●リプレイ本文
●命を植える
雲ひとつない青空の下。緑色に染まった畦道には、小さくオオイヌノフグリの青い花が揺れる。
昔話に描かれそうな小山の上に一軒、古い木造の家があった。水沢家だ。
傭兵たちが舗装されていない砂利道を登っていくと、家の中から年配の女性がでてきた。
「こんにちは! UPCから田植えのお手伝いで派遣されて来た傭兵です!」
柊 理(
ga8731)が挨拶すると、依頼主の喜代お婆さんが暖かく迎えてくれた。
「あらあらまぁまぁ、こんな辺鄙なところまで、よく来てくれたねぇ。さぁさ、汚い家だけど、上がっとくれ」
「喜代、誰だ?」
痛めた腰を抑えつつ、布団から起き上がってきた団八お爺さんが土間にでてきた。
「お父さん、お願いしていた傭兵の人が来てくれたんですよ」
「うちらがやってきたので安心してくださいなのです」
ハルトマン(
ga6603)が薄い胸を叩いて自信満々に宣言する。それを聞いたお爺さんの顔が真っ赤に変わった。
「傭兵? そんな奴らにわしの田んぼを触らせられるか! 帰れ帰れ!」
そう声を荒げて反対したが、すぐに腰を抑えてその場にうずくまってしまった。
「ほら、寝てないとだめですよ」
「依頼を受けた以上やり遂げるのが傭兵です! 団八おじいさんも安心して休んでて下さいね」
「ええい、余計なお世話だ、わしの田んぼは、わしが‥‥いたたた」
「みずほはね〜、田植えを一生懸命やってね〜、泥んこまみれになるかもしれないけど頑張るの〜☆ おじいさんはゆっくり寝ててなの」
葵瑞穂(
gb0001)がそう言って無邪気な笑顔でお願いすると、流石に頑固なお爺さんも折れたようだ。勝手にせい、と言って布団にもぐりこんでしまった。
「ごめんねぇ、気を悪くしないでおくれ。お父さん、雄一郎が死んでから田んぼのことしか頭にないから‥‥」
篠ノ頭 すず(
gb0337)の片方の瞳に、仏壇に置かれた写真が写った。中には今の団八翁とは打って変わって、快活そうな笑顔の姿が雄一郎と並んでいた。
「はぁ〜〜、やっと付いた。田植えの前に汗かいちゃったわ」
しんみりとした空気を打ち破って、大きな荷物を背負った火絵 楓(
gb0095)が遅れて到着した。
「ん? どうしたの皆、元気ないよ?」
「なんでもないんだよ、よく来たね。それじゃ早速、仕事をしてもらおうか。こっちだよ」
家から出ると、ちょうど朝日を受けて棚田が輝いて見えた。風が水面を揺らし、光が踊る。
「うわぁ、段々畑! ‥‥え、棚田、ですか?」
その端にある小さな水溜に、これまた小さな可愛らしい青い苗がびっしりと生えていた。
「うちの田んぼはこの斜面全部でね。そこにこれを全て植えるんだよ」
「結構ありますね‥‥。三角枠を使った転がし式の植え方するのかな?」
「いや、これを使うんだよ」
M2(
ga8024)の質問に、喜代さんは立方体の枠を持ってきた。
「これをこうして、一つ植えて、亦次のを植えていくんだよ」
喜代さんは慣れた手つきで数本の苗を取ると、枠を田んぼにおいて一つ苗を植え、そのまま枠を横に転がして次の苗を植える。
様々な形をした棚田には、こちらのほうがやりやすいのだ。
喜代さんが皆に苗とそれを入れる籠、立方体の枠を手渡した。
「俺田植え初めてだ、一生懸命頑張るぞ♪」
番 朝(
ga7743)が楽しみで仕方ないといった感じに笑って、田んぼへと飛び込んだ。
「しっかり手伝い、無事に田植えを終わらせましょう。農作業ですから、ファッションは二の次で」
ジェイ・ガーランド(
ga9899)も、長い髪が邪魔にならぬように纏めてそれに続く。
「いっしょにがんばろうね、すず」
作業服に着替えた皆城 乙姫(
gb0047)が、微笑みながら恋人のすずの手を引く。
ジャージと長靴に着替えたすずも嬉しそうに皆城の跡を追った。
一つの田んぼの角に四人が立つ。
「では皆さん。作戦を開始します、準備は宜しいですね?」
『はーい!』
「それでは、始めましょう」
音影 一葉(
ga9077)の号令と共に、田植えが始まった。
田んぼの土は粘度が高く、足を一度踏み入れると引き抜くのに苦労した。
「あー、おたまじゃくしなのー」
葵が水に手を入れると、黒くて丸い音符型のおたまじゃくしが尻尾を振って逃げていく。
「こっちにはどじょうがいましたよ〜!」
ハルトマンが嬉しそうに手ですくったどじょうを見せようとして、泥に足を取られてしまった。そのまま顔面から泥に直撃する。
泥から顔を引き抜くと、上着から下着まで泥だらけになってしまった。
「ハルちゃん、大丈夫?」
「泥パックなのです〜、えへへ」
皆城が心配そうに近寄ろうとしたけれど、運悪く深いところに足を踏み入れてしまったようで、重心が崩れる。
「乙姫、危ない!」
慌てて傍にいた篠ノ頭が支えようとしたが、勢い余って二人とも泥にダイブ。
眼帯まで泥だらけになった篠ノ頭をみて、皆城は自分も泥だらけなのも気にせず声を出して笑ってしまった。
「よーし、こうなったらあたしたちも泥んこになろー!」
「ええ!? ちょっと、楓ねえちゃ」
「火絵さん、やめ」
「わたしもなの〜!」
ノリに乗った火絵が番と音影に飛びついて、田んぼの中に3人で倒れこんだ。葵もそれに続く。
土と水の匂いが体中に染み渡っていく。けれど不思議と不快ではなかった。
男性陣は姦しい女性陣を見て笑いながらも、着実に仕事をこなしていく。
「ああー、眼鏡まで泥だらけになっちゃって。‥‥くあー、腰に来た!」
M2が伸びをしながら腰をとんとんと叩いた。腰を曲げて身動きの取りづらい泥の中を歩くと、体の節々が痛くなる。
「皆で手分けしてすぐ終わらせましょう。遊ぶのはそれからですよ。力仕事は我々男連中にお任せを。‥‥ん? 柊君、顔色が悪いけど、大丈夫ですか?」
端整な顔立ちに泥をつけたジェイが、隣の柊の顔を心配そうに覗き込んだ。
「慣れないことすると疲れますね。覚醒して‥‥よーし! さぁみんな、張り切ってやり切っちゃおう!」
覚醒すると打って変わって血色がよくなった柊は、素晴らしい速度で苗を植えていく。
(きっと明日はみんな筋肉痛ですね)
小山にできた棚田の上から下へ、銀色の水面に青々しい苗で絵を描いてゆく。
時折汗ばんだ頬を、冷たい風が撫でて通り過ぎる。泥の香りの中に、夏の匂いを感じた気がした。
全ての田んぼに苗を植え終えると、泥だらけになった傭兵たちは、足を田んぼに入れたまま畦道に寝転んだ。
太陽が空の真ん中で皆をまぶしいくらいに照らす。乾いた泥がぴりぴりと皮膚を刺激するのも心地よい。
家のほうから喜代さんと篠ノ頭が何かを持ってきた。
篠ノ頭は裏の井戸から汲んできた水を皆に渡した。
「乙姫、大丈夫? 暑くなってきたからな、熱中症には気をつけないと」
「えへへ、大変だったけど、面白かったね? すず」
「はいはい、みんなご苦労様。お昼にしましょうね」
喜代さんが大きなお盆を持ってくる。上に乗っていたのは、山盛りのおはぎだ。もち米を餡子で包んだものに、黄な粉、ごま塩のものもある。もう一つの皿には大きな稲荷寿司が。
「傭兵さんだから、一杯食べると思って。ちょっと作り過ぎちゃったかねぇ?」
「ありがとうばっちゃん! 俺お腹ぺこぺこだよ!」
「いただきますなの〜」
「二人とも、ちゃんと手を拭いてからじゃないとだめですよ!」
番と葵が手を伸ばそうとするのを止めて、音影がウェットティッシュを渡してあげる。
M2とジェイもタオルで顔と手を拭くと、稲荷寿司に手を伸ばした。
「寿司ってこういうのもあるんだな」
「稲荷寿司というものです。‥‥でしたよね、一葉?」
「ええそうです。昔は稲を食べる雀を狐が捕ってくれたんです。それに狐は人を化かして遊ぶとして畏敬の対象でした。それで狐の好きな油揚げで作った稲荷寿司を供えたんです」
「音影さんって博識〜。あたし日本人だけどそこまで知らなかったよ」
「ほうはっはんでふはー」
麦茶片手に稲荷寿司を食べる火絵の隣で、ハルトマンが黄な粉のおはぎをいくつも口の中にほうばった。
「‥‥無くなる前にボクも頂きますか」
喜代さんの期待を裏切らない傭兵たちは、山ほどあったおはぎを食べつくした。
●仕事の後は
愛情こもった食事を終えて元気を取り戻した傭兵たちは、川へと遊びにでかけることにした。
棚田を横目に山を降りると、清らかな川が姿を現した。
「下流のほうに赤いロープを渡しておいたから。流されたら掴まるんだよ」
M2はそういうと、釣竿片手に上流へと向かった。夕食のおかずを一品増やすつもりだ。
柊と音影は靴を脱いで流れに足を浸す。心地よい冷たさが疲れを流していくようだ。
私服に着替えたジェイは、石を探し出して水面へ投げる。
「1、2、3、4‥‥む、なかなか難しいですね」
「コツがいるんですよ、まずは平べったい石を探して‥‥」
一方、水沢家の畑ではハルトマンと葵が、喜代さんと3人で野菜を取っていた。
「ハルちゃん、瑞穂ちゃん、これなんかもうとっても大丈夫だよ」
ハルトマンは喜代さんが指差したきゅうりを取ると、葵が持った籠に入れる。
「えへへ、おばあちゃんありがとう。川で冷やしてみんなでたべるのです〜」
「みずほはちょっとピーマンさんとかニンジンさん苦手なんだけど‥‥こういうのは美味しいのかなあ?」
「自分でとった野菜はおいしいにきまっとるよ。ほら、二人も遊びに行っておいで」
ビーチパラソルとボールを持った篠ノ頭が、ジャージからビキニの水着姿へと着替えて、恥ずかしそうに皆城の前に立った。
「ど、どうかな? 似合うだろうか‥‥?」
皆城はいつもの着物姿とは違った魅力に、顔を真っ赤にする。
「う、うん。とても‥‥似合ってる。かわいい、よ?」
「ああー、もう、二人とも可愛いなぁ! 抱きつきたーい!」
水着姿に興奮した火絵が、後ろから篠ノ頭に抱きついた。そのまま3人とも川に飛び込む。
「うちもいきまーす!」
「わたしもなの〜!」
スクール水着にゴーグル姿のハルトマンと葵が後に続く。静かに水が流れるだけだった川が一転して、賑やかな七色の水辺に変わった。
「ここかあ、ばっちゃんが言ってたのは」
番は昼食時に教わった場所にきていた。棚田と反対側の山の頂は、風景を描くのに最適だ。スケッチブックにクレヨンを走らせる。
今日の思い出を絵の中に刻み付けるように、時を忘れて一心不乱に。
次第に陽も傾き始めた。
●BBQ!
「それではバーベキューと参りましょう。皆で食べるともう一つ美味しい物で御座います」
『はーい、先生』
河原にはジェイと火絵が持ち込んだ機材と材料が揃っていた。M2と柊がバーベキューセットを用意する間、ジェイと皆城が料理の苦手な音影と篠ノ頭に、料理を教えることになったのだ。
「こんなものかな? 乙姫」
「すず! それ多すぎるよっ!?」
「こうですか、ジェイ」
「一葉、それでは折角M2君が釣ってきた鮎が‥‥」
「このかぼちゃ、硬いな」
「あはは、そんなに力入れたら、まな板も切れちゃうよ?」
てんやわんやしながらも用意は進んでいった。
河原では番が石を積み上げていた。
「んー‥‥やっぱり及ばないか‥‥ばっちゃんのもっと綺麗だったもんな」
今は無き祖母を想い、寂しさの入り混じった声をもらした。ハルトマンと葵がそれに気づいて、心配そうに近づいてくる。
「朝、どうしたの?」
「もうすぐ夕飯なのー」
「ううん、なんでもない」
寂しさを振り払ってその場を離れようとしたとき、ふと視界の隅で祖母が笑ったような気がして振り返った。
積み上げた石の上に、一匹の蛍が止まっていた。儚くも優しい光を放ちながら。
「団八おじいさんも喜代おばあさんも一緒にやりましょう!」
「ええい、わしはいかんと言うとろーが!」
「だめだめ、聞こえませーん」
「お父さん、観念してください」
火絵が車椅子の代わりに布団を敷いた手押し車に団八さんを乗せて押してきた。
「バーベキューは皆でやるから楽しいんだから」
火のついた鉄板の上には、肉と不恰好な野菜が載せられている。
篠ノ頭は自分の切った野菜が焼けると、皆城の口へと運んだ。
「はい、乙姫、あーん」
「う、うん、とても美味しそう」
皆城は半分生焼けな大きめのかぼちゃを、何とか頑張って食べる。
「おいしい? 残さず食べてね」
「‥‥愛が試される時、って奴ですかね」
「ところで俺の釣ってきた鮎が、全部つみれになってるのは何でだ?」
「キカナイデクダサイ」
「本当だ、おばあちゃんのお野菜、おいしい!」
「じゃあうちのピーマンとにんじんあげる。うちは肉肉肉! 肉のある限りうちのことは誰にも止められないのです」
「おはぎも美味しかったけど、この焼きおにぎりもおいしい‥‥。俺幸せだなぁー」
バーベキューが終わると、ハルトマンと葵が冷やした西瓜が切って分けられた。真っ赤に染まった果肉は見るだけで甘いとわかる。
昼にしこたま食べたにもかかわらず、ここでも食べ残す者はいなかった。
●空に咲く花、地に舞う光
後片付けが終わると、もうすっかり夜になっていた。浴衣を持っている者は喜代さんに着付けてもらうと、外へ出かけていく。
「おばあちゃん、ありがとうなの〜」
紫陽花柄の浴衣を着せてもらった葵は嬉しそうに外へとかけていった。
ジェイと音影はすず虫の歌声を聴きながら、星空を見上げていた。
「‥‥風流で御座いますね」
「なんだか‥‥ずっとここに居たくなってしまいますね」
河原の草には蛍が止まっていた。人工の光とは違った、温もりと儚さを併せ持つ光が、恋人を求めてあちこちを飛び回る。
M2は持ち込んだポットで茶を飲みながら、のんびりとその光を眺めていた。
ハルトマンは蛍を追いながら、写真にその姿を収めている。
「はーい、花火を始めるよ」
こちらも浴衣に着替えた火絵が、夏を先取りしようと持ち込んだ花火に火をつけ始めた。
「あはは、綺麗!」
花火で絵を描こうと、番は両手に花火を持ってはしゃぎまわった。
柊は蛍の光と線香花火を見つめていた。人を惹きつける不思議な魅力がどちらの光にもあった。
「綺麗だよね‥‥」
皆城と篠ノ頭も、浴衣に着替えて花火を楽しむ。篠ノ頭の蛍の着物に、本物の蛍が付いて光を放つと、二人は顔を見合わせて笑った。
「今日は大変だったけれど、こうして乙姫と一緒にいられて嬉しい」
「うん、私もうれしいよ。これからも、ずっと一緒に居ようね」
握った手が暖かい。いつも以上に、お互いを近くに感じた。
手を伸ばせはつかめそうな、満点の星空。
「あ、流れ星!」
火絵の声と共に、皆空を見上げた。一瞬しか見えない、だからこそ人を惹きつける光が、空に軌跡を描いた。
優しい光に囲まれながら、傭兵たちはゆっくりと流れる時間を過ごしたのだった。