タイトル:遠雷マスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/27 15:14

●オープニング本文


 四方を海に囲まれた、小さな国、日本。温暖、寒冷。様々な海流、季節風。彼らを旅人に例えるとするならば、宛ら宿場町とでも言えばいいだろうか。多くの条件によって偶然生み出された、自然の贈り物。それをこの地の人々は『四季』と呼ぶ。『四季』は多くの自然の恵みを齎し、『四季』の変化は人々に時の流れをより鮮明に印象付け、『四季』の移ろいは多くの人の人生の1ページ1ページに刻まれていく。繰り返し訪れる『四季』は、そんな過去の1ページ1ページを、時折ふと、めくっていく。



 分厚い雲が頭上を覆う。先ほどまでの晴天は東へと離れ、遠くの光と近くの闇、不思議なコントラストに包まれる。周囲がやけに静かに感じられる。肌に触れる風はどこか重く、水の香りを運んでくる。
 ふと、遠い西の空からかすかに聞こえる音。空気の振動。




 あぁ‥‥また、雨がくる。






 ‥‥‥‥

 
 とある山村での、迷子探しの依頼。本来ならば地元の住民や警察が動くこと。近くで以前キメラが目撃されたから。彼らがやってきたのは、ただそれだけの理由。小さい山村。住民たちは、まるで家族のように迷子の子どもを心配し。親たちは心配に押し潰され、泣きそうになるのを必死に堪えながら懇願し。


 心配する大人たち。それも、よくある光景。何度も見てきた景色。


 幸い、子どもはすぐに見つかった。山林の中、不自然に立てられたダンボールの山。覗き込めば、そこには探していた3人の男の子。ランニング。短パン。汚れた靴と、草のついた帽子。聞いたとおりのいつもどおりの格好で。怪我もなく、変わった様子もなく。声をかけ、中に入ろうとすれば、1人の男の子が、虫に食われた腕を痒そうにしながら、大声で怒り出す。3人の足元。捕まえた虫。拾った綺麗な葉っぱ。かっこいい形の石。それは山の中、自分たちが見つけた宝物。そこは彼らだけの特別な場所。大人には内緒の、秘密基地だったから。


 大人たちの心配。傭兵である自分たちへの依頼。そんな大人の事情は、全部はわからないだろうけれど。皆に心配かけたことはわかるようで。怒られるんじゃないかということはわかるようで。傭兵に連れられて村へ戻った迷子たち。彼らを見て、真っ先に駆け寄ってくる親たち。

 叱られる。
 怒鳴られる。
 殴られる。

 縮こまる子どもたち。けれど、親たちは皆、怒るなんて後。子どもの無事に安堵して、緊張しきっていた顔に笑顔が零れて。抱きしめて、その温もりを確かめて。ただ、それにびっくりした子どもたちを待っているのは、やっぱり、安心した親たちのお叱りだったりするわけで。でもそれも、無事に帰ってこれたからこそ、なわけで。


 今回は運良く無事だった。だから皆、最後には笑顔になった。それも、いつものこと。逆もまた、いつものこと。


 村を後にする傭兵たち。元気に手を振る子どもたち。その頭を無理やり下げさせながら、深々と頭を下げる親たち。頭を上げると、子どもの手をとり、家路へつく。その背を見届けると、傭兵もまた、帰路につく。




 ‥‥‥‥




 林道の途中の、古びたあばら家。天井からしとしとと垂れる水滴。割れた窓の外から吹き込む激しい雨。壁や屋根、枝葉を打つ雨音が、他の音を消し去っていく。


「まったく。スコールとは‥‥ついてないな。そもそも、高速艇のつける麓まで歩いて3時間って、ありえねぇだろ、ったく」

 服の裾を絞りながら悪態をつく傭兵。髪はずぶ濡れ。背負った荷物からは水が滴り落ちる。女性傭兵はエマージェンシーキットからシートを出し、目隠しを作り濡れた服を乾かしている。

 1人の男性傭兵があばら家の真ん中、なにやら灰のたまった窪み、囲炉裏に、手近な濡れていない火種をいれ、火を起こす。揺れる赤がシートに影を落とし、家の中が、仄かに熱を帯びる。

「‥‥懐かしいな」

 揺らぐ炎を見つめながら、ぽつりと呟く男性傭兵。普段口数の少ない男の言葉に、他の傭兵が、静かに耳を傾ける。

「俺、こういう田舎の生まれでよ。山に川、池に畑‥‥夏になると、あの子どもたちみたいに友達と一日中遊んでたっけ」

 フッ、と笑みをこぼす男。外では、遠くの空が1度、2度。不機嫌そうな唸りを上げる。

「楽しく遊んでるのに、夕方になるといっつもきまって、こんな風に夕立がきてさ。1人、雷の苦手なヤツがいて。怖がるソイツをおいて雨の中濡れて帰ったらそいつ、後で自分の親にチクって。散々怒られたっけなぁ」

 視線は火に。けれど、どこかもっと遠くに。思い浮かべるのは、遠い日の思い出。今はない、故郷の記憶。

「‥‥大丈夫、すぐに止むさ。依頼もおしまい。ゆっくり待とう」


 空はまだ暗く。鈍色のカーテンのその向こう。遠くから聞こえる鳴動は、ゆっくりと近く。雨と雷。2つの音だけに包まれた静かな空間。炎だけが、ゆっくりと揺れ。雨が通り過ぎるまで、もう少し。

●参加者一覧

クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
サウル・リズメリア(gc1031
21歳・♂・AA
火霧里 星威(gc3597
10歳・♂・HA
無明 陽乃璃(gc8228
18歳・♀・ST
入間 来栖(gc8854
13歳・♀・ER

●リプレイ本文

 聞こえるのは、窓の外。草葉を揺らし、屋根を叩く、静かな雨音。

 ポタポタ、ピチョン。

 天井から滴りおちる水滴が、小さな音を立てて跳ねる。

「ねー寒いよっ! タキギしよーよタキギ!」

 一人落ち着かない様子の火霧里 星威(gc3597)が、あばら家の中をばたばた、どてどて。落ち着かないのは、雨のせいか、それとも。
 季節は初夏。とはいえ、濡れたままというのもさすがに気持ちのいいものではなく。クラリッサ・メディスン(ga0853)がアルコールストーブで暖を取る間に、シーヴ・王(ga5638)が手近な薪や剥がれかけた床板の一部を集める。何を言うでもなく、入間 来栖(gc8854)もお手伝い。集めた火種を囲炉裏へと放り込み、シーヴがライターで着火する。仄かな朱色はすぐに大きく、明るい赤に。

「‥‥くしゅんっ! さ、さぶ‥‥服が張り付いて、気持ち‥‥悪い、です‥‥」

 無明 陽乃璃(gc8228)の言うとおり。雨に濡れた衣類は体温を奪い、また湿度に肌はじわりと汗を帯びる。けして気持ちのいいものではない。否、ある者にとっては、それは興をそそられる眺望。

「いやー眼福眼福」

 サウル・リズメリア(gc1031)が一度、わざとらしく手で双眼鏡のようなジェスチャーをしてみせる。その視線の先には、薄手のシャツの下から浮かび上がる無明の女性らしい魅力的なボディーラインが。艶やかなその景色は長く網膜に焼き付けておきたいもの‥‥と言いたいところだが、状況の読めないサウルではない。

「‥‥っていいたいとこだけども、依頼が終わったのに死にたくはないしな」
 
 本気半分、冗談半分。軽くおどけると、彼は濡れた服のまま、あばや屋の外へと出て行く。扉を出る際、以前にお祭りで会った覚えのある少女、入間が心配そうに見上げているのに気付くと、ポケットから煙草を取り出し、「これだよ」とウィンクしてみせる。未成年の前では煙草は吸わない、ということらしい。保身もあるだろうが、さりげなく見せる子どもや女性への気遣いは彼の独特な育ち故か、生来の性格か。扉を開ければ、流れ込む空気は涼しく、雨音は音を増し。閉じればまた、音は小さく、空気は熱を帯びる。




男性がいなくなれば、女性にとっては少し気も休まるもの。

「あっはは♪ 冷えるよォ脱いだらー?? ビジョがビジョビジョー‥‥にゃは♪」

 ‥‥ともいかないようで。もう1人の男性、というには幼さの残る火霧里がばたばたとはしゃぎ回った後、同じ兵舎に出入りしている無明へと突撃。

「え!? あのそのぬぬぬ‥‥ぬ‥‥なんて‥‥そんなの、むむ無理っ!」

 所詮少年の言葉、なのだけど。大げさにあわてる無明の様子に余計にキャッキャとはしゃぐ火霧里。そんなやんちゃな少年の様子に「もう」と息を吐きつつ、自分の隣を手でポン、と軽く叩く。

「へ、ヘンな事ゆってないで、こっちおいで‥‥? 温まろ‥‥?」

 兵舎の優しいおねーさん。いつもどおりの優しい笑顔に、火霧里も元気よく笑顔で「うん!」と答え、勢いよくドーンと囲炉裏の周りへと腰を下ろす。
 小屋には、5人の男女だけ。
 パチパチ、パチパチ。囲炉裏が歌い。
 ポタポタ、ピチョン。水滴が踊る。




 ‥‥‥‥

 シトシト、ザーザー。
 雨が止むのを待つだけ。することもない時間。皆にお茶を配ったら、囲炉裏端。膝を抱えて、裸足の足をぱたぱた、ぱたぱた。弾むお話に耳を傾ける入間。囲炉裏を囲む話題は昼間の出来事。そんなお話も、気がつけばぱたりとやんで。なんとなく、周りの大人たちを眺めてみる。初対面の人。会ったことのある人。依頼は出会いがいっぱい。出会う人には、色んな人がいて、その人たちは、色んな依頼をこなしてきていて。じゃあ、私はこれからどんな依頼を受けるんだろう。そんなことを考えながら、そういえばと、窓の外へと目を向ける。窓越し、ちょっぴり覘く大きな背中。面識のあるサウルの背。寒くないのかな? なんてことをぼんやり考えてみる。

(あ‥‥カタツムリさん)

 焦点をずらしてみると、窓に1匹。雨に元気をもらったのか、よじよじ、よじよじ。角? おめめ? 2つの突起を、きょろきょろ、きょろきょろ。上へ上へと上っていくその姿を、なんとなくじーっと眺めてみる。

(で〜んでんむ〜しむし‥‥)

 心の中で口ずさむ、懐かしい唄。耳に届く雨音がどこか眠気を誘い。気がつけば、すっかり夢の中。膝を抱えて穏やかな寝顔の少女が見るのは、果たしてどんな夢か。夢の中、昼間の子どもたちのように友達と駆け回り、笑っているのかもしれない。



 その音がしたのは、ちょうどその頃だったろうか。

 ――――ン。

「‥‥‥‥」
 
 言葉には出さず。けれど、ビクりと肩を揺らす。雨音を裂いてシーヴの耳に届いたもの。地面を通じて感じたもの。それは遠くの鳴動。途端、部屋の隅、膝を抱えながら思い浮かべていた情景、山の中弟たちと遊んでいた懐かしいソレの空は暗く、曇天に包まれる。遠い記憶。ここより遠く離れた地。記憶にある北欧の風は乾いていた。その風が重く、水の香りを漂わせる。元々雨は少なくて。だから、時々ある激しい雷雨は、今も強く記憶に残っている。特に、あの日の光景は‥‥
 自分が見てなきゃいけなかった、小さな妹。けれど、目を離してしまった。それがあんなことになるなんて。覚えているのは、暗く冷たい雨の中。崖の下、倒れる母親と泣きじゃくる妹。何があったのか、不安に押しつぶされそうになる心に、瞳に。飛び込んできたのは、雷に照らし出された、一面の紅。

(母様‥‥)

 あの日から凍りついた表情。左手を綺麗な緑の瞳に添えれば、世界の半分が闇に。右手を添えれば、全てが黒に。それがあの日、あの瞬間からの母親の世界。‥‥でも、違う。例え手で隠した所で感じられる光。手を開けば見える世界。けれどそれを奪ってしまった。あの日自分が。母親から。
 指が、瞳の形をなぞるように動く。一瞬、その指に力が入る。けれど、それは無駄なこと。わかっている。自分の瞳をあげるのだといって、兄に叩かれた頬の熱が、なぜか今蘇るような気がした。




 そわそわ、もぞもぞ。
 徐々に近づく雷の音に、落ち着かない様子な男の子ひとり。上手く言葉で表せない焦り、もやもや。それが何かもわからなくて、なんとなく、じっとしていられなくて。きょろきょろと部屋の中を見渡していると、ふと気付く。隣に座る女性の、いつもとは違った様子に。

「‥‥? ねーちゃん?」

 視線は囲炉裏の火に。けれど、見ているものはそこにはなく。どこか虚ろな無明。その心はここにあらず。彼女が立っているのは、在りし日の雷雨の中。ここに似たあばら屋。けれど窓から見える光景は、静かな森ではなく。雨の中佇む、住み慣れたお屋敷。それを飲み込む、火、火、火。暗い空は朱に染まって。稲光のバックライトが一層不気味で、不安と恐怖を掻き立てる。
 聞こえるのは雨音、雷鳴‥‥だけじゃない。

(姉ちゃん早くッ! もう無理だッ!)
(来るんじゃない! お前は逃げ…!)

 ききなれた声。記憶にある穏やかな会話。それら全てを塗り替える、耳に残って消えることのない叫びは、悲痛と絶望。視界に広がる朱は火? それとも血? 朱一色の視界に振りかぶられた、鈍い銀色の刃が冷たく光る。

「‥‥さん‥‥お父さん‥‥」

 言葉は虚ろ。右手が左半身をなぞる。痛みのないはずの傷跡が疼く。




(強くなってきやがったなぁ)

 徐々に強くなる雨脚。明滅する西の空を見上げながら、ポケットから煙草をもう1本。と、手に当たるのはタバコとは違う感触。取り出してみれば、それは少しくしゃくしゃになった、けれどどこか気品を感じさせる装飾付きの便箋。送り主が誰かはわかっている。これが女からのラブレターだったら嬉しいのになぁ。そんな風に思いながら、心の中ではどこか手紙を喜ぶ自分。そんな自分を自覚しながら封を切る。綴られた文字はひどく小奇麗で、達筆で。そして、見慣れた文字。

「あー‥‥」

 内容はたいしたことのないもの。自分は元気だとか、そっちはどうだとか。わざわざ手紙で、何を心配してるんだかと。そんな手紙を書いてる送り主、遠方の兄の姿を想像すると、思わず笑みが零れる。遠い空の向こう。KVや高速艇であればすぐに帰れる、けれど、帰れない場所。戻れない時間。それを思うと、自然目が細く。それは眩しいものを見るかのように。あるいは、悲しみを湛えるかのように。

「‥‥俺も兄貴と秘密基地っつーもんを作りたかったな」 

 懐かしい幼少期。不真面目で遊んでばかりだった当事。今思えば、あの頃の自分にあったのは、純粋に「羨ましい」という気持ちだったんだろう。名家の後継者となるべくして育てられた兄貴。別に、そんな兄貴が嫌いなわけじゃない。むしろ、兄貴は影で努力をしていたし、今でも自分の理解者だ。けれど、自分は悪さをしてもマジの気持ちで怒られたり心配されたりってことがなかった。そんなの、家族じゃねぇ、この家に自分の居場所なんてねぇ。子どもなりに、捻ちまったっつーわけで。いなくてもいいっつー空気を感じて、気がつけば傭兵なんてやってるけど、ヤケっつーか、食っていく為には仕方ねぇさ。
 ‥‥でも、別に後悔はしていない。今の自分には仲間も相棒も、親友もいるから。

「‥‥恋人はいねーけど。そんなに悪くねー、生活だぜ、っと‥‥。‥‥近いな」

 感慨深く空を見上げれば、空は一掃暗く。一面を包む閃光。同時に耳に届く轟音。それは、雨上がりの近づきを知らせるもの。





 一際眩しい光。鳴動。凄まじい轟音の後はまた、静寂に包まれる。と、そんな静寂を破るのは、元気な声。

「陽乃璃おねーちゃんっ!」

 虚ろだった視界がとたん暗く‥‥否、大きな赤に染まる。それは、先ほどまでの脳裏に焼きついた光景の赤ではなく、目の前の、弟みたいな男の子の瞳の色。目の、前‥‥?

「‥‥へ? あ‥‥せ‥‥星威くん‥‥?」

 まだどこかぼーっと。そしてなにより、何を思い出していたのか、涙を湛えるその瞳に、元気な男の子火霧里はなんだかもやもや。それはたぶん、雷雨に過去を思い出す無明が、自分とどこか重なるから。もっとも、自分と彼女との明確な違いは、それを思い出せるか、否か。

「‥‥むー‥‥とーうっ!」
「‥‥ふぇ? きゃああ!? いたた‥‥もー星威くん痛いよぉ‥‥」

 不意打ち。突然飛びついてくる男の子。なにがなにやら、とにかくびっくり。けれどその驚きが、彼女を現実に引き戻す。そんな彼女へと笑いかける火霧里。

「あっはは♪ くらいのだぁーめ♪」

 一瞬戸惑いながらも、あぁ、この子はこの子なりに、私を心配してくれたんだ。心配、かけちゃったんだ。そんな風に思うと、自然、口元は緩み。そこにいるのは、男の子が良く知るいつもの優しいお姉さん。お姉さんは優しく弟君の頭を撫でてあげる。優しく、愛おしく。「心配かけてごめんね」と、「ありがと」を込めて。


 

 外は激しい雷雨の中、どこか穏やかな時間の流れる室内。クラリッサの膝の上では入間がすっかり夢の中。少女の可愛い寝顔を見ていると、母性がくすぐられるか、胸の張りが強くなる気がする。今頃、あの子はどうしているだろう。夫はちゃんと世話ができているだろうか。案外、夫よりも娘の方がしっかりお姉さんをしているかもしれない。そんなことを考えていると、ふと目に付くのは、先ほどから部屋の隅、1人静かに膝を抱えているシーヴ。その表情は硬く。そんなシーヴのあるものがクラリッサの目に入ると、クラリッサの表情がまた一段と穏やかに。

「そういえば‥‥あの子達の秘密基地を暴いてしまって、悪いことをしましたわね」

 はじめはそれが自分に向けられた言葉だとは思わず。けれど、感じる視線。見れば、クラリッサの穏やかな瞳がこちらを見ている。何故自分に話を? シーヴは冷たい表情のまま、言葉を返すこともなく。けれどクラリッサは、構わず言葉を続ける。独り言のように。

「本当、大事に至らずに幸いでしたわ。子どもを持つ親の気持ち、今ならわかりますもの。だからこそ、今回のように少しでも悲しい結末を減らすことが出来れば、いいですわね」

 それは、子を持って得た実感。愛する人と結ばれ、無事に子供も授かり、妻として母としての幸せを得た今だからこそ思うこと。だからこそ今、自分はまた傭兵に戻った。あの子の傍にもいてあげたいけれど。でも、自分だからできることを、少しでも。そう思って。

「‥‥大きくなったら、やっぱりわたしたちの子どもたちも内緒で秘密の場所とかを作るのでしょうね」

 一息おいてから、クラリッサの零した言葉。その中の一言に、ふと違和感を覚える。『わたしたち』‥‥? ふと顔を上げてみれば、クラリッサの視線は別の場所へ。何を見ているのかとその視線を追ってみれば。そこにあったものは指輪。大切な彼との結婚指輪。

「もし息子たちが迷子になって、やっと見つかったとき。そのときは、わたしたちもあの親たちのように、叱るよりも先に、抱きしめてしまうものなのかしら。そんな心配しなくていいように、キメラの脅威とかから無縁だと良いですわよね」

 クラリッサの言葉に思い浮かぶのは、山村の親子。泣きそうな顔でわが子を抱きしめる親たち。手をつないで帰る、笑顔の子どもと、その笑顔にまた笑顔を返す親。
 ‥‥あの日から笑えなくなった自分。でも、思いつめて、笑顔を忘れてしまった方が、家族に心配をかける。家族は自分を嫌いになんてならない。だって、かけがえのない家族だから。愛しているから。そう思えるようになったのは。やっと自分を許せた気がしたのは、貴方のおかげ。指輪を眺めるシーヴの表情はもう、先ほどまでの冷たいそれではなく。それを見たクラリッサもまた、静かに笑みを零す。と

「そろそろあがりそうだぜ」

 扉が開き、中を覗き込むサウルの声に外を見れば、いつのまにか雷は遠くへ。

「あ、キレイ…」

 無明が空を見上げれば、鈍色のカーテンの隙間から、穏やかな、夏の熱を帯びた日差しが差し込む。その光景は、どこか幻想的なもの。

「はれたーーーーっ! イヤッホゥ!」

 まっさきに元気よく飛び出す火霧里。水溜りなんてなんのその。バシャバシャバシャっと、駆け回る。その様子にまた、優しいお姉さんの笑顔がこぼれる。
 火霧里の元気な声に、入間もはっっと目を覚ます。知らない間に寝かしつけられていたようで、クラリッサにぺこりと頭を下げると、遅れまいと荷物をまとめて、ぱたぱたと外へ。シーヴとクラリッサはそんな様子に顔を見合わせ、一瞬くすり。忘れ物がないか確認して、小屋を後にする。
 全員が小屋を出たことを確認すると、火の元を確認し、サウルもゆっくりと後に続く。帰ったら返事をかかねぇとなぁ、面倒くせぇ。そんなことを考えながら。