タイトル:ジレンママスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/13 21:55

●オープニング本文


――シニタクナイ

 それは誰だって思うこと。その思いに自分は、彼女はいままで何度関わってきただろう。そのたびに彼女は時に悲しい顔で、時に優しい笑顔で接していた。寄り添い、声をかけていた。
 それを眺めながら自分は、「他人のことなのに、女は器用なものだ」なんて、どこか蔑んでさえいたのを、何故今思い出すのだろう。何故今‥‥

 ‥‥あぁ、そうか。あの日の彼女の顔が、今自分に向けられているからか。なんだ、そうか‥‥

「‥‥たくな‥‥死にた‥‥ないよ、イライザ‥‥」

 声が声にならない。呼吸は、脈拍は。そう冷静に分析してしまう自分に、思わず笑いがこみ上げてくる。
けれど、こみ上げてきたのは口いっぱいに広がる、生温かい鉄の味だけだった。



‥‥‥‥‥‥

 彼はいつもそうだった。
 頭も良くて、技術もあって、先生たちの中でも一目おかれる、エリート。
 でも、いつも冷たかった。まるで機械の様。説明は形式的。感情は見えなくて、感謝の言葉も、悲嘆の涙も、侮蔑の叱責も、彼にとってはまるでバックミュージック。
 扱いにくい彼。管理者から見れば、評判を落としかねない欠落者。出世という名目で押された烙印は、体のいい厄介払い。
 ある前線基地の医療責任者となった彼。そこでも彼は変わらず、機械みたいに傷の手当てをし、機械みたいに、人を看取っていった。彼は何も変わっていない。昔から。

 ‥‥そう、変わっていない。手術に成功したけれども患者を助けられなかったあの日、一人片づけが済んだ手術室で何度も、何度も頭の中で手術を繰り返す彼。助けられたはずだ。
 足りないのは自分の技術。そう呟き、陽が昇るまで延々と独り、見えないものと闘い続けていた彼。
  前線にいても、最後まで、患者が命を失う瞬間まで全力を尽くす彼。
 時に苦しむ患者を見て、
「いっそ楽にしてやれば」
 その呟きを打ち消すかのように、一心不乱にメスを振るう彼。

「助かる見込みのない患者を延命しても苦しませるだけだ。貴重な薬が足りなくなる」
 反感を抱くスタッフが一人また一人と増え、彼は孤独だった。
 薬が足りない。近くの基地から分けてもらいたい。そう陳情する彼に、基地の責任者もまた冷たく言い放った。
 それはできないと。
 彼もわかっている。薬が足りないのはここだけではない。ここだけ特別扱いされることはない。それは分かっている。けれど、目の前で苦しむ患者を見捨てることは、彼にはできなかった。

 患者を救う。それは素晴らしいこと。けれど、そのためにできうる限りのことをする。それは、資源に富み設備を備えた病院だからこそできうること。ここは前線基地。設備もなければ、資源もない。それが現実。
 スタッフも皆、その現実と理想のジレンマを抱く者たち。
 だからこそここでは、いつまでも諦めず治療を続ける彼は異端となり疎まれる。

 結局彼は一人、もしかしたら分けてもらうことができるかもしれないと、足りない薬を得るために自ら競合地帯を通って別の基地まで行こうとした。
 だから、キメラに襲われた。



「大丈夫、大丈夫よティム‥‥私がついてるから、ね」

 息を殺し周囲の物音におびえながら、自分の胸の中にいる、いつも無表情で冷たい彼に小声で声をかける。
 なんであの時私は止めなかったんだろう。つい先日も、ジープがキメラに襲われたばかりなのに。
 きっとあの犬たちは、食事が済めば次は私たちを探しはじめる。そうなったら、すぐに気付いてしまう。
 だってほら、彼の肩からこんなにたくさん、血が流れているから。私をかばったばっかりに。
 香水を使えば血の臭いを消せるだろうか?あぁだめだわ、そんなことをしても、今度は香水の臭いでひきつけてしまう。
 いっそ、戦えば。でもどうやって?銃はガイドの人がもっていたし、彼は銃を向けたせいで、オードブルになってしまった。

 きっと、私の声は恐怖で震えている。キメラがすぐそこまできていることへの恐怖に。
 身近な人が、今目の前で覚めない眠りにつこうとしている恐怖に。
 でも、私は笑っている。なんでこんなときなのに笑えるのか、自分でも不思議なくらい。でも、笑っている。だって、彼が不安になってしまうから。
 彼はいつだって、誰よりも優しくて、そして誰かが死ぬのを認めたくないくらい、とっても臆病でで‥‥人の涙や悲しみに、耐えられないから。

 あぁ、どうして私は人の傷を癒せないのだろう。私が彼だったらこんな傷、きっとすぐに治せるのに。なぜ私は寄り添うことしかできないのだろう。
 あぁ、だめ、零れないで。今零れたら、彼が気付いてしまう。私が泣いていることに。

「‥‥助けて、誰か‥‥!」

●参加者一覧

リヒト・ロメリア(gb3852
13歳・♀・CA
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
鹿島 灯華(gc1067
16歳・♀・JG
Nico(gc4739
42歳・♂・JG
杉田 伊周(gc5580
27歳・♂・ST
天羽 恵(gc6280
18歳・♀・PN
蕾霧(gc7044
24歳・♀・HG
紅苑(gc7057
25歳・♀・CA

●リプレイ本文

●キメラの本能
 前菜を貪る3つの黒い影。
響く食事の音に怯え、嗅ぎ慣れた筈の鉄の香りに催す吐気を堪え、胸の中でか細く息をする男を抱き、身を震わせる女。
(‥‥こないで、お願い、誰か、助けて)
 ひたすら心の中で祈り続ける。
 ふと食事の音が止む。しばしの後、突如走り去る3つの影。
 女は気付いていなかった。遥か遠くより近づく、地を駆ける駆動音。振動。人工物の香り。
 キメラはソレを知っていた。
食事は一時中断だ。そう、彼らの中の本能が目覚める。
近づく人間へは恐怖を。捕らえた人間へは絶望を。


●急行
 傭兵たちは急ぎ支度を済ませ、ジープを走らせた。
「あの馬鹿者が、だから無茶をするなと言ったのだ‥‥」
 先行車両の助手席で、蕾霧(gc7044)が苛立ち呟く。だが、言葉には無謀な行為への呆れとは違う思いも見られる。好意と興味、差異はあれどその思いは隣でハンドルを握る恋人、紅苑(gc7057)も同じ。
「上手くこちらに誘き寄せられれば良いのですが‥‥」
 風に靡く2人の髪からは、仄かに甘い香りが漂う。出発間際、もしかしたら人工的な香りでキメラを誘き寄せられるかもしれないと用意した香水だ。だがここは前線基地。急の事態に、たいした量は用意できなかった。
そんな女の香りを漂わせる二人の後姿に眼福しながら、紫煙を吐くNico(gc4739)は無線を取り出すと、後方の車両に乗る同行者へと声をかける。
「で、奴らブツは用意したのかィ、ドクター」
 返答は短くYes。
杉田 伊周(gc5580)は、Nicoが用意させた輸血用血液を入れたバッグと自前の医療道具を抱え、まだ見えぬ要救助者を思う。能力者になる以前、そして今も同じように医師としての葛藤を抱く自分と、基地で出会った彼を重ね。
自身の境遇と重なるのは天羽 恵(gc6280)も同じ。目の前で誰かを失う辛さと、残される者へと託される思いの重さを知る少女は、言葉にこそ出さないが、自然と刀を握る手に力が入る。

 と、不意に先行車両の停車ランプが灯る。
天羽 圭吾(gc0683)は地面に目をやる。そこには、急に進路を変えルートから大きく逸れたタイヤの跡と、それに併走するいくつかの足跡が。
「‥‥急ごう」
 後続車両の運転席で、リヒト・ロメリア(gb3852)がエンジンを唸らせる。しかし、バイクに乗っていた灯華(gc1067)がいち早く異変に気付く。
「えェ、急ぎましょう」
 そう口にする彼女の声には、すでに覚醒により感情が無く、内に秘めた思いは伺えない。
「‥‥人間3人前ご馳走様。ンなことになってなきゃいいがなァ」
 どこか冗談交じりに笑いながらNicoが呟き、銃を抜く。他の者も皆すでに覚醒している。
彼らの視線の先には、彼方より近づく3つの影、キメラの姿が。


●強襲
「ここは私たちが引き受ける」
 蕾霧が銃を抜き放つ。紅苑も蕾霧に並び敵を見据える。
近づいてくるキメラの速度、距離。全てを数値として脳内で処理する灯華は、閃光手榴弾のピンを抜き、合図をする。その様子を見たリヒトは圭吾、杉田、恵を乗せスタンバイ。

――グルァァ!
 3匹の犬型キメラが駆ける速度のまま襲い掛からんとする。
 が、その間際、閃光と炸裂音が周囲を満たす。一瞬、視覚と聴覚を障害される。その隙を突き、リヒトが車を一気に走らせる。
炸裂音でエンジンの音は掻き消える。だが振動に、臭いにさえも敏感なキメラはそれすら察知し、すぐさま2匹が向きを変える。
 響く銃声。気だるげに車に背を預けていたNicoが、重心を安定させたその姿勢のままに制圧射撃を放つ。
「ほらヨ。‥‥後は任せたゼ」
 そう零すと、まるで自分の仕事は終わったとでも言うのか。煙草を咥える。しかし、キメラは再度逃げようとする獲物へと追撃を試みる。
「キメラども! 貴様らの獲物はここだ!」
 蕾霧がダガーで自身の腕を傷つけ、辺りに血の香りを漂わせる。傷ついた獲物の匂いへ思わず足を止めたキメラへ続けざまに制圧射撃を放ち、2匹の足を完全に止める。射線を逃れ、血の香りに標的を定めた残りの1匹へも、紅苑が援護射撃にて隙を見せない。
その間に灯華は練成強化を発動し、迎撃の態勢を整える。

 静寂の後、土煙の中から姿を現した、こちらを見据える6つの瞳。
「あっちは3匹。こっちも3人。ちょうどいいわなァ」
 優雅に一服しているNicoを他所に、灯華、蕾霧、紅苑の3人は臨戦態勢をとる。対峙するキメラもまた唸り声をあげ、獲物を値踏みする。先に動いたのは蕾霧だった。
二度目の制圧射撃。足の止まった1匹へ、紅苑がアイムールを振るう。棍は的確に頭蓋を揺らし、その思考を停止させる。脳を揺らされたキメラはそのまま、灯華の信頼という名を冠した手袋から放たれた電磁波に包まれ、何が起こったかも認識できないままに絶命した。
 しかし、すでに三度目の制圧射撃。キメラも弾の出所を学習する。弾を回避した1匹が蕾霧へと体当たりを仕掛ける。リロード中の蕾霧、回避行動は間に合わない。だが、彼女の顔に焦りの色はない。なぜなら、彼女もまた信頼しているから。
「させません!」
 彼女の前に紅苑が割って入り、キメラを弾き返す。思わず後ろへ飛びのいたキメラだが、無防備な着地の瞬間を電磁波が襲う。灯華が止めとばかりに追撃を仕掛けようとすると、突如、後ろから銃声が響き、目の前のキメラが崩れ落ちる。放ったのはNico。前方の視界を3人が阻むこの状況で、狙撃眼で的確にキメラを打ち抜いた。
「楽な仕事は嫌いじゃないぜェ? っと、ほらヨ」
 灯華へ飛び掛る最後の1体。だが、Nicoの銃弾に阻まれる。咄嗟に回避行動をとり、傭兵と距離をとる。
「礼は身体でいいゼ?」
 冗談なのか本気なのか、そう話しながらもNicoはキメラから銃口を外さない。

 と、ここでキメラは予想外の行動に出た。
「!? 逃げる!?」
 突如傭兵たちへ背を向け走り出すキメラ。その先には捜索班が。咄嗟に追撃をしかける灯華だが、キメラは瞬く間に射程圏を突破する。
「追います」
 すぐさまバイクへ戻る灯華。
「私たちも行きましょう」
 と紅苑、蕾霧も車へと急ぐ。が、Nicoは足元に転がるキメラの死骸を足で転がしている。
「1匹位なんとかなんだろ? それより、面倒なのが増えちまわないようにコイツを処理しようや、なァ」
 本心ではこれ以上疲れることはしたくない。そう思っているのかもしれないが、彼の言葉も一理ある。
「‥‥では、私は向かいます」
 灯華はそう言うと、すぐさまキメラを追った。


●救助
 追撃がないことを確認した圭吾は、ドローム製SMGを双眼鏡へと持ち替え前方を確認する。
――すでに手遅れかもしれない。
 その胸中には1つの可能性が浮かんでいるが、口にはしない。戦場を回り、多くの人の死にも対面した彼にとって、それはただ淡々と受け止める事実。だが、他の者にとってはそうとも言い切れない。
運転席のリヒトの心中は真直ぐだった。
(人の為に無茶が出来る。人を癒したいと本気で思える。そんな人を‥‥絶対死なせたく、ない)
 弱い者を守る。同じ志を持つ、違う立場の彼をなんとか救いたかった。
車は速度を増す。間に合う。その可能性を信じて。


「これはひどいな」
 双眼鏡を覗く圭吾が呟く。その視線の先には、無残にも壊された車が一台。
車から降りる一行。先行する恵の目に、恐らくガイドのものであろう食い散らかされた遺骸が映る。
一瞬、彼女の瞳が曇る。彼女は何も言わず、目の前の遺体へと手を合わせて頭を下げ、黙祷する。
「イライザ! 僕だ、杉田だ! 返事をしてくれ!!」
――人間3人前ご馳走様。
 Nicoの言葉が重くのしかかり、焦りを生む。
「リヒト」
 ふと、圭吾がリヒトへ声をかけ、車から少し離れた所に広がる血痕を指す。血痕が伸びる先には岩場が。
声をかけられたリヒトはイアリスを握りなおし、圭吾の前を行く。ゆっくりと、警戒しつつ歩みを進める2人。そして‥‥
「! 杉田さん、ここ!」
 岩陰に身を隠す2人をリヒトが発見した。

「イライザさん。無事だったんです、ね」
「えぇ、私は。彼のおかげで‥‥」
 合流した恵がほっと安堵の息を漏らすが、それもつかの間。イライザの言葉に、恵の心はざわめく。
『彼のおかげ』
 脳裏に浮かぶのは、過去の記憶。すぐさま杉田が倒れたティムの診察に入る。
「出血が多いな‥‥そちらを押さえてくれないか?」
「あ、はい」
 杉田に言われ、恵が止血に当たる。練成治療の淡い光がティムを包む。
「傷は肩だけれど、喀血してるの。呼吸状態に意識レベルも良くないわ‥‥」
「血気胸、か‥‥とにかく、まずは止血だな」
 先ほど見たキメラの牙なら、肩口からでも容易に肺へ到達する。運が悪ければ、心臓へも。肺が傷ついているとすれば、空気が漏れるとともに流れた血が胸の中へ溜まってしまい、彼は地上にいながら溺れているような状態なのだろう。
 状況を冷静に話すイライザの口元は、ティムが窒息しないよう必死に口の中に溜まった血を吸い出していたのか、赤黒く染まっている。
「頑張ったな、イライザ」
 彼の横に寄り添うイライザへ、圭吾が優しく声をかける。思いを寄せる相手が命を落としそうな中、必死で寄り添う彼女へ向けたその言葉は、彼自身も気付かない優しいものだった。
 言葉をかけられたイライザは緊張の糸が緩んだのか、一瞬瞳に涙を浮かべ、くしゃりと顔を歪ませた。けれど次の瞬間には、すぐに医療者の顔へと戻っていた。今は彼を救う。そのために彼女は今まで、不安と恐怖に耐えたのだ。あと少し、きっと助かる。その思いが、彼女の瞳に力を宿らせる。
彼女は杉田のバッグから手動式人口呼吸器を取り出すと、ティムの呼吸を介助する。

 と、そこへ車をとりに行っていたリヒトが、輸血用血液を持って戻ってきた。
練成治療で傷口は塞がりつつある。だが‥‥
「出血が多すぎる。それに、これ以上低酸素が長引くと危険だ。動かして肺を傷つける恐れもあるが、治療しながら基地へ戻るしかないか」
 今は杉田に判断を委ねるしかない。手早くティムの腕の血管に針を刺し、輸血と輸液を始める杉田。
「リヒトさん、恵さん、手伝ってください!」
 イライザの指示でリヒトと恵がティムを抱える。能力者にとっては一人で成人男性を持ち上げるくらいわけないことだが、できる限り安静に運ぶ必要がある。杉田が点滴を持ちながら練成治療を続け、イライザが人工呼吸を行いながら、4人がかりでティムを車へと運ぶ。

 だがその刹那、望まない来訪者に、基地へ負傷者受け入れの用意を無線で申請していた圭吾が気付く。
「仕損じたのか?」
 別働班がひきつけたはずのキメラ。その内の1匹が唸りを上げ一直線にこちらへと向かってくる。
 しかし圭吾は冷静にSMGを構え、標的が射程内に入るやいなや、制圧射撃を繰り出す。その射撃は、キメラが今日数回に渡り受けたものの中で一番の精度だった。上級職故の技術の高さと練力をもって、キメラを近づけさせない。
「今のうちだ!」
 圭吾が時間を稼いでいる間に、4人はティムを車の中へと運ぶことに成功し、恵はすぐに圭吾のサポートへと回る。かわって、圭吾が車の護衛へと下がる。
「急いでるの、邪魔をしないで‥‥」
 大刀を構える少女は、その容姿に似合わぬ威圧感を放つ。気圧されたキメラが先に車をと狙いを変えようとすれば、瞬間、前足を裂かれ悲鳴を上げる。
「速度さえ奪えば‥‥」
 そう呟き、手にしたイアリスをしまうと、リヒトは急ぎ運転席へと乗り、エンジンをかける。
「先に行って」
 目の前のキメラから視線を逸らさず、恵は自分が残る意を伝える。ティムとイライザを乗せ、武装をした傭兵が3人。すでに定員ギリギリだ。
「けど‥‥」
 リヒトが発進をためらう。

 その時、一本の無線が入る。無線を受けた圭吾は、来た方角を眺めた。
「その必要はなさそうだな」
「え?」
 圭吾の視線の先を見れば、一台のバイクが近づいてくるのが見えた。灯華のSE−445Rだ。
 圭吾は灯華へ負傷者の回収と撤退を通達する。通達を受け、バイクがUターンをした。それを確認したリヒトもまた、車を発進させる。
 動き出す車に気付き、キメラが再度車へ体当たりを試みようとするが、だが、その前に突如刃が出現する。エミタをさらに活性化させた恵の両足には翼の紋章が浮かび上がり、高速で機動する彼女の振るった大刀がキメラをなぎ払う。思わず弾き飛ばされたキメラが再び立ち上がったとき、すでに目の前に獲物は、いや、天敵はいなかった。
 キメラは、迅雷で合流した恵を後部座席にのせた灯華が車とともに彼方へと消えていくのを、足を負傷し追うこともできず、立ち尽くしていた。


●目覚めぬ志
 迅速な救出、移送、処置により、ティムはなんとか峠を越すことができた。しかし、出血と酸欠の影響か、その後も意識は戻らなかった。数日後、状態が安定した彼は治療のため、人類圏への帰還を余儀なくされた。
 見送りの時、救出作戦に参加した傭兵たちはそれぞれにまだ目覚めぬ彼へと、言葉をかけた。
「杉田さん、ありがとう」
 彼に終始付き添うイライザが、姿を見せた杉田へと声をかける。杉田は疲れを隠せないイライザへ甘いものでもどうだい?と飴を差し出し、移送用のベッドに横たわるもう1人のドクターへと声をかける。
「君が死んだら、誰が君の患者を診るんだ?ドクターは患者より先に死んでは駄目だよ」
 彼の姿に自身を重ね、沸き起こる葛藤。命をめぐる内に秘めた思いは、一言では語れない。
「‥‥もし目が覚めても、またメスを握れるかはわからないけれど、ね」
 イライザは、どこか寂しそうな笑顔で話す。その様子を、圭吾は淡々と眺める。
「イライザさん、これを」
「? これは‥‥」
 紅苑は後に回収した、犠牲となったガイドの腕時計を、イライザへと差し出した。蕾霧は恋人の動向を無言で、けれど心配そうに見守る。
「酷かもしれませんが…できれば、彼のことも忘れないで下さいね」
「‥‥えぇ」
 イライザは、静かにそれを受け取る。遺志を託す。その様子を、恵は静かに見つめる。
「1つ、伺ってもよろしいでしょうか?」
「? なにかしら?」
 出発の近づいたイライザへ、灯華が話しかける。
「貴女様は如何して‥‥其処までして人を助けるのです?」
 それは、彼女にとって自身を知るための問い。
イライザは「んー」と少し考えるような仕草を見せると、灯華へと向き直る。
「人が好きだから。大切だから‥‥かな? 参考になるかしら?」
 笑顔。その答えが灯華の答えとなるかはわからない。けれど、1つの答え。
灯華が一礼をすると、出発の時間を告げるベルが鳴る。
「よォ、ヒーローごっこは楽しかったか?」
 搬送されるティムへ、後ろで煙草をふかしていたNicoが言葉を投げかける。その言葉は、命が助かったからこそかけられるもの。生還の祝辞と、皮肉を込めて。
 その様子に、イライザはクスッと笑みをこぼした。