●リプレイ本文
●これからもずっと傍に
「誰かに贈る花束かぁ‥‥何がいいかな」
ジーラ(
ga0077)は店内を見渡しながら呟く。その横では、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)がどこか落ち着かない様子。
「悪い、花のこととか全然分からないから」
普段と違う彼がどこか可笑しくて、ジーラの顔にくすっ、っと笑みが浮かぶ。ジーラは再び花を見やり、いい花はないかと選定を始める。ブレイズも横で花を眺めるが、その視線は、つい花ではなく、別の所へ。
「気持ちが篭ってるならきっとなんでもいいと思うけど、例えば花言葉を考えるとか?」
「‥‥あ、あぁ、気持ちってよく言うよな。けど、いざ貰うってなると、なぁ。‥‥な、なぁ。もし君が人から貰うならどんなのが良い?」
ジーラの言葉に我に帰り、ブレイズは慌てて返答する。そして、戸惑いながらも、今日、彼がまず聞かなければいけないことを、できるだけ自然に問いかける。
「え? ボク? ‥‥そうだなぁ」
‥‥‥‥
店を出てどれくらい歩いたろうか、突然足を止めるブレイズ。不思議に思うジーラへと向き直ると、ブレイズは、手にしたブーケを差し出した。
「‥‥まさかこれ、ボクに?」
今日の彼のそわそわした様子を思い返し、もしかしてと思い当たる。ブレイズはごくりと一度唾を飲むと、ゆっくりと、目をそらさず、言葉を紡ぐ。
「その‥‥気の利いた言い方とか上手くできないから、ストレートに言うよ。俺は君が好きだ。今まで色んな君の姿を見てきて、本当に綺麗だと思った、可愛いと思った。そしてもっと色んな姿を見たくなった。だから、君にずっと傍に居て欲しいんだ」
「‥‥それって、前に話したいって言ってたこと、だよね」
そう、あの日、桜の下で彼が伝えたいといっていた言葉。
「ありがとう、そう言って貰えるのは素直に嬉しい、かな。ただ、ちょっと褒めすぎで言われてるこっちが恥ずかしいかも」
こぼれる笑顔と、漏れる安堵。
安堵? どうして?
ブレイズだけじゃない。朝から落ち着かなかったのは、ジーラも同じ。
――人に花をあげたい。
誰に? ジーラの中にも、あの日いえなかった言葉が眠っている。その言葉が、彼女の心を揺らしていた。そのことに彼が、いや、ジーラ自身も気付いていたかは分からない。けれど、今日これまで、あの日のように繋がれることのなかったお互いの手が、その心の内を物語っていたのかもしれない。
ジーラが花を受け取る様子に、ブレイズもまた安堵する。目の前の愛する女性の手には、彼女に良く似た、太陽のような花が。花を眺めながら、ジーラは彼とのこれまでを思い返す。傭兵になった冬、初めて依頼を共にして、それから同じ小隊で過ごした3年以上の日々。彼がどんな人間か、ジーラは良く分かっている。もちろん、彼の性分も。
「‥‥一つだけ約束して欲しい。何があっても絶対帰ってくるって」
ジーラの言葉に、ブレイズは彼女のアメジストの瞳から目をそらすことなく、静かに、けれど確かに一度頷く。その様子に、もう一度ふっと笑顔を浮かべたジーラは、受け取ったブーケから1本、黄色く咲き誇る花を抜いて、ブレイズへと手渡す。
「これが、ボクの答えだよ。これからも宜しく、ブレイズ」
花を受け取ると、ブレイズは笑顔で応える。
「ユウジ」
「え?」
ブレイズの言葉に、ジーラはきょとんと言葉を返す。
「俺の名前。二人の時はこっちで呼んで貰えると嬉しいんだけどな」
少し恥ずかしそうに言うブレイズ。本当の名前を誰かに伝えたのは、いつ以来だろう。本当の自分を知ってもらいたいと、伝えてもいいと思ったのは。それは、彼と彼女だけが共有する秘密。
「分かった、これから改めて宜しくね、ユウジ」
そういうと、2人は再び歩き出す。その手は自然とあの日のように、あの日以上に深い愛情で繋がれ。
2人の手の中で、御そろいの黄色い花の顔が揺れ、口付けを交わす。
向日葵の花言葉。それは
『あなたを見つめている』
そして‥‥
●近く遠い想い人
いつものように、友人のケイ・リヒャルト(
ga0598)に連れられて花を眺めるセシリア・D・篠畑(
ga0475)。言葉少なく無表情な彼女。けれど、その変わらない無垢な心で私を何度も救ってくれた、ケイにとって大切な親友。
セシリアにとってもまた、いつも傍にいてくれるケイは特別な存在。結婚式のあの日。内に秘めた寂しさなんて微塵も見せず、緊張する私の手をとり、優しく声をかけてくれた、大好きな親友。
そんなお互いへの想いをこめて作る花束は、揃って2つ。1つは、いつも隣にいてくれる相手へ。そしてもう1つは、すれ違うそれぞれの愛する相手へ。
忙しくてすれ違ってばかりのあの人。最後に2人きりで過ごしたのは、いつだろう。たぶん、今年のバレンタイン。ケイの心のキャンバスはまだ白く。無地の世界は、塗り替えられることのないほど濃く、愛する彼の色に染められるのを望んで、恋焦がれている。離れた距離に揺れる心。けれど、変わらないことは1つ。
『離れていても信じあえている』
そんな気持ちを込めて‥‥
親友が花を選ぶ様子を眺め、ふと、心の中で笑みがこぼれた気がする。同じ花、同じ言葉を届けたい相手がいる自分と彼女。寂しげな彼女は鏡。愛する人へ逢いたくて、逢えなくて、焦がれて止まないのは、自分もまた同じ。自分にとってかけがえのない2人。隣にいてくれる彼女。いまもきっと、北の空を飛んでいる彼。
私は何時でもアナタの傍にいる。言葉に出さなくても、何時もアナタの事を想っている。だから、だからたまに想い出してくれたら嬉しい、私が居るという事を。我侭かもしれない。けれど、心で繋がっているアナタが。
『アナタが幸せであれば私も嬉しい』
それだけは、変わらぬ想い。
‥‥‥‥
「セシリア」
ケイが隣の親友へと声をかける。セシリアはケイのまっすぐな視線を、静かに受け止める。
「いつも心配を掛けてごめんなさい。有難う‥‥」
心からの感謝の言葉。手渡されるブーケ。暫くの間をおいて、
「少しバランスが悪いかもしれません、が‥‥」
セシリアからケイへも差し出される、返答のブーケ。それ以上の言葉は要らない。
考えることは同じ。お互いに受け取った花を眺め、ケイが、穏やかな笑みを浮かべる。その親友の様子に、セシリアは表情を変えることはない。けれどきっと。この花を受け取る相手なら分かるはず。今の彼女の気持ちが‥‥
ブルーレースフラワーにカーネーション、勿忘草、ブルースターの青い海に浮かぶ、白いカスミソウ。セシリアの選んだ花は、彼女の変わりに、彼女の愛を、喜びを、そして信じる心を届ける。
ケイの選んだカサブランカとダリア、カスミソウの花もまた、親友の腕の中で、純粋無垢な彼女を表すかのように綺麗に咲き誇り、感謝の気持ちを伝える。
後日。ケイのアトリエには、彼女のもう1つのブーケが飾られていた。大輪の薔薇とカーネーションの白を中心に、ブルースターが散りばめられ、カスミ草で纏められたその花束を見て、次に彼女の愛する人が訪れたとき、彼は何を思うだろう。
●2人の色
「癒されやがるですね」
店先に並ぶ色とりどりの花を眺めながら、シーヴ・王(
ga5638)は息を吐く。
結婚してまだ1年半というのに、ブーケトスした日がなぜかひどく懐かしく感じられる。ブーケを眺めていると、傭兵として、主婦として駆け抜けてきた日々の1つ1つが、鮮明に思い起こされる。
シーヴは店内に並べられた花からいくつかを見繕う。選んだ花は赤と紫、2色を中心としたもの。それは結婚する前、彼が買ってくれたペアリングと同じ色。
『シーヴと俺の色だね』
といってくれた、私と彼の色。
シーヴの希望に沿い、白と赤、淡い紫の薔薇を中心に、ポイントに紫のルリダマアザミとトルコ桔梗がティアドロップ型に纏められていく。
日々水と花の入った桶を運んで鍛えられた太い腕が、その様相とは裏腹に、バラバラの花達をブーケの形へと整えていく繊細な作業風景を、興味深く、むしろガン見するシーヴ。
「本職でありやがるから当然かもですが、器用でありやがるですね」
そんな言葉に、蓄えた髭をなぞり、照れた様子の店主。
完成したブーケを手にすると、ふと、彼女の口元に微笑が浮かぶ。それはたぶん、あの日の結婚式を思い出してか。思いの他楽しいひと時を過ごせたことに感謝し、ブーケ代を払おうとするシーヴに、店の奥から姿を見せた女性が微笑み返す。女性のお腹は、この家族の新たな幸せに膨らんでいた。
「私の好きな花を選んでくれた貴女から、お代なんてもらえません」
シーヴの手に咲くいくつもの花。その中の1つに込められた花言葉。それは、この店の名前と‥‥この島の名と同じ願い。
「どうぞ、希望を紡いでください。可愛い奥さん」
シーヴの左手の薬指。RtoSと彫られた指輪が、恥ずかしげに、控えめに光ったように見えた。
家路につくシーヴ。
このブーケは彼と眺められるよう自宅に飾ろう。この赤と紫、私と彼にそっくりの花みたいに、あの夫婦のように、これからも二人寄り添っていきたい。
私の帰る場所は『アナタ』なんだから。
●家族を結ぶ青
「‥‥あやつらがわしを置いて逝きおってから、もう何年かのう‥‥」
ブーケができるまでの間、周囲を見て思い起こされるのは、秘色(
ga8202)にとって十年以上前の自分の式。時が過ぎるのは早いもの。店先で花を見て喜ぶ少女。そんな少女も、自分と同じ傭兵。生きていれば息子もあれくらいの歳だったろか。そう思うと、どこかやるせない心地がする。子どもが戦地に赴かなければいけない今の世に。
伴侶や息子が隣に居ないことには慣れたつもりだった。けれど、慣れたのと、何も感じないのとは違う。ふと寂しく思う事はある。こんな気持ちを、今生きている者たちに此れ以上させたくないものよの‥‥形見のしゃもじを撫ぜながら、そんなことに思いを巡らす。
「ふむ、注文どおりの白と青じゃ。それにしてもこの花だと‥‥何ぞこう堂々とした感じになるのう」
純白のダリアをベースに青系のトルコ桔梗、スターチス、クレマチス等で作ったキャスケードブーケ。白と青で纏められたソレを手に取り、秘色は満足げに店を後にした。その表情は、先ほどまでのどこか寂しげなソレとは違い、花の持つ意味のようなものに見えた。
帰り道、ボールを追って車道に飛び出した子どもを見ると、秘色は厳しく、けれど優しく諭す。車に気をつけなきゃいかんぞ。わかったの‥‥と。手を振る子どもを見送りながら、遠い記憶に思いを馳せる。あの時、自分が代わりになれたなら。自分に力があったなら。そんなことがふと頭をよぎる。けれど、すぐに首を振る。今まで何度も考えたこと。考えたところで、どうにもならなかったことだから。
「そうじゃ、帰ったらこのブーケ、仏前に供えるとするかの」
自分の名に似た青い花。自分も、そして夫も好きだった色の花。夫と息子と、私が一緒にいられるように。あの人たちが、寂しくないように。
「‥‥さて、今夜の飯は二人が好きじゃったハンバーグにでもするかの。花も団子も欲しかろうでな」
サンダルをペタペタと鳴らしながら歩くその耳には、手にする花によく似た蒼玉のイヤリングが、夫婦の思い出を映し出すかのようにキラキラと煌いていた。胸に抱かれたペンダントも、また‥‥
●秘めた言葉
お昼前。月臣 朔羅(
gc7151)は店側の事情を確認すると、店主の思いを酌み、
「では、花達が喜ぶくらいの物を作らないと」
と、ブーケの製作にとりかかる。
彼女が思い浮かべるのは、愛しい付き人。最近は贈り物をする余裕も無かった。だから、綺麗なブーケを作って喜ばせてあげたい。私の思いをこめて。
その思い出で出来上がったブーケは、中央に薔薇を数本置き、その両サイドを桔梗と花水木で彩ったバックブーケ。正面にはカルセオラリアを沿え、その反対側、背面にはフロックスが仕込まれている。月臣は出来上がったブーケを眺め、1つ1つの花にこめられた思いを確認し、満足そうに頷くと、
「有難う。お蔭様で、とても良いブーケが出来たわ」
そういって、店を後にした。
夕方。学園の終業チャイムが遠く聞こえる刻。一人の少女が駆け込んでくる。
「すみませーん、ポスター見て来たんですけどっ」
勢いよく飛び込んできた祝部 陽依(
gc7152)は、置いて有る花を興味津々で物色し始める。しかし、しばらくするとどこか困った様子で、店主に助けを求めた。
「あ、あの‥‥は、花の事、教えてくれませんかっ」
少女の真剣な眼差しに事情を察した店主が妻を呼ぶと、妻は少女に、女性はどんな花を貰うと嬉しいか、どれがどの意味を持つ花かを優しく説明して聞かせた。祝部はその意味を聞く度に赤くなったり興味深々で見つめたりとしていたが、いくつかの花を選ぶと、それらを必死にブーケへと仕上げていった。
「わぁ‥‥こ、これなら御姉様も喜んでくれるかな‥‥?」
えぇ、きっと。そう応援してくれる女性の言葉に、少女の頬が仄かに染める。出来上がったストック、スターチス、ナデシコともう1種類の花によって彩られた白のブーケ。このブーケを少しでも早く御姉様に。そう思って店を後にしようとした祝部の目に、ある花の姿が飛び込む。自分の好きな花、ヒマワリ。遠慮がちに、そのヒマワリを買えないかと店主に尋ねると、店主は気前よくそのヒマワリをブーケに加えた。どうせ他のお客さんに使った後だからいいんだよ、と。
「有難う御座いましたっ」
上機嫌に駆けていく少女の背を、店主たちは優しく見送った。
「ぁっ、お、御姉様っ…!これ…さ、差し上げますっ!」
帰宅後、リビングで月臣をみつけた祝部は、1秒でも早くとすぐさま駆け寄り、自身の思いを差し出す。彼女も同じことを考えていたのかと、驚き半分。月臣は嬉しそうにブーケを受け取った。花言葉に疎い祝部と違い、花を見ればこめられた思いの分かる月臣。目に付いたヒマワリやその他の花にこめられた言葉に思いを馳せる。そしてそのうちの1つに気付くと、くすりと笑みをこぼし、目の前の愛しい付き人を優しく抱きしめる。
「ふふ、有難う‥‥愛してるわ」
耳元で愛を囁かれた嬉しさと恥ずかしさで、耳まで赤くなる祝部。と、今度は月臣がテーブルの下からブーケを取り出す。
「私も作ってみたのよ。受け取ってくれるかしら?」
愛する主からの突然の花に、一瞬目を丸くする祝部。自分などがもらっていいのか、その問いに、月臣は優しく笑顔で答える。
思わぬプレゼントに、祝部は幸せそうな笑顔を浮かべた。
相思相愛の2人は、互いの愛を花に乗せ届ける。主は付き人へ、『あなたの望みを受けます』という思いをひっそりとフロックスにこめ。付き人は主へ、『あなたに私のすべてを捧げます』という思いをナズナに隠し。その思いはきっと無事、お互いの心に‥‥