●リプレイ本文
●相棒
戦場を駆ける鈍色の風。
覚醒の紋章、翼の輝きを足に纏う新条 拓那(
ga1294)は、普段のそのほんやかまったりな様子とは違う、情熱的な一面を見せる。その様は熟練傭兵の貫禄さえ感じさせる。彼のその姿を支えるのは、その両の手に携えられた、古びた大剣。
背後より飛び掛るキメラ。振り下ろされる爪。けれど、肉を切り裂くはずだった鋭利な一撃は堅い鉄の塊に遮られ、瞬後目の前が灰色一色となり、ブラックアウトする。
「そんな攻撃でコイツが折れるとでも思ったか? 甘い甘い! 頑丈なのが取り柄なんだぜ。こいつはよ!」
無骨な塊を難なく振るう新条。覚醒した能力者であれば、筋力は常人の比ではない。普通両手で使う武器を片手で持つ。距離をとった相手と戦うために銃を携える。そんな傭兵も少なくない中で、彼はあえてそれをしなかった。他の武器を使ってみなかったわけじゃない。けれど、彼にとってはこの無骨な剣が、絶対の相棒だったから。
特に希少なものでもない、ありふれたツーハンドソード。長く使い込まれたソレは、別段特別な強化が施されたわけでもなく、見る人が見れば、ただのロートルとも思える代物。それでも、彼はソレを手放さなかった。この剣に刻まれた傷、年月。それは全て、自分のこれまでの傭兵としてのキャリア。初めての戦闘依頼では、スライム相手にまるで効かなくて、溶かされかけたりなんかもした。懐かしい思い出だ。
翼が消え、覚醒が解かれる。途端、先ほどまでの凛とした様子はどこへやら。貫禄なんてない、ただの軽口を叩く男になってしまう。自分は歴戦の覇者でもない。伝説の英雄なんてすごい存在でもない。
‥‥けれど、証明したい。こいつと同じ。どこにでもある、既製品の武器でも、使い方次第で活かすことが出来る。俺みたいなただの一傭兵でも、守れるものがある。そのことを。
――この剣は自分。
遠くにまたキメラの姿が見える。新条は再び翼を纏う。
「この大剣にぶっ飛ばされたいヤツからかかってこい! 遅かれ早かれ全部ぶっ飛ばしてやるけどな!」
敵中に切り込む彼の手には、共に戦う彼の分身が、その身を挺して、相棒を明日へと導く。彼の傭兵としての生き様を映すかのように。
●家族の絆
穏やかな日差しの中で、お茶の香り漂う、静かな部屋。
依頼の支度もひと段落。ラルス・フェルセン(
ga5133)はフゥと息を吐く。
「ライラのーご飯はー、いつも通りー、準備しておきましたからー、お願いしますね〜」
部屋にいるはずの居候。銀髪の大きな野良猫に声をかける。返事はないけれど、いつものこと。大丈夫。と、声に気付いてよって来たのか、足元に擦り寄る、もう1匹の猫が。
「おやー? ミルクでもー、欲しいのですか〜?」
ロシアンブルー特有の整った短い毛並みで擦り寄るライラ。その緑の瞳へ優しく微笑み返すと、ラルスは台所へ。ライラ専用のミルク皿に、猫用ミルクを入れて。それが足元の小さな家族の、いつもの朝ごはん。自分には一杯の紅茶を入れ、香りを楽しむ。と、足元から可愛い声で、ご飯はまーだ? とおねだりが。
「あぁー、おまたせしました〜」
思わずくすりと笑みをこぼしながら、お腹を空かせた小さな家族へご飯を差し出す。皿を床に置いた際、右手の腕輪がしゃらんと揺れる。それは、大切な家族の絆。
北欧の故郷を離れて、もう3年以上。傭兵になる為に家を出る際、6人の弟妹達がお金を出し合いプレゼントしてくれた、このシルバーブレスレット。きっとその銀には、魔を退ける意味が。そして、刻みこまれた護りのルーンには自分を、『大兄を護って欲しい』という弟妹達の祈りが。
長男として、家族を守る為に傭兵となったけれど、家を離れ、自分は長男として家族を守れているのか、不安になることもある。けれど、自分はいつも、守りたい家族に護られている。そのことを教えてくれるこの腕輪。こめられた思いに、故郷へ思いを馳せながら、刻まれた文字を愛おしくなぞる。
と、いつの間にかご飯を済ませたライラが、膝の上に飛び乗り、心配げに自分を見上げる。あぁ、すっかり紅茶も冷めていた。いけないいけない。絹のような毛並みを一度撫ぜ、言ってきますを伝えると、ラルスは今日も依頼へと出発する。自分は1人じゃない。いつも家族と繋がり、彼らに守られている。家族と一緒ならば、この先、戦いが激化しても、大丈夫だと思える。腕輪を身につけていると、そんな安心感に包んでくれる、大切なお守り。
今回も宜しくお願いします、ね。
私が先に倒れるわけにはいきませんから。傭兵になった、大切な妹のためにも。新しい家族のためにも。
●四葉にもう1枚
先ほどまでの雨はなんだったのか。帰宅すると途端に雨が止み、晴天の空で恨めしく太陽が輝く。そんなアンラッキーも良くあるもの。けれど、番 朝(
ga7743)が雨に濡れるのは、あえての事。雨は、彼女にあの日を思い出させる。祖母を、言葉は話せなくても一緒に戯れていた親友たちを失った、あの雨の日を。
雨に濡れ帰ってきた彼女を、保護者は優しく迎え入れる。雨が上がれば、いつもの彼女に戻る。そのことを知っているから。
保護者に諭され、シャワーを浴びてでてきた番に用意されていたのは、学ランとわんこ耳付帽子。部屋の中で学ランに帽子。それはどこか不思議なことかもしれない。けれど、彼女が彼女でいられる、自然な姿。
壁にきちんとかけられたソレに、丁寧に袖を通し、鏡の前で、帽子を整える。どちらもLHに来てから知り合った人達がくれたもの。ココに来て初めて自分を必要としてくれた人。その人の知り合いで、いつの間にか傍にいると落ち着くようになった人。これを身に着ける時は、何時も彼らのことが思い出される。身だしなみを整えると、最後に濡れた服のポケットを探り、小さな巾着を取り出すと、学ランのポケットに大切にしまった。
自室に入り、即、目に入るのはくたびれたコートと端から端まで布で巻かれた大剣。それはあの日、身を挺して自分を守って逝った祖母から譲り受けた、形見の品。
あの日の祖母の姿は、今も目に焼きついている。その姿を見た自分は、これまで自棄的な戦い方をしてきた。
(死んだら死んだでいいと思ってたのに…)
シャワー上がりの心地よい疲れに襲われ、ばふっと布団に横たわると、ポケットから巾着を取り出し、その中身を手に取る。
(‥‥一線越えるともう駄目なんだ)
手に転がるのは、銀のコイン。先月の誕生日にある人がくれたもの。そこには彼女の願いなのか、幸せを願う、四葉のクローバーが刻印されている。彼女が楽しく笑う姿が好きで、泣いてほしくない。そう思えるようになった。そして他の2人にも。皆が悲しまない。そのためには‥‥
「‥‥もうすぐ大戦だ‥‥頑張って、皆で帰る」
番はコインに静かに想いを込めて、誓いを立てる。
もう1人じゃない。小隊の仲間がいる。一緒にいると嬉しい人が、落ち着く人が、楽しい人が。そして、自分を大切に思ってくれる、とめてくれる人がいる。
●受け継ぐ遺志
戦地に赴く傭兵にとって、装備の点検は欠かせないこと。日々酷使する刀や銃。自分が今も生きているのは、これらのお陰。堺・清四郎(
gb3564)は日々の労いをこめて、使い込まれた武器の錆や汚れを落とし、磨き上げる。以前軍にいたためか、慣れた手つきで銃を分解し、1つ1つのパーツから丁寧に埃をとり、油を差していく。幸い、壊れたりはしていない。簡単なメンテナンスで、後は組み立てれば済みそうだ。ふぅと一息。顔を上げる。
滴る汗に首筋をぬぐうと、手に触れる紐。手繰り寄せれば、どこか桜の香り漂う、古びたお守りが。
「あれからもう20年近くか‥‥」
幼い自分に、父が残した志。子守唄のように、枕元で母が自分へ語り聞かせた父の生き様。
『大切なのは間合い、そして退かない心』
幼少の頃より父に習い剣術を始めた。稽古の度、父が口にした言葉。幼い、未熟な自分には何のことか分からなかった。けれど、その言葉に込められた意味、それを理解するに十分な歳月と経験が、今の堺を支ええている。
『踏み込みすぎは恐怖の表れ、自身の間合いを見誤ってはならない』
『戦いの時は激情を理性で制す、一時の怒りや恐怖に任せた行動をしてはならない』
幾度も死地を経験し、その度に、恐怖を覚えた。自身の未熟さを痛感した。けれどその度に、このお守りにたすけられた気がする。
「‥‥そういうことなんだろう?」
手の中のお守りを一度、強く握り締める。そうすると何故か、言葉が帰ってくるような気がして。
お守りを懐へと戻し、作業に戻る。組上げられる銃を見ながら浮かぶのは、父に習った過去の自分。そして今、若い者に教えている自分。
「親父‥‥教えを守り、そして今は俺が若い連中に戦い方を教えている」
銃の手入れが終わると、最後の仕上げ。自分の相棒の錆を丁寧に取る。無音の世界。ただ刀が磨かれていく音だけが、空間にこだまする。暫くの後、磨き上げられた獅子牡丹が以前の光沢を取り戻す。正面に構え、一息。そして一閃。一振りすれば、空を切る音に濁りはない。
「あの日俺があなたに託されたように、いつか俺も誰かに託す日がくるかもしれん‥‥」
この胸のお守りのように、今手にする、この刀を。浮かぶのは、幼さの残る生意気な顔。あいつに託すことはないな。そう苦笑が漏れる。
身支度を終えた堺は、2枚の写真に向き直り、自衛隊式の敬礼をし、部屋を後にする。今日もまた死地へ赴く堺の背中を、父が、そして自衛隊時代のもう殆ど生きていない同期たちが見送った。
写真の前には、あの日交わせなかった杯が‥‥
●いつも一緒だよ
「‥‥ただいまなの、イリーナ」
ぱたぱたと自室へ走る少女。ファリス(
gb9339)が部屋のドアを開けると、ベッドの上に変わらずちょこんと座っているウサギのぬいぐるみが、出かけたときとかわらない様子で彼女にオカエリと囁きかけてくれる。その様子にファリスはにっこり微笑みを浮かべると、ぎゅーっと、ぬいぐるみを抱きしめる。
「‥‥ファリスはきちんとイリーナのところに帰ってきたの。それでね、イリーナ。今回のお仕事はね‥‥」
お友達に、あるいは家族に話しかけるかのように、大切なぬいぐるみ相手に、受けてきた依頼について、話し掛けるファリス。ファリスにとって、イリーナと名づけられたこのウサギのぬいぐるみは、両親との唯一の思い出。母親が自分のために作ってくれた、白くてもこもこの、あったかいぬいぐるみ。だからおでかけのときも、寝るときもいつも一緒。
「‥‥おばさまもおじさまも、LHで知り合ったお友達や姉様や兄様が居るから、ファリス、寂しくないの。でも、一番のお友達はイリーナなの。」
イリーナのお友達を、教わりながら一生懸命編んだ事もあるけれど、ファリスにとっての一番は、やっぱりイリーナ。だから、戦闘依頼で一緒にいられないと、やっぱりちょっぴり寂しくなる。
「でも、イリーナはちゃんといつも待っててくれるの。いつまでもファリスはイリーナと一緒にいるの」
もう一度、笑顔でぎゅーっと抱きしめる。イリーナも、大きなお耳で、ファリスの頭をぽふぽふと、まるで撫でてくれているよう。
肉親を、友人を。全てを失った10歳そこそこの少女にとって、優しくしてくれる叔母夫婦は大切な家族。でも、弱音ばかりも見せられない。難しい年頃。難しい境遇。そんな少女が、気兼ねなく弱気を吐き出せる相手。それは、母の匂いのする、優しいお友達。この子がいれば、ファリスは大丈夫。どんなときも、独りじゃない。
でももしかしたら、少女はもうすぐ、本当の意味で独りじゃなくなってしまうかもしれない。だって、少女にはもうすぐ、きょうだいができるのかもしれないのだから。新しい家族の誕生に、もしかしたら少女は戸惑うかもしれない。でもきっと、大丈夫。きっと、時の流れの中で、少女と叔母夫婦は本当の家族になれるはず‥‥
その様子を、きっと少女の胸の中で揺れる人形は、変わらずに見守っていてくれるはず。少女の両親と一緒に‥‥
●弱さを胸に抱いて
静かな珈琲店の窓を、水滴が叩く。雨。それは國盛(
gc4513)にあの日のことを思い起こさせる。
元々プロのムエタイ選手だった國盛。体格にも恵まれ、リングに沈む相手の姿に、己の強さを感じていた。軍人になってからも、向こう見ずな性格で、無茶もした。そんな國盛に、愛想も尽かさず可愛がってくれた、1人の先輩。いつでも冷静沈着で、だけどジョークも通じて、先輩後輩なんて関係なく‥‥だけど時に厳しく振舞ってくれる彼は、國盛の憧れだった。
雨は、そんな先輩の声を思い出させる。最期の声を。
土砂降りの雨だった。
あの時の俺は無我夢中で戦場を駆け巡り、目の前のことしか‥‥そして生きることへの執着心から来る怯えのような狂気じみた攻撃性しか持ち合わせていなかった。先がどうなっているのか、退くべきなんじゃないのか。そんなこと、考えられなかった。
土砂降りの雨だった。
雨が音を隠す。視界を覆う。何も見えない。何も聞こえない。それは恐怖だった。どうすればいいかも分からない。けれど、ただ立ち止まるのが怖くて、ひたすら進んだ。進めば、何かが見える気がして。自分なら大丈夫。なんとかなる。そう、思い上がって。
結局俺は‥‥何も見えちゃいなかったんだ‥‥
いきなりの轟音と激しい閃光、ありえない熱気、それに‥‥何かが焼け焦げる臭い。わけが分からなかった。リングの上ではこんなことなかった。怖くて、足が動かない。思考が働かない。目が利かない。耳がやられている。どうすれば、どうすれば‥‥
『國盛‥‥ッ! 馬鹿野郎‥‥ッ!』
そんな時、いかれたはずの耳に届いたのは、先輩の声。そして突き飛ばされる感覚。気がつけば、俺は無事だった。けれど、先輩は‥‥
その後雨が上がり、もう一度その場を訪れて見付けた物は唯一つだけ。先輩の姿は、何処にもなかった。
‥‥‥‥‥
気が突けば、雨音が弱くなっている。時計を見れば、もう出発の時間。店の明かりを落とし、クローズドの札をかける。
依頼へ向かう前、國盛はいつものルーティーンワークをする。それは彼にとって、儀式のようなもの。首の後ろの十字架の刺青に触れ、煙草を一本。そして‥‥
大切に、けれど力強く‥‥胸に下げているドッグタグを握り締める。
あの日、雨の中唯一見つかった、先輩のドッグタグ。
これは俺の弱さの証。
そしてこれから強くならなければいけない証。
顔を上げると、気合いに満ちた瞳で、仕事に向かう。
その足取りは力強く。その一歩は、強くなる為に。
(先輩‥‥見ていてくれますか?)
彼の心の声に応えるかのように、胸元のドッグタグが、鈍く光った。