●オープニング本文
前回のリプレイを見る●ソノ命、絶ヤサヌ為ニ 巻ノ一
「今日から貴様等に教えるのは、殺しの業だ」
山崎心人教練軍曹はジャガイモのような顔を、いつもより一層しかめて言った。
「銃を始めとして、凡そ武器というものは、殺しの道具でしかない。何かを護るため、或いは自分が生き残る為とは言え、武器を用いて相手を殺めることを、正当化することはできない。それを理解し、なお銃を持って戦うならば‥‥お前たちは否応なく、地獄への階段を登り始めることになる」
彼の背後には今日の訓練で使う、無数の銃器が収納されていた。
射撃訓練用の銃たちは、実戦で用いるものとは違う、磨き上げられた不気味な光沢を放っている。
「銃を持って戦い続ける為には、死を克服しなければならない。以前も言ったように、殺人マシーンや生きた屍になれ、と言っているんじゃないぞ。死の恐怖と、それから逃れようと他者の命を奪う罪。この死よりも恐ろしいものを乗り越える精神力が無ければ、戦い続けることはできないと言っているんだ」
刀は肉を斬り、斧は骨を断ち、槍は肺を貫き、銃は心の臓を破裂する。たが、武器に罪はない。彼らは、人間によって、人間を殺害する為に作られ、与えられた意味を全うする道具でしかない。
全ての罪は、それを用いる、人間にあるのだ。
「敵はキメラとバグアだけではない。洗脳された人間、バグア側についた人間、改造人間。女子供関係なく、奴等は『道具』として使ってくるだろう。彼らに銃口を向けた時、お前たちは選択に迫られる。彼らの命か、自分達の命か。天秤に載せて傾いた方へ、躊躇なく銃弾を撃ち込むことを‥‥」
張り詰めた空気の中、山崎軍曹は腰のホルスターから銃を抜いた。
「‥‥精神論はここで終わりだ。銃は敵を殺傷するのに非常に優れた武器だ。遠距離、近距離で用いても効果が高く、人間なら急所に一撃、もしくは胴体に数発撃ち込めば命を奪うことができる」
拳銃、突撃銃、散弾銃、狙撃銃。訓練所には世界で作られた様々な銃器がある。
「傭兵ならあらゆる銃器を扱えなければならない。前線で軍から武器を借りることや、敵の武器を奪って使うこともある。銃器の特徴を理解し、状況に適した物を選ぶんだ。自分の好みの銃器を使うのはいいが、それに固執するな」
スライドを引いて薬室に薬莢が入っていないことを確認し、安全装置をかける。
「銃器を渡すときは弾が入っていないこと、安全装置が掛かっていることを確認しろ。トリガーには絶対触れるな。銃弾が装填されていなかったとしても、人に銃口を向けるな。これは基本中の基本だ。だが、毎年基本を守れずに死傷する馬鹿がいる」
特に新人や傭兵にな、と付け加えながら、傭兵たち一人一人にアサルトライフルとハンドガンを手渡してゆく。
「今日から貴様らイモは銃を抱く。各自銃を異性の名で呼べ。貴様らが遊べるものはこれだけだ。愛しい相手を茨の城から救い出した、ねずみの国の冒険は終わりだ。貴様らの伴侶は、メトロニウムとエミタでできた武器だ。浮気は許さん!」
「サー、イエッサー!」
「ふざけるな! 大声絞り出せ!」
『サー、イエッサー!』
「よし、まずはロードワークだ! 40秒で用意しろ!」
今日もこうして、鬼が島での長い訓練の一日が始まる。
○本日の訓練予定内容
・射撃練習
屋外の射撃演習場にて射撃練習を行う。使用する銃はアサルトライフル、ハンドガン。自前の銃の持込も可。
立射・伏射・座射など、様々な体勢からの射撃を体験、銃器の扱いに慣れる。
リロード、動作不良時の修理、清掃など、銃器を用いる上での基本的な知識を学ぶ。
実弾を発射する経験をつむ。
06:00 ロードワーク(ハロゲン・銃装備)
07:30 朝食
08:15 射撃演習(屋外)
12:30 昼食
13:30 射撃演習(屋内)
16:00 装備確認・清掃
19:30 夕食
20:30 入浴・自由時間
22:00 就寝
・銃器の説明(豆知識的なもの)
○アサルトライフル(突撃銃)
装弾数20〜30発。射程距離は200〜300M。SES使用時は60M程度。
前線で兵士が用いる基本的な銃。多種多様な状況に応じて使い分けることができる。
単射、フルオート、3点バーストなど選択が可能。命中率も高く、信頼に値する武器。
しかしガス圧で装弾するため、偶に装弾不良などの誤作動が起きる。常に点検と清掃が欠かせない。
グレネードランチャーやレーザーサイトなどのオプションも装着可能。
●ハンドガン(拳銃)
片手で用いるサイズの銃。
ハンドガンの射程は50M前後だが、実際に用いられるのは10〜20Mの距離。
室内などの大きい銃器の取り回しが難しい場所で使われるため、接近戦向けと言える。
戦場ではアサルトライフルのサブウェポンとしての役割を持つ。弾切れや動作不良を起こした時、素早く抜いて敵に発砲できなければならない。
○ハンドガン―リボルバー(回転式拳銃)
装弾数6発。レンコン型のシリンダーに6発の銃弾を込めて撃つ。
撃鉄を起こし、引き金を引くと銃弾を叩いて発射する仕組みのため、連射には技術と慣れが必要。サイレンサーをつけられない。
旧式の銃だが、自動拳銃では耐久性に不安が残る強力な銃弾を使用でき、ジャムなどの動作不良が起きないため、いまだ愛用するものがいる。
玄人向けの武器。
○ハンドガン―オートマチック(自動拳銃)
装弾数10〜18発 発射時のガスで薬莢を排出し、次の弾を装填するタイプの拳銃。
それゆえリボルバーより連射性能と装弾数で勝り、現代の拳銃で主流となっている。
ハンドガン全般で安定性に欠けるが、改造を施したマシンピストルは装弾数が増え連射が可能になる。
やはり排莢不良などがまれに起こる。
●リプレイ本文
●射撃演習開始
「いつからここは託児所になったんだ。私は保父か?」
新しく訓練場に現れた参加者に、山崎軍曹はいつもの渋面に血管を浮き上がらせていた。
「貴様が教官か。私は御巫 雫(
ga8942)、ダークファイターをしている。好きに呼ぶがいい」
服を始めに全身メイドさん装備の御巫。腰に両手を当てて背を逸らすと、小さな胸を突き出して偉そうに言った。
「私をなめているのか、訓練をなめているのか、どちらだ?」
「姿に惑わされるようでは三流だ。‥‥まして私は格好で平常心を乱すような未熟者でもない」
言葉が終わる前に、御巫の腹に神速の膝蹴りが叩き込まれる。
体をくの字に曲げて、床に転がった。
「巫山戯るな! 豚娘が商売用の衣装でオレの神聖な訓練場に足を踏み入れるんじゃない! 平常心が乱れていないのなら、訓練用の迷彩服を着るか、裸でやるか選べ‥‥その衣装で二度とオレの視界に入るな、わかったか!」
「‥‥」
「返事はどうした?」
御巫は大きな瞳を見開き、睨みつけながら瞬時に選択した。
屈服するか、反撃するか。
闇が煌き、反逆の一撃が放たれる。
腕を伸ばし床を跳ね、足を蹴り上げる。
山崎の顎に踵が突き刺さった。
そのまま反動で起き上がった御巫。だがしかし、山崎は倒れそうになるのを堪え、再び邪悪な笑みを浮かべた。
「こいつは驚きだ。傭兵の魂は何者にも屈服しないことだと心得ている奴が、蛆虫どもの中にいるとはな! いいだろう、それなら特別に許可してやろう」
数秒、視線を刻みあった後、山崎軍曹は何事もなかったかのように続けた。
「よし、今日は銃を持って走る。腰を振って銃を揺らすなよ」
全員荷物の詰まったバックパックを背負い、各々の銃を持って走り出した。
「俺たち無敵の傭兵隊」
『俺たち無敵の傭兵隊』
「俺の彼女は突撃銃」
『俺の彼女は突撃銃』
「走ってよし!」
『走ってよし!』
「撃ってよし!」
『撃ってよし!」
「すげぇよし!」
『すげぇよし!』
「全部よし!」
『全部よし!』
「キメラ見えたら抱き寄せて」
『キメラ見えたら抱き寄せて』
「地球の弾丸叩き込め」
『地球の弾丸叩き込め』
午前は野外演習場でのアサルトライフルを用いた射撃だ。
「ライフルはサブマシンガンやハンドガンに比べて射撃精度が高い。どうしてかわかるか、井筒」
井筒 珠美(
ga0090)は自衛隊仕込みの直立不動の姿勢で、覇気のこもった声で答えた。
「サー、アサルトライフルはハンドガード、グリップ、ストックの三点で銃を固定できるからであります、サー!」
「その通りだ。次、カルマ。俺の前に来い」
「ういッス」
銃を肩にかけ、ポケットに手を突っ込んで歩いてくる植松・カルマ(
ga8288)。
「弛んでるぞ! 後で根性直しの腕立て10回」
山崎はカルマに後ろから蹴りを入れ、両膝を地面に付けさせた。そこから銃のストック、右手と順に地面へ伏せる。
「銃は肩でしっかり固定しろ。ストックが頬につくようにして、肩の高さは水平、両肩の線と銃が直角に交わるように構える。左手はハンドガードに、右手はグリップに置け」
伏射と呼ばれる姿勢だ。射撃精度が高く、敵にも発見されにくい。
「よし、各自この姿勢に入ったら、弾倉を装填、第1弾をチャンバーへ送り込め」
基本的な動作は傭兵たちも経験済みだ。だが日ごろ銃を使わない者には慣れない動きが目に見えた。
「シヴァ、遅いぞ。使わないからと言って訓練を怠っていたな」
「‥‥シヴァ?」
「時枝、お前のことだ。舞踏と破壊、失った者を求めてさまようインドの神だ。いい名だろう」
皮肉めいたあだ名には無関心のまま、時枝・悠(
ga8810)は指示に従って銃弾をこめた。普段は刀を使う彼女には銃は疎遠だったのだろう。
全員の装弾を確認すると、軍曹は射撃用の的を作動させた。
「安全装置をかけろ。次は狙いだ。リアサイトとフロントサイト、目標が中心で重なるように狙いをつけろ」
(「そういや銃は我流で撃ってて、正規のトレーニングは受けてないんだよな‥‥うん、こりゃいい機会になりそうだ」)
愛銃を構えた翠の肥満(
ga2348)の瞳が、人型の的に照準を合わせる。戦場をともにしてきた銃を体でしっかり固定すると、銃心一体となった心地よさを感じた。
「安全装置を外し単射に変え、まずは一発、撃ってみろ」
言われるまま狙いを定め、水流 薫(
ga8626)は呼吸を整えてトリガーを引いた。
8人の銃から1発ずつ銃弾が射出される。発射音と振動が着弾に遅れて傭兵たちの体に伝わった。
排出された薬莢が地面に転がる。
「今の発射音を覚えておけ。いずれは音や射撃速度で相手が見えずとも銃を大体判別できるようになってもらう」
イヤープロテクターと排莢避けのゴーグルを付けさせる。今度は銃弾が終わるまで、フルオートで撃ち続けさせた。
傭兵たちの体に衝撃が走る。フルオートすると銃口が少しずつ上へと反動で動いてしまうのを、しっかりと
「依頼では使ったことないけれど、狙えば割と当たりますね」
左目をつぶって照準を合わせる蛇穴・シュウ(
ga8426)が撃ち終えたとき、軍曹の声が頭上から降ってきた。
「片目で狙うな、シュウ。照準中はただでさえ前方に意識が集中する。目標と周囲、同時に見るんだ」
「イエッサー」
「よし、撃ち切った弾倉をマガジンキャッチを押して抜く。空の弾倉を弾の入ったものと別のところに収納し、新しい弾倉を押入れ、ボルトキャッチを押せば初弾が送り込まれる」
腰のポーチから弾倉を取り出し、銃に嵌める。仲間がいるときはリロードを知らせ、互いに支援しあうのだ。
「今度は複数、遠近、ランダムに的を出す。致命打を叩き込めば的が倒れる。フルバースト、3点バースト、単射を使いわけてみろ」
能力者用に作られたこの演習場、標的の出現速度も法則も通常のものより高性能だ。
傭兵たちは慣れない銃で四苦八苦し、いつも無意識的に使っていた銃を意識的に使うことに戸惑いを覚える。
(「情報部時代にそれなりに扱ってはいたが‥‥日々の積み重ねが技術の向上の要だしね」)
錦織・長郎(
ga8268)も井筒や翠の肥満と共に射撃経験者であり、正確に的を射る。
「雫君、大丈夫かい? 君の凛々しいメイド服姿をこれからも見られるなんて嬉しいよ」
「ふん、見え透いた世辞は嫌いだ」
「お世辞なんかではないよ。黒髪によく似合って‥‥」
「錦織! 口からクソを捻り出してる暇があったら、的を撃て!」
「‥‥残念」
楽しみは訓練の後に取っておこう、とばかりに、錦織は続けて3つの的を倒した。
「よし、次は膝撃ちだ。伏せ撃ちは精度は高いが身動きが取れないのが難点だ。その分膝撃ちは運動と射撃を連続して行うことができ、敵の高さの変化にも対応できる。傭兵向きの射撃姿勢だ」
今度は全員覚醒して撃て、と指示が飛ぶ。
ようやく射撃にも慣れてきた頃だったが、標的は近くなったというのに弾がバラけてしまう。
覚醒による身体的・精神的変化、さらにSES機関による火力の増大が、射撃にも影響を及ぼすのだ。
「歌いましょう太郎! バグアへのレクイエムを♪ ‥‥死ね死ね死ね!」
覚醒して敵愾心丸出しになった蛇穴がフルバースト。銃身から煙と湯気があがる。
高笑いする蛇穴の頭に、山崎の拳骨が落ちた。
「‥‥覚醒状態で正気を失うな。エミタによる変調は内面、外面、それぞれだが、戦闘を左右するような変調なら、ドクターに相談するか可能な限り自分で制御できるようになれ。戦闘の鍵となる覚醒が、自分を危険に晒すようなら、戦場にでない方がいい」
的を睨む水流の瞳が、金色の虹彩に変化して妖しく光った。
「近距離ならシャーリーンの出番ですね」
愛銃のショットガン20を構えてトリガーを引く。
複数の鉛球へと分散した三発の弾丸は、同時に的を貫いていた。
(「頼む‥‥ジョン」)
同じく虹彩が黄色に染まった時枝が、水流に敵対心を燃やしてシエルクラインのトリガーを引き絞った。
3点バーストで放たれた弾丸は、時枝の気持ちと裏腹に、的をそれていく。
「これは負けられないね、Fatcat」
レバーアクションに改造したライフルで標的を狙うと、翠の肥満の頬を子猫の影が躍った。
さらに伏せ撃ち、膝撃ちが出来ない場合に用いる立ち撃ち、狙撃手が好む座り撃ちなど、射撃姿勢を体にしみこませていく。
「射撃姿勢はこれくらいでいい。各自3000発用意してある。弾がなくなるまで撃ちつづけろ。全員撃ち終ったら昼食だ」
「いやぁ、全身硝煙臭くなっちゃったね」
咥え煙草の蛇穴が山盛りの昼食をテーブルに置いた。今日の昼食はバイキングスタイルだ。
「‥‥まだ腕がじんじんする」
慣れない銃に必要以上の力を込めてしまった時枝は、手を休めるように暖かい茶を両手で握った。
「ふん、人の衣装にまでケチをつけおって」
隣に座る御巫は、マヨネーズのかかったレタスにフォークを突き刺すと、口に放り込んだ。
「確かに、レディーに暴力を振るうのは許しがたいね」
今がチャンス、とばかりに錦織は女性陣を口説き落とそうとしていたが、逆に執事のごとく料理を給仕させられているのに気づいていない。
「教官という職業柄、仕方ない。教官が生ぬるいと、訓練生は怠けるから」
話しながらも井筒は食事を素早く咀嚼。トレイの上の料理が見る見る減っていく。
「いやー、本職のチャカ使いじゃねーのにライフルの授業とか、マジタルかったッスよ」
女子たちの視線の先、両肩をがっくり落とした植松が、それでも減らない食欲を大量の肉料理で満足させていた。
「なるほどね」
「あれ、翠さん、どこ行ってたんですか?」
丁寧に銃器の手入れを終えた水流の後から、したり顔の翠の肥満が食堂に入ってくる。
「いやあ、前回の恨みプラス雫ちゃんの復讐をちょこっとね♪ さーて、ご飯ご飯♪」
首をかしげる水流をおいて、翠の肥満はコーンスープの鍋へと向かった。
食事を終えると、屋内でのハンドガンによる射撃演習だ。
「ハンドガンの有効射程は50m前後。だが実際に拳銃での撃ちあいでは、10m前後の近距離がもっとも多い。傭兵が使える火器でハンドガンが多いのは、キメラなどの敵との接近戦を考慮してのことだ」
プロテクターを着けた傭兵たちの前に、人間やキメラそっくりの標的が映し出される。
「この機械は最新鋭の3D映写機だ。改造人間、キメラの行動を記録した映像からその能力を計算し、同じ力で動くようにプログラムされている。近づかれる前に銃弾を叩き込め!」
軍曹の言葉が終わると同時に、映し出されたキメラたちが傭兵たちに迫りくる。
「これは否応にも力が入る!」
S−01を腰のホルスターから抜いた蛇穴、瞬く間に8発の銃弾を撃ち、リロード。
「ボブなんたらってテキサスのおっさんは0.02秒の早撃ち記録を持ってるらしいですけど、中々難しいものです、ね‥‥」
水流はそういいつつも、落ち着いてハンドガンを腰溜めで構え、ショット。
近づいてきた犬型キメラの胴体に三つの穴が開き、映像が消える。
「俺サムライガンマンなんで。チョリーッス!」
愛用のフォルトゥナを片手で撃とうとする植松だったが、大型のSESを搭載しているため反動がきつく、うまく狙いが定まらない。
二発撃ち終えてリロードする前に、キメラに接近されてしまった。
「カルマ、手首をまっすぐに。トリガーは真後ろに引け」
うぃっす、と気のない返事と共に、再び現れたキメラに再装填した銃弾を叩き込む。
発射音と共に、映像のキメラに風穴ができた。
「ウッシ! 俺って天才じゃね?」
「よかったな、これで田舎のゲーセンで馬鹿女にキャーキャー言われる低脳不良から、まともな傭兵に一歩近づいたぞ」
調子に乗った植松は次の獲物に照準を合わせた、トリガーを引いた。
しかし、銃弾が発射されなかった。
「へっ?」
驚愕で動きが止まった植松めがけて、再び映像キメラの一撃が加わる。
「リボルバーだからといって動作不良が起きないと思ったか? 銃弾の火薬が湿気っていると、銃弾が発射されないことや、遅れて発射されることがある。覚えておけ」
同じく大口径の銃、バロックを構える御巫。素早い動きのキメラを目で追い、引き金を引く。
「ふにゃ?」
銃声と共に反動でころんとひっくり返った御巫を、無表情の軍曹が見下ろす。
「い‥‥今のは、練習だ練習!」
「御巫、ドジって死ぬのは勝手だ。だがお前の失態が仲間を危険に晒す。意地を貫きたいなら、誰にも口を出させないほど、強くなれ」
「言われなくてもわかっている!」
「そうか。なら銃を両手でしっかり構えろ。反動が大きい銃は、力の弱い女だとガク引きになって、ジャムりやすい。腕で衝撃を吸収して、足を軽く曲げて踏ん張れ」
「軍用のSAリボルバーとは珍しい‥‥どうでもいいけどアラスカ454欲しいよぅ」
翠の肥満はぶつくさ言いながらも、確実にキメラに当て、さらに動きが止まるまで銃弾をうちこむ。
井筒や錦織、水流も、実戦経験豊富な傭兵たちは動かない標的より、キメラのほうが勘が働くようだ。
対して、時枝はまたもや慣れていない銃に手を焼いていた。
その姿をみた山崎軍曹が、後ろから射撃姿勢を矯正しながら指示を出した。
「時枝、落ち着いて撃て。射撃がうまくなることだけが、射撃訓練の目的ではない」
「‥‥?」
「自分の射撃能力を知ることも、目的のひとつだ。どの距離なら確実に敵を倒せるか、知る。射撃が不得手なら、自分が自信を持って敵を撃ちぬける距離まで、気づかれずに接近できるようになればいい。それだけのことだ」
「‥‥わかった」
傭兵たちが総数300匹を越えるキメラを打ち倒したところで、訓練は終了した。
ガンオイル、硝煙の匂い、火薬の香り。ごちゃ混ぜになった倉庫の中、8人の傭兵たちはせっせと銃を整備・清掃していた。
銃の構造と安全な使用をするために、整備はもっとも重要である、という理由から、今日使われた銃器全てを8人で綺麗にしなくてはならない。
「清掃は精神修行の一環でもあるからな」
大口径のバロックを小さい手で磨きあげた御巫が周りを見ると。
「ヒヤァッハー! 俺のマヨールー、マジぱねぇっスよ!」
「最高だぜ、シャーリーン‥‥いや、冗談です、よ」
「‥‥かっこいいよ、ジョン」
「家族の次に愛してる、太郎、次郎」
「マリア様でもキスしたくなるくらい、ピカピカに磨き上げなくては」
「軍曹殿はいまごろ、牛乳まみれに‥‥フフッ」
一心不乱に銃を磨く傭兵たち。逆に怖い。
「だ、大丈夫か、お前たち?」
「あの軍曹にしごかれると、こうなるのかもしれないな」
御巫と井筒は冷や汗をたらしながら、早く作業を終わらせたい一心で銃へ向かった。
8人の傭兵たちは急遽牛乳風呂になった湯に浸かり疲れを落とすと、太陽の匂いにするベッドで、泥のように眠ったのだった。