●リプレイ本文
●「弱い者は、ただ助け起こすだけでは十分ではない。その後も、支えてやる必要がある」
現地に集合した傭兵たちの目に飛び込んできたのは、フライングワームやKVの流れ弾によって無残に破壊された街並。アースクエイクによって荒らされ、フレア弾によって焦土と化した森。
そして、自分の身に降り注いだ不幸に茫然とし、項垂れる人々。
傭兵にとってバグアを倒すことが戦いなら、彼らにとって毎日を生き抜くことが戦いだった。
「戦争の最中には足下の力無き民の事など考えずに必死に戦って来た訳ですが、考えてみれば、あれだけの戦いをして戦場が無傷という事はあり無いんですよね」
榊 刑部(
ga7524)がぽつりとつぶやいた。やりきれない思いが刀を握る手にこもる。一時とは言え、民を忘れた自分の未熟さが歯痒かった。
「バグアから人を守るためとはいえ、僕たちが色々と壊したのには変わらないからね‥‥」
ばつの悪そうな表情でシェスチ(
ga7729)は帽子の上から頭を掻いた。
(「くそっ‥‥」)
心の中で毒づく鈍名 レイジ(
ga8428)の瞳には、街の光景が家族を失った日の記憶と重なって写り、顔をしかめる。他の傭兵たちも表情を曇らせた。
そんな中、櫻小路・あやめ(
ga8899)がすっと一歩踏み出した。
「私たちの力は戦いの為だけのものではないはずです。この力を皆さんの為に
役立てて見せます!」
決意に満ちた声はネガティブになっていた傭兵たちを昂ぶらせた。
「さて、では始めようか。少しでも状況を改善する為に」
戦いの傷跡を心に刻み込み、それでも前へ進む力が、白鐘剣一郎(
ga0184)の瞳に宿っていた。
「私は皆が復興作業に専念できるように周囲の警戒にあたるとしよう」
御山・アキラ(
ga0532)は艶やかな黒髪を靡かせながら、彼女専用にカスタムされたR0−1改に軽やかに搭乗した。
「フ、兵士の勝利とは即ち銃後の人々の笑顔であるからして。後の始末を付ける仕事を見逃すわけにはいくまい! 私が復興においてもエキスパートである所をみせてくれよう!」
ジーン・SB(
ga8197)は声高らかに、作業現場へと駆けてゆく。
力は数値でしかない。問題は力をどの方向へ向けるか、だ。
傭兵たちは一つの方向を目指し、力を合わせ始めた。
●倒れし木々は次なる芽のために
「K−111の初陣だー」
ハルカ(
ga0640)の乗るK−111がメトロニウムシャベルを掲げながら叫びを上げた。
まずは街周辺の瓦礫を退かす。スコップで土嚢や煉瓦、石をすくい上げ、一ヶ所にまとめていく。機体の美しい色の白銀フレームが土で汚れて光沢を失っていった。
「こんなところを伯爵が見たら‥‥、伯爵発狂しちゃうんじゃないかな〜」
しかし機体の表情は、置物同然の扱いだった時よりどことなく柔らかく思えた。
「人型の利点はこういう形でも生かせる、か。戦うだけが能ではないというのは良い事だ」
白鐘は作業用の重機が現場に入り安いように、まず搬入通路を確保する。瓦礫をのけ、バリケード用に置かれた倒木にワイヤーを巻く。
「さすがに後片付けぐらいしないとな」
獣型に変形したワイバーンを操るのは暁・N・リトヴァク(
ga6931)。ワイヤーを加えて木を邪魔にならない場所まで運ぶ。木は後で木材に加工する予定だ。
「撃ったり斬ったりだけが能じゃないって、証明しないと‥‥そうだよね、クドリャフカ‥‥」
シェスチは愛機に呼びかけながら、銃弾やKVの重みで道路に開いた穴に瓦礫と土を使って補修していく。遠くから怖いもの見たさで覗き込む子供たちに手を振ると、子供たちも弱々しくだが手を振り替えしてくれた。
●癒えるものを傷と言うを忘れるなかれ
街の中では住民たちが広場に集められていた。街に忍び寄る絶望の影が、シエラ(
ga3258)の光を失った瞳に映し出された。光を失ってこそ、見えるものがあった。瞼を閉じたときに包まれる優しい闇ではなく、無限に墜ちていく漆黒の絶望。誰の心の中にもあるもの。
まずは彼らに立ち上がってもらわなくてはならない。あの場所へ墜ちる前に。
『自らの力で、直していく』という気力を与え、失意を回復させる。それがシエラが願う復興の第一歩だった。
同じハーベスター部隊の御巫 雫(
ga8942)が彼女の眼となり、広場へと導く。
「私は敵を倒すだけが戦いではないと思っています‥‥。確かに憎い相手です‥‥。私も両親をキメラによって失いました。ですが、憎むだけで戦ってしまえば、きっと私達もバグアと同じになってしまうから。‥‥だから、私達が『人』でいられるように、支えていてください。皆さんの気力が、笑顔が、私達の活力になります。再び立ち上がる希望になるのです」
視力とともに感情を失い、表情を無くした彼女が、心と御魂を震わせていた。
「皆さんの協力を‥‥お願いします」
深々と礼をする。一人、また一人と広場を離れていく住民たち。気持ちは伝わっただろうか。
「では怪我人はこっちに!」
御巫が集まった住民の中で怪我を負っている者、体調を崩している者は、菱美 雫(
ga7479)のいるテントへ案内する。
傭兵であると同時に外科医でもある彼女は、患者たちに的確な治療を施していった。
「能力者のチカラは‥‥本来、こういう使い方をすべき、なのに‥‥」
だが、覚醒すると自分の奥底から浮かび上がってくる、バグアへの憎悪。破壊へと向かう力。矛盾する感情を押し殺しつつ、今は目の前の患者を救うことに専念する。
「しっかりしてください、あなたがいなくなってしまったら‥‥残された人たちは、どうするんですか‥‥っ!」
簡易ベッドに横たわる患者一人一人に声をかけ、励ましながら。
●殺すは喰らうため、喰らうは生きるため
「押さないで、ちゃんと一列に並んでください! ちゃんと皆さんの分ありますからー!」
「これじゃあ手が8本ないと足りないですよ−!」
大声を出しながら竈の前でパン生地を練りながら片手で大鍋のポトフをかき混ぜているのは霞澄 セラフィエル(
ga0495)。泣き言を言いながらもテキパキとカレーライスを作っているのはレア・デュラン(
ga6212)だ。
短期間で戦闘が終わったとは言え、すぐさま食料供給が回復するわけでもない。田畑が元に戻り、それを耕す住民がいなければ食料は作られないのだから。
配給所は軍から支給されるレーションに飽きた住民たちがごった返していた。
「物資を盗まないでください! ちゃんと皆さんに行き渡りますから!」
列を整理しながら物資の監視と治安維持をこなす榊も、混乱していた。
物資を盗んでいくのは住民なのだ。犯罪者であると同時に被災者でもある。こんなことにならなければおよそ犯罪に手を染めることがなかったものも、生きるために盗みを働く。それを咎めることはできなかった。
配給所に焼きたてのパンの香ばしい匂いと、ぐつぐつと煮えるカレーの芳しい香りが漂う。食事を受け取れたものはすぐさま駆け出し、奪われないように家族で集まって食したり、瓦礫の影に隠れて食べる。
肩と肩がぶつかり合い、食べ物を落としてだめにしてしまっただけで殴り合いの喧嘩に発展してしまう。
それでも、食事を得られた者の顔には一時の幸福を噛みしめる表情を見せた。
レアの袖が誰かに引かれた。視線をおろすと、小さい子供が数人、物欲しそうな瞳で見上げてくる。
レアは怖がらせないようににっこり笑って、彼らに飴玉をあげた。一瞬、貧しい子供にジュースを与えてはいけないという話を思い出したが、戦いが始まる前まで普通に暮らしていた彼らには余計な心配だったようだ。
大勢子供たちが集まってきて、次々に飴玉をレアの手からひったくっては逃げていく。もらえなかったさらに小さい子供たちは、レアを泣きそうな眼で見上げた。
「だ、大丈夫ですよ、飴はまだ、た〜くさんありますから」
「クッキーとビスケットもありますよ。落として割らないようにね」
霞澄からクッキーをもらうと、男の子も女の子も嬉しそうに頬ばって、口をリスのように膨らませた。中には慌てて食べ過ぎて喉に詰まらせた子もいて、水を飲ませてやったりもした。
食事をとった住民たちは、次第に表情に覇気を取り戻しつつあった。
●石に枕し、流れに嗽ぐと言えども
「ULTから、来た、能力者‥‥です。少しでも、お手伝い、させて‥‥欲しい、な」
軍の兵士たちが作業している中、ラシード・アル・ラハル(
ga6190)はおずおずと協力を進み出た。
「俺も手伝わせてもらうぜ。人手はありすぎて困ることはないだろうしな」
鈍名も作業に加わる。彼らの仕事は、仮設住宅を作ることだ。
『ラシードくん、レイジくん、資材持ってきたよー』
ハルカの乗るK−111がプレハブ住宅用の鉄骨や板を運んできて、二人の目の前にどすんと置くと、ハルカも機体から降りてきた。
「ラシードくん、あんまり無理しちゃダメだよ〜」
弟のようなラシードに、ついついハルカも甘くなり、頭をなで回す。ラシードのほうは顔を赤くして恥ずかしがっているが、抵抗できないでいた。
「おいおい、そのくらいにしておけよハルカさん。ラシードさん固まってるじゃないか」
「あっ、レイジくんは練力切れても休まずにね♪」
「この扱いの差はなんだ?」
軽口を叩きながらも作業を始める。組み立ては非常に簡単だった。基本的には立方体の鉄骨を固定し、間に板を挟んでいくだけのものだ。シンプルだが、素材はUPC軍が作っただけあって丈夫で保温性に優れている。
その上住居が修復された後には簡単に解体し、また別の場所で使えるようになっているのだ。
3人は次々と鉄骨を組み立てていく。キューブ型の3階建て24部屋の住居が完成した。
「知ってる人が、お隣のほうが‥‥いい、よね」
住人たちも、徐々に作業に参加してくるようになり、傭兵たちとの慣れない英語での会話もだんだんと弾んでくるようになった。
●災いの種を摘み取り
「うーん、遠隔操作の自動設置型地雷か‥‥。解除は簡単だけど、撤去は面倒臭いことになりそうだな」
愚痴りながらジーンは『地雷原、注意!』のテープをくぐり抜けた。
『ここ掘れワンワン、ってか? 場所はIRSTを使って調べる。任せな』
暁の乗ったワイバーンが尻尾を振りながら地面を掘り返していく。
「私の探知の眼も使いますから、危険なところがあったら知らせますね」
櫻小路は地雷だけでなく、KV用火器の薬莢なども見逃さずに回収していく。
「まあ、地雷撤去のエキスパートである私にかかればどうってことないがな」
ジーンも探知の眼を使い、畑に埋められた野菜のように地面に埋まる地雷を撤去していく。
「‥‥フ、小さい身体はこんな時役に立つのだ」
解除されているとは言え、慎重に地雷を撤去していく。繊細さと集中力のいる仕事だ。いまだ機能しているものは、銃で狙撃し爆発させた。
地雷が撤去されると、KV班がそこをしっかりとならしていく。地雷のあった地面は、植林にはちょうどよいだろう。
「ふむ。ミミズは土を排出しながら掘り進むらしいからな。穴は無いが、土が柔らかい。少し土壌を固めたほうがいいかもしれん」
御巫の指示にしたがい、シールドを使って地面をさらに平す。
次第に傭兵たちもKVも泥まみれになっていく。
「‥‥汚れたら洗えばいい。気にする必要など無い」
という御巫も、黒くて愛らしい服と可愛らしい顔を泥まみれにしながら作業をしていった。
●守るは人のため、護るは己のため
御山はKVのレーダーを稼働させながら、街周辺を警戒していた。流石に敗走中だけあって、わざわざ襲いかかってくるキメラもいないが、警戒しておくにこしたことはない。だが、街を攻撃してくる様子のないものは放置していた。今回の依頼はあくまで復興であり、その妨げとなるようなら排除するのみだ。
肉眼でも周囲を索敵しておこうと、KVのハッチを開くと、ちょうど食事の時間になった。レアが作ってくれたサンドウィッチを食べながら、一息つく。
食事が終わった後には植林作業が始まる。KVを降りて植林作業を手伝う者もいるので、その間も警戒を怠る訳にはいかない。見張り役のちょっとした油断が大きな損害を生むことがある。御山はその点は気を抜くつもりはなかった。
覚醒すると無表情、無口、無感情になるために誤解されやすいが、彼女はとても仲間思いなのだ。
●希望と言う名の命を植える
「こういう作業はある程度計画的にやらないと意味が薄いが、何か指針はあるのか?」
白鐘の問いにシエラが答える。
「住民の皆さんと話し合って決めました‥‥。元通りの森になるように、と」
住民たちに傭兵たちの気持ちが通じたようだ。かなりの人数が植林に参加し、中心となって働いてくれた。
傭兵たちも思い思いに願いを託しながら、木を植えていく。
「‥‥俺がじいちゃんになってる頃には、自然がいっぱいになってるかな」
暁はそう思いながら、草花の種と願いを風に乗せて蒔いた。
「元通りに、なるには。どのくらい、時間‥‥かかるの、かな」
「この樹が根付いて育つまでは相当掛かる‥‥バグアが来る以前からの問題だが、自然を回復させるのは容易ではないな」
「‥‥この木が大きくなる前に、平和を取り戻したいですね」
ラシード、白鐘、霞澄はスコップで地面を掘り苗木を埋めて、水と願いをかけた。
「‥‥この樹木が立派に育ち、再びこの地に緑が戻るように‥‥。頑張らないと、いけませんね‥‥」
菱美も自分で植えた苗木を前に、決意を新たにする。
「武器の跡に生命を埋めるというのも乙な物だ。そうだろう?」
エキスパートのジーンは嬉しそうな顔で最後の地雷を回収し、代わりに苗木を植えた。
「今すぐに元に戻る事はないでしょうが、数十年後かに此処で生まれ育った人々の心の支えになる杜となる事を心から祈っていますよ」
「この木々が大きくなって、昔と変わらない森になる頃には‥‥戦争なんて無い、平和な世界を取り戻せていますように‥‥」
榊とシェスチは未だ生まれていない未来の子供のことを思いながら祈りを込めた。
「多分、ここにはそう何度も来ることはできない。だから、強く深く豊かに、な」
苗木に話しかけながら、鈍名は祈りながら優しく土をかけた。
「世界は変えられる。‥‥自分達が変わろうと思えばな」
一つの命を植える。これもまた、世界を変えることなのだ。御巫はそう信じて植林した。
夕日が沈む頃、植林作業も終わり、街は希望を取り戻しつつあった。
本当に街が元通りになるには、まだまだ時間がいる。その時間を作るのも、また、傭兵の仕事だ。
御山がKVのスナイパーライフルで照明弾を打ち上げた。
今日植えられたばかりの幼い命が光りを浴びて照らし出される。
住民たちは映し出された希望たちを、瞳と心に焼き付けたのだった。