タイトル:【GR】灯火【AS】マスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/19 23:32

●オープニング本文


 吹雪くグリーンランド。
 保護されてから半年以上。保護される前も、その語も、彼らはずっとこの凍える大地にいる。
 けれど、それ以前に彼らがいた場所は、何処だったのか。

 …………

 変わらない朝。搬入口を開けると途端に吹き込む風。吸い込んだ気道の奥にまで届く冷たい空気が、吐息を白く染める。壮年の男性職員が定期便で届いた荷物を確認し、施設の中へと運びこむ。大きな箱を肩に担いで運ぶその腕は逞しく、袖を捲くったその腕には、痛々しい傷痕が覗く。

「さてさて、今日は何が届いたかしら?」

 女性職員がいつもの笑顔で男を出迎える。届いた荷物の中から食材を確認し、日持ちのするもの、しないものに分けると、さっそく今日の献立を考えていく。男は搬入作業のために、もう一度搬入口へ戻る。大事な荷物を椅子代わりにニュースペーパーを開く若い職員の頭を小突き、ニュースペーパーを奪うと、最後の荷物を運ばせる。がらんとした搬入口。運び忘れがないことを確認すると、一息。まだ外気の名残か、白い息がこぼれる。
 ふと、部下が読んでいたニュースペーパーに目を落とす。一面の文字に、男は思わず目を疑った。

 ――北米奪還。

 記事に目を落とす。そこに書き連ねられていたのは、アメリカを襲った過去の悲劇と、この度その象徴であったあの化け物、ギガワームを撃破したという知らせ。

「そうか、やったのか‥‥とうとう‥‥」  

 記事から顔を上げると自然、男の目が細くなる。遠くを見るその瞳に映るのは、在りし日のアメリカ。守るべき国。守ることができなかった星条旗。そして‥‥

「‥‥あんた?」

 男が戻ってこないのを心配して、女性職員が顔を見せる。そこで見たのは、ニュースペーパーを手に立ち尽くし、目に光るものを浮かべた夫の姿。涙なんてめったに見せることのない元軍人の夫。そんな愛する夫の姿に、妻は静かに近づき、寄り添う。自身を心配し、手に手を添える妻に、静かに笑みを向ける。手にした記事の一面。その4文字を見せると、妻の顔が驚きに代わり、そしてすぐに、笑みがこぼれる。

「‥‥よかったね」
「‥‥あぁ」

 定年まで、まだ数年あった。体力の衰えが無かったわけではない。それでも軍人として、国を守り、人を守る。その使命感は若かりし頃と変わらず、まだまだ現役で務めを果たす気概もあった。だが、それでも志願退役をし、このホスピスの職員を志願したのには、理由があった。かつて所属していたアメリカ軍。まだ新兵に毛が生えた程度の若造は、希望と自信に満ちていた。その自身を打ち砕いた、ソラからの侵略者。国を守ると約束し、同じ地に生きる仲間を守るために飛んでいた翼は何の役にも立たず、目の前の脅威から自身の身を守るための‥‥逃げるための道具にしかならなかった。
 守れなかった国。仲間。そのかつての仲間が、仲間達の家族が、未来を担うはずだった子ども達が敵として現れたという知らせ。戦争の被害者である彼らが、侵略者であるバグアに手を加えられ、さらに戦争にかりだされる。駒として。過去の自分の無力のせいで‥‥

 辛かった。許せなかった。何よりも自分が。そんな折に耳に入った、ホスピスの建設予定。その施設は、保護された彼らの収容のためのものだという。いうなれば、彼らは捕虜だ。だが、彼らもまた被害者であり、戦災を受けた者たちだ。その戦災を防ぐことができなかったのは、自分達、大人の責任だ。そう思ったら、気がつけば上司に退役願を申し出ていた。後先考えずに決めた決断に、妻は何も言わずについてきてくれた。

「これで、あの子たちが帰る場所、できたわね」

 妻が背中から、自身の身体に腕を回す。そのぬくもりに、自身の身体が外気で冷えきっていたことを知らされる。身体の向きを変え、こんな極寒の地までついてきてくれた妻を、優しく抱きしめ返す。妻は笑顔のまま。いつも、その笑顔に助けられた。自分は古臭い人間だ。不器用で、これまで大事なことも言葉にせずにいたと思う。それでも、何も言わずに寄り添ってくれたこの女性を、とても愛おしく思う。
 
「‥‥ねぇ、まだアメリカには帰れないけれど、せめてあの頃のことを思い出してみない?」
「?」


 ‥‥‥‥


「きゃんぷふぁいやぁ?」

 間の抜けた声で依頼概要を復唱する男。

「戦勝祝いかなんかか? それにしたって、これ、場所間違ってるんじゃないのか?」

 たしかに。ゼオンジハイドのシェアト撃破に加え、長く苦しめられてきたアメリカのギガワーム『ビッグワン』の撃墜は、人類の悲願だった。それ故、軍からは通常よりも多額の報酬が傭兵へと支払われ、まだ事後の処理は残ってはいるものの、中将自ら作戦の労を労う声明も発表していた。だが、今回の依頼元は、そのアメリカではなく、グリーンランド。

「いいえ、間違いじゃないわ。最近グリーンランドに建設されたホスピス。そこの職員からの依頼よ」
「ホスピス、って‥‥あそこに収容されてるのは、ハーモニウムの連中だろ?」

 オペレーターが説明を加えると、ホスピスという言葉に途端、男の表情が険しくなる。この男もまた、強化人間、ハーモニウムに対し、少なからず思うところがあるのだろう。そういう人間は、傭兵の中にも、ましてや軍や一般人の中にも少なくない。

「正確には、セカンド。『ハーモニウム・セカンド』と呼ばれている子たちみたいね。強化や記憶操作なんかをされたものの、戦闘訓練を受ける前に捨てられ、保護された子達だそうよ」
「‥‥それにしたって、なぁ」

 納得がいかない。そんな男の様子に、オペレーターは一度紫煙を吐くと、もう一言、言葉を加える。

「知ってるかしら? ハーモニウムの子達は元々、メトロポリタンX陥落の時に占領されて、人類から棄てられた北米軍学校の生徒たちだって話」
「‥‥‥‥」

「依頼を受ける受けないは自由よ。別に、直接その子たちの相手をしろって訳じゃないみたいだし、依頼主はあくまでそこの職員みたいね。元アメリカ軍人らしいし、単純に戦勝祝いをしたいだけかもしれないわ」

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
水無月 湧輝(gb4056
23歳・♂・HA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
綾河 零音(gb9784
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

 昼間だというのに空は厚い雲に覆われ、吹き荒ぶ風は冷たい。白い世界にぽっかりと浮かぶその施設は無機質で、孤立した地の中で、その厚い壁がさらに外界との隔絶を感じさせる。そんな中、ふと垣間見える人のぬくもり。それを向けるのは元軍属や研究職の職員たち。向けられるのは人類の敵の捕虜、セカンド・ハーモニウムたち。

「アメリカの戦勝を祝うのに、ここでキャンプファイヤーを催すのは、ある意味感慨深いのかしらね」

 百地・悠季(ga8270)が話す通り。依頼概要では、あくまでも大規模作戦の戦勝祝い。そう記されていたが、依頼人である元米国軍人の夫婦の話を聞くに、それ以外の意図も感じられる。夫婦が視線を向ける先。その厚い壁の向こうにいるのは、かつて自分達が守れなかった次の世代。

「‥‥彼らのために‥‥か。まぁ、物好きと言われても仕方ないだろうに‥‥」

 零す水無月 湧輝(gb4056)の言葉には嫌悪や侮蔑といった感情の色はなく。それが分かるからこそ、依頼人も苦笑こそすれど、肯定も否定も、あえて言葉を続けることはしない。そんな様子に、傭兵達も特に言及することはない。何のためかは、自分達がきめることではない。

「とりあえず、伐れる木がありそうな場所、教えてもらえるかな?」
 
 地図を手に赤崎羽矢子(gb2140)がおおよその目的地を確認する。その横で夢守 ルキア(gb9436)も方位磁石で現在地と目的地の位置関係を確認する。グリーンランドは起伏も少なく、ただただ白い平原が続く土地。闇雲に走っては効率も悪く、最悪、迷ってしまうことだってありえる。依頼主は目的地に加え、氷が薄い地域も地図に追記していった。進む出発の支度。伐採のための道具や防寒具、乗り物、燃料の確認をする中、ふと終夜・無月(ga3084)の視界に、依頼主の妻へと声をかける綾河 零音(gb9784)の姿が映る。手にする大きな袋を渡す綾河。しきりに「まだ中は見ちゃダメ」と繰り返す。揺れるたびガシャガシャと鳴るその袋に、その中身が何か、彼女が何をしようとしているのかを察する終夜。荷物を渡すのは後にしよう。そう思い立ち去る彼の歩みに合わせて鳴る、肩にかけられた麻袋のシャンシャンという歌声。音は吹雪く雪に吸い込まれ、同じことを考えた人がいたなんてそんなこと、綾河はまだ知ることもなく。綾河だけでなく、終夜もまた然り。参加者が皆、互いに同じようなことを考えているだなんてこと。
 終夜か、綾河か。あるいは他の誰かからだったか。それは移動中、誰とはなく言い出したこと。

 ――クリスマスツリーをつくってあげたい。

 依頼を受けた意図はそれぞれ。けれど、反対する者はなく。白む無音の世界を西へ西へと、3台のスノーモービルが走る。


● 

 産後2ヶ月。産前の休暇もありまだまだ完調とはいえない百地は、施設に近い区域でいくつか目ぼしい林を抜けたところでモービルを止め、他の2台を見送る。同乗していた綾河が獅子の咆哮を響かせた後、大振りなものを探し歩き回る中、百地は風雪に折れ落ちた枝幹を拾い集める。共に見た目は10代後半。だがその実片方は一度巣と家族を失った後、今新たな止まり木に巣を構え、雛を育てながら伴侶の帰りを待つ母鳥に。もう一方は、自分よりも数倍強大な雄鳥を求め、兄弟の待つ巣から巣立とうとする、雛鳥と成鳥の狭間で揺れる雌鳥に。立場を違う同年代の綾河を眺める百地の目に宿るのは、母性の色か。周囲の枝幹を拾い終え、小休止。身体を冷やさないようコーンポタージュで暖をとれば、ちょうど綾河が木を抱え戻ってきた。覚醒しているとはいえ、肩に抱える木の量はその身体に不釣合いな量。

「頑張りすぎるともたないわよ」

 木をソリに積み、ロープで固定する。ふぅと一息。金色に染まっていた髪が元の黒へと戻る。百地に差し出されたポタージュを受け取る。温もりが手を伝わり、今まで忘れていた寒さを思い出させる。吐く息は白く、その息を吐く綾河の頬は寒さに紅く染まっている。綾河は熱いポタージュを一息に飲み干す。手袋越しでは分からなかったが思ったよりも熱かったようで、思わず咽喉元を撫でる。けれど、すぐに百地へカップをつき返す。

「‥‥鐘学入っても勉強はさっぱり出来るようにならなかったけどさ。あの子達のこととか、あの子達に何ができるかってコト、いっぱい教えてもらった。数字での成績より、そっちの方が大事じゃない?」
 
 歳が近い。それだけではなく、彼女の持つ縁、過去に出会ったハーモニウムとの、あるいは彼らに手を伸ばそうとしたカンパネラ学園の教師との出会いが彼女を突き動かすのか。それにしても、その心同様、よほど熱かったのだろう。ちょっぴり涙目で語るその様子はどこか微笑ましい。百地もまた同じ。本来であれば学校に通っていてもおかしくない年齢。学園の授業を聴講したこともあれば、壁の中の彼らの仲間に顔を知る者もいる。無言でカップを受け取ると、手早く荷物をまとめ、モービルのエンジンをかける。

「そうねえ。それじゃ、もう一頑張りするわよ」
「あ、来るときに見たあの木とか、ツリーにいいかも!」

 地表に敷き詰められた雪の絨毯を舞い上げ走り往く帰り道。まだまだソリには空きがある。もう少し。もう一頑張り。



 それは錯覚か。一般人には深々と降る雪と氷、それだけ。白一色の無音の風景。けれど確かに響いた、空間を裂く音。数本の木が疎らに立つ林に、風が吹いた。おそらく木自身、自らの身体が2つに分かれたことに気づいたのはその身が重心を失い、地がその視界に迫ってからだっただろう。数本の木が倒れ、静寂が破られる。轟音に包まれ、舞い上がる雪に白む視界。その中に佇む影は一見細く、その女性的なシルエット故、どこか儚げに。否。その手にする身の丈程の輝く大剣は、その背に浮かび上がる狼は雄々しく、力強く。神聖を超え畏怖を与えるその佇まいは、この北欧の地の住人が見れば、あまりにも有名な神話上の化け物を想起させたかもしれない。一度、大きく白い息を吐くと、終夜は剣を地に突き立て、静かに目を伏せる。胸の前で合わせた手は、今自らがその成長を刈り取った木々への懺悔か、新たな芽吹きへの祈りか。と、

 ――――ッ

 舞い上がる雪。吹き抜ける風。地に着きたてられた剣はいつのまにか抜き放たれ、持ち主の手によって振り抜かれている。足元に崩れ落ちたのは‥‥ただの雪。

「うー、やっぱりみかがみ君には当たらないかー」
「‥‥いたずら‥‥ですか‥‥?」 

 笑顔でおどけてみせる夢守。手には雪玉がもう1つ。えい、ともう一度。けれどその雪玉はひどく弱々しく。終夜の肩に当たると、静かに崩れ、白い後を残す。あたったあたったと喜ぶ夢守。白く染まった肩を軽く払うと、目の前の少女を不思議そうに見る終夜。

「先ほどから‥‥何故覚醒しないのですか‥‥?」
「ん?」

 自らの問いに一度、わざとらしくくるりと回り、ぴょんぴょんと跳ねる少女。覚醒するでもなく、むしろ非力な、まるで一般人かのようなその動作。彼女はいったい何をしたいのか。

「雪を見ると、対人傭兵時代に埋められた記憶がよみがえるー」

 話しながら、今度は近くの木の幹を両手でぽんぽんと確かめるように叩く。頭上を見上げるが、残念。その細い幹では、木登りはムリそうだ。

「それが、何か‥‥?」

 訝しげに目の前の少女の奇行を眺める終夜。けれど、少女はそれに答えることなく、いつもと変わらない笑顔で、鼻歌を歌いながら足取り軽く、小枝を拾って回る。ソレをソリに積むと、近くの雪で雪だるまを作って遊びだす。答えは得られない。それを察し、終夜も特別言葉を続けることはせず。散らばる木々を軽々と持ち上げると、次々にソリへと積み、それが終わると、すでに夢守が待つモービルの運転席へと戻り、キーを回す。

「戻ろう‥‥」

 覚醒が解かれオーラの消えた終夜の言葉に、夢守が笑顔のまま頷く。間もなく、タイムリミット。




 最も離れた箇所へ伐採に向かっていた終夜と夢守が施設へとたどり着いた頃には既に雪はやみ、厚い雲のカーテンの隙間から、うっすらと星空が浮かんでいた。

「遅かったな」

 緩やかな弦の音と共にかけられる出迎えの声。赤い外套の水無月が中庭の入り口で静かに、確かめるように、その弦を震わせる。すでに搬入された木材は先に戻ってきた彼らと依頼主によって組まれ、中庭には途中までくみ上げられたキャンプファイヤーの姿があった。その周りには、用意していたのだろうか。サンタ服の赤崎がぬいぐるみやリースを慌しく運んでいる。運ぶ先、立てられた1本の木。それはグリーンランドという立地上、お世辞にも立派とはいえないモノではあった。けれど、飾り付けられたその姿は紛れもない、クリスマスツリーそのもの。ツリーの足元に広げられた麻袋、それは綾河と、そして終夜が持参したもの。女性陣が飾りつけを続ける中、運び込まれた木々を男性陣が依頼主と一緒に組上げていく。簡素ながら、高く、高く詰まれる木。静寂の中に響く剪定の音。木を組み上げる音は、光景は、外部のカメラを通じ施設の中のスクリーンにも映される。スクリーンの前に集まるのは、職員ばかり。けれどその中にぽつり、ぽつり。幼い外見の男女が混ざる‥‥




 陽が姿を消し、うっすらと見えていただけの星空が、夜の空に明るく瞬く頃。

「はいはーい。ちょっと早いけどプレゼントだよ。本番はもっといいものあげるから、いい子にしてるんだよー?」

 設置されたカメラに向かい手を振り大きな声で言葉を送る赤崎。それじゃ、と周囲を見渡す。組み木の下に待機する依頼主が、頷く。

「1、2、3‥‥ファイヤーーー!!」

 赤崎の声と共に、小さな火が点される。火は見る見る赤く、大きくなり、組まれた木々の高さを越え、1つの柱となる。燃え上がるその輝きが組み木の隙間からチラチラと揺れる様は、思わず言葉を失う様。事前に赤崎が集めた木材を乾いたものと湿ったものに分け、湿ったものも傭兵達が細かく処理することで火種となり、この極寒の地にも負けない炎が生まれた。
 静寂の闇に浮かぶ炎は、人の心を躍らせる。

 ――‥‥彼らのために‥‥か。まぁ、物好きと言われても仕方ないだろうに‥‥

 そう語ったのは水無月自身。だが、

「‥‥俺はもとより、物好きだからな。敵対せずに、歌を聴いてくれる人間は、すべからくお客様さ。聴く人間には満足を‥‥。お代はご清聴といったところか」

 静かだった水無月の調べが除々に陽気なものに、時に情熱的なものへと変わり、周囲をアップテンポな空気が包む。合わせてハーモニカを奏でる夢守、声を張って歌い踊る赤崎の様子に、ラテンの血が騒いだのか。

「クリスマスだもん、これくらい良いでしょ?」

 寒さなんてどこへやら。上着を脱ぎ赤崎と共に踊りだす綾河。依頼主の奥さんの手も取り、列に引き込む。そんな賑やかな様子を眺めながら、依頼主は静かに薪をくべる。

「炎は全てを奪いもするが‥‥人の心を癒しもする‥‥」
「‥‥そうだな」

 依頼主の妻の料理を運ぶ手伝いをしていた終夜も足を止め、空を赤く染める炎を、目を細め眺める。この白い大地には不釣合いなそれも、きっとそれを見る誰かの心を癒すのだろう。依頼主が思い出すのは、あの日の戦火。その手にするのは、

「それは?」

 元気な輪の中に混じることなく、静かに炎を眺めていた百地がふと気づく、依頼主が手にする、古ぼけた制服。

「‥‥あの子たちが着ていたモノだ」

 所々汚れ、擦り切れ、焼け焦げた北米軍学校の校証。彼らの、国を守るという情熱と希望、汗と涙、そして、絶望の象徴。

「あんた‥‥」

 踊りつかれた依頼主の妻が、静かに夫に寄り添う。妻の顔を見る夫。何も言わず、ただゆっくりと頷く妻。それを受け、彼は静かに、手にした古びた制服を、火の中に入れた。

「あの子たちにとっては、人であった頃の思い出かもしれないわよねえ」

 蔑みでも、否定でもない。ただ、「本当にいいのか」、そんな確認の言葉。そんな百地の言葉に、依頼主は振り返ることもなく。ただ静かに、炎を、炎の中で燃えていく制服を見つめる。

「けれど、もう、あの子たちがこれを着る必要はないんだ‥‥国のために犠牲になることは‥‥」
「そうね‥‥あの子達が再び武器を取ることを強制されることがないことを願って」

 赤崎の言葉は、皆の願い。気がつけば、弦の音はいつの間にか静かで優しいソレとなり、周囲を包み込む。そんな周囲の様子に、言葉に、百地が思い浮かべるのは、まだ首もすわらない愛しい我が子の温もり。

「願わくばこういう悲劇が娘にも訪れて欲しくない処ねえ」
「まったくね」

 百地の言葉に母親仲間と察したか、夫の肩に優しく手を回す妻が、笑顔でウィンクをした。クスクスと笑い声が響く。そんな様子を、壁の中の彼らはカメラ越しに、一体どんな気持ちで眺めているのか‥‥


 ‥‥‥‥

「ねぇねぇみかがみ君、ちょっと肩車してよ」
「ん‥‥? えぇ、いいですよ‥‥」

 キャンプファイヤーの火もその激しさを潜め、そろそろ終わりが近づいた頃。終夜に声をかける夢守。終夜の肩を借りると、彼に教わりながら作った折り紙のガチョウ‥‥ではなくツルをツリーの上へと飾っていく。そしてそのまま精一杯背伸びをし、腕を伸ばす。ポケットから取り出したのは、星の首飾り。星が飾られたツリーは、炎の赤に照らされながらよりいっそうツリーらしく。その様子を笑顔で、満足そうにウンウンと頷きながら眺める夢守。

「ツリーの星は命の、セカイの始まり」
「‥‥? ‥‥」

 呟く夢守に、けれど終夜は何も言わず、そのまま肩車を続けてあげる。彼女には、彼女の世界がある。それを知るが故。夢守もまた綾河や百地と同様、壁の向こうの彼ら、その仲間の一人との縁を持つ。その絆のため。彼女は今日、ここに来た。

 ――雪を見ると、対人傭兵時代に埋められた記憶がよみがえる

 この世界は理不尽で、人は望む望まないに関わらず、理不尽に戦火に巻き込まれる。けれど戦火に泣くより、生きて幸福を感じて、“セカイ”を感じる。この星は、そのためのプレゼント。この自分が好きな“セカイ”に存在する、自分が好きなあの子と、その友達に贈る‥‥

「わぁ‥‥」

 空を見上げれば、地上の赤の炎とは対照的に。緑に、青に、揺らぎ輝くオーロラが彼らの頭上に広がる。炎は争いの赤から再生の赤へと変わり、秩序の青、平和の緑へと‥‥

 静寂な白の世界を包む光。月夜に佇む白の居城で、彼らは今一時争いを忘れ。失った遠い記憶。かつての故郷。目の前の光景に、その閉ざされた鍵は開いたのか、それは分からない。それでもいつか。この壁の向こうへ。かつて争いを知らず過ごした平穏の日々へ戻れる。そんな夢を願っても、いいんじゃないだろうか。

『クリスマスだもん、これくらい良いでしょ?』

 ‥‥ね?