タイトル:【AS】疎開マスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/22 23:31

●オープニング本文


「‥‥なぁ」

「――♪」

「‥‥なぁ、おい!」

「――‥‥んぁ? どうしたっぺ?」

 その間延びした返答に、思わず傭兵は肩を落とした。


 アメリカのとある街道沿い。
 そこをゆっくりと進む、一塊の集団。
 牛、牛、牛。
 
 それはとある酪農家からの依頼だった。

『戦争はおっかねぇだよぉ。おらの大事な、めんこい牛っこたちを避難させるの、手伝ってくんろー』

 アメリカ東部で展開される大規模な攻防戦。依頼主は大事な牛たちを連れて、戦火から逃れようと考えたのだそうだ。
 依頼内容はその護送。依頼を請け負った傭兵たちは、てっきり車での護送かと思っていた。
 だが、現実は違った。
 出立前、依頼主が告げた一言。

『あ、すまねぇけんども、車は逝かれちまって使えんだで、街道沿いを歩いてくけんど、まんず、よろしく頼むでよぉ』

 まさに寝耳に水とはこのことだった。
 
「‥‥どれくらい進んだのかしら‥‥」

 比較的気候の安定した11月。とはいえ、牛の足並みに合わせて歩くのは、かえって疲れるもので。
 加えて、この臭い。いわゆる『落し物』の臭いが、女性傭兵にはかなりのダメージだった。
 戦場でドロや血にまみれているというのに、意外なものである。

「もう少しで給水所に着くだで。そったら、ジャクリーンのミルクさ飲ませてやっぺよぉ。うんめぇどぉ」

 マイペースに歩く牛の背を優しくさすりながら、依頼主のおじさんが女性傭兵をニカッっと笑顔で労う。ちなみに、ジャクリーンとは今年一番の器量持ちで、一番ミルクを出す牝牛だそうで。
 ふんふふーんと鼻歌交じりに歩く依頼主と、道草を食べながらゆっくりと進む牛の群れを眺め、傭兵たちは旅の先が思いやられるのだった。

 まさか、3日もかかる旅だとは。

●参加者一覧

ユナユナ(ga8508
16歳・♀・DF
エメラルド・イーグル(ga8650
22歳・♀・EP
緋沼 藍騎(gb2831
18歳・♂・DG
クゥオーター(gb9452
20歳・♀・SF
Nike(gb9556
10歳・♀・SF
音羽 深雪(gc0086
16歳・♀・SN
アセリア・グレーデン(gc0185
21歳・♀・AA
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

 一日目、出立数時間後。
「のんびりした依頼ですね」
 AU−KVを止め、後ろを振り返る。牛たちが近づいたらまた走り出す。その繰り返し。これまで大きな戦場にばかり身をおいていた緋沼 藍騎(gb2831)にとって、こういった依頼はなかなかに新鮮なものだ。
「あちらもお変わりないようです」
 双眼鏡と無線で後方を確認するエメラルド・イーグル(ga8650)にとっても、傭兵としては久しぶりの依頼。大規模な作戦が通達されれば、仲間と共に戦場へと舞い戻ってはいた。けれどこの2年、自分の知らない世界を見て周り、学びを深め、心身を癒していた彼女。そんな彼女がこの仕事を受けた理由は、その身を包むメイド服の思い出。
 エメラルドの後部座席に座る大神 哉目(gc7784)は周囲に視線を向けるが、特に異常はない。思いのほかのんびりした時間に、思い浮かぶのは「牛乳飲み放題」の言葉。
「はやく飲みたい」
「あと少し進んだら、先に野営の準備を始めましょうか」
 そう話ながら、緋沼が再び休めていたAU−KVのエンジンを唸らせる。2台のバイクはまた走り出す。

 そんな大神が心待ちにしている牛乳の生みの親たちは、のんびりと道草に興じていた。
「いんやぁ、お天道様もご機嫌で、いーぃ日和だべなぁ」
 鼻歌交じりに歩く依頼主を他所に、ユナユナ(ga8508)は用意してもらった牛たちのリストを手に、はぐれた牛がいないか確認していく。
 臭いにも慣れふと息を吐き周囲を見渡せば、クゥオーター(gb9452)の視界に広がるのは、戦争なんて感じさせないのんびりした空間と時間。暇を見ては世界を旅してきたが、こういう何気ない時間にも、物語のアイデアが浮かぶことがある。
 牛を愛でるNike(gb9556)が、その赤いトレンチコートを牛にかじられそうになり「ぎにゃーーーっ!!」と声を上げている様子を、音羽 深雪(gc0086)が微笑ましく眺める。実戦の敷居を高く感じていた彼女も、この長閑な雰囲気に肩の力が適度に抜けているようだ。
 そうして何事もなく進む一行を道路から眺めるアセリア・グレーデン(gc0185)。約10ヶ月ぶりの依頼とはいえ、この10ヶ月、やってきたことはこの依頼と大差ないことばかり。それでも、この牛の歩みと同じようにゆっくりと流れる時間は少し、久しぶりかもしれない。
「‥‥のんびりやりますか。たまには悪くない」
 遠ざかる牛たちを見やり、後方を一度確認すると、再びバイクを走らせる。日暮れまで、もう間もなく。


 薄暗くなった平野に身を寄せ合い、夜の寒さを凌ごうとする牛たち。その心穏やかに眠りにつく様子に安心した依頼主も、テントの中ですっかり夢の中だ。火の番をする緋沼の横で横になるアセリアも、職業柄いつでも動けるよう頭の一部は起きているのだろうが、小さく寝息を立てている。エメラルドが持参したポットセットで紅茶を入れる。良い香りが辺りに広がると、見回りをしていたユナユナとNikeも香りに引き寄せられて焚き火へと戻ってくる。近くの牛の背を優しく撫でながら、ほっと一息。交代でエメラルドが周囲を一回りして戻ってきた頃には日付も変わり、テントの中からメンバーが交代で出てきていた。日中バイクを走らせていたメンバーは疲労回復のためにも、早々に眠りに入る。休むべきときに休むのも、傭兵の仕事の1つだ。その後もアセリアが火の番をする中、クゥオーターに音羽、大神が交代で見回りをする。聞こえるのは牛たちの寝息だけ。静かな時間。穏やかな空間。一日目の夜が、何事もなく過ぎていく。
 
 

 2日目の朝。バイク組がエンジンを温める中。その朝はずいぶんと賑やかだった。
「今年一番の‥‥ミルク‥‥楽しみです‥‥」
「おどろくでねぇどー。ジャクリーンのミルクさ飲んだら、もう他のなんて、飲めねぐなっちまうでよーぅ」
 出立前、依頼主の手伝いで乳搾りを手伝う女性陣。
 中でも熱心なのはユナユナと大神だった。移動中なため、絞ったミルクの大半は捨てるしかない。だからこそ、絞りたてをいくら飲んでもかまわない。一口口にすれば、市販の牛乳とはまるで違う濃厚な味が口いっぱいに広がる。
「搾りたては‥‥お店の物とは‥‥違いますね‥‥愛が詰まってますね‥‥」
「おかわり」
 じっくりと堪能するユナユナを他所に、大神は黙々とミルクを絞っては口に運ぶ。彼女が依頼に参加した動機はこれなのだから、仕方の無いことだろう。その様子に、ユナユナの目の色も変わる。
「私も‥‥モ〜1杯‥‥おかわりです‥‥」
 もはや絞る手間も煩わしいか。直接ジャクリーンの乳に口をつけようとしたところを、さすがに依頼主に諌められ、我に返るのだった。
「れっつごーフェルナンデス、全力疾走ですよー」
 そうやって乳搾りをしている中、気がつけばNikeが一頭の牛の背によじよじとのぼり、びしっ!っと前を指差していたり。乳搾りを通じて牛も少し懐いたようで抵抗する様子はなく、微笑ましい光景。もちろん、その牝牛がフェルナンデスという名前であるわけはないのだが。
「牛達も、そんなにストレスになっていないようで、よかったですね」
「んだんだぁ。だども、こったら可愛い娘っ子たちばっかり集まったんじゃ、嫉妬しちまうかもしんねぇなぁー」
 牛達のリラックスした様子に安心し、依頼主へと声をかける音羽。今日もこれから長い行程が待っているが、依頼主の顔にも、笑顔が耐えることはない。
 
「朝食代わりに、いかがです?」
 せっかくだからと、焚き火を消す前にバケットを焼いた緋沼が、それを配って歩く。女性と子どもには優しく、それをモットーとする緋沼の気遣い。もっぱらサプリメント生活のアセリアは遠慮したため、それならばとエメラルドへと差し出す。
「え? ‥‥あぁ、いただきます。ありがとうございます」
「? どうかしましたか?」
 何か考えごとでもしていたのか、一瞬反応の遅れたエメラルド。緋沼が不審に思いたずねるが、帰って来るのは昨日と変わらない、礼儀正しい、淡々とした言葉。
「いえ、なんでもございません」
 パンを受け取り、一口。カリカリに焼けた食感と、小麦の焼ける香ばしい香り。それもまた、彼女にある記憶を思い起こさせる。彼女の視線の先。牛と依頼人の、穏やかな時間。その先に見えるのは、以前に勤めた大農家での、いつもの光景か。
 

 ‥‥‥‥


 2日目の行程も、1日目と大きく変わるものではなかった。牛の足並みに合わせ、ゆっくり、ゆっくりと進むだけ。望まぬ来客を除いては。

 ――――ン。

 音に気づいたのは、後方を確認しながら進んでいたアセリアだった。きた道を振り返る。そこに何が見えるではないが、何が起こったかは容易に推察できた。思い浮かぶのは、数分前にすれ違った1台のパトカー。すぐさま前方を行く仲間へと無線で伝えると、バイクから降り、地平線を見据える。
 
 ――ン。

 もう一度。今度は先ほどよりも大きく、はっきりと聞こえる。ソレは
「銃声‥‥ですね‥‥」
 後ろからかけられた声の主は、アセリアにとって意外な者だった。だが、特に言葉を返すでもなく、首肯をもって返す。アセリアと、知らせを受けて合流したユナユナ。2人の視線の先に、一台の車が猛スピードで迫り来る。その後方、晴天の空に浮かぶ3つの点。
「鳥型ですか‥‥少し厄介ですね。無理はしないように」
 そう話すアセリアの瞳からは、赤の涙が滴り落ちる。一方のユナユナの髪も普段の黒から一変、鮮やかなピンクに染まる。アセリアが自身の背よりも長い相棒を構える。視界の先で剣を構える女性に、パトカーの運転手は見覚えがあった。車外スピーカーを使って助けを求めると、それに応えるかのように目の前の女性は自分の後ろを指し示す。「先に行け、仲間がいる」、そういうことだろう。意を察し通過するパトカー。アセリアは近づく3つの影から目を離すことはない。ユナユナも、言葉無く見つめる。
 3匹のキメラは逃げる獲物から、目の前の獲物へと狙いを変え、飛来する。「なぜ逃げないのか」、それを判断するだけの知能が、キメラ達には無かった。それが彼らにとっての不幸だった。迫る3匹。だが、

 ――シャン、シャン

 ユナユナが錫杖を鳴らせば、途端、強力な電磁波がその動きを阻害する。動きの鈍った1匹の視界に、銀髪の女の顔が入る。突如、その視界の端に何かが見える。それが何であったのかが分かる間もなく視界は上転し、首を両断された1匹は地に落ちる。なんとか回避した1匹が、剣を振り切ったアセリアの背へと飛び掛る。だが、その動きはすでにユナユナの攻撃で鈍っている。アセリアは迷わず剣を振り抜いた遠心力に身を預け、身体を反転させる。そして突き出された嘴を、左手で弾く。

 ――キン

 響く金属音。弾かれ、地へと叩きつけられたキメラ。その翼はもう一度空へと羽ばたく前に、何かに貫かれる。動きを封じられたキメラが、空を見上げる。その顔の前に広がる、金属質の手。そこから放たれた何かが鳥の視界を埋め、そして、意識を絶った。
 2匹を片付けた。アセリアが「もう1匹を」と視線を周囲へ向ければ、すでにユナユナが超機械での追撃で、鳥を地に落としていた。だが、ユナユナは攻撃の手を休めない。
「‥‥どんなに‥‥痛がっても‥‥苦しんでも‥‥許しません‥‥。全部‥‥バグアの‥‥所為です‥‥。‥‥いずれ‥‥地球上から‥‥一匹残らず‥‥殲滅して‥‥みせます‥‥」
 そう呟きながらユナユナは、すでに力なくもがく鳥へと、イアリスを突き立てる。その様子に、アセリアは先ほどまでの自身の感情を思い返し、左手に視線を落とす。その瞳からは、すでに涙は流れていない。ユナユナも、キメラが確実に死んだのを確認するとすぐにいつもの黒髪へと戻る。
「さ‥‥戻りましょう‥‥乗せてもらえますか‥‥?」
 アセリアはユナユナを乗せ、バイクを走らせた。

 
「よう兄ちゃん。女連れで旅たぁ、景気がいいな?」
 2人が後方でキメラに対応しているのと同じ頃。前方のバイク組は、厳つい男連中に絡まれていた。先ほどのパトカーが通り過ぎたのを確認して、網を張っていたのだろう。口調や風貌、行動から十中八九噂の追剥と察する3人。特に慌てることも無く、むしろ溜息交じりにバイクから降りるその様子に、怪訝な表情をする男たち。だが、その表情は一瞬にして恐怖に変わる。
 想像してみるといい。1人の女が、突然髪が白くなるのだ。いや、それだけならなにかの手品かとも思える。だが、目の前の2mを越える大男が、目の錯覚か、自分たちの目の前で見る見るその身体を縮めるのだ。そして、先ほどまで男が乗っていたバイクがいきなり変形し、縮んだ男の身体を包みだす。気がつけば、明らかに自分達が持っているちゃちな銃なんかでは相手にならないガトリングを構えた鎧姿に変貌している。それは緋沼の示威行為。その効果は絶大で、男達はすぐさま察する。「獲物を間違えた」と。
 慌てて自分達の車へと逃げ込む追剥たち。だがエンジンをかけようとすると、いきなり車体が傾く。もう訳がわからない。一人が窓から下を覗き込めば、4つのタイヤに1本ずつ、綺麗に矢が刺さっている。放ったのは、目の前のメイド。
「雑草の種を摘むのは庭師の務めですが、後続の憂いを断つ意味もありますから」 
 車は無理だと察し、怯えた1人が車を飛び出し、道をはずれ逃げようとする。だが、目の前には髪の白くなった女の姿が。
「はぁ、面倒くさいけど警察呼んであげよっか? それともこの辺にいるキメラの餌になる?」
 大神が手にするロープを見て、男は理解した。捕まるのは決まっていることだと。そして、諦めた。
 その後、追剥を捕まえた事を後方のメンバーへ伝えると、ちょうどパトカーが戻ってきたと連絡があり、彼らはそのままパトカーに連れて行ってもらうこととなった。連行される間際、お腹を鳴らした1人の男に、クゥオーターは自分が飲むようにとっておいたミルクを差し出した。
「苦しい時代だからこそ、誰もが一生懸命生きているんです。それなのに、体力のある貴方がたが、こんな事をしてどうするんですか? せっかく拾った命です。解放されたアメリカを、復興させることに尽力してください」
 おそらく自分とそう変わらない年齢の女の言葉に、男はすぐには素直になれず、「いいコぶりやがって」と吐き捨てたが、「キメラの餌にされなくて良かったな」という警官の言葉に、小さく「すまねぇ」と、言葉を濁した。その様子にどこか複雑な表情を浮かべるクゥオーターだったが、
「鉄砲玉なんかよりも、おらんとこのミルクの方がよっぽどいいべなぁ。なぁ」
 と笑顔で話しかける依頼主の言葉に、「そうですね」と、口元に小さく笑顔を浮かべ、返した。

 ‥‥‥‥


 キメラの出没するような地域だ。追剥も、自分の命が惜しいのだろう。2日目の夜も大きな襲撃はなく、時折Nikeの作ったシチューの香りに惹かれてかふらりと迷い込む野良キメラも牛達へと近づくことなく処理されていった。
 静かな夜。アセリアが1人火の番をしていると、ふと声が聞こえる。何かと思い剣に手を伸ばすが、耳を済ませれば、それは音羽の声。
「心配しないで、大丈夫だから」
 夜、中には落ち着かない牛もいる。そんな牛に、音羽は優しく声をかけて回っていた。一回りすると、音羽は持参のティーセットで紅茶を沸かす。
「絞りたて牛乳で淹れたお茶は、おいしいですよ」
 警邏の途中の一息。口に含むと、その味に思わず笑みが零れる。自分の分を一気に飲み干し物欲しそうにしている大神に、アセリアと音羽がそれぞれ自分の分のチーズを差し出す。
 一息つき、大神とクゥオーターが再び警邏に戻る。火に枯れ枝をくべるアセリア。その横で音羽がティーセットを片付けていると、1匹の牛がゆっくりと音羽に身を寄せる。寂しいのだろうか。音羽が優しく撫でると、牛は気持ちよさそうにその場に身を置く。その視線がアセリアと合う。
「アセリアさんも、いかがです?」
「私も?」  
 音羽が笑顔で促す。戸惑うアセリア。昼間のことを思い出す。覚醒した時の黒い感情。目の前で弱ったキメラに止めをさした大神。それは、自分の鏡。右手とは反対に、熱を帯びない左手を静かに見つめる。
「さぁ」
 その左手に音羽が自身の手を沿え、静かに誘う。触れる命のぬくもり。熱を失った左手越しにも感じる温かさ。牛はアセリアの手を拒絶するでなく目を伏せる。その様子に、アセリアはしばらくの間、静かに牛の身体を撫でてやる。そうして2日目の夜も更けていった。


 その後、3日目の行程もトラブルなく終えた一行。無事依頼主の友人の牧場へと到着した8人はその晩、依頼主とその友人から感謝を込めて、料理を振舞われた。喜ぶユナユナと大神。一方、Nikeは複雑な表情で依頼主の友人特製のハンバーガーやホットドッグを食べていた。