タイトル:下水道掃討作戦マスター:遊紙改晴

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/22 11:48

●オープニング本文


―下水道

「うお、臭っさ! 科学が発展したっていっても、ここの臭さは変わらねえな」
 大都市の地下。ここには人間が生み出し、隠そうとするあらゆる汚物が流されてくる場所だ。
 直径7メートルにもなる下水管は、排水を海に流れ込む前に処理施設へと送っている。
 いつもは異臭と暗闇と下水の流れる音以外何もないこの場所に、今は二つの光が揺れていた。
「もうちょっとましな仕事はなかったのか、エル」
「文句言わないでよ兄さん。この時世にちゃんと仕事をもらえるだけでも、ありがたいと思わなきゃ」
「ま、そうだな。本職ならいつものボランティアと違って、大砲の弾を避けたり亀と戦わなくて済む」
 ヘルメットにライト、使い込まれたカラフルなつなぎを着込んだ二人の男の声が、下水に響き渡った。
 二人はおよそ人が入る場所とは思えない暗闇と異臭、足元を這い回るゴキブリ、ネズミをものともしない。
「それにしても、バグアと戦争してるって時にパイプ一本の故障で騒いでるなんて、平和ボケっていうかなんというか」
「仕方ないよ。日本は第二次世界大戦以後、戦争に巻き込まれていなかったんだから」
 兄がタバコを取り出し、弟に差し出すと、弟はライターを取り出して兄と自分のタバコに火をつけた。
 麻痺しかけていた嗅覚が敏感に煙の香りをとらえ、下水の臭気を押しのけていく。
「それで、修理する箇所へは後どれくらいだ?」
 兄が咥えタバコのままそう言うと、弟は依頼主に借りた下水管の地図を広げて確認する。
「この先の七番の管を入ったところだよ。光ケーブルが切れてて、排水管も詰まってるらしいよ」
「よし、排水管のほうは俺がやる。ケーブルのほうは任せた」
「全く、兄さんはローテクだな。了解」
 タバコの煙が二人の歩いた後にかすかに揺れる。規則正しい足音が続いた。
 タバコを吸い終わるほど歩くと、二人がいる土管より一回り小さい土管への入り口に到着した。
「ここか」
 ヘルメットのライトで照らしてみるが、奥のほうはいまだ闇に包まれている。損傷箇所は見えなかった。
「はい、兄さん」
「応」
 弟が手渡した光力の強い懐中電灯のスイッチを入れると、七番下水管の闇が光で切り裂かれる。
「お‥‥ぁ」
「こいつぁ‥‥」
 映し出された光景に、二人は目を見開き、咥えていたタバコを落とした。

 ―UPC本部

「なんだこりゃ」
 一人の傭兵が依頼を見つけてそう呟いた。依頼の名は「下水道掃討作戦」。
 下水に紛れ込んだスライムが工場廃水により増殖してしまい、地下に埋められた配管に損害を与えているため、退治してほしいというものだ。
「名古屋防衛戦で戦略的に重要な局面だっていうのに、こんな依頼受ける奴いるのかよ」
「いないのよ」
 受付嬢のリアーネが困った顔でその質問に答えた。
「大勢の傭兵が作戦に参加してくれるのはいいんだけど、その分一般の依頼をこなす人がいなくなってしまったの。
悪いことに、作戦の影響でバグアが放ったキメラも各地で確認されているそうよ」
「なぁるほどね」
「それで、どう?」
「どうって?」
「依頼。受けるの? 受けないの?」
「う〜ん‥‥、でも、下水はなぁ」
「汚くてきつくてかっこ悪い仕事も、大事なのよ?」

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
シュヴァルト・フランツ(ga3833
20歳・♂・FT
エレナ・クルック(ga4247
16歳・♀・ER
無双刻(ga4361
20歳・♂・SN
蓮花(ga4568
18歳・♀・FT
佐竹 優理(ga4607
31歳・♂・GD
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
ヒデムネ(ga5025
27歳・♂・FT

●リプレイ本文

●下水道  人の汚れの行き着くところ
 下水へと続く梯子を降りると、傭兵たちの嗅覚を強烈な臭いが襲う。
「初仕事だってのに早速の汚れ役かい‥‥まぁ、私にゃお似合いだねぇ‥‥あっはっは」
 佐竹 優理(ga4607)は臭さを堪えつつ、軽口を叩いた。しかし、瞳には臭気に消されぬ光が宿っている。
「下水道で‥‥スライム退治‥‥。ま‥‥こんなのも‥‥アリ‥‥かな‥‥」
 幡多野 克(ga0444)は匂いに表情を変えることなく、借りた下水の見取り図に眼を落とす。
 その横でシュヴァルト・フランツ(ga3833)が黒い十字架に祈りを捧げていた。
「さて、皆さん頑張りましょうね」
「俺の大事な武器が錆びないといいのですが」
 ヒデムネ(ga5025)は肩に担いだバトルアクスを、ぽんと手で叩いて示した。
 無双刻(ga4361)は匂いに幼少時代を思い出しつつ、両手で愛銃の冷たい感触を確かめた。
「汚れ仕事は俺様に任せろや! ‥‥せやけどやっぱり臭いなぁ」
「気は進まないけれど‥‥大規模作戦に参加していない以上‥‥雑務はこなさないと、ね‥‥」
 そういってリン=アスターナ(ga4615)は口に新しい煙草を咥えた。
「そうですよ、こんな所にスライムがいたら、皆さん安心して暮らせないじゃないですか〜」
「汚れとか臭いとか取るのが大変そうです‥‥でも困っている人がいるんですし、精一杯頑張ります!」
 リンの言葉に続いて、エレナ・クルック(ga4247)と蓮花(ga4568)もやる気のある言葉を紡いだ。
 皆で円になって、克が開いた地図を覗き込んだ。配管工たちがスライムと遭遇した、損傷箇所のある7番管の場所に印がつけられている。
 スライムについての追加情報は得られなかった。傭兵たちが来るまで、スライムが拡散しないよう配管を閉鎖したためだ。
 しかし、そのために周囲の住民からの苦情にも対応しなくてはならなかったが、捜索する範囲はそれほど広くないようだ。
「二手に分かれよう。7番管を中心として、一組は時計回りに、もう一組は反対方向から」
 リンと克の提案により、A班はエレナ、ヒデムネ、優理、無双刻。B班はリン、克、シュヴァルト、蓮花に分かれた。
「はろはろ蓮花ちゃん。俺様の声聞こえとるか〜?」
「ばっちり聞こえますよ、通信状態良好です!」
 通信手は無双刻と蓮花に決まった。UPCから借りた通信機は下水管の中でもしっかりと機能するのが確認し、それぞれ捜索を開始した。
 
●A班
 スライムに効果があると思われる火を出す道具だが、UPCの武器庫から借り出す許可はでなかった。スライム程度では許可は下りないらしい。
 自然と、中心攻撃手段はエレナの電磁波攻撃なると予想し、ヒデムネと佐竹が護衛にあたることになった。
「ぅ〜、責任重大です‥‥」
 エレナは緊張で表情を強張らせていた。身体の振るえも地下の冷気だけが原因じゃないようだ。
「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。皆でカバーしますし、俺と佐竹さんが守りますから‥‥」
「そうですね‥‥こんなところで怖がってちゃいられないです!」
 エレナはぐっと拳を握り締めて、可愛らしく気合を入れなおした。
 借りてきた鉄の棒で下水をさらいつつ進んでいく。地味な作業の上、臭さと冷気が四人の体力と気力をそぎ落としていく。
「こう足場が悪くちゃあ間合いもロクに取れないねぇ‥‥」
 ぬかるみに足を取られつつ、不安定な足場になれようと、佐竹は日本剣術の足運びを試してみた。
 泥と水と下水管のコンクリートが軽快な動きを阻害する。派手に動いて戦うより、落ち着いて戦うほうがよさそうだ。
 慎重にスライムを警戒しつつ進んでいくが、足元を通り抜けるのは空き缶や破れたビニール袋、ゴキブリに溝鼠。
 30メートルも進んだことには4人ともうんざりした気持ちで一杯だった。
「こちらA班、目標発見ならず。どーぞー」
 
●B班
 無線からA班の無双刻の声が届いた。克とシュヴァルト、リンは蓮花を守るように囲みつつ下水を前進していた。
「あちらも‥‥まだ見つからない‥‥みたいですね」
「地道にでも‥‥確実に‥‥探していきましょう」
 克とリンは淡々とした口調で会話しながら、集中を途切れさせずに下水を棒でさらっていく。
 だがやはりこちらもスライムの一匹も現れはしない。
「蓮花さん、大丈夫ですか?」
 シュヴァルトは通信をしながら歩く蓮花を気遣って振り向いた。
「大丈」
 夫と言おうとした瞬間、蓮花の足の近くをゴキブリと、それを追いかけていくねずみが横切った。
「きゃっ!」
 動揺してバランスを崩した蓮花を、3人がうまく支える。危うく下水の中に倒れこむところだった。
「すみません、ありがとうございます」
『何かあったんか?』
 通信機から無双刻の心配する声が飛び出してきた。蓮花の悲鳴が伝わっていたのだ。
「大丈夫です、転びそうになっただけですから」
『そうか。それにしても、そっちにもなんもいないとなると、やっぱり7番管のところにいるんかもしれんなー。音でもだしておびき出してみよか?」
 蓮花は3人に無双刻の提案を伝えた。
「敵がどれほどか‥‥わからないうちは、余り動かないほうが‥‥無難‥‥ね」
「そうですね、まずは一旦合流しませんか?」
「両側から7番管に入ってみましょう。スライムがいれば挟み撃ちにできますし、いなければ合流することもできます」
『わかった。こっちも7番管に向かうでー』

●7番下水管  スライムの壁
 7番下水管は直径5メートル。横幅は15メートルほどある。人一人が簡単に立って入るには十分だ。
 先ほどいた下水管より狭くなったため、一層じめじめしている。
 しかし不思議なことに、足元にはゴキブリもねずみも、一匹も見つからなかった。
「これは怪しいね‥‥」
 気づいた佐竹は棒を置き、刀がすぐ抜けるように手を添えた。
 ヘッドライトを強くして、下水管の奥を照らす。その反対側でも、蓮花たちが7番管を進んできていた。
 ちょうど7番管の中心部。破損があった場所のすぐ近く。
 8人が目撃したものは、直径5メートルの下水管を覆うほど巨大化した、スライムだった。
 それはもはや壁といったほうがいいかもしれない。ヒデムネが声をかけてみたが、反対側にいる克たちには聞こえないほどだ。
 その厚みは3メートルはあるかもしれない。人一人を丸呑みできる大きさだ。
「なるほど、道理で一匹も見つからなかったわけだ。ここに全て集まっていたということですね」
「封鎖されて他から下水が流れ込まなくなったから、ここから漏れる排水を吸収して大きくなったのかな」
『で、どないするん? やっぱり、両側から一気に攻撃するか?』
 克はバトルアクスを肩から降ろし、一歩前へ進み出た。
「最初、俺とヒデムネさんで一撃喰らわそう。エレナさんにはその傷跡を狙ってもらえばいい」
 
 反対側で、ヒデムネも一歩進み出た。バトルアクスを振り回して、周りに当たらないか、間合いを計る。
「普段とは違う得物を使うっていうのもたまにはいいですねえ」
 ずっしりとした重量感が手に伝わってくる。凍えた指先を温めるように、一度息を吹きかけた。
 エレナは超機械一号を取り出し、いつでも起動できるようにした。
「準備オーケーやで」
『はい、それじゃあ1、2の、3!』
 克とヒデムネが大きくバトルアクスを振り上げ、
『っていったら振り下ろしてくださいね』
『びゅん』
 空振った。
「‥‥蓮花ちゅあ〜ん」
 スライムの壁で歪められ引きつった笑みの無双刻の顔が、蓮花にも見えた。
『いやぁ、お約束かな〜、と思いまして』
 気を取り直し、克とヒデムネが大きくバトルアクスを振りかぶった。
「1、2の、3!」
 超重量の鉄の固まりが、スライムの体を容易く切り裂く。酸を警戒して二人はすぐさま後ずさった。
 
 結果的に、それが幸いした。
 
「え!?」
 傷口から酸が噴出すと思っていた8人の予測は、完全に外れた。
 巨大なスライムが、傷口から分裂したのだ。
 いや、よく見ると、巨大な一匹のスライムではなく、こぶし大のスライムの群体だった。
 均整を失った巨大スライムは、はじけるように周囲に飛び散った。
 8人の体のあちこちに、ぺたぺたとスライムがくっ付いて、這い回る。
「いぃぃぃやあぁぁあああ〜!! トッテ、取ってとって!」
 エレナは半狂乱になって腕を振り回してスライムを取ろうとするが、スライムはにゅるにゅると腕をさかのぼっていく。
「エレナさん、落ち着いて! 今とってあげるから」
 スライムから何とか逃れたリンがエレナに近づこうとするが、混乱したエレナが激しく動いてしまうので思うようにいかない。
 ついに一匹のスライムがエレナの首筋を伝って頬へ‥‥
「ひっ‥‥!」
 全身の毛が逆立つ感覚がエレナを襲った。次の瞬間には、電波増幅した超機械を発動していた。
 エレナを中心として、電磁波が周囲を走った。電磁波を受けたスライムたちは、その形を保つことができずに破裂して体の中の排水を撒き散らした。
 スライムの中には、ゴキブリやねずみを丸呑みしていたものもいて、その亡骸も周囲に飛び散った。
 
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
 
 全身の汚れを無視し、傭兵たちはおのおのの武器に怒りを込め、もくもくと残りの散ったスライムを始末していった。
 克とヒデムネの斧が断ち、シュヴァルトと蓮花の剣と佐竹の刀が切り、無双刻の銃が火を噴き、リンのファングが裂き、エレナの超機械が破裂させた。
 半ばヤケクソになった8人の傭兵が、全てのスライムを駆除するのに、大して時間はかからなかった。


●風呂場  全てを洗い流して

 浄水施設内の女風呂にリン、エレナ、蓮花の3人の姿があった。
 ここは浄水時に発生する熱を利用して作られた風呂だった。
 普段は一般客に広く使われているが、全身汚物まみれで帰ってきた8人を見て、職員が貸切にしてくれたのだ。
 さらに湯船には様々なハーブが入っており、爽やかな匂いに包まれていた。
「ううう、ひどい目にあいました‥‥」
「もう絶対、こんな依頼受けません。下水道はこりごりです」
 エレナと蓮花は文句を言いながら、暖かいハーブ湯に体を沈めた。骨まで染み込んだ冷気が、全身から消えていくのがわかる。
「本当、災難だったわ‥‥エレナ、髪の奥にスライム、ついてる」
「え!? 嘘!」
 リンは薄っすらと微笑を浮かべて答えた。
「‥‥うん、嘘よ」
「びっくりしたじゃないですか! よーし、それ!」
 3人だけの広い風呂で、水掛け遊びが始まった。

 
「あー、向こうは楽しそうでええなぁ」
 壁を伝って女風呂の楽しそうな声がかすかに聞こえてくる。
 男5人はゆずの浮かんだ風呂に入っていた。黒い漆塗りのお盆の上には、ココアと酒が入ったコップが、人数分置かれている。
「‥‥仕事の後の一杯は、格別‥‥です」
「これで混浴ならなおよかったんだけど」
「風呂がこんなに気持ちいいものとは思いませんでしたね」
「なんにしろ、皆さんお疲れ様でした」
 各々盃とコップをもち、乾杯してから飲み干した。体の外と中、同時に温もりが駆け巡る。
「かぁ〜! うまい!」
「今回は災難やったけど、この経験がありゃ戦場での汚れもそんなに気にならんかもしれんなー」
「‥‥正直、そんな経験したくなかったです。そしてこれからも二度としたくないですね」
「次はもっと楽な仕事を選ぼう」
 男たちは愚痴りながら、盃を傾けていった。

 蓋をした臭いものも、最後には誰かが片付けなければならない。あなたが知らないところで、誰かがそれをやっている。
 こうして、我々が使う水は傭兵たちの見えない努力によって、再び供給を取り戻したのであった。