは、訓練が始まれば恐らくとれるのに30分とかかるまい‥‥。
「朝からスタングレネードなんて‥‥名前と真逆の使い方って‥‥」
鼓膜と脳をしこたま痛めた水流 薫(
ga8626)は、まだ頭を抱えていた。食欲がでないが、食べないと持たないのはわかっているので、食事を口に運ぶ。
「ヘイ、雑賀くん。一緒に牛乳でも飲まんか?」
「はい、師範」
翠の肥満(
ga2348)が瓶牛乳の蓋を取り、テーブルを滑らせると雑賀 幸輔(
ga6073)が見事に受け取った。師弟関係にある二人は呼吸もぴったりだ。黄金の液体の代わりに、雪色の生命の水で喉を潤す。
「ベイブ。火貸して。あと醤油とって」
「‥‥その渾名で呼ぶなよ、スネイク。私も持ってない」
蛇穴・シュウ(
ga8426)はミスティ・K・ブランド(
gb2310)から醤油を受け取ると、咥えた煙草を仕方なくしまった。目玉焼きに醤油で絵を描いてから箸をつける。
「軍の食事ってのはもっと不味いものかと思ったぜ」
冷静を装っている嵐 一人(
gb1968)だが、これから始まる訓練に熱意を燃やしていた。銃弾を吸い込むマシンガンのように飯を口に運んで咀嚼する。
「‥‥今回は女性も多いな。訓練以外でも楽しめそうだ」
くっくっく、と口の中で笑うのは、今回二度目になる錦織・長郎(
ga8268)だ。訓練場が男女別ではなくてよかったと思うのは、訓練生の中で彼だけではあるまい。
目玉焼きには塩か醤油かマヨネーズか、納豆にネギは入れるか、などという他愛もない会話をしながらも、皆胃袋に今日一度目のエネルギーを充電した。
●「戦場でもっとも必要なのは火器でもKVでもなく、信頼できる仲間である」
食事が終わると、再び傭兵たちは山崎軍曹の元に集合した。
「今日からお前らにはバディとチームを組んでもらう。2人1組、4人で1チームが基本だ。今日は14人だから、4:5:5に分かれてもらう」
「‥‥面倒‥‥だな」
西島がぼそっと呟いた。もちろん地獄耳の軍曹が聞き逃さないはずがない。
「傭兵の中には西島のような奴もいる。傭兵なんていうのは軍の規律の中で生きられない奴がなる職業だからな。だが、大規模作戦に置いて傭兵にも小隊制が導入されたように、バグアを滅ぼすには個人の傭兵が自分勝手に行動しているだけではだめだ」
まあ、歩兵として最前線で戦ったことのない奴にはわからんだろうがな、と付け加える。
「では西島さん、宜しければご一緒しませんか? 訓練は一人よりペアの方が効率がよかったりするものです」
心配性のみづほがバディをかってでた。他の者も今日の訓練で相棒となるものを探す。
「雑賀くん、よかったらこの指にとまらんか?」
「是非ともやりましょう、翠師範」
翠と雑賀は師弟ということもあり、すぐさまバディができた。コンビネーションも抜群だ。
「ナレインさん、性別違うけどバディ組めるのなら一緒にいかがですか?」
「パートナーになってくれるの? 嬉しいな♪ 一緒に頑張りましょうね♪」
神無月はナレインとバディを組む。身長に差があるため、二人で並ぶと美人姉妹のようだ。
「俺もシングルで来たからな。バディは探さないと‥‥」
嵐の目にシークのハート型の髭が写った。
「ん〜、じゃあシーク、一緒に組まないか? まぁフィジカル弱めのドラグーンだから苦労かけるがな」
「ぜひお願いしたいのです。お互い頑張ろうなのです」
「では、私も入れてもらおうか。3人組みなら人手で優位に立てそうだしな」
猫と竜、蛇の異種族バディがここに誕生した。
「ハルトマンさん、一緒憎みませんか? 低年齢バディなのです!」
「おっ! いいですね〜。もちろんOKなのです〜」
12歳と10歳という低年齢バディに、流石の軍曹も頭を抱えた。こんな子供にまで殺しの技術を教え込まないといけないほど、人類は窮状に陥っているのだろうか。
「残りは私たちか。ベイブ、水流君、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「だからその渾名はやめろと‥‥。ふぅ、2人とも宜しく頼む」
最後に残った蛇穴、水流、ミスティが組む。
「よし、ではみづほ、西島、ナレイン、神無月がアルファチーム、翠、雑賀、シーク、嵐、錦織がブラボーチーム、ハルトマン、フェリア、蛇穴、水流、ミスティがガンマチームだ。各人、装備を取りに来い」
チーム分けの間に軍曹は支給品の装備を用意していた。
14個分のベルゲン(頑丈な軍用リュックサック)が床に置かれた。ベルゲンの中には戦場で兵士が苦労せずにサバイバルするために必要なものが詰め込まれている。
サバイバルキットをはじめ、ワイヤー、懐中電灯、地図とコンパスに救急キット、小型無線機にレインコート、調理器具、三日分の食糧と水に着替え、寝袋。射撃訓練を終えればこれに火器や手榴弾、クレイモア地雷を携帯することになる。最終的には総重量は30〜40キロにもなるのだ。
さらに防弾ヘルメットに防弾チョッキ、軍用ブーツもそれぞれのサイズに合わせたものが用意されていた。(流石に身長の低いものは特注で用意しなければならなかったが)
「まずはベルゲンの中身を全て床に広げて、確認するんだ」
傭兵たちは慣れない手つきでベルゲンから荷物を取り出し、床に広げていく。
作業の途中で蛇穴が手を上げた。
「軍曹、煙草を入れてはダメですか、サー」
「煙草の匂いや煙、ライターの火で敵に気づかれることになる。傭兵の任務なら競合地域でなければそれほど神経質になる必要もないだろう。加えてもいいが、他の装備に匂いが移らないように防臭・防水の容器に入れておけ」
「イエッサー」
それに習うように、ナレインも手を上げる。
「軍曹、化粧品を入れてもいいですか。後下着が男物なんですけど」
「‥‥戦場で化粧する暇があるとでも? 血と汗と泥に塗れるのが兵士だ。平家物語の若君みたいに、笛を懐にいれて持ち歩くような風流人は戦場じゃ生き残れん。血以外で死化粧をしたいというのなら止めはせんがな」
下着については無視を決め込む軍曹。
「バックパックの整理をしていると、銃の手入れと一緒で気が引き締まりますね、翠師範」
「そうだな。昔を思い出す」
翠と雑賀の二人は慣れた手つきで荷物を広げて、一つ一つの道具と不備がないか確認していく。
「うう、結構重いですね‥‥」
「肩に食い込むのです」
「これは‥‥想像以上にきついです」
苦労しているのはハルトマンとフェリア、神無月だ。小さい身体で自分の体重ほどもあるベルゲンを開封し、一つ一つ確認するだけで彼女たちには重労働だ。
全員がベルゲンの中身を広げ終わると、床一面荷物に覆われてしまった。
軍曹がそれを確認し、ストップウォッチを停止する。時間を計っていたようだ。
「よし、全員荷物をベルゲンの中に詰め戻せ。完全に元通りに、だ」
煩わしい命令に不満を抱きながらも、もう一度詰めなおす。
(う‥‥しまった、どこに何が入っていたのか、わからなくなってきた‥‥)
嵐は半分以上詰めたところで、次に何をどこに入れればいいかわからなくなってしまった。
「どうした、嵐。早く詰めろ。それともたった今出した荷物が、どう入っていたか忘れたのか?」
「くぅ‥‥」
「まだ寝ぼけているようだな。注意力が足らん! 眠気覚ましに腕立て50回!」
「くっそおお! 今に見てろよサー!!」
「口だけは達者だな。訓練で実力を付けろ。いつでも相手になってやる。気合入れの腹筋50回!」
これ以上罰を増やされるのはご免だと、文句は心の中で叫びながら腹筋へと移る。他のものも慌てて荷物を詰めだした。
「できました、軍曹」
シークが荷物を詰め終えた。軍曹は荷物を確認する。
「バランスが悪い。これでは背負っても余計に体力を消耗するぞ、やり直しだ」
シークのベルゲンは逆さまにされ、荷物が床にぶちまけられる。着替えを畳むところからやり直さなくてはならない。
結局嵐の他にも2、3人腕立てをさせられた後、全員が荷物を詰め終えた。
「今回全員が詰めなおすのに15分もかかった。戦場で15分もベルゲンを広げていたら、大休止が終わっちまうぞ! 次回までに3分以内に詰められるように自習しておけ」
『サー、イエッサー!』
再び軍曹がストップウォッチに手をかける。傭兵たちに緊張が走った。
「よし、全員懐中電灯を取り出せ」
またもや詰め直した荷物の中から、懐中電灯だけを取り出す。
「次は電灯をしまって水筒をだせ」
「次はサバイバルナイフ」
「救急キットだ」
「レインコートをだせ」
「あわわわわ‥‥」
「フェリア、それ私の包帯です!」
「西島さん、ナイフはここ入れてよかったでしょうか‥‥?」
「ああ、合ってる」
「ありがとうございます」
「‥‥戦場で命を預けるんだ、これくらいは‥‥な」
「錦織さん、俺の水筒取ってください」
「これか? いや、これは私のだな」
次々と出される命令に慌ててしたがっていく。一歩も歩いていないのに、傭兵たちの額に汗がにじんだ。
「よし、全て仕舞え。‥‥ベルゲンの扱い方で最も重要な技能は、出し入れの方法だ。どこに何をいれるかを考えずに詰め込むのは最悪のやり方だ。ベルゲンがタダの重荷になる」
食糧、水、調理道具など日常的に用いるものはサイドポケットへ、寝袋など夜に一度しか使わないものはベルゲンの一番下へ入れて置く。これでより時間を短縮して荷物を取り出せるのだ。
「実戦では混乱した状態でも正確に目的のものをベルゲンから取り出せなければならない。頭と身体で、必要な道具がどこにあるのか覚えるんだ。特に弾薬と手榴弾はすぐに取り出せないと生死に関わる。1秒以内に取り出せるようにしておくんだ」
無意味に思えた命令にも、ちゃんと意味があったのだとわかると、傭兵たちは再び荷物の詰め方、出し方を学びなおした。
●「兵隊の仕事は走ることだ」
「ベルゲンの中身を整理できたな? 次は背負ってロードワークだ。バディのベルゲンが破れていたり、紐が解けて口が開いていないか確認しろ」
軍曹も自分用のベルゲンを背負ってヘルメットを被る。傭兵たちもそれに習った。
両肩に20キロの重みが加わる。これでもまだ序の口だ。
「初心に戻って鍛えなおさなきゃ‥‥軍曹さん、宜しくお願いします!」
と気合を入れてベルゲンを背負ったナレインだったが、背中はすぐに汗でベタベタとシャツがくっ付き、暑さは一向に引かない。スタミナが見る見るうちに奪われていった。
「何がなんでもやり遂げるわ! ここは男の意地を見せる時よ! 神無月ちゃんもファイトよ、ファイト!」
「は‥‥はい‥‥」
自分の体重の半分以上あるベルゲンを背負う神無月。背負うというより、背負われていた。一度転んだらそのまま押しつぶされてしまいそうだ。
「なんだか‥‥お相撲さんになった気分なのです」
「肩がこすれて痛い‥‥」
フェリアとハルトマンも同じような状態だ。顎が上がり呼吸が乱れている。
「二人とも頑張れ。まだまだゴールは先だよ」
同じチームの水流が後ろから二人を励ましつつ走る。が、自分も呼吸を乱し始めていた。
「動力切れのAU−KVに較べりゃあ軽いぜ!」
大声で叫ぶ嵐だが、呼吸は乱れ、足並みはまばらだ。強がりだとすぐにわかってしまう。それでも気力はまだまだ尽きないようだ。
シークや錦織、雑賀に翠はまだまだ顔色を変えない。自分が最も楽な呼吸を保ち、体力を温存しつつスピードを保つ。
「ベルゲンを背負って走るときのコツは、上体を揺らさず大股でゆっくり走ることだ。そうすればクソ軽いベルゲンがはずんで背中を叩くこともない。それと、自分が最も楽な長さに調整するんだ。こすれる場所があると、そこから皮膚が裂ける。背中にしっくりとくるように自分で調整しろ」
指示に従って走り方を治すが、ベルゲンが軽くなるわけでない。体力の低いものからヒィヒィと悲鳴が上がっていく。みづほは呼吸を乱しながらも仲間に気を配っていた。
「うひー、予想通り装備がクソ重てェー!! 軍曹殿、この前みたいに歌いたいっす」
「よし、歌うか。後に続け」
『一番槍はファイター』
『部隊パッチを肩に』
『刀を抜いて突撃だ』
『我こそ歩兵』
『地を駆けるはグラップラー』
『部隊パッチを肩に付け』
『拳と蹴りで道開く』
『我こそ歩兵』
『支えるはスナイパー』
『肩に部隊パッチ付け』
『敵の心臓狙い撃ち』
『我こそ歩兵』
『備えるはサイエンティスト』
『部隊パッチを肩に』
『仲間を掩護し傷を消す』
『我こそ歩兵』
歌いながらのロードワークはより過酷になる。呼吸が乱れるからだ。
しかし、15人の歌声が重なると、次第と士気が高まり気分が高揚してくる。
最初の関門は脱落者もなく、見事全員走り抜けた。
●裸足の歩兵たち
「よし、全員靴を脱いで裸足になれ」
やっとベルゲンの重みから開放され、地面に座り込んだ傭兵たちは、またもや軍曹のおかしな命令に首をかしげながらも従った。
蒸し暑いブーツから解放された足に。冷たい土の感触が伝わる。心地いい。
「人間が木から降りて二足歩行するようになり、自由になった手はより繊細な動きが可能になったが、足は人間の体重全てを支えなくてはならなくなった。靴と靴下ができ、足が土から離れてから、足の感覚はじょじょに弱まってきている」
軍曹は足をあげると足首でぐるぐると回しながら、指を閉じたり開いたりしてみせた。
「まずは足元に感覚を集中させる。その場で足踏みしてみろ」
訓練場の土は、石と砂が微妙に交じり合っていて、少し固い。足踏みしてみると少しちくちくした痛みが走った。
「こんな訓練意味があるのかねぇ?」
翠が思わず口に出してしまったが、他の傭兵たちも同じ気持ちだ。童心に戻って裸足で走り回って何の意味があるのか。
「ワイヤートラップや落とし穴、地雷を発見するには、足の裏全体が手と同じように敏感にならないと、気づくことは難しい。足を失ってからでは遅いからな、今のうちに自分の足の感覚を確かめておくのさ」
そういって軍曹は静粛移動して見せた。足指の付け根の部分から足を降ろし、ゆっくりと全体で土を踏む。足を上げるときも同じだ。こうすることで土に接する面積が多くなるので、爪先で歩くよりも遅くなるが音を消すことができる。
さらに足を降ろすときに草や枝、小石など、音が出る可能性のあるものを排除するように注意する。足から足への重心の移動は、地面に罠がないことが確認できてから、ゆっくりと動かす。
さらに背を丸めて姿勢を低くし、膝を柔らかく使うのがコツだ。
「これは‥‥」
「結構、神経が磨り減りますね」
西島とみづほが地面を踏みしめ音を出さずに歩いてみせる。西島が静粛移動すると、獲物に気取られないように近づく虎のイメージがぴったりだった。
「次は匍匐前進だ。低姿勢匍匐と高姿勢匍匐をマスターしないと、キメラの飛び道具で蜂の巣にされる」
「映画とかだと匍匐訓練じゃ良く豚の肉と血が撒き散らされてたり、有刺鉄線が張ってあったり頭上を軽機関銃で掃射とかしてるけど‥‥実際どうなんだろ?」
軍曹が指を刺すと、水流の期待通りの道具が用意されていた。泥水の張られた25mの道の上に、有刺鉄線が張り巡らせ、脇には機関銃が設置されている。
「仰向け、うつぶせ、両方の姿勢であそこを低姿勢匍匐し突破するんだ。アルファチーム、いけ」
「えええ、メイク落ちちゃう‥‥」
ナレインがつい口から零した言葉に、軍曹の瞳が光る。
「なんなら蛭やらタガメやら放してもいいんだが?」
「蟲いやああああ」
ナレインに続きアルファチームが有刺鉄線の下にもぐりこむと、機関銃が銃弾を吐き出し始めた。
傭兵たちの頭30センチ上を、銃弾が飛んでいく。恐怖で筋肉が緊張して、上手く這うことができない。
「どうした、先に進まないと‥‥ド頭ブチ抜くぞ?」
機関銃の向きが変わる。みづほと神無月の足のすぐ後ろに着弾した。
すぐ側を飛び交う、自分の命を奪いえる銃弾に、思わず泣きそうになった。
「弾丸の音を聴け! 小枝を折るような短い音なら、耳元を掠めた通過音だ。ピューンという音なら大体1メートル以上離れている。近くを銃弾が飛び交う状況に慣れていないと、戦場で同じ状況に陥ったときに神経が持たずに身動きが取れなくなる。弾丸の音が聞こえているうちは生きているということだ。度胸を見せてみろ」
アルファに続いてブラボー、ガンマと続く。
「日本にはいい言葉がある。『根性』だ! んのぁぁあああ!」
雑賀が目を張る速さで泥沼を匍匐で突破する。翠も無言でそれに続いた。
「ナレインさん、身体が浮いてます」
「うう、でも蟲が‥‥」
「アメンボくらい大丈夫ですよ、ほら」
怯えるナレインを励ましながら、みづほも泥だらけになって二度目を突破する。
「早く進めば良いものでは無いしね」
錦織は草で迷彩を施したヘルメットで、泥に浸かるように前進する。遠めでみたら人とは気づかないだろう。
「ただでさえ平面なのに‥‥擦れる削れる!」
「人のケツに見とれる阿呆が出ん分、今回はマシか‥‥。擦れるのは‥‥まあ、税金と思っておく」
蛇穴とミスティは別の部分で不満があるようだった。大丈夫、擦れた脂肪は筋肉が補ってくれるだろう。胸としてではなく、胸板として、だが。
全員が二週目を潜り抜け終わると、前進茶色い泥だらけに染まった。そのまま高姿勢匍匐と、早駈けの訓練へ移る。今度は膝まである雑草と林の中だ。遮蔽物は豊富にある。
「早駈けは止まったままの状態から瞬間的に高速で移動することを言う。まず遮蔽物に隠れて、匍匐の姿勢から次の遮蔽物を探る。両腕と片足を身体に引き寄せて、引き寄せた片足で地面を蹴って走り出す。次の遮蔽物の陰に飛び込むときに、両足をそろえて降ろし、そのまま両膝を付いて伏射の姿勢に移る。銃がないからイメージしにくいだろうが、銃と敵の銃弾もイメージしてやってみろ」
泥の中を進んだおかげか、皆吹っ切れていた。どうにでもなれ、という気持ちを原動力に、地面に這い蹲り、地を蹴り、木の陰に滑り込む。
「チーム同士で合図を送れ。法則のある動きでは敵の狙撃手に予測されるから注意しろ」
「右斜めの木へ移動する。3‥‥2‥‥1‥‥GO!」
嵐が全力で林を横切り、木の後ろへ飛び込む。やや遅れて伏射の姿勢をとり、仲間に親指を立てて合図。
新しく周囲の草で迷彩した錦織が合図を返した。
「足には自信があるんだから‥‥!」
草むらに潜む蟲に怯えながらも、ナレインとみづほが逃げるように次の遮蔽物へ。
西島はその柔軟な身体を利用し、獣が跳ねるように遮蔽物へと身を躍らせる。
雑賀は前方だけでなく、前後左右、上下への注意も怠らない。木の上に狙撃手が潜むことはよくあることなのだ。瞳の動きだけで、翠へと合図を送る。
神無月とシークは足場の確認も怠らない。足音を立てにくい地面を選んで足を動かしていった。
「軍曹、フェリアが見当たらないんです!」
バディの不在に気がついたハルトマンが、息を切らせて山崎の側に走りよってきた。
林の奥には致死性ではないが、まだ足を踏み入れるには早すぎる『罠道』がある。
すぐさま探し出そうとした時、草むらからフェリアの青い髪が突き出した。
「夕飯のおかず、取れたのです!」
か細い腕と同じ太さのアオダイショウを掴んで、フェリアはにっこり笑って出てきた。
「夕飯は共食いになりそう」
最後に走るのは蛇穴、水流、ミスティだ。木の枝や草、地面に残る、皆が通った痕跡をなるべく消しつつ前進する。
林から抜けるころには、足ががくがくと震えてまっすぐ立てなくなっていた。
●「塹壕は兵士を銃弾からだけでなく、恐れからも守る」
疲れた身体を引きずって食堂へ戻ると、全員で食事の用意に移る。
皆朝食のエネルギーを使い果たしていた。食べないと持たない。
昼食はフェリアが朝早く起きて作ってくれた、うどんと素麺だ。
「真夏に作る素麺が、どれほどキツイのか‥‥その身を持って知ってお母さん達に感謝の電波をゆんゆんゆんッ!」
アホ毛を揺らし毒電波を発するフェリアを中心に、鍋に麺が投入される。
鍋の前に立つと、頬を黒い汗が伝って落ちた。まだ汚れが残っていたようだ。
大げさでなく、山のような麺が皿に盛られて用意されたが、全て傭兵たちの胃袋に収まった。
食休みと歯磨きなどの身支度、厠を済ませると、午後の塹壕訓練が始まった。
「手榴弾やグレネードランチャーができ、塹壕の防御も鉄壁とは言えなくなったが、歩兵には戦車の装甲もKVの強化フレームもない。防弾チョッキも貫通弾の前には無意味だ。歩兵の最も安価な防御装甲こそ、塹壕だ。一度入ったら弾丸飛び交う地上に出たくなくなるほどだ」
言葉を吐き出しながら、各チームにスコップを渡す。前世紀から続く地味で過酷な作業の始まりだ。
∩型の塹壕が掘り始められた。軍曹は特に形に指示を出さなかったので、雑賀の提案が採用された。
「師範! 先に終わった方が、スカートめくりでいいですね!?」
雑賀と翠は∩時の両端から掘り始めた。掻き出した土はシーク、錦織、嵐の三人が掘り出された土を袋に入れて土嚢を築く。
「これまた重労働なのです‥‥」
「ああ、中々いい鍛錬になるな」
「‥‥こいつは何の罰ゲームだ?」
文句を言いながらも穴は深くなっていった。
「ん‥‥なかなかの重労働‥‥訓練終わった後のお風呂が気持ち良さそうだわ」
「ああ‥‥」
ナレインと西島も同じく両端からまず浅く掘り、みづほが指示をだし全体像を模ってから深さを出していく。神無月が土を移動させる係りだ。
「同じ行動だけでは訓練になりませんし、ローテンションして係りを変えていきましょうか?」
「そうですね。皆で経験を積まないと意味が無いですし」
ガンマチームも同様に∩型だ。皆意見を口に出しながらも、土を掘る手は止めない。
「塹壕って言うと、やっぱ東部戦線、とかが思い浮かぶけど‥‥」
「手榴弾キメラ? も出てくるご時勢です。それくらいがっちり掘りませんとね」
「高さは2m、通路の幅は1mくらいでしょうか。手榴弾用の穴はどうします?」
「作らない方がいいと思う。パインキメラは跳ねて戻ってくるから始末に負えん。‥‥縦穴に蹴り捨ててから前線に振き直ったら、背中のマークスマンが吹っ飛んでな。奴がダイエットに失敗してなきゃ私まで即死だった。全く酷い話だよ」
「ミスティさんてドラグーンだから最近傭兵になったんじゃないですか?」
「バグア襲来のときは少年兵で戦場にでてたんだよ」
∩型の左右と正面に土嚢を築き、その間から射撃を行うのが塹壕の基本形だが、前線によって別の塹壕と連結するものもあれば、重機関銃の銃座を基盤として築かれるものもある。例えば一人が入れるだけの塹壕もできるのだ。穴を掘って上を植物でカモフラージュし、敵の接近を待機する。敵が隙を見せた時、穴から飛び出して奇襲するのだ。
状況により形を変えて作ることができる塹壕は、歩兵の城とも呼べるだろう。
騒々しくも速やかに作業は進んでいた。しかし夕方になると、途端に天気が崩れてきた。強風で黒い雲が流されてきたと思ったら、プールを逆さまにしたような雨が振ってきた。
「これはやばい、土が流されるぞ」
「‥‥皆さん、急ぎましょう!」
塹壕は雨水で浸水し、土を掘っているのか水を掻き出しているのかわからなくなった。土が泥へと換わり、塹壕の中でスコップを振るものの腰に落ちてくる。
互いに励ましあって作業を続けるが、粘りに粘った末、三つの大きな水溜りができた。
「‥‥‥‥結構素敵な塹壕ができそうだったのに」
「まあ、戦場ではこういうこともある。塹壕を掘るだけでなく、敵へ攻撃を仕掛けるときも、常に天候には注意しなくてはならない」
豪雨の激しい音の中でも、山崎の大声は聞き取れた。むしろ天候を予想して、こうなることがわかっていたから今日訓練をしたのではないかと思えた。
全員濡れ鼠と化して宿舎に戻った。雨のおかげで泥はすっかり綺麗になっていたが、ヘルメットの中から下着までびしょびしょになってしまった。
着替えを終えて装備の点検が終わると早めの自由時間になった。
「じゃあ、夕飯の支度しないと。手の開いた人は手伝ってくださいね。軍曹も!」
「悪いが俺は野外訓練だ。お前たちの相手だけだと腕が鈍る。手料理ならサバイバル演習のときに食わせてやる」
そういうと軍曹はレインコートを着て再び外へと飛び出していこうとした。
その前に現れたのは、女装した翠だ。
「わ、わたし、『鬼軍曹』って初めてなんです。これ、う、受け取ってくださいっ。は、恥ずかしいっ!」
きゃぴきゃぴした裏声で牛乳を差し出す翠。
『ドラドラドラドラドラドラドラドラァーーーーッ!!!』
軍曹の拳の弾幕を避けきれず、牛乳ごと吹っ飛ばされてしまった。
「‥‥他に手伝ってくれる人?」
「それじゃあ俺が手伝うのです」
「うちも手伝うよ〜」
「それじゃ、これも捌くのです!」
シークとハルトマンが手伝いを買って出た。フェリアが嬉しそうに振り回すのは、移動訓練中に捕まえたアオダイショウだ。
「夕食で蛇が食べられるってのはデマじゃなかったんですね。ちょっと楽しみ」
自前の愛銃を分解し整備しながら、水流が嬉しそうな声をあげた。
「またメイクしなおさないと‥‥」
「それじゃ、メイク直しが終わったら反省会を開きましょう‥‥あら?」
自分もメイクにと思ったみづほは、西島が変な姿勢で寝っ転がっているのが目に入った。額に汗をかき、うわ言を呟きうなされている。みづほは身体を揺すって起こさずにいられなかった。
「西島さん‥‥大丈夫ですか?」
「また‥‥あの時の‥‥夢‥‥か」
「お疲れみたいですね‥‥。そうだ! マッサージしますよ?」
錦織と蛇穴の二匹のスネークは、部屋の隅っこで煙草に火をつけていた。
「あー、やっぱり訓練の後の一服は最高だね」
「ああ。‥‥ところで蛇穴、二度訓練で一緒になったのも何かの縁だ。今度一緒に食事にでもいかないか?」
錦織も豆な男である。
他の者はジャンケンに負けて便所と風呂掃除だった。
「この雨じゃ流石に‥‥いや、むしろ相手に気づかれずに‥‥でも入ってくるかな」
掃除をしつつも覗きという男のロマンに最適のポイントを探す雑賀。
「やめたほうがいいっすよ、雑賀さん」
嵐は呆れつつもブラシで浴槽をあらう。雨は段々と上がってきていた。
匍匐から仰向けになり、手榴弾を投げるときどう投げれば安全に遠くに投げられるか? などと反省会を開きつつ話しているうちに、いい匂いが漂ってきた。
カレーの香ばしい薫りに誘われるように食堂に集まると、フェリアたちの力作が並べられていた。
夕食の献立はカレーライス(中辛)にサラダ、アオダイショウの蒲焼だ。
やはりカレーライスは人気があるらしく、おかわりが多くてお米が足らなくなった。蒲焼も見かけを気にしなければ美味しいと評判で、フェリアは小さな背を逸らせて得意顔だった。
食事が終わると入浴時間になった。夕方降り始めた雨は夕立だったらしく、空はすっかり晴れわたり、星空と欠けた月が顔出している。
「結構広いのねー。星が綺麗よ、るなちゃん」
タオルを胸元から巻いたナレインは、男とは思えない色気と艶っぽさを醸しだしていた。
「うふふふふ‥‥覗きなんて真似、させませんよ」
神無月はというと、対覗き用トラップの設置に余念がない。閃光型地雷の設置にバリケード。電線は流石に感電すると危ないという理由で外された。
「しかし相手は翠さん‥‥油断は禁物です」
みづほも神無月を掩護して覗きを撃退するつもりだ。
「お、覗き穴塞いだんですねー。今回はより実践的に参りますよー」
蛇穴はゴム弾を込めたハンドガンを持って入ってきた。
「直視出来ねば応急措置に障ると言えばそうだが、楽しみに水を差すのも野暮だな。少しCQCに付き合ってやるか」
ミスティもタオルで身を護りながら入ってくる。
「もし覗きしてきたら、あられもない姿を写真に収めてばらまいてやるですよ‥‥クケケケ!」
フェリアもどこぞのCMの魔女ばりに怪しげな笑みを浮かべた。
(あの頃のうちと今のうち、少しでも成長できたのですかね)
背中の傷に鈍い痛みを感じつつ、ハルトマンはゆっくりと息を吐いた。
ゆっくりと湯に浸かっているのはハルトマンとナレインだけだ。
その時、風呂場の扉が音もなく開いた。
今だ女装したままの翠が、こっそりと隠密潜行で女湯へと侵入したのだ。
こっそりと女性陣の背後に回り、タオルが取られる瞬間を待っていた。
大して男湯では、嵐、錦織、西島、水流の四人がゆったりと風呂に使っていた。
シークは連帯責任を恐れて一人でシャワーを浴びている。
耳の奥や髪の中からまだでてくる泥を落としながら、広い湯船に身体を伸ばすと、疲労が湯の中ににじみ出て心地よさが換わりにしみこんでいく。
「極楽、極楽」
「‥‥うむ」
「しかし、物好きですねぇ」
「覗きなど余裕のない奴がすることだ」
4人の湯船から見た屋根の上に、雑賀が夜間迷彩を施した服を纏い、隠密潜行していた。
「ゆっくりと一日の疲れを取らせてもらう」
3倍光学サイトを目に当てて、女湯へ目を向ける。湯気が切れたところに、一人の女性の姿が‥‥。艶やかな緑色の長い髪をした、美しい白い肌の乙女‥‥。
「って、アレ‥‥師範‥‥」
がくっと光学サイトから目を外したのが幸いだった。もしそうしていなければ、彼の片目はどこぞの特務の大佐のように焼き切れていただろう。
「へ?」
覗きに気をとられ、視界が狭くなっていた雑賀は、女湯から閃光手榴弾が自分目掛けて投げこまれたことに気づけなかった。
「皆、目と耳塞げー」
屋根の下で嵐の声がする。今朝味わった痛みで得た教訓だった。
至近距離で閃光を浴びた雑賀は、しばらく悶えていたが、やがて力尽きて動かなくなった。大望叶わず果てた弟子に、翠はひそかに合掌。
「まぁ、8人の力をあわせればこんなものね」
「8人? 女性は7人じゃなかったかしら」
「でもここには8人‥‥」
‥‥先手必勝、水着姿で行動力を高めたにもかかわらず、怒り狂う乙女たちの前に師もすぐに弟子の後を追うことになった。またまた合掌。
「フェルドさんはOKなのになんでわたしは駄目なのかな? 納得いかないわ」
体中ぼこぼこにされた挙句、全裸写真をフェリアに撮影された翠は涙を流して言った。
「あなたは元々覗きが目的でしょう! 心から女になって出直してきなさい。‥‥それとも、ここで女になってみますか?」
女性陣の本気の言葉に、翠は青ざめつつ脱兎どころか青ハリネズミも驚きの速さで逃げ出した。
●訓練の終わり わずかな休息
「就寝時間だ。寝ろ」
会話や鍛錬で賑やかだった談話室から、皆自分の部屋へと戻っていく。
「軍曹、次の訓練はなんですか、サー?」
「明日は射撃演習だ。銃を撃ちたくてたまらない奴が大勢いるみたいだからな」
全員が部屋に入って布団にもぐりこんだのを確認すると、山崎は電気を消した。
「Goodnight、お嬢様方」
『おやすみなさい、サー』
長い一日が終わった。再び朝日が昇るまで、短い休息が傭兵たちに訪れる。
訓練はまだまだ、始まったばかりだ。
ナレイン・フェルド(
ga0506) ☆
西島 百白(
ga2123) ☆
翠の肥満(
ga2348) ☆
雑賀 幸輔(
ga6073) ☆
みづほ(
ga6115) ☆
シーク・パロット(
ga6306) ☆
ハルトマン(
ga6603) ☆
錦織・長郎(
ga8268) ☆☆
蛇穴・シュウ(
ga8426) ☆☆
水流 薫(
ga8626) ☆
フェリア(
ga9011) ☆
神無月 るな(
ga9580) ☆
嵐 一人(
gb1968) ☆
ミスティ・K・ブランド(
gb2310) ☆