●リプレイ本文
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「‥‥いいね。そういう考えは、好きだよ」
不意に、立ち上がった若い女子生徒の言葉に、返事を返す者がいた。
床に腰を下ろし、壁に寄りかかり様子を眺めていた柳凪 蓮夢(
gb8883)は立ち上がると、
服をただし、女子生徒へと穏やかな笑みを返す。
学生であると同時に、実践経験豊富な傭兵でもある彼は、
この状況にも慌てることはない。
「私も協力しよう。他に、乗っかる方はいるかな?」
相手の心理状態を見極める術に長けた彼の物腰、言動、雰囲気。
それらは周囲を落ち着かせ、意欲を呼び起こす。
「こうして力になれるのですから‥‥偶然に感謝しないと、ですね‥‥」
きっかけは、ただの好奇心。
カンパネラ学園はどんなところなんだろう。そう思って立ち寄った買い物帰り。
藤宮 エリシェ(
gc4004)は、肌身離さず持ち歩くヴァイオリンケースをそっと撫でる。
ざわめく周囲の大人たちと、そんな中、目の前でなにかをしようというお人好しな連中。
その様子に、どこか呆れた様子のクローカ・ルイシコフ(
gc7747)。
「一般人のお守、か。ま、時間つぶしにはなりそうだね」
どこか棘の含まれた呟きだが、それでもやることは同じ。
周りの者も特に追究することはない。
「それは‥‥楽譜‥‥?」
終夜・無月(
ga3084)は、女子生徒の1人が持っているファイルに入った紙面を指し示す。
五線譜に連なる黒い点が、たしかにそれが楽譜であることを示している。
「え? あ、はい‥‥ステージの袖に、古いピアノがあって。音楽室は、他の子が使ってたので、ここで練習しようかと思って‥‥」
「へぇ‥‥ピアノがあるんだね?」
そう呟きながら、藤宮のヴァイオリンケースを見やり、思案する柳凪。
「‥‥皆でなにか‥‥演奏‥‥しましょうか‥‥?」
終夜の言葉に、楽譜を持つ女子生徒は思わず立ち上がる。
「む、無理ですよ私!? ほら、これみてわかるでしょう? そんな、人前で演奏なんて‥‥」
そういって少女が鞄から取り出した本を見て、一同はそれ以上少女へ無理を言うことはなかった。
バイエルだったから。
よく見れば先ほどの楽譜も、音楽の授業かなにかで使ったのだろうか。縦笛の運指表だった。
「ピアノなら弾けるけど?」
クローカの言葉に頷く柳凪。
「それじゃあ――」
柳凪の提案に、頷く傭兵たち。
「でも、準備には時間が‥‥」
けれど女子生徒は、心配げに呟きながら周囲を見渡す。
ざわめきはさらに強く。
不安の色はさらに濃く。
できることなら、できるだけ早く彼らになにかをしてあげたい。
そう思う女子生徒の気持ちも、もっともだ。
「大丈夫」
だが、柳凪は焦ることなく、穏やかな表情で少女の肩を叩く。
「彼がいるから、ね」
そう話す彼の視線の先。
そこに、その男は立っていた。
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「‥‥ふふ‥‥ふはは! 怯えているな彷徨える魂達よ!」
泣いていた子どもが、途端、泣き止む。
子どもだけではない。
その場違いな大声に、講堂全体の時が止まる。
子どもの瞳には、困惑とも、衝撃とも、あるいはそれこそ怯えとも取れる複雑怪奇な色が浮かぶ。
子どもの視線の先。
ざわめく講堂の中心に、彼は立っていた。どや顔で。
「はあーーっはっはっは!! 俺様はジリオン! ラヴ! クラフトゥ! 未来の勇者だ!」
まるで、テレビゲームの中から飛び出してきたかのような胡散臭い姿。
しかも、所々傷だらけの格好で胸を張る、ジリオン・L・C(
gc1321)に、講堂の人間全てが、言葉を失う。
「なァにを恐れる事がある! 此処には腐る程能力者と‥‥俺様がいるのだ! ハッハッハ!!」
激戦を終えたばかりのテンションがそうさせるのか。あるいは、いつもこうなのか。
講堂にいる誰一人、彼のテンションについていけているものはいない。
当のジリオン本人は、そんな止まってしまった周囲の空気に戸惑うこともなく、
もう一度足元の子どもへきりっ! と視線を向けると、ビシッ! と指を立てる。
子どもはすでに泣くことも忘れ、目の前のおかしな人の一挙手一投足を興味津々に見つめている。
すると、ジリオンがビシッ! と構えをとる。そして
「うおお‥‥! 勇者の必殺技だ! とくとその眼に焼き付けろ!!」
ゆっくりとした動作で力をためる。放たれる威圧感。
刹那、彼はその必殺技を繰り出す。
「勇者! ヒーーール!」
ぽわわん、と一瞬だけ仄かに灯る光。
それが、数度。ぽわわん。ぽわわん。と、彼を包む。
いわゆるひとつの、ただの『練成治療』だ。
覚醒により眩い光を放つでもなく、不思議なオーラを纏うでもなく。
前振りから一点、地味な結果に、拍子抜けする周囲の空気。
だが、やはり彼はそんな周囲の様子を気にも留めない。
見る見る癒えていく傷。あっという間に完全復活を遂げた自身の肉体。
それを見せ付けるかのように、改めてジリオンは胸を張り、
「どうだ‥‥これが、勇者の力だ」
そうきめる。再びのどや顔で。
なぜだろう。
そんな、どこか馬鹿っぽい憎めない男の出現に、子どもたちは笑顔で喜び、
そんな子どもたちの様子に、大人たちも呆れ半分、ふっ、っと息を吐いた。
子どもたちに囲まれ、ハーハッハ!! ともう一度大声で盛大に大笑しながら、
ジリオンはそのまま講堂を回り、怪我をしている人を治療して回った。
行く先々で、子どもたちに面白半分でぺちぺちと叩かれたり、髪の毛をひっぱられたりしながら。
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ふと、講堂の照明が落とされる。
ざわめく館内。
だが、完全な暗闇になったわけではない。
不意に訪れる闇は、人の心に恐怖を植え付け、それを増長させる。
それは、照明を落とした張本人たちが望むことではないから。
館内の、所々に仄かに点る、いくつもの明かり。
蝋燭。
星や天使をあしらったキャンドルホルダーに添えられたそれは、幻想的な光を放ち、
観衆の目をひきつけ、心を静める。
手にするバイエルの少女や、そのクラスメイトたちは、少し緊張したような笑顔を周りに向ける。
――ポロン。
と、耳に届くのは、鍵盤の音。
ふわっ、と灯る壇上のスポットライト。
いつの間に運んだのだろう。
ステージの上には、少し古びたグランドピアノが。
静かに座している、演奏者はクローカ。
その指先がダンスを始めると、途端、講堂に繊細な音色が響き渡る。
その音色に重なるように、藤宮のヴァイオリンが、いつもの寂しさよりもどこか仄かな温かさを感じさせるように、弦を震わせる。
いつのまにか、鍵盤と弦の音に隠れて聞こえてくるのは、柳凪が口付けを交わす、フルートの囀り。
静かな三重奏。
観衆は静まり返り、皆が耳を傾ける。
と、一瞬。
全ての楽器が声を失う。
「Light of hope‥‥」
講堂に通る歌声。
闇の中。
スポットライトに浮かび上がる、終夜の姿。
光を浴びた長い銀髪が、不規則に煌く。
伏せた瞳がうっすらと開く。
それに倣うかのように、口元もその戸を開け、堰き止めれたメロディーが、歌声と共に紡がれる。
「Light of hope‥‥
Poetry of wind‥‥
I wish the prayer‥‥
Your safety‥‥
Your return‥‥
Even if you can do only the praying thing‥‥
If it is possible to become your power‥‥
It keeps praying‥‥
It keeps thinking‥‥
I think you who loves to be a mind‥‥」
詩を吟じるかのように、ゆっくりと生み出されるメロディー。
歌声を引き立たせるかのように、静かに、密やかに奏でられる三重奏。
気がつけば、トリオはカルテットに。そしてクインテットに。
講堂の所々。
キャンドルを点す学生に寄り添うようにして、
楽器を持つ学生たちが立ち上がり、思い思いの楽器で、演奏を奏でる。
けしてコンサート用に作られた舞台でもなく、まして、力量もバラバラ。
リハーサルなんてなし。
立つ位置が違えば、音の響きも変わってしまって、本当の意味での、綺麗な重奏になんて、なりえない。
けれど、それでも紡がれる音色は、糸のように絡み合い、解れることなく、
きれいな模様を描いていくように、講堂に満ちていく。
「‥‥皆さん‥‥」
歌声がやみ、しばしの静寂。
それを破ったのは、やはり、終夜の囁き。
「皆さん、落ち着いて下さい‥‥外では皆が必死に‥‥この島を‥‥
皆の家を‥‥護る為に戦っています‥‥俺たちが‥‥皆さんを護ります‥‥」
傭兵の微笑みに、講堂が再び暗い感情に満ちることは、もうなかった。
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演奏が終わり、講堂の中はすっかり穏やかな雰囲気に包まれていた。
「ねぇねぇおねーちゃん。さっきのおうた、なんてうたってたのー?」
「ちがうよ! おねーちゃんじゃなくて、おにーちゃんだよ!」
「えーっ、だって、こんなに髪がながいのに?」
歌を歌って聞かせた終夜の元に集まる子どもたち。
「俺は‥‥大切な人が怪我をしない‥‥ように‥‥無事に‥‥帰ってきてくれる‥‥ように‥‥
そう‥‥祈ってる‥‥って‥‥そういう意味だよ‥‥」
終夜は、優しく微笑み、歌の意味を、子どもたちがわかるように簡単に教えて聞かせる。
「ねぇねぇ、つづきはないの?」
「もっときかせてー!」
そうせがむ子どもたちに、終夜はその場に腰を下ろし、子どもたちにも座るように促すと、
静かに、もう一度口を開く。
離れていても、愛する人のために戦う。その思いを込めて。
柳凪と藤宮、クローカは、協力してくれた学生たちをねぎらいながら、避難者たちへ飲み物を配って回る。
ジュースをもらった子どもは喜び、年配の男女は渡された温かいお茶に感謝を述べる。
交代のためか、入り口を出入りする警備の教員の様子に、どこか不安げに目をキョロキョロさせている人を見かければ、
「なっさけないなぁ、いい年した大人がビビっちゃって」
と、クローカがどこか呆れたような笑いを浮かべる。
「きみ達の任務は、子供のそばにいてあげることでしょ。分かる?」
それでも、先ほどの演奏で、少しは落ち着きを取り戻しているのか。
男はクローカの言葉に、「あ、あぁ」と頷くと、足元できょとんと見上げている子どもの頭を優しく抱いてやる。
その様子に微笑みながら、藤宮がホットチョコレートを差し出すと、子どもは大喜び。
子どもの様子にどこか毒気を抜かれたクローカもまた、持っていたお菓子を子どもへと差出し、笑顔を向ける。
引きつってはいても、精一杯の笑顔を。
その後傭兵たちは、ボールやトランプなど、あり合わせのもので、終始おなかが満たされ安心した子どもたちの相手をして過ごした。
一緒に楽しみ、広がる笑顔に、また嬉しくなる藤宮。
相手をしてやるだけのつもりが、いつのまにか夢中になってしまい、気がつけば、子どもたちと一緒にお昼寝モードのクローカ。
学生たちもまた、傭兵たちに混ざって、子どもや大人の相手をしていた。
お互いに声を掛け合い、笑いあう。
争いが終わったわけではない。
それでも、独りじゃない。
誰かと一緒にいる、その安心感。
大丈夫。この人たちは、大丈夫。
この笑顔を、この島を自分たちが守る。
それぞれの傭兵が、咲き誇る笑顔にその思いを強める中、ふと柳凪が周囲を見渡すと。
演奏中から1人、誰よりも楽しんでいたジリオンが、子どもたち以上に遊びを楽しみ、
遊び疲れた子ども達には、彼の壮絶・壮大な武勇伝を大きな声で語り聞かせているのだった。
どや顔で。