タイトル:【食道】穴燕と大蟹マスター:遊紙改晴

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/21 18:18

●オープニング本文


●歩むは食道、往くは戦場、味は天上?
「3番塩1、ネギ1、豚骨2、お願いします!」
「塩1ネギ1豚骨2了解ー。ありがとーございまーす」
「1番レバニラ定、餃子2、味噌1お願いします」
「レバニラ餃子味噌了解ー」
 ある春の日の昼下がり。
 ラストホープの一角にある小さな中華料理店『七紅龍』は、今日も仕事帰りの傭兵や軍人、職員でにぎわっていた。
 店長の王道人と、わかりやすい典型的なチャイナ服と団子頭の看板娘、王愛華。そして、もう1人。
 コの字型に作られた5つのコンロの前に立ち、2つの中華なべとラーメンのスープ鍋、麺茹で用の鍋を、6本の腕を持つ阿修羅に見えるほど俊敏な動きで調理を進める男。
 彼の名は流匠(ながれたくみ)。もちろん、仮名だ。本名は‥‥。
「3番塩ネギ豚骨お待ち」
 出来上がったラーメンを愛華に渡しつつ、火力最大でレバニラと餃子を炒める。最後のコンロにわかめスープの入った鍋を置き暖めると、レバニラ定食と餃子の出来上がりだ。
「1番レバニラ餃子味噌お待ち」
「はぁーい。お客様、お待たせしたアルー♪」
 額に巻いた『山田製麺所』とプリントされたタオルを外し、汗を拭う。次の客が来るまで、新しいメニューでも考えようかと、余りそうな材料を見回していると、後ろから道人が流に声をかけた。
「匠、休んでいていいぞ」
「うっす。‥‥王さん、前から思ってたんだけど、愛華の格好と言葉、どうにかならないのか?」
 今時、チャイナ服にお団子頭、語尾にアルはないだろ、と。
「あれはあれで人気があるんだ。特に日本人には、な」
 片方の頬を上げてニヤリと笑う道人に、日本人の流も苦笑する。
 礼をしてから厨房と言う戦場から離れ、従業員スペースへ移動する。
 口から声を漏らしながら大きく伸び。携帯を取り出してメールをチェックする。
「匠ー、お疲れ様。賄いだよー」
 配膳と注文を終えた愛華が、湯気の立つ料理の載ったお盆を持って入ってきた。
「おう、あり」
 がと、と言う前にお盆に載ったものの匂いと異色さに気づき、流の顔色が変わった。
 ニコニコと営業用の笑顔で愛華が持ってきたのは、真っ黒に焦げたチャーハン(?)と皮から肉やらなんやらがはみ出した生っぽい餃子(?)と、皿一面にマヨネーズの飛び散ったアーモンドとえびのマヨーネズ和え(?)だった。
「‥‥愛華。またお前は疑問符のつくような料理を‥‥。食材となる生き物の生命を冒涜するな」
「あんたこそ、人が頑張って作ったのに何なのよその毒舌は」
「誰だってこんな漫画みたいな、ありがちな失敗作を目の前に出されたら毒も吐く。日本のコメディアンじゃないんだ、劇物を食べさせられる身にもなれ。これじゃ嫁にもいけないぞ」
「別にあたしは料理ができなくてもいいのよ。婿を貰えばいいんだから」
「この店を継げるような婿が来るとは思えんな」
「そうかな、あたし、匠は結構いい線いってると思うけど」
 と、少し頬を染めながら愛華が言う。遠まわしな告白とも取れる言葉に、だが流は表情を変えずに厨房を指差した。
「お前は本当に料理はからっきしだな。親父さんを見てろ」
「今日も冴えないわね」
「アホ。今入った客3人の注文を取って来い」
「アホって何よ。‥‥わかった。いらっしゃいませアル〜♪」
 営業用の笑顔を振りまいて愛華が注文をとりにいく。注文は塩ラーメンと餃子定食とチャーハン唐揚げ定食。
 出て行った時と打って変わって、ぶすっとした不機嫌な顔の愛華が戻ってくる。
「注文とってきたわ。さっさと説明しなさいよ」
「親父さんの手の動きを見てみろ」
 厨房の中で道人は流と同じく素早い動きで調理を進めていく。しかし、愛華にはその違いがわからなかった。
「別に、匠だってあれくらいやってるじゃない」
「俺が言ってるのは動きじゃない。調理法だ」
 もう一度愛華が厨房を眺める。道人は時折、いくつもの缶に入った調味料を料理に混ぜていた。
「うちの秘伝の調味料のこと? 確かに父さん手製のだけど、そんなに」
「あれは調味料であり、漢方の一種なんだ。それだけじゃない」
 今度は入ってきた3人の客へ視線を移す。
「親父さんはお客の人種、年齢、体格、健康状態までを相手を診て判断し、一つ一つの料理に手を入れて、その人にもっとも合った味と量と効用の食事を作り出してるんだ」
「嘘!? そんなとこできるの?」
「中国四千年の歴史の成せる技、だろうな。医食同源って言葉を実現してる。同じ料理でもその日、その時、その人に合った物を作り出せる技術。まさに料理の鉄人。誰にでも当たり障りのない、旨い料理しか作れない俺とは違う」
 今まで知らなかった父親の一面を知り、愛華は複雑な思いを抱いた。
「婿取りは諦めて親父さんにしっかり料理を習うんだな」
 そう言いつつ、メールを確認しながらも料理に箸を付けてゆくのを見て、愛華は親譲りの片頬を上げた笑みを浮かべる。
「なんだかんだ言ってちゃんと食べるんじゃない」
「当たり前だ。『食べ物は命。なんでも残さず食べる』がうちの家訓だからな」
 食事を終え、最後のメールに視線を移した流は、知り合いからの情報に眼を奪われた。
「何? 彼女からのメールかしらぁ?」
 後ろから覗き込む愛華。メールに書かれていたのは、傭兵への依頼。

●大蟹退治
 東南アジア・タイのある島で、燕の巣を採っている業者から依頼が入った。
 数日前、穴燕の巣に海から現れた大きな蟹が入り込んでしまったそうだ。
 蟹の体長は横幅4メートル、縦幅2メートル。1メートルもある爪は恐るべき凶器となる。
 恐らく蟹がキメラ化されたものであると判断。敵の数は1体しか確認されていない。
 穴燕は臆病な動物。巣穴に大蟹がいたのでは、巣を作らなくなってしまう。
 燕の巣はバグアが攻めてきてから、以前にもまして高価な食材になっている。
 業者に損害がでる前に、可及的速やかに大蟹の排除を求む。

「大蟹が穴燕の巣に入り込んでしまって困っている、か。蟹に燕の巣‥‥。気に入った」
 愛華の手料理(?)を完食し、ご馳走様と手を合わせると、流は立ち上がり自分の荷物の入ったロッカーを開ける。
「‥‥この依頼受けるの?」
「ああ、大蟹を捌いてみたいしな。キメラも喰えるから、立派な食材だ。料理してみたい」
 中にあったのは、何本もの包丁。出刃包丁から始まり、刺身包丁、マグロの肉を捌くための厚刃のマグロ包丁まで。和包丁だけで十数本。洋包丁や特殊なものを含めると30本を越す包丁がずらりと並べられていた。
 その中から数本を選び、腰に巻いたホルスターに拳銃の代わりに差す。首からドッグタグをかけ、荷物を背負う。
「王さん、しばらく休みます」
「依頼か、気をつけてな」
 暖簾をくぐり、店を出て行く流の背中を、愛華はじっと見つめていた。
「あいつも難儀な道を歩いているな。あの腕なら料理人として立派に暮らせるだろうに」
 道人の言葉が流のいく道を表していた。

●参加者一覧

藤田あやこ(ga0204
21歳・♀・ST
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
阿木 慧斗(ga7542
14歳・♂・ST
張央(ga8054
31歳・♂・HD
ブレッド・シーブス(ga8861
11歳・♂・DF

●リプレイ本文

●喰らうものと喰らわれるもの

 タイの空港から港まで、迎えにきていた業者の車に乗り、港からヨットに揺られて海の上に。その間、傭兵たちはずっと目隠しをされていた。
 バグアが攻めてくる以前から、高価なツバメの巣を狙う賊は後を絶たない。特に穴ツバメの血液が含まれた血燕と呼ばれる最高級品になれば、赤いダイヤと賞されるほどだ。
 巣の場所だけでも情報として流布してしまえば、賊たちの恰好の餌食とされてしまう。
 さらに、彼らは傭兵たちを信用してはいなかった。金のためにエミタを埋め込み、スリルを求めてバグアと戦う変人、とでも思っているのだろう。
 空港に着いた時点から、熱烈な歓迎を受けるどころか、目隠しをされてトラックの荷台に乗せられ、やっとたどり着いた船の上では、業者の案内役たちが銃を持っていることが気配でわかった。
 対海賊用の武装だろうが、こちらが怪しい動きを見せれば、すぐさま銃口を向けてきそうな、危ない雰囲気と緊張があった。
「環境悪化で餌の虫が減少し、燕も少子化の時代‥‥燕窩業者を説教しに来たんけど‥‥最近は人工の絶壁で営巣させ量産してるそうね」
 肩をすくめて苦笑しているのは、長くて艶やかな黒髪が美しいの藤田あやこ(ga0204)。目隠しのためにいつも掛けている眼鏡を胸のポケットにいれている。
 揺れる船に覆われた視界のためか、どうも落ち着かない様子だ。
「つばめの巣って、高級食材なんだよね? 蟹も、美味しいよね‥‥」
 目隠しの下の瞳を星のように輝かせているのは、新人アイドルの阿木 慧斗(ga7542)だ。今から蟹と燕の巣を使った料理を思い浮かべているに違いない。今にも口から涎が垂れてきそうだ。
「うん。お腹一杯蟹食べよう」
「――しかしキメラなんだよな。食える‥‥のか?」
 視界を全て遮られているにも関わらず、落ち着いている翠の肥満(ga2348)がそう疑問を呟いた。元雇われテロリストの過去を持つ彼には、こういった荒っぽい歓迎も慣れっこのようだ。
 むしろ見えないままポケットから取り出した煙草を咥え、ライターで火をつける堂々とした態度に、銃を構える方が動揺していた。
「『四足のものは机以外なんでも喰える』って言葉がある。キメラも喰えないわけがない。実際、俺も何匹か料理して食ったことがあるし、な」
 同じく胡坐をかいてどっしりと腰を落ち着けて座っている流匠が答えた。
 依頼の中で、倒したキメラを食べることもままある。特に人里離れた場所で食料が尽きたとき、倒したキメラを食べたら持ってきた食料より美味だった、なんて笑い話があるほどだ。
 ただ、一般には出回っていない。遺伝子組み換え食品でも消費者の信頼を得るのには時間がかかる。ましてや、キメラとなれば‥‥。
 例えスーパーでパック詰めされたキメラの肉が格安で売っていたとして、買うものはいないだろう。
「上海出身ながら、蟹にも燕の巣にも縁はありませんでしたからねえ‥‥。料理人傭兵の名高い流君の料理も楽しみです。燕の巣とは、組み合わせ的にも最高ですからね。‥‥ふふふ、待っていろ、蟹」
 上海出身の張央(ga8054)は不敵な笑みを浮かべながら、肩にかけたハルバードの柄を撫でた。彼は自前で紹興酒を持ってきていた。
 料理だけでなく、巨大な蟹キメラとの闘い自体を楽しみにしているように見えた。
「‥‥美味しく頂いてやる」
 蟹料理を楽しみにしているのは阿木や張央だけではなかった。ボリビアから出てきた青空の闘牛士の異名を持つホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)も、キメラの味に期待する傭兵の1人だ。
 胸から下げた幸運のメダルを撫でながら、蟹を炭火で焼いて食べることを考えていた。
「今日は中華料理なのですよ〜っ♪」
 歌うようにうきうきと声を弾ませているのは、CAFE:UVAを経営しているシエラ・フルフレンド(ga5622)だ。軽い鉄板を自前で用意する周到さだ。
 一見傭兵とは思えない可愛らしい少女だが、両手で持ったアサルトライフルは彼女の手に馴染むようにカスタマイズされている。『傭兵を見かけで判断するな』という格言の良い例だ。
「でも、蟹は洞窟の中にいるんですよね? どうやって誘き出せばいいんでしょうか」
「釣竿用意して釣り出せばいーじゃん」
 シュノーケルに海パン、額には水中眼鏡をつけた新米傭兵ブレッド・シーブス(ga8861)は、場違いな格好で提案した。今回が初仕事のはずだが、傭兵になる前も生き抜くために危ない橋を渡ってきたのか、キメラとの戦闘に怯える様子はなかった。
 そして船の上でずっと沈黙を守っている、UNKNOWN(ga4276)。
 帽子を深く被り、咥え煙草で甲板に寝転んでいる。黒いコートにマフラーと、暑苦しい格好にも関わらず、その顔には一滴の汗もなく、ニヒルな笑みを浮かべていた。
「蟹、か‥‥。――喰うぞ」
 食欲と懐を暖めるために集まった8人の傭兵は、穏やかな海の上を進むのだった。

●穴燕の洞窟
 船が到着したのは、スタジアム一個分ほどの大きさの島だ。島のあちこちに、冒険心溢れる少年と妄想癖のある勇者志望にはうってつけの、いい感じの洞窟がいくつもあった。
 その中の一つの前に、傭兵たちが集まっていた。問題のキメラ化した大蟹が住み着いた洞窟だ。
「まー試してみよーぜ」
 初めに試されることになったのは、ブレッドの釣り上げ作戦だ。業者から借りた釣竿にもっとも太くて強い糸と手のひらよりも大きい釣り針をつけ、イカを丸々3杯餌にして穴の中に放り投げた。
 その間、藤田は砂浜での戦闘に備えて、ガラスなどのゴミを撤去する。さらに縄で蟹を転倒させるためのトラップも用意。
「最近水にかかわる依頼が多いのですよ〜っ」
 そう言ってシエラも翠の肥満と、射撃を行いやすいポイントを探しだす。
 ホアキンとUNKNOWNは突入案の準備にかかっていた。
「お。これはきたか!?」
 ブレッドの握る釣竿が大きくしなる。重いリールを腕力に物を言わせて引き上げていく。
 が、急に釣竿を引っ張っていた力が抜けて、すっぽ抜けた。ブレッドは釣竿ごと砂浜に倒れこんでしまう。
 釣り針の先についていたのは、漫画でよくお見かけする長靴だ。
 がっかりした顔で長靴を流の前に突き出す。
「喰うか?」
「革靴だったら喰えるんだけど、な。今日の獲物は別だ」
「仕方ない、突入する」
 ホアキンは自前の暗視スコープを装着し、洞窟の中へ突き進む。UNKNOWNがその後を追った。
「お二人とも、気をつけてくださいね」
 藤田とシエラの声援が飛ぶ。仲間たちの声が岩肌に反響していたが、それも奥に進んでいくと何を言っているか判別が付かないほどになった。
 ホアキンが洞窟の上を見つめると、確かに燕の巣らしきものがいくつもあった。
 足元には折れた竹が何本も積み重なっている。おそらく、この竹を足場にして天井近くまで上り、巣を採るのであろう。しかし、今は蟹によって足場が崩されている、ということだ。
 足元を確認しながら進んでいくと、前をいくホアキンに、微かに熱を持つものが見つかった。
 ハンドサインで、UNKNOWNに知らせる。二人の視線の先には、目的の大蟹がいた。
 何年も年月を重ねてきたのであろう。脱皮し続けてきた皮は岩よりも硬く、何匹ものフジツボが取り付いていた。立派なハサミは腹を押さえている。微動だにしないその姿は、まさに王者の貫禄を醸し出していた。
 ここで隙を窺っていてもしかたがない。満潮になれば少ないとはいえ洞窟にも水が入ってくるだろう。砂浜も狭くなる。
「さて、捌くか」
「‥‥どう食べるか」
 餌役は任せろ、とばかりに持っていたシグナルミラーで蟹の瞳に光を当てる。
 驚いた蟹は重い体をその太い足で持ち上げる。ホアキンがそのままミラーを振ると、光を嫌って体を動かし始め、ついにホアキンの存在に気づいたようだ。
 それまでの鈍重な動きは嘘のような早さで、ホアキンに迫ってきた。
 すぐさま反転し、洞窟の出口目掛けて駆ける。ところどころにでっぱった岩肌も、蟹の巨体で削られていく。
 咄嗟の判断で、ホアキンは前へ飛んだ。間一髪、今までホアキンがいた場所に鋭いハサミの一撃が通りすぎる。
 避けた、と思ったがかすっていたらしい。背中を伝う血の感触と肩の痛みが熱い。
 隠密潜行していたUNKNOWNが、すかさず援護に入る。背後からエネルギーガンで蟹の足を攻撃しつつ、退路を断つ。ホアキンはそのまま、海岸へとたどり着いた。
「来るぞ!」
「‥‥来たよ! 皆一旦隠れて」
 阿木の言葉に、後方支援班のものは身を潜めた。ホアキンの後に続いて、飛び出すように大きな蟹が、そしてUNKOWNが出てくる。
 すぐさまUNKOWNと張央が洞窟の入り口を固め、退路を断った。
「弱点はどこ? 教えて急所突き使える人!」
 藤田が叫びながら業者から借りたぼろ服を脱いだ。思わずブレッドがおお、と叫んでしまいそうになるような、オレンジ色のビキニ姿に。
 超機械一号を構えると、練成弱体を発動。蟹の腹部に狙いを定める。
「来たな、食材ッ! 飢えたスナイパーは怖いんだぞう!」
「チャンスは逃さないのですよ〜っ!」
 先制攻撃で、翠の肥満とシエラの銃弾が弱体化した部分へ飛ぶ。藤田もすぐさま武器を持ち替え、貫通弾を放った。
「こんな事もあろうかとー銀河マグナムー!」
 突然の攻撃に驚いた蟹は大きく体をのけぞらせた。しかし、腹に穴を開けたが致命傷と言うわけではないようだ。すぐさま砂浜を移動し始める。
 続けて阿木が練成弱体を間接部へと狙いをつけ、放つ。
「くはははは! 愉快、愉快だっ!」
 紅い瞳を輝かせながら、張央がそこへハルバードを振り下ろす。足を奪うことはできなかったが、電撃属性の一撃は効果があったようだ。蟹の動きが鈍る。
 それでも蟹は怒り狂っているかのように暴れ周り、今度はブレッドを狙ってはさみを振るう。
 ブレッドのソードが、分厚いハサミにがっちりと捕らえられた。下手に動かせば折れ、身動きが取れない。
「しまった〜って、うっそ〜ん!!」
 すぐさま左手のスコーピオンで蟹の腹部を狙うが、やはり銃弾は弾かれてしまう。
「キチン質つくりすぎだコラァ!! ってやっべ、蟹の癖に前に歩くんじゃねえ!」
 鍛え続けた黄金の逃げ足で蟹の攻撃を避けながら、旨く逃げ回る。
 流は砂を蹴って宙を舞った。ブレッドに気をとられた蟹の背中に飛び乗り、張り付く。
「蟹ってのは、自分の背中にはハサミが届かないんだ。覚えておくんだな」
 へばりつきながら取り出したるは、片手で振るうのにちょうどいい、ハンマー。
 それを眼球と眼球の間目掛けて振り下ろす。
「そして、あらゆる生物は眼球と眼球の間が弱点なんだ」
 痺れたように蟹の動きが止まる。その隙に、流は背中を離れる。態勢を整えたホアキンが、捨て身とばかりに下腹部へ飛び込んで、ソードを節々へと突き刺した。
 これは効いたらしい。声無き蟹が叫びでもあげるように震える。
「まずは、光よさらば、だ」
 そこを狙って、UNKNOWNがスコーピオンとスキルの一撃を蟹の瞳に当てる。
 一撃では効果が薄かったが、翠の肥満とシエラが続くように銃弾を瞳に狙い澄まして放つ。
「じゃーんけーん、ぱーーーっ!」
「んっ! ちょっと痛いかもですけどっがまんしてくださいっ!」
 眼球は甲羅ほど硬くは無かったようだ。両の眼がつぶれ、ますます蟹は不規則的な動きに変わった。
 だがその大きなハサミが触覚代わりとでも言うように、傭兵たちを執拗に迫る。
「間違えたっ! じゃーんけーん、ぐーーーっ!」
 今度はハサミ目掛けて狙撃。さらに藤田の罠が発動し、蟹を横転させた。
「やったー、掛かった!」
 わしゃわしゃと足を動かし起き上がろうとする蟹の腹目掛け、UNKNOWNがスブロフを投げつけ、エネルギーガンで火をつける。
「ふふふ、往生際が悪いですねえ。大人しく食われなさい、魚介類!」
 張央の一撃も加わり、ついに蟹は動きを止めた。
「やりました〜っ!カニゲットですよ〜っ♪」
 嬉しくて飛び跳ねるシエラ。ホアキンとUNKNOWNは拳をがつんとぶつけ合った。翠の肥満は張央へ親指を立てて、ブレッドは笑いながらも藤田のビキニ姿を視界の端に捉えて。阿木は喜びながらも、傷を負った囮役の二人に駆け寄った。
「皆、傷は大丈夫?」
 すぐさま治療を行う。戦闘中は気がつかなかったが、結構深い傷だったようだ。特にホアキンのものは肩をざっくり切断されていた。一瞬が生死を分けたのだ。

●喰い供養
「うん、大丈夫そうだね」
 他の皆の治療も終わると、阿木はほっと一息。もし本物だったら、フードの耳がぴくぴく安心したように揺れているところだろう。
「ふう‥‥流さん、後はお願いします」
「ああ、任せておけ」
 砂浜に臨時で作られたかまどと、どこに持っていたのか人一人が丸々入る中華鍋を取り出した流。
「私も手伝うよ。世界平和の願いを込めて、料理は愛情ーっ!」
「うぅ〜っ、キメラなのは気になるのですけどカニなのですよ〜っ」
 藤田とシエラ、UNKNOWNは手伝いと調理を買ってでてくれた。しかし、男二人が甲羅を力ずくで剥ぎ取ると、藤田は目をそむけた。
「駄目、キモいし、蟹のハラワタだけは苦手なの」
「これに日本酒を淹れて焼くのが旨いんだ」
 そういうUNKNOWNを苦い顔で藤田は見つめた。
 流が作ったのは蟹の刺身から始まり、ハサミ一本丸々つかったかにフライ、蟹チャーハンに味噌汁、地中海風蟹とトマトのサラダに、業者から譲ってもらった燕の巣で作った吸い物。UNKNOWNが作ったかに味噌と日本酒の焼き物、藤田の蟹の塩焼き、ホアキンの炭火焼きと、シエラの用意したチーズと胡椒を使った炒め物紅茶付き。
 傭兵たちは流石にいつも戦っているキメラが材料とあって、初めは躊躇していたが、流が毒見をすると、少しずつ手を付け始めた。味は大して普通の蟹と代わらなかった。それでも美味しいと感じたのは、やはり流の腕のおかげだろう。
 その流は、皆が食事を始めると宴席から離れて、蟹の死骸に眼を向けた。
 それに気づいた藤田が、流に近づいてくる。
「もし赤くなれたら三倍速で勝てたのにね」
「弱い者は強い者に喰われる。弱肉強食は自然の掟。喰ってやるのが供養になる。だけど」
 流は蟹の死骸を押し、海へと流した。
「亡骸くらいは、生まれてきた場所へ返してやろう」
 波が蟹を海へと引き戻す。海は、ただ優しく亡骸を包み込んだ。