●リプレイ本文
●空に輝く星は、織姫の涙か。彦星の涙か。
優しい風が笹を撫でる、さらさらと水の流れるような音が耳に心地よい。
兵舎近くの広場に置かれたオンボロのラジカセから、控えめな祭拍子のBGMが流れる。
「いよいよ始まりね。わくわくしてきたわ〜!」
熊さん手製のツギハギで作られた着物で身を包んだアナスタシアが、額に鉢巻を締める。
熊さんは特注の大きいTシャツにアナスタシアが墨で「マシリ」と書いたものを着て、屋台の最終準備を終えた。
天気にも恵まれ、空には控えめに月が光り、織姫と彦星を祝福するように星が輝く。
「よし、いっくよー!」
祭提灯に灯りが点った。祭の開始だ。
●LHの織姫と彦星たち
祭が始まると、ちらほらと様々な格好をした傭兵たちが集まってきた。
「ほむ、いい香りです」
カウボーイハットの下で鼻をひくつかせ、屋台から漂う、ソースの焼ける香りに誘われてきたのは、ワンピース姿の赤霧・連(
ga0668)だ。
熊さんの『タコ焼きお好み焼きフランクフルト焼きそば屋』の前に来ると、思わずお腹がぐぅと鳴った。
「お兄さん、全部ください!」
こくりとうなずき、大きめの器に4つを盛り付けていく。どかんと大盛りだ。
「やや、いっはいひああふぇなのでふ(いっぱい幸せなのです)」
口にたこ焼きと焼きそばを頬張り、ご満悦の表情だ。
「祭り‥‥か‥‥暇潰し位には‥‥なるか」
依頼遂行後なのか軍服姿の西島 百白(
ga2123)も屋台の前に現れた。
腹ごなしとばかりに全ての品物を注文し、豪快にフランクフルトに喰らいついた。
その後ろを通るのは、蛍柄の浴衣を着た王 憐華(
ga4039)と、シシマイを着た漸 王零(
ga2930)の二人だ。
「コンテスト、できれば優勝を狙いたいですけど、楽しんで参加したいですね、零?」
「ああ、そうだな憐華」
「‥‥ところで、何でシシマイなんですか?」
「うん、コンテスト前までに祭を少し盛り上げようと思ってな」
かぱかぱっと、獅子の口を開けて見せる漸に、王は自然と笑顔になった。
他の彦星と織姫たちも会場に集まってきていた。
「ど、どうですか? 似合います?」
燃えるように赤い髪と同じくらい頬を赤く染めた鳳 つばき(
ga7830)が、愛らしい浴衣姿を見せるようにくるりと回った。
「母の形見の浴衣なんですけど‥‥」
「うん、よく似合ってるよ」
問われた佐竹 優理(
ga4607)は照れを眼鏡を治して誤魔化しながら答えた。
インドア派でつばきに誘われて仕方なく参加したが、まんざらでもない。これで綿菓子があれば言うことなしなのだが‥‥。
屋台を見回す佐竹たちの脇を、巨体を紺色の朱紅葉柄の浴衣で包んだルフト・サンドマン(
ga7712)と、濃紅色の朝顔柄の浴衣を大人っぽく着こなす雅な美少女、ラピス・ヴェーラ(
ga8928)の歳の差カップルが通り過ぎていく。
「素敵なお祭ですわね」
「なかなか賑やかじゃな。今日は楽しもう」
偶には恋人らしいことをしてやりたいからな。とルフトが耳元で囁くと、ラピスはリンゴのように真っ赤に染まった顔を扇子で隠した。
レイアーティ(
ga7618)と御崎緋音(
ga8646)は、決して離れぬように手と手を繋ぎ、解けないように見えない赤い糸で結んで歩いてきた。
「レイさん、この浴衣‥‥どうかな?」
両手を横に開いて、朱紅葉柄の浴衣をひらめかせて見せる。
「良く似合ってますよ」
「えへへ‥‥。コンテストの前に、短冊を笹に結びにいきましょう?」
「そうですね」
二人はお互いは手の温もりを、何よりも大切に感じながら歩いていった。
「今日は天気も良いし、祭りも盛況。夜には天の川も見れそうで御座いますね」
青天の浴衣を着たジェイ・ガーランド(
ga9899)は七夕の柄の浴衣をきた赤宮 リア(
ga9958)と共に会場に訪れていた。
「まぁ♪ ジェイさん浴衣がとてもお似合いですねぇ〜」
「リアの浴衣姿もとても美しいですよ。今日の祭に良くあっています」
赤宮はトレードマークの赤い帽子の上から、照れ隠しに頭を撫でる。
「今日はお誘い有り難う御座います。この様なイベントは初めてですので楽しみです♪」
「私も楽しみです。早速、屋台を見に行ってみますか」
「はいっ!」
客が入りだすと、傭兵たちの屋台もにぎわい始めてきた。
「ふふふ‥‥見せてあげましょう私のカキゴウリテクニック! 日本に生まれ、今までの約半生を日本で育った私ならば‥‥きっと普通のかき氷ができるはずです!」
熱意とは打って変わって冷たいカキ氷を作るのは紺のスーツに身を包んだグリク・フィルドライン(
ga6256)だ。
「かき氷は‥‥どう、いかがー‥‥?」
グリクを手伝ってかき氷屋を宣伝しているのは、リュス・リクス・リニク(
ga6209)だ。慣れない浴衣にビニール草履で、少し危なっかしい足取りでかき氷の看板をあっちにふらふら、こっちにふらふらと可愛らしく掲げて歩き回っていた。
「フィルの作った‥‥かき氷‥‥いかがー?」
そのおかげか、遠くから二人の客が走ってきた。
「やっほー、グリクさん! リニクちゃん!」
グリクに元気よく挨拶したのは、紫陽花柄の浴衣を着た不知火真琴(
ga7201)だ。艶やかな銀髪に浴衣が良く似合う。
「真琴さんいらっしゃい! あら?」
「こんばんわグリクさん、リニクさん」
「真琴お姉ちゃん‥‥フォルお兄ちゃん‥‥こんばんわ」
不知火と一緒に現れたのは朱紅葉の浴衣を着こなすフォル=アヴィン(
ga6258)だ。
「さっきそこで偶然あったの」
「折角ですし、ご一緒させてもらったんです。俺は今日一日、不知火さんの付き人って事で」
デートかと思ったが二人とも別の目的があるようだ。視線を交わしてにやりと微笑む。
「そうですか。では二人とも。私のかき氷を食べて頭をキンキンさせるがいい!」
「望むところ! ジャンケンで勝負だよ! 勝ったらタダ、負けたらフォルさんのおごりで」
「どっちみち払わないつもりですか」
『ジャンケン!』
グリクはパー、フォルもパー、真琴はチョキ。
「やったー! うちの勝ち♪」
「あいこ、だから負けですね」
真琴にはブルーハワイ、フォルは自腹でレモン味を頼んだ。
グリクは昔ながらの手回し型のかき氷機に、手に入りづらくなった四角い氷をセットし、始めはゆっくり、段々早く回していく。
刃で削られ、雪のようにふわふわしたカキ氷が器に積もる。青と黄色のシロップをかけて完成だ。
「はい、お待ちどうさま♪」
「ありがとう! んー、冷たーい」
「頂きます」
かき氷を手に入れた二人はグリクに礼を言うと、もう一つの目的を達成するため行動し始めた。
「甘くておいしい、懐かしくて暖かいわたあめ。いかがですか〜?」
ざらめの焼ける甘い香りと鈴の音のような美しい声が、屋台から漂ってくる。神無月 るな(
ga9580)の営業する、昔懐かしいわたあめ屋だ。
円形の綿菓子機の真ん中にざらめを入れ、スイッチを入れる。ざらめが熱せられ、円の周りに割り箸を回転させていくと、輝くわたあめが段々と大きくなっていった。
「綿菓子‥‥あった!」
眼鏡の下の瞳を子供のように輝かせながら、屋台に佐竹が近づいてきた。
「優理さん、綿あめ好きなんですか?」
「大好物だ。子供の頃通っていた道場の近くで、祭があってね。きつい練習の後に食べた綿菓子の味は今でも忘れられない」
「お二人とも、わたあめいかがですか?」
「頂きます」
金を払い、子供の夢と砂糖でできた菓子に口をつける。大人には少し酸っぱい、純粋な甘みが口の中に広がった。
「この屋台は‥‥」
山盛りの食糧の大半を平らげた赤霧が、次の獲物を探していると、昔ながらのアニメや特撮ヒーローのお面がかけられた屋台に出くわした。
「お面屋さん?」
ゆっくりと、お面の向こう側から2mを越す長身をもつネオリーフ(
ga6261)が姿を現した。
「お面‥‥買いません?」
狐の面を外すと、外見に似合わぬ幼い顔が露になった。巨体に虚を突かれた赤霧だったが、すぐに笑顔を取り戻す。
「じゃあ、このネコのお面をください」
「はい、ありがとうございます。お面をどうぞ」
一番上にかかったお面を取り、赤霧に手渡す。赤霧も笑顔でお面をつけた。
「あ‥‥お面‥‥」
赤霧とネオリーフが声をしたほうを向くと、そこにいたのは大きなかき氷の看板をもったリニクがいた。
屋台の宣伝に歩き回っていたら、たまたまここに辿り着いたようだ。二人に視線を向けられると、すぐ看板の後ろに身を隠してしまった。
ネオリーフは小さいリニクと目の高さを合わせるように、膝を曲げて腰を落とした。
「お面、いかがですか?」
「あの‥‥あれ」
リニクが恐る恐る指差したのは、昔ながらの雅な狐の面だった。
「‥‥レア物です」
ネオリーフはにっこり笑って手渡すと、リニクは本当に嬉しそうにぺこりと礼をすると、その場を立ち去った。
(「喜んでもらえてよかった」)
ネオリーフがお面を補充していると、くいくいとズボンを引っ張るものがいた。
振り返ると、息を荒げたリニクが片手に何かを持っていた。
「これ‥‥フィルが作ってくれた‥‥かき氷。どうぞ」
「ありがとう、頂きます」
今度はリニクも笑顔で大きく頷いた。
「んーかわいいなぁー。可愛すぎるよすずー!!」
準備完了した屋台の前で、思わず黄色い声を上げているのは皆城 乙姫(
gb0047)だ。
「乙姫、この衣装は‥‥どうなんだ?」
皆城の歓喜の源、篠ノ頭 すず(
gb0337)は、自分と皆城の姿に戸惑っていた。
買ってきたメイド服に、頭にはネコ耳、後ろにはしっぽ。
二人のネコメイドさんが、衣装とは全く関係ないクレープ屋の前に存在していた。
皆城はネコ耳としっぽをぴこぴこと動かし、全身で喜びを表現していた。
篠ノ頭も恥ずかしながら、皆城の喜ぶ姿を嬉しく思い、愛らしいポーズをとってみせる。
「すず! 語尾は必ず『にゃ』だからねっ!?」
「うん、わかった‥‥にゃ」
「ほらほら、恥ずかしがってちゃだめだよ! お客さんをしっかり呼び込まなきゃ」
「クレープ、食べていってほしいにゃ♪」
篠ノ頭が照れを振り払って笑顔を作り、可愛らしくウィンクしてみせた。
「‥‥ううう、すず‥‥」
「ダメだったか‥‥にゃ」
「愛らしすぎるよすず〜!」
皆城は我慢できずに篠ノ頭をぎゅうっと抱きしめた。
「やあ、すず、乙姫。約束どおり遊びに‥‥」
「あら、お二人でクレープ‥‥」
ちょうどタイミングよく(悪く?)屋台を訪れたジェイと赤宮が、二人の姿を見て絶句した。
篠ノ頭の顔がトマトのように真っ赤に染まる。
「み、見るにゃ‥‥こんな格好で出会うなんて、一生の不覚だにゃ」
「ほら、恥ずかしがってちゃだめだってば」
屋台の後ろに隠れようとする篠ノ頭を、皆城が止めた。
「お二人とも、なんでそのような格好を?」
「織姫彦星の衣装でコンテストに一緒に出たかったけど、勝てそうにないし、代わりにこの衣装でクレープ屋の客引きするのもかなーと思って」
(「本当はただネコ耳メイド服姿のすずが見たかっただけなんだけど」)
「お二人ともよくお似合いですよ」
ジェイは皆城の内心に察しがついたのか、苦笑しながらそう言った。
「二人とも。クレープいかが?」
「苺と生クリームのクレープを戴きましょう♪」
「私はマロンとカスタードのクレープを」
「ありがとうございまーす♪ ほら、すず! 恥ずかしがってる場合じゃないよ、材料混ぜて」
「うう、わ、わかった‥‥」
皆城は鉄板に火をいれ、篠ノ頭が大きめの長鍋に皮の素になる粉と水を混ぜて、業務用ミキサーでかき混ぜる。
だが、やはり恥ずかしさからか、気持ちもミキサーも空回りしてしまう。
「あ、すず、もっと丁寧にやらないと。粉がだまになっちゃうよ」
「ああ、すまん‥‥」
「落ち着いて。大丈夫、すずならできるよ!」
粉と水が均一になるように、ミキサーを上手く使って混ぜ合わせる。
できた素を皆城に渡すと、お玉で一杯分を鉄板に垂らし、棒で円形に伸ばしてやる。
焦げ目が着く前に下から細長いヘラで皮を鉄板からはがして、裏返す。
柔らかさを失う前に鉄板から冷たい板へと移し、お好きにトッピングしてできあがりだ。
「はい、お待たせしました。どうぞ♪」
「ありがとう、戴きます」
クレープの生地とトッピングの甘みが合わさって、口の中に旨みが広がる。
「とっても美味しいですよ!」
赤宮が笑顔で答えると、皆城と篠ノ頭は抱き合って喜んだ。
「金魚‥‥釣り? すくいじゃないんですか」
「日本語の間違いか?」
屋台を歩き回っていた佐竹と鳳は、アナスタシアのヨーヨーと金魚釣り屋に辿り着いた。
「面白そう、ちょっと寄っていきませんか? 普通の金魚すくいだったら‥‥」
「嫌ですわ、つばきお姉さま。あたしがそんな手抜かりをするわけないでしょう?」
店番のアナスタシアが不敵な顔で笑う。彼女は佐竹と鳳の二人に、小さな竹竿を手渡した。
「何に使うの?」
「ふっふっふ。餌はとられてもいいけど、竿が折れたらおしまいだよ」
素の口調に戻っても邪悪な笑顔はそのままに、二人を水槽の前に案内した。
水槽の中はいたって普通だ。ヨーヨーと金魚を一緒にしているため、少し釣り難いくらいだ。
「見た目はただの金魚すくいにしか見えないが?」
「必ず釣ってみせます‥‥!」
鳳は俄然やる気を出して釣り糸を垂らした。糸の先にはちゃんとした釣り針と餌が付いている。
ヨーヨーの影から金魚が餌に食いつく姿が見えた。
「いまっ!」
一気に釣り上げるべく、鳳は竿を立てた。
金魚一匹、和紙のポイでも最中のポイでもなく、小さいとはいえ竹の竿で釣るくらい、簡単‥‥。
――――グイッ。
「ぇっ?」
竿が大きくしなった。予想以上の引きに、思わず鳳は重心を崩してつんのめってしまう。
手を水槽の中に入れる前に、佐竹が鳳の肩を掴んで抱き寄せた。
ミシッバキッと映画のSEさながらの音を立てて、鳳の手の中で竿が折れた。
「はい、あたしの勝ち!」
満面の笑みを浮かべるアナスタシアに対して、鳳は呆然としていた。
「な‥‥なんなんですか、これ!」
鳳の声と同時に、佐竹の竿も折れる。水中の金魚は高速で移動し、竿の残骸だけが浮かび上がってくる。
「世にも珍しい、金魚キメラだよ。日本で発見されたのをキャプチャーしてきました☆」
「そんな危ないものわざわざ用意するんじゃないの!」
「えー、つばき姉さんだって本当は期待してたくせに。あ、釣れなくても一匹持ち帰れるけど」
「いりません! 優理さん、別の屋台にいきましょう!」
ぷりぷり怒った鳳は、佐竹の手を取って屋台を離れた。
少し歩いたところで怒りも収まると、無意識とはいえ佐竹の手を握っていることに気がついて、怒りが恥ずかしさに変わった。
嫌じゃないかな、離したほうがいいかな、と迷いながらも、思い人の手のぬくもりは夏の暑さよりも鳳の体を熱くして、離したくないと強く思う。
どちらからともなく、手が離れる。
鳳は勇気を振り絞って、佐竹を振り返る。
「あ、あの‥‥、手を繋いでも、い、いいですか?」
「あぁ」
佐竹は心なしか優しい声で答えると、今度は自分から鳳の手を取った。
再び手を包む世界一のぬくもりに、鳳の顔は髪の毛以上に真っ赤に染まった。
そんな二人を見つめる怪しい気配が二つ‥‥。
『やったわ、フォルデン! つばきちゃんが佐竹さんと手を繋いでいるよ!』
『よかったですね、マコット・スネーク。‥‥ところで、僕たち無茶苦茶怪しくないですか?』
『そんなことないよ、このダンボールはスニーキングミッションの必需品です! 誰にもうちとフォルさんだと気づかれません。それより、次はコンテスト会場で二人を応援しないと。行きましょう、フォルデン!』
『え、このままいくんですか?』
茂みから二つの足の生えたダンボールが、祭会場の茂みから飛び出してコンテストの舞台へと移動していく。
その姿を、たまたま散策していたルフトとラピスの二人が目にしてしまった。
「‥‥今の、なんだったんでしょう?」
「わからんな‥‥。お、カキ氷か。暑くなってきたし寄っていくか?」
「はいっ」
いらっしゃいませー、と元気よく挨拶をするグリクと狐面のリニクに挨拶を返し、ルフトは金時を、ラピスはイチゴを注文する。
「これ、美味しいですわよ」
「ほう、どれどれ」
ラピスが自分で食べようとスプーンによそったカキ氷を、ルフトが顔を近づけて食べてしまう。
「うむ、なかなか美味じゃな」
急に目の前にルフトの顔が近づいてきて、どぎまぎしているラピスに気づかず、ルフトは自分の金時をよそってラピスの唇に近づけた。
「わしの金時も結構いけるぞ」
「あ‥‥はい‥‥」
ルフトの無邪気な笑顔に引き寄せられるように、カキ氷を口にする。
味はよくわからなかったが、カキ氷を食べているのに、全身が異常に熱かった。
「‥‥とっても、美味しいですわ」
「‥‥熱くてカキ氷が溶けちゃいますよ」
「‥‥あつーい」
見せ付けられたグリクとリニクは、思わず思ったことを口に出してしまった。
「笹の葉‥‥なんだか懐かしいです」
手を繋いだ御崎とレイアーティが、巨大な竹の前に到着した。
御崎は小学校の頃、学校の校庭の竹に短冊を結んだことを思い出していた。
(「あの時はなんて書いたのかな、思い出せないけれど。今書きたいことは、はっきりわかる‥‥」)
竹の根元に置かれた短冊と筆を取り、願いを込める。
『ずっと、いつまでもレイさんと一緒に笑顔でいられますように』
レイアーティも慣れない筆に手間取りながら、御崎に手ほどきを受けつつ願いを込める。
『いつまでも緋音君と笑顔で一緒にいられますように』
お互いの願いを観て、二人は笑いあった。繋がっているのは手だけではなかった。
「レイさん、カキ氷屋さんがありますよ、食べに行きましょう!」
グリクとリニクのカキ氷屋の前では、カキ氷二杯目に挑戦した西島が、無言で頭を抱えていた。
「‥‥」
「‥‥大丈夫?」
リニクが心配そうに顔を覗き込む。まあ祭の日にはよくみる光景だ。
「ブルーハワイくださいな♪」
「私はイチゴをお願いします」
「はい♪ ありがとうございます! 急いで食べ過ぎて頭が痛くならないようにね」
ベンチに座ると、向かいのベンチに漸と王のカップルが先にクレープを食べさせていた。
「零、はい。あ〜〜ん。どう? おいしい?」
「ああ、美味いな。でも憐華の団子のほうが美味しいな」
「そう言うと思って、一杯作ってきましたよ♪」
憐華が取り出した重箱を開けると、中には手作りのお団子がぎっしり詰まっていた。
「むぅ‥‥。レイさん、負けていられませんよ! はい、あーーん!」
ライバル意識を燃やす御崎が、レイアーティの口元にカキ氷を持っていく。
「‥‥あーん。‥‥流石に恥ずかしいな」
「えへへ。ほら〜、見てみて〜♪ べぇ〜っ」
御崎はブルーハワイで真っ青に染まった舌を見せる。
「負けませんよ。どらきゅらー」
レイアーティも負けじとイチゴで赤く染まった舌を突き出した。
「え、何。ここはコンテストの前哨戦会場デスカ?」
「‥‥アマーイ」
カップルの愛情を見せ付けられるグリクとリニクは、再びこっそりと呟いた。
●コンテスト開始!
『あーあー、間もなくコンテストが開催されます。コンテスト参加者は規定の控え所までお越しください』
スピーカーからアナスタシアの声が会場に響き渡った。
参加するのは漸王零と王憐華、佐竹優理と鳳つばき、レイアーティと御崎緋音の三組。
「皆参加ありがとう! はい、これが織姫と彦星の衣装だよ」
一人一人に衣装を渡して、着付けの仕方を教えていく。慣れない着物に手間取りながらも、お互いの衣装を整えていく。
「零、よく似合ってますよ」
漸は照れてポニーテールに纏めた髪を撫でる。
「憐華も、綺麗だ」
「優理さん、襟が‥‥」
鳳が佐竹の襟の歪みを直す。
「ああ、すまん」
「レイさん、着物も素敵ですよ!」
「緋音君もとても可愛いよ」
「はいはーい、いちゃいちゃするのは舞台に上がってからにしてくださーい。‥‥ふんだ、あたしだってもうちょっと大きくなればくまさんと‥‥ブツブツ」
「時間だ」
舞台裏のくまさんから連絡が入ると、参加者たちの顔も引き締まった。
「それじゃ、皆頑張ってね!」
一番最初にアナスタシアが舞台の上へと走り出した。
「れでぃ〜すえーんどじぇんとるめん! おとっつぁんにおかあちゃーん! 大人も子供も、お姉さんも! お待たせしました、織姫彦星コンテストの開催です!」
アナスタシアがマイクを握り、叫んだ。大声とハウリングで傭兵たちは耳を塞いでいるうちに、裏でくまさんが音量を調整する。
「まず初めにルールを説明します! 今から3組のカップルが登場してアピールを行います。皆さんはどのカップルが一番織姫と彦星に相応しいか、一人一票投票してください。投票はアピール終了後に集計します。皆さんが短冊に願いを書いているうちに集計しますから、是非投票してね!」
では一番目のカップル、とアナスタシアの紹介と共に、漸と王が入場してきた。
「漸王零さんと王憐華さんのカップルです! ではアピールお願いします♪」
進みでた二人はお互いを見つめあい、一年間の思いを込めた言葉を交わす。
「汝の事を想い恋い焦がれ今日この日の再会を一年待ち続けてきた。この喜びを皆と共有するために我は皆の願いをかなえよう」
「この一年、常にあなたを想い過ごしてきました。待ちに待った今日この日に皆様の願いをかなえることで最後には私の願いをかなえてもらいましょう。他の誰でもない、私が愛するあなたに」
二人の愛の言葉に、観客の傭兵たちも顔を赤くするものが続出した。
「はい、ありがとうございます。次は佐竹優理さんと鳳つばきさんのカップルです!」
「つばきちゃん、可愛いよ! 頑張って〜!」
不知火の応援が舞台の鳳にも届いたようだ。照れながらも小さく手を振り返した。
「織姫・彦星のように障害がいろいろとあるかもしれませんがひとつひとつ乗り越えて行きたいと思います」
「ベガもアルタイルも綺麗だね‥‥でも、私の方が綺麗だよ‥‥」
「嬉しい‥‥って、私じゃないんですか!?」
絶妙のタイミングでボケとツッコミが炸裂し、会場に笑いが広がる。
「はい、ありがとうございました。最後はレイアーティさんと御崎緋音さんのペアです!」
古代中国風の衣装をまとった二人もお互いに言葉を交換する。
「一年に一度しか会えないなんて残酷な罰ですが‥‥私達の愛はこの銀河が続く限り変わりません。‥‥ちなみに銀河が無くなったら毎日会えるので、つまりずっと変わりません」
「‥‥例え一年に一回しか逢えなくとも、私は彼を愛し続けます♪」
「はい、ありがとうございました。皆さんお手元の用紙にどのカップルか、番号で記入してこの箱にいれてね!」
拍手と共に三組のカップルが礼をし、退場する。一体、どのカップルが優勝するのやら‥‥。
●短冊に願いを込めて
昔、竹は邪気を払い、地と空を繋ぐ植物と信じられていたそうだ。笹の葉に結ばれた願いはそのまま空へと昇り、流れ星となって落ちてくるのだろう。
「私も彦星さんと出会いたいものですけど‥‥。いつかは出来ますよね」
コンテストが尾を引いている赤霧は、少し寂しげな顔をしつつも短冊に筆を走らせた。
『いつまでも皆と一緒にいられますように』
(「明日も‥‥明後日も‥‥来年も。いつまでも皆と、一緒に歩みたい。笑っていたいです。私の希望を、照らしてくださいな」)
両手で抱きしめた短冊を笹に結んだ。
「‥‥」
頭痛からやっと回復した西島は、赤い短冊に無言で願いを書き込む。
『これ以上孤児が増えないように‥‥』
「これで‥‥良いか」
襲撃されたときの傷が疼いた。こんな思いを、もう誰にもさせたくはない。強い決意が文字に刻まれていた。
神無月も達筆で願いを短冊へ込めていく。
『失った記憶が戻り、大切な皆を守り抜けますように』
失ったもの、再び得たもの。大切なものを、二度と失いたくない、気持ちが願いとなっていた。
ルフトとラピスの二人も仲睦まじく一緒に願いを書いていた。
「何と書いたか、見てもいいかな?」
「はい、これですわ」
『皆様のご無事をお祈りいたします』と書かれた短冊をルフトに見せ、もう一つの短冊を後ろに隠した。
「なるほどな、もう一枚のも気になるが」
「こっちは‥‥内緒ですわ。ルフトは何を書かれましたの?」
「わしのも内緒‥‥って、冗談じゃよ」
ルフトの短冊には『愛する人といつまでも共に』と書かれていた。
「愛する人は、言うまでもないじゃろ?」
周りに誰もいないのを確認すると、ルフトは赤面するラピスを抱きしめた。
「‥‥ラピスの事じゃよ」
耳元で囁きながら、手でラピスの頬を撫でる。
「愛してる」
言葉を紡ぎ、ルフトはラピスの唇に自分の唇を重ねた。
ラピスの瞳から、大粒の涙が頬に走る。
「す、すまん、嫌じゃったか?」
「いいえ‥‥いいえ。嬉しいですわ‥‥!」
今度はラピスから抱きつき、再び唇を重ねた。
「リニク、短冊書けた?」
「‥‥うん」
リニクは背伸びをして何とか笹に短冊を結ぼうとするが、なかなか結べずにいた。
「私が結んであげるよ」
願いを見ないように、グリクは裏にして笹に結びつけた。
しかし、ちょうど風が吹き、短冊が揺れる。
『フィルの体の具合が良くなりますように』
リニクが顔を伏せてもじもじしながら呟いた。
「この前‥‥血、吐いてた‥‥から。心配‥‥で」
「リニク‥‥ありがとう」
リニクの頭を撫で、グリクは自分の短冊を彼女に見せた。
『この子の笑顔がずっと続きますように』
リニクの短冊のすぐ傍に、グリクの短冊も結ぶ。
「願い‥‥叶うと、いいな」
「そうね」
二人で強く手を繋いだ。お互いの顔が笑っていることを感じながら。
ネオリーフもお面を後ろに被りなおし、願いを短冊に込めた。
『今日より明日がもっと幸せになりますように』
「うん‥‥これでよし」
にっこり笑って、高い身長を利用し、さらに背伸びをしてなるべく高いところに短冊を結びつける。天に届けと願いながら。
「あー、つばきちゃん、優勝してくれると嬉しいんだけど」
「そうですね。二人ともお似合いでしたし、きっと」
ダンボールを脱ぎ去った不知火とフォルも、それぞれの思いを短冊へ込めていく。
『大事な人たちがいつも楽しく笑顔でいられますように』
「これにきめた! フォル君も書けた?」
「はい」
『皆がめぐり会えます様に』
「じゃあ、結んでつばきちゃんのとこ、いきましょう! あの衣装のつばきちゃんをもっと近くで見たいし」
「了解!」
「世界人類が平和でありますように、では少々古典的過ぎますか」
「う〜ん、願い事は沢山あって悩んでしまいますね‥‥」
ジェイと赤宮も悩みつつ、筆を走らせる。たとえ願いは多くとも、書ける願いは一つだけだ。
『我が親友たちの未来に、幸多からん事を』(隅には俺にも幸せ分けてくれと小さく書かれている)とジェイは願いを決めて結びだす。
『早く皆が幸せに過ごせる世界が訪れます様に』
赤宮の短冊には消された跡が残っていた。
『‥‥姉様‥‥戻っ‥‥様に』
願いの星が二人の願いを一つでも多く叶えてくれるよう、願おう。
「優理さんは短冊書かないんですか?」
「んや、私はいい。願い事があれば自分の力で叶えたいんで」
着替えを終えた佐竹と鳳が笹の前までくる。
「じゃあ私、真琴さんと一緒に結んできますね」
頬を染めながら握った短冊には『みんなが無事で、元気でありますように。そしてあの人との仲がもっと進展しますように』と書かれていた。
「お店人気で屋台回れなかったね、すず」
「うん、乙姫すっごく可愛いから皆に見られて、ちょっと嫉妬しちゃったにゃ。でも楽しかったにゃ。またやりたいにゃ」
皆城と篠ノ頭もあの格好のまま笹の下に集まっていた。すでに願いが書かれた短冊を握っている。
『すずとずっと一緒にいられますように』
『乙姫と、いつまでも一緒にいたい』
「本当? じゃあ部屋でもう一回その格好してくれるかな? 今度は眼帯なしで‥‥」
「‥‥それが織姫様の願いなら」
二人の願いは、二人が願い続ける限り叶い続けるのだろう。
「うむ、書けた」
漸が筆を置く。書道は剣に通ずる、とは言うが、見事な達筆だ。
『憐華に憐華の望む幸せが訪れんことを』
「私も書けました」
王も負けず劣らず、美しい字で願いを刻む。
『零の子供がたくさんほしい』
思わず漸は飲んでいたお茶を噴出してしまった。
「どうしたの、零?」
「いや‥‥なんでもない」
「道場一杯になるくらいがいいなぁ‥‥」
憐華のそ知らぬ風な重圧に、漸は頬を掻いた。
全員短冊を結び終えたところで、アナスタシアの声が響きわたった。
「ただいまコンテストの投票結果がでました。優勝は‥‥佐竹優理、鳳つばきペアです!」
どこからでたのか、スポットライトが二人を照らす。
目立つのが嫌いな佐竹は懐から鼻眼鏡を取りだし装着しようとするが、鳳が喜んで抱きついてきたため付けられず。二人は傭兵たちの拍手に包まれた。
「さて、これにて祭は終了となります。これから竹を海に流しに行きます。お時間のある人はご一緒ください」
くまさんが大きな竹を支えながら、海へと続く道をゆっくり歩いていく。
時間はもう深夜だ。兵舎は沈黙に包まれている。
言葉少なく、傭兵たちは竹を見送るべく歩き出す。
ラストホープの端に辿り着き、クレーンで竹を海へと投げた。
その時、周囲のライトが一斉に消えた。漆黒の闇が傭兵たちを包む。
空を見上げると、天の川が美しく輝いていた。海面も淡い月の光を微かに反射し、まるで水中に星が落ちたようだ。
傭兵たちの願いが星になり、海へ空へと飛び回る。天の川に劣らぬ、強い光を抱いて‥‥。