タイトル:騎士はソラに、鳥は水にマスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/10/05 14:44

●オープニング本文


 ‥‥‥‥

 ゆっくりと目を開ける。あぁ、今日は少し体が軽い気がする。だって、白い粒子に覆われた視界に隙間が生まれているから。その隙間から上を見上げる。遠い頭上が明るい気がする。朝かな? お昼かな? まぁ、どっちでもいっか。どうせ僕がすることは、ここでこうやって、たまに見える上を見上げていることだけだから。

 ゆらゆらと揺らめく光景。光が煌めいて。横切る小さかったり、大きかったり、1匹だったり群れを作っていたりするモノが時々光を反射して。こういうのを、人間は”キレイ”って言うのかな? 人間の感覚はわからない。でも、こうして彼らを見上げていると、まるで彼らが青い空を飛んでいるように見えて。それがとっても、羨ましく見える。ここには、風がないからなぁ。風に似たものはあるみたいだけど、あいつら、僕の身体を勝手に運んで、削って、バラバラにしちゃったから、あんまり好きじゃないな。

 ‥‥あぁ。もう一度、飛びたいなぁ。
 あれからどれくらい経ったんだろうな。あの人間は今、どうしてるかな。




 ‥‥‥‥


「あんだぁ。やっとこさメトロポリタンX奪還かと思ったら、まぁた宇宙にあがっちまうのか? 忙しい奴らだなぁ。まぁ、そいつらのせいで連日寝ずの整備なわけだけどよ‥‥と、おい、そこのレンチとってくれや。あぁ!? それじゃねぇよ、そっちの細いやつ! そう、それだよ、ったく」

 鉄と汗の臭いが充満した空間。響く金属音は甲高く、それに負けじと声を張る、汚れた作業着に軍手にヘルメット、首にはボロボロのタオルを巻いた整備員たち。ドッグはいつにもまして大忙しだ。それもそのはず。最近は宇宙でドンパチしていた傭兵たちが、先日突然大気圏内の仕様に切り替えろと押し寄せ、それがやっと片付いたと思ったら、今度はまたすぐに宇宙仕様へ整備しろと。なんでもまた軍の方で大規模な作戦行動が発令されたんだとか。あまりの忙しさに、「てめぇらも手伝えや!」と呼び止められ手伝うはめになっている傭兵たちだが、こと整備となると勝手がわからず、まして通常運転とは程遠い繁忙度。あたふたしては、整備班長の怒声を浴びせられる始末。

「上の連中は、俺らの苦労ってのがわかってんのかねぃ、ったくよ。俺らの手が止まったら、大事な傭兵様たちを乗せたデカブツはただの棺桶になっちまうだぜ」

 普段から荒い口調の整備班長の愚痴やぼやきもとまることを知らず。けれどその手が休まることもない。と、ドッグ内に響き渡るブザーに、それまで働き続けていた整備員たちの手がはたと止まる。

「よぉし、休憩だ! てめぇら水でもかぶって頭冷やしてこい! 次に休めるのはいつかわからねぇぞ、ついでに腹にめいっぱいモノ詰めてこい! トニー、てめぇはちょうどいい機会だ、ちったぁその腹の肉落として相棒の負担を軽くしてやんだな」

 きつい口調ながらスタッフを労い、冗談交じりに場を和ませる。そんな初老の、けれどたくましい男もまた疲労のピークだったのか。その場にどっかと座り込み、そのまま大の字に倒れこむ。

「‥‥どっこいせ、っと。あ゛ー‥‥お前らもやってみるか? 床が冷たくて気持ちいいもんだ。ちっと汚れるかもしれんがな」

 ガッハッハと豪快に笑うと、ふぅと一息。上を見あげれば、天窓からは晴れ渡った空に、ゆっくりと雲が泳いでいく。

「‥‥バグアなんて連中がきてから、もうどんくらい経ったかぁ」

 ふと零す言葉に、なんとなく耳を傾ける。

「おめぇらもすごいもんだ。あんなばけもの連中を、宇宙に追い返しちまうんだからな。本当に、この空をとりかえしちまうなんてなぁ‥‥あの頃は想像もしなかったぜ」

「そういえば班長さん、元々戦闘機乗りだったーとか言ってましたっけ」

 若い傭兵が一人、相槌を打つ。おそらく、今回のように整備を手伝わされて、その時に昔話みたいに聞かされたのだろう。

「当時はちったぁ腕のいい戦闘機乗りだったんだがなぁ。慣性制御っつったか? あんなの目の前で見せられた日にゃ、な」

 どこか自嘲的にふっと口元を緩める。きっと、思い出しているのだろう。当時見た、今は既知となった、未知の敵を。そしてあの日失った、命を預けた相棒を。その目は遠く、淋しげに見えた。と、その瞳に急に力が戻ったかと思うと、がばっと起き上がる。

「おまえら、ちょっくら1つ、宝探しでもしてみねぇか?」

 ニカッっと見せるその笑顔はとても無邪気だが、突然そんなことを言われると、むしろ怪しくも聞こえるもので。状況が読み込めない傭兵たちの様子を察した整備班長は、けれどいつもの調子で話を続ける。

「なに、ちっと真夏の島国でバカンスがてら、ダイビングでもしてもらおうかって話さ。どうせ、おまえらの相棒を仕上げるにゃぁもうちっと時間がかかるしな」

 ニヤニヤと笑う整備班長とは反対に、ますます話がよめず顔を見合わせる傭兵たちだった。

●参加者一覧

智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
孫六 兼元(gb5331
38歳・♂・AA

●リプレイ本文

「おぅ、そろそろつくぜ」

 しっかりと日に焼けた中年船長の声にデッキへ出れば、進行方向に見えるのは小さな島。

「暑い日差しに潮風が心地よいですね」

 セレスタ・レネンティア(gb1731)の言うとおり、デッキに出てみれば空には太陽、髪を揺らす風は心地よく、流れる雲はゆっくりと。天候に恵まれ波も穏やか。4人の珍しい旅人たちも、夜通しの船旅をゆっくり休むことができたようで。

 出港の際に「酔って甲板を汚すんじゃねぇぞ」といっていた船長の冷やかしは、普段KVに揺らされる彼らにはもちろんいらない心配だった様子。桟橋なんてない小さな島。船から小さなボートにうつり、陸に近づき波打つ白波に揺られながら、どんぶらこ、どんぶらこ。ゆっくりと浜に近づき、足のつく場所まで来ると、漕ぎ手が勢い良く飛び降りる。跳ねる水が冷たく気持ちよく。ボートを浜辺につけると、4人は濡れないように靴を脱ぎ、裾を上げて船を降りる。

「水に足をつけるのは1年ぶりだわ」

 先日依頼で海へ行ったときはKVに載っていたし、去年の中国での復興依頼ぶりかな? そんな風に思い起こしながら水に触れる感触を楽しむ智久 百合歌(ga4980)。水底も浜辺と同じ砂の感触で、さらさら、ふわふわで、なんだか心地良い。そのまま浜辺にあがると、お日様に照らされた砂浜が足の裏を焦がし、あちちと慌てる面々に、船長や船員が声を上げて笑う。4人の旅人の中で一番小柄な、けれど一番大きなカバンを背負った最上 憐(gb0002)は、いつのまにやらビーチサンダルを履きぺたぺたと上陸している。用意周到なものだ。
 唯一の男性となれば、荷物持ちは当然。孫六 兼元(gb5331)自身も別段それを嫌とは思わず、船員から荷を預かると濡れないように肩に担ぎ、浜へと運ぶ。身体が疲れていないかといえば嘘になる。最近では慣れない宇宙での連戦。ある意味、オフを取るにはいい機会とも言える。けれど孫六本人はオフを楽しもうと言う楽しみよりもきっと、今回の旅の目的を通じて思い起こされる、以前の仕事の熱意の方が勝っているのだろう。

「ヤァ、君たちがトウドウの友人かね?」

 荷も降ろし終え、さてどうしたものかと顔を見合わせていると、浜から丘へと伸びる道をこちらへ向かってくる初老の男性が一人、4人へと声をかけてきた。髪はすっかり白く年季を感じさせるが、日に焼けた船長以上に全身真っ黒の肌と、自然に引き締められた身体は、年齢を感じさせない。

「トウドウって‥‥整備班の親父さんのことでしょうか?」

 なんどか激戦を共にした孫六へとセレスタが尋ねれば、孫六はウムと頷き、男へと歩みを寄せる。

「ワシは孫六。御老に頼まれた者だ!」

 飛びぬけて上背があるわけではないが、その体格からかやけに大柄に見える孫六が、明朗快活に名乗りを上げその大きな手を差し出せば、男は笑顔でそれに答える。握り返す手は思いの外力強い。それもまた、歓迎の印。

「マガロナだ。奴は元気にしてるかね?」

 マガロナと名乗った男はハッハッハと笑いながら、立ち話もなんだと孫六の肩を叩き、後ろの3人へも手を招く。その深く皺の刻みこまれた、けれど穏やかな表情はどこかこの空や海のように広く温かく感じられ、安心感を与える。孫六も自然とマガロナの肩を叩き、ガッハッハと、二人の男の豪快な笑い声と海鳥のコーラスが島の浜辺にこだました。




 目的の空き家はゆっくりと島を眺めながら、談笑しながらの歩みでも浜から10分程度の場所。道中マガロナからやれ「あいつは嫁さんと上手くやってるのか」、やれ「あいつはいまだにあの頃飲んだ酒代をもってこない」などと冗談まじりに話すが、考えてみれば突然空から落ちてきた異国の人間と10年来の友人となり、今もお互いに通じ合っている。不思議な、けれど素敵な縁。こちらへ次々と質問を投げかけながら、自分たちの質問や要望にも気さくに答えてくれるそんなマガロナの様子には親しみすら感じさせるものがあった。きっとこの男は、見ず知らずの者にもその両手を広げ招き入れるのだろう。かつて、親父さんにそうしたように。



 小屋に着き荷物を纏めている最中、「島を案内するか」というマガロナの提案に、けれど4人は首を横に振る。

「‥‥ん。できれば早く。船を。食材が。私を。待ってる」
 
 本来の目的はそこじゃないだろうと思う面々だが、最上の言うとおり夜の海での捜索は難しい。少しでも明るいうちにというのは共通の理解。自分の背よりも大きな槍を携える少女、それも漁を生業とする島民から見ればおそらくド素人だろう子どもが、表情一つ変えず鮫のいる海へ食材ゲットのために潜るというその姿。ひどく常識はずれで滑稽なその様子に、マガロナは豪快に笑うと最上の前にしゃがみ込み

「よし、すぐに出してやろう。トウドウからお前さんらが心配無用だとはきいてる。土産に鮫の1匹や2匹、楽しみにしてるよ。お前さんたちは、こっちはいける口かぃ?」

 最上を子供扱いすることなく、おそらくかつて親父さんとしたのだろう、拳を突き出し笑顔を向ける。最上は「ん」と無表情のまま、けれどしっかりと瞳に「任せろ」という意思と食欲を宿し小さな拳をちょこんと合わせる。その様子にまたマガロナは笑顔を浮かべる。そして他の面々には口に杯を運ぶジェスチャーを見せた。孫六がもちろんと答える影で、百合歌がひっそりと心躍らせていたのは内緒の話。
 話がまとまると、マガロナは「宴には酒がいる」と言い残し、意気揚々と集落の方へと帰っていった。「さて、それじゃ支度しましょう」という言葉とともに百合歌とセレスタから向けられた視線に、孫六は何も言わず荷物を手に外へ。男は外で。しばらくの間、中からは楽しそうな会話が聞こえていたが、もちろん男が聞き耳をたてていいものではなく。ノックもしづらく、孫六はしばらく小屋の脇の木の影で待ちぼうけをくらうことになったのだった。結局、女性陣の準備には15分以上かかったが、最上は服を脱いだらすでに水着を着ているという用意周到さ。さっさとドアを開けて出て行こうとするのを他の女性陣に止められ、セレスタも早々と着替えを済ませナイフの点検をする中、最終的には百合歌が日焼け止めを入念に塗り終わるのを待っていたのだった。既婚の身であれ、女性であることにかわりはない。既婚だからこそ、愛する人のために、常に美しく。年齢を感じさせない外見には、ソレ相応の努力を要するというわけである。





 燦々と降り注ぐ日差しが波間にキラキラときらめく、穏やかな波。船の上でぷかぷかとパイプをふかす老齢の男の視線の先に、1つ。波を割って人の頭が浮かび上がる。

「どうかね」

 よっこいせと立ち上がり船べりへ。手を伸ばせば、波間から自分よりもふた周りは太い男の腕がそれを掴む。けれどその力に負けることのない力強さで、老人は孫六を引き上げる。

「まだまだこれからだ!」

 すでに探し始めて2時間程。各自が酸素ボンベを用意する周到さ。そしてなにより、平時一般人では考えられない過酷な環境に身をおいている彼ら能力者。それでも、人は陸の生き物。職業とでもしていない限り、どうしても水中での活動からは疎遠となり、それ故に、同じ時間の活動でも水中での活動は疲労を伴う。それでも、そんな色を一片も見せず何度も潜水を繰り返す若者の姿は、老人にとっても好印象だった。孫六は老人へ笑顔を向けるとすぐにまた海へと戻る。その右手に炎のようなものが一瞬揺らいだが、それもすぐに海中へと消えていった。

「そろそろ気性の荒い鮫が現れるポイントですね」

 セレスタが確認する海図には船の現在地と周辺海域の海流、事前に聞いた鮫の目撃ポイントが記されている。実際、すでに数回鮫とも遭遇しており、一度、中でも気性の荒い部類の鮫が紛れ込んできたことがあったが、百合歌が冷静に鮫のエラを鞘に入れたままの刀で突き、撃退した。血を流せば、その臭いに鮫が集まり面倒なことになるのだから、最良の手段だ。若干、後ろで最上が槍を構えていた気もするが‥‥
 そんな百合歌はというと、肌や髪を焼くような日差しを避けるように、船に上がると真っ先に操舵室へと駆け込み、乱れた髪を纏めなおしている。

「見つからなけりゃそれでいいって話だろう? どうせもう砂の下か、魚の巣にでもなってるさ。見つかってもなんの役に立つでもない物に、よそもんのおまえさんら、何をそんなにがんばるかね」

 老人に代わって操舵をする若い男は、白い肌の女へと気だるげに問いかける。髪をたくし上げながら「ん?」と振り返るその姿は、彼女の母国であれば男がつい目をとめてしまう魅力があるだろう。百合歌はふと、窓の向こうへと視線を向ける。何処を見るでもなく、遠くへ、遠くへ。海の色や空の色をうつし、一層深みを増すその青の瞳に映るのは、長年戦場をともにした愛機の姿。愛機を愛でる自分の姿は、どこか、整備班長の親父さんと同じ、そんな風に感じられた。

「この船は、貴方の船?」

 百合歌が問い返すと、男は口角を上げ、「いずれな」と自慢げに答える。そんな、若さと自信に満ちた、未知への不安も感じさせない姿に百合歌は笑顔を浮かべ、こう返す。

「何十年かして、この船が嵐で沈んだりしたら、貴方にもわかるんじゃないかしら?」

 そう話すと、操舵室を後にし、そのまま海へと飛び込んでいく。彼女の思いを知るべくもなく、話し相手のいなくなった若者は再び、遠くの空を見続ける退屈な作業へと戻っていった。




 それは、日が傾き始めた頃だったろうか。周囲は一面澄んだ青。下に広がるのはどこまでも続く、白い砂の絨毯。どこを調べて、どこを調べてないのかなんてすぐにわからなくなってしまう、時折自分がどこにいるのか、それすらわからなくなるような錯覚を感じさせる、そんな空間の中、ただひたすらに砂を掻き分けるその手に、砂とは違う感触が触れる。石や貝とは違うその感触に、孫六は冷静に砂を払う。優しく、丁寧に。砂の間からそれを見つけたときの孫六の表情はきっと、かつて捜索救難隊にいた頃、不安に染められた遭難者へと向けた、優しく、頼もしいソレだったのだろう。

 孫六のサインを見た最上が船へとシグナルミラーで合図を送れば、すぐに船は頭上に。老人と若者が引き上げの用意をする中、セレスタは船上で海図とにらみ合いながら現在地を記録する。孫六が、見つけたものを壊さぬよう丁寧に作業を進める中、百合歌は海中に留まり、周囲を見渡す。他にも目的のものはないか、作業を妨げるものはいないか。その視界に捉える、動く影。すぐさま手にした刀を構える百合歌だったが、しかしその彼女よりも、そして現れたこの日1番の巨大鮫よりも素早く動いたのは、小さな兎だった。果たして、兎は水中の生き物だったろうか。いやそれ以前に、兎は狩る側だったろうか。そんな取り留めのないことを、目の前で鮫を槍で一突きにし、何事もなかったかのように水面へと上がっていく最上の姿を眺めながら思う水中組だった。

 結局、この日引き上げられたのは戦闘機の外壁1枚だった。周囲を探したが、これ1枚が流されてきたのか、他は砂の下深くへと埋まってしまったのか。残念な気持ちも胸に、けれど見つけた、依頼主の過去の絆。錆びついたその体に、それでもかつての母国の国旗をはっきりと残したそれは、たしかに依頼主の愛機のもの。船は数十年ぶりに空を見た思い出の品と、主に最上が獲った魚介類を山積みに、ゆっくりと浜へと帰っていった。




 島へ戻れば、マガロナ他島民が4人を出迎え、その労を労った。部品を見つけたものの、戦闘機自体は見つからなかった。少し残念そうに話すセレスタに、マガロナは「十分さ」と笑い返す。そして次の言葉を紡ぐ前に、島の漁師たちが船に群がり、大漁の魚とどでかい鮫に歓声をあげる。その歓声にマガロナも「俺をおいて盛り上がるな!」ととんでいき、皆で獲れた魚を浜へと運び、そのまま浜辺は宴の席へとなっていった。

 宴はとにかく規格外だった。巨大な鮫をどう捌くかと頭をひねる島民をよそに、手にした刀で何事もないかの様に切り分けていく百合歌。けれど、そもそも鮫なんて本当にとってくるとは思わず、村で宴をする予定だった島民が捌いた肉をどう調理するかと困っていると、大漁の岩を軽々運び即席の竃を仕立てる孫六。調理器具はどうするかと思えば、セレスタとともに小屋へ荷物をとりに戻っていた最上が、背にした大きな荷物の中から次々と調理器具を出す。

「‥‥ん。ぬかりは。ないよ」

 そんな彼らの一挙手一投足が島民たちの常識の外のもので、そのたびに歓声が沸き、大賑わいとなった。



 結局その日は朝まで、電気のないはずの浜辺から明りと笑いが消えることはなかった。百合歌とセレスタの持参したレーションは思いのほか島民たちにも好評で、それらを使った魚介料理は大人気。しかし、カレーを使った料理は、カレーをこよなく愛する最上の闘争本能とも呼ぶべき食欲に火をつけ、鍋ごと彼女の餌食となった。かつて、通称エベレストカレーなるカレーをぺろりと平らげていた彼女だが、それを知らぬ島民たちには、少女が体よりも明らかに多い量のカレーを平らげるその光景は、なんとも不可思議なものだったことだろう。
 百合歌は食材の調理を粗方片付け、島民たちが注ぐ地酒に一頻り舌鼓をうつと、1人浜辺に立って海へと向かい、手にしたバイオリンを奏でる。調律された弦が奏でる音色は、優しい調べ。それは子守唄か、葬送曲か。それとも‥‥
 不思議な味、不思議な音色。全てが不思議な客人たちとの出会いを喜ぶ島民たちの様子を写真に残すセレスタ。依頼主にとってもこの地は思い出の地。彼らは友人たち。戦況から、なかなか気軽に訪れることはできないだろう。せめて、写真で伝えることができれば。マガロナの写真もと思い、彼の方を見れば、飲み比べでもしたのだろうか。マガロナと孫六、大人2人が浜辺に大の字で豪快な寝息を立てていた。その顔は、どこか子どもみたいで、そしてとても幸せそうなもので。ふと気がつけば、孫六の胸に、月明かりを受けて鈍く光るものが。それは、引き上げた外壁から零れ落ちたネジを孫六が拾い、錆びを落とし、パラコードで編んだ首飾り。ただのネジの首飾り。けれどいつかの依頼主の思い出と、相棒の魂の証。それを届けたとき、親父さんはどんな顔をするだろうか。普段は難しい顔ばかりでなかなか見せない、そんな顔が目に浮かぶよう。なんてことを思いながら、セレスタはシャッターをきる。