タイトル:【試験】いきるちからマスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/24 06:53

●オープニング本文


 ウォルター卿の一言が発端だった。

「学園で試験を行なってみてはどうかね?」

 言うまでも無いが、試験はいつも実施されている。
 そうではなく、彼が言いたかったのは教科試験ではなく、実戦訓練における成果を見る試験を行なってはどうか、ということだった。
 要するに実地試験だ。

「生徒の力量も千差万別であるが、能力だけが優秀さの条件ではない。知恵を絞り、協力し、機転を利かせて立ちまわってこそ、一流の傭兵であろう」

 卿の言うことにも一理ある。
 こうして、随分久しぶりにカンパネラ学園では分校を主な舞台として、大きな試験が実施されることになったのである。




 一番大きく書かれた注意書きは『当試験参加中の者は、一切の覚醒を禁ず』という文字。
 グリーンランドでの雪中行軍訓練。事前に聞いた試験概要は、そんな内容だった。必要なものは用意されたものを使用し、持ち込むことは許されない。そう説明を受け、身一つで移動用の高速艇に乗艦した参加者たち。高速艇の中で渡された防寒具。2日分の食料品。テントや簡易トイレ、その他のサバイバル物品。それはどれも、能力者として戦場に赴く彼らにとっては、どれもひどく一般的、あるいは原始的なもの。知っているものが見れば、それはまるで現地の先住民『イヌイット』のような様相だった。こんなもので、真冬のグリーンランドの中をいけというのかといぶかしんでいると、眼鏡をかけた初老の男が、参加者が集まるフロアへと姿を現した。
 男は静かにフロアを見渡すと、ゆっくりとフロアの中心を通り、参加者たちの前を通り抜け立ち止まる。振りかえる男。厳しい表情をしたこの男こそが、今回の試験を担当する学園の教師、その人。

「君たちは、どこかで『自分だけは死なない』と勘違いしていないか?」

 教師のたち振る舞いに、重苦しく静まり返った空気。教師は誰かに返答を求めているように、あるいは独り言のように、壁に座す今回の試験参加者たちへと言葉を投げかける。

「君たちはたしかに、選ばれた存在だ」

 言葉を紡ぎながら、教師は静かにフロア内を歩く。軍靴とは違う、革靴の踵が響かせる音がやけに耳に届く。

「エミタに選ばれた君たちは常人離れした力を持ち、不意な攻撃に対しても、エミタの防衛反応により覚醒状態となり、身を守ることができる。素晴らしいことだ」

 そこまで口にすると、男は足を止め一度、ゆっくりとフロアにいる男女を見渡す。

「‥‥だが、それは時間制限つきだ」

 教師が手元のスイッチを操作する。スクリーンに表示された映像は、重傷を負った能力者たちの映像。学園でも学生たちへ戦場の厳しさを伝えるために使われている、学園生たちにとっては何度となく目にした教材。

「練力。エミタの力の源。無計画に力を使い、結果それを失えば、君たちはただの人間となる。否、反動でまともに動くこともできない、ただの人間以下となるだろう。そうなれば‥‥」

 そう言いながらもう一度教師がスイッチを操作すると、スクリーンに次々と現れたのは、数名の若い男女の写真。 

「エリック=フロリオ。マルティナ=フリッチ。皆川 徹。アデライデ=マッシ。当学園の初期の学生たちだ。ドラグーンだった彼らは、グリーンランドでの活動中に行方不明となった。練力を失ったAU−KVは保温機能もない、ただの重荷でしかない。結果、3人は命を落とし、1人は四肢に重度の凍傷を負い切断。それに伴って、左手に埋め込まれていたエミタも失い、今も生死の境を彷徨っている」

 事前に試験概要を一度聞いている者たちの中には、『どうせうるさい教師の小言だろう』と、なんとなく耳を傾けていた者たちもいた。しかし、淡々と話す教師のその眉間に深く刻まれた皺と、厳格な表情、紡がれた言葉に、場の空気はそれまで以上に真剣味を帯びる。

「これが‥‥君たちの未来だ」

 そう言葉を閉めると、教師は三度、スイッチを操作する。スクリーンの映像がフッと消える。

「だが、君たちはこの試験を受けることを選んだ」

 音を立て開いていく窓のブラインド。そこから差し込む極北の地の太陽。その光は弱々しく、けれど、フロアをほのかに明るく照らし出す。 

「何があっても生き残る強さ。この試験を通じ、私は君たちが強くなってくれることを願っている」


 ‥‥‥‥


 数刻後。目的地点へと降り立った高速艇から降り、白銀の大地を一路東へと歩み始める参加者たち。吹雪かぬ間に。弱くとも、陽の昇る間に。少しでも東へ、東へ。目指すはゴッドホープ。
 高速艇の中からでもよいのに。あえて外へと降り、出立した彼らの背中を見送る教師。その胸元に、無線のノイズが走る。

「私だ。‥‥‥‥そうか。‥‥いや、いい。あぁ、よろしく」

 無線越しに告げられた言葉に、教師の眉間の皺が一度、より一層深くなり。そして、また元のソレへと戻る。白い吐息に曇る眼鏡。その瞳の奥をのぞくことはできない。けれど、空を見上げるその様子は、どこか物悲しいものだった。

「あの4人のような若者を、これ以上増やしてはいけない‥‥」

 強さを教えることができなかった。生きることの大切さを、素晴らしさを伝えることができなかった、4人の生徒たちの笑顔。もう2度と見ることのできない彼らの笑顔と、痛々しい、無念な姿も、その心の内に。教師は誓う。より厳格たれ。全ては、未来を担う彼らのため。

●参加者一覧

大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
鯨井レム(gb2666
19歳・♀・HD
美紅・ラング(gb9880
13歳・♀・JG
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN

●リプレイ本文



「雪中行軍は事故が多いので準備は確実に行うのである」

 天気。植生。狩りの手段。アクシデントも想定し、美紅・ラング(gb9880)を含めほぼ全ての参加者は事前の情報収集を入念に行っていた。その上で試験に赴いた面々だったが、想定外のこともいくつか。まず、美紅は移動手段として犬ゾリを想定していたようだが、当の犬が見当たらなかった。犬ゾリの操舵は一朝一夕でできるものではなく、また実際に遭難した場合、ソレがあることの方が稀だからである。残念、と呟きながらも、美紅はすぐにスキーのサイズ調整に入る。

「あ、盾もダメですか‥‥」

 トゥリム(gc6022)は高速艇へ搭乗する際、お気に入りの大柄な盾をその場で預けることとなった。春夏秋冬 立花(gc3009)が持参した水筒と紅茶に関しても、今回の試験において所持は認められなかった。その他にも、大神 直人(gb1865)が申請した塩等の調味料についても同様に申請は却下された。あくまでもアクシデントを想定した試験。それに見合った、十分すぎる装備は試験側で用意されているのだから。

 周囲の準備、力量を推し量るかのように眺める鯨井レム(gb2666)。彼女の視線の先には、先ほどまで参加者たちへと高説を弁じていた初老の試験官の姿。参加者の中で唯一ドラグーン系列のクラスである彼女。当初から学園生であった彼女はある意味、映像にあった者たちに一番近しい立場であるかもしれない。1年弱依頼から身を置いていた彼女だが、これまでも学園内での依頼をこなし、学生寮の管理にも携わっていた。そんな彼女の瞳に映るのは、当初の参加動機とは別の、ある感情か。

 かくしてそれぞれの動機、思いを胸に、6人は白銀の世界を一路、東へと向かう。空は曇天。吹きすさむ風は、冷たく。





「101‥‥102‥‥103‥‥」

 聞こえるのは、歩数を数える自分の声と風の音。
 薄暗い空の下、ただ一心に前へと進む。それはまるで、惑う心を忘れんがために。モココ(gc7076)はただ一人、単独行を試みていた。あえての選択。それは、自分を試すため。大人を装いながらも幼い自分。他人に甘えてしまう自分。そんな自分では、届かないものがあったから。静かに舞い始めた雪に、視界が白む。白む世界は、余計に孤独さを掻き立てる。生来寂しがりな彼女にとって、独りは辛いもの。それでも、前へ。

「‥‥200‥‥あれ?」

 現在地を確認しようとふと視界をあげる。その時、視界の隅で何かが動いた気がした。白一面のキャンバスを、目を凝らし数秒。そこにソレはいた。


 ‥‥‥‥

 ――――ザザッ。

「こちら鯨井。‥‥そうか、わかった。お互い頑張ろう」

 無線のノイズが聞こえ、それを受けた鯨井が淡々と会話を終え、通信を切る。

「どうしたであるか?」

 一番小柄だが、体力は人一倍の美紅。言葉を交わすことなく体力を温存しながら最後尾を行く彼女が確認のため尋ねる。

「モココが予定ルートをはずれるということだ」

 モココを除く5人のパーティーは、全員が遅れることのないよう、足並みをそろえ隊列を組み進行していた。中でもサバイバル経験が浅く幼いトゥリムのペースを考慮した結果、スタートから数時間。休憩を挟んだこともあり、モココとはすでに距離を置いていた。姿の見えなくなったもう一人の受験者。予定ルートをはずれるということは、なにかあったのだろうか。その思考は皆真っ先に浮かぶこと。ただでさえ周囲は降り始めた雪に白み、寒さが心配を、不安を助長させる。しかし

「意外と装備も充実してるし、これならどこかの冬山登山とそこまで変わらないと思うから。大丈夫ですよー」

 皆を安心させるためか、それともただ本心か。この中の何人が富士山を知っているのかは知らないが、春夏秋冬が安心を促す言葉を投げかけながら、大神の敷いたレールを固めていく。前を行くものがスキーで敷いたコース。それを行くことが、パーティー全体の体力温存とスムーズな進行となるためだ。と、先頭でそのコースを作っていた大神の歩みが止まる。

「どうやら、原因はあれかもしれないな」

 大神が示す方向。そこに見えるのは小さな2つの白い点。

「シロクマ。子連れですか‥‥」

 後方のトゥリムからも確認できたそれは、立ち止まりこちらをじっと凝視する、2匹のシロクマ。2月と言えば、ちょうどシロクマの出産シーズン。子連れの母子だろう。氷は厚くなり、狩りが難しくなるこのシーズン。同族同士で捕食することも珍しくない彼らの警戒心はかなり強い。こちらを警戒したまま動かぬ母クマとそれに寄り添う子グマ。その様子に、大神は無言で背中にかけた猟銃を手にする。

「ちょっ! 可哀想ですって」
「余計な戦闘は体力も時間も浪費するだけである」

 大神の意図を察したのか、春夏秋冬が異を唱え、美紅も同様に苦言を呈す。しかし、大神はシロクマから目をそらさない。

「どの道、あっちはどいてくれそうにない。食料にもなるし、やるしかないだろう? それとも、春夏秋冬はアザラシの肉の方がいいのか?」

 大神の口元に浮かぶ笑みに春夏秋冬はどこか寒さとは別の理由で悪寒を感じていた。とはいえ、なにやら垣間見える個人的な怨嗟は抜きにしても

「モココは彼らを避けるためにルートを逸れたのだと思う。だが、こちらは大所帯だ。道を逸れれば起伏も増える」

 周囲を見渡しながら、冷静に判断する鯨井。避けられる戦闘は避けるべきである。しかし、単独であるモココに比べどうしても足並みは遅くなるパーティー。経験が浅いのはトゥリムだけではない。極北という環境は全員にとって厳しいもの。時間は惜しい。

「なら、決定だな」

 大神の言葉を合図に、皆それぞれに銃を抜く。銃を持たないトゥリムもまた、履いていたスキー板を手にし、迎撃に備えんとした。敵意を察し、唸りをあげる母クマと、これから起こることを知りえぬ子グマ。その瞳に映る初めての”ニンゲン”。それは、彼らにとっての死神だったのかもしれない。


 ‥‥‥‥

「‥‥よし、これくらいでいいだろう」

 うずたかく積まれた白い雪。その内側はわずかに朱を帯びている。大神は今後のことも考え、屠ったシロクマの毛皮と肉を事前に学んだ方法で捌き、不要な分は土へ、雪と氷の大地と返した。それは、余計な荷物は重荷となるという理由だけでなく、血の臭いが別の飢えた野生動物を引き寄せてしまうかもしれなかったから。

「テント、できたのです」

 シロクマとの遭遇もあり、すでに日没も近い。時間も鑑みて一行は1日目のキャンプをそこに張ることとし、大神が毛皮と肉に悪戦苦闘している中、他4名がテントの設営を終えた。テントは3つ。それは鯨井の提案だ。1つは男性用、1つは女性用。そしてもう1つは

「トイレですか?」
「気にしないのであればそれで構わない」

 そうぶっきらぼうに答えながらも、若い男女の混合パーティー故の気遣い・ストレスに対し配慮するあたりは、寮を管理する彼女だからこその視点だっただろう。無事テントの設営も終え、一行は1日目の行軍を終えた。大神は試しに加熱したシロクマの肉を試食したのち、過去の恨みを晴らすかのようにとても楽しそうな笑みを浮かべながら、嫌がる春夏秋冬の口へと押し込む。最初は「ふぇぇぇ!」と涙を浮かべる春夏秋冬だったが、シュールストレミングのようなものを想像していたのだろうか。食べてみれば、お世辞にもおいしいとは言えないものの、さほど苦でもなく。貴重なタンパク源、結局2人で数切れの肉を消化した。他の3人はまずは配給されたもので凌ぐと、食事を辞退した。


 ‥‥事件はその夜起こった。

「うぅ‥‥うげぇ‥‥」

 呻く声に目を覚ませば、蒼白な顔で腹部を押さえる春夏秋冬。何事かと声をかければ、その場で嘔吐を繰り返す。その様子にトゥリムが大神の様子を確認すると、彼もまた自身のテントの中で同様の症状に苦しんでいた。2人の症状は下痢と腹痛、嘔吐。それらから想定されたもの。それは

「食中毒、でありますか」
「その可能性が高い、と思う」

 大神はたしかにサバイバルに必要な動物の狩り方、捌き方の知識は学んでいた。しかし、その肉が安全かどうか、その知識を持っていなかった。シロクマの肉は寄生虫が集っている場合が多い、危険な食物。結果、摂取した2名がこのような症状を引き起こしてしまった。蘇生術を持つトゥリムも、怪我であれば何とでもできようものの、病気に対しては自分の無力さを痛感することしかできない。なんとか脱水を起こさぬよう水の摂取を促すが、口にすればそれが呼び水となり激しい腹痛と下痢を引き起こす。

 いち早く決断したのは、鯨井だった。


 ‥‥‥‥

 厚い雲。舞い降る雪の中、飛び去る高速艇を見送る3人。

「出発しよう。大分時間をロスしてしまった」

 2人を欠いた彼ら。それでも、進まなくてはならない。鯨井の瞳の炎は色あせず、むしろより一層強くなっている。脱落した2人の分も証明しなければいけないから。
 





「そうですか‥‥お気をつけて」

 3日目の朝。鯨井からの定時連絡を受けたモココは独りテントの中で身を縮めていた。2人の脱落の知らせを聞いたのは昨日のこと。驚きながらも、それでも彼女にできるのは、ただひたすら前へ進むことだけ。ルートを変えたことで増えた起伏。元々制限された荷物を厳選し、ビニール袋とロープで簡易リュックを作り、モココは歩みを続けていた。残りの3人もモココ同様、体勢を立て直し一路東へと向かっているらしい。しかし、昨晩からのブリザードがその足を止める。

「‥‥このまま、やまないのかな」

 独りでいると、嫌なことばかりが頭をよぎる。何も考えないようにしよう。そう思っていても、寒さと疲労が気持ちを責めたて、耳に届く吹き荒ぶ吹雪の音が心の波をさざめかせる。一度起こった波はうねり、大きく。届かなかった言葉が心の中で反響し、痛みを増していく。

 ――私達の側に来てください。

 投げかけた言葉に、けれど彼女は応えてはくれなかった。伸ばした手は空を切り、握った拳に彼女を止めるだけの力もなく。

 ――見損なったわ。

 あの時、彼女のその言葉が胸に突き刺さった。けれど、今思い返せば、その言葉の裏に秘められた思いを感じられる気がする。見損なったということは、彼女は自分に、何かを求めていたのでは? だからあの時、彼女は自分たちへヒントを残したのでは? 

その答えはわからない。だからこそ今はただ、それに応えるだけの強さが欲しい。

 ――お前は一人じゃない!

 あの時、そう言ってくれた仲間。自分には、憧れとする人がいる。何よりも、心の支えになってくれる人がいる。その人たちの顔を思い浮かべると、自然と心のざわめきが安らいでいくのがわかる。そういえばもうすぐバレンタイン。この試験が終わったら、チョコレートを贈ってみようかな。作ったことはないけれど、手作りに挑戦してみるのもいいかもしれない。そんなことを想像すると、思わず笑みも零れだす。気がつけば、外の風の音も気にならなくなっていた。
 あぁ、今夜はよく眠れそうだ。





 ‥‥‥‥

 期限となる4日目の昼。昨夜までの吹雪はやみ、雲の切れ間からうっすらと日の光も差し込む中。ゴッドホープ入口の監視役が認めた人影は1つ。
 受験者たちの到着を入口で待っていた初老の試験官は、変わらない厳しい表情のまま、疲労の色濃い少女を出迎えた。

「おめでとう。君が一番の合格者だ」

 差し出された手をとれば、モココの手同様、試験官の手も冷たく。それでも、手を通じ感じられる数日ぶりの他人の体温。モココはやっと試験が終わったことを実感し、息を吐く。

「独りで臨む。その選択が正しいか間違っているか。その答えはない。だが君は為そうとし、それを成し遂げた。成し遂げた自分を、認めてあげなさい」

 そういうと、試験官は衛兵にモココを奥へと誘導させ、自らはその場に留まった。残り3名の受験生の到着を待ち。
 3名が到着したのは、それから数時間が経ち、周囲がすでに闇に包まれた頃。人工的な明かりが迎える中、まず姿を見せたのは美紅。時間が迫っていたためだろう。体力に余裕のある彼女が一人先行し、残り2名の無事を伝えに現れた。美紅に続き、鯨井、トゥリムの2名も闇の中、ゴールへとたどり着いた。

「覚醒なしでも生き残る術はある。そのことを忘れるな」

 ――覚醒無しで、どこまでやれるか試してみたい。

 それは、トゥリムが出立時に語った意思。
 慣れないスキーで3日間歩き通し、足は棒。お腹もペコペコ。それでも、試験官から投げかけられる労いと思しき言葉にトゥリムはホッと安堵する。衛兵が預かっていた盾を持ってくると、先ほどまでの疲れはどこへやら。一直線に愛しの盾へと向かっていった。そんな少女の様子を見送ると、試験官はその場に残った最後の一人へと向き直る。
 
「さて‥‥あの時の言葉の真意、聴かせてはくれないか?」

 初老の試験官は、目の前の眼帯をした少女の瞳を正面から見据える。厳格な試験官の瞳。けれど鯨井は気押されることなく、静かにその口を開く。
 
「エリック。マルティナ。皆川。アデライデ」
「‥‥?」

 少女が口にしたのは、出立前、試験官が名前を挙げた4人の学生たちの名前。鯨井は懐から幾枚ものメモを取り出す。それは彼女が、試験官の言葉を一言一句漏らさず書き抜いたもの。その中の4枚。彼らの名前が書き記されたものを抜き去ると、荷物からマッチを取り出し

「‥‥‥‥」

 試験官が見据える中、炎に包まれたメモは灰となり、風とともに空へと霧散した。鯨井は表情を変えることなく、試験官の顔を見返している。

「どういうことかな?」
「僕達は強い。彼らとは違う」

 そう一言言い残すと、鯨井はその場を後にする。その語気には、どこか怒気が含まれていたような気がするが、はたして。歩き去る少女の背中を見送りながら、試験官は2日前のやり取りを思い出す。
 傷病者2名を回収し、高速艇で飛び立つ時のこと。さっそく脱落者が出たことに、どこか落胆の感情すら抱いていた。これが実際の遭難現場であれば、2名の死者が出たということ。けれどこれは試験。2名の受験生を死なせずに済む選択をした鯨井へ労いの言葉を伝えようとしてみれば、向けられたのは睨みつけるかのような視線。片目の少女が放った言葉が、再び蘇る。

 ――僕達は証明する。貴方を呪縛から解き放つ。

(あの時の言葉にも、瞳にも、先ほどと同じモノが秘められていたな‥‥)

 ぶつけられたのは、若者の強さと怒り。ふっと、厳格な試験官の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。空を見上げれば雲はすっかりと晴れ、星が瞬いていた。
 

 合格者4名。脱落者2名。死者0名。以上にて、今回の試験を終了とする。