●リプレイ本文
●対馬島に潜入せよ!
闇よりも深い漆黒の海に、潜入用に夜間迷彩を施された小船が2艘、波に弄ばれつつ浮かんでいた。
「今回の作戦は壱岐・対馬奪還戦に先立つ先行偵察と破壊工作だ。敵の要塞ともいえる壱岐にこっそり潜入して偵察するという非常にやりにくい作戦だが。仕方ない。勝利のためにやるしかないな」
伊達眼鏡のずれを直しながら、緑川 安則(
ga0157)は作戦内容を復唱する。平静を保とうとしているようだが、少し顔が青い。
小さな滑り台ほどもある波が4人を乗せた小船を揺らす。遊園地では味わえないリアルな絶叫マシーンと化していた。
「この作戦の結果でサラスワティを初めとする壱岐対馬奪還にも影響があるのは怖いが。なんとかせねばな」
「他のTLF作戦に、僕のいる兵舎飛行クラブの仲間達も参加してるんだ‥‥そっちがうまくいくように、僕もがんばる!」
A班班長の水理 和奏(
ga1500)は、グラップラーのバランス感覚と適切な重心移動を駆使して、揺れをものともせずに進路を見つめていた。
シャレム・グラン(
ga6298)もまた、知り合いがTLF作戦に参加していた。任務の準備にかかっているだろう仲間を思いつつ、水理の言葉に深くうなずく。
見ず知らずの相手と手を組み、依頼を成功させないといけない傭兵は、一見繋がりが薄いように思われがちだが、一度戦場を共にした者は強い絆で結ばれている。
それが親密な友ならなおさらだ。
「失敗できない作戦か、まいったね‥‥」
『生き残ったやつの勝ち』という信念を持った周防 誠(
ga7131)は、束ねた後ろ髪が風で暴れるのを抑えていた。
自身の安全を最優先し、普段は単独行動を好む彼にとって、複雑な思いを抱かせていた。
単独で動けば仲間が危険にさらされるし、逆に仲間と行動を共にすれば仲間に危険が迫ったとき、見捨てるわけにはいかない。
不敵な微笑が彼の心境を表していた。
「無線は原則無線封鎖。緊急事態に際しては無線封鎖解除し、救援を求める。偵察を行い、爆薬を設置すれば撤退。作戦は夜明け前に終了。以上だね?」
緑川の確認に、A班の皆は首肯した。
「船って乗り物は、ホント最悪ッスね」
一方、B班の班長、エスター(
ga0149)は顔をしかめながら愚痴をこぼした。
「これならKVに乗ってるほうが風になったみたいで気持ちがいいッスよ」
雲を裂き空を翔るKVと、波のひとつにも翻弄されるボートでは乗り心地にも違いがでるというものだ。彼女の場合、他の理由もありそうだが。
「‥‥なんとも、骨の折れる仕事だな」
ファファル(
ga0729)は煙草を吸いながら不機嫌そうに言った。先ほどから波飛沫で、何度も煙草を駄目にされているからだ。
「あたし達の任務の成否が後々響いてくるのか‥‥責任重大ね」
同じくスナイパーの小鳥遊神楽(
ga3319)は、そう言いつつも表情を変えずに胸元のロザリオをいじっている。
「危険な任務だが、これをこなせば本隊のみんなが楽になるはず‥‥。いっちょ気張るとしますかっ!」
B班の紅一点、いや白一点、ジェサイア・リュイス(
ga6150)は元気よく気合を口にだす。
ますます海は荒れていたが、彼に恐怖はなかった。拾われたときから肌身離さず持っている青い石のネックレス。海と同じ優しい色をした自分の宝物が守ってくれている気がした。
「必ず情報を得て皆で帰還せねば‥‥な」
「全員生きて、任務を成功させましょうね」
ファファルと小鳥遊の呟きに、B班の皆もうなずいた。
あわや転覆するかと思うことが何度かあったが、運よく島に近づくにつれて波も収まってきた。
エンジンを切り、オールを取り出して手漕ぎに切り替える。A班は水理と緑川が、B班はジェサイアとファファルが交代でオールを漕ぐ。
簡単そうだが、4人乗りのボートを波に逆らい走らせるのにはかなりの体力がいる。4人の額に玉のような汗が浮かんだ。
「闇夜に浮かぶバグア島か。ゾクゾクするなっ」
不敵な笑みを浮かべつつ潜入準備するジェサイア。黒いバンダナに愛用のフェイスマスクを迷彩用の墨で黒く塗ってつける。
傍からみたら通報されそうな危険人物の一丁あがりだ。呼吸音がコーホーではないのが不幸中の幸いだろう。
2艘はそれぞれ離れた岩場に着岸。
「それでは開始だ。いくぞ」
緑川は隠密潜行スキルを最大限に発揮し、周辺の索敵にかかる。
目標は対馬空港だ。すでに確認されているヘルメットワームの格納庫や武器庫にでもC4を設置できれば、上陸作戦時を有利に進められるだろう。
本部から暗視機能付高性能カメラを借りてきた周防は、周辺の敵の気配がないことを確認してから、一番高い岩場へ登って、上陸地点候補を撮影する。
一枚、二枚とシャッターを切っていくと、突然の突風がA班の4人を襲った。
すぐさま4人は近くの岩場に身を潜める。敵は――空にいた。
『アアア!』
この世のものとは思えない叫び声を上げて、1匹のゴールドドラゴンが上空を通過した。
発見されたかと全員がヒヤリとしたが、ドラゴンはそんな傭兵たちの緊張を余所に、そのまま水平線の向こうへと飛んでいってしまった。
「お散歩にでも行ったのかな?」
「彼らに夜の空中散歩の素晴らしさがわかるとは思えませんが」
水理の疑問に、シャレムは微笑して答える。緑川は空を見上げながら、ふと口をこぼした。
「初めてのナイトフォーゲルでの戦闘はここの上空でのキメラ狩りだったんだよな」
壱岐島での作戦を思い出す。四ヶ月前のことなのに、もっと昔のことに感じられた。
「思い出に浸るのもいいけど、まずは空港へ」
再び岩場の上に登った周防は、砂浜に起こったある異変に気がついた。
砂浜に石とは違う独特の光沢を持ったものが点在していた。
すぐさまカメラの感度を上げて、埋まっているものの正体を突き止める。
「おいおい、まいったね‥‥」
自分の眼を疑い、思わず口癖の言葉が口から漏れてしまった。
埋まっていたのは、無数の地雷だった。先ほどの風で砂が運ばれ、地中の浅い部分に埋められていたものが偶然顔を出したのだろう。
「皆、動くな。地雷が埋められている」
3人の動きがピタリと止まった。水理は自分が踏み出そうとしていた足を空中で停止させ、ゆっくりと元の場所に戻す。
「これじゃあ身動き取れないよ」
俊敏性を武器とするグラップラーにとって、地雷はまさに天敵と言える兵器。泣き言の一つも漏らしたくなるだろう。
「ここも上陸地点になっています。この地雷、なんとかしないといけませんね」
微かに震える水理の頭をシャレムが撫でて安心させる。
「周防さん、地雷の設置されている所、大体でいいからわかるかい?」
「全部と言うわけにはいかないけど、な。どうするつもりだ?」
「この種類の地雷なら、以前訓練で習った。何とか解除してみるよ。何か刃物を持っていたら、貸してくれないか?」
「ああ、これでどうだ?」
周防は携帯していたパリィングダガーを緑川に渡した。
「自分の目だけじゃ見逃す可能性がある。岩場の上から地雷の位置を指示してくれ」
「了解」
「では、私は敵を警戒します。合図したら、すぐ岩場へ身を隠してくださいね」
「僕はB班に地雷のことを知らせにいくよ。砂浜の上以外なら、大丈夫だよね?」
言うや否や、水理は岩場から岩場へ、源義経の八艘飛びのように飛び移り、B班へ知らせに跳んだ。
緑川が、大きく息を吐き出す。帽子を逆にして被りなおすと、気が遠くなるような命がけの解体作業に取り掛かった。
「揺れない地面ってサイコーッス」
エスターは大きく伸びをしながら大地を踏みしめる。B班が上陸したのは、小さな岩の多いごつごつした海岸だった。もちろん、隠密潜行を忘れない。伸びが終わるとすぐさま猫のようなしなやかさで気配を断ちつつ身を潜める。
「(哨戒への注意はもちろん、トラップにも注意しろ)」
戦場経験豊富なファファルは、すぐさま周囲の状況を把握すべく視線を走らせ、警戒態勢に。
「小船は解体しておく?」
「いや、隠しておけばいいだろう。砂でもかけておけば、発見されても難破船と勘違いされるだろうしな」
小鳥遊とジェサイアは小声で話しながら、地図で現在位置と目標地点である対馬空港を確認。進行方向を決定する。
ファファルが手で合図をする。罠、敵ともに発見できず。前進すべし。
エスターが首肯し、ファファルと前進。小鳥遊とジェサイアがその後に続いた。
「やれやれ‥‥見つからずに、だが限りなく速く、か。意外と神経使うな」
が、すぐさま前進は停止される。背後からかけられた、小さい声によって。
「(待って〜!)」
岩場を瞬天速で飛び続けてきた水理が、4人の前に現れた。岩場に足を止めようとしたが、加速がつきすぎてバランスを崩す。
「おっと」
ジェサイアが倒れそうになる水理を受け止めた。逞しい腕に抱きとめられ、いつもは自分が女の子だと自覚に薄い水理も、どきどきしてしまう――――ところだっただろう。ジェサイアが黒いマスクを付けていなければ。
「どうした、何か起きたのか?」
「うん、実は上陸地点の砂浜に地雷が仕掛けられてて‥‥。今緑川さんが解除してくれてるんだけど、ちょっと僕たちは空港までいけないと思う」
「わかったッス。空港のほうはあたしたちに任せるッスよ」
「地雷のほうはそちらに任せたよ、頼む」
「うん、皆も頑張ってね!」
水理は疲れも見せずに再び岩場を飛び跳ねていった。
岩場を離れ、空港へと続く道路にでる。夜中には走る車もなく、思ったよりも簡単に移動することができた。
時たま巡回中のバグアと接近したが、物影に隠れ息を潜めることでなんとかやり過ごした。
流石に空港周辺にたどり着くと、敵の数も多くなる。得に厄介なのが、施設周囲に放たれた犬型キメラだ。
犬の嗅覚は人間の何十倍とも言われている。キメラ化されていれば強化されていることはあっても、衰えていることはないだろう。風上から接近すればすぐさま気づかれてしまう。
「潜入任務じゃなかったら、一発で仕留めてるところッス」
自己主張の塊の為扱いづらいアーチェリーボウを、手持ち無沙汰にいじりながらエスターが呟いた。
「抑えろエスター。あくまで偵察任務だ。しかし、この警備では橋へは接近できないな‥‥」
双眼鏡を覗き込むファファル。橋の上には両端に二人ずつ、犬型キメラを連れた歩哨が立っている。橋の下から近づいても、匂いで気取られそうだ。
「(なるほど‥‥たいした設備だ。差し詰め要塞といったところか)」
「警備の薄い変電施設なんかを狙うしかないですね‥‥。電気系統を破壊できれば、ある程度敵を無力化でしょうし」
無理をして発見されてしまえば、元も子もない。安全策をとり、警備の手薄な部分を狙うことにした。
地中に埋められた電気ケーブル管。そこには必ず、職員が修理するときのために人一人が通れる空間があるのだ。
重い蓋を開け、狭いケーブルの中にファファルが体を押し込む。長身の彼女には少し狭かった。
「あたしが代わってもいいッスよ?」
「貴様じゃ通れないだろ」
「‥‥あたし、潜入任務に向いてないッスか?」
「いや、そんなこともないと思うけどな」
急に話を振られたジェサイアは、慌ててはぐらかした。
C4を手に通路を進んでいくファファルの姿は、どこか狐を連想させた。
ケーブルの先にあった巨大な装置の影に、そっとC4を設置する。
狭い通路から這い出たファファルの『成功』のハンドサインを見て、緊張していた3人の顔がほころんだ。
「へへっ、俺たちの仕掛けたもんが開戦の派手な狼煙になるんだな」
「そうね。それじゃ、こんな居心地の悪いところからおさらばして、A班の皆と合流しましょ」
B班がC4爆弾の設置に成功したころ、砂浜では緑川が地味で危険な地雷解除作業を根気強く行っていた。
水理が戻ってきてからは周防も位置確認の役目を水理と交代し、解体作業の手伝いに回った。
運がいいことに敵の巡回はなく、解体作業に専念することができたが、解除できたのはやっと3分の1。全てを解除すると考えると、気が遠くなる。
「あれ?」
双眼鏡を覗き込んでいた水理は、何か違和感を覚えた。
瞬きをし、もう一度双眼鏡を覗き込むが、違和感は強くなるばかりだ。
砂浜を観察する。すると、不思議なことが起きた。
岩が、動いたのだ。横2メートル、縦1メートルほどもある岩が。
「おかしい‥‥、何か変だよ、あの岩!」
水理の小さな叫びに、3人もすぐさま武器を手に警戒態勢に入る。緑川はアルファルを引き絞り、岩目掛けて矢を放った。
ヒュッ、と風を切る音と共に、矢が岩に突き刺さる。途端、驚くべきことに、岩が砂浜の上を、走った。
否、岩ではなかった。2本の大きな爪に、よく動く足。巨大な、ヤドカリだった。
水理が砂上を駆けると、両手に嵌めたルビウスが光の軌跡を描く。攻撃範囲まで間合いを詰めると、身軽な体を生かして蝶が舞うように攻撃を仕掛けた。
だが、硬い岩の甲羅によって、攻撃が防がれてしまう。一見鈍重に視えるが、ハサミの攻撃は素早く、鋭い。
接近戦は不利と判断した水理は、回避に専念して囮となる。緑川と周防の矢が甲羅からはみ出たヤドカリの体を狙うが、これもまた軽く刺さるだけで貫くことができない。
「なんて硬い甲羅だ‥‥」
「水理さんが危ない!」
ヤドカリのほうは地雷の位置を知っているのか、それとも野生の本能か。水理を回り込み、地雷原へ追い込もうとしていた。
「硬くてだめなら、これでも食らいなさい!」
ヤドカリが水理に気をとられている隙を突き、シャレムが背後から接近。スパークマシンαをヤドカリの体に撃ち込む。
流石に電撃の一撃は効いたらしく、黒い煙をあげちょっとおいしそうな匂いと共に、ヤドカリは動かなくなった。
「助かった‥‥ありがとう、シャレムさん、皆」
「喋らないキメラでよかったよ。それにしても、大した擬態だ」
念のため、発見されぬよう骸は全員で押して海へ還した。キメラとはいえ、海に住むものは海で死ねるほうがいいだろう。
その後、B班と合流し、全員で地雷の撤去にかかった。全て撤去できたのは、空が段々明るみを帯びてきたころだった。
すぐさま船に乗り込み、岸を離れる。追手はない。成功したのだ。
訪れたときとは違う、全てを優しく包み込んでくれるような、透き通った青。
「(我々の情報‥‥無駄にはしてくれるなよ)」
任務を果たした後の一服を楽しむファファル。
「私に出来ることは終わりましたわ。後はあなた次第ですわ」
今度は仲間の成功を祈るシャレムと水理。
よく見ると、皆砂だらけだ。地雷解除で砂浜を這いずり回ったせいだろう。
それが何かとてもおかしく思えて、誰からとなく笑い声が漏れ、2艘の船を笑い声が覆う。
陽の赤と海の青に抱かれ、傭兵たちは島を後にした。