タイトル:【GR】箱庭か監獄かマスター:ユキ

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/27 22:04

●オープニング本文


●GR鉄道計画
 その計画は、カンパネラ学園の関係者を集め、チューレ基地跡を利用する形で、行われる事になった。
 残骸と化した基地は、言い換えれば資材の宝庫でもある。そして、上手い具合に空いた土地を放って置くのも勿体無いだろうと言う事で、話はまとまっていた。
 しかし、かの地にはまだ、敵も多い。
 莫大な資金のかかる事業に、極北と言う観点から工事を請け負ったのは、かつてシベリアに鉄道を通したプチロフ。
 その代表マルスコイ・ボーブルは、作業員達の安全確保を、その条件に求めた。
 さもありなんと頷いた学園側の総責任者は、ウォルター・マクスウェル卿。
 加えて、会長でもある龍堂院聖那、技術部門の責任者はキャスター・プロイセン准将と、それぞれの関係者が、それぞれの役目を持って、再び極北の地へと赴く事になる。

 グリーンランドに鉄道を。

 基地を作り、街を作り、それを結ぶ。絆と‥‥共に。




 ――――カッ、カッ、カッ

 冷えたタイルに響く、アーミーブーツの刻む規則正しい音。
 
「それにしても、ずいぶん立派な建物だなぁ。
 周囲も塀に囲まれて、中のも、こりゃ何センチあんだ? 分厚い壁だな」

 くたびれ傭兵のダビドがふらふらと歩き回っては、
 真新しい、所々まだむき出しの壁をペチペチと叩き、その冷えた感触を確かめる。
 時折、ペンキ塗りたての文字を見落として壁を触りかけて作業員に怒られては、
 ヘコヘコと頭を下げる様子が窺える。

「当然よ。キメラなんかの攻撃もそうだけど、
 中からも簡単には壊せないようにしないといけないんだから」

 前を行く女が、後ろの中年の呟きに答える。
 歩くたびにひらひらと揺れるコートの裾から覗く大柄の銃が、
 彼女もまた能力者であることを示している。
 彼女は、ダビドやその他の傭兵たちの前任者。
 3日間の滞在を終え、後任としてやってきたダビドに引継ぎの最中だ。

「へぇ、中からも、ねぇ」
「ちょっと、試したりしないでよ。私たちまで連帯責任で、報酬減額されちゃうんだから」

 皮手袋を締めなおす音にすかさず注意され、おおげさに腕を広げ、肩をすくめて見せる。

「にしても本当、なんでこんなに厳つい造りにしてんだ?
 吹雪やら寒さやらの対策にしては、仰々しすぎるだろこれ‥‥おわっ!?
 急に立ち止まるなよ! 危ないだろ、まったく‥‥あ、トイレか? 冷えるもんなぁここ」
 
 女は立ち止まり、後ろの中年の同業者へ振り返る。
 その表情は驚愕とも呆れともとれるが、
 少なくとも、デリカシーのない男に対するいい感情の表れではなかった。

「‥‥依頼概要もちゃんと見てないのね。そういう人がいると、
 私たち全体の信頼に関わるから困るわ、まったく」

 大きく息をはき、長い髪をかきあげる。
 見ようによっては悩ましいとも取れるかもしれない仕草。
 だが、頭を抱えさせる原因の男にその気はなく、悩ませている自覚もない。
 そんな様子が、余計に女の苛立ちを募らせる。

「いい? ここは、捕縛した強化人間の収容施設なの。
 だから、奴らが逃げ出したりできないように強固な造りになってるの、わかる?」

「あ、あぁ‥‥なるほど」
 
 女の凄まじい剣幕に思わず一歩下がるダビド。

「ん? でもよ、捕縛したんなら、ゴッドホープにつれてきゃいいんじゃないのか?」

 男の無知具合に、怒りも失せたか。
 女は深いため息を吐くと、再び顔にかかる髪を横へと払い、男に向き直る。

「詳しい事情はわからないわ。上の事情もあるんでしょう。でも、捕縛したって仮にも強化人間。
 ゴッドホープに収容するってことは、あえて軍の内側へ入れるってことよ。
 それなりにリスクもあるし、必要な設備とか、あるんでしょう。ただ‥‥」
「? ただ、なんだ?」

 そこで言葉を切ると、女は男に背を向け、再び歩き出す。

「‥‥強化人間なんて、殺してしまえばいいのに」
「‥‥あ゛? 今なんかいったのかー?」

 女の言葉は小さく、ダビドには聞き取れなかった。
 けれど一瞬垣間見えた表情は、どこか痛々しいものだった。
 それがどこか、ダビドには気にかかった。

「‥‥おいお姉さんよっ」
「なによ?」

 もう用はないと思ったのに、まだ何かあるのだろうか。
 ため息混じりに振り返る女の顔に、先ほど一瞬見えた色はないが、かといって、笑顔もない。 

「大事なことを言い忘れてたんだ。あのな‥‥」
「‥‥?」

 真面目な顔で女に向き直り、腰に手を当て、正面から見据える。
 だらしなさそうに見えても年長の男。真面目な顔で見られれば、思わず萎縮してしまう。
 女が怪訝そうな顔でダビドの次の言葉を待つ。
 そして‥‥

「あんまり怖い顔ばっかりしてると、皺、とれなくなるz‥‥ガッ!?」

 眉間を指差しながら口にした男の顔面に、女が投げた入館許可証がクリーンヒットした。
 ダビドがしゃがみこみ顔を抑えてると、遠ざかる足音の後に、走り去るエンジン音が聞こえた。
 あたりが静まり返った頃、「やれやれ」と立ち上がると一度首をコキコキと鳴らし、
 床に落ちた許可証を拾い上げると、ダビドは施設の中へと戻っていった。

●参加者一覧

鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD
鹿内 靖(gb9110
33歳・♂・SN
夏子(gc3500
23歳・♂・FC
明神坂 アリス(gc6119
15歳・♀・ST
玄埜(gc6715
25歳・♂・PN
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG

●リプレイ本文

●―1日目・昼

 滞在する傭兵のためにあてがわれた部屋。
 外の寒さを遮断するためか、内外からの脅威をふせぐためか。
 扉の横のカードリーダーへパスを当てると、電子音とともに扉が開く。

「あ、ダビドのおじさーーーーんっ! やっほー」
「おーぅ、どこにいるのかと思ったぜ。あいかわらずちっちゃいなぁ! 遠近法かと思った」

 先日の一件で世話になった同業者の明神坂 アリス(gc6119)に対し、
 初対面の頃からおじさん呼ばわりされていることを根に持っているのか、
 ダビドは笑顔のままに言い返す。
 ちっこい呼ばわりに明神坂の顔がみるみるムスッっと変化するが、ダビドはあえて見ないふり。

「ほい、許可証を預かってきたぞ」

 部屋に待機していた同じ任務を請け負った傭兵たちへと、前任者から請け負ったパスを配る。
 館内を自由に動くためにはこれが必要だ。
 外壁を含め各区画、各部屋の入り口にはオートロックのセキュリティーがあり、パスを通さねば通れない。

「それじゃあ、もう一度確認しましょうかね」

 中座していたダビドの帰室を受け、番場論子(gb4628)が卓上に広げられた見取り図へと目を戻す。
 それに倣い、全員が卓へと視線を移す。

 施設は分厚く、高く聳え立つ外壁に囲まれた中にある。
 外壁の上には風・雪避けの屋根に銃座。物々しい壁とを繋ぐ通路が空を覆うように中央と通じている。

「なによりもまずは不穏な輩を内部に侵入させぬことが重要だ」
「警備については一般の警備員の方が回ってくださるそうですが、
 ここからだと裏手に回るには少し時間がかかりますね」
 
 裏の家業を生業にしていた玄埜(gc6715)からすれば、守るというのは以前の仕事とは真逆のこと。
 だが、だからこそどのような事態が厄介かはよく察している。
 そして鹿内 靖(gb9110)の言うとおり、セキュリティーのために入り口を1つとしている外壁に対し、
 その外で敵の襲撃を食い止める場合、反対側からの襲撃に対してはいささか距離がある。
 飛び降りるにも、外壁もかなりの高さだ。

「‥‥とりあえず、施設の把握も兼ねて一通り見て周ろうか」

 鐘依 透(ga6282)の提案に異論はなく、一同はまず施設をみて回ることとなった。



「こんにちは! 私エレナ、3日間だけど、よろしくねっ」

 道すがら、すれ違う作業員へと挨拶をするエレナ・ミッシェル(gc7490)と鹿内。
 意外なことに、作業員の雰囲気は和やかで、多くの者が彼らに笑顔で挨拶を返した。

「んー、思ったよりも皆、温かいもんでゲスねぇ♪」

 思ったよりも。夏子(gc3500)の呟いたその言葉がどういう意味か、その真意はわからないが、
 この施設に対し何らかの思いやイメージを持つ者は彼だけではない。
 
「ほんと、ずいぶんできあがってるよねー。
 鉄道計画ってまだあちこちレール敷いてるだけだと思ってたけど、もうこういう施設とかも作り始めてるんだ」

 この施設の持つ意味。傭兵たちの言葉、顔色、空気。
 それを察しない明神坂ではないが、それでも、今は依頼の最中。
 周囲の空気を察して場の雰囲気を明るくしようと口を開く、それは彼女の育ち故か。
 そんな少女の気遣いになんとなく娘の頭を撫でるようにわしゃわしゃとするダビドと、
 急に頭を撫でられ「なにすんのさー!」と頬を膨らます明神坂。
 そんなやり取りをまた作業員たちも笑いながら眺め、施設内の雰囲気はどこか和やかだった。


 一通り施設内を回った傭兵たちは、最低限の調整を行った後、それぞれに施設の中へと散っていった。



●―1日目・夜

「いや、いい飲みっぷりじゃないか」
「いやぁ、あんたも真面目な顔して、イケル口じゃねぇか」

 作業も終わり、いつもなら夕食も済ませ明日に備えて寝床へ戻る頃。
 作業員の詰め所に響くのは、仕事を終えた作業員たちの笑い声。
 
「何、皆も毎日白い風景に灰色のコンクリートじゃ飽きるだろう?
 女性の酌ならなお良かったんだが、こっちも仕事なんでね」

 そう口にしながら持参のコスケンコルヴァを振舞う鹿内。
 元企業人の彼にとって、接待も仕事をこなす上で重要なファクターであり、スキルである。
 酒は潤滑材。良好なコミュニケーションは無用な諍いを避け、スムーズな仕事へと繋がる。
 普段の丁寧な口調とは違い、磊落で粗野な地を見せるのもまた、距離を縮めるため。

「女といえば、この間のグループはリーダーさんが偉い美人なねぇちゃんだったんだけどよ。
 いやぁこれが厳しいのなんの。こういうのはなかったからなぁ?」
「あぁ、ほんとほんと、ぎょろっぎょろ周り見てさ、怖いのなんの」

 思い出し笑う作業員たちだが、それはどこか悲しいこと。
 前任者が彼らにも厳しかった理由。それはおそらく、強化人間への悪感情によるもの。

「いや、すまないな。君たちにまで嫌な思いをさせてしまって。同業者として、謝るよ」

 だが、頭を垂れる男に向けられたのは、穏やかな笑顔。

「なに、きにするこたぁねぇよ。なぁ?」
「あぁ。人間、誰だって好き嫌いはあらぁな。まして、こんなご時世にこの土地で、こんな建物さ」

 和やかに笑い、酒を酌み交わす。
 今この場において、鹿内と作業員たちとの間に、立場の垣根は存在しなかった。
 静かな白銀の世界の中にぽつりと灯る人の灯り。
 冷えた外の空気とは裏腹に、温かく、穏やかな夜が過ぎていく。
  


●―2日目・昼

「ねぇねぇ、おじさんたち何してるのー? 何か手伝ことあるー?」

 小さな少女が作業場を行く姿はどこか新鮮で、作業員たちにも刺激となる。

「おう! それじゃあ嬢ちゃん、こいつを運んでくれるか? お嬢ちゃんにこいつが持てるかな? ん?」

 などと冗談めかして荷物運びを頼む男もいたが、小さくても能力者。
 大の男が2人がかりで運ぶものをエレナが1人で運んでみせれば
「おいおい、小さい子働かせてさぼってんじゃねぇよ」
 などと、荷物運びを頼んだ男に向かって周囲から笑いが起こることも。
 エレナは作業員の手伝いをしながら、地図に手書きで消火器やシャッター、避難用具の位置をメモして回る。



「‥‥収容所でゲス、か」
 そんな風にエレナが走り回り、周りの作業員がにこやかに眺める様子を横目に、
 ふらりふらりと館内を歩いて回る夏子。
 和やかな作業員たちの様子とは裏腹に、堅牢な構造。その雰囲気にはどこか懐かしさすら覚える。
 壁をなぞりながら、施設の中央へと向かう。

「何をしておる?」
「ん? 勿論、お仕事でゲスよ♪」

 昨晩の警備体制を確認し、自分なりに注意すべき点を警備主任へと伝えにいっていた玄埜。
 夜に備えようと部屋へ戻る途中、ふと見かけた夏子の動向が気になり様子を見ていた。
 夏子は夏子で、不意に声をかけられても動じることはなく、いつもの調子で軽くいなし、そのまま足を進める。
 玄埜は何も言わず、夏子の後に続く。

 道中、夏子は作業員や研究員に軽い雰囲気で声をかける。
 中にはどこか距離を置いた態度をとる者もいたが、彼らの多くは傭兵である夏子に対し好意的に接した。
 そんな彼らに夏子が投げかける問い。

「ここを作るのはどんな気分でゲス?」

 それは、この施設の真実を知るための問い。
 だが夏子の真意を知ってか知らずが、1人の研究員は笑顔で応えた。

「君たちの前任の人たちはここを収容所っていってたけど、僕らは‥‥
 少なくとも僕はここを、彼らのためのホスピスだと思っているよ」

 施設建設の裏に、軍の思惑があるのは分かっている。
 傭兵たちが拾ってきた強化人間の治療技術。
 あくまで実験の名目で行われた第1回の治療。
 バグア技術の究明、あわよくば軍事利用のために今後も続けられるであろう研究。
 ここに治療技術はなく、治療実験をするのは別の場所。
 あくまでここは「監視」と「収容」のためでしかない。
 それでも

「彼らの中には、今のカンパネラとは違うもう1つの軍学校、そこに通っていた生徒たちもいる。
 望まないで強化人間になった子もいる。そんな子達を1人でも救えたらって、思うんだ。
 もちろん、彼らが人を殺していればそれは罪だ。救えたとしたって、彼らが元通りに戻るのかもわからないし、
 彼らがそれで幸せかもわからない。救うなんて言い方も、僕らの勝手な押し付けだよ。
 でも、戦争が理不尽なら、僕らだって少しくらい理不尽であっても、いいじゃない?
 自己満足かもしれないけど、彼らの苦しみを少しでも緩和できれば。僕はそう思う」

 しっかりと質問者の目を見据えそう言葉を返すと、また作業に戻る。
 その様子に、夏子は何も言わずその場を後にした。
 そんな夏子の背中を見送る玄埜もまた、何も口にすることはなかった。
 保護した強化人間のための施設。
 傭兵の中には、強化人間に対し良くない思いを抱く者もいる。
 だが、依頼は依頼だ。
 もし、私情で動くものがいれば苦言をさそうと考えていた。
 ‥‥けれど、それも稀有に終わったようだ。
 夏子もまた、玄埜と同じ。
 彼らは知っている。
 苦しみ生きる強化人間たちの生き様を。

 願うのはただ1つ。平和だけ。


●―2日目・夜

 白い夜。
 外の空気を吸おうと、外壁へと上る。
 白夜の時期も過ぎ、月明かりに染まる白い世界。
 頬をなぞる空気は、まだ冬に適応していない肌にはひどく冷たい。

 何度も訪れたこの白い大地。地平線の先に視線を向け思い出すのは、1人の子ども。
 
(助けたい、強化人間の子がいた)

 鐘依の記憶に残るその子どもは、何の罪もないただの子どもだった。
 孤児院育ちの、今の時代、どこにでもいるただの子ども。そのはずだった。
 だが、記憶を消され育てられたその子は‥‥

(あの子が犯した罪は確かに消せない‥‥でも、本当にあの子が悪かったんだろうか?)

 「あの子は悪くない」
 それは奇麗事かもしれない。他人事かもしれない。
 もし。もしも自分の大切な人が突然誰かに命を奪われたら、
 殺した相手に向かって自分は同じことを言えるだろうか。
 それは分からない。

 けれど、それでも鐘衣は思う。
 本当に憎むべきは人ではない。
 現実に抗う力の無い子供。それを貶める現実。
 その現実こそ、本当は憎むべきなんじゃないだろうかと。
 そしてその現実とはバグアであり、同時に世界の闇に無関心な人間。

 闇の根底と戦わない限りは、現実が変わることはない。

 この地に巣食う復讐の連鎖。
 彼らに何も出来ない事が。
 恨むだけの戦いが。
 それらが、新たな強化人間を生む土壌になっているのでは。

(殺し合うだけじゃ何も‥‥)

「ここが‥‥希望の一つになると良いな‥‥」

 1つしかない出口。窓のない建物。
 外界との隔絶。軍の思惑。戦争の現実。
 分かっている。感情や理想だけではない。
 それでも、彼は知っている。
 理由はどうあれ、一度は人の道を外れてしまった者がもう一度、人となった例を。
 それを望み、成功を喜んだ仲間たちを。


「‥‥ここが箱庭になるか監獄になるかは、希望と諦観、どちらを胸に抱くかに拠るでしょうかね」

 外壁の下。
 夜警のために待機していた番場が呟いたのは、鐘衣の言葉を聞いてか、聞かずか。



●―3日目

 夜明け前。薄闇の中、無線のノイズが走る。
 深夜から降り始めた雪の中、知らせを受けて現場へ急行する傭兵たち。

「全速前進だよー!!」
「ちょ、嬢ちゃん! 安全運転!!」

 明神坂と一緒に警備に回っていたダビドは、
 明神坂の駆るAU−KVの後ろに乗ったことを心の底から公開していた。
 だってここは氷の上。まして、タンデムでの運転だ。
 せめてもの救いは、彼女のAU−KVが三輪型のバハムートだったことか。

 2人が現地に到着すると、すでに到着していた番場がリンドヴルムを身に纏い
 キメラの前に立ちはだかっていた。
 
 外壁の上では鹿内とエレナ、2人の狙撃手が作業員を避難誘導しつつ、番場の援護に従事している。
 幸い警備員による発見が早く、負傷者も出ていない。
 鐘依、夏子、玄埜の3人もまた道中で避難の誘導をしつつ、遅れて戦闘に参加した。
 敵は3匹のシロクマ。
 大きい。その牙も爪も発達している。
 だが、通常のシロクマのそれと大きく違ったのは、そこではなかった。
 
「あれ、植物?」

 明神坂が呟いたのは、キメラの外観。
 腹部から文字通り生えている蔦は全身へと伸び、目の錯覚だろうか、蠢めいているように見える。
 植物キメラ。それは彼女とダビドにとって、最近この地で出くわしたもの。

「またかよ。最近の流行かなんかか?」

 そういいながら、手にした銃で1匹のシロクマへと狙いを定めるダビド。
 引き金を引くと、放たれた弾丸は予想とは裏腹に、容易にキメラの額に深々と打ち込まれた。

「え?」

 あまりのあっけなさに思わず呆然とする一同。だが

「どうやら、寄生型ですかね」

 言うが早いが、番場がシロクマへとSMGの弾丸をばら撒く。
 頭を打ち抜かれても、彼らは倒れることはなく、ゆっくりとこちらへと歩みを続けた。
 その姿に、本体はあの植物だと察した番場。
 彼女の放つ銃弾の雨がシロクマたちの身を穿ち、当のシロクマたちはその場を動けず、ただ立ち尽くす。
 鐘衣、玄埜がそれぞれ足を薙ぎ、夏子が砕き、3匹の足を完全に止めると、あとは時間の問題。
 傭兵たちの銃弾の雨に、キメラは見るも無残な姿となって、地に帰っていった。
 野良キメラだったのだろうか。あっけないものだった。


 過ぎてみれば、あっという間の3日間。
 後任の者たちが到着すると、一同は一息。

「油断無き様にですね」

 番場の言葉を最後に、後任の傭兵たちに引継ぎを済ませると、
 仲良くなった作業員たちに別れを告げ、一同は施設を後にする。

「おかえりですか?」

 施設を後にする際、私が乗せてってあげるよと話す明神坂の誘いを必死で断るダビドは、
 1人の男に声をかけられた。
 白衣姿の、研究員らしい男。

「あぁ、交代なんでね。まだできあがるまでには時間がかかるだろうけど、がんばってくれよ」

 ダビドは片手をあげ、笑顔で研究員に別れを告げ、隙を見て車へと向かって逃げる。
 「あ、ちょっとー!」と追いかける明神坂。
 そんな2人の背中へ、ニコニコと視線を向ける男。

「本当、油断無き様にですね‥‥」

 男はそう呟くと、施設の中へと消えていった。



「‥‥」

 帰りの車内。
 玄埜にはなにかシコリが残っていた。
 今朝の襲撃。
 ただの野良キメラかもしれない。
 だが、問題は襲撃時刻。
 夜明け前。それはもっとも人の眠りが深く、奇襲に適した時間。
 計算されたモノか?
 
 そう思考する玄埜の目に映る、少しずつ小さくなる施設。
 その外壁。
 今朝キメラが現れたのとは反対の方角のソレの色が、
 どこか2日前にきた時と違って見えたのは、彼の気のせいだろうか。
 そう、まるで何か蔦が張ったように‥‥

 降りしきる雪の中、視界は悪く。
 やがて施設は遠く、地平線へと消えていった。