●リプレイ本文
●ヲタクにつける薬なし
「犯行グループは顔面の骨格変形するまで殴って構わんか?」
女豹のような研ぎ澄まされた美貌を持つ御山・アキラ(
ga0532)の言葉が、傭兵たちの思いを端的に表していた。
端整の取れた無表情、だが瞳には明らかに怒りの炎が燃えていた。
「犯人たちはきっと、夏の暑さで頭がやられてしまったんでしょうね。‥‥そうでも思わないとやってられませんよマジで。戦場に出る人間のくせにキメラの保護とかありえないっていうか脳みそ腐ってますって絶対」
ヘッドホンを外すと、平坂 桃香(
ga1831)の艶やかな黒髪が翻った。苛立ちと憤りを、借り出した麻酔銃とゴム弾に混める。
「こぅ、サクッとやっちゃって事故死とか‥‥ってワケにもいきませんよねぇ、あーあ」
「亜人娘が好きとか亜人型キメラに萌えるのは一向に構わないけど、人質取って世間に主張するのは見過ごせないね。その性根叩き直したげようじゃない?」
犯人の気を引くため、メイド服に身を包んだ赤崎羽矢子(
gb2140)が、腰に氷雨を差しなおす。外野の野次馬ヲタクの携帯カメラがフル稼働。
「キメラの被害を目の当たりにしたら、とてもあの主張は出来ないわよね。能力者として随分とぬるく生きてきたようね、湯上サンとやら。――――お仕置き決定」
巫女装束を纏い、清楚さに包まれた美しさを備えた智久 百合歌(
ga4980)の出現に、さらにヲタクが熱狂する。
「怒りで角がもう一本、増えてしまいそう‥‥」
着物姿――愛機夜叉姫のコスプレで現れた月神陽子(
ga5549)も、怒気がより夜叉の雰囲気を色濃くしていた。
女性陣はメロスもびっくりな激怒っぷりだ。もちろん、男性陣も堪忍袋の緒が切れ掛かっていた。
「人質の湯々乃さんが心配です。可能な限り早く突入しましょう」
月詠を腰に、背にエルガードを担いだロジャー・ハイマン(
ga7073)は、人命救助の依頼を何度もこなしてきていた。
怒りを押さえ込み、人質の身柄を最優先に。そのためには障害は排除するつもりだ。
「いくらなんでも地球を荒らす害獣であるキメラも保護しろって…能力者が言って許される事では無いです」
ビーストマンである辰巳 空(
ga4698)も、手に持った朱鳳と同じく、心の中に静かな炎を燃やしていた。
「クラーク、準備できたか?」
『配置に付いた。これより観測を開始する』
ウマウマ堂の店舗の中を、クラーク・エアハルト(
ga4961)の瞳がスナイパーライフルのスコープ越しに覗いていた。
ビルの屋上に伏せ、銃にゴム弾を込めた。
「狙撃はクラークさんに任せて、ベランダと裏口、二箇所に分かれて突入しましょう」
「あたしと陽子さん、百合歌さんの3人で、ベランダからラペリングで降下するよ」
「ベランダから亜人娘が飛び込んで来るのはヲタクの夢らしいので、隙をつけるでしょう」
コスプレ3人娘は隣のビルの屋上へと向かった。ビルを飛び移り、屋上の手すりにワイヤーをかけてベランダに降下するのだ。
「私とアキラさん、空さん、ロジャーさんは、裏口から、ですね」
平坂は怒りでテンションが高まっているらしく、今にも銃をぶっ放したくて堪らないようだ。
「落ち着いて、怒りで冷静さを失わずに、いきましょう」
沸騰寸前のメンバーに冷や水をかけるように、ゆっくりとした声でロジャーが言う。
「皆さん、深呼吸を」
辰巳の提案に、御山と平坂が大きく息を吸い、深く吐いた。
4人互いに瞳を見つめあい、突入に備えてドアチェックを開始する。
御山が胸元から渡されていた裏口の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。ゆっくりと回し、鍵を開ける。
しばらくして反応がないのを確認し、ドアノブを回してドアを押した。
(「待った‥‥」)
御山の手を辰巳が止めた。彼が指差した先、わずかに開いた隙間に、一本の細い糸が通されていた。
慎重にピンセットで掴み、先ほどよりもゆっくりとドアを押し、罠が作動しないように解除。
糸は店内に繋がっていた。気づかずに扉を開ければ、火災報知器が反応する仕掛けだ。
『ドアロック解除、裏口班突入準備完了です!』
平坂が無線で仲間に告げる。緊張が高まりつつあった。
「あいつらはどうにかならないの? 目障りでしかたないんだけど‥‥」
赤崎が苛立ちを含む声で言った。警察の封鎖の周囲に集まるヲタクたちが、3人の姿に嘗め回すような視線を送っている。
「マスコミだけじゃなく、ヲタクもこれ以上集まる前に突入したほうがよさそうですね」
月神も呆れて、気にしたら負けじゃないかと思い始めていた。
「羽矢子さん、皆ジャガイモだと思えばいいんですよ」
笑顔で手を振ってみせる智久の姿に、ヲタクたちの茶黒い声が飛ぶ。
『裏口班、突入準備完了です!』
「私たちも準備を済ませましょう」
3人はワイヤーを取り出すと、手すりの根元と別に一箇所で固定し、三本のワイヤーを設置した。
月神がトランシーバーを袖から取り出して、無線に返答した。
『クラークさん、湯上たちの様子は?』
『ベランダから離れて店内に入りました。人質はまだ奴らの傍にいます』
『ワイヤーの位置は射線を遮ってないかしら?』
『大丈夫です。例え被っていても皆さんに当てずに奴に当ててみせますよ』
『了解、信じてます』
無線を切り、赤崎と智久に目で合図を送る。2人とも頷き、突入の瞬間に備えた。
警備班長が警察とUPCから手に入れた情報を、傭兵たちに無線で伝える。
湯上隗は元UPC軍所属の兵士だった。人並み以上の功績を挙げていたが、突如軍を脱退、傭兵へと転職したそうだ。
それ以後一人で依頼をこなし、キメラを撃退してきたようだ。殺さずに敵を追い払う方法で。
時が刻まれる。決戦の時が。
裏口班が階段を昇り、扉を破って突入できる位置に着く。屋上ではコスプレ3娘がワイヤーを握り、降下の準備を。向かいのビルでは、クラークの金色の瞳がスコープを覗き込んでいた。
3‥‥2‥‥1‥‥。
『壊し系傭兵美少女、パワ☆ふる♪アンドレちゃん! 始まるよ!』
扉を蹴破って御山と辰巳、ロジャーが室内に飛び込む。ベランダには純白の翼を生やした巫女智久、角を生やした夜叉姫月神、猛禽類の翼を生やしたメイド赤崎が降下。
3人の姿に気をとられた会員Bが、ベランダの扉を開けて抱きつこうと飛び出してくる。その眉間に、クラークの放ったゴム弾が直撃した。
平坂の銃からも、ゴム弾が亜音速の速さで飛び出し、会員Aの腹に直撃した。
麻酔銃を湯上へと向けたが、湯上は湯々乃を盾にして平坂が躊躇した一瞬をつき、商品棚へ身を隠した。
「来たか、殺戮者どもめ!」
湯上の身体に変化が現れる。覚醒し、耳が竜の角へと変化し、皮膚も鱗に覆われる。尾てい骨が尻尾へと変化し、瞳が赤く燃える。
「観念なさい、天誅よ」
「ご主人様、あんまりおイタが過ぎるとキツーいお仕置き差し上げますわよ?」
怒りを含んだ笑みを浮かべる智久が、芝居がかった口調の赤崎が、会員Bを踏み台にして間合いを詰める。月神は愛刀蛍火と鬼蛍を抜刀、湯上を牽制した。
「‥‥自分の容姿だけを見て、○娘などと呼ばれ。キメラと同等に扱われた上に『萌え』などと言われて嬉しいとでも?」
「ふん、自分の姿に誇りも持てないコスプレイヤーが。誰が貴様らとキメラを一緒にす」
るか、という前に、御山の拳が商品棚を貫いて湯上の鳩尾へ叩き込まれる。
さらに頭上から辰巳の蹴りが襲い掛かってきた。
湯上はそのまま商品棚を蹴り倒し、辰巳の足を掴むと、そのまま床に叩きつけた。
「なまっちょろいぞ、傭兵! キメラはバラせても、人間をバラすのには躊躇するのか?」
元々人質を使うつもりはなかったのか、湯々乃をそのままにして飛び上がると、天井を蹴って平坂の目の前に着地した。
麻酔銃の引き金を引こうとする平坂だったが、湯上の方が素早かった。放たれた銃弾は湯上に手をつかまれ、弾道を逸らして頬を掠めただけだ。
二撃目の引き金を引く前に、平坂の延髄に手刀が振り下ろされる。視界が揺らいだ。
「‥‥ここまで、だよ」
湯上の背後から限界突破したロジャーの一撃が、湯上の足に放たれた。
峰打ちではない。左足の膝から下が切断され、血液が噴出した。
しかし、ロジャーの二の太刀が振るわれる前に、湯上はひるむことなく足の切断面をロジャーへ向けた。
筋肉に力をいれ、血管から血が噴出す。ロジャーの顔面は血だらけになり、視界を奪われた。
だがその隙に智久と赤崎、月神の3人が湯々乃を救出した。
「湯々乃さん、大丈夫でしたか? 申し訳ありません、極一部の『馬鹿』のおかげで怖い思いをさせましたわね」
「よく我慢したね。痛いところはないかい?」
赤崎が湯々乃の縄を解いてやると、抱きついて声なく涙を流した。そっと、背中を撫でてやる。
「確かに返して貰ったわ。そして二度と渡さない」
智久は妖しく瞳をぎらつかせ、巫女服の袖からショットガンを取り出して乱射した。
湯上は次々と襲い掛かってくるゴム弾を横っ飛びに交わしながら、自分の切れた足を拾い上げて投げつけた。
部屋中に撒き散らされる血に仲間たちが怯む中、月神は血の雨の中を走り抜け、湯上に接近した。
「教えて差し上げます、鬼が鬼と呼ばれる理由は、この角だけでは無いのだと言うことを」
蛍火と鬼蛍を交差させ、十文字に斬りつける。湯上は硬質化した手で刀の唾を握り、受け止めた。
「生憎だが、鬼ならすでに心の中に飼っている。何匹もな」
剣撃に逆らわずそのまま受け流し、地面に背をつけて右足で月神の腹部を蹴り上げた。
巴投げの形で吹き飛ばされる月神を、目を覚ました平坂が受け止め、同時に麻酔銃を放つ。
身動きが取りづらい体制のまま避けられず、肩に麻酔弾が突き刺さった。
「梃子摺らせるな、馬鹿者が」
顔をしかめる湯上の上に、棚から抜け出した御山が棚ごと持ち上げ、下敷きにする。
さらにその上に乗り、マウントポジションで湯上の顔に絶え間なく拳の弾幕を打ち込む。
「女王とも呼ばれる私を怒らせたわね?」
艶やかな笑みを浮かべる智久が、湯上の足の傷口を踏みつける。
「まだ頭がくらくらします‥‥。その腐った脳みそ、叩きなおしてあげます」
平坂もS−01にゴム弾を詰め込み、湯上の頭に次々と放った。
辰巳がワイヤーと手錠を取り出し、御山が腕の間接を極めているうちに捕縛した。
「保護というものは狩る側が狩られる側に対して行う物でありキメラに対し行える物ではないが‥‥そこまで言うなら亜人型キメラの保護というものの手本を見せてもらうべく、こいつらを亜人型キメラの前に放り出してやるのはどうか」
「ふん、望むところだ。務所で刑の執行を待つくらいなら、キメラに喰われたほうがまだ役に立つ」
現場へ合流したクラークが、拳銃に実弾を装填した。薬室に薬莢を送り込み、湯上の頭に突きつける。
「今までにキメラに殺された人を何人も見てきた。貴様はどうだ湯上? その人達を見てたら、間違ってもキメラを保護しとなんて言う戯言は言わないよな。それとも貴様は親バグア派か? なら、この場で頭を吹き飛ばしても問題無いよな?」
こめかみに冷たい鉄の銃口を突きつけられながら、湯上は紫に変色した顔で笑った。
「‥‥何を怯えている? 自分たちが正義の味方じゃなく、ただの殺し屋だと気づくのがそんなに怖いのか?」
「ふざけたことをぬかすな‥‥撃てないとでも思っているのか」
「地獄くらい、何度も見てきたさ‥‥戦場で、見飽きるほどにな。人もキメラも何もかも死んだ‥‥。うんざりしていたところだ。『地球の支配者・人間が生きるのに都合の悪い敵』を倒すことに、な」
「だからアイドルを人質にキメラ保護を? 狂ってる‥‥」
平坂の言葉に、湯上は声を上げて笑った。
「黙れ」
クラークがトリガーに指を掛ける。湯上に見えるように、銃を顔に。
「‥‥その辺で、良いんじゃないですか?」
ロジャーが制止したが、クラークは銃を降ろさない。そして――。
『ドゥワーーン!!』
火薬が炸裂し、鋼鉄の弾丸が銃口から発射される音に、湯々乃は恐怖し、耳を塞いで泣き声を上げた。
湯上の耳に穴が開いていた。クラークが銃を降ろす。
「ムカつく奴だ。こんな時まで笑ってやがる」
御山がもう一度、湯上の顔面に拳を叩き込んだ。
事件は早急にカタがついた。会員二名は逮捕。湯上はUPCの救急車で病院施設へ連れて行かれた。臭い飯を喰うことになるだろう。
警備班長が傭兵たちに労いの言葉をかけた。
「胸糞の悪い事件だったな。皆、ご苦労だった。今日はこれで仕事はお仕舞いだ。帰ってゆっくり休んでくれ。送っていく」
口数少なく、疲れた体を硬い座席に押し込む。
その時、車の無線が鳴った。
『こちら警備班』
『こちら救急車、犯人が自殺しました。すみません、一瞬のことで‥‥。どこからか取り出した針で、心臓を一突きに』
『‥‥わかった』
翌日の新聞に、事件の記事が載った。
湯上の存在と主張は抹消され、アイドルを人質に立てこもったヲタクを、コスプレをした傭兵たちが逮捕した、と書かれていて、巫女姿の智久と夜叉姫姿の月神、そしてメイド服を翻しブルマを覗かせる赤崎の活躍が写真付きで一面を飾っていた。
『地球上から人類の敵を全て排除したならば、そこには何も残らない』――アルバート・ウォルティス