●リプレイ本文
頭上に上る月は丸く、煌々と谷底を照らす。
無言のまま、月明かりにその身を晒す傷ついた鉄の騎士。
その騎士を囲むように、傭兵達は周囲の警戒にあたる。
航空形態のまま地に堕ちたKV。Letia Bar(
ga6313)はその翼に飛び乗り周囲を見渡す。操縦席の方を見れば、湊 獅子鷹(
gc0233)が、そこに眠るパイロットへと手を合わせている。Letiaは静かにその場に近づくと、湊に倣う。
祈る先。その人物の瞳に光はなく、その身体に、肉はない。ところどころに白が覗く体が、彼がたった1人で過ごした短くない時を静かに物語る。
その左手には、こんな姿になりながらもけして手放すことのなかった、差し込む月明かりに鈍く光る未知の金属が。
「アンタの任務の引継ぎに来た。回収部隊が来るまでアンタとエミタ鉱石を護衛する。夜明けまでゆっくり休んでくれや」
遺骸に寄り添い、塗り固められた汚れを軽く拭い取るLetiaの横で、湊は眠る彼へと囁く。
状態を確認すると、2人は立ち上がり、コックピットをシートで覆う。これ以上、死者を傷つけないために。
「さーてお仕事始めますかっと」
湊は顔を上げ、手にしたショットガンを一度確認する。
空を見れば、月が高い。朝日が昇るまでまだ5時間弱。傷ついた体に鞭を打たなければ。
●AM 0:40
見つかるかも分からない誰か。いつまでかかるか分からない捜索。それは、捜索する者にとっても心身ともに消耗を生む。
けれど今、傭兵たちにはリミットが定められた。守るべき対象も、目の前にある。
傭兵たちの士気は高かった。
そして、周到だった。
食料等の臭いが漏れるのを防ぐため、エマージェンシーキット内のビニールシートを用い、それをKVの足元へまとめて置くことで自身は身軽に。
明りも落とし、各自暗視装置を用いる。音も最小限だ。
だが、いくらリミットがあるとはいえ、それまでの間、常に覚醒しているわけには行かない。
発見に至るまでの間、傭兵たちは少なからず消耗している。負傷者もいる。
また、秋月 愁矢(
gc1971)や天水・夜一郎(
gc7574)のように、覚醒することで光を発する者もいる。
それを考慮した上で、各自配置につき、交代で覚醒を行い警戒をする傭兵たち。
KVの尾翼に掴まり、遠くを望むフローラ・シュトリエ(
gb6204)。GooDLuckを発動した彼女が、木の葉の音に気づく。
フローラが小さく合図をすると、KVを囲む四隅の一角、物音のした方向に待機していた智久 百合歌(
ga4980)がすぐさま動く。
エミタの調整により、その力の姿に変化こそ生じたが、その背に本物の翼を冠したかのような動きは、さらに軽く、速く。
暗視ゴーグルで確認した影へと瞬速縮地で動く智久。
突然現れた影を、異形な犬は果たして認識することができたのか。
翔ける勢いに加えられる遠心力。降り抜かれた赤い刃は、的確にキメラの太い首を切り落とした。
「‥‥逃がさないし、仲間なんて呼ばせない‥‥」
小さく呟きながら、智久はすぐさま血塗れの剣を拭う。
その内心では、音の出せないこの状況に、少し寂しさを感じている。
智久が彼に届けたいもの。それは、穏やかな眠り。
元楽士である彼女は、できることならば彼に静かな夜の眠りを、鎮魂歌ではなく、子守唄をおくりたい。
そう思っていた。
なぜ死者に子守唄なのか。それは、彼の魂が鎮まり帰る場所が、ここではないからか。
帰ることを願い悲しみにくれ、安らかに眠ることもできずに過ごしただろう1人の夜を思ってか。
フローラ同様、KVの上から周辺を警戒していた番 朝(
ga7743)は、智久の元へ音を立てぬよう注意しながら駆け寄り、すでに事切れたキメラを、智久が血を拭った布ともども、用意していた穴へと埋める。臭いを抑えるためだ。
キメラを埋め終えた番は、うず高くなったそこへ静かに手を合わせる。頬を撫ぜる風は、あの日の森と同じ緑の香り。けれど、ここにいるのはあの日のトモダチは違う。バグアによって生み出された命。それでも、森に生きる命。願わくば、安らかに、森に帰ってくれることを。
「守り抜きたいわね、これは」
無事にキメラを排除できたことを確認したフローラは時計を確認する。
夜明けまであと、4時間と少し。
●AM 2:10
幕間。
臭いを抑え、光を消し、音を静め、キメラが仲間を呼ばないよう警戒し即殺を心がける傭兵たち。
だが、どんなに心がけても、完璧にそれら全てをシャットアウトはできない。
それまでなかった、人の匂い。
時折ふらふらと迷い込む犬キメラ。夜の闇に紛れ飛来する、蝙蝠キメラ。
それでも各個撃破を心がける傭兵たちの努力により、KVも、パイロットも、いまだ無傷だった。
静かな時間。
操縦席で眠る彼は今日の朝日を、どれだけ待ち望んだのだろう。
何処かにいるかもしれない、彼の帰りを待ち続ける誰かは今の彼を見て、どう思うだろう。
そのことに思いを馳せる傭兵は、少なくない。
セシリア・D・篠畑(
ga0475)は、心の内で、まだ見えぬ朝日を思う。
太陽はいつも変わらず昇るもの。けれど、それを明日見ることは、誰にも約束されてはいない。
能力者としての役目を終え、『モノ』となる時。
その時は全ての人に平等に訪れる。
何時か自分にも、自分の大切な人にも‥‥
その時自分は、彼は何を想うだろうか。
それを言葉にすることはなく。ただ一度、遠く北の空を見上げ。
貴重なエミタ鉱石。
それを回収することは、人類にとっても価値ある重要な仕事。
それはわかっている。
けれど、今自分たちが請け負った新たな仕事は、エミタやKVの回収。
遺体の回収ではない。
そのことを智久は切なく思う。
能力者は、未知の金属をその体に宿し、人外の力を得た者。それは果たして、同じ『人』と言えるのか。
その葛藤を、多くの能力者は抱いて生きていく。
それでも、最期まで『人』でありたい。
それもまた、抱く願い。
智久は静かに、眠る『人』へと十字を切る。
その眠る人の傍らに腰を下ろす湊。
重体の彼は、はっきりいって終始覚醒を維持するほどの余力はない。
体力と練力。いざというときのための温存。瞳を閉じる。けれど、感覚は鋭敏に。
ふと、傍らに眠る人物へと視線を向ける。
「なぁ、アンタにはやっぱり無事を祈ってくれていた人が、居るんだろうな」
帰ってくるはずのない会話。けれど、湊は1人言葉を続ける。
「‥‥俺はよくわかんねえ。最近初めて友達らしいものが出来たんだが、そいつにもっと自分を労れと言われたんだ」
ふぅ、と息を吐く。あの日投げかけられた言葉。反芻し、自分の口から紡いでもみても、なぜだろう。
どこか、しっくりとおさまらない。
――俺には勿体無い言葉だよ。
自然と笑みがこぼれる。その笑みはどこか自嘲的で、複雑な色をしていた。
それぞれの思いを胸に待つ夜明けまで、あと3時間。
●AM 3:50
銃声が、静かだった谷底の森に響く。
KVの周りに灯る明り。
谷に反響する、恐ろしい雄叫び。
獲物の発見の知らせに応える遠吠え。
それに引き寄せられるように集まる羽音。
あるいは、生き物が寝静まる夜に動く習性でもあるのか、はたまた、奇襲のセオリーでも熟知しているとでも言うのか。
夜の深い闇に朝の足音が少しずつ近づいてきた頃。キメラたちの群れが、傭兵たちを襲う。
KVへと群がる犬の群れ。
緑色の輝きを纏った天水は、能力によって強化された身のこなしで、群がる犬たちを軽やかにいなしていく。
「彼にはまだ帰るという仕事がある。不祥の身ながら、護衛に尽力させて頂きます」
個人のものであるはずの1人の命。それが失われることで、誰かの道を大きく変えてしまうことがある。
彼にとって、自分を待つ大切な誰か。
一瞬、顔も知らないその誰かが、自分にとっての、たった1人の姉と重なる。
もしあそこで眠る彼が自分だったなら、彼女は、泣いているのだろうか。
――待ってる人がいる。せめてその人の下へ帰したい。
飛び掛るキメラ。しかし、その牙は天水に届くことはなく。
鍛え抜かれた槍。手にする拳に宿る意志が、キメラの顎門を貫く。
「あまり甘く見ないことだ‥‥犬コロども」
異形の犬たちの前に、師より受け継いだ騎士の誇りが、立ちはだかる。
空に1つ。また1つ。
漆黒の空間が生まれたかと思うと、周囲を羽ばたく蝙蝠が闇よりも暗い黒に飲まれ、地へと落ちていく。
寡黙なスナイパー、セシリアは淡々と、けれど確実にキメラを射止めていく。
暗視スコープによる視覚情報だけでなく、羽ばたきの音、臭い、風の変化。
敵の接近を知らせる全ての情報を五感で感じ取り、自身の仕事をこなしていく。
Letiaもまた、コックピットの傍で湊とともにパイロットを守らんと超機械で迎撃に従事する。
彼女たちによって翼をもがれ、地に落ちもがくキメラ。
それらは智久とフローラによって、確実に処理される。
連携のとれた行動。まだ余力はある。けれど、傭兵たちはけして気を抜くことはなかった。
気を抜く暇もないほどに、キメラの群れは次から次へと現れる。
突如、今までの群れよりもさらに大きな黒い影が頭上より飛来する。
大量の蝙蝠キメラ。
「やらせる訳にはいかないのよね。追い払うなり倒すなりさせてもらうわよー」
フローラにセシリア、Letia、湊が迫る一団へと一斉に攻撃を仕掛ける。
しかし、数が多い。とめきれない。
弾幕を突破した蝙蝠は、そのままの勢いで、コックピットを守るLetiaと湊へと襲い掛かる。
その口からは、目の前の食事に滴る涎のごとく蓄えられた、鉄をも溶かす溶解液が。
しかし、溶解液が2人を襲うことはなかった。
駆け抜ける蒼と翠の風。
Letiaの前には彼女の四葉の親友、番が、手にする大剣を盾に彼女をかばっていた。
大剣を包む包帯が。番の肩口が。頬が。嫌な音を立て泡立つ。
けれど番は表情を変えることなく、その姿を露にした形見を大きく振るい、近づく蝙蝠を叩き潰す。
「亡骸とKVはなんとしてもLHへ送り届けなきゃな‥‥」
秋月もまた、対峙していた犬キメラを大きく弾き飛ばすと、すぐさま2人の前に割って入っていた。
鉄をも溶かす溶解液も、鍛えられた秋月の装甲を瞬時に溶かすには及ばない。
横から現れた獲物へと飛び掛る蝙蝠を、秋月は盾ではじき落とすと、刀で一刀に伏せる。
目の前の敵を処理した後、背後の2人、同様に援護に飛び込んだ番、そしてなにより、亡骸の無事を確認する。
――さぁ、帰ろうぜ‥‥希望の島に。
秋月は紅薔薇の刻印の成された散弾銃を抜くと、惜しむことなく放ち、空に小さな赤色の薔薇を咲き誇らせる。
夜明けまで、あと少し。
●AM 5:10
東の空から顔を出した太陽が、すっかり空を白く染める。
夜明けだ。
辺りには無数のキメラの亡骸が散乱し、夜の戦闘の激しさを物語る。
夜行性だったとでもいうのだろうか。あるいは、その大半を殲滅したのか。
夜明けとともに、キメラたちはその影を潜め、谷底の森には、また静寂が戻った。
フローラとセシリアが負傷者の傷を治療していると、空に突如大きな影が差す。
「やっと来たか」
谷を覆う大きな機体。
KV回収班の到着だ。
短いようで長い、長いようで短かった夜。
傭兵たちは疲労と安堵、達成感に息をはく。
と、回収機よりも小さな影が2つ、谷底へと降りてくる。VTOL機、クノスペだ。
着陸したクノスペから、技術屋と思われるスタッフたちが降り、傭兵たちを一瞥すると、すぐさま回収対象の状態確認の作業を始める。
その様子に、智久は眉を寄せる。
「やぁ、遅くなってすまない。無事、みたいだね」
と、スタッフの搬出を終えたクノスペのパイロットが、傭兵たちに労いの挨拶をと声をかけてきた。
パイロットは傭兵たちの無事を認め、お疲れ様と労うと、傭兵たちがまとめていた荷物をクノスペへ運び入れ、「先に上に上がろう」と、彼らをコンテナの中へと誘った。
「いや、私たちより先に」
けれど智久は、そう言葉にしながら、回収スタッフが群がる、彼の眠る場所へと目をやる。
「‥‥あぁ、そうだな」
その意図を察したクノスペのパイロットは、「力仕事だ」と、秋月と天水に声をかけ、コンテナから担架と、白いシーツを1枚運び出した。
研究者たちがまず先にエミタとKVの無事を確認することは、仕方のないこと。
キメラの出現する競合地域で、迅速に回収を済ませようとするのも、彼らの大事な責務。
それが彼らのやるべきことなのなら‥‥
自分たち傭兵がやれることはなにか。
――自分たちよりも、彼を先に。
それが傭兵たちの思い。
Letiaと湊は、一夜をともにした彼を、その体を崩すことのないよう、丁寧に担架へと移す。
担架に横たわる彼の衣服を、姿勢を綺麗に整え、一度、静かに祈りを捧げると、秋月と天水、4人がかりで気をつけて運び出す。
「おい嬢ちゃん」
「え?」
運び出す際、突然声をかけられて振り向けば、なにかを投げて渡される。
慌てて受け取ると、それは鈍く光る、銀の指輪。
「その兄ちゃんのだろう。届けてやってくれや。待ってる、誰かさんに」
それまで、深くかぶった帽子に表情の見えなかったスタッフたち。その顔は、優しい笑顔だった。
亡骸を乗せ飛び立つクノスペ。
それを見送りながら、Letiaはふと、胸元のロケットを開く。
そこに写るのは、今はどこにいるか分からない、家族。
――希望を持ち続けるには、時間が経ち過ぎて‥‥いっそ戻らないと思う方が‥‥楽なのかも。
「どうかしたか?」
気がつけば、Letiaの横に寄り添う番の姿。
彼女の心配する姿に、思わず笑顔で取り繕う。
けれど、感情に敏感な親友。
隠したってだめなことは、分かってる。
それに、彼女には隠すことなんて、ない。
「ゴメン、少し兄さんの事‥‥想ってた」
その言葉に、番は何も言わず、ただ、胸の四葉をくれた大切な友人に寄り添う。
1人じゃない。大事で、可愛い親友が寄り添ってくれる。彼女の気持ちが嬉しく、Letiaに自然と笑みがこぼれる。
――LHにいれば、きっと会えるよね‥‥いつか‥‥
夜は長い。
けれど、長い夜も終わりを告げ、今日も変わらず、新しい朝日が傭兵たちを迎えてくれる。
それは、当然のことのようで、特別なこと。
今日もまた変わらぬ朝を迎えられたことに、感謝を。
帰るべき場所があることに、喜びを。
自分の帰りを待つ誰かに、笑顔を。
あの彼を待つ、誰かにも、笑顔があらんことを‥‥